機動戦士ガンダムFX 『天の光はすべて星』   作:飛天童子

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主題歌 "Seasons of change" Sing like Talking


第九話 巡り来たる、季

 ガンダムFXが初陣を迎えたのは、L1のほぼ中央のホッケンハイム・リンク。シルヴァーストーンを越えて、次の戦場だ。

 ここホッケンでも激戦が繰り広げられたが、ここはあの「吸血空域」とは比べものにならないほどクリーンで、暗礁にあちこちを遮られた狭い空間でもつれ合う必要がなかった。つまり、我々には有利でサリーには不利な闘いだ。

 果して、結果はそのとおりだった。

 全戦線に先駆けてこの激戦場に投入されたFXとファイアーブレードは、サリーの得意な巴には持ち込ませずにひたすら一撃離脱を繰り返し、四日に渡る闘いでしめて百六十機のサリーを撃破し、勝利を収めた。

「デビュー戦としては上々だな」

 作戦終了後、ガーディーは自賛していた。

 ひとつ付け加えると、この戦いは戦力再編成にともなって新しくビッグEに乗り込んできた第二十一戦闘機動隊ライトニングストライクスの初陣だった。訓練を積んできたとはいえ、隊長のキャラミ・ティン大尉以下全員が初出撃ということで、俺たちも緊張していた。

 最初、サリーは防衛陣地に潜んでいた。コロニーの後ろにいろいろとゴミをばらまいて、そこに身を隠していたのだ。それではさすがのTレーダーも用を成さず、ニンジャの強行偵察でも効果は挙がらなかった。連邦は持久戦に持ち込むつもりだった。

「こうなれば、誘い出す以外にない」

 と、参謀部と俺たち前線の見解は一致した。

 とはいえ、闇雲に突っ込んでゆくのも得策ではない。そこで前哨を出すことが決まったとき、

「私が」

 と、手を挙げたのがキャラミだった。

「たいしたヤツだな」

 危険な役目を買って出たキャラミに、ガーディーだけでなく、俺たちはみんな感心した。ただひとり、アンサーを除いて。

「エアナイツで組んでたからわかるんだけど、かなり無茶するんだよなぁ」

 あのアンサーに「かなりの無茶をする」といわせしめただけのことはあった。

 キャラミはまるで公園の散歩のような調子で前に出ていったのだ。

 ステルス斥候艦の陰に潜んでいた俺たちは顔を見合わせた。

「おいおい」

「敵がいないと思っているのか」

 ディタは呆れたように言った。もっとも気が気でなかったのはキャラミの部下たちだったろう。

「ったく、撃たれるぞ」

 アンサーが低く怒鳴った、まさにそのときだった。

 一筋の光芒が闇を裂いて、キャラミのファイアーブレードの左腕を打った。

 それが合図だったかのように、猛烈な射撃が始まった。

「やってくれたぜ」

「いくぞっ」

 アンサーは舌打ちをし、ガーディーは大きく手を前に振った。ビームの発射光で、敵の潜んでいる位置ははっきりとつかめた。

 しかしライトニングのルーキーたちは凍りついていた。

「ライトニング・リーダーより各機!」

 キャラミの大声が耳を打った。

「何をしているか! 動け! スターバッカーズを援護しろ! 制圧射撃!」

「り、了解」

「了解!」

 ルーキーたちは目を覚ました。後ろから厚い火線を張り、突っ込む俺たちを援護してくれた。

「よし、各機、私に続け!」

 俺たちがサリーを追い立てたところで、ライトニングストライクスはキャラミを先頭に猛然と突っ込んできた。怖い、などと感じている間のないほどの勢いだった。

「必ず2マン・セルで当たれ! 一人だけヒーローになろうとするな!」

「ウィングマンの援護を忘れるな! 互いの背中をちゃんと守るんだ!」

 ビームの雨の中を目まぐるしく機動しながらキャラミは始終檄を飛ばし続け、ルーキーたちに戦果を挙げさせた。最初のポカを除けば、やはり「たいしたヤツ」だと俺たちの見解は一致した。ともかくも敵の居場所がわかったのはキャラミのおかげだ。

「やっぱやるこた豪快だな。オレならあんな大手振って行けないぜ」

 帰投後、アンサーが笑い飛ばすと、キャラミは赤カブのように真っ赤になり、パンチで応えた。

 その後ろでルーキーたちは舞い上がっていた。

「オレたち、サリーに負けてなかったぞ」

「ああ、どうなるかと思っていたけど、やれそうだな」

 まだひとつの戦いをクリアーしたに過ぎないのだが、

「我々はついにサリーと闘って打ち負かせるモビルスーツを手に入れた」

 と、パイロットたちがこのように精神面で優位に立てたことは大きかった。

「新鋭機がついに投入される」

 ということで士気が鼓舞されていたうえに、そのFXとファイアーブレードが実際にサリーを落とせることが明らかになるにつれ、圧倒的だったサリーの影は完全に払拭された。開戦以来ナイフで背中を突つかれ続けていたエンジニアたちの喜びもひとしおで、俺たちスターバッカーズもパナシェ女史を黒ビールの海に沈めてさしあげた。女史が顔を真っ赤にして引っくり返って喜んでくれたことは言うまでもない。

 機種転換はホッケンを含むL1戦線から順次行われて、信頼できる傘を得た環地球連合軍は連邦の拠点を確実に叩き潰していった。落とした拠点には揚陸艦が、喩は悪いが、キャンディに群がる蟻のように張り付いて戦力と物資を揚げた。そうして我々は飛び石を伝うように、L1空域を地球へと近づいていった。

 その闘いの中で、アンサーの変化がはっきりしてきた。ブリッジ・オペレイターたちとにぎやかに食事をしている様を見ると、つとに。誰も近寄らず、自分からも誰も近づけず、いつでもひとりだった最初の頃がまるで嘘のようだ。宇宙でも確実なパイロットとなっていた。何につけても我を張っていたのが、

「おれが、おれが」

 と、がっつくことがなくなり、自ら臨機応変にサポートにも回ることが多くなったが、生来の猟犬の資質を失ったわけではなく、自分で撃つときは必ず撃墜した。

「アイス・ドールにいきなり張り飛ばされて、おれたちにケツ蹴飛ばされて、仕上げにエアナイツで揉まれたら、ああもなるだろう」

 ガーディーは嬉しそうにそう言っていたが、ホッケンの闘いが終わった後、ひとつ、気になることができた。

 ビッグEがアロハ・ステーションに戻る二、三日前から、アンサーが偏頭痛や頭部圧迫感などの不調を訴え始めたのだ。

 当然、トムは精密検査のフル・コースを用意した。アンサーは渋ったが、そんなことは誰もが予測済みだ。有無を言わせずドクの手に委ねた。

 結果は、異常なし。

 ほら見ろ、とでも言いたげなアンサーに、今度はサイコミュ・チェックを受けさせた。

 結果は、ビンゴ。アンサーはこちら側の人間となっていたのだ。それにしても、静かな目覚めだった。戦場のど真ん中で烈しい産声を挙げたディタとは大違いだ。

「君が覚醒するとしたら、火山のように派手に爆発してくれると思っていたんだがな」

 夕食のときにそう言うと、おいおい、とアンサーは笑った。

「花火じゃないんだぜ」

 ひとしきり笑った後で、アンサーはふいに真面目な顔になり、

「おれは子供のころからずっとニュータイプになりたかったんだけど、実際そうなってみると、妙な感じだよ。自分がニュータイプだと感じられないんだ」

「最初から自覚あるニュータイプというのも、それはそれで怖いな」

「フリー・バード、あんたはどうだったんだ」

「そんなことは考えもしなかったな。グレイト・ロスアンジェルスはニュータイプ差別の一際激しいところだった。あの街で覚醒していたら、間違いなく命を落としていた」

 アンサーもわかった顔をして、次いで眉をひそめてうなずいた。

「そうした差別だけが理由というわけじゃないが、ニュータイプであることを明らかにしない方がいい場合もあった。保守的な人間はどこにでも、宇宙にさえいるものだし、心を覗かれるような気がしていやだと、ニュータイプとの接触を嫌う人間が多いことも確かだからな」

