機動戦士ガンダムFX 『天の光はすべて星』   作:飛天童子

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第四話 道の、途中~前編

 連邦の攻撃目標はどこか。

 NTCの機動部隊がサイド7のグリーン・ウォーターで着々と戦支度を整えていた時分、オールド・ハイランドはその目標をつかめていなかった。連邦の暗号はとうの昔に解読できていたが、ひとつだけ特定できない『GV』というコードがあった。

 ラガヴーリン(連邦軍総司令部)発の暗号通信に頻繁に現れることから、明らかに次の攻撃目標を示すコードだと思われたが、候補が複数存在したため、中央情報局と軍事情報局は血眼で駆けずり回った。そして目標をソロモンかワイコロアというところまで絞りこんだものの、そこでついに両手を挙げてしまった。

 地球圏で稼動可能な空母はわずか三隻にまで減少していた。それも、インテルラゴスで中破したチェリィ・ブラッサムまで計算に入れて三隻だ。触雷したナイラーナは依然ドック内にあり、他の空母は旧式で小型鈍足のため練習空母以外に使えない。そんな状態で戦力を分散させるなど、無理な相談だった。

「ソロモンハ生鮮野菜不足。至急補給ヲ請フ」

「ワイコロアハ飲料水不足。至急プラント設置ヲ請フ」

 いきなりソロモンとは考えにくかったが、可能性がないわけではなく、困り果てたベルン(オールド・ハイランド軍総司令部)は一計を案じて、この二文をエンコード一切なしの平文で垂れ流した。どう見ても苦し紛れだが、時として単純な方が妙手となることもあるらしい。

「GVハ飲料水不足ノ模様」

 ラガヴーリンの発信したこの暗号通信を傍受したとき、目標は確定した。四月二十九日、我がエンタープライズとクイーン・ビーを中核とした第一機動部隊がワイコロアを目指してエッヂ・フィールドを出撃した。

 途中、ブライトンの誇る高速戦艦クイーン・エリザベス、プリンセス・メリー、プリンセス・ダイアナの三隻が合流した。

 ワイコロア戦の時点でオールド・ハイランドは、どこよりも進んだ防空システムを完成させていた。ところが、モビルスーツのコントロールを含む全艦隊の対空火力を一元管理するそのシステムに組み込めるだけの性能を有する戦艦はこの三隻だけだった。

 戦闘能力でみればプロイツェンやマラネロの戦艦や巡洋艦のほうが上だったが、彼の国の主力艦の主眼は遠距離砲撃戦で、「防空」という二文字はなおざりにされていた。モビルスーツが復権する前に竣工していた艦ばかりだから、無理もないが。

 第二機動部隊のチェリィ・ブラッサムは三日遅れでエッヂ・フィールドを発った。

 彼女は先の怪我を突貫で修理していたが間に合わなかった。それでもサトウ少将の将旗を掲げたが、出撃後も修理続行という有り様だ。

 中型攻撃空母三隻を中心とする二個機動部隊。

 モビルスーツにして百機弱。

 付け加えることの、ワイコロアに配備された、決して十分とは言い難い守備隊。

 強大なNTCに立ち向かうのは、正真正銘、これだけの戦力だった。焼け石に水、という言葉が脳裏を過ぎったのは俺だけではないだろう。

「一気に月まで落とそうとは、ずいぶんと威勢がいい」

 目標がワイコロアと知ったディタはそう呟いた。

「ただ、勢力は、拡大するより、維持する方がはるかに難しい」

「同感だな」

 と、ガーディー。

「サイド5を押さえたとは言え、連邦にとって月までの補給路を確立し、それを維持するのはかなりきついはずだ」

 しかし、肝心なのは目の前に迫ったこの闘いだ。この、運をすべて味方につけても足りないような。

「いよいよまともに殴り合うことになっちまったか」

 四月十九日――出撃十日前。空母エンタープライズ、ファイター・コマンド。ガーディーは眠そうな目で俺を見た。

「見通しを聞かせてくれよ、フリー・バード」

「勝てる、とは言えない。正直なところ」

 少し考えてから、そう言った。

「が、負けない闘いをすることはできる。とにかく懐へ飛び込んでしまうことだ。セイバーの間合いになれば四方からの攻撃は不可能だ。そんな至近距離でオール・レンジをかけたら、自分まで巻き込んでしまう」

 アンサーが身を乗り出した。

「でもよ、オール・レンジにも有効射程はあるんだろう」

「もちろんだ。しかし、その外からビームを撃っても回避されるだけだろうな」

 ああ、そうか、と、アンサーはうめいた。代わってジャンが確かめるように尋ねてきた。

「しかし、逆に考えれば、ファンネルを飛ばさせなければ何とかできるってことだな」

「そうだ。しかし、そのためには一気に間合いを詰めなければだめだ。中間距離だと訳がわからないうちに撃墜される」

「そうだな。ただ、問題は、――」

「ああ。サリーちゃんだ」

 沈黙。ディタさえも沈痛な心持ちでいる。無理もなかった。サリーを見たら逃げろ、とまで言われ、あちこちで実際にそうなってしまっているほど、サリーの強さは突き抜けていた。

