いやはや美味しいですね。
沢山の感想・お気に入りありがとうございます。
相変わらずの眠たい兎クオリティですがこれからもよろしくお願いします。
トランプで散々に負け続けた翌日の課題はなんとも無難に終わった。あの四宮先輩の試験と言う事で緊張していたのだが、何故か初日の様な棘そのものの様な態度が棘がある程度にランクダウンしていたのだ。御蔭様で生徒の大半が合格し、課題の中で彼考案のルセットを知る事ができた。
「で、美作。昨日はこの時間にはトランプをしていたと思うが今から何の伝達があると思う?」
「嫌な予感しかしねぇ、この合宿を振り返るに唐突の伝達事項ってのは50食作れだの今から中華鍋背負って駆け足だのばっかりだからな」
だろうな、と言う事は今回も課題なのだろう。しかし上腕大学の先輩方は今更夕飯と言う時間ではないし、となると夜間行軍の後どこかで朝食作りとかだろうか。
「減ったな」
部屋の人間を見ての台詞である。既に200はいないのではないだろうか、よくぞココまで生き残れたと思う。
「そうだな、っと、堂島先輩だぜ」
『全員、ステージに注目!集まってもらったのは他でもない。明日の課題について連絡するためだ。課題内容はこの遠月リゾートのお客様に提供するのに相応しい朝食の新メニュー作りだ。朝食はホテルの顔、宿泊客の一日の始まりを演出する大切な食事だ。そのテーブルを派手やかに彩るような新鮮な驚きのある一品を提案してもらいたい!』
それがこの時間に告知した理由か⋯⋯! 身体が強張り顔が引きつるのが分かる、遠月の卒業生が監修したホテルの朝食で客に出すにふさわしい新メニューを提案しろ、どんな無茶振りだと言いたい。
『メインの食材は卵、和洋中といったジャンルは問わないが、ビュッフェ形式での提供を基本とする。審査開始は明日の午前6時だ。その時刻に試食出来るよう準備をしてくれ。朝までの時間の使い方は自由、各厨房で試作を行なうのもよし、部屋で睡眠をとるのもよしだ。解散!健闘を祈る!』
やや言葉足らずに思える説明だが明日の朝6時、ビュッフェ形式で提供を行えるだけの準備をとの事だろう。ジャンルが卵に限定されているので余程の自信があろうとも、普通の卵料理等をつくろうものなら印象に欠けるだろう。そもそも驚きある一品との事だ。
何はともあれ先ずやるべき事はどの様な品を作るか決めるのが先だろう。一先ず部屋に戻ろう。
「美作、私は部屋に戻る」
「なっ!? わ、分かった。俺はすぐに試作をするから何かあったら連絡してくれ」
向きを変えると大扉に歩いてゆく、誰も動かないので少し失敗したとも思うが部屋に向かう宣言をした手前引っ込むのも如何なものかだ。なるべく気にしないように歩いて広間を出ると、確実に引き攣っていた表情筋を解す。
再び歩みを進め部屋まで戻ると鍵を開け、部屋に入りメモ帳を鞄から取り出して物色を開始する。昨日の課題で作ったフリッタータが手軽さ、味、練度共に一番だとは思うがあの場の人間と被る可能性が大だ。
「⋯⋯オムレツ、目玉焼き、フリッタータ、カニタマ、TKG」
単純なものが多い卵料理は料理人の技術を示すのに最適とされ、料理人の審査等では良く使われる、特に遠月では。なので基本的な調理法だけでは確実に誰かと被る。オリジナル、または強烈なアレンジが必要だ。
「ん⋯⋯これは⋯⋯?」
記憶の片隅にすら残っていなかった料理、メモの隅に走り書きの様に記されている料理、名前すら不確かなそれの記入方法は珍しい品を見つけた時のそれだった。
「これで頑張ってみるか」
調味料用のメモ冊子を手に鞄に入れると、実家の調理服に着替えて誰も居なさそうな離れにある厨房に足をのばした。大失敗の可能性を考えると誰にも見られたくはなかったのだ。
