リヴェリアに弟がいるのは間違いない事実だ   作:神木 いすず

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12話 怪物祭当日

 翌朝。大食堂での朝食時にティオナから祭りへ誘われたがそれを断ったアイズは自身の部屋へ戻って着替えを済ませた。

 姿見に映る自身の格好は丈の短い白の上衣にミニスカート。前日ティオナ達と遊びに行った際にティオナからプレゼントして貰った服装だ。

 改めて見ると気恥ずかしさが先に立つ格好だが、折角頂いたプレゼントをこのような日に着ない手は無いだろう。

 

「⋯ごめんなさい、お待たせ」

「お気になさらず。──その服、アイズにとても似合っていますよ。ロキも大層喜ぶことでしょうね」

「⋯ありがとう」

 

 ブーツも履いてエントランスホールに足を運べば、そこでは既にリヴェルークが瞑目して壁に寄りかかり待機していた。

 アイズが着いたのは一応集合時間の数分前なのだが真面目な彼女は集合時間云々を抜きに待たせたことに対して謝罪する。

 

「おっまたせー!アイズにリヴェルーク、遅くなってごめんなー」

「いえ、俺達もつい先ほど来たところです」

「うん、大丈夫です」

「なら良かったわ〜。それより──アイズたんのその服イイなっ⁉︎めっちゃ可愛い!」

「⋯ありがとう、ございます」

 

 リヴェルークが思った通り、やはりロキはアイズの服装に食いついた。

 

「まさかうちの為にオメカシしてくれたん⁉︎うっひょー、萌え萌えやー!似合ってるでー!」

 

 なんて叫びながらアイズに抱きつこうと飛びかかったロキだが条件反射で反応してしまったアイズは飛び付いてきたロキに高速の張り手を見舞って壁に叩きつけた。

 顔面が壁にめり込み、すぐにドサッと落下するロキ。そのあまりの痛さに顔を両手で覆ってゴロゴロとのたうち回っていたがやがて何事も無かったかのように立ち上がる。

 

「うん。アイズたんのスカートの中身も確認出来たし、良しとしよう」

「⋯見たんですか?」

「えっ?あ、見てへん見てへん!転がったついでにアイズたんの新品(おニュー)のスパッツなんて、これっぽっちも確認してへんよ!」

「あ、この反応は見てますね」

 

 その後再び一悶着が起きた後、ボロボロのロキに連れられてようやく三人は怪物祭(モンスターフィリア)へと出発した。

 

「因みに、リヴェルークだけ武装してるんはどうしたん?」

「アイズに武装をさせたらロキが文句言いそうだったので武装は俺、アイズはオメカシ担当って指示を昨日のうちに出しておきました」

「⋯流石はうちの自慢のリヴェルークやぁっ!良くやった、褒めたるで!」

 

 抱きつきながら褒めてくれるのはありがたいのだがせめて零れ落ちる涙は拭くか止めるかして欲しい。俺の服が濡れてしまう。

 

 

 

 

 北のメインストリートを南下しバベルが建つ中央広場(セントラルパーク)に出た後、更に東のメインストリートへ進む。

 東のメインストリートは既に多くの人で混み合っていた。この日の為に立ち並んだ多くの出店は活況を呈しており雑踏の流れを至る所で止めている。

 

「それで、まず初めに何処に行く予定なのですか?」

「んー?取り敢えず初っ端はこの喫茶店や」

 

 祭りの開催を前にして否応にも興奮が高まっている中、三人は人の群れを縫って大通り沿いに建つとある喫茶店の前に出る。

 ドアをくぐり鐘の音を鳴らすとすぐに店員が対応してきた。そのままロキが一言二言交わせば二階に通される。

 アイズが二階に一歩足を踏み入れた瞬間に感じたのは時間が止まったかのような静けさだった。

 その場にいる客の誰もが心を何処かに置き忘れて口を開きっぱなしにし一箇所を眺めている。彼等が見入っているのは窓辺の席で静かにその身を置いている、紺色のローブを纏った一人の神物だ。

 

「相変わらず凄まじい。ローブを纏った状態でさえこの魅了ですか」

「⋯どうか、したの?」

「アイズは女性ですからそこまで感じないようですね」

 

 アイズはリヴェルークに尋ねるが『すぐに分かる』と言ったっきり口を閉ざしてしまった。

 

「よぉー、待たせたか?」

「いえ、少し前に来たばかりよ」

「ふーん、そか。それよりうちまだ朝食食ってないんやけど、ここで頼んでもええ?」

「お好きなように」

 

 なんて言いながら椅子を引いて正面に座るロキと会話を続ける女神には昔馴染と呼べるほどの親しげな雰囲気がある。

 そんな二人の邪魔にならないよう護衛の位置に控えるアイズはフードの奥から覗くその銀の髪を見て初めて目の前の女神の正体を察する。

 

