団長や姉上からの説教時は二人からレベル以上の威圧感がして少しビビった。
まぁそれはもう終わったことなので置いておいてもいい。それよりも面倒なのは──。
「で、モンスター倒すのは楽しかったか?リヴェルークさんよぉ」
「ですから、何度も謝ってるじゃないですか。あの場はアレがベストだと判断したんですよ」
「ベートはムキになり過ぎだって〜。まぁ、暴れ足んないのは一緒だけどさ〜」
「全く、しつこいわよあんた達。いい加減にしなさい」
やはりと言うべきか団長達から説教があった後、ベート達からは散々文句を言われた。というより今も言われている。
ティオナはただ暴れたいだけなので簡単に言いくるめられるがベートは俺がいつの間にかアイズと共闘していたのが気に入らないらしい。ベートに関しては説得が面倒な予感しかしない。
「あの場にはリューも居たので、別に二人きりというわけでもありませんし」
「別にんなこと気にしてねぇ!それに、あんないけ好かねぇエルフなんかどーでもいいんだ──」
「んー?今リューのことを悪く言ったアホウルフは何処のどいつかなー?」
「──グエッ⁉︎」
コイツ、リューの悪口言いやがった。俺のことはなんと言おうが構わないけどリューについては別ですからね。
まぁ俺は優しいので首を絞めて落とす
「うわぁ。リヴェルークが滅茶苦茶いい笑顔を浮かべてるの、なんか怖いよ〜」
「私は彼に何と言われようと気にならないといつも言っているのに」
「それは、俺がまだまだ子供だということなんでしょうね。──それよりもティオナ。暴れ足りないと先程言ってましたが、良ければ後で俺が相手してあげましょうか?」
「え⋯遠慮しておこうかな〜」
ん?普段なら目を輝かせながらノッてくるはずなのに何故か顔を引き攣らせながら断られた。
「では、ルークさえ良ければ私の相手をして欲しい」
「⋯私も、戦いたい」
「この際二人とでも良いですかね。他に混ざりたい方はいませんか?」
そう聞けば、周りで傍観していた他の団員も一斉に首を横に振る。そんなに激しく振らなくてもいいのにって思うくらいに。
まぁそんなこんなで、ホームに戻ったらリューとアイズの二人と
「あ、どなたか荷物と一緒にベートも運んであげて下さい」
「わ、分かりました!でもベートさんが起きたら⋯」
「起きて暴れたらまた締め落とすので安心して良いですよ」
荷物持ち担当の子達が少し怯えていたので首を絞める仕草をしながら説得する。
──え?ベートの扱いが荒すぎるって?寧ろこうやって俺が雑に扱うことで、ファミリア内でベートに悪く言われて鬱憤が溜まっている人もそれを見て発散出来るから良いんですよ。
あまり溜め込ませると爆発する恐れがありますからね。ベートは根は良い子だからせめてファミリア内では嫌われ者になって欲しくないし。
☆
「あーあ、結局ここまで戻って来ちゃったね〜」
「団長が何度も説明したでしょ?あのモンスターのせいで物資が心もとないって」
「それに、武器なども殆どが溶かされてしまいましたからね」
50階層での戦闘やちょっとした説教の後、ロキ・ファミリアは未到達階層への進出を断念して地上への帰還に行動を切り替えていた。
それは事実上の遠征終了である為、口を尖らせて文句を垂れるティオナをティオネ達がたしなめている。
実際にティオナの武器もモンスターに溶かされているので効果は抜群だったようだ。
「う〜。でも、やっぱり悔しい〜。折角頑張って50階層まで行ったのにぃー」
「全部あのモンスターのせいっスよ。結局何だったんスかねー。リヴェルークさんでも分からないんスか?」
「俺でも見たことが無い未確認モンスターなのは確定ですね」
問われた疑問に答えながらも俺はポケットから一つの魔石を取り出して彼等に見せる。
「それ、もしかしてあのモンスターの魔石っスか?」
「あのモンスターに手を突っ込んで引きずり出してみました」
「あ、それなら私もやってみたわ」
俺に同調しながらティオネも胸元に手を伸ばし、巨峰のように豊かに実っている胸の間へ指を入れてそこからモンスターの魔石を取り出した。
その様子を隣で見ていたティオナは恨めしそうに実姉を睨み、リヴェルークやラウルなどの男性陣は気まずそうに目をそらす。
「へ〜、なんか気味悪い色だね〜」
「魔石から何から全てが初見のモンスターなんて面倒な予感しかしませんね」
中心が極彩色。残る部分は紫紺色という見たことの無い輝きを放つ魔石。それに興味を示した複数の団員が覗き込んでくる中、ティオネは魔石を頭上へ掲げてそれを眺めた。
