どうも、ふぁもにかです。此度のエピローグで物語は終幕となります。語りたいことは色々ありますが、そういったことは別に枠を設けてそこで長々と語る所存なので、今は早速、生き残った魔法少女たちのその後の生活の一部をひも解くといたしましょう。
31.正義の魔法少女
☆視点なし
20■■年9月中旬にR市が人為的要因で壊滅状態となったことは案の定、騒ぎになった。
魔法少女は当人が望まない限り、接触した人間の記憶が曖昧になるとの仕様がある。画像や映像に撮られてもはっきり映ることはないようになっている。
それでも命からがらR市から逃げのびた内の一部のR市民や、R市の被害を食い止めるべくR市に飛び込んだ魔法少女の内の生き残りを介して、R市壊滅の原因が『やけに見目麗しい、コスプレ美少女軍団』で、彼女たちが常識では考えられない身体能力や超能力を活用して警察や軍隊だろうといともたやすく殺していったとの情報が広まっていった。
政府は超能力の存在を否定した上で、R市を破壊し、跋扈する連中を自衛隊による包囲作戦で無力化し、逮捕したと声明を出している。だが、犯人の情報を一切表に出さない政府の姿勢は絶好の非難の的となっている。ネット上では、犯人を全員射殺したのではとの見解で概ね一致している。裁判を介さずに自衛隊が十数名の犯人を殺したことへの是非は二分し、議論は紛糾している。R市壊滅に端を発した混乱は、ほんの3か月ごときの時間経過では収まる気配はない。
そんな中。R市とはほど遠い、KK市のアーケード商店街では今まさに大惨事が発生していた。何と、自動車がアーケード商店街の中を突っ込み、それでもなお運転手がアクセルから足を離さないために多くの人を轢き飛ばしているからだ。
KK市のアーケード商店街は平日だろうと賑わいを見せている。それゆえに暴走自動車による凶行に場は騒然となり、悲鳴や怒号が鳴り響く。そんな中、店に突っ込んだのを最後に止まった車の中から中年男性が飛び出した。彼の手にはダガーナイフが握られ、彼の両眼は酷く血走っている。とても正気だとは思えない有様だった。
「クヒャヒャヒャ! 死ね、死ねよお前ら! 皆、皆死んじまえぇえええ!」
彼は何がおかしいのか、下品な笑い声とともに周囲一帯に殺意をぶちまけ、手近な人へとダッシュする。当の狙われた少女は彼の殺気に怯え、その場に尻もちをついてしまった。周囲の人たちは恐怖からその場に固まったり、逃走したりといった反応で、少女を助けようとする者はいない。少女の命は、彼により奪われる。誰もがそのような未来を想像した。
「イヒヒヒヒ! 死ねぇええ!」
「や、いやあ……!」
彼が少女にダガーナイフを振り下ろし、少女がギュッと目を瞑る。だが、少女の体をダガーナイフが残忍に傷つけることはなかった。何者かが彼の元に接近し、彼の手首に蹴りを叩き込む形で、彼の手からダガーナイフを弾き飛ばしたからだ。
「そこまでなのです!」
少女の助けに入ったのは、襲われた少女とそう変わらない小柄な、青髪碧眼の女の子だった。長袖のブラウスにジーンズを着用し、腕には金色の布が巻かれており、片手にゴミ袋、もう片手に火バサミを持っている様子からして、KK市の清掃活動のボランティアにでも現在進行形で取り組んでいたであろう様子が容易に読み取れる。
「な、何だよテメェ! 邪魔すんじゃねぇええええええ!」
彼は弾かれたダガーナイフの回収を諦め、懐から拳銃を取り出す。事の推移を周囲からうかがっていたKK市民たちから悲鳴の声が上がる。青髪碧眼の女の子に逃げろと声を張り上げるKK市民もいたが、当の女の子は両手に持つゴミ袋と火バサミを足元に置くのみで、拳銃の照準から逃げなかった。そして、拳銃が発砲される。誰もが女の子の死ぬ未来を想像した。