課題の説明から1分と経たずに美咲さんは会場を後にした。驚くべき事だが、誰もが課題の内容と知っているレシピを照らし合わせている中、彼女は一切迷う事無くメニューを決めたのだ。試験の発表が行われ、彼女が出て行くのを見届けた直後から、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
「まぁココでこうしててもしょうがないよな」
歩いて近場の厨房へと向かう事にする。当然今回の課題では目立つ見た目と、誰とも被らない独創性が試されるのだ、過去の自分が相手なら苦手としていた課題ではあるが今の俺ならクリアできる。何せ【神の舌】と【神の包丁】の両名から成長を認めてもらえたのだから。
厨房に着くと手始めに幾つか鶏卵を確保して考える。何も鶏卵を使わずとも『卵』であれば何でも良いのだが、朝食のメニューとして魚卵は難易度が高い。ふと隣の調理台を使っている外国人の料理が目に付いた。
「それはインサラータか?」
「ん、あぁ。これはアルディーニの技術の粋を凝らした『インサラータ・フリッタータ』さ」
やけにテンションが高く馬鹿っぽいがこいつの故郷の連中は皆このノリなのだろうか、いや、こいつの頭が軽いだけだな。
「サラダ、と言うのはいい発想だと思うがフリッタータを作る時間と和える時間が掛かるがそれは大丈夫なのか?ビュッフェ形式なんだろう?」
別に彼がどうなろうと知った事では無いが料理を見る限り腕は確かだし、何よりこの手の馬鹿は次から次へと手の内を晒す傾向にある。過去の俺なら完全に再現して一歩上の品を作った事だろうが、現状俺の目標は美咲さんの料理と並べられる『俺』の料理の完成だ。
最近はご無沙汰だったがこの際彼の技術の一部を盗ませてもらおう、当然盗んでそのまま使う等はしない、俺の料理の一部になってもらうのだ。
「アルディーニは日本風に言えば大衆食堂だ、初日のように50皿作れと言われても40分も掛からないさ」
得意気に目の前で作ってくれる彼からは、自分の料理の腕への絶対の自信が感じ取れる。確かにぱっと見だと動きに無駄は無いしフリッタータの焼き上げも見事なものだ。是非とも今後の参考にさせて貰おう。
「ほら、一皿食べて見ろ」
小皿に載せた品は確かに見事の一言、野菜も良い物を良い状態で使っているし色合いも良い。
「ほぅ⋯⋯美味いな」
一口食べた感想は美味いの一言だった。この出来ならば余裕を持って課題をクリア出来るだろう事は確実だ。
「む⋯⋯反応が薄いな、まさか何か失敗していたか?」
「いや、美味いぞ。ただ昨夜、3品程飛びぬけた料理を食べた後でな」
「俺より料理が上手い奴が?言ってはなんだが厨房に立った事が無いやつに負けるとは思えないんだが」
そういえば彼女の出身については先日初めて知ったのだが、彼女は厨房に立っていたりはしたのだろうか。あの包丁捌きからして幼少期から仕込まれていたと言われても納得は出来る。
「まぁ少なくとも内2人は同年代じゃ頭一つ抜けてるだろうな、っと俺も試作をしねぇとな」
現状俺ではあの2人には遠く及ばない、新戸も技術的には俺より上に居るとは思うがまだ人類の域なので追いつく事は可能だろう。というか秋の選抜までには追い抜くつもりだ。
まだまだ試作の夜は長い。
気が付けば4時を回っていた、仕上がりは上々。最初のこれを作ったのは遠月の生徒ですと言われれば、100人中100人が笑い飛ばす様な料理とは比較にならないくらいには完成形が見えてきた。しかし案の定十傑の料理には遠く及ばないのは明白であるし、自信を持って課題が安全にこなせるとも言い切れない。
「結局ここに来たのは2時ごろのシャペル先生だけだったな⋯⋯」
あの先生の神出鬼没っぷりはこの合宿が始まってから際立っている気がする。深い顔してるからこっそりこっちを覗いてたりした時には、心臓が止まりそうなくらい怖い。
