今回は酒場のシーンです!
遠征終了後に盛大な酒宴を開くのがロキ・ファミリアの習慣だ。眷属の労をねぎらうという名目のもとに無類の酒好きであるロキが率先して準備を進め、団員達もこの日ばかりは大いに羽目を外す。
遠征から帰還し後処理がひと段落する頃にはすっかり日も暮れて東の空は夜の蒼みがかかり始めていた。
遠征に参加しなかった居残り組の一部にホームの留守を任せ、彼等に羨ましそうに見送られながらもファミリア一行は西のメインストリートに向かう。
この時ばかりは普段冷静なリヴェルークやリューの二人も妙にそわそわしてしまう。──まぁそれもそのはず。
「リューの可愛い妹は元気にしていますかね?」
「遠征があったせいで、顔を合わせるのは久しぶりな感じがします」
これから行く西のメインストリートで最も大きな酒場《豊穣の女主人》ではリューの妹であるリュノが店員として働いているのだ。
彼女達はかつての事件で元いたファミリアから移らざるを得なくなり、リューは俺に付いてくる形でロキ・ファミリアに。一方妹のリュノは冒険者を続けていく気力が無くなってしまい、俺が知り合いである店の女将のミアさんに頼み込んでリュノを受け入れてもらったのだ。
「ミア母ちゃーん、来たでー!」
元気な声を上げながらもロキは鼻歌交じりの上機嫌な様子を見せつつ一番に酒場に入っていく。それに続いて団員達も中に入ればウエイトレス姿の店員が一行を出迎える。
店員の皆が顔立ちの良い女性で、その上ウエイトレス姿というのがロキの琴線に触れたのでこのお店に来るのが多いということは団員達は既に悟っている。
「いらっしゃいませー!お席は店内とあちらのカフェテラスになっております、ご了承下さい!」
「ああ、分かった。ありがとう。⋯リヴェルーク達なら後ろの方にいるよ」
「⋯ありがとうございますっ!」
酒場にはカフェテラスが存在した。これは恐らくロキ・ファミリア一行が店に入りきらない為の処置だろう。
元気に笑顔を振りまくエルフの店員にフィンが外用の態度でお礼を述べ、その後優しげにリヴェルーク達の居場所をコッソリと伝える。
そうすればエルフの店員──リュノ・リオンは容姿相応の可憐な笑顔を浮かべる。それを傍で見ていた団員達が数名顔を赤らめるも、義妹に甘いリヴェルークによる制裁を恐れてすぐに平常心を取り戻そうと自身の腕をつねった。
「あんなに必死にならずとも何もしないというのに。俺ってそんなに怖いですかね?」
「──いいえ、そのようなことは無いと思う」
「返答までに変な間があるのは不安になるのでやめて欲しいです」
まぁ当然ながら彼等のそんな可愛い努力はリヴェルーク達にはバレバレなのだが、同じ男としてそういう反応をしてしまうことには理解があるので流石にその程度では何もしない。
「遠征お疲れ様です。義兄さん、姉さん!」
「ただいま、リュノ。元気そうでなによりです」
「ミアさん達にご迷惑をかけていませんね?」
「もう、姉さんは私のことをいつまで子供扱いするんですか!」
プンプン、といった擬音語が目に見えるようなくらい頰を膨らませている義妹の顔を見ると、改めて無事に帰って来たんだなという実感が湧いてくる。
「でも、あまり油を売っているとミアさんに怒られてしまいますよ?」
「あ、そうだった!また今度の休日にゆっくり話そ!」
「ええ、そうですね」
微笑ましい気持ちでしばらくリュノのコロコロと変わる表情を眺めていたのだが、流石に入り口付近で長々と立ち止まるのは他の方や店員の迷惑になる為ここらで切り上げることにする。
「おー、ようやく来たかー!こっちはもう準備オッケーやで!」
「いやいや、準備オッケー過ぎでしょう」
俺とリューが自身の席に向かえば、そこには自分の目の前にお酒を大量に準備したロキが待ちくたびれたと言わんばかりに大声を上げる。
やはりその姿は神の威厳など皆無なのだが、きっとロキも自分の眷属が皆無事に帰って来て嬉しいのだろう、と勝手に納得しておくことにしよう。
「久しぶりに会った義妹とのちょっとの会話くらい見逃して下さいよ」
「うちは早く酒が飲み──じゃなくて、皆の無事を祝いたいんや!」
「⋯それで俺が騙されるとでも思っているんですか?しかも、そんなにお酒をガン見しながらなんて」
「だって、もう我慢出来へんのや!ちゅうわけやから⋯皆、ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や、飲めぇ!」