「な、銃弾を指で止めた!?」
「こんな玩具で最強の僕を殺せるつもりだとは、片腹痛いのです」
「や、やめろ……来るな、化け物!」
「貴方の事情は知りませんが、留置場で頭を冷やすのです!」
だが、そんな未来は訪れなかった。女の子はこれ見よがしに親指と人差し指でつまんで止めた銃弾を彼に見せつけつつ、ポイと付近に捨てる。結果、女の子に対して恐れをなした彼は、一息に彼へと距離を詰めてくる女の子を拒絶する声を出すことしかできない。ゆえに、女の子が振るった拳は彼の頬にクリーンヒットし、派手に吹っ飛ばされた彼はそのまま意識を手放した。
「皆さん、警察と救急車を呼んでください! あと、重傷の方がいたら僕に教えてください!」
周囲からは、彼という脅威を華麗に取り除いてくれた女の子への称賛の声が沸き上がる。凄い、カッコいい、助けてくれてありがとうと。しかし、当の女の子はクリスマス用にアーケード商店街に飾られた電飾のコードの一部を用いて気絶中の彼の両手を後ろ手に拘束しつつ、周囲の人々に指示を飛ばす。今もアーケード商店街では彼の車に轢かれ飛ばされて怪我を負った人がたくさんいる。迅速に対処しなければ、いたずらに死者を増やしてしまうと女の子は懸念したのだ。
女の子の指示により浮かれていた周囲の面々もハッと現状を冷静に考えられる思考を取り戻し、各々110番や119番通報をしてくれる。また、女の子が助けた少女が「あの、助けてくれてありがとうございます!」と感謝の言葉を述べた後、「あそこに倒れている2人が酷い怪我をしています!」と女の子に教えた。
「わかりました」
女の子は例の倒れている2人の元へ赴く。当の2人の男女は頭からダラダラ血を流し、うめき声を漏らすのみ。一刻を争う事態に陥っていることがうかがえた。女の子は小柄な女性を背中に背負い、大柄な男性を腕一本ですくい上げる。
「重傷者は僕が直接病院まで運ぶのです! 運び終わったらまたここに来るので、他にも重傷者がいたらまた教えてください!」
見るからに非力そうな見た目なのに、人間2人を抱えている女の子に周囲が驚く中。女の子は周囲の反応を気にせず言葉を残し、最寄りの病院まで駆ける。オリンピックのスプリンターを軽く凌駕する速度で、女の子は急いで駆けていく。
「「ぅ、う……」」
「大丈夫、大丈夫なのです。貴方たちは助かるのです。病院はすぐそこなのです。だから、もう少し頑張ってください。もう少しの辛抱なのです」
女の子はうめく2人を励ましながら病院に運び込む。その後、再びアーケード商店街に戻り、重傷者を病院に運ぶ。そのような激しい作業を女の子は何度も繰り返す。だが、当の女の子はまるで疲れを見せない。そんな、どこまでも人間離れした女の子の尽力により、此度の無差別傷害事件は死者を出すことなく、幕を下ろすこととなった。
☆コットン
(ふぅ、さすがに疲れたのです)
KK市のアーケード商店街での無差別傷害事件の現場に偶然居合わせたために犯人の無力化と死者の発生阻止に確かに貢献した立役者たる女の子、もといコットンは警察や救急車の到着により事件が収束に向かいつつあるタイミングでこっそり現場を離れ、人通りの少ない路地にて1人、ため息を吐く。コットンは己の復讐心をファソラに利用され、R市に、罪なき魔法少女たちに悲劇をもたらした贖罪の一環として、KK市の清掃活動のボランティアをしている真っ最中だったのだ。ちなみに。今のコットンはKK市全域を対象として、かれこれ72時間ぶっ続けで清掃活動のボランティアを行っていたりする。
(一旦、帰りましょうか)
