今回は番外編なので本編とは関係ありません。
みなさん良いお年を〜
12月末の忙しさは尋常ではない。私は帰省というものを滅多にしないので周りに比べれば楽であったが、今年は非常に忙しい。
「美作、付き合わせてすまん」
「いや、なんでこんなに御節を作ってんだよ。発注でも受けてんのか?」
「いや、毎年施設の方には贈ってるんだ。遠月も一応仕事終わりで保存の効きにくい食材は処分先に困ってるらしくてな」
結果、捨てるなら欲しいと言ってみた所、営利目的でなければ構わないとの事でまわして貰っているのだ。
「よく見つけたな」
「シャペル先生が愚痴を言いに来てな、先生を経由して貰った。お陰様で今年は豪華な出来なんだが...」
「その分調理の手間も増えた、と」
そして正月に向けての御節作りを美作に依頼したというわけだ。猫の手も借りたい現状、学年でも頭一つ抜けた技術を持つ美作が帰省してなくて助かった。
「お前が居てくれて助かったよ。もう一人助っ人を頼んだんだが...」
「潮田か?」
「いや、彼女は本家の集まりがあるらしい」
「そう言えばお嬢様だったな...」
生粋のお嬢様らしい彼女は早々に帰省し、新年会に備えるとの事。えりなや緋紗子さんも当然ながら日本全国を飛び回るのだろうし、先輩は珈琲豆の調達の為に海外に飛んだ。
まぁ先輩は大掃除を避けただけだと思うが。
「しかし手伝いを申し出てくれた彼女はこの家が分かるのだろうか...」
「どんな奴だ?」
「長い黒髪の、背筋を伸ばせば見違えるくらい美人になるだろうなって人」
ガタンッガタッ
美作が鍋を取り落とし、大きな音が響いた。
「美咲さん、正気か?」
「何の話だ」
子供人気の高い伊達巻の生地を作りながら話していたのだが、隣から怪訝そうに美作が聞いてくる。当然正気だ。
因みに伊達巻は煮林檎を混ぜ込み、蜂蜜を気持ち多めに作る。一昨年気が向いてやったのだが、去年やらなかったら酷く落ち込ませてしまったのだ。
200度に熱したオーブンに生地を入れ、火が通るまでの20分の内に巻き簾を用意し、沸かしておいた鍋に豆を入れて火を通しながら洗う。黒豆だ。
「美咲さん、迎え入れるつもりがあるなら玄関に行ってやりな。迎え入れるつもりがあるなら」
「来たのか?良くわかったな」
玄関へ向かう間に美作から視線を感じたが、折角手伝ってくれる人を待たせるのも忍びないので急いで扉を開ける。
「お、おね...美咲様!?」
「あぁ、寒かっただろう?早く入るといい」
何故か彼女、食材を取りに行った際にばったり遭遇したのだが私の事を様付けで呼ぶ。食戟の常連な彼女なだけに最初は首を傾げていたのだが、もう人生初のニックネームと受け取る事にした。
「あ、は、はい!」
何だか雰囲気が違うと思ったのだが、背筋が伸びているからだろう。髪留めで前髪をずらし、視界を開けると...
「うん、この方がいいな。っとすまない、勝手に弄ってしまった」
「大丈夫です!そ、それでは何を手伝いましょうか」
彼女を厨房に誘導すると、こちらを見た美作が驚いた顔をしていた。想像していた人物と違ったのだろうか?
「早速で悪いが昆布巻や蓮根なんかの煮物を頼めるだろうか?基本は我流で構わないが困ったらそこのノートにレシピが書いてある」
今更ながら馴れ馴れしいと思うかもしれないが、敬語を使った所素早い動きで止められてしまったのでこうなっている。本人曰く『蔑むくらいのつもりでいて下さい』とのこと、きっと気を遣われるのが苦な率直な言い回しを好む人なのだろう。
「お姉...美咲様のノート...」
ページを確認する音が暫く聞こえると、すぐに湯を沸かす音が聞こえる。流石天下の遠月学園、避難訓練より調理の速度が早い。
「作りやすいものでいいからな」
オーブンから伊達巻の生地を取り出すと、巻き簾の上に置き、切れ込みを入れて奥端を切り落とす。
あとは暫く室温で放置なので離れた台上に置き、湯気を上げる黒豆に調味料を放り込む。少し普通と違うのは重曹を入れた事だろうか?ふんわりと仕上がる。
「こっちは焼き肴に入るぞ」
一応宣言してからクーラーボックスの鰤を取り出し、素早く捌く。生で食べるわけでは無いが、折角状態の良い魚なので可能な限り美味しくだ。
長葱を千切りにし、油を引いたフライパンで炒める。葱が柔らかくなったタイミングで葱を端に避け、鰤を炒める。
「ん...なんで葱なんだ?」
「子供にはそのまま照り焼きにした鰤を出しても余り喜んでくれないんだ、食べれば美味いと言ってくれるんだが」
「それで色合いか」
「あとは葱油を使ってポワレにするんだ。バターでも試したんだが...こっちの方がウケがいい」
葱油を用いたポワレを知ったのは過去の食戟での記録であり、記録されていた人物とその人物の今を見比べて小さく吹き出したのは当人には秘密だ。意外と学生服似合ってたんだな...
