ヴィラン殺しとヒーロー殺し。
その戦いにおいて先手を取ったのはヒーロー殺しことステインだった。
「ハァ…貴様の力を見せてもらうぞ、正義の味方…ッ」
刀による上段からの振り下ろしに、横なぎの一閃を合わせた高速の十文字切り。
初撃を防げたとしても、二撃目により胴を真っ二つにされる凶悪な技だ。
しかしながら、受ける切嗣もただ者ではない。
「そっちこそ、ヒーロー殺しの名前負けでないことを祈ってるよ」
皮肉気な軽口を叩きながら、ステインの剣撃を両手のナイフで柳に風と受け流していく。
決して正面からは受けない。切嗣はステインにパワーでは勝てないからだ。
だからといって不利になるというわけでもない。
切嗣は不本意なことに人類が生まれてから今に渡るまで育み続けた殺人のテクノロジーを持つ。
そして、この世界で培ったヒーローとしての戦闘技術がある。
この高い技術により切嗣は筋力による差を補っているのだ。
「ならば、見せてやろう…!」
(ちっ、さっきより速く鋭くなっているな)
だが、ステインもまた殺人の技術を磨いてきた男。単純な技術だけで倒せる相手ではない。
先程よりもさらに速く重い剣で容赦なく切嗣を斬り裂きに来る。
「10年に渡り磨いてきた…ハァ…俺の殺人技術をなッ!」
ここからが本番だ。まるでそう告げるかのようにステインの刀が消える。もちろん、本当の意味で刀が消えたわけではない。速過ぎて常人の目では捉えることが出来ないのだ。それ故に、切嗣の後ろでマンダレイを守るように立っている
「じいさん!」
「大丈夫だよ、洸汰君。この程度…どうってことはない!」
―――
心配して思わず叫んでしまった洸汰を安堵させるように、切嗣は加速の言葉を呟く。
瞬間、切嗣の時間は他者を置き去りにする。
スローになったように見える世界の中、切嗣は危なげなくステインの攻撃をさばいていく。
「ハァ…! いいぞ、いいぞ! やはりお前は資格がある者だッ!」
(さらに速くなった!? なら、こっちもさらに加速をするまで!)
しかし、それでもなおステインは振り切れない。
狂気の笑みを浮かべながらさらにギアを上げ、死の剣舞を踊る。
斬り下ろしによる線。突きによる点。
それらが一体となったステインの剣は面となり切嗣に襲い掛かる。
上下左右共にその剣舞から逃れられる場所はない。
だが、しかし。
「少しはやるようだね。でも―――
切嗣の体には届かない。
躱し、いなし、打ち落とし、合間に反撃を繰り出す。
まるで、その程度の技術は
「隙が無いな…いや、そのための二刀流か…ハァ」
「流石に二刀流が防御に優れていることは知っているみたいだね。講義でもしないといけないかと思ってヒヤヒヤしたよ」
「ハァ! 減らず口を叩く暇があるとは余裕だな!」
「そっちこそッ!」
相手を煽るように、自らを鼓舞するように叫びながら2人の一進一退の攻防は続いていく。
ステインが押していけば、切嗣が押し返す。切嗣が押せば、ステインが押し返す。
互いに後ろに下がることを決して良しとしない。
それはお互いにある思惑があってのことだ。
(クロノスの主要武器は銃火器だ。距離を取れば俺の方が不利になるのは必然。この間合いを維持しつつ、有利に進めていかねば屍になるのは俺の方だろうな)
ステインは自らの剣技が活かせる近距離の戦闘をやめたくない。
(僕の後ろには信乃ちゃんと洸汰君がいる。僕が下がれば2人に危険が及んでしまう。そうである以上、死んでも後ろに下がることは許されない…ッ)
切嗣は背に負う守るべき人達のために後ろに下がることが出来ない。
「どうしたクロノス。ハァ…動きが鈍っているぞ? やはり背負うものが多いと遅いな!!」
(チッ…やはり接近戦ではあちらが有利か。今ある武装は手榴弾3つに、ナイフが3本。なんとかキャリコとコンテンダーを使える状況に持っていきたいが…ッ)
