今日からこの話を含めて数話(予定では五話。間に合わなかったら四話)連日投稿いたしますので是非見てやってください〜〜。
久しぶりに進んだので書き方が変わってたら……申し訳……。
何だか変だぞ、と間桐慎二が気づいたのは響にひとつのビルを指さされた時だった。
昨日は一人で黙々と提示された修練を熟していた慎二は、アサシンから明日は新都に来るようにと告げられてバスへと乗り込んだ。
バスに揺られること数十分。新都の駅前に着いた彼はライダーの耳打ちによってある一点へと視線を向けた。
「水谷」
どう声をかけたものか、悩んだ末に刺々しい声で呼ぶと彼女はくるりと振り返ってよかったといわんばかりに微笑む。その笑みも、思い返せば含みがあるように思えて仕方ない。
とはいえその時点で間桐は特別何も思うことなく近づき、息抜きだと言われたのを真に受けてとりあえず適当にぶらつく事にしたのだった。
水谷とこうして出かけるのははじめての事だし、普通に他のやつと同じ事をするのなんてつまんないよな、なんて考えたり考えなかったりしつつも二人はウィンドウショッピングを楽しみゲームセンターへと向かった。
はじめて来る場所だからと楽しそうに、そして物珍しそうに見て回るものだから見栄を張ってクレーンゲームなんて楽勝と息巻いた間桐は、惨敗を味わっていた。
「なんっで取れないんだよクソ! アーム設定おかしいんじゃないか!?」
「頑張れ間桐君。ほら、今ちょっと出口に寄ったしもうちょっとじゃない?」
チャリン、と硬貨を投入しながら笑顔で促され「もうやめる!」なんて言えそうもなく。
結局九度目で取った間桐はやや疲れた様子で肩を竦めてみせた。無駄に得意げな顔をしているのが小憎たらしいと霊体化したハサンは呟いているが、響にしか聞こえていない。
「ったく、手こずらせやがって……!」
「ふふふ。お疲れ様です、間桐君」
プンプンと怒りを振りまきながら取れたぬいぐるみをもふっと押し付けてきた間桐に感謝の言葉を述べる。当然みたいな顔で「はいはい」と頷いてまだ文句を言っている姿にハサンはこいつは本当にと仮面の下でじっとりとした視線を送った。
その視線を感知してか慌てたように視線を巡らせ、やや考えた末どうせまたアサシンだろと結論づけて間桐は頷くが。それは嫌な慣れというものである。
それでいいのかと思わないでもないライダーだが、慎二だし構うまいとか思っているので、結局ツッコミを入れられる者はここにはいないという事だ。
唯一ツッコミに回れる間桐慎二がこの通りなので恙無く時間は経過していくのだった。
そうしてとっぷりと日のくれた冬の宵口。
人気も疎らになりつつある街の一角で、響はひとつのビルを指差す。
「では間桐君、あそこのビルで戦える場を整えましたので、どうぞ頑張ってください」
「はぁ?」
そうして冒頭に繋がり、今の言葉が送られたわけだが。本当にいきなり言われたものだから心の底から困惑した声である。
いや、はぁ? しか言えなくない?
チキ。とわざとらしく耳元で鳴らされた音にビビりつつも慎二はできるだけゆっくりと水谷の顔を確認した。いつも通りの笑顔だ。
「人払いは出来ているようですし、何階までいけるか楽しみにしてますね」
「――いや、いやいやいや、水谷、もうちょっと説明しろよ!?」
「へ? ……あれ、可笑しいな。私、ご飯の時に言ってなかった?」
まったく何も聞いていないが。そう返すと彼女は本当に言ったつもりだったらしく困った顔で数度瞬いて、少ししてから「ごめんなさい」と眉尻を下げた。
そんな水谷にまたチキチキ音がするから背筋が冷える。マスターならサーヴァントの行動をどうにか抑えてほしいものだ。手を組んでるのだから。
「こほん。それでは少し、説明しますね」
響はこう語る。
キャスターと接触していたので、指定されたビルを突破する事で勝敗を決そうと。突破する事が出来たら潔く負けを認め、響の出した条件を飲む。逆に突破出来なければそれはそこまで、という話だ。
ライダーと共に頑張ればそれなりに行けるでしょうと言うが、いや待て。
「可笑しくないか? そこでなんで僕なんだよ」
「え、それはだって……いざって時に魔術が使えないのであればそれまでではありませんか? 間桐君。私だけだと行けますけど……」
実戦を積むというのは大事だし、才能がないと認めて諦めてもそれは無駄にはならない。経験、というのはそういうものなのだから。
少しだけ遠回しにそう言いのけて、響は黙り込んだ彼の背を軽く押した。そうしてライダーへと目配せし、頷く。
「それでは、いってらっしゃい。私は少し遅れてから入りますから。腐らず最大限頑張ってね、間桐君」
軽く手を振って二人を見送った響は気を取り直し、ビルの裏手へと向かう。
搬入口から侵入し、非常階段を使って上へ上へと。その足取りを邪魔をするものはなく、屋上付近の階まで進んでいく。
一気に上った事で息切れはしているが、それも数度深呼吸をすれば消え失せる。そうしてビルの屋上のドアを開いて笑みを浮かべた。
「こんばんは、メディアさん」
「ええ。ごきげんよう、ヒビキ。……たった半日会わないだけで、随分と変わったわね」
「ふふ、気の所為にしておいてください」