 だが、俺たちは避けて通ることができなかった。

「積極的に挑むのは控えた方がいい」

 俺もそう言わざるを得なかった。

「闘うことになっても、背後の取り合いは絶対にダメだ。あっという間に回り込まれて、食いつかれる」

「まったくあの運動性は信じられない。目の前から消えたと思ったら、もうケツにくいついてやがる」

 みんな、連日の戦闘訓練でいやというほどわかっているだろう。いつも自信満々なアンサーが苦い顔をしてみせるのも、このときくらいのものだ。

「今は、サリーの得意な闘いをさせないことしかない」

 ディタは静かに言った。たしかにその通りだった。

「とにかくワン・オン・ワンは絶対に避ける。最低でも二機一組での一撃離脱に徹し、隙があれば一気に詰めて白兵に持ち込む。不利になったら、即座に離脱する」

 トムがディタの言葉を受けて、まとめた。これがワイコロア会戦直前の時点で確立された対サリシュアン戦術だった。

 GPX750Bがサリーに勝っていたのは撃たれ強さだけなので、二機一組となって遠くから大加速をかけて一撃を加え、一目散に逃げる。

 無論、それでは闘いにならないが、外に手がなかった。敵を撃ち落とすことも大事だが、生き残ることもまた大事だ。

「ウチでいえば、そうだな、おれとフリー・バードが牽制して、アイス・ドールとジャンとアンサーを一気に突っ込ませて白兵に持ち込むか」

「いや、牽制をかけるのは俺だけでいい。みんなは別の方向から一斉に殺到してくれ」

 その方が、みんなの生き延びる確率も増す。そうか、とガーディーはうなずき、ディタはアンサーに念を押した。

「上飛曹。今一度肝に銘じておけ。サリー相手のワン・オン・ワンは自殺と同じだぞ」

 アンサーはしぶい顔をした。

 アレン・『アンサー』・アイヴァースン・アーシタ上飛曹がエンタープライズに乗艦してきたのは、インテルラゴス会戦の後、機動部隊の再編成が行われたときだった。サリーと交戦しながら唯一生き残ったパイロットで、キエフ沈没後、エンタープライズに転属となった。

 腕は立つ。が、その腕前を帳消しにしてあまりある大問題児だった。それはガーディーのように、食事の度に女性士官にちょっかいを出すという程度の問題ではない。

「いつものこと」

 ガーディーについては、ディタもすました顔をしていられる。声をかけられたウェッヴたちもまんざらではなさそうな顔だ。

「自慢じゃないが、悪い噂を立てられたことはないぜ」

 という、ガーディー自ら口にする「伝説」というのも、あながち嘘ではないらしい。

 ガーディーは不思議なことに、男から見て許せない類の男ではなく、むしろ逆で、男から見ても「こうなりたい。こうありたい」という憧れを感じさせるところがある。いや、女性との交友関係については「こうなりたい。こうありたい」どころの話じゃない。熱烈にあやかりたい奴ばかりだろう。

「ベルガー大尉は、私生活の撃墜王だもの」

 そんなことをディタがぼそっと言ったときは、不覚にも爆笑してしまった。

「信用できるのは、コクピットにいるときだけか」

「より厳密に言えば、マスター・アームを立ち上げてから落とすまでの間」

「戦闘中だけじゃないか」

 そういうディタもガーディーには悪い感情を抱いていないのだから、人徳というべきなのだろうか。

「もっとも、戦闘中でも信じられないパイロットもいるわ。トリガー・ハッピーとかね。でも、一番困るのは意識的に命令を無視して独断専行するパイロットよ」

 そして、アンサーはディタが言うところの最も困るパイロットに属していた。

 能力はきわめて高い。が、その闘い方はひたすらセルフィッシュで、どんな相手でも一対一で撃破することにこだわりすぎるきらいがあり、僚機の援護など眼中にない。上官反抗、命令違反は日常茶飯事。パーソナル・マークも可愛らしいものではなく、ウイングド・プッシィだった。俺にとってはこれまた懐かしいと言うべき、エアロスミスのトレードマークだ。

 そんなアンサーがディタのウイングマンとなり、戦闘訓練は俺のRZ対ガーディー・ジャン組、RZ対ディタ・アンサー組で行うこととなった。

 ところが、事件は、最初の訓練の後に起こった。

 降機するや否や、ディタがアンサーを張り飛ばしたのだ。

「最強の敵は味方の中にいる、という言葉は本当だな」

 訓練中、二機は幾度も激しくもつれあっていた。ふたりでひとつのパイを奪い合っているようにも見えた。俺が与えた数少ないチャンスも、互いに足を引き合うようにして、ことごとくつぶしていた。

「実戦で射線上に出て来たら、迷わず撃ち抜く。そのつもりでいろ」

 ディタはすぱっと言い捨てて背を向けた。普段にも増して冷たい口調で、相当頭に血を昇らせていることがわかった。

 ところが、NF250の弱点をついに見えるところへ引っぱり出したのは、アンサーだった。

 四月二十二日、出撃一週間前のことだ。

 俺にポジションを取られたアンサーのGPX750Bはこちらを振り切ろうと激しく回避機動を行っていたが、ドッグ・ファイトでRZから逃れるのは至難の技だった。

 だが、照準捕捉した瞬間、アンサーは思いもかけない行動に出た。

 急制動をかけたのだ。

 合わせて急制動をかけた。

 が。

 何故かオーヴァー・シュート、アンサーを大きく追い越してしまった。態勢を立て直したときには、アンサーはすでにタックルできない遠くへ離脱していた。

 ファイター・コマンドから、トムが不思議そうに尋ねてきた。

「フリー・バード、どうした」

「わかりません」

 ほんとうにわからなかった。機体の軽さからしても、ガンダムRZの方がGPX750Bより早く停まれるはずだ。

 おそらく何らかのミスと考えて、同じパターンを今度はディタ相手に試してみた。

 結果は変わらなかった。

 ばかりか、二度目はつんのめって前に出てしまったところを照準レーザーで狙撃され、見事に「撃墜」された。さらに、ガーディーとジャンを相手にしてもオーヴァー・シュートを演じてしまった。

「おかしいわね」

 女史も歯切れが悪い。

「現在テレメーターのデータを片っ端から解析しているわ。待っていて。すぐに探り当ててみせる」

 女史は嘘を言わなかった。結論は、すぐに出た。

「サリーは、トップ・スピードからの急制動を非常に苦手とする、つまり、すぐには停まれないモビルスーツだ」

 訓練後、ファイター・コマンドでトムにそう告げられたが、スターバッカーズ以外のモビルスーツ乗りはぴんと来ない顔をしていた。モニター上には他の空母のパイロットたちも顔を揃えていたが、目を見合わせて首を捻っているばかりだ。

