──そこは、地獄だった。
家は焼け、作物は荒れ果て、人は死に絶えている。
生きている者など存在していなかった……いや、訂正しよう。一人だけ存在した。
折れ曲がった両手足に潰れた右目。もう痛いと感じることもないだろう。そんな中、彼女は懸命に一人の女の子を抱き続ける。
温もりなどない。ただただ冷たい体。彼女は人が死に絶えた村の真ん中で抱きしめ続ける。
──ごめんね。そう呟きながら。
♦︎
そこは王都のように、とても活気のあふれる街だった。
いや、それ以上の活気にあふれているだろう。
それが亜人と人間が共存する都市国家――アーグランド評議国だった。
彼女たち蒼の薔薇一行はリグリット探しのために、その手掛かりを探るべく真なる竜王にしてイビルアイの旧友であるツァインドルクス=ヴァイシオンの力を借りるため、それと行き違いになるのは嫌だから端っこから探そうと思ったため。数日を費やし、この評議国へとやってきていた。
「ふむ。やはり、こちらの方が活気はあるな」
「だな。王都は質が上でも活気がないからな」
「税が重いから仕方ない」
「大手しかいない」
「だな。……どれ、あっちの方を見るぞ」
「みんな程々にね〜」
リグリット捜索のためにやって来たが、それでも楽しむ事を忘れない蒼の薔薇一行。全員は、馬車から降りるなり露店巡りを始めた。
明らかに楽しんでいるガガーラン。
とりあえず付き添っているティアとティナ。
顔を仮面で隠す事により、クールな雰囲気をかろうじて作り出しているイビルアイ。
そしてその三人を後ろから見守るように、けれども早足で進んでいくラキュース。
貴族としての眼を持っているラキュースでも、いろいろなものが入ってくる露店を見て回るのはとても楽しいことだった。
特に亜人が多くいるアーグランド評議国の露店なら珍しいものもきっと多いに違いない。そんな期待もあって楽しさを抑えられていなかった。
普通の冒険者と言うより人間であれば、亜人種が多くいる評議国でここまで無警戒に店を回ることはないが、元よりイビルアイと一緒に冒険をしてる彼女たちからすればなんら問題のないことだ。
周りから奇異の視線を集められても動じない心の強さこそがアダマンタイト級に不可欠な要素なのかもしれない。
「いったいどんなものがあるのか楽しみね」
(……目的ヲ忘レテナイカ?)
「そんなことないわよ。安心しなさいって」
ラキュースは左手で、鞘に収まっているの
その様子を見ていた周りは、いきなり一人芝居を始めたように見えるラキュースにドン引きをしているが、本人はそれに気づいていない。
周りから奇異の視線を集められても動じない心の強さこそがアダマンタイト級の冒険者に不可欠な要素なのかもしれない。
「このブーツどうだ?なかなかいいんじゃないか?」
「……おい、それは私の身長を見て言ってるのか?」
「ちっちゃいから仕方ない」
「ちびは黙って厚底履けばいい。そうすれば男受け良くなる」
「お前らぁ!」
「じゃあ、こっちはどう?」
「髪飾りか?」
「ええ、イビルアイかわいいしこう言うの似合うんじゃないかなって」
「……ふん、どうせ私には似合わん。そうだなガガーランにでも渡しておけ」
「おい、顔赤くなってんの耳でばれてるぜ」
「う、うるさい!」
口だけ賢者の残した言葉で、女三人寄れば姦しいという諺があるが三人どころか五人いる今の状態はもっと姦しい。
当然彼女達は周りからかなり注目を受けていたが、全く気にすることなく露店巡りをしていた。
だが、それも少しの間。
なんだかんだ言っても優秀な彼女たちは目的を忘れることはない。
目的のツアーに会うために、彼女たち一向は評議国の中心部に位置する竜王たちの集う場所。評議会の前にまで来ていた。
「じゃあ、行ってくる。話を付けたら戻ってくる」
「いってらっしゃーい」
「頑張れよー」
「初めてのおつかい」
「できるかな」
「うるさい!」
イビルアイが門の中に入っていくのを確認した後、彼女たちはそこの近くにあった噴水に座り込んだ。
だが、全員特に疲れた様子はなく、ティアとティナに至ってはいい相手がいないものかと探していた。
「あー……何をしてるの?」
「いい男の子探し」
「いい女探し」
「大体亜人しかいないわよ?」
「構わない」
「むしろ構ってみたい」
「……はぁ」
ラキュースは黙って彼女たちにジェスチャーを送る。その意味は
彼女たちはそれにサムズアップで返し、目にもとまらぬ速さで解散した。
それに合わせるように、ガガーランものっそりと立ち上がる。よさそうな相手でも見つけたのだろう。
事前にイビルアイからそれなりに時間がかかると聞いているため、別段引き留めておく必要もない。そう判断してラキュースはガガーランにも行ってよしとジェスチャーをする。
その結果、噴水に座っているのは彼女一人になってしまった。
時間でいえば夕刻の今、他に座っている者はいない。というよりあまり見ない人間に気味悪がって近寄って来る者すら少ない。若干距離を開けて目の前を通るものの方が多いだろう。
(露店まだ見たかったんだけどなぁ。こういう時、リーダーって不便ね)
ボーッと空を眺めていると珍しくコキュートスが話しかけてきた。
(随分亜人ガ多イナ)
(ここは今までいた王都とは違って亜人や人間が入り乱れて生活してるのよ。そういえばあなたの種族は何なの?人間じゃないでしょ)
さりげなく探りを入れるラキュース。今までなら無視してたであろうコキュートスだが、協力関係を作った以上話すのもやぶさかではなかった。
(
(……聞いたことないわ)
(ソウカ……マァ仕方ナイカ)
私よりはるかに格下な貴様らでは仕方ないか。そんな軽い失望を思いながらもコキュートスはあきらめる。
彼にとって彼女らははるかに格下。ダントツで強いイビルアイですら、彼の物差しでいえば大差のない有象無象。だからこれは仕方のない事だ。そんなことをナチュラルに思っていた。
彼からしてみればコーラを飲めばげっぷが出るくらいに仕方のない事。しかし彼女からしてみればそうではなかった。
(なら教えてよ。あなたについて)
(ナゼダ?)