 やれやれ、とアンサーはつまらなそうな顔で呟いた。

「結構、面倒だな」

「まあな。ニュータイプになったからと言って、いいことばかりが起こるわけじゃない。憧れる気持ちはわからないでもないが」

「生還率は飛躍的に跳ね上がるのにな」

「闘いに関してはともかく、他の局面となれば別だ。現在の社会は基本的にニュータイプのためのシステムを採用していないしな」

「ニュータイプの社会システム、か。どんなものかな」

 それはおぼろげにしかわからない。アンサーもそうだろう。話を戻す。

「ともかく、社会的にどうこうと言う前に、個人レヴェルでの困難につきまとわれて踏み外すことも多い。それは君も胸に留めておいた方がいい」

「個人レヴェルでの困難って、なんだい」

「ニュータイプの方が円滑な人間関係を結べると主張する人間が多いのはわかっているだろう。一般の認識も概ねはそうなんだが、実際はその逆だ。たいてい、痛い目を見る」

 そのことは、言葉でもはっきりと伝えた。

「人との関係では、時には知らない振りや見ていない振りをすることも必要なんだ。しかしニュータイプになると、見なくていいところまで見えてしまうことが多々あって、振り回されてしまう。特に、覚醒したばかりで自分でうまくコントロールできないときには」

 転ばぬ先の杖だ。俺も何度頭を打ちつけたか、わからない。見なくていいところが見えてしまい、嘘も方便という諺がどこかへ吹っ飛んでしまうと、まず人としてタフでなければ、壊れてしまいかねない。その点では、グレイト・ロスアンジェルスのサウス・デルタに感謝している。

「わかってしまっているのにわからない顔をするのは、結構大変だぞ」

「そうだな」

 アンサーは神妙な顔でうなずいた。

「誰の心にも悪魔がいることはわかってる」

「だから、必要なときにドアを閉じる術を身につけた方がいい。悪魔と目を合わせないために」

 何時の間にかロバート・ジョンソンの『おれと悪魔と』が聞こえている。しかしまあ、頭の中で聴いている分には悪魔も覗きこんでこないだろう。

「なあ、フリー・バード」

 すっかり黙り込んでいたアンサーだったが、最後に呼びかけてきた。

「悪いけど、おれがしくじらないように、見ていてくれないか」

 わかったと応える。何事にも先達はいた方がいい。

「一人も三人も一緒だ」

「三人?」

「ガーディーとジャンも、目を覚ましたんだ」

 アンサーは目を丸くしたが、ニュータイプはナチュラルにも少なからぬ影響を及ぼし、覚醒を促すことは前から知れ渡っていた。拡大したコミュニケーションの場に触れることが、人の内なるスゥイッチを入れるのかもしれない。近くにニュータイプがいれば、目覚めるべき者は必ず目覚める。

 このようなわけで三人ともニュータイプ登録を行って、ファイアーブレードからFXに乗り換え、スターバッカーズは自然とニュータイプ部隊(他に有名なニュータイプ部隊としては空母タイコンデロガ所属の第一一一戦闘隊『シュトゥルムフェーダー』や、空母アマギ所属の第八十七戦闘隊『天狼隊』などがある)となった。戦績は急上昇した。それはファイアーブレードとFXの性能差ももちろんだが、もともと三人とも非常に優秀なパイロットだ。三機の鮮やかな赤帯のFXは戦場で大いに名を馳せた。ともかく、良い循環だった。

 モビルスーツのコクピットにいない間は俺がフォローした。慣熟が必要なのはニュータイプも同じだ。慣らしをしなければ、人として役立たずになってしまう。闘いの場でしか必要とされないのでは、人間とは言えない。

 が、それもまあ、杞憂だった。ガーディーやジャンが踏み外すはずなどなかった。

「こうなっちまうと、落とせない女はいないなァ」

 ガーディーはこのように常にポジティヴだし、ジャンは常にクミコへの想いで己を支えている。この二人は揃って、まず人間であろうとする姿勢を崩さなかった。立派だ。ほんとうにそう思ったが、神経はカーボン・ファイバー製に違いない。

 アンサーはこの図太い二人に比べるとセンシティヴで、ジャン以上に感情の起伏が激しいこともあり、少しばかり自分に戸惑い、自分を持て余したり、振り回されてしまう時間が長かったが、次の出撃まで間が開いたことが幸いした。

 九月、機動部隊の出番が回ってきた。モンツァ会戦。この闘いは久々の機動部隊の激突で、かの有名な、

『モンツァの星屑撃ち』

 の舞台だ。

 偶然もあって先に我々を発見し、モビルスーツを出撃させたのは連邦だったが、その様はTレーダーで捕捉されており、俺たちはホッケンと同じく、手薬煉を引いて待ち構えていた。

 敵機動編隊、第一波。総数百二十。第二次警戒ライン接触。

 ニンジャ隊の報とともに、全開で飛び出した。

 スターバッカーズは、ディタの百式甲型も含めて、全機、混成迎撃装備。

 

 RDY GUN

 RDY VPBR

 RDY VL SBR‐L、R

 RDY I SLD

 

 さらに、

 

 RDY PC‐A1  FIN FNL‐Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ

 RDY PC‐A2  FIN FNL‐Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ

 RDY PC‐B  STR‐Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ

 RDY PC‐C  VPBR‐Ⅰ

 

 サイコミュ兵装は全回線を使用。これをすべて敵に向けようとしたら、それなりの訓練は必要で、その訓練を経て初の実戦だった。サイコミュ・コントロールドVPBRは、さほど当てにしていないので、最初はC回線をキルしておく。

 MTIには追走する四個の光点が浮かんでいる。

 スティンガー。ディタの考案したモビルスーツ型の高機動戦闘端末だ。正確には、モビルスーツなどとは間違っても言えない。とにかくモビルスーツの形をしていればいいと、民間でスクラップから再生されたものもあって、とんでもない生産数を誇り、戦線に続々と投入された。

 このスティンガー、見た目はそのままモビルスーツだが、その図体でファンネルと同じ超高機動が可能だ。「パイロット殺し」として悪名高きDMXシリーズ2000も、無人機でようやくその真価を発揮できたわけだ。NTCの強化人間たちはさぞや面食らっただろう。サリーですら巴で絡めないのだ。それでもくらいついて撃墜しようとするパイロットもいたが、それこそ思うつぼだった。

