機動戦士ガンダムFX 『天の光はすべて星』   作:飛天童子

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第二話 立ち上がる、炎

 攻撃空母シーヴァスは月面、フォン・ブラウン市に寄港した。

 目的は言うまでもない。エージェント・タンジェリンの受領だ。

 オールド・ハイランドへの武力行使。

 そうと聞いた瞬間、決して大袈裟ではなく、思考が停まった。

 そういうときに、ネグローニ連邦防衛庁長官と直に言葉を交わす機会を得た。

 長官が乗艦してきたのは入港前日のことだった。

 長官はNTCの総司令でもある。しかし、ニュータイプではないという話だ。もっともニュータイプであれば、全人類の九割が宇宙で生き、各サイド国家が連邦を置き去りにする時代となっても地球至上主義者でいられるはずはないが、信奉者は多く、先の連邦議会において連邦防衛長官となった。つまり連邦軍の指揮権を掌握したということだ。そして、大統領への階段を、ありとあらゆる手を用いて上り切った。結果、大統領とは名ばかりの独裁者へと成長してゆくこととなるが、それはもう少し先の話だ。

 シーヴァスは長官を熱い空気で迎えた。

 にこやかに乗艦してきた長官は年齢よりも十は若く見えた。背は高くないが、目に見えない力を放射しており、目の光と鼻の形が信念そのまま、タカだった。

 早速メイン・クルーが招集された。

 モビルスーツ・パイロットたちはその様子をガン・ルームで眺めていた。

 長官は皆に礼を述べ、大佐と固い握手を交わし、挨拶の代わりだと断って話を始めた。それは演説というべきものだった。演説を始めると、長官は超自然的な存在に取り憑かれたように見えた。それでなくともするどい光をたたえていた目が異様なほどぎらぎらし、身振り手振りの激しいことは、交響曲の指揮者のようだった。

 だが、それよりも問題だったのがその内容だった。

「オールド・ハイランドとGPの疑惑に満ちた行動は、地球圏の恒久平和を維持しようとする各国への、ひいてはベルリン軍縮条約の締結に尽力した地球連邦への重大な背信行為である。それがいかに些細なものであったとしても見逃すわけにはいかない。芽のうちに根絶やしにしておかねばならん」

 ぎょっとした。これは、ファシズムというものではないのだろうか。

 しかし、みな顔を輝かせている。特に、Zネクスト乗りの三人。

 みんな、ニュータイプではないのか。

 そのとき、気がついた。

 ここでは、俺の方が異端なのだと。

 モニターの真ん中、長官は両腕を大きく広げて場を見渡した。

「――この作戦が成功した暁には、間違いなく我々NTCが連邦軍の主流となる。私は諸君に約束しよう。もう宙に浮いたまま放っておかれることはない。我々が連邦軍を強く導く立場になるであろう。いや、そうならねばならないのだ。その栄光ある第一歩目として、諸君の奮励を願う」

 拍手と歓声が湧き上がる。この意志を抑止する力は、いまや連邦のどこにもない。

「我々ニュータイプは、人の革新した姿だ。人そのものを導く光を備えているのだ。その光を今より大きく輝かせようではないか」

 長官はそういって締めくくった。暗い目をしていたのは、俺ひとりであっただろう。間違いなく。

 あの煌煌たる目の光がどういうものか、わかった。

 氷だ。

 あの目は、地球にいる人間も宇宙にいる人間も、同じ人間だとは一切みなしていない。

 気持ちが暗くなった。早早に自室へ退散するつもりだったが、大佐に呼び出され、長官に紹介されることとなった。大佐の私室の前で心のドアをきっちり閉じたことは言うまでもない。

「君が二人目のSクラス・ニュータイプか。こうして会うことができて嬉しい」

 出頭すると、長官は立ち上がって自ら俺の手をぐっと握り締めた。俺は握手には全力を以って応える男だが、そのときは手にうまく力が入らなかった。Sクラス・ニュータイプと呼ばれるのは、厭だった。力だけが突出した、魂のない人間、と言われている気がして。しかし、名乗って敬礼をすることは忘れなかった。

「君もわかっていると思うが、連邦を取り巻く情勢はかなり厳しいものとなっている。連邦に今一度かつての栄光を取り戻さねばならない今、君が間に合ったのは、非常に心強い」

 長官にとってまださっきの話は終わっていないようだったが、連邦に果して栄光があったのだろうか? ひたすら衆愚政治を繰り返し、民を宇宙に捨て続けた連邦に。ディタなら間違いなくそう言うはずだ。

