ようやく太陽が顔を出し始めた早朝。その時間帯でも広場には多くの人影がある。
「⋯時は来た。今回の遠征で、我らは三大
「目標は、古代よりこの地に息づいている三匹の怪物どもだ。──こいつらを屈服させて、俺達の名前を世界に轟かせてやろうぜ!」
『おおーーーっ!』
ゼウス・ヘラファミリアの両団長の言葉が広場に響く。この場に集まっているのは遠征に向かう精鋭部隊とその他の居残り組。それにプラスして両ファミリアの主神であるゼウス様とヘラ様。後は精鋭部隊と交流のある他ファミリアの冒険者や野次馬の住民達。
「ルークさん、どうか無理だけはなさらずに」
「リヴェルーク様!姉がとても心配しているので、絶対に帰ってきて下さいね!」
「リュ、リュノっ!それは言わなくていいことです!」
リューとリュノも他の冒険者同様に精鋭部隊である俺の見送りに来てくれたようだ。この二人は本当にいい子過ぎて俺の心が浄化される思いだよ。
「そういえばリヴェルーク様!私のお姉ちゃんが、リヴェルーク様に渡したい物があるそうです!」
「⋯ルークさんに無事に帰って来て欲しいので、
──リューからプレゼントを貰った。ヤバい、めっちゃ嬉しい。魔道具の効果は受けるダメージを僅かにだが減少してくれるようだ。⋯もはや、いい子を通り過ぎて天使だな。
そんな天使の心配を紛らわせる為とプレゼントのお返しとして、俺は以前のフェルズからのクエストの報酬で得たとある物を渡すことにした。
「それじゃあ、リューにはコレをあげるよ」
「コレは⋯ルークとお揃いのブレスレットですか?」
「わぁっ、宝石が付いててすっごい高そう!」
リュノによる子供ならではの感想の通り青い宝石付きの高そうに見えるブレスレットだ。しかし驚くこと無かれ。これの効果は──お互いの生命活動の状態を把握することが出来るというモノだ。
宝石の色が青の時は相手はピンピン元気。その色が赤に染まれば染まるほど生命活動の危機。──もしも宝石が砕け散ったならばそれは相手の生命活動の停止を表す。
「コレは、とても珍しい物のはずです。そんな物を私に⋯」
「いや、俺のことを心配してくれているリューだから渡しました。──その宝石を砕くこと無く、三匹の怪物を倒してきますよ」
「⋯分かりました、貴方のその言葉を信じます」
そう言って微笑むリューの表情に俺は不覚にも見惚れてしまった。──いやいや、落ち着けよ俺。相手は歳下の少女だぞ。
と、自分も少年であることを棚に上げてリヴェルークが心を落ち着けようとしていると突然背後から刺すような視線を感じた。この視線は恐らく──。
「やっぱり、リアねぇでしたか。それとアイナさんも、おはようございます」
「ああ、おはようバカ弟め。⋯ついに行ってしまうんだな」
「おはよう、弟君!ちゃんと生きて帰って来なさいよ?さもないと、貴方のお姉さんが泣いちゃうからね!」
「その脅迫方法は、少しだけズルい気がします⋯」
そんなことを言われたからにはなんとしてでも帰ってこなくてはな。
「話は変わるが、先ほどルークが話していたエルフ二人組は一体誰だ?」
──うん。滅茶苦茶怖い。リアねぇ達がこの場に到達する前にリュー達二人を帰した俺の判断は間違いじゃなかったな。
「⋯リアねぇ怖い、マジで怖いからそんなに睨まないで。誰って、アストレア様の
「弟君のお見送りかな?両手に花なんて、流石は弟君だね!お姉ちゃん、弟君は将来タラシになっちゃうんじゃない?」
──やめろこのアホエルフ!あんたが余計なこと言いやがったからリアねぇの表情が余計に険しくなっただろ!