シャペル先生はさておき、まだ試作を続けたい所ではあるが課題が始まるまでに会場に食材を運び込み、難儀な作業をせねばならないのだ。先程250食分くらいの食材を持って6時までに集合と連絡を受け、この最も遠い厨房からどれだけ運ばせるつもりだと文句が言いたい。
「くぁ⋯⋯ぁ」
誰も見ていないので欠伸も独り言もやり放題言い放題だ、大量の食材を台車に載せるとガラガラと押していく、些か欲を張りすぎた事もあり非常に重たいが、そう何度も行き来するのも面倒だ。運ぶ最中にこいつ何所から運んでんだアホかみたいな反応をされたが、私だってこんな大量の食材を自力で運ぶ事になるとは思わなかったのだ。
突如横から聞きなれない声が掛けられた。
「犬神さん犬神さん」
「ん?」
声の主は真っ白な肌と髪の女子生徒、薙切さん(白)と初日にお世話になった黒木場君だ。彼の方は何かを手の中でクルクルと回しているが筋トレでもしているのだろうか。
「リョウ君がお世話になったそうだから挨拶をね、私の駄犬が何か粗相をしなかったかしら?」
「⋯⋯強いて言うならあのバンダナには驚かされたな」
格好そのものも調理服かと言われれば、格闘漫画の戦闘服の方がしっくり来るモノなので気になってはいたが、あの変貌には遠く及ばない。あれはもう病院に行くべき次元だ。
「まぁリョウ君!女の子を驚かせるなんて本当に駄犬ね、謝りなさい」
「すんません」
別に謝罪が欲しかったわけではないが...今の彼からあの時の彼は想像出来ないので本気で別人説を考えている所だ。
「いや、それはいいんだが⋯⋯本当に君はあの時の黒木場君か?」
「紛れも無く本物だと保証するわ、彼以外にバンダナ一つでバーサクモードに入る生徒なんていないでしょうし」
バーサクモード⋯⋯言わんとすることは分かるのだが何と言うかアレなネーミングセンスだと思う。それでいいのかと当の本人を見るが、肩をすくめて顔を横に振られた。いいのか⋯⋯?
「そうか、2人は準備はいいのか?」
「えぇ、先程運び込みは終わったから。ま、頑張ってね」
そう言うとスタスタと去っていく、女子としては中々に身長高いな、等と思いながら運び込みの作業を続行する。宛がわれた調理台に材料を置き終わると箱いっぱいの胡桃を取り出し、一個ずつ取り出しては割る作業を行う。ふと非常に強烈な匂いが鼻につき、その方向に視線を向けると貞〇の様な女子生徒が鍋を掻き混ぜていた。
「ったく、何処のどいつだ? 朝っぱらから悪臭を漂わせてる馬鹿は」
更に声の方を向くと衣服に頓着しない傾向のある私ですらアレは無理だと思う格好をした女子生徒、何時ぞやの食戟で目にした水戸さんがいた。
「薙切さんのとこの子か」
「あん? 喧嘩売ってんのかゴラ」
「違うのか?」
薙切さんも美作も言っていたから間違いは無いはずだ。流石に私もそこまで馬鹿になった憶えは無いし、彼女のそっくりさんが偶然居るなんて事も無い筈だ。何よりそんな格好でうろつく人物がそうそう居るとは思えない。
「もうえりな様の派閥にはいねぇんだよ、今は幸h⋯⋯丼研だ!」
喧嘩でもしたのだろうか、しかしそれでも様が付くあたりに薙切さんの人望、信頼の厚さが垣間見える。
「ふむ⋯⋯肉のスペシャリストが丼研にか。また今度お邪魔させて貰うとしよう」
「本当に知らなかったのか⋯⋯?」
当然である、頷くと胡桃を割る作業に戻る。今回この胡桃は飾りも兼ねているのである程度原型を保ちつつ割らねばならない、力を入れすぎると勢いあまって破壊させてしまうので力加減が大切なのだ。
後ろから水戸さんの視線を感じるが時間までに終わらせねばならないのだ、先程の告知に従うと最低限200個は割らねばならない。馬鹿みたいに面倒かつ集中力を消耗する作業だ。あ、しまった。
