正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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忙しくて更新遅れてすいません。それではどうぞ。


6話:母

 衛宮切嗣の休日は遅く始まる。

 その気になれば、三日近くは眠らずに行動できる彼であるが、元来はぐーたらな性格なのだ。

 なので、ゆっくりと寝ることのできる休日はダラダラと布団の中で過ごす。

 

 普段であれば、そのまま午後近くまで寝ているか、幼馴染みに叩き起こされるのが常であるが、今日は違った。長年の経験から培われた危機察知能力が反応し、布団から飛び起きて真横に転がるという、通常ではあり得ない目の覚まし方をする。

 

 すぐに、状況を把握するために自分が寝ていた布団を確認すると、そこには鋭いナイフが一本突き刺さっていた。

 

「しばらく会ってないから、衰えちゃいないかヒヤヒヤしたけど、その様子だと大丈夫そうだね」

「……ヒヤヒヤするなら寝込みを襲わないで欲しいかな」

「軽いコミュニケーションさ。そう怒るなって」

 

 下手人(げしゅにん)が誰かを理解し、深くため息を吐く切嗣。

 それに対して()()は反省した様子もなく、カラカラと笑いながら布団に刺さったナイフを抜き取って懐にしまう。不思議なことに、布団には切り裂かれた跡が残っておらず、不自然に()()された後だけが残っている。

 

「はぁ……取り敢えず、おはよう―――母さん」

 

 切嗣はそういって、久方ぶりに出会う母親に笑顔を向ける。

 

「おう、おはよう。元気そうでなにより」

「危うく、元気どころか命が無くなるところだったけどね」

「ハ、馬鹿言うんじゃないよ。私の息子がこの程度で死ぬわけがないだろう?」

「ナイフを投げた張本人じゃなかったら、喜びのあまりに抱き着いてキスをしてたところだよ」

「可愛かった坊やが反抗期で母は泣きそうだよ」

 

 お互いに軽口を叩き合いながら二人は笑い合う。

 こうしたやり取りが、この親子の付き合い方であり、絆の証である。

 

「さて、朝食を作ってやるから坊やは顔を洗ってきな。どうせ、いつも適当なもので済ませてるんだろ?」

「……言ったことあったかな?」

「親愛なる幼馴染み様からの密告を受けているのさ」

「信乃ちゃんとグルだったのか……」

「文句があるなら毎日自炊ぐらいしな。ファストフードだけじゃ体に悪いことぐらい分かるだろ」

 

 自分の私生活のダメさを幼馴染みを通じて、母親に知られていることに顔をしかめる切嗣。

 しかし、どう考えても自分の自業自得でしかないので、何も言わずに顔を洗いに行く。

 その間に母親は、あまり使われていないために綺麗なキッチンへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

『いただきます』

 

 ベーコンエッグにトーストという簡単な料理を咀嚼しながら、切嗣は母親を見る。

 一人暮らしをしている息子の下に、母親が来るのはなんら不思議はない。

 しかし、今回は事前連絡はなかった。

 

 恐らくはサプライズのつもりなのだろうが、何故6月も終わりに近づいた今なのかと首を捻る。

 そんな疑問に気づいたのか、母が目ざとく声をかけてくる。

 

「なんだい、勝手に来られると困るのかい? 女でも連れ込んでるならゲロッちまいな」

「生憎、その期待には沿えないな。ここに来るのは信乃ちゃんぐらいなものさ」

「……あんた、幼馴染みだからってレディを女性扱いしないのはやめな」

 

 呆れたように忠告され、切嗣も自分の失態に思い至る。

 女性を連れ込んでいないかと言われて否定したのに、その後に信乃の名前を上げたら、彼女は女性ではないと言っているようなものだ。

 因みに、信乃を連れ込んでいるという意味に捉えないのは、切嗣が彼女をそういった対象として見ていないのを知っているからだ。

 

「今度から気をつけるよ」

「はぁ…この鈍感は女の子を泣かしちゃいないか心配だね」

「…? 女の子には優しくしているはずだけど」

「それが泣かす原因になってないかって言ってるんだよ」

 

 女性には優しくしないといけないというのは、彼の息子にも伝える程度には徹底している。

 しかし、その優しさが却って女性の涙を誘う原因になっていることに気づかない。

 特に教えを忠実に守って育った息子の周りでは酷いことになっているかもしれない。

 