 スティンガーはファンネルと違って基本的に使い捨てで、パワー・ユニットが空になるまでビームを撃ちまくった後は指定した目標に近接して大爆発してみせる。連邦にすればまったく始末に負えない代物だ。俺たちニュータイプのモビルスーツ乗りには壁にもなり、隠れみのにもなり、大変ありがたかった。後にコンピューター・コントロールドのタイプも開発されて、パイロットの生還率が格段に上昇したのは統計的にも疑いようのない事実だ。大戦後期に優秀なパイロットを失わずにすむことのメリットなど、言うまでもない。

 それでも、人間の乗っているモビルスーツを察知して突き進んでくる者もいる。そのような者は、相手せざるを得ない。

「スターバッカー01、ワン・ボギー、エンゲージ」

 ディタの警報を受けて、近接戦闘の準備をする。

「援護を頼む」

「了解、フリー・バード」

 白兵スゥイッチ、ON。システム起動と同時にVL(刀身長可変型)サーベルが手のうちに滑り込む。

 

 RDY VL SBR‐R

 

 闇を裂いて光の刃がさあっと伸びる。サリーの突っ込みは勢いがなく、初撃は届かず。距離を見て、長刀身に切り換えて踏み込む。背後はディタのVPBRとフィン・ファンネルで断ち、追いつめる。

 サリーの二ノ太刀が旋回してくるのをガンダムは素早く、かつなめらかにかわし、かわしつつ、撃ち込みをかける。攻防が一体となった動きは、RZも含めて、今まで駆ったどのモビルスーツでもできなかった。ガンダムの動きを見れば、誰も俺が白兵が苦手だとは思わないだろう。

 しかし眼前の敵にサーベルを振るいながら、サイコミュ回線を二つ、同時にコントロールするなど、まるで三人分の演奏をひとりで同時にこなしたロバート・ジョンソンのようだ。あのブルーズを聴いたとき、もう一人のギターは誰かと真剣に尋ねてランディに笑われた。

 ランディ、どうしているのだろう。

 目の前でサリーが小さく爆発して闇の表を流れていったとき、急にそのことが意識に浮かび上がった。

 近いうちに地球を追い出されるらしいというメッセージを受け取って以来、音沙汰がない。地球を出るのはいいことだが、どこへ行くというのか。その前に、追い出されるとはどういうことなんだろう。重力の底はどうなっているのか。

 その問いは警報で頭から蹴り出された。

 近距離センサーに反応。一機。受動警戒システムが照準レーザーを捕捉するが、スロットルを開かず、あえて踏み込ませる。

 直後、ガンダムは黒いサリーに撃ちかけられていた。今度の敵の勢いはややマシだった。が、たじろぐガンダムではない。サリーのパワーはまるで問題にならない。初撃を難なく跳ね返す。

 サリーは態勢の立て直しにひどく手間取っていたが、二ノ太刀を撃ち込んできた。

 ガンダムはIシールドをブーストさせ、旋回してきた光の刃を吹き消し、素早く腕をつかんでぐっと引き寄せながらガン・モードに切り替える。

 

 RDY GUN

 

 大写しになったサリーの額のど真ん中に置かれたTDボックスを見るまでもなく、トリガーを引く。MFD上の残弾数が瞬く間に減っていく。

 頭から胸にかけて三十ミリ低速弾を叩き込まれたサリーは、あっという間に沈黙した。頭は一瞬で引き裂かれて完全に弾け飛んでしまった。対空機関砲は、使いようによってはサーベルよりも強力な武器だ。

 息絶えたサリーを突き放して離脱すると、誰かのビームがその死骸を撃ち抜いて一瞬の光の花にしてしまった。

 その向こうに更なる敵の姿が見える。雲霞のように押し寄せてくる。もはや敵わないのに、精神だけで押してくる。

 ディタと編隊を組むと、装備を再確認してスロットルを開いた。

 この闘いは、長丁場になりそうだ。

 

 ☆

 

 敵が離脱するとシルヴァー・アローズに続いて、スターバッカーズ、帰艦。

 大尉どののガンダムは、A1デッキの一番前でホット・フュエル中。

 そう聞いてエアロックにまで来たものの。

 宇宙の闇を目の前にすると、足だけでなく、全身がすくんでしまった。

 まだ、怖いのか。

 どうして、と思うけど、実際に体が凍ってしまっている。

 けれど、これではいつまでたっても大尉どののそばになんか行けない。

 そう考えると、へこんでしまうよりも、何か、無我夢中の力のようなものが噴き上がってきた。いける気がしてきた。

 えいっ!

 気合いを入れて飛び出すと。

 宇宙に身をさらした瞬間、意識が一息にものすごく高い――宇宙だから、違う。遠くへ持っていかれるような感覚に包まれて、この宇宙全体のことが手のひらの上にあるみたいに見渡せた。神様なんて信じていないけれど、そういう、うまく言えないけれど、人間なんて問題にならないほどの存在がたしかにそばにいると、確信できた。ほんとうに、そこにいる。

 そう思ってふと振り返ると。

 そこには、わたしがいた。

 わたし?

 驚いたわたしを、また別のわたしが遠くから眺めていた。はっきりとわかった。

 でも、どうして、わたし?

 そこにいたわたしは応えずに、わたしに近づいてきて、わたしになった。

 あわてて目をしばたたくと、わたしは大尉どののガンダムの脇に浮かんでいた。

 いったい、何だったんだろう。

 頭を振った。よくわからないけど、考えるのは後回しにしてうつ伏せている機体の上へ飛び、翼のようなフィン・ファンネルの下に潜りこんで、コクピットの開口部の端に足を引っかけて上半身をぐっと差し込んだ。

「大尉どの」

 呼びかけると、コンソールで何事かをチェックしていたらしい大尉どののメットが動いて、わたしのヴァイザーにヴァイザーをつけた。ヴァイザーが透光になると、目が笑っていた。

「やあ、カルーア」

 ほっとした。

「宇宙に出られたとは、大進歩だな」

「決死の覚悟でした」

 ほんと、大尉どのでなければ宇宙になんか、と思いつつBレイションを差し出した。

「長い闘いですね」

「そうだね。連邦も必死だよ。しかし、次の第四次攻撃で終わる」

 うなずきつつ、目は本当に狭いコクピットの中を遠慮なく動き回り、大尉どのの後ろに留まった。

 もうひとつ、シートがある。

「大尉どののガンダムは、複座なのですか」

「そうだよ。FXの第一バッチ前半の機体は複座で、ニュータイプでなくても操縦できる。その場合はパイロットと兵装システム士官の二人が乗らなければならないけど」

「でも大尉どのなら単座のほうがしっくりしませんか」

「女史のリクエストさ」

「リクエスト?」

「このガンダムの後席にはデータの収集や検証のために女史が乗る」

 大尉どのはそこでいきなり笑い出した。

「ガンダムに乗るとき、女史はノーマルスーツにこれでもかというほど耐Gゲルを詰め込んで、もこもこにするんだ。マシュマロみたいにね」

 その光景を思い浮かべて、わたしも笑ってしまった。あのお澄まし顔のパナシェ女史がマシュマロのようになって狭いシートに収まっているなんて!