「ところで、いつになったらリヴェルークの隣の子を紹介してくれるのかしら?」

「なんや、紹介がいるんか?」

「一応、私と彼女は初対面よ」

 

 女神はリヴェルークに対して微笑みかけた後、髪の色と同じ銀の双眸をアイズに向ける。その双眸を見た瞬間にアイズは一瞬引き込まれるかのような錯覚を感じた。

 彼女こそロキ・ファミリアと同等レベルの戦力を保有するファミリアの主神であり、同時にその美しさと蠱惑さから《魔女》の異名を持つ美の化身──女神フレイヤである。

 

「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんな奴でも神やから挨拶だけはしときぃ」

「⋯初めまして」

 

 アイズは生まれてこの方リヴェリアより美しい女性を目にしたことは無かったが眼前の女神の美しさは完璧に王族(ハイエルフ)である彼女のソレを超えていた。

 絶世独立の美貌。いっそ寒気すら覚えるその艶麗さは下界の者や同格の神々さえも惑わせる力を持つ。ローブで身を隠しているにも関わらず周囲の客の視線を一身に集めているのが良い証拠だ。

 衰えぬ容色を持つ神々の中でも殊更抜きん出た美しさを誇る美の化身。

 

「ふーん?可愛いわね。それに⋯ええ、ロキがこの子に惚れ込むのも納得だわ」

「そうやろ?アイズたんはうちの自慢の眷属()やからな!」

「それじゃあ、リヴェルークを私のファミリアに頂戴よ」

「なにが『それじゃあ』やねん、ダメに決まっとるやろアホか!」

 

 二柱の女神は天界での古い付き合いを感じさせるやり取りを行うが彼女達の話題の中心であるリヴェルークは瞑目して我関せずといった具合。

 この場に彼がいるのはロキの護衛の為なので必要な時以外は決して口を開かずと自戒しているのだ。

 その後も軽口の応酬を続ける二柱の女神だったが、それから間も無く二柱はここに集まった本題とばかりに雰囲気を豹変させた。この場に自分を呼び出した理由をフレイヤが尋ねれば、ロキは口を吊り上げて単刀直入に用件を切り出す。

 

「自分、なーんか企んどるやろ?興味無いなんて言うてた《神の宴》にも参加するくらいやしな」

 

 その一言だけで傍らにて待機していたアイズとリヴェルークは主神ロキの思惑を悟る。彼女は最近妙な動きを見せているフレイヤを警戒しているのだ。

 ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは迷宮都市の双頭と比喩されるほど実力が拮抗しており、両派閥の間には勢力争いが絶えない。更にはロキの元にLv.9のリヴェルークがいるのと同様にフレイヤの元にはLv.8()のオッタルがいる。

 この二人は三度の戦闘と一度の共闘という変わった過去を持ち、戦績は一勝一敗一分という塩梅だ。勢力も切り札も伯仲たりうる存在であるからこそ互いを無視出来ず、一方が動けばもう一方も動かざるを得なくなる。

 

(今回は女神フレイヤへ釘を刺すのが目的のようですね。それは良いのですが──)

 

 と、心の中で呟いてリヴェルークは周囲を見渡す。この二柱の女神の放つ物騒な神威に気圧されてしまったのか先ほどまで女神フレイヤに見惚れていた周囲の客は姿を消していた。その原因たる二柱の内の片方が何かを悟ったように一言を発する。

 

「なるほどな〜、男か」

 

 その言葉を聞いた美の女神の返答は無く。ただ変わらず微笑みだけを返してくる女神を見てロキも緊張を解き思い切りため息を出した。

 

「はぁ⋯つまり何処ぞのファミリアの子供を気に入ったっちゅうわけか。ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって」

「あら、心外ね。分別くらいあるわよ」

「抜かせ、男神(アホ)どもを誑かしとるくせに」

「彼等とつながっておけば、何かと融通が利いて便利だもの」

 

 流れるような会話を聞き、アイズは女神フレイヤがどうやら他派閥のとある団員を見初めてしまったようだと悟る。そうであるならば普段は欠席の神の宴に彼女が参加をしたのは情報を集める為だろう。

 

「で?どんな奴や、今度自分の目にとまった子供ってのは。いつ見つけた?」

「⋯⋯強くは、ないわ。貴方や私のファミリアの子と比べても今はまだ頼りない。少しのことで傷付いてしまい、簡単に泣いてしまう⋯そんな子」

「なんやそれ、弱いんやないか」

「ええ⋯でも、綺麗だった。透き通っていた。あの子は私が今まで見たことの無い色をしていたわ」

 