──やがて一行は広いルームへと辿り着く。
深層域と比べると狭い道幅になる為、ロキ・ファミリアはこの17階層に上がる直前に部隊を二つに分けていた。集団の規模が大き過ぎると身動きが取りづらくなりモンスターの襲撃にも対応出来なくなるからだ。
リヴェリアが管轄するこの前行部隊はリヴェルーク達を含めて十数人の団員達が固まっている。
前行部隊にも当然ながら荷物を運搬するサポーター役の下っ端がちらほらおり、彼等の疲労度は戦線を引っ張っていた第一級冒険者達よりも色濃い。
「⋯リーネ、手伝おうか?」
「えっ?あ、だ、大丈夫です!」
ヒューマンの少女に声をかけたアイズは、しかしながら滅相も無いと凄い勢いで断られた。
ほぼ名目上とはいえ幹部を務めていて、その上あんな浮き世離れした容姿だ。殆どの団員がこのように畏まった態度を取ってしまうのも仕方が無い。
だがアイズがションボリしているように見えるのは気のせいでは無いだろう。だって俺も普段似たような態度取られるけど地味に悲しくなるし。
「止めろっての、アイズ。
そんな一部始終を見ていた
彼は吐き捨てるかのように言葉を紡ぎ、追い払うようにサポーターの団員を軽く蹴りつけてアイズと向き合う。
「それだけ強えのに、まだ分かってねぇのかよ。弱ぇ奴等にかかずらうだけ時間の無駄だ、間違っても手なんか貸すんじゃねー」
「⋯⋯⋯」
「精々見下してろ。強いお前は、お前のままで良いんだよ」
はぁ。まーたベートは火種になりかねないようなこと言いやがって。これじゃあ日常的に俺が鬱憤を発散させても追いつかなくなる日が来てしまいかねない。
ホントなんであんな言い方しか出来ないのかね、もっと素直に言えば良いのに。だけどまぁ──。
「止めなくて良いのですか?」
「俺には止める権利は無いよ」
──言いたいことは分かってしまうが故に俺には止められない。
『弱い奴等を手伝っても時間の無駄』という言葉を俺は否定することが出来ない。
ベートの言う『弱い』と俺の中での『弱い』は別な意味を持つ言葉なのかもしれないがその文全てで見れば丸っきり同じことを考えているから。
「それは──」
『──ヴォオオオオオオオオオッ!』
俺の言葉を聞いてリューが何かを言いかけたが、それを遮って響き渡る雄叫び。次いで進行中のルームに獰猛な気配と荒い息づかいが迫ってくる。
複数ある通路口の向こうから大量のモンスターが姿を現した。筋肉質で巨大な体に赤銅色の体皮。モンスターの代表格にも数えられる牛頭人体のミノタウロスだ。
「あーあ。ベートがあんなこと言うからミノちゃんが来てしまいましたよ」
「関係ねぇだろ!ちっ、馬鹿みてぇに群れやがって⋯」
ミノタウロスの群れはルームへ続々と侵入し、あっという間に前行部隊を包囲するように輪を作った。
血走った眼を向けてくるミノタウロス達は呼吸の度に体が上下するほどに興奮している。
「リヴェリア〜、これだけいるし私達もやっちゃっていい?」
「ああ、構わん。ラウル、フィンの言いつけだ、後学の為にお前が指揮を取れ」
「は、はい!」
ミノタウロスのギルドが定めた脅威評価は最高に認定される中層最強のモンスターである。しかしそれに対する彼等は微塵も動揺することが無かった。
既に深層にさえ進出しているロキ・ファミリアの団員とミノタウロスの間には隔絶した力の開きが存在する。いくら数に大きな差が生まれようと中層出身のモンスターに遅れをとるなどまずありえない。──そんな慢心とも言える思いが予想外の結末をもたらした。
『ヴォオオオオオオオオオッ⁉︎』
「おい、てめぇらモンスターだろ⁉︎逃げんじゃねぇよ!」
ティオナの申し出によってリヴェルークを除いた第一級冒険者達も戦線に加わり、あっという間に敵の半数を返り討ちにした丁度その時だ。
あまりの戦力差に怯えをなしたのか一匹のミノタウロスが背を向けた。そこからまるで恐怖が伝染したかのように残っていた他のモンスター達も足並みを揃えて集団逃走を始める。
「何してる、全員モンスターを追いかけろ!」
「追え、お前達!」
そんなまさかの光景に動揺して一瞬動きを止めてしまった彼等に対し、リヴェルークとリヴェリアが同時に号令を飛ばす。普段は丁寧なリヴェルークの強い口調を聞いて皆が事態が悪いことを察知する。
そこは流石のロキ・ファミリア。すぐさま硬直を解いてミノタウロスの群れを追い出した。
「遠征帰りで疲れてるって言うのに⋯っ!」
「あのっ、私、白兵戦は苦手で⋯」