 でも、笑っていられなくなった。急に頭の真ん中がビリッとした。

 次いで、うっ、と息の詰まるような感じが。

 この匂いは、ダミアン。

 あっ。来る。

 どうしてかわからないけれど、わかる。

 来る。ダミアンだ。だけど、ひどくよくない思いを抱いている。

「来る」

「えっ」

「ダミアンが、来ます」

「――ああ。俺にも見える。速いな」

 一気に鋭くなった大尉どのの目がわたしを射抜いた。

「レイ大尉殿、ホット・フュエル完了しましたっ」

「各パワー・ユニットのリチャージも完了っ」

 という声に続いて、オペレイターの声。

「アークエンジェルよりスターバッカーズ、ライトニングストライクス各機へ。敵機動編隊、急速接近中。緊急発艦準備。繰り返す。緊急発艦準備」

 そして、ガンダムが動き始めた。発艦位置に向かっているんだ。いけない、早く戻らなきゃ。――え?

 すこし焦ってコクピットを出ようとしたわたしの腕を、大尉どのは手を伸ばしてぐっと引っ張っていた。

「ここからだと艦内に戻る時間がない。今フライト・デッキに出たら、確実に吹き飛ばされて宇宙の藻屑だ。すまないが、辛抱してくれ」

 ええええーッ?

 ガンダムに乗って飛ぶなんて、わたし、今度こそ命ないかも。

 ううん。そんなこと、大尉どのに失礼だわ。

 とにかく、我慢よ。我慢。

 体を小さくして狭いコクピットに入り込むと、コクピット・カヴァーがスライドしてきて、ぴたっと閉じられた。大尉どのはMAUを手にしてコクピット・カプセルの後ろを指した。

「後席についてMAUを接続するんだ。通信回線はフル・オープンでいいが、パッシヴ以外はすべてキルしておいてくれ」

「はいっ」

 返事をして後席につき、体を固定させた。シートは自動で戦闘位置に変わり、ほとんど寝そべる形になったところで必死でチューブを手繰り寄せて、マルチ・エア・ユニットをメットに接続した。すると、メットのヴァイザーがシールドごと自動で降りて視野が真っ暗になった。

「た、大尉どの、何も見えません」

「だいじょうぶだ。RPDを起動する」

 次の瞬間、わたしは声にならない声を挙げていた。

 目が見えるようになった。でもそれはモニターを見ているんじゃなく、直に外を見ている。わたしの目がガンダムの目になったみたい。

 そこで気がついた。

 これがあの網膜投影型ディスプレイなんだ。

「フリー・バード。ガンダム、システムス・オールG。グッド・ラック」

 感動している場合じゃなかった。パナシェ女史の冷静な声が耳に飛び込んできた。

 礼を返して大尉どのは発艦準備完了を告げた。すでにガンダムは発艦位置に定位している。いよいよだ。初めてじゃないのに、どきどきしてきた。

「カルーア、三十秒前だ。不用意に口を開けていて舌を噛むなよ」

「はいっ」

 そのときには、ダミアンの匂いは重くのしかかるように、そこにあった。生臭くて、それでいて髪の毛の焼けたみたいな、本当に息の詰まりそうな匂い。

 リニア・カタパルト、セット。甲板作業員たちがハンドサインで申し送りをしている。闇に浮かび上がるようなカラフルなスーツ姿。そこから宇宙に目を移すと、もう逃げられないと感じる。目を閉じればいいと思うのに、どうしてかそうすることができない。

 と、コクピットがびりびりし始めた。MAXアフターバーナーが点火されたんだ。後ろを見ると、ブラスト・デフレクターで跳ね返るミノフスキー・ジェットの噴射光で真っ白。怖くなってきた。けど、もう降りることはできない。サイド・スティックとスロットルを握り締める。

 視野の隅でカタパルト・オフィサーがびっと前を指した。同時に、

 ピーッ、

 耳の内に甲高い音がして、大尉どのの声。

「ロックンロール!」

 直後、ものすごいG。血も肉も骨も全部粉々につぶされてしまいそうになった。夕暮れみたいな視野の中、声を出すこともできず、ビッグEの姿はあっという間、ほんとうにあっという間に飛び去って、宇宙の真ん中にいた。信じられないほどの発艦加速。

 ガンダムは急速に戦域に突入、ヴァレンシアにぐんぐん近づいていくのがわかる。匂いが、もうどうしようもなくひどくなっていく。心をぐっと食いしばって頑張るしかない。

 不思議なことに怖くはなくなっていた。どうしてかわからないけど、大尉どのの動き、じゃなく、しようとしていることが見える。見えるというより、わかるようになったから。

 大尉どのはサイド・スティックをぐっと握り直して呼びかけた。

「スターバッカー01よりスターバッカー00、スターバッカー03へ。これより機動部隊に接近するマンタを迎撃する。ターゲットはマンタ。援護を頼む」

「了解」

「了解ッ」

 レーニエ大尉とアーシタ少尉の応答があった直後から、わたしは嵐に揉まれる小船になった。ドッグファイト・スゥイッチがオンになったんだ。あまりにも激しい機動に、何度も意識まで持って行かれそうになった。それはダミアンがファンネルを一気に放出したせい。

 ――みつけたぞ、白いガンダム!

 対して大尉どのは、乱暴に掴みかかってくるようなダミアンの意思を跳ね除けるように銃爪を絞り、ファンネルを片っ端から撃墜していった。

 そのさまはとにかく速く、そして無駄がなくって、お手本にしたいくらいに見事だったんだけど、不思議に感じたのは、どうみてもガンダムは大尉どのが入力する命令以上のことを行っているということ。操縦にしても、戦闘にしても。大尉どのは一人なのに、実はもう二人ほどいらっしゃって、役割をきちっと分担なさっているかのような。そうでなければ、こんな、後ろばかりじゃなくてあらゆるところに目をつけているような闘いはできない。だって、一点回頭したらそこにターゲットがあるなんてしょっちゅうだし、射撃にしても、ターゲットを狙って撃つというより、大尉どのの射線の先にターゲットが吸い寄せられていくみたい。

 あっという間にダミアンのファンネルを片づけてしまうと、急に大きなGがかかって、ヴァレンシアの大きな体はみるみる間に点になって後ろへ飛び去っていった。ものすごい加速とスピード。わたしなら一気に白兵の間合いにまで詰めようとするだろうけど、そこは大尉どののこと、きっと考えがあるのだわ。

 そのとおりだった。

 ヴァレンシアにお尻を向けて離脱しているのに関わらず、大尉どのの攻撃は終わっていなかった。まだ。

 ――サイコミュ回線C、接続。パワー・レヴェル5。

 大尉どのの声が閃いたと同時に、ぱっ、ぱっ、と視野が輝いて、眩い光の線が闇を貫いた。そして何と、ヴァレンシアの表面に火の粉のような光の粒がどっと湧き上がった。

 すごい。直撃してる。Iフィールドを撃ち抜いたんだ。ということは、今のはVPBR? ああ、だからレヴェル5か。

 納得したけれど、信じられなかった。VPBRをそのパワー・レヴェル5で連射していたなんて。ガンダムFXはとんでもないモビルスーツだ。普通だったらとっくにジェネレイターが飛んで、戦闘不能に陥ってる。これならヴァレンシアでも相手にならないわ。戦艦だって沈められるかも。そういう目で見てしまう辺り、まだパイロットの殻が落ちていないらしい。

