アインズ「ドラゴン肉使った接待して取り込んだろ」
ドクトル「ひえ、初手脅迫かい。 気に入ったわ」
アインズ「つれーわー。 モテ過ぎてつれーわー」
ドクトル「……もっとモテるようにしたろ」
「あ゛ ……生き返る。 ……俺、オーバーロードだけど」
カポーン、と手桶が空気を振るわせる。 アインズは、ギルド拠点に浴場を作っておいて本当に良かったと、過去の仲間に感謝し風呂から上がる。
「それにしても、まさか自分の身体を洗うのがこれほど手間だったとはなぁ……何か効率的な方法を考えないといけないな」
脱衣所まで歩いてきたアインズは、後ろ手で引き戸を閉めた。
「メイド達が洗うのを手伝ってくれるって言ってたけど……」
アインズは入浴しに行くと告げたときの事を思い出すと、ゾクリと寒気が走るような感覚が……今は無いが、したのだった。
流石にこの年になって異性に身体を洗われるなんて恥ずかしい。 肉も皮も無い、骸骨の身体だとしてもだ。 特に、シャルティアとアルベドの両名の眼が血走っているのが恐怖と羞恥を殊更に煽るのであった。
視線を下げ、自らの骨の体をまじまじと見る。
「…………無くなっちゃったなぁ」
妙な喪失感が、心に北風を吹かす。
視線を下げ自らの下腹部を見ても、慣れ親しんだ相棒の姿は今は無く。 定期的にメンテナンスするだけだったが、今ではメンテナンスすら出来なくなってしまった。 結局、1度も見せ場が来ず仕舞いで相棒を失ってしまったのだ。 生まれてから1度も離ればなれになった事なんて無かったが、まさか相棒を失う日が来ようとは。 失ってしまったモノの大きさに、アインズは再び深い溜息を吐いた。
濡れた体を拭くのも一苦労だ。 奥まった部分がある上に狭い部分や尖った部分が多く、タオルが一々引っかかるし、リアルの時と比べ表面積が数倍にまで広がっている。 面倒臭い事この上なかった。
「高圧洗浄機と強力な送風機使おうぜ!」
と、まるで洗車でもするかのような気軽さで言ってのけるだろう。
やがて体を拭き終わり、アインズはいつも通りの漆黒のローブ姿へ着替える。 デミウルゴスやセバスは、お揃いの服でなくなってしまうので残念がるだろう。 しかし、アルベド達が興奮しすぎるのでマフィアのボスの格好は封印せざるを得ないのだ。 自身の安全の為にも。
火照った骸骨の体から、水分が水蒸気に変わって蒸発するのを感じつつ、アインズは『男湯』と書かれた暖簾を潜る。 ……すると、アインズが浴場から出てくるのを待っていたのか、そこにはデミウルゴスがいた。
「わざわざ出てくるまで待っていたのか。 遠慮せず入ってきても良かったのだぞ?」
「はい、ですが、この浴場は至高の御方の為に創造された場所。 私共のような下々の輩がおいそれと入るわけには……」
「別に誰の為に作ったとかではないのだが……ふむ、ではこうしよう。 また今度、マーレやコキュートスを誘って一緒に風呂に入ろうか」
「おお……お心遣いありがとう御座いますアインズ様。 固辞するのも失礼ですので、その際は是非にも」
思わず感心してしまうような流麗な動きで、デミウルゴスはお辞儀をした。
「うむ……それと、この事はアルベド達には絶対に内緒にしておけ」
「畏まりました」
「絶対だぞ……それで? 何の用件で此処まで来たんだ、デミウルゴス」
「はい。 アインズ様にお伺いしたのは、博士からナザリック内で取れる資源を調査し、アインズ様へご報告の後、使用許可を得られるか調べる……というものです」
「ナザリックで取れる……資源?」
はて、ナザリックから資源が取れただろうか? と、アインズは小首を傾げてしまう。 パッと思いつくとしたら、第1層~3層で自動的にPOPするスケルトン等だろうが、それが商品になるとは到底思えなかった。
アインズはデミウルゴスから資料の束を受け取ると「歩きながら話そうか」と、歩みを進める。
「はい。 博士が言うには、私の担当する第7階層の火山から噴出する硫黄、火山灰、溶岩、地熱などが資源として使えると」
「ふーん……」
デミウルゴスから渡された資料を捲る。 紐で閉じられた資料の上部に『硫黄』と書かれており、黄色い水晶のような結晶の写真が添付されている。 綺麗な標本のような見た目から、恐らくは図鑑か何かを魔法で複製して、切り抜いたのだろうとアインズは判断した。
(硫黄……って何だ? 写真を見るに宝石みたいだが……
