流れ星に願いを込めて   作:クリマタクト

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4話

 雲一つない青空、鳥たちが戯れる庭園の中で、私はいつも叔父の武勇伝を聞いていた。

 山のように連なるトロールの群れを撃退したり、村を襲いに来たギガントバジリスクを追い返すどころか討伐するという大偉業を成し遂げたアズスは、当時箱入り娘だった私にとって隣の国や森の先といった新しい世界を見せてくれる──言い方は悪いが──色々な冒険譚が書き込まれた絵本のような存在だった。

 

「──すごいわ叔父様!」

「そんなに目を輝かしてくれるなら嬉しいよラキュース」

「私もそんな冒険をしてみたい!絶対する!」

「ははは、ダメだよラキュース」

 

 アズスはいつものようにラキュースを慈しむように撫でながら、諭すために言う。

 

「君は末席の私とは違い、立派な貴族なんだよ?その地位を忘れてはいけない」

「ぶぅー……叔父様は毎回そう言うけれど別に叔父様も私も同じ貴族で違いなんてないじゃない」

「いいや、まだ君が知らないだけで充分違いがあるんだよ」

 

 だけど、とアズスは私の横にいる執事に一回だけ目を向けた後に少し笑いながら言う。

 

「君と友達との間には何も違いはない。対等な関係さ」

「つまり?」

「ラキュースと私は?」

「友達!」

「ああそうさ。友達のラキュースは何がしたい?」

「国の外に行きたい!」

「あぁ、任せておきなさい」

 

 ──そんな目が輝き胸が躍るような絵本ばかり読んでいた私が、そのまねごとをするために家を飛び出すのはある意味必然だったのかもしれない。

 

 ♦

 

 ――ズシンズシンと、巨体が地面を踏みしめる音が聞こえる。

 目が覚めると、彼女は巨大な生き物の背中の上に載っていた。

 すこしその生物の毛皮を堪能していると、背中の感触に気づいたのかこちらに顔が向く。

 

「何でござるか?」

「いえ、ただ撫でたかっただけ。気にしないで」

「了解でござる!」

 

 真ん中から先のない尻尾を機嫌のいい犬の如く振り回しながら、巨大な生物――森の賢王は返事をする。

 

 結果的に言うと最後に放ったラキュースの攻撃は、彼の尻尾を完全に砕きはしたものの仕留めることができなかった。

 だが、そのまま押し切れる。そう判断して突っ込もうとした時、賢王から降伏の宣言が出た。

 賢王自身も、尻尾があったから保てた均衡だと自覚していた。それゆえ、尻尾がなくなった時点で、自分に勝ち目がないのを悟ったのだ。

 そんな獣らしからぬ知性を見せ、降伏をした賢王に交換条件として人がいるところまでの案内を頼んだのだ。

 流石に森から出ない生活をしてた賢王では大きな街の場所まではわからないが、それでも近場の村の場所は知っていた。

 

「それにして不思議な感覚でござる。拙者、今まで負けそうになったことは何度かあったでござる。しかし、この尻尾を砕かれるなんて初めてでござるよ」

「まあ、あれだけ固ければね」

 

 はははと笑いながらも彼女も同意する。

 確かにあの技は自分の一番の技。そこいらの魔法や武技なんかとは比べ物にならない威力をだせる。しかし、それでもコキュートスですら無理だった尻尾の破壊をできたのはかなり不思議だった。

 ふと、自分の右手を見る。

 そこに見えるのはいつもの見慣れた自分の右手。

 冒険者家業を始めるようになって細かい傷こそ目立つようになったが、遠目から見れば傷一つなく美しいと言える右手。

 

(あれはきっと……)

 

 かぶりを振る。今考えても仕方ないし、きっと意味がない。

 なんとなく。なんとなくだがわかってはいる。

 ただ信じたくないだけだ。

 

「姫ー」

「ん?どうしたのハムスケ?」

 

 森の賢王の声を聞き、考えを止める。

 彼は見るからに困惑していた。

 

「この先にあるはずでござるんですが……何も気配を感じないでござる」

「気配がない?ただ感じ取れないだけじゃないの」

「いや……拙者これくらいの距離ならまずわかるはずなのですが……」

 