「圧倒的とも言えるサリーの強さは絶妙なバランスの上に成り立っている。けれど、完全な均衡には為し得ず、そのひずみは制動に隠されていたということです」

 女史が前に立って説明を始めた。

「サリーは極限まで軽量化されているため、ストッピング・パワーに剛性の低いフレームが耐えられず、強い制動をかけられないのです」

 女史はディスプレイを用いて、GPX750Bとの違いをはっきりさせてくれた。

「フル・ブレーキングをかけた場合、ネージュは当然ながら、ガン、と一気に減速する。でも、サリーは制動バーニアが噴射と停止を小刻みに繰り返すシステムになっていた。その分、マイナスの加速が弱く、オーヴァー・シュートしてしまう。さらには高速での急激な方向転換が難しい」

 ここまで説明が進んで、ようやく皆もわかったらしい。感嘆の声が起こった。

「つまり、くらいつかれたら急ブレーキをかけて、そして急に向きを変えてダッシュしたら逃げられる。アンサーはインテルラゴスでこれを偶然にやって、生き延びたというわけ」

 女史はアンサーを見やってにっこりした。

 そのようなわけで、先の対サリー戦術にアレンジメントが加わった。

「基本は一撃離脱。間合いに飛び込めたらセイバー」

 ここまでは同じだ。ここからが違う。

「食いつかれたら振り切ろうとせず、フル・ブレーキング。サリーのオーヴァー・シュートと同時にスピン・ムーヴ。MAXアフターバーナー、オン」

 言ってしまえば逃げ技に過ぎないが、これを確実に実行できたパイロットは、手を負うことはあってもサリーに撃墜されることはなくなり、各国パイロットの間で、

「紙に書いてヴァイザーの内側に貼っておけ」

 とまで言われたほどだ。

 そして、少なくとも負けない、という戦術の繰り返しは後に大きな影響を及ぼすこととなった。

 

 一方、ディタとアンサーの確執は激しさを増し、よりによってワイコロアへの出撃直前に頂点に達した。

 四月二十六日、出撃三日前。その日の機動訓練で、俺にくらいつかれてフル・ブレーキングをかけたディタに、アンサーが背後から激突してしまったのだ。

 しかし、逆のポジションならディタがアンサーに突っ込んでいたはずだ。ディタもアンサーも目前の敵しか見ていない。互いの背中を守ることなどまるで考えていない。

 が、サリーは単機で打ち負かせる敵じゃない。

 ふたりの懲罰が決定した後、トムに呼び止められた。

「フリー・バード、これは一刻も早く解決すべき問題だ。実戦では、君はふたりの背中を守ることができるかもしれないが、おそらくその逆はできまい」

「それどころか、今のままでは、間違いなく共倒れになります」

「そのとおりだ。それだけは回避しなければならない。ただ、私があのふたりに命じてすむならいいが、戦場で逸脱してしまう可能性もある。戦場はまた特殊な環境だからな」

 つまり、これはディタとアンサーの問題だということは言うまでもないが、実戦でふたりと編隊を組む俺の問題でもあるのだ。

 ことは戦闘技術ではない。ふたりの意識の変革。それが必要だった。

「頼めるか、フリー・バード」

「無論です」

「助かる。残念ながら残業手当はつかないが、作戦終了後に一杯おごろう」

 トムが頭ごなしでゴリゴリと事を押し進めるリーダーでなくて助かるのはこういうときだ。トムは強力なリーダーシップを発揮して引っ張っていくリーダーではないが、きちっと目を配って俺たちを力強く押し上げる。トルクの効いたエンジンのように。

 トムの許可を得て、自室謹慎中のふたりを呼び出すこととした。

 自室に戻る前に、男女にはっきりと分けられている居住区画の唯一の接点、ミーティング・ルーム――ガーディー言うところの『逢い引き部屋』に立ち寄ってみると、ディタが端のソファの隅にひとり、ぽつんと座っていた。それでなくても細い体が一層細く見えた。俺を待っていたことはわかった。しかし俺が向かいに座っても、一度ちらりと目をよこしただけで、口を開こうとしない。

「話したいことがあれば、話してしまった方がいい」

 水を向けても、黙っている。

「話しにくければ、座り方を変えよう」

 俺たちは背中合わせになって座った。

「大尉――フリー・バード」

 しばらくして、ディタはようやく呼びかけてきた。その後またすこし黙っていたが、ぽつりと呟いた。

「上飛曹は、わたしと同じだわ」

 そうとわかっていながら、いや、そうとわかっているから余計に我慢できないのか。ただ、アンサーと出会ってからのディタはディタらしくもない。それを告げると、うなずいたようだった。

「アンサーとうまくやっていく意志はあるんだろう」

「ボスの命令だから」

 頭を抱える代わりに、今までずっと言おうと考えていたことを口にした。

「何でもひとりでやってしまおうとしない方がいい」

 えっ、とディタは言った。

「どんなに優れていても、ひとりでできることなど、高が知れている。だいたい、他者を認めたからといって、君の価値がなくなるわけじゃない」

 応えないディタの胸のうちは、わかる。が、言葉を継ぐ。

「君のように優れた人間にとっては、事に際して人の手を借りるなど節を曲げることのように思えるのだろうが、それはちっとも屈辱じゃない。それを俺に教えてくれたのは、君だ。ディタ」

「わたし?」

 振り返ったディタに、振り返ってうなずいてみせた。

「Zネクストに乗り換えたばかりの俺は、とにかく自分で決めてやろうとして、気がはやって突っ走ってばかりだった。ドッグ・ファイトは自分の力だけで勝てないこともあるなどとは、思いもしていなかった。いまのアンサーも、まさにそうだ。わかっていない。絶対にひとりで闘ってはならない敵が存在するということが」