「光栄です。しかし、自分は一介のモビルスーツ・パイロットです。政治はわかりかねます」

 それは偽りなき俺の基本姿勢なのだが、どうやら逆効果だった。長官は笑みを浮かべた。

「率直だな。武人として非常に好ましい態度だ」

 と、肩に手を置いた。

 その後、何を話したのか、よく覚えていない。覚えていないのならたいしたことではないのだろう。気がついてみると、宙に転がって天井を眺めていた。『ギミー・シェルター』が流れていた。何時の間にプレイバックしたのだろう。

 ドアをぼんやりと眺めた。

 上陸許可はとっくに降りていたが、外へ行く気分ではなかった。

 が、急に部屋を出る気になった。当てはないが、どこでもいい。艦に居続けるよりはマシだ。

 艦を降りて港湾ブロックを出て早速車を拾ってにぎやかなところへゆこうとしたときだった。

 意識の奥で鐘が鳴った。『スターティング・オーヴァー』のイントロのような、澄んだ音色だった。

 と、意識が突つかれたように押されて、とっさに目を閉じると、瞼の裏に漆黒の幕が引かれ、その表に巨大な影が躍った。

 モビルスーツ、だった。明らかに。

 一旦遠ざかってから、からかうようにぐっと迫り、身を翻して消えた。色は、赤。深紅。その色がやけに鮮明に残っていた。

 ――赤いモビルスーツ。

 目を開いた。

 見たこともないモビルスーツだった。丸みを帯びた重厚なフォルム。ヤッファではなかった。Zネクストでもない。

 が、赤いモビルスーツ…。

 ディタじゃないのか。

 呼んでいるとでもいうのか。

 そんな馬鹿な、と思ったが、深いところからの声が、迷うな、行け、と俺を押した。

 港を出てすかさずキャブを拾った。

 乗り込んだ瞬間、また、ツン、と押されて、月の暗い空に赤い影が過ぎった。交差点や分岐点に差し掛かる都度、影は俺を押した。それに従ってドライヴァーに声をかけてキャブを走らせた。

 やがて、右手に巨大な建物が見えてきた。

 あれは。――

 目を見張った。

 アナハイム・エレクトロニクス月面地上工廠だ。

 

 正門をスルーして、すこし離れたところでキャブを捨てた。

 ひとりになって見回すと、辺りには人の姿も車の一台も見えない。

 さて、どうしたものか。

 あのモビルスーツは間違いなくアナハイムのものだ。確信はあったが、目で見たわけではない。

 それよりも、これがディタとどう結びつくのか、だ。

 ゆっくり歩きながら考えていると、脇に黒塗りの大きなエレカーが滑り込んで、停まった。思わず足を止めた俺の前に黒いスーツの男が降りて、風のような動作で後ろのドアを開けた。

 次の瞬間、視野が断ち切られた。背後より何か、黒いものを被せられ、両脇を固められたと思うと、強い力でエレカーに引っ張り込まれた。銃を抜くどころか、声を出すいとまも無かった。プロだ。

 しばらく走ってから、ようやく目隠しを外された。

 向かいには赤いスーツの女性が座っていた。まっすぐに俺を見つめている。

「おひさしぶりね。大尉」

 言葉を無くした。ディタだった。にこりともしない。本人だ。

「何故こんなことを」

 思わず大きな声を出すと、それはわたしが聞きたいわ、とディタは静かに言った。

「NTCの士官が思案顔でアナハイムの門の近くを歩いている道理はないわ。あなたがトラブルを愛しているのなら別だけれど」

 そう言われて、自分がいかに危険なことをしていたかということにあらためて気が回った。NTCはアナハイムを締め出した張本人だった。つまり、ディタは俺を救ってくれたわけだ。とっさの機転というには荒っぽかったが。

「助けてもらったようだな。礼を言うよ」

 ディタはかすかにかぶりを振って、いいのよ、と言い、

「帰ってきたのね。宇宙へ」

「――ああ。帰ってきた」

 うなずきはしたが、気分は重くなってゆくばかりだ。それでも言うべきことは言ってしまうことにした。左右をがっちりと固めている暗い色のスーツの男たちが窮屈だったが、その方がかえって安全なのだとわかっていた。

