私の付き人はストーカー   作:眠たい兎

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ᕱ⑅ᕱ

('ω' )三( 'ω')

(っ∵ )っ⌒☆

≡≡≡ヾ(⌒(_'ω')_タッタッタッ


十三皿目 鯛のポワレ~魅惑の白い粒を添えて~

 秋の選抜、その予選が終わって数日が経った。私はと言うと、記録として残っている本戦出場者の“創った”カレーのレシピ再現に必死になっていた。

  十傑のモノと比べると劣るものが多いとは予想されるが、それでも発想や各自の得意分野を活かしたメニューの多様性は相当なものである。

 

「美咲さん⋯⋯何で折角終わったのにカレー作りなんだ⋯⋯?」

 

「復習は大事だと言うだろう? 折角どれもこれも完成度が高いんだ、もう少し練れば十分にカレーの専門店が出来るぞ」

 

 美作のもうカレーはうんざりだと言わんばかりの呟きに、思うがままに返す。が、その呟きを聞いていたシャペル先生がガタリと椅子を蹴立てて声を上げる。

 

「待ちたまえ! 君は⋯⋯カレーの店をするつもりなのか?」

 

「いや、カレーはあまり得意分野ではありませんから。フレンチやドイツ料理の方が得意ですし」

 

  その返答を聞いて、大人しく着席するシャペル先生。今日いるメンバーは付き人の美作、珈琲研の蜜柑(本人の希望により)、猫間先輩、ある程度完成が近付いたタイミングで私が味見を頼んだえりなとその付き人である緋紗子さんだ。

  それとは別に、宿泊研修でちょろっと顔を合わせた程度の関係の筈の白い方の薙切さん、非常にお世話になった黒木場君が何故かいる。

 

「⋯⋯この香りは緋紗子の造ったもの、を少し弄ってあるわね?」

 

  今行われているのは、私の猿真似カレーの評論会⋯⋯と言う名の素材当てクイズ大会だ。皆が少しずつカレーを賞味し、答えの予想を言う。最後にえりなが100%の精度で正解を言い当てると言う形式の。

 

「という事は当帰、川芎、芍薬、熟地黄を基幹にあると言う事ですか?疑うワケではありませんがその⋯⋯」

 

「貴女の使った当帰はミヤマトウキと言われるものでしょう? これはホッカイトウキよ。加えて川芎は中国のもので無いから、独特の香りが飛んでいるのよ」

 

  全く持ってその通りであり、料理人としては彼女にだけは店に来て欲しくないだろうなと思う。食べる前からレシピを当てられ、食べれば調理法まで読まれるとなれば商売あがったりだ。

  彼女はスプーンで一口、すくい上げると少し眺めてゆっくりと口に運ぶ。

 

「んっ_________!!」

 

「まぁそうなるな、当帰(とうき)の種類なんざ誰も当てられなかったが⋯⋯その反応は一律か」

 

  遠月の人間は大体物を食べる時に身体をくねらせる癖がある。必ずではないので何らかの法則性があるのだとは思われるが、イマイチ理解出来てないのが現状だ。

 

「なるほど⋯⋯芍薬も別物だったのね。原種でなく敢えて洋芍を用いる、それで辛さを際立たせた⋯⋯お見事よ」

 

  実際は緋紗子さんの使っていた原種を用いたかったのに手に入らなかっただけなのだが、プラスに働いたのなら良かった。

  これで一通りは済んだのだが、皆さんまだ帰るつもりは無いらしい。

 

「ほんと! 流石は犬神さんです!」

 

「それに流石は【神の舌】だ。見事完答じゃないか」

 

「猫間先輩も、殆ど合ってたじゃねぇか」

 

  で、次はまだか? と言わんばかりのシャペル先生と黒木場君、二人の視線に押されるようにして厨房に引き返すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  美咲による本戦出場者の作ったカレーの“答え合わせ”は、誰一人として文句を出せないまま終わった。

 

「で、どうだったかしら?」

 

  会の感想を彼女の事を教えろと詰め寄ってきた従姉妹、アリスに聞く。少々意地が悪く、容赦のない方法だったとは思うが彼女を教えるなら料理を食べさせるのが最善だと思って連れてきたのだ。

 

「完敗ね。⋯⋯今は! 今はだからね? 本戦では絶対に負けないんだから」

 

「お嬢、泣きながら言っても説得力が」

 