「流石ですおn「なるほどな」」
味醂や酒、醤油なんかを加えて煮ると、いい感じの香りが広がる。この香りで白米が進みそうだがぐっと堪え、焼いた端から冷まし皿に置いてゆく。
次に作るのは海老関係のもので、例年通りならブラックタイガーなんかで海老チリを作るだけだった。今年はそれが高級志向の強い遠月学園提供(元産廃予定)のクルマエビやら伊勢海老に置き換わる。
「遠月ってこの辺も躊躇無く捨てるよな」
「お坊ちゃまお嬢様の価値観だと大した事ないんだろうよ。総帥も高い安いに文句は付けないが美味い不味いはハッキリしてるからな」
「クルマエビも漬け込むと美味しいのですわ!」
確かに彼女、ナオさ...の言う通り漬け込めば鮮度はそう気にならない。クルマエビの長期保存は考えた事が無かったが、彼女は煮込む漬け込むが強みの筈だ、教えて貰ってもいいかもしれない。
「今度味を知りたいな」
ちらりと彼女の進捗を確認するが、コンロを複数個使って相当なペースで仕上げているらしい。選抜にも出ていた猛者だから期待大であったが、手際も非常に良いらしい。
依頼主が一番仕事していないのはマズいと思い、クルマエビの殻に沿う様に2箇所刃を通し頭を外す。味噌を別の器に取っておき、身は豆板醤やトマト、いつだったか美作に米と一緒に食わせたタレと絡めて焼く。
「海老チリか...もしかしてアレか?」
流石は一級料理人顔負けの料理技能を持つだけはあって、見もせずに気付くあたりは流石だ。私はきっと気付かない。
「美咲様、アレとは?」
「タレと白米で以前美作に出したんだ、気に入ってたみたいで良かった」
「ダメだ...涎が...」
お世辞でも嬉しいものだと思いつつ、白葱とニンニクを加えて中華鍋を振るう。ナオが何か言いたげだったが、布なんかで滑ると調理しにくいなんて相変わらずの技術を察したのか黙っていてくれた。
煮物も良い香りが漂い始め、美作に頼んでいた口取りは既に箱に盛られ始めている。私がやるより遥かに綺麗に盛られているのが少々悔しいが、美味ければ見た目を気にしないだけだと自己弁護して目を逸らす。
「美作、これも頼む」
黒豆や伊達巻は後になるが、蒲鉾や酢蓮、ちょろぎ、紅白なますなんかはスグに盛り付けられる。
「美咲様、煮物なんかはどうしましょう」
「鍋ごと運ぶ。器は沢山あったと思うから多分足りるだろう」
本当は器に盛って行けたら良いのだが、如何せん嵩張るし、そもそもココにはそんなに皿がない。元々人なんて来ないボッチの家だから。
粗方作り終え、後は明日運ぶ前に調理するものや、馴染ませてから盛るものとなったら今日の部は終了だ。各人汗を拭い、美作が汗を流してくると自宅へと戻っていく。
「今のうちに汗を流すといい。片付けはやっておく」
そう言ってナオを風呂場に連れていき、普段は使われることのない使用中の札を吊るしておく。美作がうっかり入るのを防ぐためだ。
調理に使った皿や器具を食洗機に入れ、台拭きやモップ掛けを終えたらエプロンを脱ぎ髪を解く。
「あ、年賀状...兄は煩いだろうな」
すっかり忘れていた年賀状の事を思い出し、住所を書くと「あけましておめでとう、元気です」とだけ書いておく。後は明日にでも投函すれば3日には届くんじゃなかろうか。
年賀状を玄関に置いておき、ここ半年くらい使ってなかった気すらするドライヤーを引っ張り出すとガチャりと扉を開けてナオが首を出す。
「丁度良かった、これを」
やや驚いた顔をした後ぺこりと頭を下げて引っ込んだナオが、なんだか小動物に見えたのは何故だろうか。やはり美作みたいな大きいのに見慣れたからか?