いくら魔法少女は肉体的に早々疲れないとはいえ、そろそろ精神的な疲労度が無視できないほどに溜まってきたとの認識を抱いたコットンはKK市における拠点へと戻る。3階建てのこぢんまりとしたアパートの301号室の鍵穴に鍵を差し込み、扉を開ける。
「……あ。おかえり……」
「ただいまなのです、ラストさん」
コットンがスニーカーを脱いでいると、ピンクを基調とした水玉パジャマにエプロン姿のラストエンゲージが廊下の先の扉からひょっこり顔を出す。そう、コットンは今、ラストエンゲージと2人暮らしをしている。20歳の成年であるラストエンゲージが変身前の
「……ちょうど、肉じゃが作ってた所。ご飯にしよう……」
「では、ご相伴にあずかるのです」
コットンは洗面所で手を洗った後、ラストエンゲージが食器に盛りつけた料理をダイニングテーブルまで運ぶ。そして、コットンとラストエンゲージは各々対面の椅子に座り、「「いただきます」」と両手を合わせた後に料理を食べ始めた。
コットンは必要に駆られた時のみ変身前の
ラストエンゲージもコットンと同様に、どうしてもという時以外は魔法少女に変身したままで日々を過ごしている。ラストエンゲージは変身を解くと、両足がないため車椅子が必須になるし、声を出せないために人との交流が難しくなる。そもそもラストエンゲージが借りたアパートは家賃などの諸々の支払いが安い代わりにバリアフリーになんてまるで配慮していない物件だ。それゆえに、ラストエンゲージは常に変身していなければこのアパートで不自由なく生活できないのだ。
本来なら、魔法少女の姿でずっと生きているコットンとラストエンゲージに食事は必要ない。それでもこうして食事を取っているのは精神を安定させる趣味や嗜好の意味合いが強い。
「……それで、まだ大丈夫そう……?」
「はい。魔法少女の気配はないのです」
食事ながらのラストエンゲージの問いにコットンは首肯する。現状、コットン、ラストエンゲージ、星井ミクの3人は魔法の国から指名手配されている。3か月前の悲劇の舞台となったR市での魔法の国の調査で、3人の死体が発見されていないからだ。そのため、1つの地域に長居はできない。コットンとラストエンゲージは居住地域を転々と変えながら、日々の生活を送っているのだ。
「……それで、今回はどんな活動をしてたの……?」
「はい。まずは――」
コットンはラストエンゲージに己の贖罪活動を語っていく。ラストエンゲージと食事の際はこれが恒例となっていた。話題の種になるし、コットンがしっかり贖罪を行っている証明をラストエンゲージに示すこともできるからだ。
「……相変わらずフルスロットルで頑張ってるね。よしよし……」
「ん、ちょっとくすぐったいのです」
「……でも、あんまり張り切りすぎるのはダメ。心は繊細だから、ある日プツリって糸が切れて、急に頑張れなくなるかもしれない……」
「心配無用なのです。僕は最強の魔法少女ですから」
適当に相槌を打ってコットンの話を一通り聞き終えたラストエンゲージは優しくコットンの髪を撫でる。コットンがラストエンゲージの手つきに軽く身じろぎをする中、ラストエンゲージは心配そうにコットンを見つめながら、72時間もぶっ続けで贖罪活動に励むコットンに注意喚起をする。が、対するコットンはトンと胸に手を当てて、自信満々に言葉を返す。
コットンの思い込みは今も解除されていない。コットンの魔法は『ウソをホントと思い込ませる』ものだ。魔法を解除するには、自分がウソをついているという認識が前提となる。だが、コットンはかつて、ミラクルシャインと戦う際に『僕は誰よりも強い』と己にウソをつき、魔法で本当と思い込ませた。ゆえに、コットンは自力ではウソを認識できず。今もなお、ずっと自分は『近接戦最強』だと思い込んだままなのだ。先ほどの無差別傷害事件の犯人を蹴ってダガーナイフを弾いたり、殴って犯人を気絶させたのは、この思い込みゆえのものだ。
