そして少女は夢を見る   作:しんり

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ここから数話大混乱状態で書き上げました。


第三十六話

 息も絶え絶えにやっとの事でビルの屋上にやってきた間桐慎二を待っていたのは同級生と見知らぬ女、恐らくはキャスターだろう二人が談笑する姿だった。どういう事なのやら。

 しかしその疑問も飲み込んで、とりあえず声を掛けたのだが。

 

「坊やは魔術師には向いてないわね」

 

 開口一番に言われたその言葉に「はぁ?!」と声が裏返る。わかっていた事とはいえ、知らない存在に、ましてや敵……だろう女に言われる筋合いはないはずだ。いやそもそも水谷が原因でこんな事になっているのだが。

 とはいえ相手はサーヴァント。何をしてくるのかと身構えてライダーの後ろに隠れる判断は間違いではないだろう。ライダー的には邪魔だと思わないでもない。

 でもなんか和やかだし、敵意はないし、警戒はしつつも構える程ではない気はしている。

 

「お疲れ様です、間桐君」

「……ああ。で?」

 

 こいつ何だよ、と視線だけで問いかけを試みる。だが特に気にした様子もなく怪我の程を確認してくるのだから、水谷というやつは本当に空気が読めない。いや読んだ上での行動か? それならいっそう悪いと思う。

 それはそれとしてアサシンの視線が棘のように痛い気がするため、慎二は付け足すように「この状況は何なんだ?」と尋ねた。

 何せ真夜中のティータイムというのが相応しい有様だ。無機質なビルの屋上に似合わない椅子とテーブル。その上にホカホカと湯気を立てるコップ。中身は……微かに漂ってくる匂いからして紅茶だろう。

 

 ――――いや、絶対に可笑しいって!

 

「キャスターとお茶にしてたんです。間桐君もいかがですか? ライダーも、お疲れでしょうからどうぞ」

「ではありがたく」

「アサシンも、ほらおいで。仕事は終わりですよ」

「はい」

 

 キャスターが椅子を。響がお茶を用意していく机に、迷う事なく二騎のサーヴァントは近づいていく。あまりにもトントンと進んでいく状況は、先程までの戦闘――にもなってない戦闘ではあるが――と打って変わった雰囲気に戸惑いを覚える。

 だがそんな慎二を置いて、この場の女性四人は聖杯戦争において本来敵であったりするのも感じさせない和やかささえ出していた。……ライダーはやや警戒を残しているが。

 それでもキャスターに対してアサシンを挟み、隣に響が座っているからこそいざという時は彼女を利用するという考えを頭の片隅において、慎二も応じる事にした。自己の安全のみを考える慎二だが、その考えを響は悪いと詰る事もない。

 

「努力をしたところで、坊やが魔術師として大成する事はないわ。それでも貴方はこの道を進もうと思うのかしら。思えるのかしら」

「…………」

「私が口出しする必要もない話だし、貴方のような男は正直好きではないけれど。……響、貴女はどうしてこの坊やの魔術回路を?」

「悲痛そうな顔で願っていたので、つい」

 

 キャスターの言葉は手厳しいものだ。けれど間桐慎二は、この数日の間に痛いほど直視した真実だった。

 無理矢理つなぎ合わせられた力では、魔術回路というやつでは、響ほどにたどり着けないのだろうと。痛みだけが鮮明で、掴んだ成功なんて小さくて弱い、毒にも薬にもならない程度の魔術を身に着けて。そうして今日、突然とはいえ戦いの場に連れられてきた結果は……自分でもわかる。情けなくて、弱っちくて、散々バカにしていたライダーに守られるだけだったのだから。これで大成する、なんて……それこそ夢物語ってやつだろう。

 

 それに対する、響の言葉はどうだ。つい。ついって何だ。そんな片手間でやったような――いや、実際ものの数分で行われた改変。間違えては、いないが。

 そんなやつと比べたら、そりゃ薄々わかっていた事とはいえ認めざるを得ない。間桐慎二は、憧れに程遠い場所にいるってさ。

 

「貴女って、本当に……馬鹿な子ね」

「ふふ。そんな事初めて言われました」

 

 くすくすと笑う魔女に更に口を閉ざす。何かを言ったって、惨めな自分を認めるだけだ。そんなのはちっぽけなプライドが許せない。

 それさえ見抜いているだろう水谷響は「それじゃあ」と立ち上がった。

 

「間桐君、後の事はキャスターにお願いしてます。貴方が魔術を続けるかどうかは、彼女と話してから決めても遅くはないかと。……けれど、聖杯戦争からは離れる事をおすすめします。少なくとも、今回については。次回があるかはわかりませんが、まぁ努力はしてみますので…………それでも――」

 

 にこにこと中々流暢に話していた響がそこで一度言葉を切り、ふとビルの床を見下ろして困ったように首を傾げた。

 パチパチと瞬く目は何かを追うように動いているが、もしかして。何かが、誰かが、来ようとしているというのだろうか。

 

「お開きですね。キャスター、退避してください。貴女はもう、聖杯戦争には関わらぬ人なのですから」

「……そうね。じゃあ、遠慮なく。坊やの後のことは任せて、貴女は貴女のやりたいようになさい」

「はい。間桐君」

 

 アサシンが、キャスターが、続いてライダーが立ち上がり、間桐も流れに押されるように椅子を引く。

 パチンと鳴らされた音と共に机も椅子も無くなれば、ただのビルの屋上が広がるだけ。肌を撫でる風がやけに痛い。

 

「……なんだよ」

 

 捻り出した声に、柔らかい笑みが返る。

 

