そして少女は夢を見る   作:しんり

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第二十二話

 藤村の元気のいい「また明日~!」という言葉で迎えた放課後。

 てきぱきと帰る用意を済ませた響は自分に向く視線に頓着することなく教室を出た。

 同じように帰宅するために廊下を行く生徒たちに交じり、靴を履き替えてざわざわとした話し声をぼんやりと聞き流しながら校門を潜る。

 それだけでも人の話し声は遠退き、更に坂道を下っていけば声は疎らになっていく。

 

 時折交じるエンジン音に道の端に避けては通りすぎてゆく車にまた少し道の真ん中に寄ってしまいながら、彼女は上の空といった様子で歩いていた。

 慣れた道であるとはいえ、上の空すぎるのではないだろうかと心配したハサンは少しだけ悩み、声をかける。

 

「……いえ。何でもありませんよ、ハサン。心配してくれてありがとう」

 

 しかし彼女は首を振るだけで、その胸の内を明かす事はない。

 それが気にかからないといえば嘘にはなるが、それでも主なりに何か思う事があるだろうと考えたハサンは「何かあれば、すぐにでも言ってください」と言う他になかった。

 それにしっかりと頷いて微笑み響はもう一度お礼を言った。

 

 帰りついでの買い物を終えて商店街から離れたところで丁度よくランサーと合流し、ライダー陣営と少しばかり協力する事になったと伝えれば彼女らしいと大笑し、やや乱雑にその頭をぐしゃりと撫で回して肩を叩く。

 ハサンから送られる視線が冷たいのはわかっているが、何時もの事のため彼が気にする事はない。

 響も困った顔はしつつも深く気にしてはいないのか「まったくランサーは」と呟いて乱れた髪を直すだけだ。

 

 その足取りはのんびりと緩やかなままで、聖杯戦争のただ中にあってこの穏やかさはやはり彼女らしい。

 ランサーは苦笑するように目を細め、それから肩を竦めた。

 戦争に生き急ぐよりかはよっぽど彼女には似合いだな、と。

 

 何事もなく帰宅し、何時ものようにギルガメッシュも交じって四人は夕飯を食べる。

 そして響の予想通り「我に断りもなくまた話を進めおって」と文句をつけられはしたものの、思った以上のお咎めもなくそれどころかキャスターよりは面白そうだしいいんじゃないかと肯定的だ。

 これまたどういう心境の変化か掴めず響は首を傾げ、アサシンとランサーは訝しげに金色の王を見やった。

 

「フン、精々上手く使い潰してやればよい」

「ええ……? いえ、流石に友人に対してそれは……ちょっと……」

 

 王様らしい言葉だと苦笑しやんわりと拒否を示す彼女に、さして機嫌を損ねる事なくギルガメッシュは酒を一息に呷る。

 そして出された杯に、響が酒を注ぎ直す。

 

 なみなみと注がれて杯の中でたぷんと揺れる酒はまるで血のように赤い。

 しかしその色は赤い瞳を持つ金色の王によく似合っていた。

 

「お前が手を打たぬのであれば、凡庸な小物程度、すぐに負けるだろうな。ならばお前がするべき事が何か……分からぬ程愚かではあるまい?」

 

 確かに間桐の家は零落していると言峰は言っていたし、間桐当人も認めているような様子だったと思い返す。

 ちらりと確認したライダーのステータスもそれほど脅威を感じるものではなかった。

 ステータスの面だけで語るならばアサシンにやや分があるだろうか。

 無論、バーサーカーに比べれば双方共に木っ端も良いところだが。

 

「王様がそこまで言うのでしたら……そうですね。少し、頑張ってみます」

 

 困ったように微笑んで、彼女は真っ直ぐに赤い瞳を見返す。

 そこに確かな意思を見出だしたのか、ギルガメッシュは満足そうに頷いた。

 

 

 ──そんな昨夜を振り返り、さてこの場合はどうするべきなのだろうかと悩む。

 目の前には苛々としつつも微かな焦燥を隠せていない間桐慎二の姿がある。

 しかし彼はこちらに気づいていないのか、階段の先を睨み付けるばかりだ。

 

「おはよう、間桐君。大丈夫? 顔色悪いけど」

 

 顔色が悪いというよりは機嫌が悪いと言った方が正しいかもしれない。

 そう思いつつ、自分に振り向く間桐ににこりと笑みを向けて響は首を傾げた。

 