「まぁ、坊やの女誑しに関しては今度にするとしてだ。何で私が来たのか聞きたいんだね?」

「ああ。夏休みにはちゃんとそっちに帰ると言っていたはずだけど?」

 

 雄英は3年という短期間で現場に出ても死ぬことなく、誰かを救えるヒーローを育成することを重視している。そのため、国立でありながら週6で授業があり、夏休みであっても合宿を入れているので休みが少ない。おまけに全国的に有名な高校であるために県外から来る生徒も多いので、簡単に帰るということも難しい。なので、遠方出身の学生は基本的に盆と正月ぐらいしか実家に帰ることが出来ないのだ。

 

「私が()()()()()顔を見たくなったのさ。それと、祝ってやろうと思ってね」

「お祝い…? 誕生日はまだまだ先だよ」

「違う違う。ほら、つい最近なんかの資格取っただろ?」

「あぁ、ヒーロー資格の仮免許のことかい?」

「そう、そいつだよ」

 

 パチンと指を鳴らしてスッキリとした顔になる母に、切嗣は小さく頷く。

 ヒーロー資格試験。毎年6月・9月に全国3か所で行われるその名の通りの試験だ。

 ここで仮免許を取得すれば、“個性”の使用が許されインターンなど活動が可能になる。

 

 切嗣はついこの間に行われた資格試験に合格して、晴れてセミプロと認められたのだ。

 

「あくまでもヒーロー仮免許なんだ。大そうなことじゃない」

「そういうことはどうだっていいんだよ。私があんたを祝ってやりたいから祝うのさ」

「……やれやれ、困った母さんだ」

「素直じゃない息子の面倒を見てるんだ。少々強引なくらいで丁度いいのさ。ほら、免許証を見せてみな」

 

 こっちの言い分を聞くことなく、祝おうとする母に苦笑しながらトーストを飲み込む。

 そして、言われたとおりに仮免許証を取ってくる。

 

「これが仮免許証だよ」

「へぇー、中々に立派なもんじゃないか」

 

 ナイフのように投げられたカードを、人差し指と中指で簡単に止めながら母は笑う。

 自分の免許証をマジマジと見られていることに、何となく気恥ずかしさを感じながら切嗣は黙って見つめる。

 

「……しっかし、仏頂面だねぇ」

「免許証なんて真面目な顔で撮るものだろう」

「いーや、真面目な顔の中でも最低だね、こいつは。通過点をクリアしたとしか思ってないだろ?」

 

 そう言われて切嗣は押し黙る。

 図星だった。戦闘試験と救助試験の2つをクリアしたが特に感慨はなかった。

 守るためでもなく敵を倒し、真に救いを求める者でもないのに救う。

 

 どこまでいっても試験を合格したという感覚でしかなかった。

 正義の味方が何かを理解できたわけでもなければ、救う喜びを感じたわけでもない。

 やらなければいけないことをやっただけだ。

 

「ヒーローを目指してるんだろ? あと半分進めばヒーローになれるじゃないか。もっと喜びな」

「いや、ヒーローになるのはスタート地点だ。そこからが正義の味方への道のりの始まりだよ」

「はぁ……真面目なのか、偏屈なのか」

 

 目指したものに辿り着くまでの道のりに価値はない。結果が出なければ意味がない。

 硬い表情で暗にそう語る切嗣に、あからさまに溜息を吐いて見せる母親。

 そして、ちょいちょいと指で、切嗣にこちらに来るように指示する。

 

「なんだい?」

「仕置きだよ」

「いたっ!?」

 

 律儀に顔を近づけてきた切嗣の額に強烈なデコピンが決まる。

 

「一体なにを…」

「たく……なりたいもの目指してるんだろ? それに一歩でも近づいたんだから喜びな」

「え…?」

 

「自分の夢に近づいているのに喜ばないバカが居るかって話だよ。スタート地点にも立ってない? 関係あるか。あんたはスタート地点に近づくことが出来たんだ。前に一歩でも足を進めたんだ。同じ場所をグルグル回り続けるより何倍も良いことさ」

 

 呆気にとられる切嗣のオデコに指を押し付けながら、母親は語っていく。

 まるで聞き分けの悪い赤ん坊に言い聞かせるように。

 厳しく、そして優しく。

 

