リヴェリアに弟がいるのは間違いない事実だ   作:神木 いすず

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なるべく早く更新するとか言っておきながら、大幅に遅れてしまい申し訳ないです!
今回は初の7000字超えになりました。


19話 降りかかる悪夢

 18階層の水晶の空は『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた。天井の中央に生える無数の白水晶が発光を止め、周囲の青水晶も光量を落としていく。

 

「はっ、はっ⋯⋯っ⁉︎」

 

 周囲が暗くなり足元から生える青水晶が薄っすらと輝きを放つ中、獣人の少女は錯綜する岩の路地を走っていた。

 息を切らしながら背後を振り返れば金の長髪を輝かせる剣士と山吹色の髪を揺らす魔導師が後を追いかけてきている。

 坂や階段を一息で駆け上がり獣人の持ち味である身軽さで剥き出しの岩の地面を蹴る。

 右肩にかけている小鞄(ポーチ)を揺らしながら再度後ろを振り返れば、自分の後を追っているのは杖を携えているエルフの魔導士のみ。いつの間にか金髪の剣士がいなくなっていた。

 そのことに少女は怪訝な表情を浮かべながらも曲がり角を折れて小径に逃げ込む。そこは大きな青水晶と岩壁に挟まれた谷間のような一本道であった。

 長く平らな道をひたすら走っていたのだが、ふいに少女の前方に金髪の剣士──アイズが現れた。

 

「うえっ⁉︎」

 

 行く手に立ち塞がるかの如く道の真ん中に佇むアイズを見て少女は愕然とする。

 すぐさま反対方向に逃げる為に身を転じたのだが、そちらではエルフの魔導士──レフィーヤが両手を広げて『通せんぼ』をしていた。

 少女はこの二人が誰だか知っている。それ故にこの状態から逃げ切れる気が全く起きず、その場に力が抜けたかのように座り込んでしまった。

 

「はぁ、はぁ⋯。何とか捕まえましたね、流石アイズさんです!」

「ううん。レフィーヤの、おかげだよ」

 

 息が上がっているレフィーヤと前後から挟む形で地面に座り込んだ少女をアイズは見下ろす。

 犬人(シアンスロープ)である彼女は黒い髪と頭から垂れた獣耳を生やしていた。健康そうな小麦色の肌をしており、細い手足は獣人らしくしなやかさに富んでいる。

 編み上げたロングブーツに薄手の戦闘衣(バトル・クロス)を身に付けてはいるが防具の類は装備していない。

 

「事情聴取は⋯私達がするよりも、団長達に任せた方が良いですね」

「うん、広場に戻ろう」

 

 挙動不審だった彼女を怪しい人物と睨み、アイズとレフィーヤはフィン達の元へ連れて行こうとした──が。

 

「やめてっ⁉︎」

 

 垂れた耳をピクリと動かした少女は短く叫んだ直後に涙ぐみ、顔を振り上げ懇願する。

 

「お願いっ、止めて、あそこに連れて行かないで⁉︎あそこに戻ったら、今度は私がっ、きっと私がっ⋯⋯!」

「あ、あのっ⋯」

「ちょ、ちょっと!アイズさんに何してるんですか⁉︎」

 

 縋り付くようにアイズの両腕を掴みながら少女は叫ぶ。アイズがうろたえる中、レフィーヤが慌てて引き離そうとするも『お願い、お願いっ⋯!』と少女は俯いた顔を振るばかりで掴んだ腕を離そうとしない。

 そのあまりにも必死な様子にアイズとレフィーヤは困ったように顔を見合わせる。

 

「どう、しましょうか?」

「⋯人のいない場所に連れて行こう」

「良いんですか?」

「うん。凄く怖がってるみたいだから⋯落ち着いたら、話を聞こう」

 

 怯えている少女を見つめながらアイズは提案する。確かにこのままでは埒が明かないと悟ったのか、レフィーヤも最後には納得して少女の手を取り三人で移動した。

 三人が向かったのは北西の街壁付近にある倉庫と言うべき場所だ。アイズ達より背が高い組み立て式のカーゴに囲まれる空き地のような空間にて三人は向かい合った。

 

「もう、大丈夫?」

「⋯⋯うん」

 