「う⋯⋯」
胡桃に限らず殻を割らねばならない食材にあるあるなのがうっかり手に⋯⋯と言うやつだ。過去に幾度と無くやらかした私は未だにやらかすらしい。
最後の一つを終わらせ顔を上げるとマイクのスイッチが入った音が聞こえる。時計を見るとそろそろ6時なので課題の最終説明だろう。
『各自、料理を出す準備は出来たか?これより合格条件の説明に入る、先ずは審査員の紹介だ』
扉が開くと先ずは子供達、次に統一感の無い大人達が入ってくる。
『遠月リゾートが提携している生産者の皆様だ、そしてそのご家族もいる。毎年この合宿で審査員を務めて下さっており、驚きのある卵料理と言うテーマもお伝えしてある』
最後に一際凄みのあるオーラ(?)を醸し出しているご老人達が入ってきた。彼らはきっと元百戦錬磨の軍人とかだろう、一般人の出すオーラではない。
『そして我が遠月リゾートから調理部門とサービス部門のスタッフ達も審査に加わる、先程告知した通り200食を食してもらう事がクリアの条件だ。それでは皆様方、朝食の一時を。審査開始!!!』
審査開始の合図で一斉に動き始める、恐らくここで乗り遅れる私のような鈍間の大半はもう脱落している事だろう。よく生き残れたな私。
今回の合宿では忌々しいかの新戸緋沙子との食戟の結果により、敬愛するえりな様には近付けずにいた。調理台こそ近くないが忌々しい彼女とは同じブロックなので、得意の個性的な食材を使った料理で審査員を軒並み奪ってやる腹積もりでいる。
「フフフフフ、この貞塚ナオ特性、醗酵汁でケチョンケチョンにしてやるわ⋯⋯」
えりな様のお傍に居るべきはこの私、万人の料理を強引に上書きし切り捨てる私の料理こそがえりな様の御前に在るべきなの。同ブロックにいる凡百の生徒には災難な事だが退学になってもらおう、この学園には私とえりな様さえ居ればいいのだから。
蓋をして尚あふれ出る匂い、これを開ければ誰もが無視できないだけ芳香が溢れ出る。
「ウフフフフ、ほぉら」
蓋を取ると今まで会場に充満していた焼き卵の匂いが一瞬で消え去り、醗酵した食材の持つ癖の強い匂いが上書きして行く、審査員の視線が全て此方を向く。丁度近くに居た老人が恐る恐るといった様子で椀を手に取り...
「う、美味い!?臭いが美味い!」
それを皮切りに会場の客足が全て此方に向く、子供や女性の客足は鈍いがそれでも此方が気になって仕方が無い様子だ。この匂いがあれば誰にも負けない、この香ばしくも澄んだ⋯⋯!?
「この香りはァ!?」
出所は丁度向かい側の女だ、時々えりな様の近くに居る。名前は犬神美咲だったか、彼女の料理は⋯⋯あれは何だ?毒々しさを感じさせる色合い、卵で繋ぎの役割を果たしているのは間違いない。しかし繋がれているものが謎極まるのだ、強いて言うなら香草、なのだろう。そうでなければこの強烈な匂いの説明が付かない。
「わぁ、こっちの方が良い香りね」
「まぁあっちは流石に⋯⋯」
私の匂いで引き寄せた客を女性を中心にごっそりと引き抜き、ものの数分で長蛇の列が出来ている。同じ課題中の生徒であっても足を踏みださせる香りは、いとも容易く香りを上書きしてのけた。対新戸緋沙子用に練り上げた醗酵汁がノーマークの彼女の料理に打ちのめされる。
口をパクパクとしながら彼女の姿を眺めていた私、それに気が付いた彼女は一瞬だが残念な者を見る目を此方に向ける。過去にえりな様に向けられた事のあるそれより、余程深く突き刺さるような視線は氷柱の様。
「美咲⋯⋯お姉様⋯⋯」
私、貞塚ナオは真に付き添うべきお方を見つけたのだ。
予想外の繁盛、今回作ったのはクークーと言うアフガニスタンだったかイランだったかのご当地料理、を日本人向けの味付けに変えたものだ。作り方はフリッタータと大差なく、あちらが彩りを優先したものであるのに対して、こちらは香りを優先したものといった所か。