 ディタはうなずかずに俺を見つめていた。

「しかし、ひとりで勝てない敵でも、優れたウイングマンがいれば勝てる。勝てるようになる。実際、君に出会っていなければ、俺はキル・マークを刻むどころか、今ここにいない」

「けれど、上飛曹は、あなたとは違うわ」

「だから、アンサーはまだわかっていないだけなんだ」

 根気強く言い聞かせた。それを教えるのが俺だということは先刻承知だった。アンサーと俺の違いは、この場合問題ではなかった。

「サリーは厳しい敵だ。アンサーはそれをよく理解しているが、己の力をさらに高みに置いている。サリーと交戦して、ひとりだけ生き残れたせいもあるんだろうな。だから、サリーとのワン・オン・ワンでは撃破される確率の方が圧倒的に高いということを、これから教える」

「今からまた飛ぶの?」

 うなずくと、ディタにしては断乎とした口調で言われた。

「無茶だわ」

「NTCの主力が来るんだ。無茶もするさ」

 疲れきっているのは間違いなかった。通常の戦闘訓練の他、出撃前にチェリィ・ブラッサムとクィーン・ビーのパイロットたちにもサリーの癖を教えなければならないため、朝から晩までRZのコクピットにいるようなものだった。たしかに厳しいが、ここで目を閉じるわけにはいかない。

「わたしがニュータイプだったら」

 かすかに感情を表したディタに、君は、と言いかけて口を閉じた。まだ、早い。それより先に言うべきことがある。

「落ち着いて、俺と組んでやってきたことを思い出すんだ。どちらかが有利な位置を取ったら、もう一機はサリーを狙うよりも相方を守ることを優先させ、援護する。それだけのことだ」

 ディタの瞳を見て、告げた。ディタが応えて口を開く前にもう一言つけくわえた。

「うまくやっていければ、アンサーはこの上なく力強い味方になる。それは、君も一層強くなるということだ」

「でも」

 ほんとうにうまくいくと思っているの?

 ディタの無言の問いかけにうなずいてみせた。

「うまくいくさ。第一、敵に均等の機会は与えないというのが君のモットーだろう」

 笑いかけると、ディタはくるっと背を向けた。が、こくっ、とうなずいた。

「お願い――します」

 ディタは背にもたれて、おずおずと重みをかけてきた。

 

 アンサーの周りには、誰も居ない。

 最初、隅のテーブルでひとり食事をしていた姿が目に留まった。

 このときもそうだった。メス・ホールの隅のテーブル、ひとりで所在無さげに宙をぼんやりと眺めていた。俺が近づいていくと気がついて、にやっとした。

「よォ、フリー・バード」

 上官を上官と思わない態度も、まあ、気にならない。肌の色ばかりでなく、アンサーには自分と似た匂いを感じる。懐かしい匂いを。ここが空母のメス・ホールではなくハイ・スクールで、互いにティーネイジャーだったら、きっと最高の仲間になっていたはずだ。

「認められるためには、戦場で答を出すしかない。答を出せなきゃ、俺はただのチンピラだ」

 ニック・ネームの由来を尋ねたとき、アンサーはそう応えた。

「俺は、誰よりもまず俺自身にただのチンピラじゃないってことを証明しなけりゃならないんだ」

 アンサーは、宇宙へ上がれなかった子供だった。父親を知らず、貧しさはこの上なかった。ジャンク屋をはじめとしてありとあらゆることをして生き抜いてきた。食うには困らない、という理由で連邦軍に入り、こちらに鞍替えした。理由は当然、金だ。

 しかし、同情はしない。同情で人は救えない。第一、金なんかで屈辱や怒りや魂の飢えがきれいさっぱり清算されるわけがない。

「話ってのは、何だい」

「君の操縦技術と攻撃力は認める。その上で言うべきことがあってな」

「なるほど。で?」

「君はいつでも自分で決めるチャンスを狙っているが、君が決めなければ勝てないということはない。そういうことだ」

「何かと思えば、そんなことか。ご忠告には感謝したいところだが、おれは今までずっとそうしてきた。そうやってここまで来たんだ。今更変えられないし、変えるつもりもないぜ」

 アンサーは目をぎらぎらさせてそう言った。やはり、居る場所が昔の俺と大差ない。ずっとひとりでやってきて、他人が必要ない。というより、強く拒む。優しく差し出される手さえ。根本的に他人を信じられない。