 レフィーヤが携行用の魔石灯を見つけ、点灯させる。カーゴの角にかけられた灯りが薄暗い周囲を照らす中、犬人の少女はアイズの声に頷きを返した。

 

「貴方の名前は?」

「ルルネ⋯ルルネ・ルーイ」

「Lv.と、所属も教えてもらえますか?」

「第三級、Lv.2。所属はヘルメス・ファミリア⋯」

 

 アイズとレフィーヤの質問に俯きがちに答えるルルネは落ち着きを取り戻していたようだった。快活そうな顔立ちは未だ曇っているが、しっかりと受け答えが返ってくる。

 そんな少女の瞳を見つめながらアイズは事情を尋ねる。

 

「どうして、広場から逃げ出したの?」

「⋯殺されると思ったから」

「何で、そう思ったんですか?」

 

 そう問うと彼女は押し黙った。そんな少女にアイズは鋭く言葉を踏み込ませる。

 

「貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

 ルルネやレフィーヤが目を見張らせる中、アイズの金色の瞳は少女が持っている小鞄(ポーチ)に向けられる。

 右肩にかけられている小鞄に反射的に手を添えたルルネだったが、やがて告白するようにぎこちなく事情を話してくれた。

 ──聞くところによると、少女はこの街にて受け取った荷物を依頼人(クライアント)に届けるように依頼されたという。

 指定された酒場にいる全身型鎧(フルプレート)の冒険者、つまりはハシャーナに合言葉を言って荷物を受け取ったようだ。

 恐らくハシャーナは依頼を完了させたことで気が緩んでしまい、まんまと女の誘いに乗って殺されたのだろう。

 

「それにしても、ただ役割を分担させるだけじゃなく別派閥の人を雇うなんて⋯」

 

 荷物を採取する者と運び屋を別個に準備する辺り、その依頼人は用意周到な人物だと言える。仮に採取した者の足取りを掴んだとしても多くの冒険者が頻繁に出入りするこの街で荷物を回されてしまえば、その行方を追うのは限りなく困難だろう。

 秘密裏の行動を徹底させていた点といい、多くの予防策を講じている謎の依頼人にレフィーヤは思わず言葉をこぼす。

 

「依頼人は、誰?」

「それが分からないんだよ。ちょっと前に、誰もいない夜道を歩いてたら、いきなり変な奴が現れて⋯」

 

 当時のことを思い出すようにルルネはアイズの質問に答える。

 

「真っ黒いローブを全身に被ってたから、男か女かも分かんなかった。最初は怪しいなって思ったんだけど⋯報酬がめちゃくちゃ良くて⋯その、前金もいい額だったし」

 

 首を手でおさえながら恥ずかしげに目をそらすルルネ。アイズとレフィーヤは、ルルネが破格の条件を提示されたことにより黒ローブの人物の前で尻尾をブンブンと振っている様子が想像出来てしまった。

 徐々に声がか細くしていく少女を前に、話を聞き終えたアイズとレフィーヤはしばしば沈黙した後に視線を交わす。

 

「アイズさん、やっぱり団長に知らせた方が⋯」

「──駄目っ!きっとハシャーナを殺った奴が、まだあそこにいる!私が荷物を持ってるってバレたら⋯」

「⋯分かった。代わりに、その荷物を渡して」

 

 アイズの要求に対してルルネは瞠目する。依頼人には『誰にも見せるな』という条件を出されていたので少々逡巡した後に、大金よりも自分の命に天秤が傾いたので大人しくアイズに小鞄の中身を差し出す。

 手渡された物は緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは液体と──不気味な胎児だ。丸まった小さな身体には不釣り合いなほど大きな眼球と長い髪。

 謎の幼体は身じろぎ一つせずに沈黙を守っているものの、ドクンッ、ドクンッ微かな鼓動を打っている。

 

(⋯ドロップアイテム?或いは、ダンジョンの新種のモンスター?)

 

 オラリオ二大派閥の片翼を担っているロキ・ファミリアの主力であるアイズでさえ見たことの無い物だった。

 皆目見当がつかない。にも関わらず奇妙な感覚がある。宝玉から瞳を離すことが何故か出来ない。

 

(この、感じ⋯)

 

 手の中で脈打つ宝玉と同調するかのように心臓の音が速まる。胎児の眼球と視線が重なり──身体中の血が恐ろしい勢いで騒ついていく。

 

(なに、これ⋯?)

