リヴェリアに弟がいるのは間違いない事実だ   作:神木 いすず

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サブタイトルに数字がついてある話は全て編集しました。
主に会話文の最期の句点の全削除、地の文の読点の一部削除、文章の若干の変更です。


17話 もたらされた凶報

 店主から殺人事件の大まかな話を聞いたフィン達は現場である《ヴィリーの宿》の側まで来たのだが、案の定宿の前には人集りが隙間無く密集していた。

 それを見て『さて、どうしたものか』とフィンが困ったように呟くのを聞いたのなら、フィン・ディムナ第一主義者の彼女が黙っていられる筈も無く──。

 

「ちょっとあんた達、退きなさいよ!退きなさいって!──退けって言ってんだろーがっ!」

「ヒッ、ロキ・ファミリア⁉︎」

 

 ──ティオネの形相と叫びを浴びせられた冒険者達が一斉に左右に割れる。

 怯えながら道を開ける彼等にどうにも気まずいものを覚えつつ、一行は逸るティオネを先頭に人混みを進んだ。入り口に立っていた見張りの冒険者数名をフィンが丸め込んで中に入る。

 

「うわっ、ひっろいな〜」

 

 天然の洞窟を宿屋にしているヴィリーの宿は、アイズ達が五人横に並んでも優に移動出来るほど広い通路が曲がりくねった状態で奥へと続いている。頭上も高くて洞窟特有の閉塞感はそこまで感じない。

 しばらく歩くと、とある一室の入り口にだけ冒険者が三人待機しているのが見えた。狼狽える彼等に頼み込んで中に踏み入らせてもらったのだが。

 

『⋯⋯⋯っ!』

 

 部屋に入った皆が一瞬言葉を失う。第一級冒険者である彼等でさえ()()なってしまうほどに凄惨な光景が広がっていた。

 血をぶちまけたかのように真っ赤に染まった部屋。床に転がっているのは頭部の無い男の死体。恐らく大量の血の海に浮いているのは肉片と脳漿だろう。

 

「ぐろ⋯⋯」

「あぁん?おいテメェ等!ここは立ち入り禁止だぞ⁉︎」

「やぁ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

 

 怒るヒューマンの男に対して、フィンは勝手知ったる様子で話しかけた。それに対してボールスは不満気な表情を見せる。

 ──ボールス・エルダー。このリヴィラの街で買い取り業を営む上級冒険者である。

 リヴィラの街はギルドの息がかかった者や領主など存在しないならず者達の街(ローグ・タウン)であり、ここで大きな顔をする為に必要なのは他者を黙らせる腕っ節だけだ。純粋な強さが地位と直結するこの街において唯一のLv.3であるボールスは緊急時に街全体を取り仕切る立場にある。

 故に横から突然自分を飛び越える強さを持つ一行が現れて『それが当然』と言わんばかりにこの場に顔を出していることが不満なのである。

 

「ちっ、仕方ねぇ。協力は認めるが、俺のやり方に文句は言うんじゃねぇぞ?」

「分かってるよ。僕達は現場を仕切りに来た訳じゃ無いからね」

 

 だが私情でロキ・ファミリア一行の協力を拒むことがどれ程愚かしい行為かを理解しているボールスは悪態をつきながらも彼等の協力を認める。

 粗野な物言いが目立つ彼だが、これでも街のトップに長年立っているだけの器はある。

 

「それで、現状分かっていることを聞いても良いかい?」

「ああ。殺られたのは男で、昨日の夜に女連れで宿を貸し切らせてくれって頼まれたんだ」

「たった二人なのに客室を全て貸し切り⋯⋯あぁ、()()()()ことか」

「この宿にはドアなんて気の利いたもんは無ぇからな。喚けば洞窟中にダダ漏れだし、やろうと思えば覗き放題だからな」

 

 その言葉がナニを意味するのかを察したレフィーヤは顔を赤らめる。それ以外の女性メンバーは表情一つ変えることはないが。

 

「⋯でもさぁ。自分のお店なのに、部屋で何が起きてたのかとか分からなかったの?」

「あんな垂涎ものの体付きした良い女を連れ込んで部屋から声が聞こえてきたら、嫉妬やらでおかしくなっちまうからな」

 

