そして少女は夢を見る   作:しんり

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SN編、本編……というべきでしょうか……原作の時間軸開始となります。
ここから少し書き方を変えて三人称視点で進行させていただきます。出来る限り主人公の一人称寄りに書ければいいなとは思ってますが、予定は未定というやつです。


第十一話

 カランカラン、と空き缶がぶつかり合う音がする。

 自分の手で入れたそれのことは視界から外して、持っていた財布からお金を取り出し自動販売機に小銭を投入していく。

 ぽちり、と選んだのはホットのお茶で、ガコンと落ちたそれを取り出せば寒さに震える体に暖をもたらした。

 

「あれ、水谷?」

 

 冷えた頬にあてていればふと名前を呼ばれ、振り返れば小学生の頃からの見慣れた顔がそこにはあった。

 「あぁ」と小さく吐息のように溢しつつ、彼の名前を口にする。

 

「衛宮君。珍しく購買?」

 

 赤銅色の髪を気まずい様子でくしゃりと掻いた衛宮は、曖昧に頷いて視線をさ迷わせた。

 何かを言おうと迷っている様子に、さてどうしたものかとこちらも迷ってしまう。

 話さないのならばこのまま立ち去るだけ、なのだけれど。

 

「水谷が購買なのも珍しいな。……あー、と。その、もしよかったら、一緒に食べないか?」

「……へぇ、衛宮君からのお誘いなんて珍しいね?」

 

 心底から驚いているように瞬けば、衛宮は困ったという顔を浮かべる。

 それから自信なく駄目だったか、と言われて緩く首を振る。

 

「ううん、別に……悪いとは言ってないし、一緒に食べるのは構わないよ。約束した相手もいないからね。……じゃあ先にあそこの空いたとこに座ってるから、買っておいでよ」

 

 購買の近くに備えられた幾つかの椅子の中の空いた一角を指差すと、衛宮は頷いてまだ人の多い購買の窓口へと向かった。

 それを最後まで見ることはなく場所を取るために椅子に座り、もう一人分の席に持っていたパンの袋を置く。

 

 ぼんやりと他に机を囲って座り、わいわいと談笑する先輩あるいは同級生、後輩を眺めつつ蓋を開けたお茶を飲む。

 暫くそうして待っていると、息を切らせ少し急いだ足音がしたためにそちらを見やる。

 

「悪い、待たせた」

 

 自販機の前に立つ生徒の間を潜り抜けて衛宮は片手を上げた。

 それにいやと首を振り、隣に置いていたメロンパンの袋をとり封をあけて一口頬張る。

 

「えっと、水谷? あー……何か今日は何時も以上に覇気がないけど大丈夫か?」

「ん? ごくん。特に何もないよ。単純に昨日夜更かししちゃって寝不足気味なだけだし」

 

 首を捻りつつそう答えると、「そうか」と頷いた。

 それからまた話題を探すように衛宮はカレーパンを食べつつも視線をさ迷わせる。

 誘われた側とはいえ此方も何かを話すべきだろうか、と考えながらもお茶に口をつける。

 

「……そうだ。昨日、新都の公園の方にいたか? 遠目だったから、違ったらすまん」

 

 振られた話題に、一呼吸おいて口に含んだお茶を嚥下する。

 それから、横にあるその顔を一瞥して最後の一口を頬張る。

 

「まぁ、数分だけね。衛宮君昨日バイトだったんだね、お疲れ様」

「いや、バイトは何時も通りトラブルなんてなかったし、たいしたことしてないから疲れてはいないぞ?」

「そっか……相変わらずだねぇ衛宮君ってば。ま、無理はしないでね」

「ん、ああ。無理はしてないから平気だよ」

 

 呆れた目には気がついていないのか、衛宮は「それに」と口に含んだパンを飲み下して続ける。

 

「どっちかと言えばお前の方が無理してると思うけど」

「……えー、そうかなぁ? そんなことないと思うけど」

「どうだか。またあの人に嫌がらせされてないか?」

「ううん、別に。嫌われてるのは昔からだし、気にするほどのことでもないよ」

 