コイツ、とうとう開き直りやがった。でもまぁ普段は我が姉なんかにその辺は厳しく取り締まられているのでこういった時くらいはハッチャケたいのだろう。
取り締まっているのが主に実の姉であるので、せめてこういった時に俺くらいはあまりロキの行動に制限をかけるようなことは言わないようにしている。
「それより一人で飲むのもつまらないでしょうし、良ければ俺がつぎましょうか?」
「おー、嬉しいこと言ってくれるやん!さっすがはうちの自慢のリヴェルークやな!」
俺がロキにそう申し出れば、彼女はとても嬉しそうに笑って空いた盃を俺の前に出してくる。
そんな一場面を隣で見ていたとある女性も自身の欲望の為に負けじと一人の男性にお酒を勧めていく。
「──団長!私も良ければおつぎします、どうぞ」
「ああ、ありがとうティオネ。だけどどうしてかな、さっきから僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけど。酔い潰した後、僕をどうするつもりだい?」
「ふふ、他意なんてありません。さっ、もう一杯」
「本当にブレねぇな、この女は⋯」
お淑やかに笑いつつもその目は狙いを定めた肉食獣のソレと何ら変わりないモノとなっており、フィンが疑問に思うのも無理はない。
そこから更に1、2時間ほど飲めば、そんな団長以外でも酒が入りまくっている人物が増え始めるのは当然で、ついには普段なら言わないような提案まで飛び出してくる始末だ。
「よっしゃー、ガレスー⁉︎うちと飲み比べで勝負やー!」
「ふんっ、良いじゃろう、返り討ちにしてやるわい!」
「因みに勝った方にはリヴェリアのおっぱいを自由に出来る権利付きやっ!」
「なーっ⁉︎そ、それなら自分もやるっス!」
「俺もぉぉおおおおおおっ!」
「ヒック。あ、じゃあ僕も」
「だ、団長ーっ⁉︎」
そんなロキの提案により飲み比べの商品に勝手にされてしまったリヴェリアは自分の弟に鋭い視線を向けて姉の威厳全開で命令を下す。
「リヴェルーク、命令だ。何としてもこの飲み比べに勝利して姉を守ってみせろ」
「⋯ヤバい、姉上が俺を愛称呼びしないなんてガチってことじゃないですか。これは負けたら確実に殺されてしまう」
普段は『ルーク』と俺のことを呼ぶ姉上がそうしない時は逆らわずに従うに限る。だって死にたくないから。
ここだけの話、つい先日のダンジョン内での説教でも姉上から『リヴェルーク』呼びされてこってり絞られたのでソレは地味にトラウマになっている。
「そういうわけなので、申し訳ありませんが皆さんには負けて頂きます!」
「畜生!やっぱりリヴェルークさんが立ち塞がるのかっ!」
「いいや、俺は勝つぞ!勝ってあの至宝をぉぉおおえええええっ!」
「コイツ、大声出してる途中に吐きやがったぞ!」
酒の影響によりおかしくなった彼等を冷ややかな目で眺めていたリューは後に語る──そこから先の光景は見るも無残な地獄絵図であったと。
☆
「そうだ、アイズにリヴェルーク!ここいらでお前らのあの話を聞かせてやれよ!」
結局飲み比べの勝者にリヴェルークが輝いて姉からの命令を見事遂行したことで馬鹿騒ぎがひと段落ついた頃に、どこか陶然としているベートが何かの話を催促する。
機嫌の良さを滲ませる彼に指名されたアイズとリヴェルークは何のことだ?と首を傾げた。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の二匹、お前達が5階層で始末しただろ⁉︎そんで、ほれ、あん時にいたトマト野郎の!」
──ベートが何を酒の肴としようとしているのかをあの場にいたリヴェルーク達三人だけは理解した。
「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に登って行ってよ、俺達が泡食って追いかけたヤツ!こっちは遠征帰りで疲れてたってのによ〜」
ティオネの確認に対してベートはジョッキを卓に叩きつけながらも頷く。普段より声の調子が上がっている彼に、三人は嫌な予感を覚えてしまった。
そんな三人の心情など知る由も無く、耳を貸すロキ達に当時の状況を詳しく説明するベートはついに
「それでよ、居たんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ
──止めて。
反射的に心の中でそう呟いたアイズだったが、彼女が自分の意思を表明する前に話はどんどんと望まない方向へ進んでしまう。
「抱腹もんだったぜ、兎みてぇに壁際に追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がって顔を引きつらせてやんの!」