 だが、今までのやり方を変えることは、自分を拒むことではない。

 それは、トムの言ったように、教える必要がある。

 アンサーは理解している。だが、納得ができていない。ならば、目で見える形で納得させるまでだ。

「まだ飛ぶ元気は残っているか」

 そう尋ねると、アンサーは怪訝な顔になったが、うなずいた。

「それならいい。ひとつ、勝負をしよう」

「勝負?」

「ワン・オン・ワンだ。君が勝てば、君の今までのやり方を貫け。しかし俺が勝ったら、新たなやり方を探してもらう」

 アンサーは不敵な笑みを浮かべた。自信満々な目が俺を見据えた。

「だいじょうぶだ。おれァ負けない。たとえ、あんたが相手でもね」

「1ラウンド・マッチだ。セカンド・チャンスはないぞ」

「チャンスは一度で十分だ。やってやるぜ」

「意気込む前に、誓え」

 アンサーはもったいをつけて、手を挙げた。

「おれは誓う。勝ったら、今までどおり、何も変わらない。負けたら――」

「親の総取りだ。いくぞ」

 トムに許可を得た後、俺たちは準備を整えてハンガーに降り、愛機に搭乗した。

「アークエンジェル。レイ大尉、発艦準備完了。リクエスト・フォー・テイク・オフ」

「こちらセラフィム」

 応えて視野の真ん中に現れたのはパルテール少尉ではなかった。ヘッドセットをつけたディタだった。

「コーション・オール・クリアを確認。クリアード・フォー・テイク・オフ、スターバッカー01」

「君が俺の管制をしてくれるのか」

 ディタはこっくりとうなずいた。

「上飛曹の管制はパルテール少尉が担当するから、こうしないとフェアじゃないわ」

 そういうが、航宙管制官はパルテール少尉一人ではない。興味が湧いたのだろう。

 RZは一足先にフライトデッキに出た。モビルスーツ指揮士官に誘導されてリニア・カタパルト、セット。指示灯が眩く点ったところでディタが口を開いた。

「あなたなら、だいじょうぶよ」

「おだてるなよ」

 噴き出しそうになりつつ、アンサーとの回線を開いた。

「いくぞ」

「おうよ」

 発艦。コンバットエリアまでは並行したが、境界に差し掛かるやアンサーは轟然と加速した。そうだろうと考えていたので驚かない。ベクトルを確認して追撃する。

 コンバットエリア外郭まで行ったところでアンサーは九十度転針。頭をもたげて猛烈な上昇。追うとまた転針。とにかく詰めさせない。

「狙いはいい」

 つぶやきを拾ったのか、ディタが尋ねてきた。

「何か」

「アンサーさ。なかなか巧みだよ。こういうときにウィングマンがいてくれれば脚を折ってもらえるんだが」

「――そうね」

 ディタははっきりしない声で答えた。

「しかし格闘ならRZが絶対に有利。ここはどうにかして自分の土俵に引き込まなければ」

 無論だ。PMC(サイコミュ・メイン・コントロール)を起動させて、ファンネルを射出。

 

 RDY FNL‐Ⅰ、Ⅱ

 

 攻撃形態に移行した二基のフィン・ファンネルはまっすぐにアンサーを追う。

 だが、アンサーは無茶苦茶な機動で捕捉させない。ここまで正確にアンサーの動きをトレースしていたディタの管制も一拍遅れるほどだ。頭で考えて行っているとはとても考えられない動きだった。

 しかも、銃口はこちらに向けたままだ。

 動きに気を取られたら思う壺だ。ファンネルの手綱を引いて、中間距離に戻した。

 そこでアンサーは猛然と攻勢に立った。反転して向かってきた。

 俺もファンネルを差し向けた。

 が、アンサーは一番を回避、二番を撃墜して、ジグザグ機動で接近してきた。

 とっさに右にスライドをかけ、上昇して逆宙返りで背後を捕捉しようとしたが、アンサーは俺に正面を向けて、後退しつつ射撃していた。緊急高機動回避に移る。

 強敵だ。獣と闘っているようだ。

 だが、機動を重ねるうちに隙をみつけていた。

 アンサーの機動はたしかに見事だ。その機動と機動の間隙が勝負だった。後退していたアンサーが転針したとき、RZは頭を下に向けて急速反転降下。

 アンサーは急旋回した。RZはさらに小さい回転半径で間合いを詰め、背後にくらいついた。短距離のダッシュなら、RZは負けない。

 エンジンが激しい光を吐いて、アンサーは逃げを打った。

「ただ逃げているのではないわね」

 ディタはそういった。

「逃げながら、フル・ブレーキングのタイミングを計っている」

「了解」

 サイドスティックのトリガーを絞った。

 

 RDY FNL‐Ⅲ、Ⅳ

 