「リアねぇ!さっきのは、そーゆーのとは違うんです!俺達は清き関係であり、不健全な要素が介在する余地は微塵も無いんですよ⁉︎」
「そこまで必死になられると、逆に怪しくなるぞ。⋯ルークがそんなに最低な男だとは微塵も思っていないから安心しろ」
それなら安心だ。実の姉から『タラシ』認定などされたら俺はショックで遠征になど集中出来ない。
──船を出すぞ!部隊のメンバーは乗り込め!──
「お、そろそろ出発みたいです。リアねぇにアイナさん、俺の帰りと俺達の勝利報告を楽しみに待っていて下さい」
「そうだね〜、弟君の活躍を期待してるよっ!」
「ルーク──私は信じて待っているいるからな。必ず、無事に帰って来い」
「⋯はい、待っていて下さい」
☆
「弟君、行っちゃったね」
「⋯心配はいらないだろう。あの両ファミリアの布陣は、間違い無く歴代最強だ」
リアはようやく私の問いかけに対し、ちゃんとした返答をしてくれた。
「心配してないとか、明らかに嘘でしょ〜?だってさ──かれこれ数時間、船が消えてった水平線を眺めてるじゃないの」
⋯そうなのだ。船が出発してからというもの、アイナは何度もリヴェリアに『戻ろっか?』と声をかけていたのだが生返事を返すだけでその場から動こうとしなかった。
しかも、しかもだ!その立ち方も普段のリヴェリアとは全く異なり、手を胸元で組んで祈りを捧げるかのようなポーズを取っている。これがあのリヴェリアなのか⁉︎と目を疑いたくなる光景だ。その様はまるで恋する乙女が恋人の帰還を祈っているかのようなモノ。
「『信じてる』なんて行ったんだから、シャキッとしなさいよ!」
「しっかりしなければいけないなど私が一番分かっている。⋯これから面倒なことになりそうだからな」
「それって、ギルドで話題になってるあの
──遠征出発より一週間ほど前。ギルド職員どころか各ファミリアの主神達でさえ『珍しい』と口を揃える出来事が起こった。
「まさか、あんなに不仲だったゼウス様、ヘラ様、ロキ様、フレイヤ様が四人だけで会談を開くなんてね」
「色々と、面倒な何かが起きそうだ」
「⋯リアもさ、心配になっちゃうから思いつめ過ぎないでよね」
「⋯分かっている」
──因みに。少し離れた位置では、とあるエルフの姉妹の姉の方がリヴェリアと同じ状態になって妹を困らせていたそうな。そして、そんな彼女達の姿を見てときめいてしまった男性達が大勢いたそうな。
☆
時は流れて団員達も寝静まった夜更け。場所は海上の船。船上では一人の少年が月明かりに照らされた海やきらめく星を眺めていた。そんな少年の背後から近付く人影が一つ。
「⋯リヴェルークか、こんな時間に一人で何をしている?」
「──団長ですか、どうしました?」
「⋯夜風に当たってリヴェルークが黄昏ているのが、少しだけ気になった」
俺が
「⋯ゼウス様やヘラ様からの指示が気に入らなかったか?」
「いえ、気に入らないとまでは言いません」
──正しくは無いが間違ってもいない。やはり団長の勘は人間なのか疑いたくなるレベルで鋭い。
この感情は『気に入らない』というモノでは無い。なんと言えばいいのかは分からないが、しかし何故だかモヤモヤする。
「⋯主神様達の指示は、お前への信頼の現れだろう。そして事実、お前も
「確かに、期待はしていましたが⋯」
事実、期待はしていた。しかし出発前に言われてからずっとそのことが気になって仕方が無い。だってまさか本当に──
「ゼウス様も言ってくれますよね。なーにが『真の覇王を決めてこい!』だ、それどころじゃ無いってのに!」
「⋯お前が気になっているのは、その間に俺達が
──本当に鋭い。まさかモヤモヤが始まったキッカケを当てられるとは思わなかった。
「ええ、その通りです。怪物の一角とサシでやりたい気持ちはありましたが、それだと皆を守るっていう決意に反すると思いまして」
「⋯お前は真面目過ぎだ、もっと単純に考えろ。お前は一人で怪物を下して《矛》としての《力》を証明し、俺は怪物の攻撃を防ぎ切って《盾》としての《力》を証明する」
「まさか、団長の口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
冷静で論理的思考がウリの団長がこういうこと言うから意外性があって逆に説得力が出てくる。
「⋯それに、俺以外にも心強い仲間は大勢いるからな」
『そうだぜーっ!俺達がいるからな!』
『
団長の声の後に次々と叫び声が響いた。後ろを振り返ると、いつの間にかゼウス・ファミリアの精鋭メンバーが船のデッキに出てきていた。それだけではなくヘラ・ファミリアの面子も勢揃いしていることに驚いた。
「話は変わりますが、ここ最近団長は俺のこと滅茶苦茶気にかけてくれますよね。何かあったんですか?」
「⋯今度産まれる子供が大きくなったら、リヴェルークみたいになるのかと思ってな」
「うえっ⁉︎団長の子供が産まれるんですか⁉︎」
『マジかよ!団長おめでとーっ!』
なにそれ初耳なんだけど!それが本当ならお祝いとかプレゼントとかの準備しとかないと。
「⋯だからな、余計に負けるわけにはいかん。俺達は必ず生きて帰る」
「団長、この前の言葉もそうですけど死亡フラグ立て過ぎじゃないですか?」
「⋯それを粉砕してこその俺達だろう。フラグなど、へし折り投げ捨てる為にあるのだから」
──ははっ。やっぱり俺達のファミリアの団長はマジかっけーわ。
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