「それで、その冒険者はどうしたん?助かったん?」
「アイズとリヴェルークが間一髪ってとこでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
「ええ、彼を助けない理由がありませんでしたからね」
酒も入っていつもより饒舌になったベートから話を振られ、リヴェルークはアイズの代わりに返答する。本当はアイズが返答してくれればベートも満足してくれたのだろうが彼女は何故か不機嫌そうな表情で黙り込んでしまっている。
「それでそいつ、あのくっせー牛の血をモロに全身に浴びて⋯真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹いてえぇー!」
「うわぁ⋯」
ティオナが顔をしかめながらも呻く。それだけでもアイズは悲しくなったのだが、自分と同じテーブルに座るリヴェルークの表情に未だ変化が無いこともその思いに拍車をかける。
「アイズにリヴェルークよぉ、あれ狙ってやったんだよな?そうだよな?頼むからそうだって言ってくれ⋯!」
「⋯そんなこと、無いです」
目に涙を溜めているベートからの問いかけに今度はアイズがなんとか返答するも、聞き耳を立てている他の客達の忍び笑いのみが否が応でも耳に入ってくる。
「それにだぜ、そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって!⋯ぶくくっ、うちの姫様に王子様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」
「⋯⋯くっ、アッハハハ!そりゃあ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんまじ萌えー!」
「ふ、ふふっ。リヴェルークさんもそりゃあ気の毒なことだなぁー!」
どっと周囲が笑いの声に包まれる。ロキ以外でもティオネやティオナが。レフィーヤが。誰もが堪えきれずに笑い声を上げた。アイズはたまらずリヴェルークを見るも、彼は目を閉じて我関せずといったスタイルを取っている。
それを見て自分の周りだけ大きな穴が開いた感覚を覚える。──彼には否定して欲しかった。自分に戦い方の基礎を叩き込んでくれた人だからこそ昔の自分と境遇が重なって見えた彼をかばって欲しかった。
「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに泣くわ泣くわ」
「⋯あらぁ〜」
「ほんとザマァねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁ?」
ベートが周りに同意を求めればアイズの視界内の冒険者全員が同意するかのように首を縦に振る。
それを見て自分一人だけを残して世界が遠くなるような感覚に陥るも、ふと視線を感じたのでそちらに目を向けるれば、口を噤み片目を閉じているリヴェリアが自分を見つめている。
それで少し冷静になって周囲を見渡せば、彼女以外にも少数の人間が黙りこくった表情の下で不快感を募らせていることを察することが出来た。
「ああいう奴がいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
「⋯それは自分のことですか、ベート・ローガ」
「──あ?」
楽しげにあの少年のことを酒の肴として話していたベートに対して初めて非難の声を上げたのは、そんなリヴェリアや他の少数派の人間では無く先ほどまでずっと無言だったリヴェルークだった。
☆
率直に言って何故ベートの言葉に反論したのか正確なことは言った今でも分かっていない。しかし──。
「ミノタウロスを逃したのは俺達のミスです。それを謝罪するどころか酒の肴にするなど、恥を知りなさい」
──何故かは知らないが、あの子兎君を馬鹿にされている現状に腹が立っている自分がいる。
それに実は先ほどアイズから助けを乞うかのような視線を向けられていたことにも気付いていた。さっきは
そんなリヴェルークの静かな非難の声を聞いて肩を揺らしていたティオナ達は気まずそうに視線を逸らすが、ベートだけは止まらなかった。
「おーおー、流石は誇り高いエルフ様だな。でもよ、あんな救えねぇヤツを擁護して何になるってんだ?」
「救えないかは分かりませんよ?殆どの者が初めはああいうモノでしょう。大切なのはこれから努力して足搔けるかですし」
