そして少女は夢を見る   作:しんり

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戦闘シーン難しすぎてハゲそう。
次の投稿はちょっと遅くなるかもしれません。


第三十二話

 「響」とかけられた声に振り返り、水谷響は首を傾げた。

 それを見ながら金色の王、ギルガメッシュはクイッと顎を動かすことで言いたい事を示す。

 

 彼が示す先には、深い森が広がっていた。

 広く、深く、静寂の支配する薄暗い森。

 そここそは、聖杯戦争において始まりの御三家たるアインツベルンが一時的な拠点として置かれた場所。

 かつて一度二人と、それからもう一人と共にやってきたことのある場所だ。

 響にとっては一瞬の事で、ギルガメッシュにとってはそう面白いとも思わなかった場所のため思い入れ、というものはないに等しいが。

 

「……本当に、やるんですか?」

 

 困ったような笑みで最後の確認とばかりに響が尋ねる。

 赤い瞳を眇めた英雄王はその言葉にフンと鼻を鳴らして「くどいぞ」と切り捨てた。

 あまりにもバッサリとした肯定に少女はやれやれだと肩を竦め、隣に立つ男を仰ぐ。

 

「ランサー、この戦いに向けて正式に私のサーヴァント、という事になったわけですが……調子はいかがでしょうか?」

「おう。問題ないぜ。お前がマスターなら、あの狂戦士(バーサーカー)相手でもそれなりにやれるだろ」

「そうですか? アーチャーとの戦いでも問題なさそうでしたし、良かった」

 

 ほっと頬を緩めた響に頷き、男は……ランサーは朱槍を軽く回して好調を示す。

 その顔色はきたる戦闘に爛々と輝き、先日も戦って大きな負傷の末の勝利を頂いたようには見えない。

 どころか、闘気に満ち溢れている。

 

 その事に安堵した響はそっと2画の令呪を撫でて、小さく息を吐き出すとひとつ頭を振る。

 言峰が何のためにランサーのマスター契約まで自分に変えさせたのかはよくわからないが、彼らはそれぞれ楽しそうにしているからたぶんそれでいいのだろう。

 深く考えたところで戦いに関して響に出来る事はそう多くないのだから。

 

「そら、行くぞ」

 

 勝手知ったるといわんばかりに堂々と踏み入るその後を、二人は並ぶように追う。

 

 ──その気配を、この土地の管理者たるイリヤスフィールがわからぬ筈もなく。

 険しい顔をした少女がメイドの声を背にして黄昏の闇に沈む西日を睨みつける。

 

「バーサーカー」

 

 冷たく硬い声が、サーヴァントを呼ぶ。

 瞬間、黒い巨躯がその傍らに膝をついた。

 

 それを見ないまま少女は厳かに、ただ命じる。

 

「迎え撃ちなさい」

 

 その視線の先の森を、一直線に貫くように飛んできた杖にも矢にも似たなにかを巌の如き肉体が受け止める。

 何を投げたのかは知らないがバーサーカーにはこの程度の攻撃など効きはしないと、小さく嘲りを浮かべようとして。

 

 しかし、その目を驚愕に見開いた。

 

「──────!!!!」

 

 咆哮のような声を轟かせ、心臓を貫く槍をバーサーカーは一息に抜き去る。

 そうしてそのまま槍を森へと投じて、地面が抉れる程に足へと力を込めた。

 ゴウッと風を唸らせて真っ直ぐに飛びゆく軌跡を追うように、巨影が遠のいていく。

 

 胸に空いた風穴が塞がりかけながらも侵入した敵へと向かうその背を見送り、イリヤは固く唇を引き結んだ。

 

「バーサーカーは最強なんだから。……何が側にいるのか知らないけど、貴女には負けないわよ。ヒビキ」

 

 逃げ惑ったあの夜にこれで一矢報いたと思うならばそれは思い違いだ。

 たった一度バーサーカーを殺しただけなのだから。

 故に、小さく残っていたらしい侮りは消し去ろう。

 一度とはいえ、投擲によって最強のサーヴァントを殺しせしめた英雄を。

 それに力を与える正式なマスターになったらしい水谷響を。

 

 約束したように、最大の敵として叩き潰してみせよう。

 完膚なきほどに跡形もなく。

 

 

「──では、ランサー」

「おうよ。お前は金ピカ王から離れるなよ」

「ええ。どうぞ、全力で戦ってきてください」

 

 森を突き抜けるような槍が目の前で金色の波紋に沈むのを見届けながら、二人は対照的な笑みを互いへと向ける。

 獣のように獰猛な笑みを。

 穏やかな微笑みを。

 

「ヤル気満々ってやつ、だなァおい!」

 

 二人が同時に地を蹴った瞬間、轟音と同時に土煙が立ち上った。

 ギルガメッシュにお腹を抱えられた響は風に煽られる髪を押さえつけながらランサーへと支援を施す。

 

「ッ!! ……かってぇな!」

 

 しかしその支援を受けてなお、朱槍は届いていないようだった。

 振るわれる大剣を躱し、僅かな隙を縫うように槍を振るえども傷にはならず。

 まるで、この槍では力不足だと言われているようだ。

 

 それでも。

 

「距離は、十分……」

 

 呟き、ランサーは朱槍へと魔力を滾らせる。

 宝具の予兆を感じながらも、バーサーカーは更に一歩を踏み入れ──。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)──!!」

 

 常人の目には止まらぬ程速く、朱い軌跡だけが響の視界で踊る。

 そうして、次の瞬間にはその穂先が。

 

