そして少女は夢を見る   作:しんり

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第三話

 多少歩く程度の距離はある数件先の距離にある教会に赴いていた私は小さく息を吐き出します。

 人手が極端にないこの教会の手入れをする者は私くらいのものです。

 この教会を任されている神父様もしないことはないのですが、男性故に細やかな部分には手をいれないものですから、自然とその役目を私が担うようになったのです。見ていられない、ともいえます。

 

「言峰さん、各お部屋は終わりましたよ。礼拝堂は大丈夫ですか?」

「ああ、勿論だとも」

 

 ふ、と死んだように濁った黒い眼差しを見上げて、それから足を踏み入れた礼拝堂を一瞥する。

 今日は珍しく、ギルガメッシュもいないので問題ないようです。いつもはちょっかいを出す王様なので、珍しいともいえます。

 まぁ彼の王様のことですから、どうせ目の前の神父のワイナリーで真っ昼間からお酒を飲んでいるのでしょうけれど。

 

「それは良かったです。あなたはたまに、ギルガメッシュとの話に興じすぎて放棄してしまうので、心配してました」

「それを言われては耳が痛いな。響、君は中々口が上手くなったものだ」

「そうさせているのは王様と言峰さんですけどね。今日の晩御飯はいかがされますか? こちらで作ってもいいですが」

 

 立て掛けられた掃除道具を手にしながら問いかけると、いつもは頼むか、泰山の激辛麻婆豆腐と言い出す神父様なのですが今日は珍しく首を振りました。

 

「少し用事があるものでね。ギルガメッシュを連れて君の家で晩餐を迎えると良い」

「わかりました。お帰りの際に泰山でご飯を食べられるんですね?」

「ああ、そのつもりだ」

 

 肯定した言峰の言葉に内心安堵します。……彼の好む麻婆豆腐は人が食べられる辛いものの範囲を越える外道麻婆ですからね。

 私もたまに被害にあうので持ち帰るという発言がなくてよかったというものです。

 

 第四次の聖杯戦争以降お世話になっている私にも、なによりギルガメッシュもその麻婆豆腐による被害は尋常ではありません。

 年を経るごとにグレードアップをしていったその味は、今では筆舌に尽くしがたいほどに辛いを通り越して痛いです。

 ハサンでさえ、その味は拒否したほどの劇物です。いや、臭いからして暗殺者的にはアウトだったみたいですが。

 ……たとえ持ち帰りをしても、明日と明後日は教会には来ませんから、被害に遭うのは王様だけです。

 

「そういえば、まだサーヴァントは召喚されていないのですか?バーサーカーとランサー、それから私のアサシンでしたよね、現状は」

「いや、キャスターの召喚が確認された」

 

 あっさりと教えてくれた言峰に、何か考えでもあるのだろうかと思いつつふむと頷く。

 何はともあれ順調に揃ってきているようですね。

 

「そうなんですね。残り三騎、ですか……もし何か問題がおきたならば教えていただけると嬉しいです」

「……そうだな。考えておくとしよう」

 

 肩を竦めた言峰に、私は笑みを返して掃除道具を片付けるために礼拝堂を出る。

 納屋の元あった場所に戻して、最後に残したものはないか、地下も含めて教会を見て回ります。

 幾らそこまでの規模ではないとはいえ、教会は大きめな造りですから少しばかり時間はかかります。そこでハサンにも反対の場所を見てもらいながら歩き、それが終わった頃には言峰も外出してしまいました。

 

 最後にハサンと合流して英雄王が寛いでいるワイナリーの扉を開けます。

 何時もの彼の選ぶ中ではセンスの悪くないラフな服装でグラスを傾けている姿で出迎えられました。

 

「ご苦労であったな、響」

「はい。先程言峰さんから外出するのでギルガメッシュのご飯は任せたと言われましたから、それを飲み終わったら帰りますよ」

「ほう、そうであったか。それはよき知らせだ! 今日は親子丼といったか、アレにするがよい!」

 

 高級嗜好ではありますが、たまに庶民的な味を求めてくる王様に「はいはい」と頷きながら、彼の転がした空のワインボトルを片付けます。

 ご機嫌なままじっくりと残るワインを飲み干したギルガメッシュに片付けを急かされながら教会を出て帰路につき家のドアを開けます。

 

 勝手知ったるままに居間に置かれた彼が買ってきた大型テレビの前に座り込み、ゲームのコードを引き出しているのを横目に私は台所に立ちます。

 ハサンはギルガメッシュのために彼女の毒を布の内と外で遮断する礼装として作った手袋をし、その手でお皿を出したりテーブルを拭いたりと材料を切る以外のお手伝いをしてくれます。

 ハサンはサーヴァントですが、その中でもかなりいい子だと思います。マスター冥利につきるというものですね。

 

「王様、出来ましたよ。ハサンも、並べるのは私がするから座っていいですからね」

「うむ」

「片付けは私がします、マスター」

 

 普段とさして変わりはしない光景に笑いながら熱々の丼とおかずを並べます。

 ご機嫌よく熱々のご飯を食べる王様と、毎度の食事でひどく幸福な顔をするハサン。それに作った本人として、美味しそうな様子は嬉しい私です。

 中途半端に投げ出されたゲームのBGMをバックにしながらの食事は不思議なものです。

 

 さて、食べ終わったならばハサンが台所に立ち、後片付けをはじめます。

 私は途中になっている読書をしようかと思っていたのですが、ギルガメッシュの隣に座らされて一緒にゲームに興じています。

 アクション系のゲームは楽しいとは思いますが、目が疲れやすいのが難点ですよね。

 

「ふはははは! どうだ、響。我の技量に恐れおののいたか?」

「はいはい、流石ギルガメッシュです。王様は強いですね」

 