 

 鼓膜の奥で響く高い耳鳴り。ともすれば皮膚の下でみみずがのたくり回るような感覚が走り抜ける中、猛烈な吐き気が込み上げてくる。

 目眩に襲われた次の瞬間、アイズは耐え切れず膝を折った。

 

「おっと。大丈夫⋯ではなさそうですね。アイズ、少し座って休憩しなさい」

 

 そのまま地面に倒れそうになったのだが、何処からともなく現れたリヴェルークがアイズの身体を支えながら宝玉を空中でキャッチした。

 

「リュー。俺はアイズの容体を確認するので、この球体を預かってください」

「ええ、分かりました」

 

 そう言ってリヴェルークはリューに向かって宝玉を軽めで放り、アイズを地面に座らせる。

 そんな一連の流れを眺めていたレフィーヤは二人が宝玉を手に持っても特に反応がないことに首を傾げつつ、頼りになる同胞が来てくれたことに一先ず安堵するのであった。

 

 

 

 

 ──場面はリヴェルークとリューが未だ広場にいた頃に遡る。

 

「リュー、落ち着きましたか?」

「はい。その、ごめんなさい⋯」

 

 リューは俺を追っていた女性約百人全てを気絶させた後にようやく正気に戻った。

 我を失っていた時の彼女は死神でさえ裸足で逃げ出してしまいそうなほどに冷たい目をしていたが、今は目に涙を浮かべながら俺を見つめている。

 その気恥ずかしげで『やってしまった感』を漂わせる表情は中々どうしてそそるものがある。

 しかもリューは俺の右手を両手で握りながらそんな表情を浮かべているのだ。相手が俺じゃなかったらもう死んでるね。死因は尊死だわ。

 

「いえいえ、気にしなくて良いですよ。寧ろ助かりました」

 

『それに良いもの(表情)も見れましたし』とリヴェルークは心の中で呟いた。

 かつてロキは『美人の憂い顔は乙や。酒の肴や』と言っていたが、多分それよりも今のリューの方が百倍良いと思う。

 勿論ロキに見せてやるつもりは毛頭無い。リューのこんな顔を他の誰かに見せるなんてとんでもないことだからな。

 

「ところで、アイズとレフィーヤは何処に?」

「分からん。気が付いたら居なかったな」

「まぁ、きっと大丈夫でしょう」

「姉上もティオネも、それは些か適当過ぎませんか?」

 

 何せリヴィラの街には第一級冒険者と目されている殺人鬼が潜伏している可能性が高いのだ。

 アイズが負ける場面が想像しにくいとはいえ流石に二人のことを放ったらかしにしておくのはどうかと思う。

 

「フィン。俺とリューで、二人のことを探しに行っても良いですか?」

「うん、許可するよ。二人のことは任せた」

「了解です。リュー、行きましょうか」

「はい、分かりました」

 

 まぁ簡単に探すと言っても全く心当たりが無いから虱潰しに探し回るしかないか。

 こういう時ばかりはベートの鼻が素直に羨ましいよ。彼の嗅覚なら匂いを辿れば追跡なんて余裕だからね。

 

「取り敢えず、北側から探していきましょうか」

「では、手分けして探した方が良いのでは?」

「そうした方が良いのは承知しているのですが⋯その⋯」

「⋯⋯⋯?」

 

 あーもう、俺の馬鹿!言い澱んだりするからリューが少し困ってるじゃないか。

 でも面と向かって言うのは恥ずかしいんだよな。けど言わないとここから進まないよな。──よし。とリヴェルークは覚悟を決めた。

 

「こういう時に言うのは場違いかもしれませんが、その、偶には二人で行動したいんですよね⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「や、別に、無理にとは言いませんよ?」

「⋯ふふっ」

 

 なんだか小っ恥ずかしくて声が段々小さくなってしまった。その後の台詞も何だか照れ隠しみたいだし自分で言っといて恥ずかしいわ。

 案の定照れ隠しなのがバレたのかリューにも笑われてしまった。

 

「笑わないで欲しいのですが⋯」

「いえ。ルークを笑った訳では無く、ルークの意外な一面を知っているのは私だけだと思うと、嬉しくてつい笑みがこぼれてしまう」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 今度は俺が何も言えなくなる。けど仕方ないだろう──何だこの可愛過ぎる妖精は。本当に俺と同じ種族(エルフ)なのか?

