そして少女は夢を見る   作:しんり

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第十四話

 教会前の墓地で戦闘を行うセイバーとバーサーカーの立てる音を細めた目で一瞥し、冬木教会の神父は眼前の少女の途切れた足の断面同士を引っ付ける。

 そうして何事かを呟きながら手を動かす。

 

「あ゛っ、ぅ……ぁ、ぁぁッ」

 

 意識はなくとも痛みから体が悲鳴を絞り出す。

 苦悶に歪む顔に、しかしそれを止める気はないのか言峰の唇はまだ動きを止めない。

 いや、むしろその目には愉快だと言わんばかりの色が浮かんでいる。

 

「……ふむ。一先ずの処置はよかろう。さて」

 

 一頻りこの場でするべきことは終わったと疲れを押し出すような息を吐き出し、言峰は響の背中と足に手を差し入れて立ち上がる。

 彼女の途切れたはずの左足は、まだ僅かに肉の色を見せながらもぷらりと揺れて、しかし落ちることはなかった。

 それにひとつ頷き、言峰は踵を返して教会の入り口へと向かう。

 

 そうしてその扉を閉めきる前に、いまだ音を立てる墓場の方を見て唇を弓形の笑みで彩った。

 

 バタン、と大きな音を立てて閉めきった扉から離れ、長椅子の間を通り抜けて礼拝堂から更に奥。

 中庭も横切って部屋の集まりの中の一室へと行き、腕の中に収めていた少女の体をベッドへと横たえさせる。

 そして片ひざをついてそのまま出来る限りの肉と肉、神経と神経を結び、後は本人でどうにかできるだろうところまでの治癒を施す。

 

「ご苦労であったな、言峰」

 

 治癒を終えてごきりと肩を鳴らした言峰に、そんな声がかけられた。

 見れば開けたままだった部屋の入り口にギルガメッシュが立っており、大股にベッドへと近づいてくる。

 

「これを放っては、お前の機嫌を損ねてしまうからな」

 

 立ち上がり、ベッドの脇から一歩横に動いた言峰は肩を竦める。

 そしてその金髪の下の表情を見やり、背を向けた。

 

「言峰、お前から見てどうであった?」

 

 浅くベッドに腰かけ、気を失った時よりは落ち着いた呼吸を繰り返している響の足へと触れながらギルガメッシュは問う。

 ぐり、とまだ繋がりきっていない傷を開き、肉を抉るのを見てため息を吐きつつ言峰は遠坂と衛宮のやり取りを思い返す。

 

「……お前が狙おうとしたことは半分ぐらい当たったのではないか? あの様子では凛は確実に勘違いしたはずだが」

「そうか。少し我の予定からずれてしまったようだが、雑種どもが勘違いしたのならばまぁよしとしよう」

 

 小さく押し殺された呻き声にくつり、と喉を鳴らしたギルガメッシュがついと赤い目を動かす。

 

「我の物を守りきった褒美に、千切れた手をつけてやるがよい」

 

 その言葉に、実体化したランサーは顔をしかめて舌打ちをした。

 言峰はポタポタと血を滴らせるその左手を見てふむ、と頷き治癒の魔術を施す。

 見かけは繋がったようだが、それでも指先はピクリとしか動かないようでランサーは自身の左手を見下ろして苛立たしげに眉をひそめた。

 

「後の治療は響が目覚めてからだ。生憎と私には傷を治すことはできても、彼女のように完全に繋ぐことは出来ないからな」

「そうかよ」

「ああそうだとも。ではランサー、治ったところで早く行け。恐らくアサシンはここを離れぬだろうからな」

 

 表情を無にし、数秒黙って言峰を見たランサーだったが「へぇへぇ」と気乗りしない様な返事を返して肩を竦めるとすぐ霊体化した。

 それと入れ違うように実体化したアサシンに、言峰はくっと笑いながら部屋を出ていく。

 

 それを一切視界にいれることなくハサンは椅子を引き、ベッドから……ギルガメッシュから離れた位置に置くと静かにそこに座る。

 アサシンのその様子に鼻を鳴らしたギルガメッシュは足にかけていた手を離し、指先にべったりと付着した血を舐めとった。

 

「響に来るな、とでも言われたか」

「…………」

「ふん、そう拗ねるなよ暗殺者。貴様の献身が悪いわけではないが、コレにはそれを必要とする気概がないだけだ。……いやしかし、貴様が先日コレを『普通』と称したことが間違いとよくわかったのではないか?」

 

 ニヤニヤと笑う英雄王に、ハサンは込み上げてくるものを堪えながら唇を強く噛む。

 しかしその瞳だけは雄弁にその感情を物語っていた。

 怒りの色に震える眼は、ギルガメッシュを見据えている。

 

 見つめ合う目は十数秒経っても逸らされることはなく、ギルガメッシュは面白いと言わんばかりに嗤い声をあげた。

 

「はっ、その献身に免じてこの我を睨むなどという無礼を見逃してやろう。くくくっ、まぁ精々励めよ」

 

