オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

ドクトル「パン作ったろ」
ルプス 「盗み食いしたろ」
アインズ「盗み見したろ」

ドクトル「子供は笑っとらんとアカン。甘い物で無理矢理笑顔にしたろ」
アインズ「はえーすっごい。仲間にしたら金策楽になるかな」

ドクトル「アインズ……? 超大物やんけ! 名刺渡さなきゃ」
アインズ「ひぇ。ついついリーマン時代の癖がでちった」


ナザリック入りして稼ぎたい

 どーもコンニチワ。 あの後いろいろあってカルネ村を後にした俺は、現在ナザリックって名前のギルド拠点に御呼ばれしております。 具体的には第9階層のロイヤルスイートって所にいて、赤絨毯の敷かれた廊下を食堂まで移動中です、ハイ。 つーかギルド拠点に食堂なんて作ったんだね。

 

 何で呼ばれたかっていうと、ルプスレギナって赤毛のねーちゃんが盗み食いしたり騒がせたりして迷惑をかけたから、お詫びにと会食のお誘いを頂いたのだ。 流石上位ギルド、太っ腹である。

 

 まーでも普通それだけじゃ無いよねー。 そんなもん、ただの口実だって解ってはいたよ。 んでも断れないし、よく見たら周囲を完璧囲まれてるし、料理食いたいしって事でホイホイ着いて行っちゃったのだ。

 

 あっ、ちなみにカルネ村であったイロイロってのは主に調理器具や(かまど)の後片付けですぞ。

 

 ルプーの姉ちゃんのケツが、ガントレットのトゲで穴だらけにされそうだったもんで、アインズさんに「あのルプスレギナって姉ちゃんに話があるんだけど、呼んでもらっていい?」って聞いたんだ。 そしたら、<伝言(メッセージ)>で呼んでくれた。 魔法マジ便利だよね、電話すんのに端末いらねーんだもん。

 

 速攻でアインズさんのとこに戻ってきた2人は、どうも実感が湧かないんだけどNPCらしい。 ゲームの時は傭兵モンスターと違って、拠点から出せない仕様だったんだが……今考えると、それってゲームならではのご都合規制だよね。 物理的に閉ざされてるってんなら解るけど、システムの都合上出せませんーなんてさ。

 

 んで、俺は2人の内の赤毛の姉ちゃん。 ルプスレギナに「キャラメル食いたい? 食いたいよね?」って聞いたら「えっ、まぁ、食いたい…っす」って返ってきた。 だから1粒彼女の口の中に放り込んで、後は皆で食べなってボウルをエンリちゃんに渡した。 ルプーは「じわぁ~っと甘いっすねー」って言ってたけど、これは恐らく普段甘いものを食える環境だったから、麦芽糖の低刺激な甘みがそんな感想だったんだろう。

 

 ルプーに半ば無理矢理キャラメルを食わせたのには狙いがあった。

 

「食ったね?」

「え?」

「働かざるもの、食うべからずって……知ってる?」

 

 彼女は今まで浮かべてた笑顔を引きつらせた。

 

「それじゃあ……しよっか?」

 

 俺は彼女の肩をポンと優しく叩くと、洗い場に残された鍋だの型枠だのを指差した。 水飴を煮た鍋はニチャニチャしているし、バターを塗った型枠は乳脂がべったりくっ付いている。 これを洗うのはリアルの時と違って、強力な洗剤も柔らかいスポンジも無い現地では、大変な手間だ。 何故なら此処にはタワシも石鹸もないんだからさ。

 

 アインズさんの見ている手前拒否するワケにも行かず、ルプーは渋々といった様子で洗い場に立つと型枠を水に突っ込んで洗おうとした。

 

「あー待て待て、違う。 そーゆー洗い物は灰を使うんだよ」

「灰……ってあの灰っすか?」

 

 彼女は竈に残された灰を指差した。

 

「そうだぜ? 灰はアルカリ性だから、油と混ざると加水分解されて鹸化するんだ」

「かすい……ってよくわかんないっす」

「まぁ、灰が洗剤の代わりになるって思っときゃいいよ」

 

 俺は薪木から皮を剥がすと、揉んで繊維を解し、纏めて紐で縛った。 そうして作った即席のタワシをルプーに渡し、洗い物が終わるまで待った。

 

 そん時にアインズさんから、ナザリックで会食がてら話でもしませんか? って誘われたんだ。 答えはモチロンOKさ。 あの上位ギルドなら、説得次第で俺のスポンサーになってくれるかも知れんからね。

 

 ……っと、何時の間にやら食堂に到着したらしい。 <伝言(メッセージ)>か何かで既に連絡が行っていたようで、扉を挟んでるっつーのに料理の芳醇な香りが漂って来る。 アインズさんが扉の前に立つと、一般メイド   と彼が言っていた   2名が、両開きの扉を片方ずつ担当して開けてくれた。 大衆居酒屋でちょっと1杯引っ掛けるくらいに考えてたんだが……なんか高級ホテルのディナーに招待された気分だ。  緊張してきぜ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ドラゴンのステーキだと」

 