それ故に現在の間合いはステインが有利のものとなっている。その証拠に切嗣の攻めの手が少なくなり、ステインの攻撃が増えていっている。これがもし、ステイン以外の敵であれば切嗣は多少の負傷は覚悟で前に出ていただろう。
しかし、ステイン相手にそれは無謀過ぎる行為だ。彼の前で一滴でも血を流してしまえば、それは死に直結する。戦闘中に凝血の“個性”で身体の自由を奪われてしまえばどうなるかなど、子どもでも分かることだ。
そんな危険な事態に陥っていることを察したらしく、洸汰が動きを見せる。
「じいさん、負けるのかよ……」
目の前で
そんな思いから、洸汰は自らの『放水』の“個性”でステインを狙おうとする。
「……洸汰」
「っ! なんだよ…マンダレイ?」
だが、その手はマンダレイの声によって止められることになる。
どうして止めたのだと、咎めるように目を向ける洸汰に対してマンダレイは、笑う。
保護者としてではなく、人々の不安を取り除くヒーローとして。
「洸汰、切嗣を……ううん―――ヒーローを信じて」
ヒーロー嫌いな洸汰へのセリフは、いつもであれば即座に否定されていただろう。しかし、今の洸汰には否定が出来なかった。目の前で我が身を省みずに戦う切嗣の姿に、在りし日の父の背中を重ねて見てしまったために。
「……わかった」
「心配しなくても大丈夫だよ、洸汰。だって、私は切嗣の負ける姿なんて見たことないんだから」
そう言ってマンダレイは再び笑う。
ヒーローは負けないという自らの誇りと、想い人へ寄せる絶対の信頼を乗せて。
「―――カードを切ろう」
「なにを……ッ!?」
不利な攻防を強いられていた切嗣が一瞬の隙を見つけ出し、懐からあるものを
「ハァ…手榴弾だと…!」
「少々強引にでも
落ちていく手榴弾を見つめ、ステインは思考を加速させていく。ここに来て切嗣が初めて見せた自傷覚悟の一手。爆発は2人をまとめて吹き飛ばし距離を開かせるだろう。しかし、切嗣は血を流す可能性が高い。そこから考えられる意図は1つ。
「距離を離した後は銃火器で一方的に俺を屠る算段か? ハァ…確かにそれなら俺に血を奪われることもない。だが! 甘いぞ、クロノス!!」
切嗣の策を見抜いたとばかりにステインはニヤリと笑い、手榴弾を刀の腹で吹き飛ばす。
洸汰とマンダレイの居る方に。
「おい! じいさん!? 手榴弾がこっちに打ち返されたぞッ!?」
当然慌てふためく洸汰。
しかし、マンダレイの方は落ち着いた様子で苦笑いをするだけである。
「大丈夫よ、洸汰。切嗣は―――嘘をつくのが得意なだけだから」
嘘。その言葉の意味をステインが考えるよりも早く、答えを理解する。
自分が手榴弾を
「まさかあれは…ッ!?」
「
あの手榴弾は切嗣が威嚇用に持ち歩いている
「言っただろう。
「ハァ…! 距離を離すためでなく、銃を取り出すためか…ッ」
「その通り。正解したご褒美にプレゼントをあげよう、腹いっぱいの鉛球をね」
コーン、と高い音を残して偽の手榴弾が、呆れた顔の信乃の前に転がる。
同時に重く冷たい銃声が辺り一帯に連続して響き渡っていく。
「グ…ッ! この…程度では…ハァ…俺は倒れんぞ!」
(撃たれながらでもナイフを投擲してくるとは、案外しぶといな。まあ、2人から少し離れられたから善しとしよう)
銃声を境に形成は一気に変わる。銃弾に撃たれながらも、ナイフで牽制してダメージは最小限に抑えるステインだが、逃げの選択しか取れないのには変わらない。
(ハァ…ハァ…まずいな。距離を離せばこちらが圧倒的に不利になる。何とか距離をつめたいが簡単にできる相手ではない)
冷静に、もはや感情などないのではないかと思う程に、底冷えした瞳で獲物を狙い撃つ切嗣。
もちろん獲物はステインだ。逃げ場などない。
しかし、だからといって一切の光明が無いわけではなかった。
(俺と違い奴には守るべきものがある。先程の攻防から見ても奴は2人を守れる位置から動くことが出来ていなかった。ならば、こちらも敢えて距離を取ることで反撃の機会をうかがう…!)
