リヴェリアに弟がいるのは間違いない事実だ   作:神木 いすず

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続きの投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。言い訳になりますが、学年が一つ上がるので様々な準備などに追われていました。
タグに不定期更新を追加しました。なるべく空けないように頑張りますので、今後とも読んで頂けたら幸いです。


10話 陰りを見せる日常

 時間を刻む音のみが部屋の中に無機的に響いている。壁にかけられた時計の針が示す時間は朝の五時。そんな早くにとある教会の隠し部屋で、一人の女神が同じ場所を行ったり来たりしていた。

 

「いくらなんでも遅過ぎる⋯!」

 

 女神ヘスティアは、腕を組み眉根を思い切り寄せて焦りを顔に浮かべる。

 ベルの成長速度にアイズへの恋慕がこれでもかと影響したスキル──《憧憬一途(リアリス・フレーゼ)》やステイタスの上がりようを見せつけられ、ちっとも面白くなかった昨夜。

 へそを曲げてバイトの飲み会に出たヘスティアが帰ってくると、彼女を迎えたのはガランとした静けさだけで、ベルはこの隠し部屋にはいなかった。

 不貞腐れて一人で飯でも食って来いとベルに対して自ら言っておきながら、出迎えが無かったことに一層不機嫌になりシャワーすら浴びずにふて寝を決め込もうとしたのだが、深夜になっても帰ってこないベルにいよいよ危機感を覚えた。

 

「何処へ行ったんだ、君は⋯!」

 

 かけていた毛布をはねのけ立ち上がり、部屋から飛び出して近辺を探すも収穫はゼロ。一縷の望みに縋ってつい先ほどこの部屋に戻って来たのだが、やはり少年の姿は無かった。

 ──何か事件に巻き込まれたのか。

 冷静さなど砂の城のようにあっという間に崩れ、直ぐにブワッと嫌な汗が出てくる。

 居ても立ってもいられなくなったヘスティアは、再びベルを捜索しようと扉に駆け寄り──コンコン、と誰かが扉を叩く音に気付いた。

 

「ベル君かいっ⁉︎」

 

 既に冷静では無い彼女は、もしこれがベルならノックなどしないことにも考えが及ばずに扉を開ける。

 果たしてそこに居たのは──白髪の少年を背負った美しいエルフの青年だった。

 

「君は確か──」

「初めまして、ヘスティア様。貴女の愛し子を届けに参りました」

 

 

 

 

「うーん、あの少年はどの辺にいるのだろうか?」

 

 あの後、件の子兎君を追いかけてダンジョンに潜ったは良いものの、このだだっ広い上層で目的の人物を見つけ出すのは如何にリヴェルークと言えども困難な事だ。

 それでも何とか、途中ですれ違った冒険者達に聞き込み調査を行い少年が恐らく6層にいるとあたりを付けた。

 

「って言っても、そう簡単に見つかるわけが──」

「──ハァッ!」

 

 俺の独り言を遮るかのようなタイミングで、俺の耳にまだ幼い少年のような声音が届いた。以前ダンジョンで彼を救って逃げられた時に聞いた声と似ていたので、音のする方へと足を運ぶ。

 近づくにつれて、その少年が何かと戦っている最中であることを示す刃が空気を切る音も聞こえてきた。

 少年の意識が僅かでも逸れないように足音を消して更に近づけば、二匹のウォーシャドウに挟み撃ちを喰らっている白髪の少年がそこに居た。

 

「──ふっ!!」

 

 二匹のウォーシャドウによる見事な連携を薄皮一枚のところで躱し、大量の汗と赤い血の粒を飛ばしながらも命懸けのダンスを踊るかのような戦闘。

 ソレはリヴェルークの目から見て、とても美しいとは言えない粗末なものだったが、しかしながら目を引くナニカが確かにあった。

 

「あぐっ⁉︎」

 

 隙と呼ぶには余りにも僅かな、しかしギリギリの戦闘では命取りとも言える一瞬を突き、ウォーシャドウの攻撃が少年の身体に直撃する。

 その攻撃で横合いに吹き飛ばされ、彼は自らの生命線とも呼べる短刀を手の中から取り落としてしまった。

 

「ここまで、かな」

 

 流石に詰みだろうと思い、彼を助けるべく一歩足を踏み出すも──彼の目はまだ諦めていないことに気付く。

 なんと彼は、あろうことかモンスターにその身一つで突っ込むことで見事に窮地を脱してみせた。そのまま勢いを緩めずに短刀を拾い上げると、そのまま敵の懐に潜り込んで二匹の胸部を連続で斬り裂いた。

 

「──おお」

 

 俺が思わず驚嘆を漏らしてしまうほど、その少年は駆け出しとは思えない大胆さで死闘を制したのだ。

 しばらく立ち尽くしていた少年はドロップアイテムである《ウォーシャドウの指刃》へと手を伸ばそうとして、そのまま前に倒れ込んだ。

 