 ファンネル射出。

 同時に、アンサーはフルブレーキをかけた。

 が、アンサーに俺の姿は捉えられず、逆に照準捕捉警報が耳を打ったはずだ。下へ跳んだRZは真上にライフルを差し上げ、転針したアンサーに照準レーザーを照射していた。

「こちらアークエンジェル。スターバッカー03の撃墜を確認」

「こちらセラフィム。スターバッカー03の撃墜を確認」

 パルテール少尉とディタの声が重なった。続いてアンサーのわめき声が飛び込んできた。

「ちくしょう、誘い手だったのかよ」

「いや、急ブレーキをかけなくても、次の機動に移ったら終わりだった」

「どうしてだよ」

「機動のリズムを変えるとき、わずかの間を置く。それが君の癖だ」

「白兵で勝負すべきだったぜ…ちくしょう」

 帰艦命令が出た。アンサーに合図して、RZを帰投コースに乗せた。

「これからはディタとの連携を活かして、一+一が二以上の力を発揮できるように考えて闘え。いいな」

 着艦後、肩をがっくりと落として降りてきたアンサーは、さらにがっくりとうなずいた。しかしまだ首を捻っていた。

「けど、うまくやっていきましょうなんて言ったって、アイス・ドールが今更わかったなんて言うのか。あのアイス・ドールだぜ」

「ディタならだいじょうぶだ。安心して背中を預けるといい。君もディタの背が空いたら守るんだ」

 アンサーはうなずくのを途中で止めて俺を見上げた。

「ほんとうにうまくいくと思ってるのかよ。アイス・ドールとおれだぜ」

「うまくいくさ。どちらかが有利な位置を取ったら、もう一機はサリーを狙うよりも相方を守ることを優先させるんだ。問題あるか」

「理に適ってるが、附に落ちない」

「理に適っているとわかれば十分だ。実践しろ。そのうちにそれが自然になる」

 やれやれ、とアンサーは呟いた。キャットウォークに座り込んでしまった。

「できたら、アイス・ドールよりもあんたと組みたいところだけどな」

「それは無理だ」

 俺の声にもうひとつ別の声が重なった。ディタだった。

「わたしたちは、大尉に気を取られた敵の背後を突かねばならない」

「そういうことだ」

 アンサーのまだ上下している肩を叩いた。それからディタに目をやった。

「俺の背中は君たちに預ける。君たちがうまく連携しなければ、俺も撃ち落とされる」

「そんなことは、させない。絶対に」

 ディタは言い切ってアンサーを鋭く見つめた。アンサーは肩をすくめた。

「わかった。あんたの言うことだからな」

 うなずいて、拳を突き出した。狐につつまれたような顔になったアンサーに挨拶だと告げると、いつもの不敵な笑みを取り戻して立ち上がった。

「ヘッ、懐かしいぜ」

 と、拳を固めた。

「君は、サリーに対する戦意が潰えていないところはほんとうに立派だ」

「ッたり前よ」

 アンサーはほんとうに嬉しそうに笑った。そんな顔を見たのは初めてだった。

「あんなクソッタレなモビルスーツ、必ず蹴散らしてやるぜ。ついでにあんたの背中も守ってやる。敬意を表してな」

「当てにしているぞ。――GO,MAN!」

「GO!」

 俺たちは上、下、そして正面から拳を合わせてから堅く手を握り合い、別れた。

 ディタは漂っていくアンサーを目で追っていた。

「まったく、手ごわい相方だわ」

「君にそう言わせるだけでも、たいしたものさ」

 ディタは肩でひとつ息をした。

「そう…かもね」

「よろしく頼むぞ」

「まかせて」

 軽く手を合わせてディタも漂い出て行った。俺は壁を蹴飛ばしてガン・ルームに流れ込んだ。酔っ払いのような気持ちだった。

 と、手をぐっと引かれて、ソファに降ろされた。

「お疲れ」

 ガーディーだった。

「教育的指導、ほんとうにお疲れだったな」

「まったくだ。ワン・オン・ワンは任せてしまえば良かったぜ」

 よせよ、とガーディーは笑った。

「アンサーじゃ、ワン・オン・ワンで絶対に勝てると言い切れないからな」

 ガーディーはコーヒー・チューブを手渡してくれた。早速一息いれたが、この鬼も吐き出してしまう味のコーヒーが染みとおっていくのだから、たしかにお疲れなのだろう。

「実際、あいつは強い。周りが見えて、頭を使うことを覚えれば、一層強くなる」

 ガーディーはまじめな目でそう言ったが、すぐに陽気な笑顔になっていた。

「しっかしまァ、おまえさんもたいしたもんだよ。おれのドライヴできない奴をふたりもきちっと引っ張っていくんだからな」

「お互い様だ。あんなにたくさんの女性は、とてもじゃないが、俺にはドライヴできない」

「ははは、言うねえ。でも、タフだって言えば、NTCもタフだよな。考えてみたら、敵さん、戦を始めてこの方、まったく休んでいないぜ」

「強くプッシュされて生まれ出た強化人間たちは、息を抜こうという気にはなっていないようだな」

 突然聞こえてきた声の方を向くと、ガトー少佐だった。後ろに部下のパイロットたちがぐったりと続いている。

「モビルスーツで戦艦を沈められるということが再証明できたのだから、短期間で可能な限り戦果を挙げ、勝てるうちにひたすら勝ち進んでスペースノイドを完膚なきまでに叩きのめし、講和の席に引きずり出す。それが連邦の狙いだ」

 ディタも同じことを言っていた。

「しかし我々の戦いは義によって立っている。今は一敗地にまみれているが、冬来たりなば、春遠からじという。この屈辱も糧にして、必ず最後に勝利を収めることができる。必ずだ」

 少佐は強く言い切った。連日の猛訓練にもまるで干からびていない。感嘆のようなものを覚えつつ、起き上がって敬礼した。

「訓練終了ですか」

「お疲れ様です」

 少佐は返礼して前に浮かんだ。

「二人ともどうした。こんな時間に」

「うちのやんちゃ小僧の指導を終えたところです」

「ああ、アンサーか」

 少佐は破顔一笑した。

「調子はどうです」

「ここまで来てどうこう言ってはいられないな。出撃は三日後だ」

 当たり前のように言いながら、少佐は向かいに腰を降ろした。攻撃隊の面々は宙を漂ったまま眠っている。

「ひとつ明るいニュースがある」

「なんです」

「グングニールは、距離二十万を境として命中率にかなりの差が現れる。つまり、必殺の射程はざっとゲイボルグの四倍だ。エスコートの君たちにかかる負担も減るぞ」

 NTCが開戦から用いている必殺の対艦ロケットがゲイボルグだ。ことにマジー・ノワールの際は強電磁シャワーが確認されているので、核装備であったとも言われている。

 その説明を受けたのは、出撃のかなり以前、DIS(軍事情報局)の少尉からだった。

「連邦軍の対艦ロケット、コード・ネーム『ゲイボルグ』で特筆すべきはその高速で、毎秒十キロにまで加速します」

 納得できた。二、三の直撃弾で戦艦が沈められたことは信じられなかったが、この速度あっての破壊力か。

「誘導機構は一切ついておりません。直進するだけですが、距離五万以内で発射されればまず回避は不可能です。探知できても、撃墜できないでしょう」

 場は重苦しい沈黙に満たされた。あまりに速く、逃げることのできない槍。それがゲイボルグだった。小さな艦であれば、その速度だけで粉砕されてしまう。

「『グングニール』は、その『ゲイボルグ』を分析して開発された対艦ミサイルです。最大速度は毎秒二十キロで、母機のパイロットの目視誘導で航行し、目標との距離が二万を切ったら自身のセンサーでホーミングを開始します」

 場にどよめきが走った。マジー・ノワール奇襲以来、屈辱の日々の中でも、環地球連合軍は必死で研究を重ねていたのだ。

 ただ、GPX750Bはこの大きく重たい対艦ミサイルを塔載したまま対モビルスーツ戦をこなすことは不可能で、上層部も一機種にまったく性質の異なる任務を押しつけることを嫌った。

 結果、機種分化が起こって、新たに攻撃専用機アナハイムGPA550Aリカールが生まれた。旧式と化してしまったヤッファの足回りを中心に手を入れて再生させたモビルスーツだ。

 このGPA550Aとグングニールを以って、オールド・ハイランド初のモビルスーツによる攻撃機動隊が組織され、三隻の空母に配備された。

 我がエンタープライズに配備されたのが第三攻撃機動隊『シルヴァー・アローズ』で、そのリーダーがクリストファー・アナベル少佐だった。俺と同じく自然覚醒したニュータイプで、ガトー少佐というのはニック・ネームだ。