再びナイフを投げて今度はこちらから距離を取るように仕向ける。
その行為に切嗣の方も気づいたように表情を変えるが、意味はない。
(ナイフの残数も心許ない。ハァ…クロノスを相手にするのならば一度引いて態勢を立て直すことも考えねばな)
銃弾から逃げるために建物の陰に隠れるべきかと、一瞬だけ切嗣から目を離すステイン。
だが、次の瞬間にはその選択を心底後悔することになる。
「
「なに…!? あちらから接近だと…ッ!」
「下がれないのなら、前に出るだけさ!」
目を離した一瞬の隙に切嗣は加速してステインへの接近を試みる。
自らが不利なはずの間合いに入るのにもかかわらずにだ。
その理解不能の行為に焦り、思わず残っていたナイフを投げて、距離を取ろうとするステイン。
しかし、そんな行き当たりばったりな行動が切嗣に通じるはずもない。
キャリコを出す際にしまった自らのナイフを投げてぶつけることで、ステインのナイフを弾く。
(俺のナイフはこれで消えた。残るはブレード2本に、刀が1本。もう投擲に割ける武器はないな。超近距離での戦闘になるが望むところ!)
自らのミスのおかげで逆に冷静になったステインは、向かってくる切嗣の迎撃に集中する。
「まずはハァ…その銃から奪わせてもらう!」
「…………」
(弾き飛ばした感触が異様に軽い。まさか罠か…ッ!?)
一切の抵抗なくキャリコを弾き飛ばせた不自然さに気づく。
「そいつは囮だよ。
「ハァ…ッ! 流石だ。だが、お前が俺に触れるよりも早く、俺は刀を振り下ろせるぞ!」
切嗣のワザとキャリコを弾かせた隙に、拳を叩き込むという策に瞬時に気づくステイン。
しかし、慌てることはしない。
切嗣はステインに、確実にキャリコを弾かせて隙を生み出すために他の武器を持っていない。
そして何より、ステインの刀の方が拳が届くよりも早く戻ってくる。
さらに、車は急には止まれないのと同じ理論で、切嗣は止まることも避けることも出来ない。
ステインはそのことに勝利を確信し、歪んだ笑みを浮かべる。
「さらばだ。正義の味方」
そんな言葉と共に断罪の刃が勢いよく振り下ろされ。
「
何一つ斬ることなく空ぶっていった。
(馬鹿…な! 自らの時間を遅れさせることで、タイミングをずらして俺の斬撃を避けたのか!?)
常識ではあり得ない行動で攻撃を避けられたステインは、攻撃の反動で硬直したまま切嗣を見つめる。そして、機械のように冷たい瞳の中にあるものを見つけてしまう。
避けることも防ぐことも出来ない完璧な隙を
「
そして、人間の限界を超えた速度差を利用した拳が容赦なく顔面に突き刺さる。
「ゴハ――ッ!?」
「……
凡そ人体から出て良いとは思えない音を上げて、刀すら手放して吹き飛んでいくステインを、切嗣は息を荒げながら見つめる。その喉元から
「ごほっ…! ゲホ…ッ! ハァ…ハァ…負けられん。理想の社会を実現するまでは…!」
「やっぱり立つか。まあいい、これで予定通りだ」
切嗣と反対に歯と血が混ざったものを吐き捨てながら立ち上がるステイン。
そして、切嗣の不可解な言葉に眉をひそめる。
「予定通りだと…?」
「ああ。君をマンダレイ達から完全に引き離せたこと。さらに今さっき君が寝転んでいる間に僕は君を
「……後半の意味が分からんな」
「命を救ったお礼に君がヒーローを殺す理由を教えて欲しいのさ」
「なに…?」
切嗣の申し出にステインは思わず目を大きく開く。ステインに話をするメリットはあっても、切嗣には一切ない。ヒーローである彼は捕まえた後に聞き出せばいいだけなのだから。しかし、切嗣はそれをしなかった。恐らくはステインに誠意を見せるために。罠かもしれないともステインは思う。だが、殺されていたという事実に嘘はない。故に迷いを見せたが一先ず刃ではなく、言葉を返すことにする。
「ハァ…何が目的だ?」
「ここを君の狂った理想の墓場にする。そのためには君の理想を詳しく知る必要がある」
「肉体だけでなく心まで折るつもりか? ハァ…! 面白い」
ニヤリと笑い、ステインは切嗣を
彼は自身の理想が、信念が、折れることなどないと盲信している。
故に出来るものならばやってみろと挑発しているのだ。
「いいだろう。お前にならば話していい……俺がヒーロー殺しとなった理由をな」
そしてステインは語りだす。自らの理想の原点である英雄回帰を。
人を救うためでなく金や名誉のためにヒーローを目指す
それらを粛正することで社会へ警告し、真に英雄を名乗るべき者達を選別する。
「正しき志を持つ者達だけ
「その真の英雄ってやつの条件は何だい?」
「己のために力を振るわず、自らを顧みることなく他を救い出す者。ハァ…私欲などもっての他」