「俺がここにいることでわかってもらえたと思うが、NTCが出張ってきた」

「尋ねてよろしいのかしら。その目的を」

「GPへの武力行使のためだ」

 はっきりと告げた。が、ディタは顔色を失うこともなく、ばかりか、表情をわずかに変えることもなく、ただ俺を見つめていた。

「GPは、規模はともかく、一企業よ。それに対して連邦軍のニュータイプ部隊が武力行使とは妙な話だわ。しかも、何の通達もなく」

「しかしその無理がまかり通っている」

「まったく、今の地球連邦は完全に逆行している。連邦ではなく、帝国、と言った方が当たっているわ」

「その見解には同意せざるを得ないが、その前に解決すべき問題がある。NTCは何かをオールド・ハイランドに投入しようとしている」

 ディタは目をぴたりと俺の目に留めた。

「何か、とは」

「コード・ネームはエージェント・タンジェリン。C兵器ということだが、俺にはその正体まではわからない」

「エージェント・タンジェリン、ね」

 ディタはかすかにあごを引いた。目が射るような光を帯びた。

「それはおそらく、2・3・7・8-テトラクロロジベンゾ-1・4-ジオキシンね」

「ジオキシン?」

「UC以前、地球上の戦争でエージェント・オレンジというコード・ネームで用いられた最悪の化学兵器。指先に一滴触れただけで命に関わる猛毒よ。しかも、遺伝異常すら引き起こすうえ、自然には分解されない。一度汚染された場所は永久に汚染されたまま」

「そこまでひどいものなのか」

 愕然とした。それはすでに武力行使などというものじゃない。殺戮だ。

「――そうね」

 ディタはふいにうなずいた。

「地球がそうくるのなら、見逃すことはできないわ。どうあっても阻止しなければならない」

 ぽつりと言った。ディタの場合、こういうことを静かに言うのがかえって恐ろしい。

「ということは、君の国は動くのか」

「ええ」

 ディタはあっさりとうなずき、俺はと言えば、あのときのディタの誘いを断ったことを激しく後悔した。何故あのときうなずかなかったのか。何故マザー・ヴォイスが聞こえなかったのか。今に始まったことじゃないが、ディタが絡むとどういうことかマザー・ヴォイスが聞こえなくなる。

 いや、待て。

 先は逃したが、今こそ、機ではないのか。

「ともかく今回のこともあって、NTCは俺の居るべき場所ではないということはわかった。はっきりと」

 俺は、その意志のあることを慎重に告げた。

「そう。よかったわね」

 ところがディタの応えはそれだけだった。

「そろそろ、お別れの時間になったようね」

 右の男に時計を差し出されてディタはそう言ってよこしたが、何故ここで俺を誘わないんだ。

「ディタ」

 焦って思わず声をかけると、ディタの瞳がかすかに笑ったように見えた。

「あなたは真のニュータイプ。進むべき道は、自ずと見えてくるはずよ」

 ディタは左の黒スーツに紙片とペンをもらうと、何かをさらさらと書いて、差し出してきた。

 223・3237347579711・5297347573。

 この数字の列が何の意味を持つというのか。

 ところが、尋ねる前にまたあまり丁寧ではないやり方でリムジーンから降ろされており、

「再度」

 ディタの一言を残してリムジーンは滑り出した。そのテイルを呆然と見送るしかなかった。

 自ずと見える、か。

 紙片をポケットにしまいこんでうなずいた。肚はとっくに決まっていた。

 時計を見ると、時間はまだあった。繁華街におもむくことにした。

 週末の街は華やいでいた。しかし俺の周りには寒風が吹いていた。わかってはいたが、人々は俺を避け、あるいは遠ざかり、特に年配の方々が俺の制服に注ぐ目は氷の矢だった。

 しかし、今までずっと胸につかえていたものはなくなった。そう。いつまでもこうじゃない。俺はこちら側ではない。それを堂々と言えるときがもうすぐ訪れる。もうすぐだ。

 賑わう通りから一本入って、最初に見つけた『ディーノ』というトラットリアに入った。久しぶりに口にしたラザニアとラム・チョップは言葉にできないほどうまく、ラザニアを追加注文した。スーズのことを思い出し、レイナード・スキナードの『フリー・バード』が胸に流れた。

 食後の濃いコーヒーを味わいながら、人間だということを長く忘れていた気がした。

 

 標準時二〇〇〇。

 シーヴァスは月面を離れた。

 エージェント・タンジェリンのタンクは後部、艦底に固定されていた。

 五基。

 タンクは大き目の脱出ポッドに見えないこともなかった。量が少ないということは、それだけ殺傷能力が大きいということだ。指先に一滴触れただけで、というのは確かに誇張ではないらしい。

 月の裏側へ差し掛かったとき、

「我艦を追尾する艦隊を察知」

 NTスカウト・オペレイターの突然の声にブリッジは騒然となった。

「追尾とは、確かか」

「間違いありません。方位六‐十。艦数三、もしくは四。艦種は不明。相当の距離です」

「光学センサー」

「最大望遠で索敵中ですが、確認できません」

「干渉波レーダー」

「反応ありません

「ミノフスキー粒子は」

「第一戦闘濃度散布中です」

「その濃度で…」

 常識では、追尾、などという芸当は不可能な濃度だった。しかし、常識はこのときすでに覆されていた。

(我が方以上のNTスカウト・オペレイターがいるということなのか)