proton16 S 硫黄 原子量32.07ってどういう意味なんだ? Sってレア度の事か? まずい…目が滑る……)
専門的な用語をふんだんに使った資料は、実の所、切り抜いたのは図鑑のページそのものであった。 クサダは、ただの資料として写真だけ切り抜くよりも、ページそのものを貼り付けたほうが便利だと判断したためだ。 しかも、所々に英語なんかがあったりして、それが一層アインズを混乱させる。
そのため、その資料には原子量だとか、陽子、中性子、電子、Å(オングストローム。原子の大きさなどの小さいものに使う単位)などの専門用語がモリッモリだった。 科学に興味の無いアインズの眼が滑るのも無理からぬ話である。 なので……
「……うん。 まぁ、いいんじゃないか?」
アインズは匙を投げた。
「畏まりました。 博士にはそう伝えておきます」
「その階層中をほじくり返すなんてマネは避けるぞ?」
「その点は大丈夫かと。 どれも地表に堆積する物のみなので」
「なら良いが……」
資料を更にめくると、6階層の章ではアウラ・マーレの魔法を用いて、実験農場や実験牧場を作る計画のようだ。
このくらいなら自分にも理解出来ると、アインズは胸を撫で下ろす。
「6階層はアウラ、マーレの能力を使うようだな」
「はい。 博士が言うには、簡単に真似をされないようにあえてミッシングリンクを作る。 だそうです」
「アウラ達でしか出来ない事を根幹に据える訳か」
アインズは満足そうに何度も頷く。 そうそう、こういう事は独占してこそ価値があるんだ……と。
次の章は、コキュートスの居る第5階層だった。 低温である事を利用し、冷凍技術を使うようだ。
「ふーん、フリーズドライ製法ねぇ……」
アインズの手元には、1ページ丸々つかったイラストがあり、圧力を下げると沸点が下がることを利用し、高熱に晒さずに物質を乾燥させるフリーズドライの装置の概要が書かれていた。 しかし、その次のページには技術的にも難しいとも書かれていたのだが。
必要なのは、空気を抜く為のポンプ。 気密を維持する為のゴムか、シーリング材。 冷却はコキュートスの能力でよいとしても、立ちはだかる壁は高かったのだ。
使い道の欄には、液糖を変色させずに乾燥させグラニュー糖を作ったり、食品を常温で腐らせないようにする と書かれている。
「物質と言うものは、暖めるよりも冷やす方が大変らしいそうなので、コキュートスはもっと後から忙しくなるとの事です」
「そうなのか?」
「はい。 いずれ液体窒素や液体酸素、ドライアイス等を作りたいと言っておりました。 しかし、設備が整わないと無理とも」
アインズは興味深そうに何度も頷くと、デミウルゴスの仕事ぶりを褒め、そして「ご苦労だったな」と労った。
「ありがとうございます、アインズ様! その一言を頂けるだけで、励まされます!」
「……おう。 所で、ドクトルの姿が見えないが……何処に行ったか知っているか?」
「はい。 アインズ様に報告しに行くと伝えた所、博士は私と別れ、副料理長のいるBARへ向かいました」
「BARに?」
アインズは「まったワケのわからん奇行を……」と、怪訝な顔を できないが 浮かべた。
「何しに行ったのか気になるな……よし、今後の予定を詰める為にも話す必要があるし、向かってみるか」
「ハッ! お供いたします!」
「ゴミ箱を漁って出てった!?」
「は、はい。 『え、それ捨てちゃうんですか?』と仰られ、そうですと答えると貰ってもいいかと……」
クサダが何をしに来たか、の質問に答えた副料理長の答えは、アインズの想像の斜め上をはるかに越えていた。
頭から幻痛がしてきたアインズは、側頭部を押さえて溜息をつく。
「あー…それで、それから何処へ向かったか知っているか?」
「ええと、確か……マーレ様の所へ行くと独り言を言っていました。 ですので、6階層にいると思います」
「そうか。 仕事の邪魔をしてすまなかったな」
「い、いえ! 邪魔などと!」
こうして、恐縮しまくるピッキーに別れを告げ、アインズはクサダの後を追うのであった。
◆
うーむ。 こうして見ると、やはり魔法ってのはズルいな! マーレ君がグッと力を込めただけで、にょにょにょーっとさっき植えた種から芽が出たぜ。 動画の早送りみたいにワサワサ植物が茂っていって、数分で花が咲いて実がなった。 マーレ、恐ろしい子!