興に乗ったようにステインは朗々と語っていく。
真の英雄。彼が幼き時に憧れたオールマイトのような完璧な存在。
強きをくじき、弱きを助ける完全無欠のヒーロー。
ステインはオールマイトのようなヒーローを社会に増やしていきたいのだ。
そうすれば、
そのために贋作の英雄を粛正し、自分の全てを平和に奉げられる者以外はヒーローになるなと警告しているのだ。
「……そのためにヒーローを殺していることはどう思っているんだい?」
「ハァ…殺し自体は裁かれるべきことだろう。真の英雄の選別が済めば俺とて甘んじて法の裁きを受けるつもりだ。ハァ…だが、その時には多くの人間が理解しているだろう。贋作の英雄共と俺のどちらが
ステインは自身を決して疑わない。法律的な罪を頭で理解していても、心が罪悪感で苦しめられることはない。真の英雄が人々を守る正しい社会のためならば、その身を血に染め上げることにも酔いしれていられる。何故ならば、彼は自分を正義だと信じ切っているからだ。
「……そうかい。まあ、色々と言いたいことがあるけどこれだけは言わせてもらおうか」
そんなステインの狂気を見ても、切嗣は眉一つ動かさない。
ただ、ステインが目を逸らしていることを突き付けてやるだけだ。
「―――お前がまずなれよ」
言われた瞬間にステインの顔から笑みが消え去り、何を言っているのかという表情になる。
そんなステインに対し、切嗣は煽るように懇切丁寧に説明を始める。
「分からないのかい? 君がまず―――
「なに…を…言っている…?」
それまでの堂々とした声とは違う掠れた声がステインの口から零れる。
そんな様子にも何の感情も見せぬままに切嗣は淡々と続けていく。
「正しい社会の実現、理想的なヒーローの台頭。なるほど、確かに素晴らしいな。人殺しという手段に目をつむれば素直に賛同できる理想だ。でも、1つだけ納得できないところがある。そう、どうしてそこまでして求める真の英雄に君はならないのかという点だ」
切嗣の絶対零度の視線がステインを射抜く。
ステインはそれに対して何か反論を返さなければと思うが、喉が渇いて言葉が出てこない。
それに気づいて慌てて唾を飲み込み、ステインは返事を返す。
「……ハァ、簡単なことだ。俺1人が真の英雄になったところで何が変わる? それよりも社会そのものへ訴えかけて、第二第三のオールマイトが生まれるような土壌を作る方が先だ」
「なるほど、それは道理だ。でもだ。それは君がヒーローとして内側から変えていくという方法でも出来ることじゃないのかい?」
「内側から変えていくのでは時間がかかる。ハァ…外から壊す方が早い。物事は早ければ早い方が良い」
「時間短縮のためならば人殺しも許されると言うわけかい? 別に時間がかかったら誰かが死ぬというわけでもないのに」
切嗣のその言葉にステインは返答ができなかった。
これが殺している対象が犯罪者であれば、早い方が良いというのも通っただろう。
しかし、彼が殺しているのはヒーローだ。
腐敗しているとはいえ、基本的に人を見捨てる者も居なければ、力にかまけて一般人を傷つける者も居ない。放置したところで別に一般人に被害が出るわけではないのだ。故に切嗣はそこを突く。
「もしかして、君が腐敗を見たくないなんて―――
「違うッ! 俺は正義の下に動く理念だッ!!」
今度は切嗣の方がステインを嘲るように語りだす。
それを否定するべくステインは声を張り上げるが、動揺のために声が震えている。
切嗣はその様子に効果が出てきたなと唇の端を吊り上げ、さらに続けていく。
「そうかい、それはよかった。じゃあ、重ねて質問だ。どうして人殺しにこだわる?」
「言葉だけでは何も変わらないッ! ハァ…俺は街頭演説でそれを学んだ。故に力による変革を求めたのだ…!」
「つまり君は、ヒーローになることからも、言葉で人を変えることからも―――
逃げた。
その言葉を聞いた瞬間に、ステインは最後に残った腰のブレードで切嗣に斬りかかっていた。
「俺は逃げてなどいない…ッ! 正しき社会のために最善の選択を、最も効率の言い行為を行っているだけだッ!!」
「最善の選択、最も効率の良い行為、実に耳当たりの良い言葉だ。でも、君の求めるヒーローっていうのは、効率が良ければ人殺しに手を出すような
激高しながら襲い掛かってくる2本のブレードに対し、切嗣は2本のナイフで応戦する。しかし、序盤の戦いとは違い心を乱したステインの剣に精細さはない。故に切嗣はそのまま会話を続行しながら斬り結ぶことが出来ている。
「なぜそこで俺の話になる!? ハァ、俺が言っているのはヒーローの話だッ!」
「ハ、とんだ笑い話だ。君は自分がどれだけ都合の良いことを言っているか理解しているのかい?