 ムムム、と一人唸り始めた森の賢王。そして件の村は話の通り段々と姿を現す。

 特に変な様子もなさそうだ。そう思ったラキュースだったが村に近づくにつれて、賢王の言うことの意味を理解することになった。

 

「……なに、これ」

 

 村そのものには何の影響もなかった。

 家が燃やされてるわけでもなく、井戸が埋められてるわけでもない。

 しかし、その家の周りはひどいありさまだった。

 地面には血が染み込み、肉を求めていたるところに蛆がわいている。

 ──それは虐殺の跡地だった。

 

「ぬぅん?この村は襲われた後だったのでござったか?」

「……ッ!誰か!誰かいない!?」

 

 呑気にあたりを見回す賢王を無視して、ラキュースは剣を携え村を駆け巡る。

 

(無駄ダ。コノアリサマデ生キ残リナドイルワケガナイ)

 

 うるさいだまれ。そう言いたくても、声に出すことはない。

 彼女は同居人の言葉を無視して、村中を探し回る。しかし……いや、予想通り生きている村人はいなかった。

 ラキュースは自分の座る場所の死体を投げ捨てて、のんびりと昼寝をしていた賢王の元へと戻る。

 

「あっ、姫ーおかえりなさいでござる」

「ええ、ただいま」

「生き残りはいたでござるか?」

「……いえ、誰一人いなかったわ。居たとしても時間立ちすぎてるし今頃はエ・ランテルにいると思うわ」

「この後はどうするでござるか?」

「村からつづく道をたどってエ・ランテルまでいくわ」

 

 家の中を見る限り、質のいい薬草を多く持っていたのがわかる。おそらくエ・ランテルに売りに行くための物。

 であれば、馬車の轍をたどっていけば迷うことなく行けるだろう。

 

「そうでござるか。であれば拙者の上にまた乗るでござるか?」

「ええ、お願いするわ」

 

ラキュースは賢王の背中の上に飛び乗り、後ろを一回振り返って黙とうした後、前を向く。

 

(オイ)

「ん?」

(ヤケニ諦メガヨカッタガ、ココノコトヲ知ッテイタノカ?)

「……ええ。とってもよく知っているわ」

 

 薬草が取れる村。荒らされても家のものにほぼ手付かず。そして獣に食い荒らされた死体の山。

 

「ここはガゼフが死んだ村。カルネ村よ」

 

 

 

 

 それから賢王の背に乗って数時間たった後、彼女らは遠くの方で堂々とそびえたつ城砦を目にする。

 そこは最初から目的地にしていた城塞都市エ・ランテルだ。

 

「ありがと。もうあなたも住処に帰っていいわよ」

 

 ラキュースは賢王の背中から降りる。

 魔獣として登録するわけでもないのに、都市の中に連れていくことはさすがにできない。

 太陽が沈んできてはいるが、森の賢王には向かって勝てるような存在はまずいないから、その面でも特に問題はないと言える。

 森の賢王も少し寂しそうな顔を浮かべはしたものの、首を縦に振る。

 

「少し寂しいけどわかったでござる」

「道案内ありがとうね」

「役に立ててよかったでござる。それでは!」

 

 森の賢王は機嫌よさそうに半ばまでしかない尻尾を左右に振りながら、地響きを鳴り響かせて森へと戻っていく。

 それをちゃんと遠くまで行くのを確認した後、エ・ランテルへ向けて歩き出す。

 

(黙ッテイタガ、コレカラドウスルノダ?)

「とりあえずはみんなと合流ね。持ち合わせは少しあるからそれを使って時間をつぶしてましょ」

(……ソノコトデハナクダナ)

「それだって私一人でやるよりみんなと一緒にやったほうがいいでしょ?」

(ダカラト言ッテ、無意味ニ時間ヲ浪費スルノカ?)

「あなたも折れないわねぇ……じゃあエ・ランテルにいる間、最近何か変な出来事がなかったか探してあげる。これでいいでしょ?」

(ウム、マァソレデイイダロウ)

「まったくただ乗りしてる分際で生意気な……」

(ナニカ言ッタカ?)