「よっと」

 

 彼が地面に激突する寸前で、リヴェルークは少年の身体をなんとか支えた。

 傷だらけの少年を自身の魔法で癒しながら彼の戦利品を回収した後に、リヴェルークは少年を背負ってダンジョンの出口を目指すのだった。

 

 

 

 

「──といった感じで少年を確保。その後ギルドで彼の所属などを聞いて今に至るという訳です」

「成る程、つまりベル君が無事なのはリヴェルーク君のお陰ということだね!本当にありがとう!」

 

 そう言ってヘスティア様は可憐な少女のように、純粋で無垢な笑顔を見せる。この顔を見るだけで、如何に彼女が自身の眷属を大切に思っているかがありありと分かる。

 

「それにしても、まさか()()ロキのところに君のような良い子が居るなんてね!」

「その言葉、ロキ本人には絶対に言わないで下さいよ?とても面倒なことになりかねないので」

「勿論、君を困らせるようなことはしないって誓うよ!」

 

 俺の懇願を受けて、彼女はとても可愛らしく微笑むと親指を立てながら誓ってくれた。

 その後お礼がしたいというヘスティア様の頼みを受け、俺は女神お手製の紅茶を頂くことになった。その際に、お互いの共通点であるゼウス様やロキ様に関する愚痴やら不満やらを聞かされる羽目になったが、中々面白かったので良しとしよう。

 

「最後に、リヴェルーク君に一つだけ聞きたいことがあるんだ」

 

 ヘスティア様はそう言うと、それまでのふざけた表情を正して真っ直ぐリヴェルークを見つめる。その後数秒ほど間を開け、彼女は意を決して彼に質問する。

 

「──ゼウスは、君にとって良い神だったかい?」

「はい」

「──そっか、良かったよ。」

 

 真剣な表情で問われた質問に俺は即答してみせる。なんとなく、ゼウス様について聞かれるのではないかと思っていたが案の定だ。

 もう十年以上も昔にゼウス様が酔った勢いで姉について色々と語り聞かせてくれたのだが、あのおちゃらけたゼウス様の姉とは思えないほどに出来た神のようだ。昔は疑ってその話を聞いていたのだが、今日会って決して身贔屓な評価では無かったのだと認識を改める。

 現に今、俺の即答を聞いて朗らかに笑う彼女の表情は手のかかる弟の成長を喜ぶ姉のようであり、あのゼウス様が手放しに褒めるのも納得なほどに出来た神であることが伺える。

 

「さて、この場に君を長々と拘束しても迷惑だろうし、そろそろロキのところに戻ると良いよ」

「はい、分かりました」

「あっ、お礼ついでに聞くけど、ボクに何か聞きたいことは無いかい?」

 

 今なら大抵のことには答えるぜ?なんて言いながらウインクしてくる眼前の女神を見て、一つだけ引っかかっていること──ベルと呼ばれていた少年のフルネームは何か、そう聞こうとするも直前で言葉を呑み込む。

 

「いえ、特には無いですね。ではもう行きます、紅茶ご馳走様でした」

「⋯うんうん、気にしないでくれたまえ!また遊びに来てくれても良いからね?」

 

 神達は下界に住まう俺達の嘘を見抜くことが出来る。それ故に、今の俺の言葉も嘘だとヘスティア様にはバレているだろう。

 それでも別れの瞬間まで笑顔を絶やすことなく振りまくヘスティア様を見てほのぼのとした気持ちになりつつも、先ほど彼のフルネームすら聞けなかった自分に苛立ちを覚える。

 ──何故聞けなかったのかは理解している。ダンジョンで彼の闘う姿を見て、その背にかつて自分を庇ってくれたあの()()の姿が被ってしまうのだ。

 その真相を確かめたくて。でも確かめることを怖がってる自分がいて。そんな二つの感情に挟まれて身動きの取れない自分がいることを。

 

「いずれ、真実と向き合わなければいけない時が来るまでは⋯」

 

 ──俺の覚悟が定まるまでせめて、気付かないフリをすることを許して欲しい。そう、誰に言うのでも無く心の中で零すのだった。

 

 

 

 

 東の空より朝日が上り、広大な街並みが照らし出されている。高い市壁に囲まれるオラリオにも朝の日差しは届き始めていた。清涼な空気に都市全体が包まれている。

 

「やっぱ今日も元気無いなぁ、アイズたん⋯」

 

 胸壁に寄りかかりながら、ロキはぽつりと言った。ロキの視線の先、数本の庭木と僅かな芝生がある空間の中で金髪の少女が一人長椅子に座りこんでいた。

 

「昨日一昨日もずーっとあんな感じやったしなぁ」

「アイズが時間を無為に過ごすのは、珍しいを通り越して不可思議だな」

 