 

「ルーク、呆けていると置いて行きますよ?」

「すみません。あまりにもリューが可愛くて、つい見惚れてしまいました」

「───ッ⁉︎」

 

 ──あ、顔が赤くなった。やっぱり男なら好きな女性のこういった表情を見るだけで『うおぉぉおお!』ってなる。こんな時に不謹慎だとは思うけどね。

 内心でそう思いながらリヴェルークは優しく微笑み、リューは若干のぎこちなさと気恥ずかしさを含んだ笑みを返す。

 そんな二人の間には本来ならば割り込み不可能なピンク色の空間が広がっているのだが生憎時と場所が悪かった。

 

「さっさと出発しろっ、このバカップルめ!」

『は、はいっ!』

 

 そう。彼等はまだ広場から出発していないのだ。先ほどの二人だけの世界もリヴェリアや他のメンバーに見えている。

 丁度広場から出ようとしていたところだった為に声までは聞こえていないが、二人が手を握りあったりお互い顔を見合わせて微笑んだりとイチャイチャしている様子はしっかり見えていた。

 リヴェリアにブラコンの気質があるとはいえ彼女には誇り高い王族(ハイエルフ)として育てられた過去がある。故に彼女は時と場所に煩かった。いかに弟とはいえ見過ごすことなど出来ない。

 リヴェリアに怒鳴られた二人は元気に返事をして広場から一目散に走り去っていった。

 

「はぁ⋯。あの二人も稀にああいった行動を唐突にするから困るな」

「まぁ、あの二人が仲良しなのは伝わるけどね〜」

「でも、あの場面なら抱きついても良いくらいよ!」

「ティオネの意見は、純粋なあの二人とは合わなそ〜」

 

 殺人鬼の捜索をしていた途中なのだが紆余曲折あり、今ではロキ・ファミリアのメンバー内に限れば穏やかな雰囲気が漂っていた。

 つまり──気が抜けていたのだ。だからこそ誰も()()に気が付かなかった。

 

「うわぁぁああああああああっ⁉︎」

『─────ッ⁉︎』

 

 叫び声を上げながら広場になだれ込んでくる冒険者達。彼等は街壁の見張りを担当していた者達だ。

 

「叫び声なんか上げてどうした⁉︎」

「モ、モンスターに侵入されたっ!」

「はぁっ⁉︎見張りは何やってたんだ!」

 

 ボールスと冒険者の会話が広場に響く。アイズ達は彼が確かに『モンスターに侵入された』と言ったのを聞いた。その言葉は当然ながら広場に集められた他の者達の耳にも入る。

 たちまち広場は混乱の渦に包まれる。惜しむらくはつい先程リヴェルークとリューが広場を離れてしまったことだろう。

 せめてリヴェルークだけでも広場に残っていれば、もっと早くに敵襲に気付けていたかもしれない。

 

「──そんな『もしも』のことなんて思ってる暇は無い。皆、広場にいる他の冒険者を守れ!」

「分かった〜!」

「フィリア祭の時といい、こいつ等どこから現れるのよ!」

 

 流石は数多の修羅場をくぐってきたロキ・ファミリア。即座にフィンの指揮通りに動き、広場にいる者達の安全を確保しながらモンスターに対応している。

 その様はまるで薄氷の上を歩くかの如し。アイズ達の頑張りのおかげで何とかバランスを保っているが、そんなものはちょっとしたことで直ぐに崩壊してしまう。──いや、既にそのバランスは崩壊しかけていた。

 

「うわぁああ、何だよこいつ等っ⁉︎」

「かっ、勝てるわけねぇ!」

「みんなっ、逃げちゃダメだって!」

 

 アイズ達の攻撃が有効打を与える一方で周囲の冒険者達はモンスターの群れに蹴散らされていった。無数の触手に叩きつけられ。体当たりによって宙を飛び。醜悪な大顎に捕まって捕食される。