「……水谷? ……──あ、そっか……そうだった」

 

 その姿を認めた彼は数度瞬きを繰り返し、それからひきつれた笑みを浮かべた。

 そうして片手を伸ばし、「なぁ」と彼女の肩を掴む。

 

「今日は学校なんかサボってさ、作戦会議でもしようぜ。戦闘に協力しろ、までは言わないからさぁ、一緒に作戦を考えてくれよ。水谷」

 

 ギリッと痛い程力の籠るその手はまるですがるかのようで、響は微かに目を見開く。

 しかしその驚いたような顔も一瞬の事で、直ぐにくすりと笑みが浮かんだ。

 そうして彼女は優しく肩を掴む手に己の手のひらを重ね、真っ直ぐに間桐を見据えると。

 

「いいよ。友人だもの、ね」

 

 そう言って頷いた。

 

 あまりにも悩みなく直ぐに返ってきた返事に、ひくりと唇を震わせて間桐はさっと俯いてしまう。

 思わぬ反応に驚いた響がどうかしたのか問うよりも前に彼は顔を上げ、少しだけ落ち着いた様子で「助かるよ」と手を離す。

 その声は震えている気がしたけれど、それは指摘するべきではないかと判断した響は緩く首を振った。

 

 何があったかを問うのも、今は止めておこう。その方がきっと、彼も嬉しいだろう。

 少しだけ気難しい友人に、彼女は鞄を持ち直して柔らかく微笑んだ。

 

「じゃあ、どこで話をする?」

「……家に来いよ。お前の家はあれだろ」

「あ、うん。気にしてくれてありがとう。……なら、間桐君のお家にお邪魔させてもらうね」

 

 彼の言わんとしていることを理解して、響はニコニコと笑う。

 新都の祖父母の家を使用しているのは、基本的には身内の他には知ることではない。

 だからこそ、従姉妹との関係性を知っている彼は少しだけ気遣いを見せたのだろう。

 いいや、もしかしたら魔導の家に生まれた者としての判断、かもしれないけれど。

 でも、気にしたという事実に変わりはない。

 

「フン。それじゃ、行こうか」

「うん。……お昼はどうする? 間桐君がよければ作るけど」

「ん、なら水谷に任せるよ。僕らのする話は外で出来るもんじゃないしね」

 

 調子を取り戻したのかふっと得意気に笑って、間桐はそれなら何を作ろうかと思案しだした彼女の背を押して行こうと促す。

 そうして「それもそうだね」と苦笑した響が顔を逸らして先に階段を下りていくのを見て、少しだけ胸を撫で下ろした。

 

 その表情に安心したような、どことなく泣き出してしまいそうなものが浮かんだが、それも一瞬。

 直ぐに何時もの彼らしい嫌に自信のありそうな笑みを浮かべて、後を追うように歩きだす。

 

 霊体化しながらも終始黙して二人の様子を見ていたハサンの仮面の下は複雑な表情だったが、特別何かを主に伝える事はなく視線を周囲へと巡らせた。

 主に少しでも脅威が無きように、と。

 

 

 そうして間桐邸に向かいながら、間桐から遠坂と衛宮が結託したという話を聞いて「そうなんだ」と彼女は驚いた顔を見せていた。

 しかし、間桐のように協力とまではいかないまでも、キャスターと停戦の約束を継続している響にはそれがいいことだと思い直してふんふんと頷く。

 彼女自身に限っての戦況を見るとランサーもついているため、三つ巴もいいところか。

 

「……それで? 昨日の続きだけど、お前の知ってる事ってなんだよ」

 

 間桐慎二の自室に着くなり彼はベッドに鞄を放り投げてから座り、響は勉強机から椅子を拝借して座ったところで話が切り出される。

 一瞬何の事だっけ、と首を傾げかけたものの昨日の己の発言を思い返し、彼女は曖昧にうんと微笑んで頬を掻く。

 

「んー……簡単に言うと、ライダー、それからアーチャーとセイバー以外とは一度戦闘になったことがある、ってとこかな。三度遇って、三度とも見逃されているけどね」

 

 その内の一人は言峰と響の関係上完全に手を結んでいる状態だ。とある二人の意思によって簡単に覆りはするが、基本的にはそれは変わらない事だ。

 けれどそれは間桐との関係に関わりのないことのため、話すことではない。

 情報を出さないという訳では勿論ないため彼についても勿論多少なりとも戦闘について話すつもりではいるが。

 