20分と経たずに戻ってきた美作を居間へと通し、暫くして出てきたナオに櫛をいれてから交代する。シャワーを浴びている間に「美咲さん、先生が来たぞ」と美作が言っていたので後でお礼を言っておこう。
美咲さんがシャワーを浴びている間、居間には俺、貞塚ナオ、シャペル先生が揃っていた。シャペル先生は基本無口な人で、貞塚ナオは有名だから知ってはいたが今まで絡みは無かった。
つまり何が言いたいかと言うと、沈黙が辛い、これに限る。とは言っても美咲さんが淹れていった紅茶と茶菓子に二人が集中しているので現状問題は無いのだが、このペースだとすぐに無くなる。
「なぁ貞塚、お前なんで来たんだ?」
「偶然出会ったよぉ。ヒヒッ」
有名ないつもの調子に若干安心しながらも、少しでも間を持たせようと振った話題が一瞬で終わった事に内心舌打ちする。
かと言ってシャペル先生は何を話しかけようと食べ物がなくなるまでは「あぁ」しか返ってこないだろうから、必然的に話しかけるのは貞塚ナオだ。
「本当に偶然か?」
「愛の引き起こした偶然だから運命かもしれないわねぇ...イヒッ」
「つまり付け狙っていたと」
こいつが薙切をストーキングしていたのは誰もが知っているのだが、最近は美咲さんの近辺に出没しているとも聞いた。というか何度も見た。
「あぁ...お姉様...♡っは、今からお風呂に」
「落ち着け」
恍惚した笑みが消え、真面目な顔になったから何かと思えばこの通りだ。シャペル先生は黙々とクッキーを食っている。
しかしまぁ煮物の担当が出来たのは非常に助かった。悲劇のブロックで予選敗退だったとはいえ、それでも本戦に来てもおかしくない実力者だったという事だろう。
「厨房での存在感、凛とした佇まい、そして周りを叩き潰すが如き圧倒的な調理技術!」
「声がでけぇ...」
「むぅ」
丁度最後の1枚を食いきったらしいシャペル先生が名残惜しげに唸り、目敏く厨房に目を向ける。
あ、コレは居座るなと確信し、ぶつぶつと呟く(非常に珍しく格好だけは明るい)貞塚ナオを見る。
「貞塚、そろそろ美咲さん帰ってくるからお前も帰って来い」
むしろ帰ってきた結果がこれなのかもしれない。だとしたらとっとと出ていけか。
「ひひひ...そうよ、やっと大型のゴリラを追い払ってお姉様の傍に居れる切っ掛けを掴んだというのに」
「帰れ」
シャワーを終えた音がしたので忠告してやったのになんなんだこいつ。思わず素の反応をしてしまった。
「待たせた...あぁ、シャペル先生。今回はお世話になりました」
「いや、構わない。棄てられるよりは子供達に食べてもらった方が良いだろう、それで何を作ったのかな?」
シャペル先生の遠回りな味見要求だ。美咲さんは人の意見を積極的に聞こうとすることもあり、これで大体味見をする流れになる。
どうやら今回もその流れだったらしく、彼女は「失礼」と断って人数分の食器と詰められなかった分を持ってくる。
「折角ですから食べ比べといきましょう」
内心で「勝負になるわけが無い」と思う自分と、「もしかしたら」なんて考える自分がいる。
箸と取り皿を配り終えると席に座り、手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
当然ながら俺と貞塚は美咲さんの作った料理、海老チリと鰤の照り焼きへと手を伸ばす。シャペル先生も何で見分けたのか、美咲さんの作った伊達巻へと手を伸ばす。
「「「んっ!?」」」
以前白米と食べた時にも反則だと思ったそのタレは、本来の用途である中華料理に使われることでその真価を存分に引き出している。
正直事ある事にこんなものを食べている子供達が将来第二第三の薙切になるんじゃ無いかと心配になる。
当然ながら真っ先に空になったのは彼女の皿だ。特に海老チリの完成度が高かったと俺は思う。
海老チリ、いいですよね。
茹でて作る人、焼いて作る人、揚げて作る人いらっしゃいますが私は揚げて作る派ですな。
今回のメニュー
美咲作
・伊達巻
・黒豆
・海老チリ(美作イチオシ)
・鰤の照り焼き
・栗金団
美作作
・田作り
・たたきごぼう
・蒲鉾細工
・ローストビーフ
貞塚作(材料の影響で臭くない)
・蓮根や椎茸の煮物
・金柑の甘露煮
・筑前煮
・タコと大根の煮物