 ──飲まなきゃやってられないからすぐに酒場に行った、という彼の言葉は同じ酒場に居た人間が事実だと証明している。

 そこまで聞いたフィンは視線を死体に向けた。床へ脱ぎ散らかされた衣服や半裸状態の男を見るに、情事に耽ようとしていた隙に殺されたのだろう。

 

「──ボールス、大変だっ!」

「あ、どうした?頼んでた開錠薬(ステイタス・シーフ)は持って来たのか?」

「それどころじゃねぇんだ!今広場で街の者が、怪しい格好の二人組を包囲してるトコなんだ!」

「んだよそりゃあ!すぐ行く!⋯おい、フィン」

「分かってるよ、僕達も向かおう」

 

 部屋に突然駆け込んで来た男の報告を受けたロキ・ファミリアの六人とボールスは至急広場に向かう。

 数分かけて到着した時には、既に何十という冒険者が己が武器を構えて油断無く二人組を包囲していた。

 しかし彼等七人の目に映ったのは立派な包囲陣では無く、何十という冒険者から武器を向けられても尚緊張感すら無く平然としている二人組の方だった。

 

「んだよ、ありゃあ⋯っ!」

 

 彼等を包囲している冒険者は高くともLv.2だ。レベルアップを経ているとはいえ未だ経験不足は否めない。だから分からない。

 しかしボールスは街唯一のLv.3。潜った修羅場は彼等より多い。だからこそ、あの二人組が自分の強さをボカしていることに気付いてしまった。

 そして分かってしまった。──あの二人組が自分など歯牙にも掛けない強さを有していることに。

 最悪なのはそれだけに留まらない。フードを被っているから顔の全体像こそ分からないものの、僅かに金髪を覗かせている綺麗な顔の奴は細身でありながら自分の横にいるロキ・ファミリアの面々よりも存在感がある。

 ──目を離せない。アレは化け物で、今すぐこの場から逃げ出したいのに目を離すことが出来ないのだ。

 

「やぁ、誰かと思えば君達だったのか」

 

 そんな存在に対し、フィンはあろうことか友達との会話のような気楽さで話しかけた。

 これに驚いたのはボールスだ。自分でも分かるほどの怪物をフィンが理解出来ない筈が無い。内心で『何やってんだテメェ!』と叫びつつも、相手が襲いかかってこないかを心配する。

 だが彼の心配も徒労に終わる。

 

「あぁ、フィンもこの街に来ていたんですか」

 

 二人組の片割れである金髪のヤバい方が片手を挙げてヒラヒラとさせながら返答する。

 そんな様子を見たボールスは絶句した。まさかこの埒外の化物とフィンが知り合いだったとは。

 そこで冷静さを取り戻した彼はふと自分の記憶を辿る。──金髪。綺麗な顔。Lv.6のフィンすら嘲笑う化物染みた強さ。

 はて。自分の知る有名人に似たような奴が居ないかを考えて、ボールスは一人だけ該当する冒険者がいることに気が付いた。

 

「ま、まさかテメェ⋯」

「やぁ、ボールス。多分君の考えている通り、俺はリヴェルーク・リヨス・アールヴです」

「⋯リュー・リオンです」

『⋯⋯うおぉぉーーーっ!』

 

 二人が被っていたローブを脱げば、先程まで武器を構えていた冒険者達は突然の超有名人との邂逅に僅かに固まった後、揃いも揃って大切な武器を地面に放って雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

「リュー、リュノ。そろそろ行きましょうか」

「⋯ええ、そうですね」

「分かった!」

 

 アストレア・ファミリアの皆に自分達の近況報告をした後、リヴィラの街に泊まることになった。

 リュノは明日も朝からお店の手伝いがあるから、と言って一人で地上に戻ってしまった。彼女はかつてLv.3の冒険者として活躍していたので18階層から地上に戻ることなど朝飯前だろう。

 実際にリュノ自身からそう言われたこともあり、俺とリューは彼女を見送った後に二人でリヴィラの街に来たのだ。

 

「いやぁ、何故かここは落ち着きます」

「フードを被ったままでも、気にせず歩けるからでしょう」

「地上じゃそうはいきませんから」

 

 なんて雑談をしながらも今日泊まる宿を探していたのだが──。

 