「おれはガトーに目がない」

 と広言してはばからない甘党という、言っては失礼かもしれないが、見た目からは想像できない一面を持つ。そういったわけで、腕のいいパティシェでもある厨房のチーフ、トクロウと非常に仲がいい。乗艦してきたその日、歓迎パーティで一気に意気投合してしまった。

 幸いにして、俺とも問題なく受け容れ合うことができた。それについては、少佐もほっとしたと笑った。

「ニュータイプ同士だと、出会いの一瞬で決まるからな。互いに相手のすべてを受け容れられるか、受け容れられないか、が」

 少佐の言うとおりだった。見えない部分が後で明らかになるということは、有り得ない。わかりあうというのは、そういうことでもある。

「わかりあうことと、相手を受け容れることとは、異なる」

 と、少佐は言った。

「わかりあいながら受け容れることができない、ということも有り得る。もっと言えば、わかりあってしまったばかりに絶対に受け容れられない、ということさえある。全人格の包括的理解を瞬時に成し得るまでに拡大した認識の場の共有はニュータイプの業だが、それをそのまま、あるがままに受け容れられるかというのは個人の資質の問題だ」

 そのギャップにニュータイプの悲劇の基がある。俺もずっとそう考えてきた。

 NTCの構成員が俺から見て普通ではなかったのは、閉じていたためだ。彼らの認識のベクトルは外へ向かっていなかった。俺に対してもっとも開いていたカルーアでさえ、かすかに共鳴しただけで、全人格の包括的理解を瞬時に成し得なかった。そのことは悔やんでいる。もう少し歩み寄っていれば、カルーアは憎しみと憤りの剣を振るうことはなかったのではないか、と。

 だが、ロートシルト大佐はそれとも違う。大佐は、わかりあうこと以前に、受け容れることができるとわかっている。これがどういう認識なのか、わからない。

「ところでフリー・バード、さっき見たんだが、ガンダムの頭、ずいぶんと細長くなったな」

「TR2Xを組み込んだんですよ」

 少佐はおもしろそうな顔をした。

「Tレーダーか。君に必要かな」

「何でもバックアップ・システムはあるに超したことはありませんね」

「トップ・シークレットも君にかかってはバックアップ・システムか」

 少佐は豪快に笑った。

 トップ・シークレットの名は、トリニトン。ミノフスキー粒子を媒介にして伝播する粒子だ。

 オールド・ハイランドでは早速応用され、開戦前にすでに長距離、中距離索敵レーダーが実用化されて、空母に優先装備されていた。エンタープライズが月からシーヴァスをはるばると追いかけることができたのも、このTレーダーのおかげだった。近接防空システムや通信システムの構築とともに、モビルスーツ搭載用レーダーも開戦後まもなく実用レヴェルに達し、それがようやく俺のRZにも搭載された。これが連邦軍に対する絶対の優位となった。連邦の敵を察知する手段は、最後まで光学機器と当てにならないミノフスキー干渉波レーダー、そして強化人間の認識能力のみだったのだ。

 その話の後で少佐はふと遠い目をした。

「いよいよ、NTCとのファースト・ラウンドだな」

「勝てますよ」

「敵はかつての仲間だ。闘えるか」

「仲間と言えるほど時も、想いも共有していませんよ」

 即答した。魂のない、力だけのニュータイプなど、人を継ぐものとは言えない。ニュータイプとさえ言えないだろう。少佐もうなずいた。

「そうだな。しかし連中は強い。鎧袖一触というわけにはいかないだろう。気を引き締めていこう」

 了解、と応えると、堅苦しいのはやめろ、と苦笑いされて胸を叩かれた。俺はこの攻撃隊長がますます好きになった。

 

 出撃五日後、五月四日。

 第一機動部隊は月の公転軌道に達した。コンディションがイエローに切り替わる。戦域突入だ。

 第一機動部隊は月の右翼を大きく回って前に出ようとする。第二機動部隊は月の重力で加速して左翼を突き抜ける。結果、遅れていたチェリィ・ブラッサムの方が前に出る形となった。

 月を越した第一機動部隊は増速、第二機動部隊の下に潜りこむようにしてワイコロアとの距離一万二千五百を保つ。この距離ではワイコロアもまだ点だ。

 ワイコロアはサイド5空域の最後方に据えられる予定でアステロイド・ベルトから引っ張ってこられた資源小惑星だが、諸問題で破棄され、サイド5のコロニー群とはかなり違う軌道でL1を周回している。大きさはソロモンの八掛けといったところだ。ただ、あそこまで要塞化されているわけではなく、攻め方によっては一気に陥落させられる危険があった。そしてここを押さえられると、L4もL5も一気に爆撃圏に入ってしまう。逃げ場なし、だ。

 我々は先手を取らなければならなかった。何としても。見つかる前に見つけて、撃つ。幸いにして、我々は鷹の目を持っている。コンディション・レッド移行三十分後の標準時〇三三〇、クイーン・ビーから第一特務機動隊の戦闘偵察機GPZ900Rニンジャ六機が飛び立ち、広域索敵行についた。その三十分後に、第二特務機動隊のGPZ900R六機が二段索敵のために飛び立った。

 果して大出力のTR3レーダーはものを言った。GPZ900Rの一機からのT通信が旗艦リヴァージュに飛び込んできたのは、標準時〇六一五のことだった。

「敵艦隊発見。ワイコロア西天、アングル025、距離二万五千二百」

 続いて、もう一報。

「艦隊内ニ空母四隻確認。大型二隻、中型二隻」

 広く展開していたGPZ900R各機は至急その空域に向かい、所在が確定されると、まずワイコロアからモビルスーツ隊が出撃、NTC機動部隊を攻撃した。が、それはサリーに軽くひねられ、返す刀でワイコロアはNTCのモビルスーツ隊の猛爆を受けた。