 従姉妹の話を持ち出され、困った顔をしてしまう。

 確かに一方的に嫌われ、一時期はいじめと呼ばれるような行為までされはした。

 しかし今は多少落ち着いて会えば嫌みを言われるくらいのものだ。いや、確かに周囲の目、特に伯父夫婦の目に入らないときはその限りではないけれど。

 

 考える様子を見て眉をひそめた衛宮はどうなんだと眼で訴えかけてくる。

 相変わらず変に押しの強い彼に、少し呆れが浮かんだ。

 

「前も言ったでしょ? 私のことは気にしなくていいの。私のことをそんなに気にしていると、間桐君の妹さんに拗ねられるよ? ……というかそれじゃあ、私の方が嫌われちゃいそうだけど」

「? 何でそこで桜が出てくるんだ?」

 

 転換した話題に対し、きょとんとする衛宮に今度は隠しきれない呆れをため息と共に吐き出す。

 この男は些か周囲からの視線や好意、悪意といった感情に疎いとはわかっていたのだが。

 

「……いや、気づかないままでいいのかもね。ま、今の言葉は気にしないでいいよ。ただの戯れ言ってことにしといて」

「そう、か? 何か腑に落ちないけど、まぁわかった」

 

 何もわかってないよね、それ。

 という心の声は飲み込んで、「そうそう」と頷く。

 

「そういえば生徒会長とお昼にしなくてよかったの? 普段は生徒会室で食べてるじゃない」

「今日はこっちの気分だったからな。……それに、お前だっていつもは教室で弁当だろ」

「あはは、まぁそうかもね。ま、私の場合、今日は少し寝坊したからってだけなんだけど」

 

 くすくすと笑う様子に唇を緩め、衛宮は残り僅かなカレーパンをはむはむと食べる。

 自分は食べ終わってしまったためにそれを眺めるようにしつつ、既に冷めてしまったお茶を一気に飲み干す。

 

「んっ、ごちそうさま。それじゃ、私は図書室に行くから」

「ああ、それじゃあまた教室でな」

 

 片手をあげると、同じように返されてしまったが特に気にすることはなくそのまま衛宮から背を向ける。

 購買を出るついでにお茶の空はゴミ箱に捨てておく。

 

 数人の生徒とすれ違いながら階段をあがり、まっすぐに図書室に向かう。

 ガラリ、と扉をスライドして室内に入り後ろ手に扉を閉める。

 図書室の利用者はまばらで、数人が思い思いの席に座って本を読んでいた。

 

 それらを一瞥し、本棚に足を向ける。

 

「んー……」

 

 さてどれを読もうかと本の背表紙を流し見る。

 まだ見ていない本はたくさんあるが、そうだな。

 今日は、と本を抜き取ってそのまま立ち読みをする。

 位置的にギリギリに見える時計を気にしつつ、本を読み進めていきそろそろ教室に戻るべきかと思った時である。

 

『響様』

 

 ハサンの声が耳に届き、その体に纏う魔力がまっすぐ自分の元へとやってくる。

 人がいるため霊体化したままの彼女はそれでも背後で膝をついた。

 

「わかったの?」

 

 小さく、けれど短い声で尋ねれば、ハサンは「はい」と平淡な声で応じる。

 

『学校に張られたこの結界の支点は幾つか見つけましたが、小さな物を含めると全て見つけたとは言いがたいです』

『そっか。ありがとう。それからお疲れ様、ハサン』

『いえ、響様のお役に立てて嬉しいです』

 

 嬉しそうに声を弾ませたハサンだが、すぐにその雰囲気は一転し暗く低い声で続ける。

 

『……ですが、この結界は無作為で、何より我が主の身を害するもの。早期の対処が望ましいです。ついてはキャスターに協力を願うのはいかがでしょうか』

『あー……そうだねぇ』

 