「いーえ、なにも」

 

 ♦

 

 夕焼けに染まる中、茜色の日差しを浴びながら一人の女性が歩いていた。

 

 ジャラジャラと音を立てる些か露出度の高いビキニアーマーを装備した彼女は、人が一人入りそうなくらいに大きな袋を肩で担ぎながら墓地にポツンと立っている霊廟の中へと足を進める。その足取りには迷いがない。何度も来慣れているのだろう。

 

「ふんふふーん」

 

 上機嫌なのだろう。明らかに重そうな袋を持っているにもかかわらず、鼻歌を歌いながらスキップをして進んでいる。

 本来であれば不謹慎だからやめろと言ってくるような、墓守がいてもおかしくはないがそんな者はだれもいない。

 

 そうして歩いていると、コツ、コツと杖を鳴らす音とともに一人の禿げた男性が現れた。男性の顔は青白く、今にも倒れそうだと思うくらいに肉もついていない。肉感的な体をしている彼女と対比させるような存在だった。

 

「――首尾は上々か?クレマンティーヌ」

「もっちろん!ほーら新鮮な男の子だよカジっちゃん!」

 

 男――カジットの言葉に女性――クレマンティーヌは半月のような笑みとともに、肩で背負っていた袋を床へ置く。するとその中には、一人の少年が入っていた。

 

 それを確認したカジットは口元を緩ませる。

 

「こやつがそのタレント持ちか……」

「そだねー。あとはこいつに叡者の額冠を乗せれば――」

「ああ、必ずや目的が果たされるだろう」

 

 ついに母をよみがえらせることができる。そうすればまた、何度も夢見たあの光景が見られる。

 そう思うと、カジットはにやけが止まらなかった。

 

 そんな様子を見て、クレマンティーヌは嗤う。

 

「まあだろうね。街一つを死都へと変えられる儀式魔法”死の螺旋”。これが成功すればその宝珠もあるし、きっとアンデッドになれるだろうね」

「そうだ。あの程度の負のエネルギーなど街一つを沈めてしまえば確保するのはたやすい!!」

 

 クレマンティーヌはついに笑いをこらえきれなくなったのか、今までは小さく押し殺していた声が漏れ出した。

 それを見て、カジットは顔をしかめる。

 

「……何がおかしい」

「ひ、ひ……いやぁちょっとね」

 

 ようやく落ち着いたのか、状態が戻る。

 

「あなたは自分の母のためにエ・ランテルに住んでいる人間を皆殺しにするのかなぁって」

「……当たり前だ」

「そおっか。自分のためではなく、あくまでお母さんのためにみんなを殺すんだぁ」

「そうだ!それ以上言うのなら――!!」

「あー、もう言わない言わない。気を悪くしちゃった?ごめんねカジっちゃん」

 

 両手を合わせて謝るクレマンティーヌに留飲を落としたのか、ため息を吐きながら光っている球体を再び懐へとしまう。

 

「……貴様に行動一つ一つに腹を立ててられぬ。ついてこい。もう準備を始める」

「はーい!」

 

 クレマンティーヌは、先ほど降ろした少年を再び担ぎながら歩き始める。

 少年はただうわ言のように、何かを呟いていた。

 

 ♦

 

『それじゃあ、大丈夫なんだな?』

『ええ。だからなるべく早く来てね』

『わかった。ついでに依頼の準備も済ましておこう』

 

 プツ、と途切れたような音とともにイビルアイとの会話を終わらせる。

 伝言(メッセージ)は使い勝手はいいけど高いのよねぇとぼやきながら、ぼすんとベッドへ倒れこむ。

 今と待っている宿は持ち金の関係上、いつもよりもワンランク下げた宿の中。そこで彼女は、イビルアイを通して自分の無事と持ち合わせも少ないからこっちに来てほしいと頼んでいた。

 彼女の懐にある残金は金貨三枚。庶民がつつましく過ごしていればそれなりに持つ額だが、彼女の泊るような宿の場合節約しても数日で使い切ってしまう額だ。

 いざとなったら一人で適当な依頼をこなす羽目になるかもしれないな。そう若干あきらめをつけているラキュースだった。

 

(デ、大体何日程度デ合流デキルノダ?)