「坊やの言う正義の味方ってのが何なのかは知らないけどね。そこに辿り着いた時に、こんなものを望んだわけじゃないって後悔するぐらいなら、今ここであんたを殺してやるよ。それは“なりたいもの”や“やりたいこと”をやった人間の生涯じゃない」

 

 真っすぐな、嘘を許さない目に貫かれて切嗣はただ押し黙ることしかできない。

 

「どっかで目を逸らしてるのさ。自分の“なりたいもの”から。現実に押しつぶされて、やりたくないことも“仕方がない”ってやり始める。でも、自分の心だけは騙せなくて理想と現実のギャップに苦しみ続ける。だから、ほとんどの人間は―――心を殺す」

 

 心を殺して苦しみを感じなくする。人間のありふれた防衛能力の1つだ。

 だが、世の中には心を殺しきることのできない人間がいる。

 誰よりも優しい心を持ちながら、誰よりも冷酷な行動をした愚か者が()()

 

 人を助けたいのに、誰かを殺すことで犠牲を減らそうとした。

 1人の犠牲で10人を救えると言葉で言っても、心は騙せない。

 お前は誰も救っていない。ただ1人を殺しただけだと。

 人を救いたいのなら、助けを求める人の手を掴む以外にないと知っていたのに。

 

「それが悪いとは言わないけどね。そうしてなったものを“なりたかったもの”と言うのは下の下だよ」

「でも……どうしようもないじゃないか」

「馬鹿だねぇ。どうしようもないことを何とかするのが、ヒーローだろ?」

 

 この世の理不尽を粉砕し、望む未来を勝ち取る。それこそが正義の味方(ヒーロー)

ならば、ヒーローになるためには現実に打ち勝ち、どうしようもないことを“どうにかする”しかない。

 

「どれだけ手を伸ばしたって星には手が届かないかもしれない。それでも、星に手を伸ばした過程は決して消えない。価値は無くとも意味はある。“なりたいもの”を目指すってのはそういうことさ。なれるなれないの問題じゃない」

 

「……歩いた道のりそのものを喜べってことかい?」

「簡単に言えばそうなるかねぇ。別に迷ったりした道に喜ぶ必要はないけど、今回は間違いなく一歩前進しただろ。坊やの正義の味方(なりたいもの)にさ」

 

 そう言われて、切嗣は改めて母がかざす仮免許証を眺める。

 取得した際には特に何も感じなかった無機質なカード。

 だが、今は自分が歩いてきた道のりの確かな証に見える。

 

 正義の味方は自分には到底届かない星なのかもしれない。

 だとしても、仮免許証(これ)は正義の味方を目指さなければ、決して手に入らなかったものだ。

 目指す過程で何かを捨てるのではなく、何かを勝ち取る。確かにそれは、喜ばしいことだろう。

 

「“なりたいもの”を目指す途中で手に入れたものか、これは……」

「そうさ。だから目標まで後どれぐらいとか考えずに、素直に喜んどきゃいいんだよ。それは確かに坊やの歩いた道で、意味のあるものなんだから。否定する必要もない」

「そうだね……うん、そうだね」

「よし、というわけで喜びな」

「え?」

 

 突如として喜ぶように命じられ、困惑する切嗣。

 

「なにボケっとしてるんだい。ほら、「やったー!」って叫ぶぐらいしな」

「いや、既に結構喜んでいるよ?」

「それだと、私が面白くないだろ」

「えぇ……」

 

 理不尽とも呼べる命令に顔を引きつらせる。

 こういった理不尽を打ち砕くためにヒーローが居るのかもしれないが、残念ながら切嗣は現状を打ち砕く力を持ち合わせていなかった。

 

「さあ、気合入れて叫びな。母に喜びを伝えておくれ」

「や、やったー……」

「腑抜けた声を出してんじゃないよ。もっと大きく!」

「や、やったー!」

「腹から声を出しな!」

「やったぁああッ!!」

 

 ニヤニヤと笑う母親とやけくそ気味に叫ぶ切嗣。因みにガッツポーズ付きだ。

 切嗣の中でのイメージは、娘に「キリツグだいすき!」と言われた喜びをイメージしている。そんなこんなで、何とか母の出す合格ラインを乗り越えた切嗣であったが、彼の試練はまだ終わらなかった。