 ――くそう、新型がなんだッ、

 ダミアンは、被弾しているのに、なおも追ってくる。

 けれど、距離は詰まらない。少しも。追いつけないんだとわかって、唖然とした。サリーはともかく、ヴァレンシアが追いつけないなんて。今更ながら、またもFXのとんでもなさを思い知るわたしだった。

 違う方向からまたVPBRの太いビームが飛んできて、ヴァレンシアを叩いた。ヴァレンシアの装甲の厚いのはよくわかっているけど、いくらなんでも、という気持ちになってきた。

 しかし、撃たれれば撃たれるほど、匂いはひどくなってゆく。

 どうして。どうしてそこまで大尉どのを憎んでいるの。

 ――オレは絶対に落ちないッ、カルーアを奪ったきさまを倒すまではなあッ、

 その声に、頭の中が真っ白になるほど驚いた。

 わたしを? 大尉どのがわたしを奪ったと思って、憎んでいるの?

 ――おちろおおっ、

 もう、だめよ、ダミアン。

 咳き込みながら思わずそう呟いていた。

 けれど、ダミアンは退かない。叩かれながらも撃ってくるけれど、そのビームも届かない。「倒してやる」という気持ちが誰よりも強いのはわかるけど、それでは勝てない。悲しいくらい、そう思った。

 だって、ダミアンは闘って負けるというより、自分から足を踏み外して勝手に転げ落ちてゆく感じがする。空回っている。完全に。大尉どのがわたしを奪っただなんて勝手に思い込んで、何も見えなくなっているから。

「なぜオレは勝てない」

 ワイコロアの後、そう言って頭をかきむしっていたよね。

 あの頃は、ニュータイプ能力が上回ってさえいれば勝てると信じていた。でもそうじゃないのよ。強化で増大するのは憎しみの力だもの。

 やがて、叩かれまくったダミアンはようやく背を向けた。

 ――オレはあきらめん、きさまを絶対に殺す!

 精一杯強がった捨て台詞に、涙がこぼれた。

 ――ダミアンは、あいかわらず俺を憎んでいるようだな。

 大尉どのの静かな声がした。

「知ってらしたのですか」

 ――接敵する度、叫ばれ続けてはね。

 大尉どのはため息をつかれた。

 離脱したダミアンの消えていった先を見つめていたわたしの目は、星に紛れて接近する機動編隊を捉えた。

 下方七時より二機。アングルは減少しつつある。速度は、かなり。

 ――カルーア、いい目をしているな。

 次の瞬間、どっ、とGがかかって、星たちがくるりと流れた。大尉どのはわたしの目を通してターゲットを見ていた、らしい。Rラックのフィン・ファンネルが端のものから真ん中で折れ曲がり、楔のようになってすぱすぱっと撃ち出された。すごい。フィン・ファンネルの射出なんて、初めて見た。

 サリーもファンネルを放出したけれど、大尉どのが相手では、分なんてない。

 思った通り、サリーのファンネルは全基、二基のフィン・ファンネルの初撃で蹴散らされ、同時に母機も撃破されていた。すごい。大尉どの、機動しながらいくつものフィン・ファンネルを同時に動かしているわ。

 でも、どうしてそんなことができるのかしら。ユーゲントでは教えてくれなかったわよ。

 すると、天を飛び交う閃光――のようなものがいきなり見え始めた気がした。これはユーゲントの強化訓練のときにも見えたことがある。やっぱり思念の波? 大尉どのの?

 だとすれば、すごい。戦闘中なのに、こんなにクリアーで穏やかだなんて。ユーゲントならとげとげしくて、ちょっとでも触れるのが嫌だったのに。

 その閃光を追っているうちに、わかった! わかってしまった。大尉どののファンネル・コントロールの秘密が。敵を追いかけるんじゃなく、逃がさないように囲んでしまうのか。それも、一瞬で。なるほど。でも、敵も動くよね? あ、それは読んでおく、と。

 それにしても、すごい。

 わたしが言ったら張り倒されてしまうほど当たり前のことだけど、大尉どのはほんとうにすごい。ドッグ・ファイトはヴィデオ・ゲームなどとはまったく違うけど、全然危なげなくて、そう見えてしまう。そのくらいのひとなんだとわかっていたはずなのに、わたしは的外れな怒りと憎しみだけで立ち向かっていた。倒せると信じ込んで。ほんとうに身のほど知らずだった。

 なのに大尉どのはわたしを撃たずにいてくれた。その気になれば、何度でも撃てたはずなのに。

 すると、大尉どのの声。

 ――足が速かったからなあ、カルーアは。

 え?

 ――アフターバーナー点火のタイミングがとにかく絶妙だった。つかまえた、と思ったら、するりと抜けていく。

 う。

 詰まると、笑い声が。

 ――怒りと憎しみの向こうにあるものが見えていたからだよ。

 そう言われて、ガンダムを無事に――大尉どの、どうもありがとうございました――降りて艦内に戻った後もずっと考えている。

 わたしの大嫌いなダミアンのあの匂い、あれは怒りと憎しみの燃え盛る匂いなんだろうか。

 とすると、わたしも、あんなひどい匂いを撒き散らしていたの?

 無性に恥ずかしくなった。だって、大尉どのが気づかないはずないじゃない。ああ、なんてこと。穴を掘って自分を埋めてしまいたい。

 そんな思いで頭を一杯にしてベッドでのた打ち回っていると、

 あれっ?

 どうしてわたし、大尉どののサイコミュ波に触れることができたの? どうしてダミアンが来るのがわかったの?

 謎だ。

 これはすぐに大尉どのに聞いてみなくては。それに大尉どのならわかるかもしれない。宇宙に飛び出た瞬間のあれが何なのか。

 でも、変だ。

 頭の中に、声がする。どうしちゃったんだろう。ひとりやふたりじゃない。たくさんの声がなだれ込んでくる。

 声じゃない。これは、人の思いだ。

 そうとわかったときは愕然としたけど、それどころじゃないっ。それが直に響いてくるっ。やだ、やめて、そんなの、わたし、壊れちゃう。

 思わず目を閉じて、耳も塞いだけれど、流れ込んでくる色々なものがなおもわたしを圧す。圧してる。

 う。

 頭が重い。重い。重たい。

 大尉どのっ。

 頭も胸も心も絶叫した。

 たすけて、たすけて、つぶされちゃうっ。

 ひときわ大きく叫んだ直後、いきなり周囲がぐるっと回って、床が目の前に迫った。そして額にひどいショックを受けたと同時に、目の前が真っ暗になった。

 

 ☆

 

 モンツァ会戦は環地球連合軍の圧勝に終わった。

 我々は四次に渡る攻撃でNTCの空母三隻を撃沈、二隻を大破させた。ここに連邦の機動部隊は瓦解したと言って良かった。

 サリーも四百機近くを撃破。その七割はドッグ・ファイトによることに意義がある。戦線に続々と投入されるFXとファイアーブレードは、キル・レイシオを完全に逆転させていた。