「……例え最強でも、あまり根を詰めすぎたらダメ……」
「気をつけるのです」
ラストエンゲージはますます心配そうにコットンを見つめてくる。対するコットンは何だか居たたまれなくなり、ラストエンゲージの言葉を受け止める。だが、あくまで受け止めるだけだ。コットンとしては今の贖罪のペースを落とすつもりはない。
「……ところで、ミクとは会った……?」
「いえ。会ってないのです。ミクさん、大丈夫でしょうか?」
「……わからない。無事を祈るしかない……」
ラストエンゲージが星井ミクの話題を持ち出したことを契機に、ダイニングの空気が少しだけ重くなる。当初、星井ミクもまた、ラストエンゲージの住むアパートで暮らしていた。だが、2か月前に1人、姿を消した。コットンの顔を見ていると復讐心が膨れ上がって、いつか殺したいとの衝動を抑えきれなくなりそうだと、姿を消した。
僕はまだ殺されるわけにはいかない。でも、死なない範囲であればどれだけ痛めつけても構わない。それでミクさんの気が少しでも晴れるかもしれない。だからミクさんがいなくなる必要はない。コットンはそのような物言いで星井ミクを引き留めようとした。が、星井ミクはコットンに手を出さないまま、コットンとラストエンゲージから去っていった。コットンに暴力を振るった所で何も元に戻らないから。無駄だから。星井ミクはコットンを傷つけない理由をそう述べた。
「コットン。もしも貴女が贖罪をやめるようなら、その時はミクが殺すの。どこにいようと必ず見つけ出して、残酷に、残虐に殺してやるの。いい?」
星井ミクがコットンに残した最後の言葉は、コットンの贖罪活動のモチベーションの柱の1つとして見事なまでに機能している。僕を殺したくて仕方なかっただろうに、それでも本能を、欲求を理性で抑え込んで遠回しに僕の贖罪活動の継続を要請した星井ミクの言葉がしかと僕の脳に刻まれているからこそ、僕は何十時間もぶっ続けで贖罪活動を行えるのだ。
「ごちそうさまなのです。それでは、僕は行くのです」
「……もう、休憩はいいの……?」
「はい。ラストさんと話したおかげで元気が充電されたのです」
「……そう。いってらっしゃい。正義の魔法少女:ミラクルコットン……」
料理をきちんと食べ終え、食器を台所に運んだコットンはラストエンゲージに出かける旨を伝える。ラストエンゲージは食事前より幾分か気力が充填された様子なコットンを前に、手をひらひらと振ってコットンを送り出す。
そう、コットンは今、ミラクルコットンとして贖罪活動を行っている。魔法少女名はよほどの事情がない限りは変えられない。だが、勝手に名乗る分には自由だ。そのため、コットンは魔法少女名を名乗れそうな時は『ミラクルコットン』だと自己紹介をしている。とはいえ、あまり目立ってしまうと魔法少女の追っ手が来襲してくるため、名乗れる機会はそう多くないのが実情だ。
「いってきます。ラストさんも小説執筆、頑張ってください」
「……うん……」
コットンもまた、ラストエンゲージの今の取り組みに激励の言葉をかける。そう、ラストエンゲージは今、小説家を生業にしている。3か月前にR市を舞台とした魔法少女たちの悲劇を風化させないために、少しばかり脚色を加えた上で『魔法少女TRAP』としてWeb小説投稿サイトで連載を始めた所、みるみるうちに多くの読者に評価され、今では書籍版が発行されるまでの人気となっている。ラストエンゲージが15年もの時間を本や漫画やゲームに注いだことで培われた、ラストエンゲージの小説家としての素養が今、開花しているのだろう。