 

「……え、えーと、いつも通り切嗣を起こしに来たんだけど」

「ああ、信乃じゃないかい。いつも悪いね、うちのぐーたらの世話をしてもらって」

「……見たのかい?」

「いや、別に…フフ……見てな…ぷくくく……」

 

 どうせ今日も起きていないだろうと思って、起こしに来たらしい信乃の登場に切嗣は固まる。

 尋ねてみるが、彼女はプルプルと震えながら笑うのを我慢していた。

 どうやら、完全に見られていたらしい。

 

「ふざけるな…ばかやろう……」

 

 堪えきれずに大笑いをする母と幼馴染みに見られながら、切嗣はガックリと膝をつくのだった。

 

 

 

 

 

「たく、機嫌直しなって。男がウジウジするんじゃないよ、全く」

「別に怒ってるわけじゃない……」

「そうよね、切嗣は拗ねてるだけよね」

「…………」

 

 渾身の喜びのポーズをいじられ続ける切嗣。

 そもそも、母親にやれと言われたからやっただけなので、開き直ってもいい。

 だが、強制であろうと自分にとっての黒歴史であることには変わらない。

 

 戦闘中よりもなお硬い表情を作るが、2人からは笑われるだけである。

 精神年齢の高さから、人に振り回されることなど滅多にない彼であるが、母親だけは例外だ。

 事あるごとにからかわれたり、おちょくられたりしている。母は強しとは良く言ったものだ。

 

「はぁ…取り敢えず仮免許証を返してくれるかい? 片付けてくるから」

「もう少し弄ってやりたいが、可愛い坊やの頼みだ。ほら」

「仮免許と言えば……切嗣は校外活動(インターン)で行く場所とか決めてる?」

校外活動(インターン)?」

 

 信乃の口から出た聞きなれない言葉に、仮免許証を切嗣に投げた母親が疑問符を浮かべる。

 

校外活動(インターン)は簡単に言えば職業体験の強化版だよ。体育祭でもらったスカウトを使って実際の現場に出させてもらう。そこで相棒(サイドキック)、延いてはヒーローのいろはを学ぶんだ」

 

 内容としては職業体験と同じに見えるが、“お客”ではなく“社員”として扱われる点と、実際に事件を追うので命の危険が高いという点で違いがある。本当の意味での現場を知るために、学校も生徒もこぞって推奨している活動なのだ。

 

「なるほどねぇ……で、あんたはどっかにスカウトされてるのかい?」

「これでも僕は体育祭の優勝者なんだよ? 当てはあるさ」

「……優勝者なのにやたら数が少なくて、根津先生に前代未聞だって言われてたけどね」

「ああ、ようするにやり過ぎて引かれたわけだね」

 

 別に優勝者が最も多くスカウトを貰えるわけではないが、普通は大量に貰える。

 だが、切嗣は上から数えて10番目程度の数しか貰えなかった。

 そんな異常事態であるが、不思議と切嗣以外の人間は疑問を抱かなかった。

 

「坊やが背後からロケットランチャーを撃った時は、思わず笑っちまったよ。坊やはやっぱり小細工(そっち)を選ぶんだねって」

「第2種目と最終種目はともかく、第一印象が最悪だから仕方がないわね」

 

 『背中からロケットランチャー事件』は今や伝説となり、悪い意味で知らぬ者などいない程の知名度を博していた。その悪名のために多くのヒーロー事務所が切嗣の指名を躊躇したので、優勝者のスカウトが少ないという前代未聞の事件が起きたのである。

 

「……この前、子どもに卑怯者と呼ばれながら石を投げつけられたよ」

 

 そして、ただでさえ有名人になる雄英の体育祭。

 切嗣の蛮行が許されるはずもなく、彼は行く先々で指差されていた。

 ただ単に非難される程度なら鼻で笑える彼であるが、流石に子どもに石を投げつけられたのは堪えたようだ。

 

「自業自得でしょ。これに懲りたら正々堂々戦いなさい」

「……それで100%勝てる状況ならね」

「はははは! 坊やの負けず嫌いっぷりは昔から変わらないね」

「いや、笑い事じゃないですよ。ヒーローとして越えたらいけないラインを越えてますし」

 