「おお~~っ。 やっぱスゲーねぇマーレ君の魔法はよー」
「い、いえ、ぼっぼくの魔法なんてそんな……アインズ様に比べれば、たっ大した事なんて無いですよぉ」
えへへと、はにかんで笑うこの少女は、実は少女では無く……魔法少年なのだッ! スカートが翻らないように手の甲で押さえながら小走りしたり、内股でモジモジしたりするが……少年なのだ!
確かに俺は最初、このかわいらしい仕草と内気な性格に混乱した。 が、今は理解している。 『彼』は男の娘らしい。 女装と男装させるなんて作成者は罪作りだが……まぁこいつぁーロマンだからな! だがそれがいいってヤツだ。 こうしてじっくり観察すると……うーむ、いい仕事してますね。
「此処に居たか、ドクトル。 これは 一体何の実験だ?」
「おー! いい所に。 丁度アインズさんを呼びに行こうと思ってたんだよ~~」
振り返ると、いつの間にやらデミウルゴスとアインズさんが6階層の実験農場に来ていた。 アインズさんは珍しそうに、地を伝うツルや、青々と茂った若木に結実した果実を眺めている。
「ちょ、マーレ君てばスゲーんだぜ? 数十分前に種植えたのに、もう収穫できるんだからさぁ」
「ああ、だから捨てられていた種をそこらから集めていたのか……」
マーレのもとに歩み寄ったアインズさんは、親戚のおじさんが小さな子を褒めるように、よしよしと頭をなでている。 そして、睡魔に襲われた子犬のような顔で、マーレは幸せそうにウットリと顔を綻ばせた。
「投資額が少なくてもある程度の商品が作れるし、なにより需要が高いだろうからね。 まずは農業。 それからさ」
そう、まずは先立つ物が無いと話にならないから、少ない投資額で利益が上げられそうな、果物の栽培を実験的に行なった。 産業にとって農業は根幹に関わる大事な部分だから、マーレ君のドルイドの能力をフル活用して、即効性のある商品調達を画策したのだよ!
全盛期の日本では、果物農家がベンツだのフェッラーリだの高級外車をぽこじゃか買い換えられる程儲かっていたらしい。 まぁ、その分莫大な初期投資と、農業の知識が要るけどね。 昔は農家になるために大学に通ったって言うんだからスゲーよなぁ。 なーんでリアルはあんなクソな環境になっちまったんだろうか?
「突然ですがアインズさん」
「突然何なんですかドクトルさん」
「スイカもメロンも同じウリ科で、しかもスイカは野菜なんですよ」
「なんで突然敬語……ああ、はいそれで?」
取り出した嫉妬マスクを右手に高らかに掲げ、俺はキメ台詞を言った。
「俺は人間を辞めるぞ~~!」
「……いやお前元からゾンビだろうが」
かぽ。 嫉妬マスクを装着し、スイカとメロンを片手ずつ持ち、丸々としたソレを高々と掲げた。
「瓜ィィイイ ッ!」
「……それはさっき聞いたぞ」
むう、なかなか伝わらないな。 じゃあ次の台詞を。
「完熟、完熟ゥ!」
「もう意味わかんねぇ」
「ハァ!? DI○様に決まってんだろ!!」
「デ○オ様知らねぇんだよこっちは!!」
何ィ! マスク持ってるんだから当然知ってるもんだと思っていたぜ。
「嫉妬マスク配られた時に、2chの奴らが『俺は人間を辞めるぞー』って、わざわざワールドチャット課金アイテムまで使って騒いでたじゃん」
「ああ、そう言えばそんな事もあったな」
「あれ昔流行ったJ○J○ってマンガの人気シーンでね?」
「あー……たまにするワケのわからん発言の理由はコレか。 まぁ、漫画も本と言えば本……だからな」
アインズさんは呆れたように首を左右に振る。 むう、冗談の伝わらんヤツめ。 ユーモアだよユーモア、楽しくやらんと続かねぇぜ?
