そして少女は夢を見る   作:しんり

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大変遅ればせながら更新です。
今話はとくに独自解釈アンド捏造が含まれてますので、公式と違う部分があるだろう事を予めご了承下さい。


第二十五話

 やっとのことで坂を登りきり、間桐家の門前へと着いた響は深々と息を吐き出す。

 学校もそうなのだが、坂道というのは歩き慣れていても疲れるものは疲れるものだ。

 

「──ライダー……貴女が出迎えてくださるなんて思ってませんでしたね」

 

 呼吸を整えるために大きく息を吸って顔を上げた先に見えた姿に、思わず驚いてしまうのもまた仕方のない事だろう。

 その様子を見つつも無言で門を開いたライダーは、微かに唇を緩めて小さく頷いた。

 

「シンジも目を覚ましませんし、暇なものですから。……それに……チャイム、でしたか? あれを押す手間も省けたと思いますが」

「ああ……なるほど。それはありがとうございます」

 

 ライダーの言い分に納得を見せ、彼女はにこりとして礼を言った。

 それに対し呆れを滲ませた雰囲気で沈黙を返し、ライダーは再び門を閉じてから玄関を開ける。

 響が申し訳なさそうな顔をしているのには気づいていないのか、気づかない振りをしているのか。

 

「お邪魔します」

 

 二度目と言えど律儀にそう言って、玄関に入った響は靴を脱いで少々慎重な足取りで進む。

 ライダーはふっと小さく息を溢し、カチリと玄関の扉に鍵をかけて。

 そうしてその背を追いかけて、ゆっくりと長い足を進めた。

 彼女のマスターは、目覚める気配をまだ見せていない。

 

 そのまま特に話すこともなくキッチンへと戻ってきた二人は、食材を前にして何とはなしに顔を見合わせた。

 

「…………」

「ええと……暇であれば、手伝いをお願いしても構いませんか? アサシンには間桐君をそのまま見ていてもらうので……あ、勿論手出しはさせませんけれども」

 

 気まずく思ったようにライダーを窺い、提案をひとつ。

 それでも沈黙する彼女に、響はまぁいいかと思うことにして髪を纏める事にした。

 そうして手を洗い、野菜を洗っているとライダーはおずおずとした様子で「ヒビキ」と小さく呼んだ。

 

「はい? どうかしましたか」

「……いえ、私には料理ができません。ですから、簡単な事であれば……」

 

 言外に手伝うと言ってくる彼女に響は数度瞬いてにっこりと頷く。

 それならばと包丁を渡して自分が皮を剥いた物を切ってもらう事にした。

 横から切り方を伝えながらもその手は慣れたようにてきぱきと淀みなく動いていて、ライダーは少しだけ感心する。慣れている、とはこの事だろうと。

 それから二人は必要以上の会話をすることはなく、黙々と調理を続けた。

 

 そうしてできあがった料理をお盆に持ち、響は慎二の部屋へと戻る。

 お盆を机に置きながら様子を窺ってみるものの……まだ彼は、目が覚めていないようだ。

 しかし、その呼吸は彼女が出る前よりも随分と落ち着いたものになっている。

 

「うん、これなら起こしても平気そう。……間桐君。間桐君ー?」

 

 僅かな間瞑目し、彼の容態を把握した響はゆさゆさとその体を揺らして名前を呼ぶ。

 呼び声も何度目かで「う……」と唸りながら瞼を震わせた間桐慎二は、眉間にシワを寄せて身動いだ。

 そうしても繰り返される声に、彼はパッと目を開けたと思うと勢いよく体を跳ね起きさせて。

 

 ──ゴッ

 

「っ~~!?」

「ぃッ……ッ!」

 

 激しく額と頭をぶつけ合った。

 

 片や頭を、片や涙目で額を押さえて悶絶しだした二人に、ライダーは沈黙を。

 アサシンは握りしめる拳をプルプルと震わせながら状況を見守った。

 

「いたた……はぁ、痛かった。……おはよう、間桐君。頭を除いた体の調子はどう?」

「う……ぐ……っ、まぁ……ちょっとだるい、かな」

 

 ひとつ首を振った響が、痛みが無かったかのようにあっけからんと口を開く。

 コイツの頭は石頭かと文句のひとつでも言おうと睨むものの、その空気を察知したのか一方から飛んできた殺気に間桐は怯み、曖昧に頷いてサッと視線を逸らした。

 響にはその態度がアサシンが原因とは理解している、のだが諌める事もなくにこにこと「それは良かった」と頷くのみだ。

 

「特に問題がなさそうなら、食べながらでいいんだけど私がしたことの説明と注意をさせてもらうね」

「……ああ」

 