「ハッ、あんな情けねぇヤツが変われるなんて思えねぇ!まぁそっちはどうでもいい。んなことより、俺が品位を落とすって言いやがったか?」
「寧ろ、自分が品位を落としていないとでも思っているのですか?力無き者を見下すに飽き足らず、笑い話として利用する。この行動のどこに品位があると?」
「これ、やめえ。ベートもリヴェルークも。酒が不味くなるわ」
今にも手が出そうなほどに険悪な雰囲気が二人の間に漂っており、ロキが見兼ねて仲裁に入るもベートは唾棄の言葉を緩めない。
リヴェルークに触発され、その強過ぎる我に完全に火がついてしまっているベートは嘲笑を隠すこと無くアイズへと視線を飛ばす。
「おい、アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。アレが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
「⋯あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
「チッ、なんだよ良い子ちゃんぶっちまって。なら質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちが良い?」
その強引な問いかけに、俺は落ち着く為に飲んでいた飲み物を思わず吹き出しそうになる。
「ベート、貴方酔ってますか?」
「うるせぇ!ほら、選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」
コイツ、酔いの影響で最悪な質問をしやがった。案の定アイズはベートに対して嫌悪を覚えたようで目を細めながらも返答する。
「⋯私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」
「ふふ、無様ですね」
「黙れクソエルフッ!⋯じゃあ何か、お前はあのガキに好きだのなんだの目の前で抜かされたら受け入れるってのか?」
ベートがその質問をした瞬間、確かにアイズの纏う空気が冷たく重いモノになったのを感じ取った。
きっとそれはアイズには不可能なことだろう。何故なら彼女は常に高みを目指している。遥か後方にいる弱者を顧みる余裕は無く、足を止めることも出来ない。
「はっ、そんな筈ねえよなぁ?自分より軟弱で救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんてねぇ。他ならない
それを承知の上でベートはさっきの質問をアイズに対してする。──そして彼は言った。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」
アイズが決して否定出来ない言葉を。
⋯それより、こんな状況で言うのもアレなのだが何気に会話の中心から俺が排除されてしまった件。
そんな感じで心の中でおちゃらけられるくらいには冷静になった時に一つの影が店の隅から立ち上がる。
「ベルさん⁉︎」
店員の少女の叫びと共に一人の少年が駆け出して店の外へと飛び出す。その後ろを少女が追いかける中、アイズとリヴェルークの二人だけはその少年の顔をハッキリと捉えてしまった。
アイズは冷たい空気を霧散させ、リヴェルークはふざけた考えを打ち消して同時に立ち上がる。その突然の出来事に何が起きたのか分かっていない周囲を置いて自分達も外へと飛び出した。
「まさか同じ店に彼が居たなんて⋯」
悔いるかのように吐き出したリヴェルークの言葉を聞いたアイズも同じく暗い気持ちになってしまう。
処女雪のような白い髪に、悔し涙を光らせていた深紅の瞳。彼の表情を見ただけで自分達が彼を──昔の自分と重なって見えた少年を傷つけてしまったという覆すことの出来ない事実を改めて認識する。
「アイズは皆の所に戻りなさい。彼を追いかけるのは俺に任せてくれれば良いですよ」
店の外に飛び出したは良いものの、あの少年を追いかけることが出来ずに立ち止まっているアイズに気付いたのか、リヴェルークは安心させるかのように微笑みながらも店の中へと促すように背中を押す。
──流石にコレで彼が死ぬことだけは避けたい。そう言い残し、恐らく少年が向かったであろうダンジョンに向かって歩を進めるリヴェルークの背中をアイズは只々立ち止まって眺めることしか出来なかった。
姉の胸は弟が死守しました( ´ ▽ ` )
リューがロキ・ファミリアに入るまでの話などはそのうち投稿しようと思っております。
感想や評価、宜しくお願いします。