 響の顔を一瞥したギルガメッシュは立ち上がり、宝物庫に腕を入れる。

 金色の波紋が波打ち、ずるりと出されたそれはマントのようだった。

 ふわり、と宙から落ちるようにその手を離れたマントは響の体の上に被さり、その口元を毛皮が隠す。

 

「響が起きたならば報せよ。この様子ではすぐに起きんだろうからな」

「……わかりました」

 

 大きく欠伸をしたギルガメッシュは頷くハサンなど目に留めず、そのまま部屋を出ていった。

 その足音が遠ざかるのを聞き届けて、ハサンは静かに椅子をベッドに近づける。

 そうして、マントからはみ出ている手をゆっくり握りしめて、きつく目蓋を閉じた。

 

 世界が、時を止めたような陰鬱な静けさに満ちる。

 ハサンは目覚めのない指先を祈るように額に押し当てて唇を噛み締めた。

 

「……響様……何故、なのですか……? どうして……」

 

 そのままピクリとも動かないままに何十分、何時間と経った末に絞り出した声は酷く切なさと、憤りのようなものを孕みながら虚しくも静寂の中に消えていった。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

  はっ、と溜め込んだ息をやっとのことでついた衛宮士郎は、それから咳き込んで口の中の違和感を吐き出した。

 バーサーカーとの戦闘は、遠坂のサーヴァントであるアーチャーの放った矢によって戦いが終わった。

 ……いや、終わったのではなく見逃されたのだ。あの白い少女の気まぐれによって。

 

 巨人は鈴をならしたような声に応じて姿を消してその主たる少女も、アーチャーの放った一矢によって炎を燻らせた墓地の向こうに消えていった。

 

「マスター、窮地を救ってもらったのは感謝します。ですが、そろそろ離してもらえませんか」

 

 炎を睨んでいた士郎は、セイバーの言葉にはっとして銀の甲冑を纏う少女から手を放す。

 そうして立ち上がろうとしたものの、立ち眩んだように尻餅をついてしまった。

 それも無理からぬことで、アーチャーの一矢からセイバーを連れ出そうとし、結果庇うような形になったがために背中に飛び散った瓦礫の破片が幾つか突き刺さっていたのである。

 それによる痛みと出血に、体が異常を訴えるような頭痛が士郎を襲っていた。

 

 その様子に気付き背中に刺さる破片を確認したセイバーは一言断り、躊躇なくその破片を引き抜く。

 乱れかけた息を整えようとする士郎の背を見ていたセイバーは、感心と安堵に胸を撫で下ろした。

 如何なる術か、その背中にできた傷口が見る間に塞がっていっていたからの安堵だ。

その言葉を聞き、しかし士郎はそんな魔術を会得していないぞと驚き口を開こうとする。

 

「衛宮君、無事?」

 

 そこへ遠坂が駆け寄り、声をかけてきた。それに手をあげて応えた士郎に、彼女は僅かに安心した様子を見せてこの場を離れようと提案する。

 それに頷いて歩き出した遠坂を追いかけようと立ち上がり、歩き出そうとした士郎の意識はそこで途絶えた。

 

「マスター!?」

 

 慌ててその体を支えようとしたセイバーだが、既に彼の意識はない。

 意識のない人間は重く、彼女の体に倒れかかるように崩れた。

 

「……気を失ったみたいね」

 

 セイバーの声に振り返った遠坂が近づき、ぐったりとした衛宮の顔を見て呟く。

 ぐっと足に力を入れて自身のマスターの体を立ち上がらせたセイバーだが、少しバランスを崩してたたらを踏む。

 

「ふぅ……ここまで乗り掛かった船だし、手伝うわ、セイバー」

「……ありがとうございます」

 

 セイバーは思わずといったように自分とは反対側の衛宮の腕をその肩に回した遠坂をじっと見つめ、それから礼を言う。

 遠坂はそれに対して首を振り、気にしないでと微笑した。

 

「代わりと言ってはなんだけど、あなたの所感を聞いてもいいかしら?」

「……何についてでしょうか。答えられそうな範囲であればお答えします」

 

 本来ならば既に敵として対峙してもいい相手であるが、セイバーは衛宮に手を貸してくれた分は答えてもいいといった様子だ。

 彼女の善い人柄にやはり自身で最優たるセイバーを引きたかったと惜しみながら、遠坂は知りたいことを頭に思い浮かべる。

 

「そうね……バーサーカーも気にかかるところではあるけれど、とりあえずランサーについて、かしら。私も一度戦ったけど、どうにも気にさわるから」

「ふむ。ランサー……ですか」

 

 てっきり先ほどの狂戦士についてかと思っていたのだが、想像とは違う遠坂の言葉にセイバーは考えこむ。

 夜の闇の中、ずりずりと何かを引きずるような音と二人分の足音を響かせること数分。

 やっとのことでセイバーはその考えを口にした。

 

「戦ったのならばアーチャーも同じ所感を抱いた、とは思うのですが……どうにも本気になりきっていなかったように思えます。本気を出すに制限されているような……いえ、戦闘自体は手を抜いていたとは思いませんが。それにしたって引き際が鮮やかに思えました」