 痛みによるものか、殺気を浴びた事によるものか、ひどく重いため息のような返答だ。

 しかしその程度の事では響の笑みは崩れない。

 

 事前の説明不足を詫びるつもりもないような様子である。

 尤も、それを深く聞こうとしなかった点では間桐も悪かったのであろうが。

 

「それじゃあまず最初に、君が魔導を継げなかった主な原因からですが」

「ッ!!」

 

 ──だがその切り口は間桐慎二にとっては、心の柔い部分に触れる話だ。

 思わず顔をしかめた間桐だが、耳を塞ぐような真似はしない。

 そんな事は言わないでいいとも、決して言いはしない。

 

 願ったのは自分自身だと、無意識は理解しているのだから。

 

「最初に、間桐君には魔術師に必要な魔術回路がない、と判断できました」

 

 その言葉に、ぎりっと強く握りこぶしが出来る。

 ……彼女の言うそれは知っている。そんなことは、とうに知っている。

 知ってはいるが、それはあくまで紙面での情報だ。祖父には「お前は何の役にも立たぬ」と魔術のまの字もなく見捨てられてしまっていた。

 

「魔術回路というのは肉体に魔力を巡らせる上でなくてはならないポンプです。魔術回路がない状態というのは、幾つかパターンがあります。ひとつ、ポンプとなる器官がそもそも備わっていない。ひとつ、時代を遡った先に魔術師だった者がいるが、代数を重ねてなくなった状態。ひとつ、数代、あるいは直近の代で魔術回路の数が減ってなくなった状態」

「……それなら僕は、一番最後というわけだ」

 

 だからこそ、響がこうして自分のために話している事実に対して彼が強い負の感情を抱く事はないようだった。

 それこそ普段の友人としての間桐慎二ならば「馬鹿にしてるだろ」と言いそうな場面であっても、素直に頷いている。

 それに柔らかく目を細め、響はうんうんと頷きを返す。

 

「うん、そうだね。さて、ここでちょっとだけ話は変えて。魔力というのは、呼び方を変えれば誰にでも宿っているものです。魂や精気などもそういった物ですし、魔術師なら空気中のマナを取り込んでろ過し、自身に合った魔力を精製しています」

「精製ってつまりは……魔術師自身も、魔力を作ってる、んだろ?」

「そうなりますね。どこかの過程でマナを用いているものでしょうから、認識の有無はあるかもしれませんけれど。──ただ少し、そこにはコツというのがありますが」

「コツ?」

 

 気になる単語に思わず目を瞬かせ、先をせがむように間桐は無意識に上半身を傾ける。

 それにくすりと笑んだ響は、しかし悪戯っぽい表情で勿体ぶるかのように一度首を振った。

 

「先程の魔力回路の話に戻しますが、体を巡るポンプの数というのは限られたものです。一人一人血管の位置が微妙に異なっているようにね。だからこそそれを増やすために魔術師として正当に、偏屈に、魔術師というものの高みに至ろうとする方たちはその目標故に、何代何百年と時間をかけて血族を魔力で満ち溢れた存在を作ろうとしている……というと、わかりやすいですかね?」

「…………要は、あれだろ。子供から子供に、地味に一本ずつ増やしてるってわけか」

「うん、そうですそうです。間桐君は本当に頭がいいですよね。……ええと、それで、そうした方と反対に間桐の家は衰退の一途を辿った……つまり、ピークから少しずつ少しずつ、減っていったわけですね」

 

 おもむろに上げた五本の指を親指から順番に折り曲げられる。

 そうして閉じた手をパッと開き、ひらりと振って膝へとおろした彼女に神妙な表情が浮かぶ。

 

「ということで先程の話と繋がるのですが、魔術回路というポンプは数が少ないだけ体を満たす魔力が少ないという事です。今の間桐君は、それに当たることになりますが。そうした場合は別の容器に移して保管し、必要時に使用できる状態にしておくのが一番です。戦う手札としても」

「ふ……フンッ、そんなの水谷に言われなくたって知ってるさ。僕だって魔導の家に生まれたんだからね」

「ん? うん、一応認識のすり合わせはしておきたかったから、つまらなかったらごめんなさい」

「っ……別に、謝られたいわけじゃない。……で、続きがあるだろ」

 

 妙なところで見栄を張る間桐に、ぱちくりと瞬いてこてんと首が傾げて。

 よく分からないといったように素直に謝罪する響に、彼はうっとたじろぐ。

 普段なら怒るか嘲笑うところなのだが、どうにも今日の彼女には調子が狂わせられる。

 

「うん、うん。そうだね。……つまり間桐君は、魔術回路が途絶えたのも近しい代と見えたので調べさせてもらいました。すると、魔術回路のなりそこないの器官があったんです。……けれどそれはいくら繋げようとしても、ポンプ自体の長さが足りないから使えない状態でした。感覚的な話ではありますが、回路は体一本分の長さがないと巡らないですからね」