「リョウ君、黙りなさい。貴方の辞書には気を使うとか敬うとかって言葉は無いの!? まぁ、それで?リョウ君はどうなの?」

 

  彼女の付き人、黒木場君が少し考える素振りを見せる。

 

「勝てない⋯⋯って事は無いと思います。もう一度やって、犬神が同じものを出すなら超えることは出来る」

 

「美咲さんに勝つ⋯⋯? お前が?」

 

「ア゛⋯⋯?」

 

  鼻で笑う様な美作君の言葉に、瞬時にバンダナを巻き付けた黒木場君が食ってかかる。

 

「落ち着きたまえ、そもそももう一度カレーで競う事があるとは思えない。しかし⋯⋯彼女には是非ともフランス料理を専攻して貰いたいものだ」

 

  シャペル先生は度々彼女の料理を求めて彼女の家に出没するらしく、この場では美作君の次に彼女の料理に詳しいだろう。教え子の、それも女子生徒の家に出没する男性教員というのはどうなんだとも思うけれど。

  ふと、ずっと気になっていた事を口にしてみる。

 

「シャペル先生、彼女の得意分野について何か知っていますか?」

 

「断言は出来ないが⋯⋯彼女の口振りからすると西洋料理ではないかな? フランス料理部門主任として言わせてもらえばだが、彼女のフランス料理への造形は相当だ」

 

「あ?鮮魚じゃねぇのか?」

 

  黒木場君は確か、彼女とのファーストコンタクトは宿泊研修での課題だったと聞いている。課題は関守板長が出したと聞いているから、海鮮系の課題だったのだろう。

 

「私はこれまではずっとイタリアンだと思ってました⋯⋯」

 

「僕は正直、創作菓子だと思っていたよ」

 

  潮田さん、猫間先輩が自分の考えを述べる。

 

「私はてっきり和食だと思っていました。えりな様もご存知でしょうが⋯⋯あの鯛尽くしは食べなくても一流なのが分かりましたし」

 

  私も緋紗子と同様に、和食だと考えていた。そもそも彼女は【神の包丁】と呼ばれる程の技術を持っているし、内緒ではあるが課題を決める際に彼女の存在を考慮して和食は最初から候補にすら上がらなかったくらいだ。

  結果はBブロックの悲劇であり、被害者の一部は鍋を見るだけで震えが止まらなくなるのだとか。

  暫く彼女の得意料理についての議論が行われたのだが、やはりここは付き人である彼に聞くべきだろう。

 

「美作君はどうかしら、以前から何か分かった?」

 

「俺は⋯⋯美咲さんの作ったものの中で一番美味かったのは中華ダレだ。アレはなんというか、俺が運動して痩せる事を決意するくらいにはヤバい」

 

  普段はニヤついていたり、無表情だったりする彼の真顔での発言に周りが少し引く。

 

「中華⋯⋯彼女の作った中華は見た事ないわね。でも美作君、タレなの?」

 

「葱や生姜を盛り付けた白米に掛けるんだ、料理とは言えんだろうが⋯⋯ピリ辛だが深い所に甘味を隠したタレとご飯の相性がだな」

 

「待ちたまえ、美作君」

 

「そうよ、その表現は反則よ」

 

  不覚にも口の中に唾液が湧き出る。この中で彼だけが食べた事のある、ただそれだけで彼を呪い殺さんとする気持ちが湧き出てしまう。

 

「しかし中華となると、十傑評議会にもいらっしゃいましたよね」

 

「⋯⋯久我先輩ね。あの人の中華は四川省のものだけど、辛ダレとなると彼女もそっちなのかしら」

 

「あ〜でも得意料理かどうかは兎も角、多分最初に手を出したのは海鮮系なんだろうな。何だったか、遠月に来る前からずっと妙な捌き方をしてて癖が抜けないものがあるとか言ってた気がする」

 

  そこで厨房から皿を出し入れする音が聞こえ、皆の視線がそちらに移る。棚から出したと言うよりは保温庫から出した様な音であったので、もうすぐ出来上がるのだろう。

  話をしている間黙って珈琲を睨み付けていたシャペル先生が、物凄い素早さで顔を上げたのが妙に印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

  何だか次を早く持ってこいと言われた気がしたので厨房に戻った私は、最近書いたノートの中からレシピを探す。

 

「カレーの後だからな、味の薄いものは避けるか」

 