「────!!?」

「ッハ、とりあえずこれで2回目、だ。 なァ、楽しもうぜ、ギリシャの英雄(ヘラクレス)とやら!」

 

 要塞と言い変えていいほど隆々たる肉体に、深く。

 背中から心臓へと、必中の槍は深く突き刺さっていた。

 

 大剣が横薙された剣圧により木々が揺れる中で、クー・フーリンは歯をむき出しにして笑う。

 殺したのを誇るでも、槍が届いたのを喜ぶのではなく、ただただ楽しそうに──愉しそうに。

 

 

 肉を削ぐように槍を引き抜いたランサーの足が、微かに浮き上がる。

 その刹那、背後へと幹のように太い足が、踵が天を衝くように空を切った。

 

「フン……」

 

 小さく、ギルガメッシュが鼻を鳴らす。

 いや、本当にそうだろうか。折れた大小様々な枝木が倒れる音がひどいから、気のせいかもしれない。

 というかそろそろお腹を抱えるのは止めてもらえないだろうかと呑気に考えつつ、また距離をとった二騎の姿を響は捉える。

 

「治癒の魔術、と……」

 

 数分にも満たない攻防の全貌は、わからない。

 だが確かに一度ランサーはバーサーカーを殺した事だけハッキリしている。

 反撃の足蹴では傷という程深いものはないようだが、それでも逐一治していくべきだろう。

 ギリシャの大英雄、ヘラクレス相手にそれで足りるとも思えないけれど。

 

「──ううん、ルーン魔術も面白いものですね」

 

 何はともあれ自分に出来るのはどこまでいっても支援だけだ。

 本日何度目かのため息の後に、ポツリと呟く。

 聞く者によっては呑気すぎると苦言を呈する発言だが……実際、激しい戦闘を前にしてもやや緊張感が薄い。

 ギルガメッシュは呆れたようなため息を吐きながら抱えていた体を離した。

 いきなりの事に「わっ!?」と驚いた声を見下ろして、腕を組んで肩を落とす。

 

「お前ならやろうと思えば使えるだろう」

「ええ? いや、確かにできない事はないでしょうけれど……でも、私が使いたいわけではないですし」

「それはそうだろう。それで粗悪な魔術などを使いたがるのはわからんが」

「粗悪って、……もう」

 

 そんな事を聞いては魔術師たちがどう思うものだか。

 苦笑しつつ咄嗟についた手の泥を叩き、裾を払う。

 王様は呆れ顔をしているが、誰が汚したのだかとため息をつきたいのはこちらの方だと響は思う。

 それも状況からは些かズレた考えだが、残念ながら当人は真面目にそう思っている。

 

「そら、早くアレの傷を癒せ。腕が飛びかけているぞ」

「えっ? ……ああ……中々こう、すごい事になってますね」

 

 僅かな間目を離しただけで、状況は目まぐるしく変化しているようだ。

 言われた通りに視線を向けながら、ハサンに流している魔力を少しだけ削りつつ治癒を行う。

 

 地響きにも似た勢いで木々が大剣で薙払われる中、ランサーは硬化してなお抉られた腕で倒木を利用しながら戦っていた。

 飛んで、屈んで、また飛のいて。

 

 ハッ、と笑うような息が口の端から溢れる。

 

(こいつァ、楽しい殺し合いだな。殺しても斃れない、なんて──どこまでも死力を尽くす事ができる戦いに胸が踊るってもんだ)

 

 アーチャーとの戦いも悪くはなかったが、と脳裏に先日の戦いを微かに浮かべて、しかしすぐに掻き消す。

 戦闘に勝った。それだけが結末で、今はただ目の前の難敵との死闘が全てだ。

 骨を折られようとも即座に治してくれる存在もいるからこそ、楽しむ時間も長くなる。

 長くも刹那の戦いを、どこまでも。

 

(これこそ渇望していた死闘だ)

 

 形振りなんて構わない。

 出し惜しみなくルーンを、槍を、全身を余すことなく用いてまた一撃。──そら二撃!

 これで三度殺しせしめたぞ!

 

 心臓を貫いた槍が持っていかれないように素早く引き抜いて、口の中の血を地面に吐き捨てる。

 狂戦士はグツグツと煮え滾るように再生しながらもこちらを見据えて。

 

「ガヒュッ」

 

 これはまた、重い一撃をくれたものだ。

 暴れ狂うような勢いに任せた戦いから転じて、理性的にも見える腰の入った拳が脇腹を掠めただけで中々に響く。

 ルーンと響の身体強化をしてもやや劣勢といった展開に、更に滾ってくる。

 この痛みもいいスパイスだ。攻撃を見切りつつあるのも、槍自体を弾く肉体へ変化しつつあるのも戦い甲斐がある。

 

 だが、その程度の変化で負けるつもりはない。

 

突き、穿つ(ゲイ・)――――」

 

 木を駆け上るように踏みつけて高く飛び上がり、先程より魔力を込めた、しかし投げる構えをとった一撃を。

 

死翔の槍(ボルク)ッ!」

 

 避けるためか、追撃のためか。

 瞬く間に近づく巨体へと手から滑り落とすように、或いは突き刺すように放つ。

 

「――――、――ッ――――!!」

 

 肩から心臓を貫き、巨体が墜落する。

 

「うおっ!?」

 

 しかし、ランサーの視界は急にがくりと揺れた。

 それはほんの刹那の瞬間に弾き出されたバーサーカーの行動が、ランサーを掴み力任せに引いた故に。

 

 そして、次には。

 

 

ドォォ―――ォン

 

 

 土煙と轟音が森の一角で立ち上った。


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