「…………」

 

 思わず黙り込んでしまった間桐は悪くないだろう。

 魔導の家にあっては出来損ないの間桐慎二に、その言葉は決して喜ばしいものではない。

 ないからこそ蔑ろにされ、残骸があるからこそこうして体を弄くられて、どうして喜べようものか。

 たとえそれを、自分が望んだとしても。

 

「──ですが先程言った通り、誰しもが魔力を持っています。魔術回路がないからには殆ど留まる事はなく流れていくだけですが、どうしてそれが出来ると思いますか?」

「……そりゃ、ふつーに考えるなら……代わりになるのがあるんじゃないのか?」

 

 苦い表情になるのを見て、わざとらしく明るい声音で彼女は問いかける。

 その気遣いは少し気に障るが、毒を吐くほどではないと首を振って答えてみる。

 

「流石間桐君。正解ですよ。……魔術回路は魔術師の血管です。普通の人間は血管が流れているわけですが、そのそばに流れていると言えば認識がしやすいでしょうか。そして、人間には他に筋肉や神経などが通ってますね?」

 

 それに安心したように彼女は微笑んで深く頷いた。

 パチパチと小さく拍手までしてきている。

 

「ああ。……ま、まさか……?!」

 

 しかし彼女の安堵とは対照的に間桐の顔からさあっと血の気が引いていく。

 

「はい。ご想像した通り、間桐君の魔術回路の不足分は筋肉や神経の一部が補っています」

「っ!」

 

 驚きに固まってしまう彼を、誰も嘲笑えはしないだろう。

 自分の想像の埒外を突きつけられて驚かない人は少ないはずだ。

 

「元から無いものを作り出すような力は私にはありません。だから、元々ある形から出来るだけ綺麗に繋げて、極力痛みも抑えられるように努力しました。それでも使用する部分の問題から、痛みが生じるのは無くせません。それこそ、痛覚を無くさない限りは」

「……じゃあ」

「しかし痛覚は、人間としても魔術師としても必要な物です。痛覚は痛みだけでなく触覚や嗅覚、聴覚にも影響が出ますから」

「ぅ……」

 

 その言い方では具体的にどういう事が起こるのかははっきりと読み取れない。

 だが、何を対価に力を得たのかは見えてきていた。

 顔面蒼白となる間桐に、彼女は出来るだけ安心させるように「痛覚は残していますから安心してください」と苦笑した。

 

「省いた話ですが、魔術師が代々受け継ぐ魔術刻印というものはご存知ですか?」

「は、……あ、当たり前だろ、そんなの」

「ん、ですよね。では機能の説明を省きますが、魔術刻印はつまり外付けの魔術回路、つまりはタンクという事です。歴代の歴史の証でもあるそれは、結局のところ他人の肉体の一部。他人の肉体ということは、無理に臓器移植や皮膚移植を行うようなものです。なので魔導を受け継ぐ方は、移植した力を拒絶はできません。……まぁ私にはわからないので推定ではありますが」

 

 強がるように腕を組んでふんと顔をそらし、間桐はグッと指に力を込める。

 仄かに痛みの籠る眼差しは、体に押し寄せる痛みからか。

 響にはそれは理解(わか)らない。

 

「……では、まったく体に合わないものをほぼ一生体につけなければならない魔術師に、何が起きると思いますか?」

「え……いや、そりゃ……拒絶反応だろ」

「はい、そういう事です。……ここまで話に付き合ってくれた間桐君ならもうわかってしまったのでしょうけれど、つまるところ痛みというのは生きる上で必要経費です。だからこそ私は出来る限り痛みを避けて生きていたいと思っていますが」

「ああ……だからお前って……」

 

 マイペースなのかという言葉を飲み込んで、がっくりと項垂れる。

 知ってはいたが、ここまでくると呆れが更に強くなるばかりだ。

 そのおかげである意味助かっているのかもしれないが。

 

「? ……という事で総括と注意になりますが。間桐君の魔術回路は一部を筋肉と神経で代用しているので、緊急時の使用は気をつけてください。少しずつ体に慣らしていく方針でいこうと考えているのですが……間桐君はそれでいいかな? 私が不満なら聖杯戦争は終わってからになっていいなら、伝を頼ってみるよ」

「…………」

 

 キョトンとした顔をして首を傾げた響は、気にする事ではなさそうかと呆れた表情を見て話を締めくくる。

 「ご飯冷めちゃったね」と謝って箸を手に取った彼女に、間桐は深く。

 とても深くて長い、特大のため息を吐き出して、そっと笑った。

 

 ほんの少し、嬉しい事でもあった子供のように。

 


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