「――貴方はまだ戦いますか? 死なせる事はないと思いますが、安全は保証しませんよ」

「っ……ば、馬鹿にしてるのか、お前。僕は、僕は……僕だって……」

 

 ギリッと歯を食いしばるのを見つめて、響は小さく肩を竦める。無理をする必要はないけれど、意地っ張りなんだから。呆れたように見える仕草だ。

 しかし咎めるわけでもない。彼の性格から迷うのは分かっていた事なのだから。

 

「ライダー!」

「なんですか、シンジ」

 

 でも、と思う。……それでもこうして、いざという時は腹を括れるなら十分だ。魔術師としての才能がなくたって、何でも出来る。元々頭の回転がいい方なのだから、心配する必要はなかったかな。

 魔術師に対する甘い幻想(ゆめ)も、既に形はない。だから、ならば。

 

「――戦うぞ」

「フ……良いでしょう、マスター」

 

 きっとここで負けても、大丈夫だろう。負けたって、折れたって、きっと大丈夫。

 相手も人を殺す事に躊躇いがない人間でもないのだから。お節介を焼けるのはここまで。後のことは、念の為にキャスターにも話を通してあるし。

 

「うん。時が来た、という事ですか。……アサシン、礼装を切り替えます。あとは、貴女のいいように働いてください」

「はっ、お任せを」

 

 跪いて頭を垂れたアサシンの姿が揺らぎ、気配が薄らぐ。その気配を(パス)から感じながら、キャスターに向けて大きく頷く。

 

「ではね、ヒビキ。またいつか会いましょう」

「ええ、いつかどこかで」

 

 笑みを交わし、二人の視線はどちらともなく逸らされる。別れをそれ以上惜しむ事もない。

 惜しむ必要がない、とも言えるのかもしれないけれど。それは寂しいことだと、響は理解しているから。

 だからまだ、響は響だった。この後どう転ぶのであれ、今はまだ。

 

「――――こんばんは、衛宮君。遠坂さん。それからセイバー。……少々、遅かったですね?」

 

 戦いの前の軽い作戦会議の後。

 バタンッ! と大きな音と共に開かれた屋上の扉に、間桐にひとつ目配せして響は言葉を被せる。何かを言いかけた衛宮は少したじろいで、状況をよく確認するようにぐるりと周囲を見渡した。

 階下のビルの惨状はそれなりに酷く、机も椅子も、果ては壁も天井も傷だらけ。ぐしゃぐしゃにコピー用紙やらファイルやらを踏み越えてきた割に、ここは違う。争いなんて無い平穏な形を保っている。

 元々このビルの屋上がどんな様子かなんて知る由もないが、それでも戦ったかどうかくらいは判別がつく。

 

「こんばんは、水谷さん。随分と余裕なのね」

「ふふ、余裕だなんて。そんな事はありませんよ」

 

 先頭に立ち見えない剣を構えるセイバーの後ろから窺うようにして、凛は鋭く目を細めた。投げかけた言葉の通り、水谷響はひどく自然に微笑んでいる。それが少し、忌々しい。

 衛宮が話をつけに行ったイリヤスフィールの言葉が正しいのならば、ランサーの他にもう一騎のサーヴァントが彼女に付き従っているはず。バーサーカーと激しい戦闘をしたのだというから、恐らく既にランサーは残ってはいないだろう。あの恐るべき狂戦士(バーサーカー)を相手に相打ちになったのは、流石光の御子(クー・フーリン)といったところだ。

 それに、とチラリとその背後にいる間桐を見やり小さく息を吐く。

 

「間桐君と協力して狐狩りを楽しんだようだけれど、結果は上々といったところかしら」

「うーん、それは……まぁ、そうですね。私としては良き結果を導き出せたかと。間桐君にもいい経験になったようですし」

 

 あっさりとした肯定。協力関係にある事を否定しない今、純粋な戦力は互角といったところか。

 ライダーを従える間桐の魔術師は慎二。彼ならば衛宮一人でも事足りる。最優のサーヴァントたるセイバーであれば、幾らマスターがへっぽこでもライダーとアサシンの二騎相手に互角の戦いを出来よう。

 問題は、水谷響という存在だ。魔術師としての腕も特性も未知数。多くを語らなかったイリヤスフィールに、もっと情報の開示を求めておきたかったのだけど。……ここで文句を言ったって仕方ない。

 

「水谷」

「はい。なんでしょうか、衛宮君」

 

 さらに情報を引き出そうとした遠坂を遮り、士郎は数歩前に歩み出た。その顔は非常に悩ましくしかめられている。

 だが、今ここで問わねばならぬ事があった。ただひとつだけ、必ず。

 

「お前は」

 

 緊張で、喉が渇く。

 そうであって欲しくないと、願いながら。しかし心の底ではそうである事を確信している自分を、見ないふりをして。

 

「――――敵か?」

 

 汗で滲む掌を強く握りしめる。

 違え。違っていて、くれ。

 

「…………」

 

 パチリと瞬く顔を真正面から見ながら、ゆっくりと唇が開くのを待つ。

 

「敵かどうか、なんて」

 

 馴染み深い苦笑が、浮かんでこてんと首が傾げられる。どことなく困ったように笑うその顔は、士郎にとってひどく好ましいものだった。

 

「貴方が一番、わかっているでしょう。衛宮君。それでも答えろというなら、そうですね」

 

 すうっと持ち上げられた指先が、示すのはきっと心臓だろう。己が胸にある答えを見え透いたように。

 

「――貴方の行動理念にとっては、私は敵ですよ。貴方だけでなく、遠坂さんにとっても……かな?」

 

 くすりと知らぬ顔をした女が、笑った。


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