 艦長の脳裏をそんな考えがちらっとかすめたが、敵を発見するためにニュータイプをレーダーとして使うなどということを実行に移したのはNTCだけだった。無論、スカウト・オペレイターには能力の高い者が選ばれたが、その精度を維持できたのは長い間ではなかった。

 ネグローニ長官とロートシルト大佐にもすぐに連絡がなされた。

 そのときには、追跡者の姿は干渉波レーダーでおぼろげに捉えられていた。あいかわらず相当の距離だったが、追尾は正確だった。

「どこから来たというのだ」

 昂奮して声が震え始めている長官をなだめるように、大佐は冷静に応じた。

「グラナダ、と考えるのが妥当なところでしょうな」

「しかし、いつ、どこで我が方の動きを察知したのだ。月か」

「そうではないでしょう。月で我々の動きを知ったとしても、即座に動けるものではありません」

 大佐は断じたが、そうではなかった。ディタに違いなかった。

 それにしても、恐るべき反応の速さだ。ディタは即座に機動部隊を動かせるだけの力を持っているらしい。もっとも、すぐに動かなければ間に合わなかったことは確かだろう。

 ともかくディタが来るとなると、一刻も早く件の数字の意味するところをつかまなければならなかった。

 が、次の手はディタの方が先だった。

「モビルスーツらしきもの、高熱源体、察知」

 その一声でブリッジは火をかけられたようになった。

「方位、数知らせッ」

「方位七‐十。三機です。本艦に急速接近中」

「IFFに応答なし。すくなくとも味方ではありません」

 味方ではない、というのは控えめな言い方だった。このとき、連邦軍属ではない全ての艦船、そしてモビルスーツは連邦にとって敵に等しかった。

「第一戦闘機動隊のパイロットは指示あるまでコクピットで待機」

 簡潔なブリーフィングの後、仮の編隊長となったギャス少尉の指示に従い、三人のパイロットはメットを被って出ていった。

 出際、そのギャス少尉はさっと振り返って、挑むような一瞥をくれた。すっかり見慣れた目だったが、降りてくるときにはその目ができなくなっているだろう。降りてくることができれば、だ。極度に歪んだ時間のなか、自分のものじゃないような手足を操ることがどれほどの恐怖を呼び起こすか。しかし厄介なことに、恐怖心がなければ死んでしまうのだ。

 ともかく、ただではすまないことだけはわかっていた。ここで何かが起こる。

 ブリーフィング・ルームを出ようとすると、レイナ少尉も立ち上がった。その目はおびえた猫だった。

「大尉どの、どちらへ」

「コクピットで待機する。出なければならなくなるのははっきりしているからな」

「それではわたしもコクピットで待機、態勢を整えておきます」

「あまり気負うな」

「はいッ、ありがとうございます」

 少尉はぱあっと笑った。最初に比べると、かなり笑うのがうまくなっていた。

 この笑顔がしばし、遠くなる。

 わかっていたが、努めて考えないようにして、サリー2のコクピットに入った。

 システム起動後、早速艦のTDBとリンクして向こうのモビルスーツの機種を割り出そうとしたが、返答は、

『UNKNOWN』

 二分後、三機のZ006が離艦していった。

 アンノウンは転針。機動を始める。しかし散開はせず。

 両者は幾度か機動しながら距離をみるみるうちに縮めていったが、信じられないことが起こった。

 Z006がいよいよ威嚇の意図を持ったポジションを取ろうとしたところ、アンノウンはぱっ、とフォーメイションをブレイク、急接近したとみるや、Z006は三機ともあっさりとポジションを取られ、捕捉されてしまった。あっという間の出来事だった。

 ばかりか、振り切れない。

 Z006Nは、機体そのものの性能はともかく、パワーは一流だ。地球圏最速という形容は今も誇張ではない。なのに、そのZ006が完全に食らいつかれて、追い回されている。ウェイヴライダー形態であるにも拘らずだ。アンノウンは性能もかなりのものだが、それ以前に中の人間の技量が違いすぎる。向こうのパイロットは闘いを知っている。