 同じサリーでも、以前のように強くない。切れがない。

 ニュータイプもナチュラルも、パイロットは誰もが口を揃えてそう言った。

 それは錯覚ではなかった。サリーの神話は崩れ去ったのだ。

 NTCのパイロットたちの質は、開戦当時とは比べ物にならないほど低下しており、かつてはその姿だけで我々を震え上がらせたサリーが、今やFXやファイアーブレードに囲まれ、その真ん中で為す術もなく毟られてしまう。サリーはもはや敵ではなく、星屑を撃つのと同じだった。

 これもいわゆるサリー効果だった。

 パイロットを保護するものを一切持たないこのモビルスーツは、経験豊かなパイロットを次から次へと鬼籍に放り込み、NTCはついにパイロットの枯渇を招いてしまった。結果、学生までもがかき集められ、養成期間も切りつめられた。

 そして、たとえようもないほど貧弱な腕前のパイロットたちは、向かってくるだけ落とされる。絶望的な悪循環と言っていい。

 ことはパイロットばかりでなく、サリー自体もFXやファイアーブレードが現れた今となってはすっかり旧式化していた。

 出力の貧弱さはいかんともし難く、何より機体の精度が落ちていた。機動中にタンクが破れてプロペラントを噴いたなど、色々な報告が挙げられていたが、その様が生産状況を表しているとすれば、もはや末期的と言っていい。

 しかし連邦にはそのサリー以外のモビルスーツが存在していないらしい。あれば、何かしら出てくるだろう。

 ただ、戦場に現れた当初はすさまじい戦果を挙げたマンタですら、今はFXの三機編隊に立ち向かうことはできない。

 だが、それよりも先に考えるべきことがあった。

 カルーアが倒れてしまったのだ。俺のガンダムに乗ったその夜のことだ。

 艦内に戻った後もそのまま普通に仕事を続けていたとトクロウは言った。が、何もなかったはずがない。宇宙で何かを見たんだ。カルーアは。

「脳波が安定しないわね」

 ドクの言葉に烈しく悔やんだ。

 迂闊だった。

 いくらそうするしかなかったとは言え、もともと受動能力に優れたカルーアをいきなりモビルスーツのコクピットに引き込んで、戦域を引っ張り回してしまうなど。あれほど宇宙を怖がっていたのに。

 ドクの話を聞きながら、拳をぐっと握り締めていた。

 何でもいい。とにかく無事であってくれれば。

 カルーア。

 目を、覚ましてくれ。

 

 ☆

 

 再覚醒。

 それがこの一連の出来事の答だった。

 どういうことか、わたしはまたニュータイプとして目覚めた、らしい。

 けれど、不思議なことがある。

 あれほど怖かった宇宙がすこしも怖くなくなったのもそうだけど、思念波のレヴェルが、NTCで現役だったときと比べ物にならないほど上昇していた。昔はサイコミュ側でブーストをかけなければダメだったのに、このレヴェルだと、ブーストしたらサイコミュが壊れてしまう。

 そのサイコミュ、どうなんだろう。

 ユーゲントやNTCでは危険なことでプレッシャーをかけなければサイコミュもろくに動かせなかった。あれはまさに拷問。今思うと、よくあんなことをしていたと感心さえしてしまう。

 でも、と思う。

 この強さなら、サイコミュを楽にドライヴできるかもしれない。

 それができれば、はっきりと大尉どのをお助けできる。

「わたし、もう一度サイコミュ稼動試験をやってみます」

 意気込んでそういうと、大尉どのは沈んだ目をされた。

 わたしの胸にも何か重いものが沈んだ。

 喜んではくれなかった。

 

 ☆

 

 サイコミュのドライヴができるようになったカルーアはパイロットに志願した。

 が、それを良く思わない俺がいた。

 喜べなかった。喜べるわけがない。

 カルーアにはコクピットに戻ってほしくなかった。できれば、サイコミュ・チェックさえやめさせたかった。それで、胸がもやついている。

 まったく、こんな気持ちになったのは久しぶりだ。

 悟られないうちに引っ込んで頭を冷やそうとしたら、カルーア当人に捕まってしまった。笑顔だが、ほんとうの笑顔ではなかった。俺が浮かない気持ちでいるのはわかっているはずだ。案の定、昔のようにずばっと聞かれた。

「どうしていけないのです。機種転換訓練だって、ちゃんと規定時間こなします」

「いや、そういうことではなく」

 思わず口篭もってしまったものの、俺は、自分が何故こうなるのか、何故こういう気持ちを抱いているのか、わかっていた。

「カルーアは意志ある人間。自分の足で歩いて来させなさい」

 マザー・ララァの言ったように、カルーアは自分の足でここまで歩いてきた。あちこちにぶつかりながら、それでもめげずに。

 そのカルーアが、胸のうちでこれほど大きくなっているとは、思いも寄らなかった。

 しかし、それはまだ秘めておいた方がいいだろう。

「いいの?」

 するとマザー・ララァに正すように聞かれた。

「あなたは帰るべきところをずっと求めてきたのでしょう」

 ああ、そうだった。

「大尉どののお考えになっていることは、よくわかります」

 マザー・ララァに続けてカルーアにそう言われたときは、さすがにどきりとした。

 しかしカルーアは違うことを言った。

「けれど、道を切り拓くことが生き抜くことにつながるなら、わたしは逃げません」

 そのはっきりした物言いに覚悟を感じた。あまりにもまっすぐな覚悟を。いつしか、カルーアはこうまで言えるようになっていたのだ。激しい瞳で俺を見つめて。

「この闘いを終わらせることが先決という考え方は、正解だわ」

 ディタが話に加わってきた。俺とカルーアの気持ちをそらしてしまうかのようなタイミングで。

「考えなければならないのは、終わらせ方ね」

 しかしディタの頭の中ではすでに整っているはずだった。この大戦をどのように終わらせるかということは。そう考えただけでディタはうなずいたが、目を俺ではなくカルーアに向けて、いきなり違うことを尋ねた。

「どうしてまた目覚めたか、わかる?」

 カルーアは黙ってディタを見つめている。あまりに唐突だったせいでもあるだろう、応えられずにいる。

 そんなカルーアに、ディタはずばりと言った。

「あなたは、ニュータイプではなかったのよ」

「ええっ」

 カルーアは目を丸くした。ディタは当然、頓着などしていない。冷ややかに決めつけた。

「あなたは長年に渡って心身を強化された結果、サイコミュの駆動能力を得ることができた。でも、言ってしまえばそれだけ。コミュニケイション能力も多少は拡大したかもしれないけど、基本的にナチュラルよ」

 真実は時として残酷なものだが、それを淡々と当人に突きつける辺りがディタらしいと言うべきか。カルーアはまだ驚いている。ディタの目がふっと和らいだ。

「どうやらあなたも勘違いしていたようね。この機会に認識を革めなさい。NTCの量産した強化人間とニュータイプとはまったく異なるものだと」

「違うって、どう違うんですか」

「強化人間は、言ってしまえばスペシャリスト。サイコミュ兵器をドライヴできるだけの、極めて偏った存在。それこそ突然変異よ。ニュータイプはジェネラリスト。次元が違うわ」