自分は目標達成のためならばなんだってやるのに、人には手段の善し悪しを強制する。
有名になりたい、お金が欲しい。そのためにヒーローになる。結構じゃないか。
最善かつ最も効率の良い選択だ。君の理屈で言えば何も間違いはない。
それなのに君は他人だけに理想を押し付け、自分は殺しという一番楽な道を進んでいる。
一体どこの誰が、そんな都合の良い奴の言葉を聞くんだろうね」
「黙…れッ!!」
切嗣のナイフはステインにかすってすらいない。だが、言葉の刃はこれでもかとばかりにステインに突き刺さっていた。切嗣の言葉に反論を返すことは出来る。しかし、全てを否定できるかと言えば不可能だ。
それ故に頭の中で反論を考えるのも簡単ではない。時間がかかる。そしてそこに隙が生じ戦いを切嗣優位に進めさせる要因となっているのだ。
「第一だ。君は殺しなんてものが平和につながると本気で思っているのかい?」
「当然! 流れた血の量だけ理想の社会へと近づいて行っているのだ!」
「確か君が出現した街は、犯罪発生率が下がるってニュースで言っていたね」
「その通りだ。血の粛清こそが正しい道だというのは証明されている…ハァ!」
ステインがヒーローを殺した街では、ヒーローの意識が高まり犯罪が減るというのは、非難が相次ぐために今はあまり語られていないが事実である。そのことでステインの方にも幾分か余裕を取り戻す。
「で、それは何年続くのかな?」
しかし、その余裕もあっという間に崩されてしまう。
「なん…だと?」
「1年は持つだろう。だが2年はどうかな? 3年持てば大成功だ。人は忘れる生き物だ。どんなに悲惨な事件でも当事者以外はすぐに忘れてしまう」
「ハァ…何が言いたい」
無視をしたいが無視もできない、そんな言葉の力にステインは振り回される。
逆に切嗣は話も戦いも自分のペースを決して乱すことがない。
「分からないのかい? いや、説明不足だったね。君にも分かるように説明しよう。最初は気を張って犯罪を押さえていたヒーローも、そのうち気が抜けて監視の目が甘くなる。そうなると以前と同じ犯罪率に戻るだけだ。いや、もしかしたら抑圧されていた分だけ犯罪が増えるかもしれないね。そうなると大変だ。何せ犯罪を取り締まるヒーローが君に
戦闘中であるのに、実にねっとりと煽るような口ぶりで話す切嗣に、ステインは青筋を立てるが、なるべく落ち着くように自分に言い聞かせながらブレードを振るう。
「ハァ…根拠のないことを」
「いや、違うね。紛争と同じさ。最小の犠牲で紛争を無理やり終わらせても、根本的問題が解決しない限りはまた紛争は起こる。民族紛争が絶えないのはそういう理由さ」
「だとしたら再び粛正を行うまでだ!!」
2人の武器が真正面からぶつかり合い、その反動で距離が離れる。
これで戦闘は一息つくことが出来る。
しかしながら、舌戦の方は途切れることなく続いていく。
「そうして殺し続けるかい? 殺して、殺して、殺して最後には自分以外の誰も居なくなるまで」
「極論だな。俺は生きる価値のある人間まで殺すことはしない」
「どうだかね。人間ってのはどれだけ正しいと思っていても間違いを犯すものさ。小を切り捨てて大を取っていたつもりだったのに、いつの間にか天秤があべこべになっていたなんてことも日常茶飯事さ」
どこか自嘲するように語っていく切嗣だが、ステインは気づかない、気づけない。
そこまで思考を回す余裕がないのだ。如何にして切嗣の論を封じるかしか頭にない。
それ自体が切嗣の策略であることにも気づかずに。
「俺は間違えなどしない。ハァ…なぜなら俺の行為は正しい社会につながるからだ!」
「ハ、正しいっていうのは誰にとってだい? 独善もそこまでいくと清々しいね」
「ならば、お前にとっての正義とはなんだ、正義の味方…!」
再び斬りかかっていくステイン。その攻撃は苛烈さを極め、激しい火花が辺りに飛び散る。
だとしてもその顔に映る焦燥感を消すことは出来ない。
「まず、初めに言っておこうか。正義の味方の掲げる正義はみんな
「なに…?」
予想だにしなかった言葉に、ステインは思わず手を緩めてしまう。