「全機、完全に捕捉されています」

 通信回線は極限の叫びであふれていた。照準捕捉警報は、おまえはこれから撃たれるぞ、という宣告だ。耳にするだけで寿命が縮む。

「大佐殿、発砲許可を」

「発砲許可を願いますっ」

「ならん。決してこちらから撃ってはならん」

 大佐はにべもなくはねつける。長官も、苦虫を噛み潰していたが、黙っていた。現実に武器を使用する以前の行動だけで敵対行為と判断されれば反撃は可能だが、ここで反撃すると、逆に連邦の空母が何故月の裏側を単艦でサイド3に向けて航行していたかが問われる。サイド6を除くほとんどすべてのサイド国家が地球連邦に反目している情勢での不審な行動は、致命だ。国力ですでに大きく引き離され、経済封鎖で死にかけている連邦を突き落としかねない。

 だが、鍵は完全につかまってしまった三人のZネクスト乗りにかかっていた。連中がどこまで耐えられるか、だ。

 首を左右に振った。まったく見込みのない賭けだ。そんなことに期待するくらいなら、アンノウンに対する機動のパターンを戦術コンピューターに計算させた方がいい。彼らが退けられたら、俺の番だ。

 とにかく、ファンネルを射出して牽制しろと告げようとしたときだった。

「し、死にたくないっ」

 ひときわ大きな声がして、闇の表を一条の光が薙いだ。

 後の世で『環地球大戦』と呼ばれる、地球圏最後の闘いの幕が切って落とされた瞬間だった。――

 

「ファントム1、発砲ッ」

 オペレイターの悲鳴に近い声を耳にしても、驚きもしなかった。ギャス少尉にもいつかわかるときが来るのだろうか。引いたのは、ビーム・ライフルの銃爪だけではなかったということが。

 直後、また意外なことが起こった。

 Z006に食らいついていたアンノウン三機は反撃せず一斉にポジションを放り出し、猟犬のようにシーヴァスに向かってきた。Z006はかなり遅れた。連中が追撃に移ったときにはすでに、三機のモビルスーツはシーヴァスのブリッジを囲んで、一斉に機体灯をつけていた。チェックメイトだ。

 この時点で大佐はこの空域からの離脱を決意していた。適確な判断だったが、長官は了承しなかった。対空迎撃を命じた。退くべきときに退くことのできない人間というのは、まったく恐ろしい。

 ファランクス近接防衛システムが作動を始めたのを見て取ったか、三機は一斉に離脱したが、すぐにオペレイター達が声を挙げた。

「照準レーザー捕捉ッ」

「照準レーザー捕捉ッ」

 しかし、さすがに大佐は撃たせない。

「うろたえるな。モビルスーツのビーム・ライフルくらいでは沈まん」

 たしかにそのとおりだった。防御面の発達は、モビルスーツから対艦攻撃能力を奪い去っていた。

 この流れではそろそろか、と考えたとき、

「レイ大尉、レイナ少尉、発艦だ」

 その声がついに降りてきた。しかし、俺にはまだ進むべき道が見えていない。ディタのくれた数字の意味がわからなければ、闘うこととなる。そのはずだ。

 だが、時代には待つ気などないらしい。フライト・デッキ・オフィサーが前にふわりと浮かんで手を挙げた。エンジン・マスター・スゥイッチ、オン。コンタクト。外部電源シールドがイジェクトされる。

 やはり、ディタと闘うことになるのか。

 頭を振った。

 それは、是が非でも避けなければならない選択肢だ。俺とディタが闘ったとき、必ずどちらかが死ぬ。まして、向こうのモビルスーツがどのようなものかさっぱりわかっていない。Z006を完全に捕捉するだけの推力を持っていることを考えると、巴に持ち込んで押え込むしかない。闘うのならば。セイバーは使えない。二号機は厳密に言えばサイコミュ機器及びニュータイプ用兵装システムの試験・評価機で、白兵用動作ソフトはインストールされていない。それ以前に、ディタにセイバーで撃ちかけるなど、冒険に過ぎる。

 しかし。しかし。

「オール・システムス・グリーン。グッド・ラック」

 各部チェック終了。メカニックたちがいつもより素早く離れてゆく。発艦準備完了。

 ついに、か。

 どこか、信じられぬ気分だった。ディタと会ったあの夜、一刻も早く宇宙に上がって、サリーに乗るべきだという直感した。強く。その直感が、俺を裏切ったとは思いたくないが。

 ひとつ息をついて、ファイター・コマンドをコールした。

「コアントロー。サリー2、レイ大尉、発艦準備完了」

「コアントロー了解」

 オペレイターが応えた後ろから大佐が顔を出した。

「大尉、君は艦底へ回ってタンクの防衛に当たってくれ。少尉は上で警戒を」

「了解」

 コクピット・カヴァー、CLOSE。宇宙へ出た。

 トランス・エンジン、コンタクト。表示がオールGになるのを待って、カタパルト・セット。カタパルト・オフィサーが指を二本上げ、スロットルをMAXアフターバーナーへ入れると発艦灯が眩く光り、直後、闇の真ん中へ放り出された。オール・レッドからグリーンまでの十秒は一瞬だった。