(そうね……急いできたとしても、3日くらいはかかるわね)

(随分掛カルナ。私タチハ一日デコレタデハナイカ)

(んなこと普通はできないわよ。馬だって疲れるし、魔法だって魔力を使い切ったら終わる。あなたみたいな疲れ知らずなんてそうはいないわよ)

 

 事実、王都からここエ・ランテルまではかなりの距離がある。

 今彼女は2日程度と言ったが、それは護衛を必要としないアダマンタイト級の冒険者だからこそだ。普通であれば、4日は最低でもかかるだろう。

 だが、それをありがたがるように言っても絶対に納得しないことがわかりきっているので、彼女は特に何も言わない。

 

(フム……ナラバソノ間ニコノ町デ調ベラレルダケの情報ヲ集メルゾ)

「別にそれやるのはいいけど明日からね、さすがに今日は疲れたからご飯食べて寝る」

(至高ノ御方々ニ謁見デキル時間ガ早マルカモ知レナイノダゾ?ソレデモ貴様ハソコデ寝テイルノカ)

「だれも探さないとは言ってないでしょ」

「ナラバ、私ガ変ワリニコノ体ヲ動カシテヤロウ」

(あ、こら!やめなさい!どのみちこの時間──ってちょっと待って!?そんな恰好で外にでないでやめてぇ!)

 

 そうやってドアのほうまでコキュートスが動こうとしたとき、ドンドンとドアをたたく音が聞こえた。

 その音はとても乱暴で、かなり急いでいるのが見て取れる。

 

「……ドウデモイイナ」

 

 だがそんなのコキュートスには関係ない。そしてそれを無視して行く気満々でドアを開けようとするが、その動作の途中で無理やりラキュースが止めた。

 

「なわけないでしょ!いい加減に戻せ!」

 

 乙女の尊厳を守るために、ラキュースは全力でコキュートスを追い返しつつ扉の向こうの人物に少し待つように告げ、目にもとまらぬはや着替えをしたのちドアを開く。

 するとそこには珍しい人物がいた。

 

「……リイジー・バレアレさん?」

「ああそうじゃ」

 

 体も小さく、全身皴まみれで白髪の老婆にしてエ・ランテル最高の薬師。リイジー・バレアレがまるで縋り付くような目線で、こちらを見ていた。

 その様子をみてさすがにただ事ではないと確信したラキュースは、自分の部屋へと招き入れる。

 

「わるいのう……」

「いえ、これくらいいつものポーションのお礼だと思ってください」

「そういってくれると鼻が高いね――それで、今回はお前さんに依頼をしたいのじゃ」

「依頼ですか?一体なにを?」

 

 本来、依頼は冒険者ギルドを通すのがきまりだが、彼女はあえてそれを無視して内容を聞いていた。

 その気づかいに感謝しつつも、時間のないリイジー・バレアレはさっさと話を進める。

 

「ついさっき、店から少し離れた瞬間孫のンフィーレアが誘拐されたんじゃ!」

「誘拐……身代金狙いですか?」

 

 相手は町一番の薬師。総資産は下手な貴族並みにあってもおかしくない。

 しかしリイジーは首を振る。

 

「いや、身代金の要求をするための書置きや地図がないのじゃ」

「なら逆恨み?」

「おそらくは……頼む!どうか孫を救ってくれ!!」

 

 リイジーは地面に頭を擦り付けるようにして、ラキュースへ懇願する。

 大切な孫を、大切な家族を、どうか救ってほしい。そんな思いで老婆は胸がいっぱいだった。

 そんな懇願にラキュースは一も二もなく応える。

 

「わかりました。必ずあなたのお孫さんを救って見せましょう」

 

 ♦

 

「どうか、よろしく頼む」

「ええ、必ずや」

 

 リイジーに、此方に頭を一度下げた後宿から出て行った。

 それを確認した後、再び伝言(メッセージ)を使い今此方へと向かってきているみんなへと話しかける。

 

 その内容は、今回の依頼のこととそのためになるべく早く来てほしいということだった。

 さすがにきついかもしれないとラキュースは思っていたが、青の薔薇の面々は二つ返事で了承してくれた。

 馬を使いつぶすことになるだろうが、明日には到着するだろうという見立てらしい。

 

 ラキュースはみんなに礼を言った後、宿の外へと歩きだす。今の時刻はちょうど日が落ちる寸前。

 永続光が設置されていない場所などでは、すでに夜と変わらないくらいに暗くなっていた。

 

(探スト言ッテイタガ、物体発見(ロケート・オブジェクト)デモ使ウノカ?)