「お嬢ちゃん、これは何と言う料理だ?」
「クークーと言う中東の卵料理です、実物はもっとパサパサした食感なのですが少し内包物を変えました」
「ふむ⋯⋯載っているのは胡桃と蜜柑か」
その通りだ、3時ごろの段階で味付けは胡桃で決まっていたのだが、それだけだと流石に香草の入れすぎで毒々しい、なので急遽何か合う食材で色合いが明るくなるモノを作ったのだ。
しかし先程の強烈な匂いの主にはお客を奪ったようで申し訳ない、ちらりとそちらを見るとホラー映画のお化けも裸足で(足があれば)逃げ出すレベルの目付きで此方を睨んでいた。見てはいけないものを見た気がしてそっと目を逸らすと第三陣を火から上げて切り分ける。11回の内に8人前が作れるので単純計算で25回で課題はクリアできる、コンロは8口で時間をずらして投入しているので大体3往復と言った所か。
「お嬢さん、うちに嫁にこんか。ええ乳しとグハッ!」
お爺さんはお婆さんに殴り飛ばされてしまった。その時に人体から出てはいけない音がしていたが大丈夫なのだろうか。
「うちのアホがすまへんなぁ、よういうて聞かせますから」
「いえいえ⋯⋯」
「⋯⋯美咲⋯⋯ま」
「ッ!?!?」
何か今尋常ならざる寒気を憶えた、以前美作に付きまとわれた一週間に感じたそれに近いがレベルは桁外れだ。彼以上のストーカーなど存在しないと思っていたが遠月には忍者でもいるのだろうか。
それでも手は止めない辺りに大分遠月に慣れてきたなぁ等と思う、しかしこの行列を捌くのは至難の業だ、堂島先輩もメニュー作りなどと言いながら客の数で圧殺してくるとは性格の悪い人だ。現状捌けていないのは私だけのようで水戸さんなんかの視線が非常に痛い。
「何年もこの審査をしてきたがクークーじゃったか、これを作った生徒は見た事無い。珍しいものを見せてもらった」
「ありがとうございます」
未だ悪寒がするが顔に出さない様に気を付け提供を続ける、一刻も早くこの場を立ち去りたい私は次から次へと消費してくださる審査員の方が神にすら見えてきた。
『犬神美咲200食達成だ、食材が切れるまでは提供を続けてくれ』
まだまだ課題は続くらしい、とは言え卵は兎も角胡桃はそう残量は無い、あと二回が限度か。
残り十六皿、早く消費しきって頂きたい、祈りが届いたのか並べる端から消費はされて行く。
「食材が無くなったのですが」
「あぁ、それじゃ休憩に入って構わないよ。次の課題に向けてゆっくり休んでくれ」
堂島先輩と合宿中に一緒に居るのをよく見る長髪の男性が言う。というか今日の課題は当然の如く続くんですね⋯⋯
「はい、ありがとうございました」
食べてくれた審査員の皆さんに一礼すると自分の調理器具を持って会場を後にする。美作を見ていこうとも思ったが一刻も早くこの会場を離れたかったので、手を振って急ぎ足に隣の会場に向かう事にした。当然メモとペン持参で。
隣のA会場に入ると当然と言うべきか薙切さんが無双していた。なるほど、彼女はエッグベネディクトをアレンジしたのか。調理台を見て見るとカラスミや一風変わったオランデールソースが見えるのでそれらを使ったのだろう。
「しかし彼女の料理は【神の舌】ありきだからな」
正直真似するのは至難の技だ、一目見て普通と違うのは分かるが何が違うのか調合済みのソースから推測しろなど無理難題だ。一応可能な限りメモには残すけど。
しかし薙切さんの次に見所だと思っていた編入生の彼の前には萎んだオムレツが陳列されており未だ片手の指で足りる程度しか捌けていない。本人は必死に入れ替えているが無策に回転させても卵の無駄なのは明白だ。
「場所が悪いのもあるんだろうけどさ⋯⋯」