「屋敷の近くで感じた魔力からして、ランサーが宝具を使ったのよね?それで、真名を看破しただろうセイバーを仕留められずに撤退したってわけか」

 

 なるほどと頷く遠坂に、しかしセイバーは否定する。

 

「彼は宝具を使って尚生存した私を確認するなり引いていきました。どうにもそのような指示を受けたそうですが……マスターが教会にきた、ということはリタイアの可能性も否めません」

「そうね。肝心のマスターがあれじゃ、参加を放棄して助命を乞うために教会にきたのかはわからないけど」

「……あの教会の監督役が傷を癒したのは何故でしょう。意思の疎通がままならぬ相手で、まして聖杯戦争の関係者ならば肩入れをしてはならぬのではないですか」

 

 それには遠坂も同感なのか小さく首肯して唸り声をあげる。

 見た限りでは確かに令呪も存在していなかった。それに、魔術師という気配でもなく、今まで自分が行っていた探知にも引っ掛かっていなかっただけに、彼女が本当にマスターなのかというのも怪しい。

 いや、この肩を貸している相手が魔術師であると知ったのもつい数時間前のことではあるのだが。

 令呪も見えない部分に宿っているかもしれないし。

 それに、イリヤスフィールと名乗った少女の口振りからしてもマスターであるのに間違いはないはずだ。

 衛宮と同様にこの冬木の地に隠れ潜んでいた歴史の浅い魔術師の家の者、と考える方が妥当であろう。

 

「……あの似非神父なら、教会に訪れたからには意思を確認せねばなるまい。なんて言うつもりかもしれないわ。バーサーカーと戦闘になって、たまたま教会に転げこんだ、って可能性もあるけど」

「確かに、その可能性もあります」

 

 頷いたセイバーに、遠坂はもうひとつ浮かんだ可能性を口にする。

 

「もし彼女に魔術の適正が低かったならば、本気を出すに制限されている様子だった、というのも頷けるわ。明らかに魔術師というには纏った魔力が薄すぎるもの」

「……その情報を私に伝えてもよかったのですか?」

 

 疑るような声音に、遠坂は忍び笑う。

 確かに、明日には敵対するだろう相手に無償で情報を与えるのは愚かに等しい行為だ。

 

「私としては、情報を渡した上で潰しあってくれる方が助かるもの。それに、あなたからも情報をもらってるわけだし」

「……そうですか」

 

 納得したという声音のセイバーは、ふむと頷く。

 勝つ上で弱いものから落とす、というのも確かに一つの手だ。

 たとえマスターが弱くとも、ランサーは強力な相手だ。あの槍さばきは、例え現界において力を制限されていたとしても冴え渡っていた。

 それに加えてあの必中の槍(ゲイ・ボルク)を受けた傷は表面はともかくとして、深部は今も痛みを訴えかけてきている。我慢ならない痛みではないためそれは今おいておくとするが。

 もう一度あの槍を解放されたとしたならば、どうなるだろう。

 真名を看破し、その槍の力を知った上で考えてみるが、あの槍は因果逆転の力を持っているからして、確実に避けられると断言をすることは出来ない。

 次に相対した時には倒す、とは思うものの必中の槍(ゲイ・ボルク)の対策、対応は考えねばならないだろう。次も己の直感だけで凌げるほど、あの槍兵(英雄)は甘くはない。

 

「ま、ランサーのマスターについては憶測の域を越えないし、このくらいにしておきましょうか。彼女、確か衛宮君と同じクラスだった気がするし。まったく知らない私より、もしかしたら衛宮君が情報を持っているかもしれないから、起きたら聞くことにするわ。……あ、その情報についてはセイバーの服を用意する、というのを前賃にするっていうのはどう? 霊体化できないのなら必要になるでしょ?」

 

 「どうかしら?」と尋ねる遠坂に、セイバーは戸惑う。

 確かにマスターがもしも日中に外出しようとしたならばサーヴァントとしてはその身を守らねばならないし、入り用になるかもしれない。

 この武装した状態ではいらぬ争いを生む可能性があるのも、確かなことだ。

 余程のマスターでなければ無防備に外出するという真似などはしないとも思うが。

 

 悩むセイバーは、遠坂の「どうせ自分に合わずに着ない服を出すから」とどこか恨みがましい声に促されて受け入れることにした。

 アーチャーに取りに行かせる、という敵対心は今はないというアピールが受け入れる一押しにもなっている。

 続けて遠坂の「別れたらそこから敵だ」というきっぱりとした言葉を聞いて、正々堂々としたやりとりの方が好ましいと感じるセイバーは遠坂凛という少女の人柄は好ましいと思った。

 かといってマスターを鞍替えする、などというつもりはないため、その思いは胸の内に留めるに収まったが。

 この衛宮邸までのほんの僅かな時間だけといえども、一切手を出さないと言葉と態度で示して見せる少女にセイバーもまた誠意で返した結果でもある。

 

 情報のやり取りを終えた二人は無言でひたすらに衛宮邸へと向けて歩みを進めた。

 幾ら相手を好ましく思ったところで互いに別れて次に出会ったのならば敵同士なのだ、という決意にも似た考えは秘めたままに。

 


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