 が、致命傷には至らず。

 マジー・ノワールのアンコールを見たいという気持ちはわかるが、モビルスーツは要撃に用いるべきで、要塞攻略にはまず艦砲射撃だった。それは、連邦も後にその身を以って知ることとなった。

 その間にニンジャ隊は快足を飛ばしてネットを張り、エンタープライズでもついにコンタクト。NTCはこちらの攻撃レンジに入りつつあった。その堂々とした進軍ぶりは、環地球連合軍が存在していないと信じているかのようだった。

 が、我々は虎視眈眈と機を狙っていた。

 標準時〇八五五。

「ワレ攻撃隊ヲ発進サセントス」

 チェリィ・ブラッサムが連邦の預かり知らぬ遠くで猟犬の群れを解き放ったとき、エンタープライズの全モビルスーツ・パイロットはブリーフィング・ルームに集結していた。

 空気は痛いほどにぴりぴりしていた。みんなの頭のなかに稲妻が走っているかのようだった。誰もがこの闘いの意味をよくわかっていた。

「オールド・ハイランドは、いや、すべてのスペースノイドは君たちに希望を託す。武運を祈る」

 ジャガー中将が最後にそう告げたときに、トムの、自身が出撃できない口惜しさを感じた。義手ではサイド・スティックに入力できない。だが、トムはその思いを顔には出さず、冷静な声で締めくくった。

「従軍僧侶に五分間だ」

 何人かのパイロットが前へ出て、控えていた従軍僧侶の前にひざまずいた。第七戦闘機動隊は、全員、行かなかった。まったくタフな連中だ。

「さあ、ショウ・タイムだぜ」

 クミコのホログラフを真剣に見つめて何事かを告げていたジャンの肩をガーディーが陽気に叩き、ふたりは肩を組んで歩き始めた。

 俺はひとり出てゆこうとしたアンサーを呼び止めた。振り返ったアンサーは、何も言わないのに、うなずいた。

「わかってる。無茶はしない。絶対に」

 拳を突き出してきた。俺も拳を突き出して、バッド・ボーイズの挨拶を決める。

「よろしくな、アイス・ドール」

 アンサーは、ディタに人差し指をびしっと向けてにやりと笑い、ターボリフトに飛び込んだ。ディタは手を挙げて応えたが、その目は俺を見ていた。俺はディタの肩に手を置いた。

「当てにしている」

「まかせて。フリー・バード」

 ディタの声は明るく、碧い瞳は落ち着いていた。いける、という気がした。華奢な肩をぽんと叩いてターボリフトに向かった。

「フリー・バード」

 搭乗直前、ガトー少佐に声をかけられた。

「距離十五万で五秒、我々を守ってくれ」

「距離十五万? 二十万ではなかったのですか。それに、たったの五秒、ですか」

 俺は驚いて少佐を見た。だが、少佐の目は平静な色をたたえてしっかりと俺を捉えていた。

「グングニールは、距離十五万以内で撃てば、NTスカウト・オペレイターが察知しても回避できまい」

「たしかに、それはそうでしょうが…」

「それにGPZ900RのTDL誘導もあるし、五秒で決めなければ、な」

 しかし。

 胸のうちで呟くと、

「それが我々の仕事さ」

 少佐は俺の肩を叩いて、自機へ向かった。

 距離十五万で五秒、と胸に刻んで俺もガンダムRZに搭乗した。

 発艦準備を整えながら、スクール・ボーイの頃、盛んに首を突っ込んでいたバンド・コンテストのことを思い出した。出番の直前、真剣に楽器のチェックとチューンをしていたときのことを。

 決戦だというのに、どうしてこんなことを考えているのだろう。

 そんなことを頭の隅でぼんやりと追っているうちに、頭のジュークのスゥイッチが入って、あの頃演奏していたナンバーをひっきりなしに流し始めた。

「フリー・バード、ガンダムRZ、システムス・オールG」

 女史のきびきびした声が俺をノスタルジーの世界から引き戻した。チェックは終了、発艦準備も終了だ。了解、と応えると、すこしあまい声がした。

「戻ってきたら好きなお酒をごちそうしてあげるわ、シュー」

 女史はにっこり笑って、閉じてゆくコクピット・カヴァーをぽんぽんと叩いた。俺も人差し指と中指を高々と挙げて応える。

 三分後、第七戦闘機動隊の全モビルスーツが左舷フライト・デッキ上でスタンディング・バイ。モビルスーツ指揮士官の誘導に従い、ガーディーのイタリアン・レッドのGPX750Bは左、俺は右の発艦位置に定位し、カタパルト・セット。

 だが、灯るべき発艦指示灯が灯らず、スロットルをMAXアフターバーナーへ、の指示もない。

 どうしたのか、と思っていると、カタパルト・オフィサーたちがRZとガーディーのGPX750Bの下に続々と潜りこんでいき、オフィサーのひとりが手振りでスロットルを絞れと告げた。どうもただ事ではなさそうなのでトムに尋ねようとしたが、ファイター・コマンドも混乱に陥っている。

「LC左舷一番、作動しません」

「左舷二番もアウト」

 かろうじてそういう言葉を拾うことができたが、…リニア・カタパルトが二基ともアウト?

「主電送系に異常、メイン・バスならびにサーキットが完全に遮断されました」

「バックアップ・システムは」

「切り替わりません」

 悲鳴に近い女性の声が聞こえた。続いて、いくらか冷静な声が。

「これは機械的な問題ではなく、カタパルト制御システムの問題と思われます」

 原因はおそらく取るに足らない、つまらないものだ。俺の経験はそう言っていた。しかし、それがこの肝心なときに起こってしまうとは、気まぐれな女神は重力の井の底の蛙たちに微笑もうとしているのか?

 そのときだった。

「行くのよ、シュー」

 マザー・ヴォイスが、今までになかった強さで背を押した。

 

 

 MOBILE SUIT GUNDAM FX

 Episode 4 “Middle of the road” The fore part


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