ラストエンゲージは魔法少女ゆえに他の小説家が睡眠に使っている時間も小説執筆に使用できる。それゆえ、ラストエンゲージの小説の更新速度は尋常でないほど早く、Web版の『魔法少女TRAP』の感想欄では、最新話更新の度に『先生、寝てる? 大丈夫?』『もっとゆっくり更新でもええんやで?』『どうか、どうか体調にだけはお気をつけください!』などと読者からやたらと体調を気遣われるのが常となっている。
コットンはラストエンゲージのアパートを出発する。今からは何をしようか。清掃活動のボランティアの続きで、KK市の海岸沿いのごみをターゲットにしてもいいかもしれないし、さっき無差別傷害事件が発生したばかりだし、浮き足立っているであろうKK市を巡回して事件や事故の解決に助力したり、困っている人に手を差し伸べたりするのもアリだ。
とにかく。贖罪となるのならどんな活動だっていいのだ。いっぱい頑張って。善行を積んで。ミラクルシャインの名前の一部を勝手に受け継いだ以上、早く、早く。1日も早く、ミラクルさんのような魔法少女に。偽善まみれでも。自分本位でも。それでも己の信じた正義を全力で貫き通す素敵な魔法少女にならなければならない。
「ひとまず、マジカルキャンディ1億個達成を目指しましょうか」
コットンはマジカルフォンを介して自らのマジカルキャンディが32万6216個だと確認した後、KK市の巡回を開始する。コットンは今日も、贖罪活動に従事する。正義を全うする。あの時。道を明らかに踏み外していた己を救おうと一生懸命手を伸ばしてくれたミラクルシャインの背中に、いつか到達するために。
☆星井ミク
太平洋の上空1000メートル上にて。時速1キロでゆるりと直進する1つの流れ星があった。直径30センチ、白色、硬い、中身が空っぽといった性質を携えた流れ星は当てもなくただゆっくりと突き進む。
「……」
そんな流れ星の内部にて。星井ミクは寝転がっていた。なのだ先輩が亡くなった今、なのだ先輩の魔法により10センチサイズになった星井ミクが元のサイズに戻ることはない。そんな星井ミクは、シル○ニアファミリーの家具のベッドを流れ星の内部に持ち込んでいるため、ベッドに寝転がりながら、流れ星の天井に開けた穴から雲一つない快晴の空を無言で眺めている。
星井ミクは2か月前にコットンとラストエンゲージと一緒に生活することを放棄し、姿を消した。コットンの顔を見る度に膨れ上がるコットンへの復讐心や殺意を抑え込むのが限界だと感じたからだ。星井ミクがコットンを殺さなかったのは、傷つけなかったのは。コットンが今、己の罪としっかり向き合い、贖罪に励んでいるから。そして。なのだ先輩が殺されたショックで暴走した際、なのだ先輩を殺した5名の自衛隊員の他にも、あの場の周辺に展開していた、まだ誰も殺していない自衛隊員を次々と流れ星で潰し殺したくせに何の贖罪もせずにただ生きているだけの星井ミクに、コットンを殺す権利なんてないと思ったからだ。
単独行動を選んだ星井ミクはここ2か月、空を飛ぶ流れ星の中に引きこもり続けている。魔法少女に変身したままなら、食事の必要はない。誰にも会うつもりがないのなら、衣服を調達しなくても生きられる。変身前の星崎
星井ミクの望んでいたはずの、怠惰な生活。どこまでも高みを目指して終わらない努力を続けなくていい、堕落した日々。でも、星井ミクの心は空っぽだ。何も楽しくない。全く充実していない。どうしてだろう。今まではあんなにも欲していたのに。失踪してまで、星崎沙夜が築いた人脈を全て捨て去ってまで望んだものを今、堪能しているはずなのに。
星井ミクを理不尽に襲った悲劇により、すっかりすり減った心は、答えを出してくれない。星井ミクは少しだけ原因を考えるも、すぐにやる気をなくして思考放棄をする。流れ星はおもむろに空を飛び続ける。青空には渡り鳥がパサパサと必死に翼をはためかせている。