まぁとりあえず、果物農家ならこの世界に同業他社も居なさそうって事で、売り込み先のアンダーカバーが得られない今、当たり障りの無い部分から攻めようって考えたのだ。
今実験的に育てているのは、BARで貰ってきたメロンやスイカなどのウリ科の果物と、オリーブの木だ。 品種改良がスデに終わっているこの種を育てれば、面倒な作業をしなくても糖度の高い果物が育てられるし、育てやすいオリーブの実と種からは品質の良いオリーブオイルがジャンジャカ採れる。 特に、オリーブオイルは油の入手先として最強に君臨するのではと俺は思っているぜ。
搾りかたも結構簡単で、まず熱くないお湯でオリーブを煮る。 そうすると柔らかくなるから種を取る。 果肉をすり潰してゆっくり搾ると、食用として優秀な一番搾りのバージンオイルが取れる。 焦って圧力を掛けすぎると不純物が混ざってしまうので注意だ。 搾りカスに更に搾ると二番搾りの、果肉が混ざってしまっている低品質の油が取れる。 種からもギッチギチに圧力をかければ、更に質が落ちるけど油が取れるので捨てずにとっとくといいぞ。
だがまぁ、早いとこラテックス素材『ゴム』を手に入れたいなぁ。 アレがあると無いとではやれる事が段違いだし、硫黄の入手は済んでるから材料はもう半分終わってるようなもんだ。 まぁ、タンポポの根からも少量手に入るが……手間が掛かりすぎるから、やはり、何処かからゴムの木を探してきてもらうしかない。 ……確かアウラちゃんが探索任務に当てられていたな。 よし、今度アインズさんに頼んでおこう。
「この木……オリーブを育ててどうするのですか? 油を搾って売るのでしょうか?」
デミウルゴスが、3メートルくらいの若木から熟した実を一つ取り、鼻を近付けて若々しい香りを嗅いだ。 ちなみに、この状態で齧ると渋くて食えたもんじゃあ無いぞ。
「うんにゃ、質のいい油はエクストラバージンオイルとして売れるけど、2回目3回目の搾り油は質が落ちるからね。 そう言うのは石鹸とかに加工しようと思ってるぜ」
「あの石鹸ですか?」
「そそ、あの石鹸だよ。 まぁ、オリーブオイルでなくても、油なら獣脂とかでも作れるけどね。 最初の石鹸は羊の焼肉の脂が土に染み込んだヤツだったし」
「ほう、羊ですか!」
デミウルゴスはにっこりと微笑んだ。 彼はどうやら羊が好きらしい。 話の流れ的に、ペット的な好きではなく産業動物として、だろうけど。
「実は私も牧場を作ろうと思っておりまして。 そこで取れた脂も、是非加工して販売しましょう」
「あーそれは厳しいかなぁー……獣脂石鹸は洗浄力が強くて安いんだが、くっせーんだわ」
「くっせーのか、嫌だな」
アインズさんが、うへぇーって感じで嫌がると、デミウルゴスはかなりショックだったのかションボリと肩を落とす。
「あーまーそうだな、香料とか入れればマシになるかもだから、やるだけやってみたらいいと思うよ。 作る時はフツーに獣くせーけど」
「ちなみに、良い石鹸は何の油を使っているんだ?」
「あーっと……トルコの有名な石鹸はオリーブオイルで作ってるらしいぜ? 後は~~……台所用洗剤はヤシ油が多いかな?」
収穫したメロンを1つ、半月切りにしてみんなに配った。 摘果した未熟な実と余った部分は男性使用人に渡し、料理長の領域へ料理の実験材料として送ってくれと伝える。 覆面を被った男性使用人は「イーッ!」と了承すると、荷物を抱えて走り去って行った。
未熟な実は甘くないから、漬物にすると美味いらしい。 料理長の新作が楽しみだぜ……じゅるり。
「これは……食べられるのか? 俺は」
「あ、そうか。 アインズさんオーバーロードだったね……まあ物は試しで食ってみたら?」
「ううむ……」
彼はしばらく逡巡していたが、覚悟を決めたようにメロンに噛み付く。 ジュブと瑞々しい音を立てたメロンは、アゴの隙間からポロリと転げ落ち、予想通りだったのか左手で受け止めた。
「クソ、やはり駄目だったか」
「味はどうだった?」
「全く感じなかったな。 せいぜい食感が分かる程度か」
「厳しいな~~っ。 なんかこう、都合よく行けばいいのになぁ」
