そして少女は夢を見る   作:しんり

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これにて完結!連載が長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました!!

※本日複数話投稿しておりますのでご注意ください。(5/5)


エピローグ

 

 これは夢だ、と気づいた赤い髪をした女は何度か瞬きゆっくりと周囲を見渡した。見慣れていないようで見慣れた、女からしてみればややこぢんまりとした一般家庭のリビングである。

 慣れたように陽光の射す窓から離れ、彼女はソファに座りいつの間にか用意された紅茶に手を付けた。夢の中であってなお感じる香りは芳しい。

 少々ぼやけた味に感じるのが惜しい点だが、夢の主が以前に『夢と現は区別できねばならないからそれぐらいがちょうどいい』と言っていた。だからさほど気にせず彼女はその紅茶を味わう。不味いわけではないからそれでいいのである。

 

「久しぶり、ソラウ」

「ええ。久しぶりね、ヒビキ」

 

 堪能している内にソファの向かいに座っていた友人に、ソラウは美しい顔に笑みを浮かべた。この夢での交流も、もう十五年ほどになるか。

 思い返せば長い付き合いであり、そのくせ現実で会ったのは片手で数える程度にしかない、が。不思議と充足した関係だとも思える。夫とも違う関係は彼女にとってかけがえのないもののひとつだ。

 

「ベルベットの中間報告を見たけれど、冬木の地脈は随分と弱ってるのね」

「弱るだけで済んでよかったよ、逆にね。大聖杯を破壊された影響だけだもの。ふふ、ウェイバーさん殆ど毎日眉間にシワを寄せて唸ってますよ?」

「あら。エルメロイのバックアップは万全のはずだけど不足していたかしらね?」

「それを聞いたらたぶん青い顔で首を振ると思うなぁ。……あ、何か言伝はありますか?」

「そうねぇ今のところはないと思うわ。ケイネスも頭を抱える災厄の片割れは一時帰省中(そちら)だもの」

 

 様々な要因と流れからエルメロイの後見する現代魔術科の講師として活躍する男と時計塔にやってきた生徒の話をしながら、ここ暫くのことを思い起こす。

 そもそも彼、ウェイバー・ベルベットを冬木に送り付けたのは第五次聖杯戦争の終結に起因するものだ。破壊されたとはいえ、サーヴァント(英霊)を召喚し使役するという特異性が今後も起こせ得るのか否かの調査。大聖杯と呼ばれたものの破壊状態の確認。というのが主な名目である。

 ソラウとしては彼女が再び聖杯に選ばれ、生き抜いてこうして夢で会えている。その事実だけで満足してはいるのだけど、世の中そういうわけにもいかない。特に魔術の世界はそれを放ってはおかないのだ。変わった者(不審な動き)を見かけないわけでもないらしいし、念のためともいえるが。

 

「最近はどう? 育児疲れしてはいない?」

「ふふ、大変ではあるけど、大丈夫。ああ、そうだ。ウェイバーさんに診てくれるよう言ってくれたんだよね? ありがとう」

「友人のことを心配してのことだし、礼はいらないわ。それで貴女の環境が変わるわけでもないし」

 

 ふわふわとした笑みを浮かべる友人に肩をすくめてみせる。この友人をとりまく状態は魔術師からしてみれば非常に興味深く、場合によっては検体として欲する者が現れてもおかしくない。

 聖杯の器になり、その中に蓄えられていた呪いそのものを生命として産み落とした(変換し直した)事実が明るみに出てしまえば、だが。

 

「私は私の影響を及ぼせる範囲内でたった一人の友を守りたいから守ってるにすぎないもの」

 

 きっとこの考えは魔導を操る家のものとしては失敗なのだろう。でも、と彼女は考える。

 ……それでも、ものであった自分が得た至宝は、水谷響という人と過ごす時そのもの。だからソラウは、遠い国に在りながらも近しい彼女をこの遠い手だからこそできる方法で大切な友を守るのだ。たとえどれだけ自分以外の力を使ったとしても、この時間を手放さないために。

 

「ふふ。本当に、私にはもったいない友人ですね。……ありがとう、ソラウ」

「どういたしまして、というのよね、こういう時は。でも、私としてはそうさせるに至った英雄王を殴りたい気持ちが湧いてくるわ。貴女もベルベットも今のところは問題ない、だなんていうけど。私的には問題だらけよ!」

「あはは、させられたわけではないんだよ? 私は私の意志で受け入れていることだから。でも、ウェイバーさんはあんまり怒らないであげてね。彼も色々心配してくれてますから」

 

 くすくすと笑う響だが、聖杯戦争での顛末を聞かされた身としては納得がいかないものである。

 そもそもギルガメッシュが生きているのは聞いていなかった。第四次聖杯戦争の後に聖堂教会の者(監督役の息子)だった男に一時世話になったことは聞いているが。だがそれがどうして協力者として第五次聖杯戦争を戦うことになるのやら。

 まぁ何度その流れを聞いても我が事のように怒ってしまうだろうけれど。

 

「……すごくめんどくさいことを言ってるのはわかってて聞くのだけど」

「うん。なぁに?」

 

 友人の安否を案じてはいるけれど、ソラウにとってはもうひとつ気になることがあった。ウェイバーを派遣することによって友の言葉以外による実態と安全を確認した今だからこそ聞くつもりになった、子供が拗ねたような戯言ではあるが。

 

「…………私とサーヴァント、どちらの方が貴女の友として役に立てていたのかしら」

 