 ──だから目を奪われた。見惚れてしまった。そう述べる女神フレイヤの声音は幼い子供を慈しむようで次第に熱を孕んでいっているようにさえアイズには感じられた。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。⋯あの時も、こんな風に⋯⋯」

 

 その一瞬だった。窓の外の大勢の人の群れを眺めていた銀の瞳が驚いたように一点で止まり、縫い付けられる。

 アイズとリヴェルークは反射的にその視線の先を追ってしまった。大通りを埋める人混みの中に彼等の双眸が見つけたのは──兎の耳のようにひょこひょこと揺れる真っ白な頭髪だった。

 

 

 

 

 あの後、突然『急用が出来た』と言い席を立ったフレイヤの背中を訝しげに眺めていたロキだが大事な怪物祭(モンスターフィリア)でのデートの時間が勿体無いと思い自分も頼んでいた朝食をかき込んですぐに席を立つ。

 

「なんかよー分からんけど、取り敢えずデートに行くで〜」

「⋯分かりました」

「了解です」

「うし、ほな行こうー!」

 

 人波に乗って混雑を極める東のメインストリートを進んで行く。

 リヴェルークがダンジョンに潜る際の格好は袴のようなものなのだが、現在は何処にでもいる平凡な格好と祭り当日ということもあり普段ならば目立ちまくるリヴェルークですら上手い具合に人混みに溶け込むことが出来ている。

 

「まぁ、逆に目立つと俺の周りに人が殺到しそうなので助かります」

「やっぱりうちの指示は的確やったっぽいな。いやぁ、うち良い仕事したわ〜!」

「本当に助かりました、ありがとうございます」

「気にせんでええよ〜。まぁ、今後はそういったとこにも注意してくれれば助かるわ」

 

 最初は武装することもあり袴で行こうとしたのだがロキから『目立ち過ぎると移動しにくい』と諌められたのでやめた。

 

「アイズたんにルークたん、まずはジャガ丸くん食べよ!えーと、普通のジャガ丸くんと⋯」

「小豆クリーム味、一つ」

「小豆クリームを追加でもう一つ」

 

 ロキの注文に被らせてアイズとリヴェルークも注文する。二人が頼んだ小豆クリーム味は芋とクリームを混ぜた上で揚げられている。

 食べるにはかなり挑戦的であるが故にロキは二人に『それは美味いのか』と言いたげな視線を送るが華麗にスルーして無言で食べる。

 そんな二人を見て一先ず自分のジャガ丸くんを食べ始めたロキだが、何を思ったのか突然行儀悪くペロペロと何度も手に持っているジャガ丸くんを舌で舐めまわして晴れやかな笑みを浮かべ二人の眼前にその芋の塊を突き出して言った。

 

「アイズたん、ルークたん。はい、あーん」

『嫌です』

「なんでやー⁉︎主神たるうちの命令が聞けへんのか⁉︎ほれ、あーん!」

『嫌です』

「二人にあーんするの、うちの夢やったんやー⁉︎頼むーっ!」

『嫌です』

 

 にべも無く断る二人にロキは何度も食い下がってくる。泣き落としまで使ってくる主神に対し剣のような鋼の意思ではねのけ続けるも徐々に周囲からの視線を集めつつあったのでリヴェルークが折れるという結果になった。

 

「全く、仕方の無い主神様ですね。俺で良ければ服装の件のお礼として食べさせてあげますよ」

「いーよっしゃーーっ!」

「はい、どうぞ」

 

 リヴェルークがロキの眼前に小豆クリーム味のジャガ丸くんを差し出せばロキは諸手を挙げて喜んだ。

 そのままリヴェルークの両手を包みながら勢い良く噛み付いたロキは不細工なリスのように頬張り良く味わってからゴクリと嚥下する。

 

「ふへっ、ふへへぇ⋯ルークたんと間接キスやぁ」

「うわぁ、緩み過ぎて気持ち悪い」

 

 リヴェルークは己の軽率な行為を非常に悔やんだ。そして、主神のそんな醜態から目を背けたくなる。

 

『神様、神様ぁっ⁉︎お願いしますから勘弁して下さい!』

『おいおい、遠慮するなよ!今度はボクがお返しをする番だろう⁉︎ほら、あーん!』

 

 何処からともなく聞こえてきた悲鳴や会話に『似たような境遇が自分達だけではないのだ』とアイズやリヴェルークはほんの少しだけ救われたような気がした。




今回はここまででご勘弁下さいorz
声の記憶はすぐに曖昧になる為、今回はリヴェルークといえども会話だけでは人物特定が出来ないことにしました。

エタらないようにこれからも頑張ります( ̄^ ̄)ゞ

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