 離艦後すぐに転針して潜り込み、タンクの前に占位して、FCS起動。マスター・アーム、オン。

 

 RDY BEAM RIFLE

 RDY FNL‐Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ

 RDY L SBR‐L1、L2、R1、R2

 RDY L SLD

 

 装備を一瞥して、最大望遠のメイン・モニターを見つめた。

 アンノウンは方位六‐四、距離十二万の空域でZ006と機動を繰り返していた。が、彼らの注意がZ006にではなく、シーヴァスに向けられていることはわかっていた。Z006をあしらいながら、探している。俺が背負っているタンクを。

「大尉どの」

 耳にノイズが飛び込んできて、その奥からレイナ少尉の声が浮かび上がった。

「第一戦闘機動隊が苦戦しています。援護の必要があるのでは」

「ファイター・コマンドの指示によらず持ち場を離れることには賛成できない」

 と応えたが、少尉の声は返ってこなかった。艦に張りついているせいか、交信状態は最悪だ。さっきから視野の隅で数字の列が目まぐるしく変わり続けている。戦闘濃度のミノフスキー粒子散布下では、自動同調システムががんばらなければ交信を継続できない。しかしまるでスロットマシーンだ、などと場違いなことが頭に浮かんだとき。

 223・3237347579711・5297347573。

 閃いた。

 すかさず近距離通信システムにディタの数字を入力し、周波数と解析コードの組み合わせの全種全域走査を実行した。

『223・3237347579711・5297347573』

 入力データがマッチした。解析コード、セット。デコード後、回線オープン。呼びかけると即座に応答があった。

「――フリー・バード」

 それは間違いなくディタの声だった。ジャック・ポットだ。どっと胸を撫で下ろした。

「すまない。もう少し早く気づくべきだった」

「いいのよ。ニュータイプも万能じゃないことはよくわかっているわ」

 その声にはかすかな笑みがこめられていたようだった。

「話の前に、タンクの位置を教えていただけるかしら」

「後部、艦底に五基。両舷に二基ずつ。中央に一基だ」

「了解。あなたの現在位置と搭乗機種は」

「俺はまさにタンクの前にいる。乗っているのは試作機だ」

「Zネクストではないのね」

「Zネクストじゃない。念のため、トップ・ライトを点ける。ブルーだ」

「了解。位置を確認したわ。――スターバッカー00よりスターバッカー28、スターバッカー27。目標の所在を確認。Zネクスト三機は任せます。手のかかるようなら撃墜してかまいませんが、見たことのないモビルスーツには決して手を出さないよう願います。それは新型です」

 その声を待っていたかのように、彼方で光の線が交差した。

 だが、赤いビームは闇を鋭く切り裂くのに、連邦の青いビームは途中で息絶えたようにはかなく散って、消えてゆく。

「何だこいつはっ」

「馬鹿な、直撃のはずだぞっ」

「ファントム2よりコアントロー、ビームが効かないッ」

 またも通信回線が爆発し、悲鳴に近い声が宙を飛ぶ。

「コアントローより各機へ。敵モビルスーツの周囲にIフィールド確認。繰り返す。敵モビルスーツの周囲にIフィールド確認」

 ファイター・コマンドが言い聞かせるように応えた。たいしたモビルスーツだ。そうなればセイバーしかないが、ウェイヴライダーのままでは使えない。

「一時離脱、変形して白兵に持ち込むぞっ」

 その声の直後、遠くで光の花がぱぱっ、と咲いた。待て、と言う間もなかった。

「ファントム2、被弾、爆発、――撃墜されましたっ」

「ファントム3、被弾三、機体損壊。パイロットは脱出」

「ファントム1、至近弾一、急速離脱」

 うかつすぎる。戦闘空域のど真ん中で敵に三秒ものチャンスを与えるなど。変形から次の戦闘行動に移るまでに最低でも三秒を要するのがZ006最大の弱点だと広く知れ渡っているのに。それも同時に変形しようとするとは。待ってくれるとでも思っていたのか。

 いや、考えるな。すべきことがある。

 俺は艦の表を離れて前進し、ビームの光飛び交う戦域のなかにもう一機のNF250を求めた。少尉を押さえておかねばならなかった。が、少尉の居場所に一号機を目視する前に警報が耳を撃ち、背後でするどい光が続けざまに閃いた。ディタはまさに疾風だった。