 回廊にはロキの他にもう一人、そんなアイズを見守る亜人(デミ・ヒューマン)がいた。

 流れるような翡翠色の長髪に同色の瞳。長身の体は華奢な印象が強く、エルフ特有の線の細さが表れている。その白い肌は透き通るようでさえあった。怜悧かつ凛々しい雰囲気を纏う麗人、リヴェリアは胸壁に肘をついているロキの隣で言葉を交わす。

 

「そうやなぁ⋯。それに──」

 

 ──と言いかけて言葉を切る。リヴェリアはロキの視線から、彼女が何を言いたかったのかを察する。

 ロキが目を向けた方向にいるのは、表面上ではいつも通りのリヴェルークの鍛錬風景であった。だがしかし、ロキやリヴェリアなどの付き合いの長い者からすれば、その姿は何かを必死で忘れようとしているように見えて仕方が無い。

 端的に言えばいつもほど鍛錬にのめり込めていなくて、どこか気の抜けた印象を受ける。

 

「あの酒場での出来事の後くらいからやなぁ、あの二人がどっかおかしゅうなったんは」

「リヴェルークが初めて朝帰りをした日か⋯。一体、あの日に何があったのか聞いても恐らく無駄だろうな」

 

 胸壁に背を向けているリヴェリアは、見目好いロキ以上に整った美しい相貌を浅く苦笑させる。彼女のそんな仕草は美の女神すらも嫉妬してしまいかねないほどに、いや事実過去に複数の女神から嫉妬されたことがあったのも納得な美しさだ。

 

「そんなにベートからセクハラされたの嫌やったんかなぁ。あ、因みにベートも凄い勢いでへこんでるで」

「知らん、自業自得だ」

 

 酒場で開いた遠征の祝宴はもう二日前になる。

 リヴェルークとアイズが店の外に飛び出した後、ティオナ達は寄ってたかってベートに報復した。彼を、今回の遠征の主役級を揃って不愉快にさせた挙句祝いの席から出て行かせてしまった諸悪の根源と見なし、縄で身動きを封じた後に店の外に吊るし上げたのだ。

 あの二人の為にリヴェリア自身も──後にババァ呼ばわりされたこともあって──頭を踏んづけてやった。

 酔いが醒めてことの顛末を聞いたベートは、今はやってしまったとばかりにうなだれており、ティオナ達の堅い守りによって二人に近付けさせてすらもらえていない。あの狼人(ウェアウルフ)には良い薬だと言って、リヴェリアは吐息する。

 

「でも、あんなやり取りで落ち込むほどアイズたん繊細やないしなぁ。ルークたんも然りや」

「他に原因があったということか」

「多分せやろなぁ。それこそ、あの二人にしか分からんくらいのことや」

 

 リヴェリアは首を傾け、何をするわけでもなく中庭にて正反対のこと──方や鍛錬、方や長椅子に座っているだけ──をしている二人を瞥見する。

 当時の酒場で他に思い当たるのは、二人が外へ出る直前に店を飛びだして行った客と、その後を追い外に出た店員くらいか。

 あっという間の出来事であった為、その客の姿すら見ることも叶わなずリヴェリア自身理解が追いつかなかったが、恐らくあの二人にとっては無視出来ない何かがあったのだろう。その上で二人が何を思い何に沈んでいるのかは、ロキの言葉通り自分達では判断出来ない。

 

「どうするんだ、放っておくのか」

「そういう訳にもいかんしな〜。せやけど、元気取り戻してダンジョンに籠られるのも困るんやけどね」

 

 んー、と間延びした声を漏らしていたロキはやがて「ん!」と言って胸壁から起き上がった。

 

「よっしゃ、頼んだ」

「⋯なに?」

「リヴェリアに任せた。うちがあれこれするより、そっちの方が多分ええやろうし」

 

 それにな、とロキはリヴェリアが何かを言う前に言葉を被せる。

 

「放っておくつもりも無いのに『放っておくのか』なーんて澄ました顔してたらあかん。何かあったか聞きたいんやろ?」

 

 にやけた顔で自分の台詞を真似るロキ──しかも全く似ていない──にイラッとしつつも、自身の本意を見透かされてリヴェリアはその美しい眉をひそめた。

 

「じゃ、後は任せたで、母親(ママ)

 

 目の前を通り過ぎて行く際に肩にポンと手を置いて、ロキは回廊から去って行く。頭の裏で手を組みながら遠ざかって行くそんな主神の後ろ姿を、リヴェリアは無言で見つめた。

 自分に全てを任せてきた主神の無責任さと、自分を信じてくれていることを同時に理解して複雑な心情になるが反感は抱いていない。──しかし、一つだけ言わせて欲しいことがある。

 

「誰が母親(ママ)だ⋯」

 

 やれやれとため息をつきながらも、リヴェリアは中庭へと足を運ぶのだった。




自分は神ヘスティアもかなり好きなキャラなので、今作では神ヘスティアの威厳ちょい増しになるかもです。
今後とも宜しくお願いしますm(_ _)m

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