 それは正しい。心身に圧力をかけて得られる力は本物ではない。絞りきったレモンをなおも絞るようなものだ。圧迫の逆、解放による覚醒が真のニュータイプへの道で、カルーアもすでに解き放たれていた。呪縛から。

 しかし、そのカルーアをふたたび闘いの炎のうちには飛び込ませたくない。俺は。

 この後、環地球連合軍はL1の地球側空域を一気に落として、サイド5を奪還する。

 大きな闘いが続くこととなるのだ。

 

 ☆

 

 大尉どの、心配してくださった。すごく嬉しかった。

 その気持ちに背を向けようとしているわけではないつもり。

 何故なら、パイロットに志願したものの、実はモビルスーツに乗って闘うことにそんなに乗り気ではない。わたしは。乗り気ではないどころか、かつては自分のすべてだった闘いを、今はひどく嫌悪している。怖いのではなく、闘いそのものがなくなって然るべき、無意味なものだとしか考えられない。

 それでいて志願したのは、闘いを終わらせるために闘うことと生き抜くために闘うことがこの局面でわたしのできる最善で、しかも大尉どのをお助けすることにもなると確信できたから。

 だから、トクロウさんにも宣言しておいた。

「この戦争が終わったら、わたしはモビルスーツから降ります。そして、二度と乗りません」

 だって、モビルスーツの季は本当にもう終わってしまう。

「闘うよりも料理を作ることの方が楽しいし、何より甲斐を感じます。だから、またわたしを鍛えてくださいね。この戦争はもうすぐ終わります」

「おうよ。まかせとけ」

 トクロウさんは満面の笑みでわたしの頭をかき回した。

 その後でハンガーに足を向けた。

 組み上がったばかりのわたしのFXは機体番号02で、カラーリングは全身パール・ホワイト。頭はデュアル・センサー搭載の、いわゆる「ガンダム・ヘッド」。何でもリクエストしてみるものだと思う。右の肩口には大尉どのと同じ、L1戦線では非常に有名なベロ・マークが大きく描かれている。パーソナル・ネームは『スノー・フェアリィ』。

 こうしたことには意味がある。

 戦場で敵がこのスノー・フェアリィを大尉どののガンダムと見間違えてくれたら儲けものだから。いわゆる欺瞞工作。だから、大尉どのと組むことは無理だった。大尉どのもわたしも長・中距離の射撃戦が得意。だから、接近戦の得意なパイロットを護る必要がある。それでアンサーと組むこととなった。

 アンサーは、聞いた話とはずいぶんと違っていた。昔は手のつけられないSon of a gun(ならず者)だったそうだけれど、そんなところはまったく感じられない。明るくて、とても話しやすくて、冗談ばかり言っていて、特にウェッヴに接するときは嬉しそう。でも、時折、深い知性が垣間見える。木漏れ日のように。サイコミュのデータも見せてもらったけど、乱暴でもとげとげしくもなく、しっかりしていて落ち着いていた。

「乱暴な一匹狼だったのは、嘘じゃないよ」

 アンサーは苦笑いを浮かべた。

「エアナイツを卒業して一皮剥けたって言われてるけど、実はそうじゃない。君の大事なフリー・バードのおかげだ」

「大尉どのの?」

「ああ。よく考えたら、このビッグEに乗ってから、あの人には世話になりっぱなしだな」

 ひとの口からこういうことを聞くと、嬉しい。

「おれはモビルスーツの転がし方はわかってたけど、他のことは何にも、ドッグ・ファイトのイロハさえわかってなかったデブなガキだった。ひとりじゃ勝てない相手でもふたりならどうにかできるってことさえ、わかっちゃいなかったんだ。これが別の母艦に回されてて、あの人に出会ってなかったらと考えると、ぞっとする。ぞっとするどころじゃないな。エアナイツに行くどころか、今ごろは生きていなかったよ」

 アンサーは、大尉どのに憧れている。その話し方や態度でわかる。大尉どののようになりたいのね。

 そう思ったら、アンサーはうなずきかけて、首を捻った。

「女性のことに限ってなら、迷わずガーディーのダンナだ。君の大尉どのは、自分のことになるとニュータイプじゃなくなっちまうみたいだからな」

 うっ。ビンゴ。けど、でも、そうじゃないのよ。きっと。

「そんなことありませんよ。大尉どのは弁えているんです。見るべきところしか見ないように」

「へッ、言うねェ」

 アンサーは笑い出した。

「ま、その大尉どのへの気持ちと同じくらいの熱意で、頼むぜ、相棒」

 そう言ってわたしの肩をぽんぽん叩いた。

「おれの背中は、あずけたからよ」

 こちら側に来ることができて、ほんとうに良かった。

 NTCはモビルスーツ・パイロットばかりじゃなく、誰も彼もみんな一匹狼だった。いや、狼なんて恰好のいいものじゃない。手を差し伸べ合うことができないだけ。誰も他人と必要以上の接触をしないし、何があっても自分でなければ知らん顔。

 ここは違う。助け合うことのできる人たちが周りにたくさんいる。

 そのことをまず教えてくれたのは、トクロウさん。

「人間には足し算はあてはまらないんだ。一足す一が二にならないからな」

 その事実は厨房において高い確率で証明された。特に、何かを生み出そうとするとき、人の意思がひとつになって迸ったらすごいことになる。なのに最初はものを創ることの意味も何も知らないで、トクロウさんにも噛みついていって。

 ああ、また穴を掘って埋まりたくなってきた。別のことを考えよう。

 すると何故かレーニエ中尉の冷たーい横顔が浮かんで、冷ややかな一瞥をくれた。

 でもそういう目にもいい加減慣れたし、今は感謝さえしている。今もって苦手なのは変わらないし、あのひとの目が本当はどこを見ているかわかったときはぎょっとしたし、ちょっとハラハラさせられているし、ディタとかアイス・ドールって呼んだら間違いなく張り飛ばされるだろうけど、宇宙に投げ出されたわたしを救ってくれたのはあのひとだし、わたしの首根っこをつかんで厨房へ放り込んでくれたのもあのひと。

 けれど。

 そんなひとでも、譲れないところは譲れない。

 と、思わず熱くなってしまった。いけないいけない。ひとまず私情はそっちへ置いといて、訓練に向かった。

 ブリーフィング・ルームで待つこと三分。定刻に大尉どのが入ってきた。わたしの、ファンネルを一基ずつしか使えないという癖を矯正するために訓練を買って出てくださった。NTCではこんなことは絶対に有り得ない。そのお心に応えるためにも、頑張らなくては。

「実は、ファンネルのコントロール技術は、ニュータイプの能力には関係がない。厄介なことに」

 座学で最初にそう言われたときは驚いた。

「サイコミュのドライヴはともかく、ファンネルを操るのはスキルだ。だから、訓練すれば、その能力はいくらでも伸ばすことができる」

 サイコミュがドライヴできるからと言って、それだけで機動端末を無我夢中で飛ばしていても、意味はない。そういうこと。けれど、かつてのわたしは、まさにそうだった。ファンネルを撃ち出してしまえばもう安心と、母機の手綱から手を放してしまっていた。それでよく生き延びることができたものだと思う。