「なによそれ」

(第六階位ノ魔法ダ……ソレスラ使エナイノカ?)

「それすらって何よ。そもそも第六階位なんて使えるのなんてマジックキャスターでもそうはいないわよ」

(フッ、ナニヲ馬鹿ナコトヲ言ッテイル。オ前ノ仲間ダッテ第六階位ヲツカッテタデハナイカ?)

 

 イビルアイは何度かコキュートスの前で第六階位である転移(テレポーテーション)を使用している。

 それを見ていた彼は、転移門(ゲート)を使用してないことからレベルが大してないことはわかってはいたが、第六階位程度なら普通に使うだろう。そう思っていた。

 

 ラキュースは少し目を泳がせた後、周りに聞かせたくないのか声に出さずに話す。

 

(彼女は200年以上生きているヴァンパイアなのよ。だから、第六階位なんて高位魔法を使えるの)

(第六階位ガソンナ扱イナノカ?)

 

 少々レベルが低すぎるのではないだろうか?そう思うコキュートスだが、言われてみればこれまでの行動からその程度のレベルでもおかしくないことがわかってしまう。

 あまりのレベルの低さにドン引きしているコキュートスを無視して、ラキュースは突き進む。向かった先にあったのは、ポーション屋だ。看板にはバレアレ薬品店と書いてある。

 彼女は、臆することなく扉を開けた。

 

 その瞬間、鼻腔の中に血臭が飛び込んでくる。

 

「――」

 

 思わず後ずさりしたくなるような匂いに、彼女は顔を顰めるも足を止めずに、遺体の元へと突き進む。

 遺体の数は全部で四つ。それらはすべてンフィーレアを依頼で護衛していた冒険者たちだ。

 リイジー・バレアレから聞いた話によれば、漆黒の剣という名前のチームらしい。銀級のチームを倒すことなど、ラキュースでもできるが逃がそうとされてたであろうンフィーレアを捕まえることは、彼女でも難しい。

 

(今考えても無駄ね)

 

 ラキュースは頭を一度振ったあと、一度店の奥へ行って蓄えとして保管してあった黄金を少々拝借しながら死体の元へと戻ってくる。

 

(蘇生……貴様ノ実力カラ行クト死者復活(レイズデット)辺リカ?)

「そうよ……ていうかあなたの知識の出所を知りたいわ」

(ナザリックト言ッタダロウ?コレガ御方々ニ創造サレタカノ差ダ)

「はー……ほんと、羨ましくなるわー」

 

 軽口をたたきながらも、手は休まず動く。

 そうしてすぐに、魔法陣が出来上がる。

 袋の中から、黄金を少量触媒として取り出す。生命力(レベル)が、上位の冒険者に比べて低いからかその量は大した数ではない。

 

 そして、まず一番リーダーっぽい顔をしていた人物を蘇生する。

 

「――死者復活(レイズデット)

 

 そうすると、魔法が成功したのか今まで死亡していたはずの目の前の人物が目を覚ました。

 

「……ここは?」

「目が覚めたようね。まずはあなたの名前を教えてくれないかしら?」

 

 彼は惚けた顔をしてこちらを向き、その後目の前にいる人物がかの有名な青の薔薇のリーダーだと知り、ひと悶着あったもののすぐに落ち着き、質問に答えてくれた。

 彼はペテル・モークと言い、漆黒の剣のリーダーで、先頭に立ったせいで真っ先に殺された人物らしい。

 そして彼を殺し、ンフィーレアを強奪したものの名前はクレマンティーヌといい、金髪で蛇のような眼光を持つ、露出度の高い鎧を着た女性らしい。

 

 自分の知っていることをすべて話したペテルは、彼女に額を叩きつけるような勢いで土下座をした。

 

「たのむ!みんなをそせいしてやってくれ!!かねならはらう。どんなにかかってもおれがかならずはらう……だから!!」

 