「んなもん杖で殴り殺せんだろ、いいから殺れっ!」
ティオネがイライラしながら文句を言う横でベートの叱咤がレフィーヤを叩く。
彼等が焦っているのも当然だ。ダンジョンにはロキ・ファミリア以外にも多くの冒険者がいる。この中層に見合った能力で迷宮探索をしている彼等からすれば押し寄せるミノタウロスの群れなど走馬灯を見るほどの脅威だ。
更に自分達の失態で他派閥に犠牲が出ればギルドやその派閥から糾弾が上がるのは間違いない。故にベート達ですら表情に余裕の色が無い。
「ちょっと、そっちは⁉︎」
「面倒な予感しかしねぇぞ!」
彼等の叫びも虚しくモンスターの群れは上の階層へと繋がる階段を駆け上がっていく。多大な足音をばら撒きながらも被害を出すまいと階段を飛び越え遮二無二走る。ロキ・ファミリアの面々は死に物狂いでミノタウロスを追いかけていった。
☆
上へ上へと上がっていく毎に、散らばったミノタウロスを撃破する為に団員達が追跡隊から姿を消していく。中層すら越えて上層に突入し、5階層へと到達する頃には既にリヴェルーク、リュー、アイズ、ベートの四人のみとなっていた。
「ひぃっ⁉︎」
「どいてろっ!」
「お怪我はありませんか?」
今まさに冒険者に襲いかかろうとしていたミノタウロスを間一髪でベートとリヴェルークが倒す。
上層を領分としているのは殆どが新米の冒険者だ。彼等ではきっと抵抗することさえ出来ずに一瞬で惨殺されてしまう。最早いつ犠牲者が出てもおかしくない状況にも関わらず。
「見失った⋯っ!」
アイズもベート達とは別のミノタウロスを撃破するも残る
道がいくつもある迷宮では致命的なミスにその乏しい表情でも隠し切れないほどの焦燥感が露わになる。
「ちっ、付いて来い!」
ミノタウロスの残り香を嗅ぐことで追跡可能なベートが先頭に立ち、その後に三人が続いて後を追う。
しばらく走ると視界に筋骨盛り上がった赤銅色の背中が二つ写った。その間からは、壁際まで追い詰められて子鹿のように震えている一人の冒険者が見える。
「完璧ド素人じゃねぇか⁉︎」
「アイズは左のミノちゃんをお願いします!」
「⋯分かった」
モンスターが白髪の冒険者に対してのみ照準を当てている間に、リヴェルークとアイズは音も無くミノタウロスの背後へ向かって加速する。
近づく毎に少年の表情なども明らかとなる。壁際まで追い詰められていた少年はミノタウロスの巨体を見上げ、笑みとはとても言えないほどに引きつった口の歪みを浮かべていた。
埃まみれの白髪。涙腺を決壊させる赤い瞳。振りかぶられた豪腕が振り下ろさせるのを待つだけの哀れな子兎のよう。
そんなことを思いながらも世界最高のレベルによって強化されたステイタスを誇るリヴェルークと風を纏ってその僅か後ろを追うアイズはミノタウロスの背後より剣を一閃させた。
『ヴォ?⋯ヴォオオオオオオオオオッ⁉︎』
「へ⋯?」
断末魔をあげながら真っ二つにされたその巨体は体の中心より左右へズレ落ちた。
残されたのは未だに状況の理解すら出来ていない新人冒険者のお手本とも言えるような子兎一匹だけ。
「あの⋯大丈夫、ですか?」
「申し訳ありません、俺達の不手際で貴方に怖い思いをさせてしまいました」
「あの、もし良ければこのハンカチを──」
ミノタウロスを真っ二つにしてのけたアイズは心配、リヴェルークは謝罪の為に口を開き、後を追ってきたリューはミノタウロスの流血をモロに浴びた少年に対しハンカチを渡そうとする。
しかしその少年はしばらく目を見開いていた後にじわじわとその肌を赤らめさせていくばかり。だが次の瞬間。
「だっ──」
『だ?』
「だぁああああああああああああああああっ⁉︎」
全速力で三人から逃げ出した。
『⋯⋯⋯⋯⋯』
第一級冒険者として世界に名を馳せる三人がポカン、とした表情で身じろぎ一つとれずに呆けていた。
「⋯っ、⋯⋯っっ、⋯⋯⋯くくっ!」
逃げ去った通路の奥から少年の奇声が木霊してくる中、誰かが必死に笑いを堪えている音が聞こえる。
三人揃って背後を振り返ればそこには震えながら腹を抱えるベートがいた。体を折って後頭部を晒し、ひーっひーっと言いながら呼吸を乱している。
『⋯⋯⋯⋯⋯』
それを見たリヴェルークとリューは死んだような目を浮かべ、アイズは歳相応の少女のように頬を赤らめる。
──紆余曲折はあれアイズ達の長い遠征はこうして幕を閉じたのだった。
ようやく原作主人公との顔合わせ的な事が済みました。これから色々な場面で絡ませるつもりです。