 大尉どののような優れたパイロットと会敵していたら。

 そう考えると、背筋が凍ってしまう。運が良かっただけなんだ。ほんとうに。

「複数のファンネルを同時に高機動させてターゲットを撃破するために必要なものは、何よりも空間把握能力だ」

 座学ではそのことを繰り返し言い聞かされた。

「ターゲットを空間の中の一点と見なければ、一瞬で複数の最適射撃位置にファンネルを置けない。一基ずつしか使えないというのは、ターゲットとファンネルを線で結んで、その線をなぞっているにすぎないということだ」

 そうではない。

 ファンネルはダーツではなく、投網。複数を同時に用いることで、有効の度合いも増す。

 そう。見るべきなのはファンネルではなく、ターゲット。

「考えるな。感じるんだ」

 スノー・フェアリィのコクピット。お父さんの声に促されて、あのときの感覚を必死で思い出そうとした。大尉どののガンダムで宇宙に出たあのときの感覚を。

 追いかけるのではなく、逃さないよう、詰めていく。それを考えるのではなく、感覚で掴む。感覚で。

 そのとき意識に幾重もの蜘蛛の巣が浮かび上がった。その後ろが漆黒の宇宙に変わってゆき、――

 あっ、見えた。

 ターゲットに対してどこに六基のファンネルを置けばいいのか、わかった。

 次の瞬間、すべてのファンネルが一斉にダッシュしてポジションを取り、全基の照準レーザーがターゲットを同時に捉えた。ビンゴ!

 ああ、この感覚なんだ。

「チェックメイト」

 感慨に浸っていると、大尉どのの声。

「よくやった、カルーア」

 やったぜっ! Vっ!

 でも、得意になるのは圧倒的に早かった。ゴールはまだまだずーっと先。

 何故って、連合軍のサイコミュ・ユニット『PMC7』は三系統四回線で、そのうえ全回線を同時にドライヴできるという、悪魔のような「タコ足」だった。わたしはようやく一回線を使えるようになっただけ。つまり、フィン・ファンネル六基分の自由しか手に入れていない。NTCならこれでも「マイスター」くらいに言われるはずだけど、もう三回線が待っている。

 これって、地獄かも。

 

 ☆

 

 カルーアと歩く秋の舗道。

 出撃を三日後に控えた俺たちは、オールド・ハイランドの6バンチ『レマン』にいた。水の美しい観光コロニーだ。

「きれいですね。夢みたいに」

 カルーアは瞳を輝かせている。こういう折にはスタイリッシュなオールド・ハイランド宇宙軍の制服も無粋というものだが、正直、こんなときが訪れるとは思えずにいた。

 最初、カルーアに感じたのは「よどんだ血の匂い」だった。それは宇宙で再見したときも変わらなかった。カルーアはダミアンの匂いを「焼ける血の匂い」と表したが、同じ匂いではないかという気がする。成熟していないのに、ひとつのところだけが突き出てしまって、残されたところにはろくに血も流れず、腐ってゆく。その匂いだ。

 しかし、そういう者は憎むよりも手を差し伸べるべきなのだ。俺もそうだったし、カルーアもそうだ。

「NTCを離れて、こちらに来て、わたしは色々なことを知りました」

 カルーアの成長の勢いはすさまじかった。少し遠回りした分を一気に取り戻そうとしたかのように。が、余計な偏りや歪みというものが一切なく、健やかだった。自分と照らし合わせると、恥ずかしくなってくるほどだ。

「不思議ですね。わたしがわたしのことにかまけている間にも時は流れ続けて――」

 淡い茶色の秋の風の中、落ち葉を見て歩きながら、カルーアはそのようなことを言った。

「その流れのうちで、どこを見て、何を目指すのかと考えると、心細くなるときもあるんです」

「目の前のことに囚われずに、遠くに目をやった方がいいときもある」

 そう応えたとき、悟った。カルーアは違うことを言おうとしていると。

 ――わたしは。

 眩い、青。

 ――わたしは、あなたと。

 どこまでも澄み渡った、空。白い砂浜の向こうに輝く、海。

 この光景は。

「夏です」

 カルーアは即答した。眩しい笑みを浮かべて。

「わたしはいつも、真夏を想っているんですよ」

 遠くを見て話し始めた。

「わたし、季節の移り変わりはよくわかっていないんです。今も大尉どのに言われて、これが秋というものなのかと思ってしまうほど。でも、夏だけは憧れているんです。子供の頃、ユーゲントで見た映動が、空と海だけだったんですけど、あまりに眩しくて」

 しかし。夏は、はるかな先。

 カルーアもうなずいた。

「わかっています。けれど、――」

 俺をさっと見あげた。瞳のうちに様々な色の光がある。爆発したような光も見えた。しかし、口が何か言おうとしたまま、固まっている。

「どうした」

 促すつもりで尋ねると、一瞬ためらったが、

「――それまでの季を、越えて、行っていただけないでしょうか。わたしと、一緒に」

 カルーアは噴き上げるように言った。力と決意の込められたその声は耳と胸に一緒に飛び込んできて、俺を烈しく揺さ振った。

「大尉どのは、わたしにとって、夏そのものなんです」

 カルーアに思い切りぶつかられて、知った。まだ、ここに至っても俺は目をつぶり、背を向けようとしていたのだと。

「あなたは帰るべきところをずっと求めてきたのでしょう」

 マザー・ララァにもそう言われていたのに。

 命の途、その絶えるまでの道程はあまりに長いと考えていた。重力の底では。

 そうではなかった。悠久の時の移ろいの中では、人の生きている時間などあまりにも短い。俺も、人の変わってゆく節目に遭遇できたものの、その変革の果てさえ、己の目で見届けることはできない。

 そのことは寂しいが、寂しいと感じない方がいいのだろう。

 何故なら、この無情な時の流れのうちで、それでも心から俺のそばにいてくれようとするひとがいる。

 カルーアの手を取った。

「大尉どの」

 驚いた顔をしたカルーアに、笑いかけた。

 答は、最初の瞬間からそこにあった。

 そうわかっていたのに、それをそのままに受け容れられずにふらふらしていたのは、実は、俺だった。真実を「そんなことは信じられないから」と見ない振りで先送りしていた。悩んでいる暇などないというのに。

 そこまで考えて、カルーアに目をやると、ふいにおかしくなった。

 だから、真実の方から俺を追いかけてきたんだ。

 やれやれだ。まったく、自分のことになると、俺はニュータイプではなくなってしまうらしい。

 あらためてカルーアを見つめた。

 目を見て話すのは苦手だが、瞳に語りかけた。

「もう『大尉どの』じゃない。君が俺をそう呼ばなくてはならない季節は、たった今過ぎ去ったよ」 

 きみのもとへ帰ってゆくということは、俺の願いでもあったんだ。

 その願いを、今、解き放とう。

「夏を目指そう。この戦争が終わってからも、ずっと」

 細い腰を抱いて持ち上げると、カルーアは笑みを輝かせた。歓声を挙げて、俺の首に腕を巻きつけた。

「うれしい」

 人の夏は遠い。が、この闇を越えてゆけるだろう。俺は、きみと。

 限りなく移ろい、巡る季を、俺たちの真夏まで。

 

 

 MOBILE SUIT GUNDAM FX

 Episode 9 “Seasons of Change”

 

 


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