 彼らに使う額がいくら少ないといっても、それはオリハルコンやアダマンタイト級の冒険者を蘇生するのに比べたら、という話なだけで銀級である彼に稼げる額では到底ないのは彼でもわかっている。

 だが、それでも、彼はほかのみんなが生き返るのであれば、自らを犠牲にしてもいい。そう言っているのだ。

 

 どう思ったのかは言うつもりはないのか、ラキュースは首を縦に振ることで答えを示し全員を蘇生させる。

 幸い、スティレットのような刺突武器で急所を一突きしているだけなので、蘇生不可能な傷ではなかった。だが、一対四、場合によっては五の戦場で正確に急所のみを突き、仕留めるその技量にラキュースは驚きを超えて感嘆していた。

 

 そして時間が一秒でも惜しい彼女は、彼らからの感謝の言葉を早々に切り上げて全員から誘拐犯のクレマンティーヌについて情報をもらっていた。

 

 その中で一つだけ、気になることを術師(スペルキャスター)ニニャが言う。

 

「……風花聖典?」

「は、はい『さっさとこの子を使って風花聖典から逃げないとなぁ~』って、その……僕一人になった時に……」

「……そう、つらい事なのに教えてくれてありがとうね」

「い、いえ……その、役だったのならうれしいです」

 

(――風花聖典か……)

(ナンダソレハ?)

(法国……少し遠くにある人類至上主義の国に存在する特殊部隊の名前よ)

 

 おそらくはどこかの特殊部隊から逃げてきたのだろう。それなら五対一でも負けない実力も納得できる。

 しかし、なぜ彼をンフィーレアを誘拐したのだろうか?彼女にはそれがわからなかった。

 

「……ほかに何か言ってたことって何かある?」

「いえ……その、ごめんなさい」

「いや、無いのならいいの」

 

 情報はここまでか。そう心の中で溜息を吐く。

 下手人の名前と出身、そして大まかな強さを知れただけでも情報収集能力が優れているわけではないラキュースにとっては、だいぶ上出来と言えるだろう。

 しかし、まだ情報が足りない。何のために彼を誘拐したのか。それがわからない。

 彼女的には彼の持つタレントが目的だろうと思う。

 だが、あくまで仮設であり断定はできなかった。

 

 だが、人も時間もないのが今の現状。リイジー・バレアレはギルドへこのことを伝えに行ったが、今はもう日が暮れており今すぐ対応のできる高ランクの冒険者は数が少ないのは自明の理。

 なので、どうにかして情報を集めないことには何も始まらないのだ。

 

「みんなありがとう。あと、蘇生したばかりでつらいと思うけど冒険者ギルトへ行ってこのことを伝えてくれないかしら?」

「はい!任せてください!!」

「そう、ありがとね。ならこれ、受け取って」

「は、はい」

 

 ペテルが受け取ったもの、それは二枚の紙。

 一枚はラキュースの名前が入った先ほどまでの情報をまとめたメモ用紙。

 そしてもう一枚は名前以外書いていない白紙の依頼書だった。

 依頼主ラキュース。請負人ペテル。それ以外何も書いていない。

 

「……これに同意すればいいんですね?」

 

 白紙の依頼書。それに同意をすれば、あとでどんな依頼をされようとも文句を言えない。

 極端な話、トブの大森林で森の賢王の縄張りに行ってこいなど言うこともできるのだ。

 本来なら突っぱねて当たり前の依頼書。しかし、宣言した手前彼はそれにサインをする。

 

「……これでいいですか?」

「ええ、ありがと。”情報提供”の依頼。無事に達成よ」

「……へ?」

「達成金は蘇生費に使っちゃったからないわ。ごめんね」

「”情報提供”の依頼……ですか」

「ええ。あなたたちの情報はとても役に立ったわ」

 

 でも報酬は払えなくてごめんね?そう笑いながらラキュースは言う。

 それに少し放心した後、ペテルは答えた。

 

「い、いえ……ありがとうございました!!」

「どういたしまして。それじゃ、私急いでるから」

 

 そういうと、すぐにラキュースは離れていく。

 ペテロはその後ろ姿をただずっと見つめていた。

 


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