(貴方のことを知りたいからよ)
どんな相手だろうと、どんなものだろうと知らないものであれば知ろうとする。冒険者にあこがれて屋敷を出たときから彼女の本質は何も変わってはいない。彼女は未知を既知に変えたいと願う純粋な冒険者なのだ。
(私はあなたが気になるの。どんな形をしてて、どんなところで生きていて、どんな暮らしをしているのかが)
(……マァ、イイダロウ)
コキュートスはその熱意に負けて話し始めた。
自分の種族のこと、自分の住んでいるナザリックの五階層のこと、そして栄えあるナザリックのこと。
彼は自分で話してもいいと思えることを粗方全部正直に伝えた。
これがどこぞの悪魔なら、自分や至高の御方々が有利になるようにうまく情報を調整しただろう。だが、彼はそれら全部――自分の種族なんかよりもナザリックのこと――を馬鹿正直に伝えていた。
それが彼の、コキュートスの精神性なのだろう。
(へー、私そんな蟲系のモンスターなんて見たことないわ……アザルリシア山脈に行けば見れるかも)
(……ソレガドコカハ知ランガ、今ハナザリックノ捜索ノ方ガ急務ダゾ)
(わかってるわよ。それに元に戻れば探さなくても見ることができるしね)
わかってるのかわかってないのかわからない声色で返答をするラキュース。
そしてそんなことをしていると、イビルアイから声がかかる。
「おーい!もう来てもいいぞ」
「はーい!」
彼女は手を振るイビルアイの元へ向かうため、立ち上がり歩き出す。
声が通るようにかぴょんぴょんと跳ねる姿が若干かわいらしいなと思っていた。
♦
「――それが僕のところに来た理由かい?キーノ」
「ああ。それとこれについてなんかわかることはないかと思ってな」
評議会の真なる竜王が住まいし一室。そこで彼女たちは話を聞いていた。
キーノ――イビルアイから概要をすべて聞き終えたツアーは左右に首を振る。
「すまないが、僕にもわからないな。こんな特殊な事例、今までの揺り戻しで見たことがないよ」
「……やはりか」
悠久に近い時を生きた竜であるツアーですら、こんなことはわからないという。
「でも君はNPCだよね?それなら普通ギルドと一緒じゃないとおかしいんだけどなあ」
「私モ困ル。シカシ、此方ニ来テカラナザリックノ気配ガマルデシナイノハ事実ダ」
「むぅ……困ったなぁ」
「何かわかることはないのか?」
「うん。ちょっとお手上げかな」
「ならリグリットを探すしかない」
「唯一の希望」
「そうだね。今は彼女に聞くのが先決だと僕も思うよ。それに、リグリットの居場所ならわかるしね」
「どこにいるんだ?」
「王都にいるよ」
それは思いもよらない答えだった。
彼女たちは当然王都を出発する前にくまなく探したが、見つかることはなかったため居ないと判断して居たのだ。
「行き違いになったのか?」
「君たちが王都からきたっていうのならそうだろうね」
「ならさっさと戻ったほうがいいな。そうじゃ無いとまた何処かに行っちまう」
「そうね」
見つかるとは思ってはなかったが、それでも行き違いになったと聞き若干嫌気が出るが、さっさと切り替える。
ちなみにもう用はないと言わんがばかりに、コキュートスは体の主導権をラキュースへとぶん投げるかのように返していた。
「それならすぐに戻るとしよう。教えてくれてありがとうツアー」
「礼には及ばないよ」
「ありがとうございました」
「あんがとな」
「どうも」
「センキュー」
「あっ、そうだ。キーノ、ちょっといいかい?」
「なんだ?」
踵を返し、帰ろうとするイビルアイの事をツアーは呼びとめる。
「もし、ぷれいやーを見つけた時は教えてはくれないか?」
「ああ。勿論だ」
「じゃあ、これを君に渡しておくよ」
そう言いながら彼は一つのブレスレットを後ろから取り出し、イビルアイへと渡す。
丸い真珠が何個も繋がっていて、南方で売られていると言われる数珠を彷彿とさせるものだった。
「それは使うと僕と連絡が取れるようになっている。だから見つけた時はよろしくね」
「わかった」
「じゃあ話は終わりだ。君達の旅に幸あれ」