 やっぱり反省しない切嗣と、豪快に笑う切嗣の母に白い目を向けながら信乃はお茶を飲む。

 基本良い人達だが、こういったことを反省しないのは困りものだ。

 

「そもそも、何であなたはああいう戦いを全く戸惑わずにできるのよ」

「攻める戦いじゃなくて、守る戦いだからさ」

 

 切嗣の声のトーンが1つ低くなる。

 

「守る…?」

「そう。いつだって後ろに守らないといけない者達がいる……と仮定して戦うのさ」

 

 思わず前世での戦いのことを話してしまいそうになり、慌てて最後の言葉を付け加える切嗣。

 だが、その目は遠くを見つめ、正気を失いかけているように見えた。

 

「仮にだけど、自分の家族が(ヴィラン)に襲われているとしよう。その時に信乃ちゃんは、名乗りを上げて正面から戦いを挑むかい?」

「背後から殺す気で頭を蹴り飛ばすわね」

「そう。愛する者が危機に晒されている状況で、正々堂々と戦おうなんて思うわけがない。外から見ている人間だって、その行為を卑怯だとは言わない。何かを守る際に手段を選ぶ方が()()()()()

 

 ナイフを持った人殺しに対して、拳銃を持った警官がフェアじゃないから自分もナイフで戦おうなどとは言わない。もしも、そんなことを言う警官が居たら即刻首にすべきだし、日頃からフェアな戦いを心がけている人間ですら、拳銃で人殺しを撃てと言うだろう。

 

 何故か? それは守るための戦いだからだ。警官の後ろには守るべき市民がいる。それを守るために警官は卑怯ともいえる暴力を振るう。勿論、暴力はどこまで行っても暴力でしかなく、それは褒められたことではない。しかし、暴力を振るわねば愛する者が殺されてしまう。

 

 故に、生物は決して逃れることのできない闘争本能を持つのだ。

 

「闘争の根源的な源は“愛”だ。自らへの愛、他者への愛。愛する何かを()()ために生物は戦う。それこそ野の獣だって愛のために戦う。その際に手段など選ばない。牙で喉笛を裂き、くちばしで目を潰し、毒で殺す。それが守るための戦いだ。卑怯で結構、それで愛する者を守れるなら世界に魂だって売るさ」

 

 いつだって、何かを守るために戦ってきた。

 生きるべき人間を守るために、死ぬべき人間と戦った。

 世界を守るために、この世全ての悪(最愛の妻)を殺した。

 

「失ってからじゃ遅いんだ。負けたら大切なものを無くしてしまうかもしれない。だから僕は負けない。どんな手を使っても、誰に嫌われようとも……勝つんだ」

 

 切嗣の瞳に深い恐れが宿る。

 衛宮切嗣は臆病者だ。愛する者を失うことが何よりも怖い。

 もう何も失いたくない。だから、如何なる戦いであっても勝ちに行く。

 闘争での敗北は、愛する者を失うということに他ならないのだから。

 

「と、まぁ、今のが僕が卑怯者である理由さ」

「……なんで、こんなに重い話になったのかしら」

「あははは、ごめんね、信乃ちゃん」

「まあ、いいけどさ。……それと、あなたは1つ大切なことを忘れてるわ」

 

 とってつけたように笑って見せる切嗣に信乃は溜息を吐く。

 彼には昔からこう言った所がある。

 幼馴染みのはずなのに、全てに疲れ切った老人を思わせるのだ。

 同時に、迷子になった独りぼっちの子供のような不安定さも見せる。

 だから、そういった時にはいつも優しく言ってあげるのだ。

 

「―――1人で戦う必要なんてないんだよ」

 

「……っ」

 

 切嗣はいつも1人で戦おうとする。

 救援を頼むこともあれば、道具として人間を使う場合もある。

 だが、基本的には1人で考え、1人で決定し、1人で戦う。

 

 卑怯な手を使うと公言しながら仲間を増やそうとしない。

 数の暴力という最強の技だけは使おうとしない。

 それは、彼が自分1人で全ての物を背負い込むタイプだからだ。

 

「卑怯な手を使うのなら私を呼びなよ。小細工するより2対1の方が強いよ」

「でも……それだと迷惑がかかるだろう?」

「何でもするんじゃなかったっけ?」

「それは…その……」

 