 ゲームも何回か変わり楽しそうな彼に頷いて更に対戦と共闘を重ねれば満足した英雄王は「また来る」といいおいて我が家から去っていく。

 それを確認したハサンは安堵の表情も顕に、お風呂のお湯が入ったと伝えてくれた。

 ……本当に、できた従者だと思う。本来は暗殺者なのだけど、馴れない家事をする姿はほほえましいし、可愛らしいと思います。

 

「ありがとう、ハサン。それじゃあお風呂、いただいてくるよ」

 

 お礼を言われたことにはにかみ笑う姿を視界に収めて、部屋から着替えを持ってきてお風呂に入る。

 肌寒い冬の夜に、熱いお湯はとても心地よく、じんわりと冷えた体に熱が染み渡っていく。

 そっと瞼を閉じて暫くその温かさに浸っていると、ガラッと勢いよく扉を開けられた。片目を開けてそれを見ると、やはりというかギルガメッシュが立っていました。

 

「もう、また来たんですかギルガメッシュ」

「この我が共に入ってやるというのだ。もっと嬉しそうな顔をしてみせよ響」

「嬉しくはありませんから、仕方ありません」

 

 湯船に躊躇も断りもなく入ったギルガメッシュに肩を竦めつつ、端の方で体を縮ませます。

 よく私がお風呂に入っている最中に来るのも、慣れたものです。

 一回帰ったのも私を油断させるためでしょう。最近は無理矢理一緒に入らされるか来ないかのどちらかでしたし、久しぶりにされると慣れているとはいえ少し驚きます。からかわれるので顔には出しませんけど。

 

 お風呂についてはともかくとして、ハサンにはあまりギルガメッシュに反抗するなと言ってありますので、渋々通しているのはよく見るようになりました。

 勿論私に害を及ぼさないかとは目を光らせてはくれていますが、王様は簡単に人を殺す方ですから。だからこそ、ハサンには極力反抗はしないようにと言ったのです。

 

 それにしたって、この王様は本当に遠慮というものがなくてとても困ってしまいます。誰かどうにかしてください。

 なんてため息を堪えつつ、ギルガメッシュのちょっかいを掻い潜ってお風呂からあがります。

 私がこの家で一人で過ごすようになってからよく乱入してくるので嫌な慣れかたをしているから仕方ない。

 こうしてお風呂に乱入された後はいらない疲れが溜まるだけですが、最近はハサンが頑張って家事をしているのを見ては癒されます。

 

「いい湯加減だったよ、ありがとう。ギルガメッシュの事は気に病まないでいいからね」

「いえ……はい。ギルガメッシュを止められはしませんでしたが、少しでもマスターのお役に立てたのなら嬉しいです」

 

 気恥ずかしそうにはにかんだハサンに笑み崩れ、その頭を撫でる。

 犬のように撫でられて気持ちいいというように目を閉じて大人しくしているのがまた可愛らしいと思います。

 そこへ空気を読むことなく割り込むのはギルガメッシュである。

 

「響、明日はパンケーキにしろ。中々に美味だった故に食べるのも吝かではない」

「わかりました、ギルガメッシュ。作りますから早く帰ってください。眠いし明日学校なので」

 

 水気を含んでキラキラと照明に照らされる金髪につい目を細めてしまいます。

 見慣れてはいますが、眩しいですね。

 

 にしてもギルガメッシュの好みの食べ物が幅広すぎて困りますね。

 料理の腕を買ってくれるのは嬉しいですしリクエストしてくれるだけいいですけど、ジャンルが国を問わずされるのが本当に困る。

 おかげで料理の腕が上がったのですけどね。

 

「それでは我は休むとしよう」

「はいはい。お休みなさい、王様」

 

 上機嫌なまま背を向けて玄関を出ていくのを見送って、私はハサンに向き直りました。

 

「それじゃあもう寝ようか、ハサン」

「はい、マスター」

 

 サーヴァントである彼女に睡眠は必要ないし、外の警戒をするべきであるとはわかっています。

 それでも私は彼女に対して対等な家族、のような接し方をするようになりました。

 なぜか、と問われてしまうと言葉を失ってしまいますが……恐らくは、彼女の願いを叶えたいと思ったから……でしょう。

 人の温もりに触れていたいというあまりにも可愛らしい願いでしたから、私でもそれを叶えるに容易かったのです。

 

 これが王様が今日から人間の裁定をする、なんて言い出したならば私には叶えられません。

 私に備わった機能の及ぶ範囲の願いだからこそ、です。

 私は万能でも全能でもない、ただの人間ですから。

 

 手袋を外した手を掴んで、部屋に向かう。祖母の部屋では私の安否がすぐに確認できないと言ってきて結局は私の寝室で眠るようになったので、向かう先は同じだ。

 横を歩くハサンの表情は何時ものように幸せそうで、それを見ると私も嬉しいと思います。

 

 しかし近年は随分と水谷響という存在は魂に刻まれた性質が前面に出てきてしまっています。

 それは決して悪いことではないですし、かつての聖杯戦争での私のキャスター(アンデルセン)の宝具によって、今までの記録に比べれば格段に人間性が保ててはいます。

 だから私は、ハサンに対して家族という触れ合い方を選んだのかも知れない。

 なくなった穴を埋めるように。傷口を塞ぐ瘡蓋のように。

 

「おやすみ、私のハサン」

「はい。おやすみなさいませ、響様」

 

 ひとつのベッドに二人して寝そべり、就寝の挨拶を交わす。

 そっと掴んできた指先はひやりとした冷たさで、私の熱が彼女を温めることを願いながら目を閉じた。

 


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