  となると濃い味系となり、丁度良いものもある。取り敢えずと米を洗って石窯に入れ、タイマーをセットするとそれに合わせて調理を開始する。

  食材庫から引っ張り出したのは鯛、少々時期が外れているものの良く締まったもので、何故残り物として産廃扱いだったのか謎なものだ。

 

「よし⋯⋯」

 

  まな板に置いた三匹の鯛の鱗を、素早く落とし、各々三枚におろす。頭部は煮汁を取るために鍋に入れる。

  切り身を二口程度の大きさに切ると、皮の面を下にして抑えながら焼き目を付ける。この工程でパリパリの食感を与え、同時に見栄えを良くするのだ。

 

「もういいか」

 

  アラを煮ていた火を止めると、切り身をひっくり返してバターを入れる。溶けたバターは掬って身に掛ける、アロゼと呼ばれる工程だ。

  火が通ったらすぐに皿に移し、代わりに刻んだトマトと大蒜、椎茸を入れる。アラの煮汁に白ワインを入れ、ソースを作るのだ。

 

「そして最後は⋯⋯こいつだな」

 

  つい先日、学園で試作品が出来たからと送られてきたものだ。蓋を開けると中には白い粒が敷き詰められており、正体を知る身としては少しばかり使用を躊躇ってしまう。

  醤油と檸檬を使って煮汁の味を整えると、器へと移す。

 

「⋯⋯実に不安だが」

 

  意を決して白い粒をソースに入れ、数度混ぜたら後は魚へと掛ける。

  炊けた米を茶碗に盛り、半ば美作専用となっている中華ダレを準備すると後は運ぶだけだ。

 

「完成だ。済まないが運ぶのを手伝って貰えるか?」

 

  声を掛けると美作と潮⋯⋯蜜柑が席を立って手伝ってくれる。

  配膳を済ませたらする事はただ一つだ、最後に美作が幸せそうに中華ダレを運び入れれば、手を合わせて一言。

 

「「「「いただきます」」」」

 

  自分でも不安な鯛の切身を箸で割き、粒と一緒に口に入れる。

 

「⋯⋯っ!」

 

  我ながらこれはアリだ。

 

 

 

 

 

 

 

  美咲さんに呼ばれて配膳を手伝う。石窯で炊かれた米は綺麗に炊けており、いつもの中華ダレも準備されている事に頬が緩む。

  恐らく美咲さんの好物なのだろうあら煮はいつものものだと思うとして、問題は最後の鯛だ。

 

「潮田、コレ何だと思う?」

 

「鯛でしょう?」

 

「んなこたぁ分かってる、白い粒だ」

 

「冗談です、イイダコなんかの卵に似てはいますが⋯⋯」

 

  生憎とイイダコの産卵期は3〜4月、今仕入れても味は冷凍されたものだろう。長い時間をかけて漬けたものの可能性は否定出来ないが、そもそもイイダコの卵は楕円形、コレは完全な球体だ。

  首を傾げながらも配膳を済ませ、手を合わせて呟く。

 

「「「「いただきます」」」」

 

  皆が白い粒に注目し各自予想を立てる中、美咲さんが一足先に口にする。

 

「⋯⋯っ!」

 

  その後頷く動作から、美咲さんからしても味の完全な予想はついていなかったらしい。

  意を決して口に運ぶ、まず最初に伝わったのはパリッとした皮の食感、そして溢れ出すバター風味の脂だ。ソースの酸味と甘さも見事に調和が取れており、何かを加える必要性を感じさせない。

 

「「「「__________!?!?」」」」

 

  一足先に咀嚼したらしい黒木場、薙切、新戸、猫間先輩が声のない悲鳴を挙げる。

  つまり、そういう事だ。隣の潮田と目線を通わせ、頷いて咀嚼する。

 

「「「「______!?!?」」」」

 

  咀嚼と同時に弾けた白い粒、最も近い味わいは最高級のキャビアだろう。白いキャビアなど聞いたことも無いが、間違いなくこの料理の主役はこいつだ。

  美食を体感する傍ら、美咲さんが箸で白い粒を摘んで呟いた。

 

「ホワイトキャビア、アレの卵とは思えないな」

 

  どうやらチョウザメの卵ではなかったらしい。




ホワイトキャビア=蝸牛の卵

まだ期待してくれてる方がいると聞いて...

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