 中には連携して奮闘している者もいるが、食人花のモンスターの方が街の冒険者より能力が高い。

 彼等は自分達が敵わないと見るやバラバラに広場から逃走する。しかし逃走したことで逆に孤立しモンスターに捕食されてしまっていた。

 

「くっ⁉︎リヴェリア、敵は魔力に反応する。出来る限り大規模な魔法で付近のモンスターをこちらに集めろ!」

「分かった」

「ボールス、五人一組で小隊を作らせるんだ!数で当たれば、各班一匹は抑えられる!」

「お、おう!」

 

 戦域内の視界情報を一瞬で精査・判断することでフィンは瞬時に適切な指示を繰り出す。

 リヴェリアが広場の中央にて魔法円(マジックサークル)を広げる。彼女の美しい詠唱によって広場付近のモンスターが引き寄せられる中、フィン自身も前面に立ち長槍で多くのモンスターを屠っていく。

 跳躍し、或いは長駆を駆け上がってモンスターに一撃必殺を見舞う小人族(パルゥム)の勇姿と喉が枯れんばかりの鼓舞の声を聞き、街の冒険者達も奮い立った。

 崩壊しかけていた戦線は立て直し、冒険者は次々と迎撃に乗り出す。

 

(これは、出来過ぎているな⋯)

 

 フィンは指揮と迎撃を両立させつつも頭では別なことを考える。

 島の断崖の上に築き上げられた天然の要塞でもあるこの街に、接近の予兆さえ感じさせず現れたモンスターの大群に果てしない違和感と奇怪な感情を覚えた。──あまりにも作為的過ぎるのだ。

 その原因を掴む為に一面を見渡せる場所から身を乗り出せば、崖下を見下ろしたフィンの碧眼が驚愕に揺れた。高さ二百M(メドル)以上ある絶壁の下、今は闇の蒼色に揺れる湖の中から夥しい数の食人花のモンスターが水面を突き破り断崖をよじ登っている。

 湖の中という安全な場所に群れを成して潜伏。通常のモンスターではあり得ない行動を目にしたフィンの頭に衝撃と確信の光が走り抜けた。

 今まで姿を隠し、一斉に襲いかかってきたタイミング。怪物には到底不可能である戦略的行動。介在している人の意志。──()()()真似が可能なのか。信じられないが、それしか考え付かない。

 フィンは顔を歪め、導き出された答えを口にした。

 

「まさか、調教師(テイマー)か⋯!」

 

 

 

 

 その瞳は少女達の動向を追っていた。視線の先では、巨大なカーゴが乱雑に置かれる倉庫の一角でヒューマン、エルフ、獣人の少女達が向かい合って会話を交わしている。

 息を殺し闇と同化する視線が少女達の顔をなぞっていくと、最後にヒューマンの剣士のところで止まった。──強いな。あれは手間がかかりそうだ。

 サーベルを腰に佩き、隙の無い身のこなしを纏う金髪金眼の少女に対して呟きが落ちる。

 更にしばらく観察を続けていると、獣人の少女が小鞄から目当ての宝玉を取り出した。それを手にしたヒューマンが急に膝を折ったのを尻目に、瞳の主人は懐から草笛を取り出す。その笛の音を奏でようと試みたところで──身体が完全に硬直した。

 

「なんだ、アレは⋯」

 

 草笛の持ち主の視界に映ったのは金髪赤眼のエルフ。いつの間にか現れた青年が崩れ落ちそうになった少女の身体を支えていた。

 少し遅れてもう一人のエルフの少女が現れたが、目はエルフの青年に釘付けになる。──強過ぎる。何がどうなればあんな化物が出来上がるのだ。

 

「ふふっ、やっぱり()は強いな〜」

「⋯アレが、お前の標的か?」

 

 隣に立つ少女は、どこか妖艶さを秘めた瞳をエルフの青年に向けている。この少女は()()を相手として定めているのか。道理で強いわけだな。

 

「彼の相手は私がするから、安心して演奏を始めて?」

「⋯ああ、任せたぞ。──出ろ」

 

 唇と唇の間から生まれる高い笛の音。鳴らされた呼び笛の声が街の上空を渡るのであった。




次回こそはなるべく早く更新します!

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