「うーん。街の様子が少しおかしいですね」

「彼に聞いてみます」

 

 そう言ってリューは広場の反対側から歩いてくる冒険者に近づいて声をかける。

 

「少し質問しても良いだろうか?」

 

 声をかけられたことに気が付いた冒険者は視線を向け、その目を大きく見開く。

 ──リヴェルークとリューは運とタイミングが悪かった。

 普段なら気にも留められなかったのだが、街で人殺しがあったタイミングで怪しげな格好をしていたこと。声をかけた冒険者が正義感に溢れていたこと。更に自分の考えを信じ込む癖があること。その他諸々の条件が重なり合った結果──。

 

「あっ、怪しい奴!さてはお前ら、人殺しの犯人だな⁉︎」

「ん?いや、何のことですか?」

「惚けるな!おい、ここに怪しい奴が居るぞ!」

 

 いくらリヴェルークでもこればかりは予想出来まい。状況が飲み込めず呆けている間に、何故か数十の冒険者に包囲されていた。──え?いや、ナニコレ?

 

 

 

 

「早とちりしてしまい、すいませんでした!」

「いやいや、大丈夫ですよ。ただ、次からは気をつけて下さい」

「はい、勿論です!」

 

 俺とリューが包囲された原因たる冒険者から謝罪された。別に気にすることではないし、間違いは誰にでもあるので笑って水に流す。

 そんな場面を見て誰よりも安堵したのは件の冒険者──ではなくボールスだ。

 早とちりで無罪の人間に武器を向けたのだ。しかも英雄の中の英雄に、である。流石にキレられても仕方がないと思っていたのだが、本人は気にした様子も無く笑っているのが幸いだ。

 

「フィン、貴方は街の様子がおかしい理由を知っていますか?」

「勿論、知ってるよ。その原因は見た方が早いだろうね」

 

 言うや否や、俺とリューを連れて洞窟を用いた宿に入って行く。

 一歩、二歩と奥へ進んで行くごとに何度も嗅いだことのある匂い──死臭が強くなっていく。

 

「これは⋯凄惨ですね。犠牲者の身元は特定済みですか?」

「それはこれからだ。おい、さっさと開錠薬持って来い!」

 

 ボールスが怒鳴り声を上げれば、部屋の外から汗まみれの獣人の小男が一人駆け込んで来た。

 

「やっと来やがったか!さっさと身元を特定するぞ」

「了解。しばらくお待ちを」

 

 そう言うと、小男は手慣れた手つきで作業に取り掛かる。

 溶液を垂らし複雑かつ正確な動きを刻めば如何なる神々の(ロック)でさえ解錠出来る道具を駆使し、背中に指を淀みなく走らせれば、碑文を彷彿とさせる文字群がその背に浮かび上がった。

 こういう行為をやり慣れてる感があまりにも出過ぎているほど手際が良いので、アイズを除いた女性陣は冷たい視線を向けている。

 

「ボールス、出来た」

「良くやった!⋯って、いけねぇ。神聖文字(ヒエログリフ)が読めねぇ⋯。誰かこの文字読める奴いるか?」

「気乗りしないが仕方あるまい。私が読もう」

 

 名乗り出たのはリヴェリアだ。彼女は死体の側に片膝をつき、部屋の中にいる者達に見守られながらも複雑な神の筆跡を辿っていく。

 やがて、ゆっくりと彼女は唇を動かした。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属は⋯⋯ガネーシャ・ファミリア」

「──今、何つった?」

 

 リヴェリアがそう述べた瞬間、場は水を打ったように静まり返る。そんな中ボールスは引きつった笑みを浮かべながら『信じられない』とでも言いたげに掠れた声を出す。

 

「冗談じゃねぇ──ガネーシャんとこの剛拳闘士(ハシャーナ)っつったら、Lv.4だぞ⋯」

 

 リヴェリアやボールスの口からもたらされた第二級冒険者の死。それと同時に導き出されるのは、犯人の女は少なくともLv.4以上の実力者だという事実。

 第一級冒険者に相当する殺人鬼がまだこの街に潜伏しているやもしれない可能性に、凍てつくような戦慄が走り抜けた。




大学の試験期間なので、次回の更新は月末頃になると思います。御容赦下さいm(__)m

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