 出された提案に、うんと頭を捻りながら本をぱらりとめくる。

 確かに魔術師のクラスのサーヴァントたるキャスターに頼めば事は簡単に収まるだろう。

 しかし、幾ら停戦の約束をしていて協力することも認めてくれているとはいえ、結界を壊してしまえばどうなるだろう。

 壊してしまったら先日の殺人事件が今度は範囲を広げることになるだろう。そうなればキャスターのしている新都での昏倒事件よりも事が大きくなることは間違いない。

 

 召喚されたサーヴァントの中でこんな結界を張るのは消去法からしてライダーのクラスのサーヴァントのはず。

 ライダーともなれば機動力が高いだろうし、何よりこんな趣味の悪い結界を作れるという時点で一般人を屠るに躊躇いはないだろう。

 そこまで考えて、しかし首を横に振る。

 

『……いや、キャスターには言わないでもいいでしょう。彼女も自分のマスターである葛木先生の危険にはそれ相応の対応をとるでしょうから』

『マスター』

『あはは、私は私でどうにかできるよ。一応一通りの基礎魔術には触れてるし』

 

 そういう問題ではない。

 そんな声が聞こえてきそうだったが気のせいと思い過ごすことにする。

 どうにかならなければその時はその時に対応すればよいだけだ。

 

「さて、この本を借りて教室に戻りましょうかね」

 

 誰にともなく呟いて、本を持たない片手をすっと横に払う。

 その指先でハサンの頭をくすぐるように撫で、受付のカウンターへと向かう。

 貸し出しの手続きを終わらせて図書室を出ると、中にいたハサンが慌てたように背中を追いかけてきた。

 それについくすりと笑ってしまえば、念話にて「笑わないでください」と抗議されてしまった。

 

「あっれー、水谷さん、ご機嫌ねー?」

「藤村先生」

 

 次の授業の担当である藤村の姿に思ったより時間がなかったか、と思いつつ「そうですか?」と首を傾げる。

 彼女は何時もの朗らかな笑顔のままうんうんと頷いて隣に並んで階段を上がる。

 

「何だかいつもより楽しそうだったからいいことあったのかしら? 水谷さんがそこまで表情崩してるなんて珍しいなーって」

「藤村先生は本当に生徒のことを見ていますよねぇ」

 

 「そう言われると、照れちゃうわ」と笑った藤村は機嫌よさげに鼻歌を歌う。

 

「あ、予鈴なっちゃったわね」

「そうですね。まぁ今回は急がなくても間に合いますよ、先生。また今朝みたいに倒れても困りますからね」

「? 誰か倒れてたかな? おっかしいわね、ちゃんと朝出席確認した時は皆起きてたと思ったんだけど」

「アハハ、そうですねー」

 

 自分が今朝も見事に転んで気を失ったことなど忘れている様子に、笑って流しつつ教室の扉を開ける。

 藤村がギリギリに来ないのは珍しいという顔をそれぞれ浮かべつつ、各自いそいそと自分の席へと着席する。

 そうして教卓に藤村が教材を置いた時、タイミングよくチャイムの音が響き渡った。

 

「きりーつ」

 

 チャイムの音が収まり、日直のかけ声で全員が起立し、「れー」という声にばらばらと頭を下げる。

 そうしてがたがたと音を立てながら着席する。

 

「よーし、それじゃあ昨日の続きからいくわよー」

 

 出席者の確認をした藤村が、チョークで黒板に文字を書いていく。

 そうして午後の授業は、先週よりもゆっくりと穏やかに始まった。

 

 一昨日深山町の方で事件があったために本日も早く下校するように、という言葉にて最後は締め括られ、放課後を迎える。

 今日はこの後伯父夫婦の家に行く予定があるために早く帰るといえば帰るし、帰らないといえば帰らないというものではあるが、そんなことは教師陣には関係のないことだ。

 いや、事件に巻き込まれたら学校でも問題として上げられるのだろうが。

 それでも、事件には少なくない関係性があるために今更でもある。

 

 聖杯戦争がはじまってしまう、いや、はじまってしまったのだから。

 吹き抜ける風にマフラーを口元まで引き上げて、くすりと響は笑った。

 


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