「まず、間桐君。ライダーのステータスでは、勝ち抜くのはかなり難しいだろうと思うって事は言っておくね」

「……何を根拠にそんな事が言えるんだよ。やりようによっては勝てる事もあるだろ?」

 

 きっぱりと断言され、間桐はきりりと眉を吊り上げて怒りを抑えたような口調で問いただす。

 響は少し困った顔で宥めるように曖昧に頷いて、言おうと決めていた事を更に続けた。

 

「私の知る限り、ランサーの機動は高い上に継続的な戦闘に強いようですし、キャスターは複雑な工程を数段飛ばしに行うまさに魔女といえる技量を持っていました。バーサーカーには私のアサシンと間桐君のライダーで組んで戦ったとしても、きっとすぐに負けてしまうでしょうね。……バーサーカーは狂化している事もあって、飛び抜けて強い存在ですから」

 

 やや渋い顔を浮かべ「戦闘になったのに生き延びられたのは幸運でした」と数日前の事を思い返しながら、彼女は淡々と語る。

 間桐からの戦ったのかという問いをかけられれば、ひどく他人事のような調子で彼女は「少し死にかけましたが、逃げに徹して何とかなりました」と頷く。

 

 思わずどんな風にと間桐が訪ねれば、彼女は淡々と起きた事象の顛末を語る。

 その瞳は凪いだもので、死にかけたと言う割にはそう見えない。

 死というものを恐れているようにも、決して。

 

 それに気づいた間桐は背筋に駆けたぞわりと産毛立つような感覚がして小さく体を震わせた。

 こいつ(水谷響)は死というものが怖くないというのだろうか?

 

「ですから、間桐君」

 

 それにこいつはこんな喋り方を自分に対してしていただろうかと疑問に思う。

 敬語を使うことに違和感があるわけではない。教職員や年上、親しくない奴らにそうなるのは知っている。

 だが、自分に対してその喋り方をしていたのははじめの頃だけだったはずだ。

 だからという訳ではないのだが、何かが違うと違和感を覚えているのは間違いない。

 

「あ、ああ……なんだよ」

 

 離れているのに覗きこむように見つめてくる瞳に反応が遅れる。

 思わずたじろいでしまい、しかしそれを誤魔化すために間桐は問い返す。

 

「私があなたに協力できる事はそう多くありません。ですから、あなたが望むのなら──あなたが望む力を与えましょう」

 

 その言葉に、とうとう動揺を隠す事は出来なかった。

 響の言葉の意味は聞くだけでは測りかねるものではあったが、間桐には何故かその意味がわかる気がした。

 

 だからこそ、彼は息を詰めてまじまじと友人の顔を見つめる。

 

「…………」

 

 しかし響はそれ以上に言うべき事はないと閉口し、にこにこと微笑みを浮かべて返事を待つつもりのようだ。

 何が出来るのだと問いかけるべきだろう。

 けれど、と悩む間桐は言葉を探す。

 

「──力、が……」

 

 だから、迷いに迷って、彼は思ったままに口を開いた。

 自分の唇から溢れる言葉の意味を、深く考える事はなく。

 

「力が、欲しい。僕は……」

 

 僕にだって、出来る(戦える)という証明をしたい。

 

 自分に何一つ期待などしていない祖父に。

 自分に無いものを持っている癖に何もしようとしない義妹に。

 自分が望んだものを持っていた友人たちに。

 

 使えない、何の価値もない人間ではない。

 

 ──そう、証明したかった。

 

「魔術師に……ッけど、だけど僕は…魔術師じゃ、ない……! 魔導の家に生まれているのに……! なのに、くそッ! くそ……全部、全部あいつが……くそ、くそぉ……ぅ、うう……」

 

 幾ら望んだところで、それは手に入る事はないと既に知っていた。

 だからこれは、ただの弱音だ。

 それを彼女に晒すのに抵抗がなかったわけではない。

 けれどどうしてだか自然と溢れた願い(本音)は、ずっと燻っていた心の痛みなのだろう。

 

 瞼を閉じてそれを聞き届けた響は、頭を抱えて何かを振り払うように大きく頭を振る彼に手を伸ばす。

 




ちょっとだけ展開は巻き気味ですが、結局書きたいところまで行き着くには少し長くなりそうなので仕方なく一区切り。次話の投稿は早めに出来るよう努力します。

慎二君のターンはもうちょっとだけ続くのじゃ。

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