骸骨の謎動力で動いてるんだから、筋肉とか皮膚が無くても……こう、ご都合主義的なアレな感じで食べれたら良かったのに。
「私は食欲を感じないし、食べる必要も無い。 だから試食を求められても……な。 まあ確かに興味はあるが、それだけだ」
アインズさんは寂しそうに少し笑い、俺にメロンを返して来た。 ……ちょっと待て、食いかけじゃねえか。 どうすんだよコレ。
捨てるのもアレだし、どうしようか……と思っていたら、いつの間にか近くに居たソリュシャンにパクられた。 こう、ひょいっと摘み上げたと思ったらズルッと手の中に飲み込まれていった。 皮ごと。
ううむ、まるで手品でも見ているかのようだったぜ。 もしかしたら、彼女なら首筋に突き刺した指から吸血とかできるかもしれんな。
そして、やや遅れてセバスが現れた。
「お忙しい所、失礼しますアインズ様。 出立の準備が完了致しましたのでご報告に参りました」
ビシッと背筋を伸ばしたセバスが、完璧な仕草で礼を取る。
「うむ、ご苦労だったなセバス。 リ・エスティーゼ王国の情報収集の際は、脅威への警戒を厳とせよ。 いいな」
「ハッ、重々承知しております!」
「俺からもいいかな? 接触してくるヤツらの言動行動にも注意してねー。 特に商人は頭が回るから要注意だぜ」
「……そういえば、セバスに与える馬車を指定したのはドクトルだったな」
俺は今思い出したと、手の平をポンと打った。
「おーそうそう、ちょっとこの世界の工学が気になってねぇ。 だから18世紀ごろに流行った、板バネサスペンションを装備した馬車を用意してもらったんだよ」
「あまり高度な技術を使ったら、オーバーテクノロジーだと現地の者に警戒されないか?」
「うんにゃ、この程度じゃあ大した事にならんよ。 せいぜい、真似して小銭稼ごうと考えた商人ギルドか工業ギルドの連中が、製法を聞きだそうと接触してくるくらいさ」
俺は肩を竦めて、皮肉げな笑みを見せる。 あの馬車程度の工学技術では、精々かなりの金持ち程度にしか思われないだろう。
この馬車のサスペンションの構造は、湾曲した鉄板を数枚重ねた物を2枚貝のようにあわせた物だ。 この構造だとデッドスペースが広すぎるし、そのしわ寄せが車内まで及ぶ。 車高も高くなってしまって乗り降りが大変だし、横転の危険も高まる。 その後、エンジンを積んだ自動車が発達すると、三角形の法則を利用した構造に進化した。
サスペンションにも色々と種類があって、板バネを使う安価で丈夫な物。 コイルスプリングを使う高性能な物。 あとは、戦車のサスペンションに使われた、捻れを利用したサスペンションなんて物があるぞ。
「構造自体は簡素なもんだしね。 コロンブスの卵みたいに、思いつけば誰だって真似できる……が、逆に馬車に使われた技術に
「……魔法の存在か」
俺は鷹揚に頷いた。
「商品作っても魔法があるからいりませんーじゃぁ、作っただけ損しちまうしー……作成コストの差で戦うにも、マジックアイテム化させた商品がどれ程の脅威か調べないといけない。 わかりやすく言うと市場調査かな?」
とは言いつつ、現地の工業技術の発達具合は、カルネ村の状況である程度の目星は付けてあった。 村にあった荷車は、荒地走破性を上げる為に大型にした木製の車輪を、鉄の板で補強しただけであり、
これでは荷車の重心が高くて少し傾いただけで横転してしまうし、荷物を載せる場所も狭い。 ガタガタ揺れるから、たまに陶器の入れ物は途中で割れるし、摩擦とかの抵抗が大きいから馬も疲れて時間が掛かる。 道半ばで車軸が折れたら最悪だ。
「つっても、商品を作るための工場……を建てるための建材が今ないんだけどねぇ。 うーん、レンガ……は面倒だなぁ……焼かないといけないし。 やっぱコンクリがいいかな?」
「近くには深い森が広がっているが、木では駄目なのか?」
「いや、木は木で使い道があるし、やっぱ強度とか施工の容易さを考えると鉄筋コンクリートがいいなぁ。 そうだアインズさん」
「ん? 何だ?」
「コンクリートの材料が欲しいから、外回りに出るシモベ達に石灰岩を見つけてくるように頼んでくれない?
