そして少女は夢を見る   作:しんり

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第四話

 寒々とした空気にほう、と息を吐き出しながらも伯父の家のある深山町からの帰り道です。

 学校の帰りから直接行ったので夜の道に相応しくない学生服ではありますが、紺色のコートを着ているので寒いのは足下くらいですね。それでも吹き抜ける風はとても冷たくて仕方ありませんが。

 

「寒いけど、暫く雪は降りそうにないかな」

 

 空を見上げると、星の光がポツリポツリと輝いているのが見えます。

 人工の灯りが多いので見えづらくはありますけれど、今日は午前中曇っていたのが嘘のように午後からは快晴でした。だから今日は月と星はよく見える。

 今年に入って雪が降ったのは本当に片手で数えて足りるほどです。それは少し、寂しくありますね。

 雪がしんしんと降り積もる静かな夜というのも好きなものですから。

 

「ん……?」

 

 何かの視線を感じて思わず立ち止まり、ぐるりと周囲を見回します。

 今まで何年も何回も通っていた道に特に違いはない。……ないはず、なのですが。

 

『ハサン、何か感じる?』

 

 自身のサーヴァントにも違和感がないかと尋ねてみます。

 そういった視線などは暗殺が本職な彼女ならば鋭いと思いましたから。

 

『はい、マスター。響様。……どうやらサーヴァントの気配が近くにあるようです。霊体化して気配を絶っている、というよりは、魔術で痕跡を隠しているような感じがしますので、恐らくはキャスターのクラスかと……』

『そっか。魔力が拡散して場所が捉えにくいって意味でいいのかな』

『はい。その判断で、間違いはないかと……マスター』

 

 気配に敏感な彼女を欺けるとしたならばそれは、あまりある魔力で撹乱することもできるだろうキャスターということだ。

 三騎士クラスならば、そんなまどろっこしい手段はとらないでしょうし。通常ならばバーサーカーもそんな理性は残っていないはずです。

 ライダーもクラスの性質上、高い場所からの奇襲ならばあるかもしれませんけど。

 言峰からセイバー、アーチャー、ライダー以外が召喚されたと聞いていますしまず間違いないでしょう。

 

「……誰か、いるんですか?」

 

 一般人の気配がないことをハサンに確認してもらい、声をかける。

 答えてくれるかどうかはわからなかったけれど、どうやら応えてくれるらしかった。

 

「うわっ?」

 

 頭上から答え代わりの光が弾け飛んでくる。

 意外と近い距離からのそれに、ハサンが実体化して私の体を膝から掬い上げて庇う。

 

 ぱちぱちと瞬いて先程立っていた場所を見ると、僅かに抉れたアスファルトが見えた。

 その痕には何も残っていない。魔術による攻撃だ。

 

「……マスター、いかがいたしますか」

「そうだねぇ……早く帰ってしまいましょう」

 

 このまま住宅街の狭間で戦闘にもつれ込むよりは、せめて新都に出る橋までは行った方がいい。

 河の近くなら公園が、広い場所があるから、ということを念話で伝えればハサンはその細腕で私を抱き上げたまま走り出した。

 さすがのサーヴァントの筋力ではあるが、少し無理をしてはいないでしょうか。

 

「アサシン」

「大丈夫です、マスター」

 

 心配した私の声に彼女はこっくりと頷いて返し、更に追尾してくる光弾を避け続けながら確実に人の通りがない場所を選んで新都の方角へと向かっている。

 でもそこかしこに魔術の痕跡が残っていることから、ひとつの憶測が浮かんでくる。

 

「……マスター、申し訳ありません。誘い込まれているようです」

 

 囁くような声に、私は小さく「わかった」とだけ返して集中することにします。

 ハサンに簡単な強化の魔術を施してから、光弾に向けて似たような量と密度の魔力の弾を打ち出して相殺する。

 これで物的被害もかなり軽減されるはずです。言峰もこのくらいの処理は多目に見てくれるだろう。

 もしかしたら嫌みのひとつは言われるかも知れないですけど。

 

「っ、中々できるようですのね」

 

 どこからともなく聞こえてきた女性の声と進行方向に現れた骸骨の使い魔に、ハサンはピタリと足を止めて私をおろして周囲を警戒する。

 マスターである私が側にいるから離れるに離れられないのでしょう。

 

「キャスターでよかったですかね? すみません、まだ全てのサーヴァントが揃っていないですし、今はまだ私たちも戦うつもりはないのですが。それでもまだ続けますか?」

 

 念話でこちらは敵意がないのを示すために武器は構えないように命令しつつ、姿の見えない女性に問いかける。

 こんな状況ではありますが、私は出来るだけ戦いたくはありません。戦いを厭う、というよりは戦いというのは私にとって予想外というよりも面倒事でしかありません。

 だから出来るだけ避けたい、と思うのです。

 

 

 そうしてしばらくの沈黙をもってして、キャスターの返答が返ってきた。

 

「それでも、あなたの令呪とサーヴァントをいただきますわ」

 

 背後で空間が揺らぎ、強大な魔力の圧力を感じる。

 それと同時に、振り返りかけた私の胸にとすん、と軽い衝撃が走る。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 その言葉が耳に入ってきた瞬間、魔術回路の接続に異常が発生しました。