「コアントローよりサリー2」

 ファイター・コマンドから切迫した声が飛んできた。

「こちらサリー2。アンノウンの姿は確認できない」

 俺も焦ったような声で応じた。半分は本当だった。ガスだったものが星雲のようにきらきら輝きながら大きく広がって、頼るべき最後のセンサー、目で見ることはできなかったが、ディタは初撃で左舷の二基、二の太刀で右舷の二基を撃ち破っていた。

「本艦の後部下方、近すぎて捕捉できませんが、エージェント・タンジェリンのタンクを攻撃している模様。至急迎撃してください」

「攻撃目標は毒ガスのタンクだったのか」

 わざわざ言い直して交信をカットした。この交信記録が残されていれば、後で役に立つかもしれない。無論、迎撃はしない。

 そして最後の光がシーヴァスの底に閃いたとき、一機残ったZ006、ギャス少尉が猛烈な勢いで近づいてきた。自分の母艦に敵を連れ戻るとは、たいしたリーダーだ。しかしアンノウンは俺に見向きもせず、律義にファントム1だけを追い続けていった。こうなると話は早い。後はディタが仕事を済ませて離脱してくるのを待つだけだ。上昇した。

 が、いきなりあのぎこちない笑顔が脳裏に浮かんだ。――カルーア。

 少尉は、どこだ。

 すると、まるで俺の声が聞こえたかのようにひとつの影が正面にふわっと浮かび上がり、その奥から何かが猛速で飛んできた。何か、ではなかった。わかっていた。サリー1だ。

「大尉どのッ、どちらへ行かれるおつもりですかッ」

 耳と頭に同時にレイナ少尉の甲高い声が飛び込んできた。

「お応えください大尉どの、わたしの声は届いているはずです」

 見抜かれているか。

 となれば、カルーアも連れて行くべきか。

「今は何も知らず、何もわかっていない者を力で引きずり込むのは良くないわ、シュー」

 迷ったそのとき、マザー・ヴォイス。

「カルーアは意志ある人間。自分の足で歩いて来させなさい」

 それは狭き門だ。が、もう時間がないし、俺の心は連邦から遠く離れている。すまないと思いつつ、転針してスロットルを開けた。少尉は追ってきたが、俺たちの間に猛然と飛び込んできた閃光――深紅のモビルスーツ!

「ディタか」

 ――ディタ。

 その一瞬、少尉の注意までがディタに向いた。

 まずい。

 仕掛ければ、間違いなくカルーアが死ぬ。

「カルーアっ」

 しかし遅かった。少尉はファンネルを六基すべて射出していた。

「くそっ」

 近接戦闘スゥイッチを入れ、VD上にサリー1を捕捉すると「敵」として戦術コンピューターに入力した。が、目標は「味方」だと認識している戦術コンピューターに攻撃許可を出させるのに時間を食ってしまい、VD上にTDボックスが現れたとき、ディタは六基のファンネルに囲まれてしまっていた。

 しかし、ディタは、やはりというべきか、ディタだった。見ているだけで気を失いそうな動きでオール・レンジをしのいでいる。見えないポイントからの射撃をしのぐとは、ディタは、実はニュータイプではないのか。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。ふたりを引き離さねばならない。ふたりの間にビームを撃ち込んだ。

 が、ふたりともわずかも下がらなかった。

 ――大尉どのは、渡さないッ!

 少尉の声はまるで耳元で喚かれたかのように激しく響き、一基のファンネルが飛び跳ねるようにして赤いモビルスーツに迫った。

 だが、その一基が射撃位置につく直前、ディタは機位をわずかにずらし、転瞬、ビーム・ライフルを素早くラックに戻すと、すぱっとセイバーを抜いた。直後、二つの光が湧いて、ファンネルが二基、MTIから消えた。すさまじいとしか言いようがない。

「当たってやるわけにはいかんな」

 ディタの声には余裕さえあった。

 しかし、少尉は退こうとしなかった。

 ――おちろぉッ!