アインズさんは了解したと承諾すると、回覧板に副目標として記しておくと言ってくれた。 話のわかる支配者で助かるぜ。
石灰岩。 つまり炭酸カルシウムの塊は、色んな物に使えるから便利なんだ。 真っ白で美しい漆喰も作れるし、手軽に手に入るアルカリ物質でもあるコレは、工業的にも重要だ。 対して珍しくない素材だってのも嬉しいね。
「よっしゃ、後は大量の鉄材だな……」
さて、どうやって手に入れようか……やっぱ高炉を立ててジャンジャカ精錬するべきか。
ん? まてよ? デミウルゴスが居るんだから、第7層で酸化鉄……
ええと、酸化鉄の元素はFeO若しくはFe2O3だから、炭素1個ちょいで酸化鉄2個くらい還元できる。 だから、鉄鉱石1トンにつき木炭500kgあればいい。 んで、鉄鉱石に含まれる酸化鉄は50~60%くらいだから……約300kgくらい木炭があれば、
そうして、俺が頭の中で算盤を弾いていると……
「ああ、そうだドクトル。 大量の……とはいかないが、鉄の入手先に心当たりがある」
と、アインズさんが上層に俺を誘ったのだった。
◆
ナザリック地下大墳墓・第三層
第三層に到着した俺、マーレ君、デミウルゴス、御付メイドは、アインズさんが何処から鉄を入手するのか見当も付かなかった。 何処から鉄を手に入れるか……それが解ったのは、その後すぐだった。
「これが我がナザリックで採れる鉄だよ、ドクトル」
「……まじかよ」
正に、してやったりと言った感じで、アインズさんは得意げにクツクツと肩を揺らしている。 まさか、まさか自動POPするスケルトンウォリアーの装備をぶんどるとは考えも寄らなかった。
は、発想の柔軟さで…負けた……
「この、自動でPOPするモンスターは無料で幾らでも出てくる……ギルドの維持費用さえ払っていればな。 つまり、鉄はほぼ無料で無限に手に入るという事だ」
「す、すごいですアインズ様! ぼ、ぼくには考え付きもしませんでした!」
「おお……まさに、まさに神算鬼謀の主にして智謀の王。 私などアインズ様の足元にも及びません……!」
……なんか俺の時と温度差違くない?
「そ、そんな事は無いぞお前達。 私などまだまだだよ」
俺が、アインズさんの『鉄鋼が無いなら鉄スクラップを溶かせばいいじゃない』作戦に愕然としていると、シモベ達はまるでアイドルを前にした少女のように目を輝かして口々にアインズさんを褒め称えていた。
た、確かに、これならほぼ無料で鉄スクラップが手に入るぞ。 エネルギー消費は鉄鉱石から作るよりも格段に減り、十数にも渡るプロセスはかなり省略されるはず。 鉄鋼業で稼ぐのならまだしも、建材や道具に必要な分あればよいので、このアイデアは最適解だと言えるぜ……余ったら売れるし。
「アインズさん。 この余ったスケルトンどうすんの?」
「そうだな……次のモンスターがPOPするように砕いてしまうか」
「え? このスケルトン捨てちゃうんですか?」
「またそれか……今度は何をするつもりだ?」
俺はプラチナのインゴットをインベントリから取り出すと、ニヤリと笑った。
「肥料を作るのさ!」
初期の馬車荷車、について。
中世時代の製鉄法は熱効率や金属の回収率が悪く、鉄鉱石1トンにつき3トンものコークスを使っていました。 さらに、硫黄や燐の成分を除去できなかった為、スラグの中に鉄が化合物として混ざってしまい、回収率も悪い。 というものでした。
なので、その頃の鉄生産量は、年1~2トンあれば良いほうで、鉄泥棒が横行するほど貴重な資源であり、消耗品でしかない荷車に使われるのは僅かな量でしかありませんでした。
その乗り心地の悪さは、貴族の乗る馬車も例外ではありません。 車軸をフレームにポン付けした馬車は、座席に厚手の座布団を敷いていても耐えられないほどで、手で少し尻を浮かして乗るくらい凄まじかったそうです。
コンクリート、について。
鉄筋コンクリートを考え出したのは、フランス人でした。 1867年当時ジョセフ・モニエという庭師が、値の張る素焼きの植木鉢をコンクリートで作る際に補強として入れた鉄の輪がコンクリートと良く馴染んだからです。
コンクリートの主成分は珪酸カルシウムです。 地中に鉄鉱石として埋まっていた鉄が、岩石の主成分である珪酸塩と馴染むのは、よくよく考えるとそこまで変ではない……かもしれません。
そして、鉄とコンクリートの熱膨張率は偶然にも一致しており、夏の暑い日…もしくは冬の凍て付く日に、鉄がコンクリートを突き破る。 なんてことは有りません。 引っ張る力に弱いコンクリートを鉄骨が補い、押しつぶす力に弱い鉄をコンクリートが補う事で、鉄筋コンクリートは史上最も用途の多い建材になりました。