ここ2か月の何もしない生活の中で、自殺を考えたのは一度や二度じゃない。毎日のように自殺を視野に入れる。だが、結局実行には踏み切れない。自殺しようとする度に、なのだ先輩の最期の言葉が星井ミクの脳裏に響き渡るからだ。
――君だけでも、生き残るのだ
なのだ先輩の言葉が死を望む星井ミクの意思を強硬に引き留める。あの発言がなければ、星井ミクはとうの昔に死んでいた。今もなお、何もせずにダラダラと生きているのは、なのだ先輩が星井ミクを庇って死んだからだ。なのだ先輩の分まで生きるとの使命を託されたからだ。
もはや、呪いだ。なのだ先輩の呪言に、今も星井ミクは縛られている。きっと、なのだ先輩は自分が死んだら、星井ミクがどうするか、想像がついていた。だからこそ、態度で。言葉で。性質の悪い呪いを星井ミクに施した。星井ミクが自殺せずに生きるように。
(酷いの、なのさん。私は、コットンやラストみたいに、辛い過去を乗り越えて強く生きられるようなタイプじゃないのに……)
人間に悲劇が降りかかった時。誰も彼もが悲劇に立ち向かえるわけではない。悲劇と向き合い、未来を見据えて歩を進められるわけじゃない。悲劇に心を砕かれ、足を縛られ、絡み取られ、動けなくなる者もいる。未来に希望を見いだせず、過去に生きる者もいる。星井ミクは後者に該当していた。そのため、なのだ先輩の最期の言葉が、星井ミクにとっての救いである自殺を許さないことに、星井ミクの心は今日ももがき苦しみ続ける。
(……眠いの。今日はもう寝るの)
思考放棄していたはずなのに、いつの間にか難しいことを考えていたせいか、星井ミクに眠気が襲う。魔法少女に睡眠は必要ないはずなのだが、なぜか眠い。その現象を少しだけ不思議に感じつつも、星井ミクは眠気に素直に身を委ねるために目を瞑った。今の星井ミクにとって、真に安寧な時は睡眠中だけなのだから。星井ミクの中の時間は、ずっと止まったままだ。
■『魔法少女TRAP』 あらすじ
わたしたちは魔法少女。ただの普通の女の子のはずが、ある時突然、奇跡的な確率で本物の魔法少女になることができた。
魔法少女になったわたしたちは色々なものを手に入れた。魔法少女になれば、例え現実の容姿が不細工でも、美少女になれるし、睡眠食事排泄もいらなくなる。いくら食べても太らないし、さらに常識では考えられない身体能力や容易には壊れない強靭な精神も思うがまま。
わたしたちはそんな魔法少女ライフを大なり小なり謳歌していた。科学の世界の住人が知り得ぬ、知る人ぞ知る世界の中で。きっと、わたしたちは魔法少女の世界を知らずに普通に生活する女の子たちよりはるかに幸せだった。
しかし、ある時。順風満帆な魔法少女ライフは跡形もなく崩れ去った。
悪意を持った者の仕掛けた罠により、わたしたちは絶望の底に突き落とされた。
それでも。わたしたちは歯向かい続ける。大切な誰かのために。譲れない思いのために。手と手を取り合い、そう易々と太刀打ちできない厳しい展開に立ち向かい続ける。
これは等身大の女の子たちがどうしようもない残酷な現実に必死に抗う物語。
彼女たちの抵抗は希望を導くのか、それとも絶望をもたらすのか。
――by.作者:終夜光里
オリジナル魔法少女育成計画 罠罠罠 END.
ふぁもにか「これにて、『オリジナル魔法少女育成計画 罠罠罠』の本編は完結となります。皆さん、ここまでの閲覧、誠にありがとうございます。物語自体はここで終了ですが、次回以降はEXを何話か投稿しますので、ぜひそちらの方もよろしくお願いします」
次回【EX1.ふぁもにかの独白ターン】
※次回更新は12月14日です。