 遠い地にいる、夢でしか通じ合えないソラウ。かつて共に傍観者であったというキャスター。同じ年頃の友人のようだったというアサシン。

 より近くにいた者たちこそが、彼女の力になれたのではないか。自分は、友人の助けになれたことはあっただろうか、と。

 これは状況が落ち着いた今現在だからこそ、聞ける言葉である。

 

「ふふふ。私にとっては、ソラウもアンデルセンもハサンも。等しく私に大事な思い出(もの)をくれたと、そう思ってますから。だから、私の人生はこんなにも楽しく過ごせたの。……もう少しあの子が大きくなれば、私というものは朽ちてしまうけれど、それでも」

 

 だが、実のところ予想はついていた。だって響とソラウは似ていて、でも確かに違っていて。それでも近しい感情をきっと抱けていると信じていたから。

 

「――――この夢のように鮮やかで、優しくて、私の心は幸せな気持ちに満ち溢れているよ」

 

 景色が移ろいで、座る場所だけを残して柔らかな風が吹き抜けていく。

 その優しさに眩んで瞬けば、次には色とりどりの花々に囲まれ、はらはらと雪のような花弁が舞い踊っていた。空を見上げた視線を戻すと、響の膝には一人の男児が抱かれ眠っている。

 ひどく穏やかで、温かい夢だ。

 

「私の人生(幸福)を願ってくれて、ありがとう」

 

 中心で微笑む友の表情さえ眩いほどに。

 同じ母であるからこそ、そこには子を想う気持ちが入り混じっているのがわかって、吐息のように笑みがこぼれる。

 

 貴女は私のおかげだというけれど。

 それは私にだって言える事なのだ。

 

「私に感情(幸福)を教えてくれたのは貴女だわ。だから、私のほうこそ、ありがとう」

 

 すべてを覆い隠すような、優しい花の雨に降られながら。

 そうして二人は微笑みあった。

 

 ――誰よりも何よりも尊い、初めての友人の幸福を私たちは願っている。

 たとえ未来にどんな破滅(何か)が待っているとしてもこの祈りだけは、幼き日から(小さな芽は)確かに存在していたものだ。

 

 それの果実を成すことは、実のところ水谷響には難しかったけれど。……でも。色んな願いが、思惑が、想いが、約束が、選択が、注ぎ込まれたから。

 響はこうして友を想い、子を想い、過去を想い、未来を想い。■■■にとってはあまりにも優しい終わりの足音に、これまで以上に悔いは残らないと信じられた。

 

 このために長く、遠く、果てのない魂の放浪を続けていたのかもしれない。

 一番最初に手放したものを、もう一度取り戻すかのような旅だったのかもしれない。

 それは擦り切れて喪われた■■■の願いなのか、祈りなのか、決意なのかは不明ではあるけれど。

 

「ああ本当に、幸せな夢ですね」

 

 たとえ誰かが私を壊したとしても、もうこの夢(果実)完成し(実っ)ている。これをどうするのかは、響が決めることはないけれど。

 今はただ、時間の許す限り友と語らうだけだと彼女は眠る我が子の頭を慈しむように撫でつけた。




オマケ、あるいは蛇足



 アンリ・マユの呪いは、我が子の中に溶け込んでいる。だけどそれは彼そのものでありながら、彼そのものではない。
 きっといつか、それに悩む日が我が子には訪れるかもしれないとわかってはいるけれど。

「あなたが幸せだと、そう思える未来を願っているわ。愛おしい子」

 悪であれと響は望まない。同時に善であれとも願いはしない。人が人であるのは、そのどちらをも抱いているからこそ。
 だから彼女にできるのは、自分の力が及ばぬ未来に思いを馳せて後悔のない選択を我が子ができることを祈るだけだ。その過程でどれだけ負けても、挫けても、諦めても、嘆いても。人である貴方には、未来という日々が待っているから。

「どうか、あなたも見守ってあげてください。王様。ギルガメッシュ。……つまらないことがあっても、目くじらをたてないであげてくださいよ。私に免じて」
「フン、言うようになったな、響。だが、よい。許してやろう」
「かーさん! おれぎるがめしゅにめんどーみられるのはやだ!」

 ぷくっと顔を膨らませた我が子に大人気なく「なんだと!」と食いつく金色の王に苦笑が浮かぶ。このベッドの上からしか彼らのことを構えないが、これで本当に大丈夫だろうかという心配がないわけではない。
 だがまぁ、きっと大丈夫だろう。なんだかんだ王様は子供が好きだし、彼の行く末を見守ってくれる気で今のところはいてくれてるし。

「ふふ、一生面倒を見てもらえ、なんて言わないわ。幾らでも迷惑をかけて、振り回してあげたらいいの。私が振り回された分くらい、ギルガメッシュほどの度量がある人なら余裕で受け入れてくれるから。ねぇ、王様?」
「知らん。貴様を振り回した覚えなどとんとないのでな」
「あら、ふふ。ご自覚があるようで何よりです」

 ふいと背けられた顔にくすくすと笑って、響はまだ小さな息子の頭に手を伸ばす。元気のいい髪質は、子供らしい柔らかさで心地が良い。
 撫でながらどうかこのまま、元気いっぱいに、健やかに成長していってほしいと思う。眠ることで多少引き伸ばす(時間的猶予を得る)努力はするつもりだが、その成長をどれだけ見守ることができるのかはわからないからこそそう願ってやまない。

 願う側というのは、水谷響にとっては少しだけくすぐったいものだけど。
 でも、どうしてか胸にしっくりくる心地よいものだった、というのはきっと余談なのだろう。

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