しかし、切嗣がその隙をついて足払いを仕掛けてきたのですぐに気を取り直す。
「正義の味方は、あくまでも正義そのものじゃなくて
「ハァ…どういうことだ」
「真の、絶対的な正義と呼べるものは神か仏しかない。人間である僕達が掲げる正義は誰にも正しいかなんて分からないものなんだ」
「人間は真の正義にはなれぬということか…!」
「そう。だから僕はせめて“正義の側に立つ存在”でありたくて、正義の味方を名乗ってるんだ」
正義の味方を名乗る覚悟を示すように、今度は切嗣の方から斬り込んでいく。
だが、それは苦々しい顔をしながらも戦う意志は衰えさせないステインにいなされてしまう。
「その上でハァ…お前は如何なるものを正義とする!?」
そして、言葉の強さと同じ熾烈さをもって踏み込んでくる。
「正義とは―――優しさだよ」
切嗣はそれに対して真っ向から受け止め、静かに、しかし力強く答える。
「優しさだと…?」
「そうだ。決して誰も犠牲にせず、助けを求める者ならば敵ですら救ってみせる。
そんな優しさこそが僕の寄り添いたい―――正義だッ!」
強い情熱の籠った切嗣の言葉がステインの胸を打つ。
自分自身をも焼き尽くさんばかりに燃え上がる情熱。
それに思わず感化されそうになった自分を叱責するように、ステインは叫び声を上げる。
「誰も犠牲にせず…ハァ! 敵ですら救ってみせるだとッ!?
そんな綺麗ごとが本気で実現できると思っているのかッ!!」
ステインがブレードを叩き割らんとばかりに2本同時に振り下ろし、切嗣はナイフをクロスさせて防ぐ。一瞬の均衡。しかし、形勢はすぐに傾き始める。
「知らないのかい? ヒーローは―――命を張って綺麗ごとを実践する仕事だよ」
明らかにナイフよりも幅の大きいブレードを押し返していく切嗣。
その事実にステインは目を見開いて切嗣を見つめる。
そして、自身すら焦がす情熱の炎を灯す瞳に再び気圧されてしまう。
「馬鹿な、ハァ…! 俺の方が筋力は上のはずだ…ッ」
「……お前は『背負うものが多いと遅い』と言っていたな」
切嗣が瞳とは反対に静かにステインに語り掛けていく。
「確かに背負うものがあるとどうしても遅くなる。失うのが怖くてどうしようもなく弱くなる。でも、それだけじゃないんだ。誰かを、大切なものを背負うっていうのは」
切嗣の腕にこもる力がさらに上がる。
何が原因なのか分からずに、ステインは怯えるような目を向けてしまう。
そんな彼にある種の同情の表情を浮かべながら、切嗣は力強く言い切る。
「背負っている人が、後ろにいる人達が! 臆病な僕の背中を押してくれるんだッ!!」
ステインのブレードが宙に吹き飛ばされていく。
それは切嗣だけの力ではない。彼が背負う多くの者達の力と合わさったものだ。
家族を失うのが怖くて弱くなっていたかつての衛宮切嗣とは違う。
弱くていいのだ。臆病でもいいのだ。
怖くて足が竦む彼の背中を優しく押してくれる人達が居るのだから。
背負うものが多ければ多い程に―――
「君には居るかい? 堂々と胸を張って綺麗ごとを言う勇気をくれる人が」
「俺は…俺はぁッ! オォおおおおッ!!」
すぐさま踏み込んで止めを刺しに来た切嗣の姿に、反射的に飛び退いて逃げるステイン。
そのすぐ足下に切嗣のナイフが投擲されるが、それも間一髪で躱し逆に拾って武器とする。
そして、戦闘技術も全て忘れてしまったかのように本能だけで斬りかかっていく。
「衛宮切嗣ゥウウッ!!」
「……赤黒血染。引ったくり犯を捕まえていたときの君が懐かしいよ」
昔を思い出して悲し気な瞳を見せる切嗣にもステインは気づくことがない。
手に持つ、切嗣から
そして、そのままの勢いで切嗣の頬を斬り裂くことに成功する。
相手に血を流させ、それを舐めて“凝血”を発動させればステインに負けはない。その絶対的な事実を確かめるように、勝ち誇った顔でステインはナイフの切っ先についているであろう血を見る。
「なッ! 血がついていないだとッ!?」
だが、ナイフのどこにも血は付着していなかった。
確かに斬りつけたはずだと視線だけで切嗣の頬を確認する。