 矛盾を突っ込まれ口ごもる切嗣。結局、彼は優しいのだ。

 名も知らぬ人のために、この世全ての悲しみを引き受けてもいいと思う程に。

 

「本当に勝ちたいなら、負けられないなら、一緒に戦った方が良いと思わない?」

「いや、それでも……」

「1人では卑怯な手を使わないと倒せない敵も、2人なら正々堂々倒せる。大体そういうものでしょ」

「……はぁ。降参だ、確かに君の言うとおりだ」

 

 呆れたような息を吐きながら切嗣は両手を上げる。

 自分の回りの女性は、どうして自分よりも()()人間ばかりなのだろうかと笑いながら。

 

「よろしい。じゃあ、卑怯な手を使う前に私を頼りなさい」

「できる限りそうするよ」

 

 2人ではにかみ合うように笑い合う。

 清々しい青春の一幕。

 そんなどことなく気恥ずかしい光景を。

 

「おーい、私がいることを忘れちゃいないかい?」

『うわっ!?』

 

 保護者にじっくりと見つめられていることに気づかずに。

 

「たく、そんなに見せつけられたら胃もたれしちまうだろ。ま、年寄りは帰らせてもらうよ。後は若い者同士で仲良くやってな」

「わ、わわ! 違いますって! そんなのじゃありませんから!?」

「母さん、もう帰るのかい?」

 

 顔を赤くしてブンブンと手を振る信乃をからかいつつ、切嗣の母は荷物をまとめ始める。

 そんな帰宅の準備を始める母親に切嗣は若干寂しそうに尋ねる。

 その何ともいじらしい表情に苦笑しながら、切嗣の母は懐からあるものを取り出して渡す。

 

「元々、坊やの顔を見れたら帰るつもりだったからね。それと、そいつはプレゼントだ」

「……ナイフ?」

 

 渡されたナイフをしげしげと眺める切嗣。

 そして、それが今朝方自分に投げられたナイフであることに気づく。

 

「どう使()()かは任せるよ。気味が悪いなら捨てたっていい」

「いや、大切にするよ」

「そうかい。なら、私が恋しい時はそいつを見るんだね」

「ナイフで思い出すというのも物騒だね」

 

 軽口を叩き合いながら玄関まで送る。

 信乃の方もまだブツブツと何かを言っているが、見送りについていく。

 特に感傷に浸ることなく靴を履き、玄関のドアに手をかけたところで切嗣の母が息子の背後に目をやる。

 

「…? なにか忘れ物かい?」

「……いや、気のせいだね」

 

 何でもない様に首を振る母親に、玄関の鍵を閉めたか気になるあれみたいなものだろうと考える切嗣。

 

「それじゃあ、ダラダラした生活をするんじゃないよ」

「分かってるよ」

「信乃、こいつの見張りを頼むよ」

「はい、ダラけてたらビシバシ叩きます!」

「よし、その意気さ」

「……本人の前で言うかい、普通?」

 

 何やら女同士で結束を固める2人に、苦笑いを浮かべることしかできない切嗣。

 基本的に反抗することはできない。家庭において男性のヒエラルキーは低いものなのだ。

 そんな、息子と同じ悩みを抱くが特に嬉しくはない。

 

「……()()

「……なんだい、母さん?」

 

 滅多に呼ばれない呼ばれ方に、一瞬だけ体に緊張が走る。

 そして、切嗣の母は振り返ることなく告げる。

 

 

「―――なりたい自分になるんだよ」

 

 

 簡単なようで果てしなく難しい言葉。

 だが、いや、だからこそ、切嗣は戸惑うことなく答える。

 

「もちろん」

 

 その言葉を聞き届けると、切嗣の母親は口元に浮かべた笑みを見せることなく歩き出していく。

 そして、完全に切嗣達が見えなくなったところでポツリと呟くのだった。

 

 

「……私も焼きが回っちまったかねぇ。坊やの後ろに―――女神様を見ちまうなんて」

 

 

 銀の髪に真紅の瞳を持つ女神の幻を。

 




次回からインターンに入ります。受け入れ先は…まあ、分かると思います
後、何体かヴィランにオリキャラ出ます。でも原作キャラもちゃんと出る。

後、切嗣母の容姿や名前、職業はご想像にお任せします。

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