それは会場のほぼ全員に言えることだろうが彼女と同じ会場と言うだけで運が悪い。その中でも香辛料関係では(一方的かつ勝手に)お世話になっている葉山君や初日にお世話になった黒木場君等、才能溢れる実力者の面々は着実と皿を積み上げているので堂島先輩としてはこれくらい何とかしろよとの事なのだろう。
まぁなけなしの消費ニーズを更に才能ある面々が食い散らかしているので更に合格枠を狭まっており、一般生徒の大半は気の毒ながら⋯⋯と言った所ではあるが。心底こっちではなくて良かった。
「あら、犬神さん。もう終わったの?」
「食材が無くなってしまい」
「敬語は駄目」
「なくなったからな」
ゲーム中だけのルールだった筈だが完全敗北を喫した私に対して、彼女は罰ゲームだと敬語禁止令を強いたのだ。私の記憶が確かなら彼女の勝率も10%未満だったと思うのだが⋯⋯
「流石ね、私も早く売り切らなきゃ」
尚この時点で彼女は200食を明らかに越しており、これ以上の継続は更なる脱落者を呼び込むことだろう。学園に帰ったら半数が居ませんでしたなんて事にもなりかねない。
薙切一族の半人前料理人に対する振るい落としは無意識的にも発動するらしい。いつ餌食になるかと思うと背筋が凍る思いだ。
「頑張って⋯⋯?」
これは400食は余裕だろうなぁ等と思いながら会場を回るが全くと言っていいほど見所が無い。先の2人は早々に店じまいをしてしまったし、その他の生徒は喰らい付こうと必死になって空回りしている者と諦めている者ばかりだ。
かと言ってB会場に戻ってあの悪寒が復活するのも遠慮したいので暫く壁の花にでもなっていよう。私の身長と可愛げの無さだと壁の打撲痕くらいが適切かもしれない。試験終了までここで静観を決め込む事にした。
カメラ越しの欠点は特定の角度から、特定の大きさでしか見る事が出来ないことだろう。当然匂いも感じ取れなければ熱量なども感じ取れない。
「関守、四宮、乾、アレ何か分かるか?」
「フリッタータ⋯⋯じゃねぇんだよな?」
「あの独創的なデザインながら売れてる所を鑑みると香り⋯⋯が武器なんでしょうか」
関守が首を振り四宮と乾も分からない様子だ。嘗ての学友なら難なく答えに辿り着くだろうが、生憎奴とは連絡も取れずにいるし今何処で何をしているかも定かではない。
「フリッタータに確かに近い気もするけど⋯⋯それにしては卵の比率が少ない」
イタリア料理の専門家、水原がそう言うならフリッタータその物では無いのだろう。変わらず我々を驚かせてくれる彼女にはこれからも期待が出来る、彼女は我々の中で誰よりもあの男に近い気がする。
「そういえば水原は彼女に世話になったそうじゃないか。何をしでかしたんだ?」
「見てくれよ堂島さん。ほらよ」
四宮が渡した端末には、寝ている水原とそれをお姫様の様に抱き抱える彼女が映し出されていた。
「ちょ!四宮、それ!消せ!」
「なるほど、爆睡した水原を運んでくれたのか」
「堂島先輩、こっちの方が」
「消せ!!!!」
学生相手に何をやらせているのだか⋯⋯明らかに乾がポーズを取らせたであろう彼女の写真には頬を突く彼女が写っていた。
「⋯⋯それ俺にも送って貰えるか?」
「「「「え゛⋯⋯」」」」
違うそうじゃない。
一話に一度は料理をさせようと思うがネタが何時無くなるか...
以下オマケ
...二日目の夜(ソーマと田所ちゃんが食戟してた頃)...
「また残ったのは美咲さんとえりなさんか⋯⋯」
「まさかえりな様と対等に渡り合う人が居るとは⋯⋯」
引き抜かれるトランプ、2人の手札は殆ど捨てられておらず、異常なまでの枚数が残っている。
「これよ!」
「っふ」
引き抜かれた札の絵柄は道化だ。
「なっ!引きなさい!」
今度は美咲がカードを引く。
「うっ!」
「ふふん!」
今度も道化の札。
「「終わらない⋯⋯」」