すると、そこに傷はあった。ただし既に
「悪いけどそのナイフは特別製でね。まあ、この傷は勲章としてもらっておくよ」
そう言って、勝利を確信して動きを止めてしまったステインに切嗣が手を触れる。
ステインはそこでやっと、ここに至るまでの全ては切嗣の作戦だったのだと気づくがもう遅い。
「
まず、クロノ・アルターによりステインの時間を遅くする。
これでステインの身動きの自由は完全に失われた。
そして、そこへさらに。
「
切嗣は自らに加速をかける。
「さあ―――ついて来られるか?」
停滞と加速による究極の速度差から、ステインは切嗣の動きを知覚することすら出来ない。
そこへ切嗣は容赦なくナイフで切り付けていく。
嵐のように。
濁流のように。
されど、舞うように美しく。
ステインを斬り裂いていく。
動けなくするために両腕、両脚の腱を斬りつけ。
ついでに母の形見のナイフを奪い返しておく。
「残念だよ、血染君。支えてくれる人が居れば君も……正義の味方になれたのかもしれないのに」
そして、最後はコンテンダーを構えヒーロークロノスの必殺技名を叫ぶ。
「―――
弾丸がステインの利き肩を容赦なく貫いていく。
それと同時に止まっていたステインの時間が動き出す。
「…ッ!? な…に…?」
何が起きたのかを全く理解できずに倒れ伏すステイン。
今の彼に分かることは1つだけ。
自らが敗北したという事実だ。
「……ハァ、俺の負けか」
動かぬ手足を確認し溜息を吐くステイン。そして、考える。これからどうするべきかを。もはやこの状態で逃げることは出来ない。牢獄の中で一生を過ごし、最後の瞬間は死刑台で迎えることになるだろう。別にそれ自体は特に恐ろしくもなかった。
だが、もはや理想を追うことが出来ないという現実は耐え難きことだった。
故に、ステインはここで自らの生の終焉を迎えることを決める。
手足は動かないが口は動かせる。ならば取るべき道は1つ。
大きく口を開き自らの“個性”でもある舌を噛み切――。
「悪いけどそいつは許可できないね」
「衛宮…切嗣……」
噛み切ろうとしたところで切嗣に止められてしまう。
「何故だ。なぜ俺を止める?」
邪魔をするなとばかりに目を向けてみるが、切嗣は肩をすくめるばかりだ。
その仕草にまた煽ってきているのかと思うが、続く言葉で目を見開くことになる。
「言っただろう。―――敵ですら救ってみせるってね」
こいつは本気で言っているのかと目を見つめてみるが、そこに嘘はない。
相変わらずの情熱が灯っているだけだ。
「ハァ…俺すら救ってみせるというのか?」
「当り前だろう。僕は正義の味方だからね」
呆れるほどに真っすぐな言葉。
世の苦しみ全てを知っていながらに綺麗ごとを言い切る強さ。
そのあり得なさにステインは思わず笑ってしまう。
「ハハハ…ハァ…おかしな奴だ。こんな奴に俺の理想を潰されるとはな」
「おかしな奴とは失礼だな。君の方がよっぽどおかしいだろ」
「ククク、違いない」
理想の社会を作るには自らは力不足だった。
未練はもちろんある。これからも金銭目当てのヒーローは許せないだろう。
だが、それでも。
「―――お前に負けて良かった」
これで良かったのだと思う。
許すことは出来なくとも、否定まではしなくてもいいだろう。
自分の理想とは違う社会でも、こんなにも面白い奴が生まれるのなら悪くはない。
それに目の前の正義の味方ならば、自分の理想よりも良い社会を作れるかもしれない。
所詮は仮定だ。何も変わらないかもしれないし、もっと酷くなるかもしれない。
だとしても、後悔はない。誰かに託してみるのも悪くはない、そう思えたのは。
理想が砕けた先にあったある種の穏やかさが、ステインへの救いとなったからだろう。
「敗北の先の小さな安寧…ハァ…罪深き俺にとっては十分すぎる救いだな」
死刑は免れない大犯罪者である自分にまで小さな救いを与えてくれた。
これ以上望むのは、目の前の正義の味方に失礼だろうとステインは全てを受け入れた顔で笑う。
「……そう言って貰えるのなら、君に勝ったかいがあるというものだよ」