響の様子に肩を竦め、キャスターは椅子を作りそこへと座った。向かい側に作られた同じ椅子に響も座り、二人は階下で行われている使い魔と間桐、ライダーの戦いを見つめる。
見るというのも、比喩的なものだ。キャスターは自身の支配下に置いたビルの様子なら手にとるようにわかるし、響は響で特異な力があるからこそ視認出来ずとも情報が入る。
故に二人はスポーツを観戦するように雑談をはじめた。
「あ、今のは痛いです」
「避けそこねて足がもつれたのね」
「脛を強打は中々辛いですよ」
二人のように見えないハサンはそれを聞きつつ、じっと足元を見る。正確には微かに伝わる振動を感じ取っているのだが。
――一方の間桐慎二はゴロゴロ転がされながら悲鳴を上げていた。転がした当人であるライダーは足元を気にせず、次から次へとやってくる骨の使い魔たち相手に獲物を飛ばしたり殴り壊したりと忙しなく働いている。
「シンジ、それでは実力を証すことにならないのではないですか」
「っうる、さいなぁ!」
致命傷を負いそうなところを眼前に飛んでいった鎖が弾いて助けられた事を理解する。
慎二はどうにか起き上がり、ライダーの投げたそれを持ち上げ……ようとしてあまりに重いものだからすぐに手放した。コイツよくこんなのを軽々しく振り回してるな。
サーヴァントというものに対して少しだけ認識を改めてやろうと頭の隅で考えていた彼はまた室内を転がされていった。
――やっぱ今のナシで。
とまぁそんな一人と一騎を眺める響とキャスターがくすくすと笑い声を上げた。間桐君らしい頑張り方なものだから、つい。とは響の呟きだ。
「でも、良かった」
そうして話している内に、ふとキャスターが苦々しい笑みを浮かべる。言葉と反するその表情には思わず首を傾げてしまう。
何を指す言葉なのかそれだけでは掴めない。
彼女が良いと思えそうなところなんてあっただろうか? 間桐を連れてきた件は響から頼んだことだが、彼女としては関心が薄いといえば薄いはず。なら他の事はというと、ハサンとは仲良くしてくれてるからここにきてわざわざ言う事でもない気がするし。
「あなたが、……あなたのままで居てくれて良かった、と思ったのよ、響。今のあなたは大分偏っているようだけど、それでも人で在るなら私だって嬉しいわ。――あなたがどう感じるかはわからないけど」
本音ではなく嘘だと思うかと言われたら、そんな事はない。響は彼女の言葉を素直に受け止めていた。
彼女が言いたい事は、今ので少しは汲み取れたつもりだ。だがそれは、杞憂であると響は笑う。
「気づかれたのは柳洞寺にお邪魔した時、ですか? あまり隠すつもりはなかったのでいいのですけれど……そうですね。物に近いとはいえ、私は人間という枠は超えられませんよ。でも、いえ……だからこそ、貴女のお心は嬉しく思います」
「……そう。ええ、きっとそうなのでしょうね。ならばしかる後にわたくしは拠点を放棄します。あなたの好きなようになさい」
座り直して手を差し出したキャスターに、数度瞬く。いいのだろうか、と問う視線を向ければ頷くだけだ。
その言葉の意味するところは聖杯戦争から下りる事に他ならない。けれど彼女は、それでいいと柔らかく微笑む。彼女には聖杯戦争よりも大事な事があったから。
「ありがとう、メディアさん。――貴女の願い、確かに受領しました」
自身に叶えられる願いを告げられていたからこそ、■谷■はわかる。
彼女は、メディアという女性は、細い運命を愛おしんでいた。その願いは、望みは、彼女のマスターに出会い、彼と過ごしてから変質したものだ。変化したものだ。生まれたものだ。
ならば、と■■響は手を伸ばす。
「貴女の人生が、幸多からんことを祈ってます。……これは、私自身の願いってやつですね」
「ふふ、ええ。ありがとう、響」
その手が重なる事で、キャスターの感じる世界が少しだけ変化したのを感じる。やや体は重い。だが、ああ、やはり。
水谷響という少女は人間だ。物に近いのは、確かにそうだろう。けれどそれでも、決定的に。間違いようなく、人間という枠は超えられないという言葉の通りに彼女はさいごまで人間でいるのだろう。
すべてを理解したわけではないが、メディアはその先を想って小さく首を振った。……契約を成した以上、そこに口出しする権利はない。もとよりある、とは思ってもいないが。
しかし、ひとつだけ。たったひとつ、彼女に伝えるべき言葉はある。
「あんな傲慢な男が居ると気づかなかった私も悪いと思うけれど……本当に、大丈夫なのね?」
「はい。彼はあれで優しいので、最後まで付き合ってくださるはずですよ」
「終わり方はどうあれ、でしょう」
「そこは否定できませんね。でも、そうですね。もしも私が残っていたら、その時は――」
彼女から紡がれたのは細やかな希望であり、仮定の話。だがメディアは、そうなりたい。そうしたいと同意を返して微笑んだ。
たとえそれが数多あるだろう内のそう可能性の高くない未来の話でも、慰め程度の言葉遊びなのだとしても。それを願う者が一人でも、二人でもいたら選択肢にはきっとなってくれるはずだから。
――■■■はその願いを、穏やかな笑みを浮かべて見つめた。