 苦いものが湧き起こった。

 カルーアの笑顔がしばし遠くなるわけがわかった。手を負わせてでも、退かせるしかない、のか。

「コアントロー、こちらファントム1、もうプロペラントがない」

 と、ギャス少尉の何度目かの絶叫が耳を打った。それに誘われたわけではないが、俺の目はサリー1のバックパックに留まった。

 そこには、あるはずのないものがあった。

 左右一対のプロペラント・タンク。

 少尉は何と、プロペラント・タンクを下げたまま闘っていた。これで離脱させられる。サイド・スティックのトリガーに指をかけた。祈るときと同じ気持ちで呼びかけた。

 カルーア、君はいい子だ。

 が、地球の手は止めなければならない。

 ――大尉どの。

 視野のうち、サリー1がかすかに流れて、レティクルに重なった。その一瞬、迷わずに銃爪を絞った。ビームはプロペラント・タンクを正確に貫いた。ずばあっ、と光が閃いてタンクは爆発し、サリー1は猛烈な勢いで闇の奥へ弾き飛ばされた。悲鳴が頭に響いて、胸を風が鋭く吹き抜けた。

 ――どうして、どうして、わたしを。

 その声もあっという間に遠ざかって、ようやく息をつけたものの、これでカルーアはしばし立ち向かってくることとなる。やはり、苦かった。

 正面、赤いモビルスーツが浮上した。

「助かったわ」

 ディタがMFDの真ん中に現われた。ヴァイザーが透光に変わると、碧い瞳が俺をまっすぐに見つめていた。声はいつもとまったく変わらず冷静で淡々としている。まったく、たいしたものだ。

「無事か」

「ええ。――スターバッカー00よりスターバッカー28へ。任務完了。編隊指揮権を移譲します」

 赤いモビルスーツは踵を返し、轟然と加速した。しかしものの十数秒で噴射をやめて、慣性航行になった。見ると、背部、バック・パックの左側面が焼かれている。少尉も一矢は報いていたのだ。

 下方より二機のモビルスーツが接近してきた。目を引いたのは見たことのない機種というだけではなく、二機とも、ディタと同じく深紅だったせいもある。三人ともエースなんだろうか。

「スターバッカー00、どうした」

 回線に男の声が入った。空戦の直後だというのに少しも昂ぶっていない、歴戦の戦士と思しき落ち着き払った声だった。

「至近弾一。機体の損傷は極めて軽微だが、プロペラントは強制排除しました」

 ディタは他人事のように応えた。

「ビッグEまで飛べるか」

「無理です。曳いてもらいます」

 ディタのモビルスーツが俺を指した。

「そのモビルスーツが噂の新型か」

「NTCの色ですが、見たことがありませんね」

 二機はぐっと機体を寄せて、のぞきこむようにメイン・キャメラを近づけた。なかなか遠慮のない態度だった。

「新たな味方です」

 ディタは静かに告げた。ちょっとした沈黙の後、先の声が、そうか、と言った。

「君が言うなら間違いないだろう。おれとジャンは先に行く」

 二機は俺から離れると背のスラスターから光を伸ばし、あっという間に遠ざかっていった。

「航法は任せて」

「わかった」

 機をディタの機に寄せて、バック・パックのグリップをつかむと、スロットルを開いた。NF250は加速を始めた。が、出足は鈍い。いつものダッシュ力は微塵も感じられない。

「意外と力がないのね。NTCの新型は」

 ディタはやはり見抜いたが、機体質量を考慮した場合、Zネクストやヤッファと比べて出力は相対的に増している。俺の基準ではまだまだパワー不足だが、単独で飛ぶ分には問題ないし、

「シーヴァスに追撃する力は残されていない」

 と言いかけたが、

「広域警戒レーダーに反応」

 ――くそうっ、きさまが、きさまがあっ、

 ディタと別の声が重なった。ただひとり残ったギャス少尉だった。

 ディタは接近を告げたが、こっちのMTIには『味方』と表示されていて、受動警戒システムも作動していない。声の矢は黒い風となって懸命に追いすがってくるが、プロペラントはないはずだった。注意を向けると、どう見ても慣性で動いているだけなので、放っておいても問題ないと判断した。が、ディタは違った。

「タリー1(敵一機視認)、射程内ね」

 呟きと同時に赤い腕が電光のようにするどく動いた。

「大尉、このコースと速度を維持していただくわ。――ガン・モード。捕捉。照準微調整。完了。ファイアリングロック・オープン。ファイア」

 淡々とした実況の後に放たれたビームは『味方』に命中した。

 ――うわああああっ、こんなこんなこんなこんなああっ、

 三つ目の光の花とともに、泣いているような声は急激に遠くなっていった。断末魔の絶叫とならないところを見ると、命は落とさなかったようだ。プロペラントのない機はまず爆発することはない。が、複雑な気分だった。

 やがて、前方に機動部隊が見えてきた。

 中央に位置しているのはチェリィ・ブラッサム級中型攻撃空母だった。資料映像で見たことがある。

 大きくなってゆく空母の姿を見つめた。

 ここは、俺の居る場所になるのだろうか。

 

 

 MOBILE SUIT GUNDAM FX

 Episode 2 “The Flashpoint”


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