「ハァ…いや、オールマイトの方が良かったかもしれん」
「オールマイトのファンなのかい?」
「クク、俺を殺して良いのはオールマイトだけだと思っていた程度には。まあ、負ける分にはお前でもいい」
「……何だか引っかかる言い方だね」
やけに丸くなってしまったステインに、若干困惑しながら切嗣は苦笑いを浮かべる。
するとそこに、応援を聞きつけた警察がステインを捕えるためにやってくる。
「ハァ…これでお別れだな」
「何を言っている。これから君を誰が護送すると思っているんだい」
「別のヒーローに任せればいい。お前は会いに行くべき奴らがいるだろう?」
ステインからマンダレイと洸汰の下に行けと言われて、渋る様子を見せる切嗣。
「……マンダレイの方は俺が斬ってるぞ」
「すみません。被害者の安否確認に向かうのでここは警察にお任せします」
今更ながらにマンダレイが傷つけられていた事実を思い出して、すぐに立ち去る切嗣。その様子に警察の面々は驚いているが、ヴィラン殺しの悪名は警察にも轟いているので誰も文句を言ってくることはない。初めてヴィラン殺しの名が切嗣の役に立った瞬間である。
最初は速足で、徐々に駆け足で、最後には周りの目を無視して切嗣は駆け出し始める。その姿からはいつもの冷静さは見えず、どこにでもいる家族を大切にする1人の男にしか見えなかった。
「信乃ちゃん! 洸汰君! 無事かい!?」
「あ、切嗣。終わったんだね」
「じいさん! ……無事だったんだな」
切嗣が2人の下に到着すると、マンダレイは斬られた部分の応急処置をしており、洸汰はその様子を少し心配そうに見つめている所だった。洸汰の方は切嗣の姿を見つけるとあからさまにホッとした様子を見せるが、マンダレイの方は最初から切嗣が負けるはずがないと信じていたとばかりに軽い様子で声をかける。
しかし、その声が僅かに震えていたことを切嗣は気づかないフリをしてあげた。
「ああ……無事で良かった」
「ちょっ!? こ、こんなところで抱きしめないでよ!」
「は、離せよ、じいさん!?」
だが、切嗣の方は心配していたことを隠す気など毛頭ない。
恥ずかしがるマンダレイと洸汰を抱き寄せ、その体温を確かめるようにしっかりと抱きしめる。
「よかった…よかった…今度はちゃんと守れた」
「切嗣……」
家族を失わずに済んだ。その事実の尊さに切嗣は思わず目じりに涙をためる。マンダレイの方も切嗣の様子に、恥ずかしがっている場合ではないと意識を切り替えて自身も手を回して洸汰と切嗣を抱きしめる。そのせいで事情の分からない洸汰が混乱に陥っているが気にしない。
「大丈夫だよ…私達はちゃんとここにいるから」
「うん…うん…」
「じいさん……」
そして、そのまま切嗣の背中を母親のように優しく叩いて、子どものようにあやすのであった。
後日この時の写真がマスコミに撮られており一波乱が起きるのだが、それはまた別の話である。
まずは送れたお詫びと、待っていてくださった読者様に感謝を。
さて、今後の『正義の味方に至る物語』ですがラストエピソードに入ります。
ただ、ラストバトルまでをダイジェスト風に次話でまとめますのでご容赦を。
そして次々話で最終決戦に突入という形にします。
理由としては作者が書くべきもの。
正確には切嗣の物語はわりと書き切っているので、ラストバトルさえやれば問題はないのです。
後、エタるぐらいなら無理やりでも完結させたいというちっぽけなプライド。
というか初期構想だとステイン編で終わりの予定なんですよね。
ただ先にAFO戦やっちゃったから盛り上がりに欠けるなぁと思って付け加えた感じです。
というわけでまことに勝手なことを言っているという自覚がありますが、お付き合いしていただけると嬉しいです。
PS
前話の後書きに書いていたリフレッシュ作品で
原作:東方 恋愛物の 『西行の人造人間、婿になる《完結》』
原作:オリジナル ギャグ物の 『ハゲ「かみはしんだ」』
を書いたのでよろしければどうぞ。
後、他にもオリジナル短編書いてます(厚かましくいくスタイル)