 令呪へと至る回路をまさぐられ、捉えられた端から変状し、別の方向へと伸びてゆく。

 

 それに対して私は殆ど無意識的に精神を肉体から切り出して操作を開始します。

 あくまでも精神をわけているだけ、つまりは並列思考をしている状態というわけです。

 令呪に繋がる線を三本の太い糸としたら、それを寄り合わせる細い糸がつぎはぎに繋がれて体の外へと向かおうとしている。

 それを切られていくそばからその細い糸を自分へと接続しなおしていきます。

 細かな作業ではありますが、精神の観測する時間をのばしていますので集中していれば恐らく間に合うとは思います。…ええ、たぶん。

 

 現実時間ですと、目の前に現れた黒いフード黒いローブをまとった女性が短剣を私に突き刺したまま驚愕しています。

 その女性との間にハサンが滑り込むように入ってきたので、彼女は距離をとって私の様子を観察してきます。

 

 その間にも精神側では自分と令呪の魔力ラインを解析し、それ(宝具)の対処を続けています。顔には出ないのですけどね。

 ハサンの毒は平気でしたが、キャスターのように宝具という魔力の塊を直接体内に押し込められたのでこうしたことになってしまっているのです。

 慣れないことなので精神は大慌てで大変ですがそれでも宝具の対処ついでに、キャスターが距離をとった後、宝具による傷も早急に治癒の魔術をあてて治しておきます。

 

「アサシン、追撃はしないでいいよ」

「マスター……、ですが」

「これは命令です。帰ったらうんと甘えてくれていいから」

 

 黙して僅かに体の位置をずらしたハサンにお礼を言って、改めてキャスターを見ます。

 その服装はいかにも魔術を使います、といいそうな重厚な雰囲気を醸し出していて、顔を隠しているのも相まってかなりミステリアスです。

 

「私は勿論、アサシンも少なくとも聖杯戦争が始まるまで戦うつもりはありません。だからどうか、私たちのことは見逃してもらえませんか? それに、この場もあなたの庭ではない様子ですし」

「だからといって、あなたを殺せないわけではなくてよ? アサシンのマスター。あなた、随分と甘いお嬢さんのようね」

「うーん。まぁ、そうですね。否定はしません。三騎士のクラスに比べたらアサシンの戦闘能力も高いわけではないですし、もっと使い魔を召喚されたら手を焼くのは確実です。ですが、あなたは宝具を早々に使ってしまったのですから、それはあまりおすすめはいたしませんけれど」

 

 軽く肩を竦めてみせつつ、宝具を刺された部分に手をあてる。

 治癒の魔術は効いていて傷は痕になることなく塞がったようです。良かった。

 ただし体の内部では未だに宝具と精神のいたちごっこのような攻防が続いていますけれど。

 

 私の方を警戒しながら地面を蹴ってふわりと飛び上がったキャスターに、ハサンは殆ど無言で私を抱き上げます。

いつでも逃げ出せるようにと腰を低くしたハサンと、観察するように私たちを見下ろすキャスターの間で静かに風が流れていく。

 

 沈黙は重なり、どんどんと緊張感を増していきますが、彼女は魔方陣を展開することもなく重々しく口を開きました。

 

「……あなたに少し、興味がわきました。アサシンのマスター。もしあなたが真に戦いをしないというのであれば、円蔵山にある柳洞寺にきなさいな。あなたのサーヴァントを現界させて、距離をとらせたうえでという条件がのめるのならば、ですけれど」

「……わかりました。そうですね、次の休日、日曜日の夕方頃に伺わせていただきます、キャスター」

「っ、マスター……!」

 

 非難めいたハサンの声にその唇に手を当てることで制する。

 そしてもう一度キャスターを見て意識しながら微笑みを形作ります。

 別にハサンが頼りないと言っているわけではありません。

 ですが、向こうが話をしてみたいと思ったのならば応えたいと私は思います。

 

「でも次は、顔を見せてくださいね。話をするときは、顔を見て話したいものですから」

「……考慮しておきましょう」

 

 すうっと空に溶けるように消えていくキャスターを見送って、ほっと一息です。

 使い魔も地面に溶けるように消え、周囲の魔力も落ち着いてやっと警戒を解いたハサンは私を下ろしつつ、仮面に顔を隠していながらも如何にも不満ですという様子をみせている。

 

「ごめんね、ハサン。……勝手に話を進める私のこと、嫌になった?」

「……マスターはズルい方ですね」

「そうかな?」

 

 笑いながらも首を傾げて、手の中の買い物袋を確認する。

 そうしてハサンの言葉を深く聞くことはなく、その手を握る。

 別に、はぐらかす意図はありません。それでもハサンは、困った顔で私を見つめて、そして諦めたように握った手に力を込めた。

 

「危ないと思ったら、勿論間に入りますからね……響様」

「うん。頼りにしてるよ、私のアサシン」

 

 どことなく不穏なものを匂わせる声音にあっさりと頷いてしまえば、ハサンは息を詰まらせてしまいます。

 そうして私を見て、仕方ないとでもいうように肩から力を抜きました。

 ええ、無駄に緊張しすぎてはよくありませんからね。

 

 私は緊張感がなさすぎ、と言われたらまぁそれもそうなのですけど。生殺与奪を王様に握られてきたので今更、という感じもあります。

 今までの記録上からして私という奴はこんなものですし。

 


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