 ナイフを肉に食い込ませると、ステーキは軽い力で切断される。 素晴らしい焼き加減で調理された霜降りの肉は、切断面から透明な肉汁を滝のように滴らせる。

 

「乗ってる大蒜チップはサクサクに揚げられているが、ステーキは食感を損なわないミディアムレアだ……それと付け合せは人参のグラッセ」

 

 ステーキが乗せられた鉄板は、食べ終わるまで冷めないように熱々に熱せられており、肉の脂がジュブジュブと音を発していた。 立ち上る芳ばしい香りは唾液を強制的に湧かせ、喉が無意識の内にゴクリと鳴った。

 

「なんだこれはぁ~~~っ。 シュペトレーゼ……赤ワインのソースが濃厚なバターとマッチしている……!」

 

 口に含んだ肉を噛むと、プツリとした食感と共に筋繊維がホロリと解け、肉汁の暴力的なまでの旨みが脳髄の奥まで揺さぶる。

 

「うっ、美味すぎる……何だ…この料理は……!!」

 

 1口、もう1口と食べ進めていくうちに、熱せられた鉄板の熱によってメイラード反応が進み、変化に富んだ深みのある味わいをもたらしてゆく。 一気に300gはあろうステーキを平らげたクサダは、食器を丁寧に置くと料理長へ微笑む。

 

「……堪能させて頂いた」

「私の拙い料理が、お客様の口に合えばよろしいのですが」

 

 クサダは、緩やかに首を左右に振った。

 

「空腹を感じぬ体とは言え、味わう事は出来る……料理を芸術の域にまで高め、心に『感動』の風を吹かせる腕を持つ君には、心から敬意を表するよ。 今……『幸せ』な気持ちだ」

「褒め言葉として受け取らせて頂きます。 では、次にデザート  禁断の果実(インテリジェンス・アップル)甘煮(コンポート)をお持ちしてまいります」

 

 普段、質より量の料理を作っているからであろう。 自らの作品を『芸術』だと評価された彼は、嬉しそうに微笑むと一礼して退室して行った。

 

「満足してくれたようで何よりだ」

 

 階層守護者のNPC達が見ているので、アインズの口調は重く、固い。 一応、クサダが招かれNPC達と顔を合わせる前に、彼から「この話し方だとウケがいい」と聞いているので納得済みだ。

 

「ああ。 随分、御馳走になってしまったねアインズさん。 ただ……村での件にしては少々受け取りすぎなくらいだけどねー」

 

(懐柔しよーってのかねぇ……俺みたいな、ただの一般ソロプレイヤーを……)

 

 働かざる者食うべからずと自分で言った手前、全て残さずしっかり食ったクサダが、程度の差こそあれアインズの要求にNOと言えるはずが無い。 しかし、唯々諾々と要求を右から左まで飲むのも、商人として失格だ。 此処から先は交渉だ。 舌と言葉での戦いなのだ。

 

「ふむ。 どうやら私の狙いも薄々感付かれてしまっていたか……」

 

 アインズは、内心で舌打ちを打つ。 会社員時代の経験から、接待のつもりで用意した料理だったが、逆に狙いがあると見抜かれてしまった。

 

(下手に隠し事をして、見抜かれたら心象が悪くなってしまう……ここは素直に、メリットを提示して協力してもらうしかない)

 

 最終手段の、武力によって無理矢理言う事を聞かせる事も出来ない。 チラつかせた武力で嫌々承諾させても、従順なフリをして中から潰されかねないからだ。

 

 プレゼンを前にした時のような緊張をアインズは感じるが、縮み上がりそうになる心を気合で奮い立たせると口を開く。

 

「ドクトル・クサダ。 貴方のその豊富な知識を見込んで、頼みがある」

「うん?」

「ナザリックの防衛力強化に、その力を貸して頂けないだろうか?」

 

 クサダは表情を変えず、何も言わず、アインズの白き骸の顔をじっと見つめた。

 

「私達、異形種は常にPKの存在に(おびや)かされてきた。 このナザリックに攻め込まれた事だってある。 まるでゲームが現実になったかのような状況……世界のどこかに敵対的なプレイヤーが何人潜んでいるか。 ……私は座して死を待つわけには行かないのだ」

「……俺にアインズさんの仲間になれってことかい? ハハ、自慢にすらならないが……俺はただのソロプレイヤーだよ。 買い込んだ材料で消耗品や装備を作れても、戦闘用のビルドじゃないから自分より30LV低いモンスターにすら苦戦する、ただのザコプレイヤーさ。 自分一人じゃ、材料を得る為の狩りすら満足に出来ない……ね」

 

 肩を竦めて、アインズは自分を過大評価しているだけだと言った。 そんな大したヤツじゃないと。

 

「戦力としてでなく、その知識を存分に振るっていただきたい。 もし事業を興すなら、私はそれを全力でバックアップする用意があるし、異業種狩りに遭ったとしても助ける事だって出来る」

「どーも要領を得ないねぇ。 俺の力なんて借りなくても、これだけ巨大なギルド拠点はそう簡単に攻め落とされないだろう?」

「先手を取って、此方から他の国や種族に積極的に打って出るつもりだ。 今の所、私達は強者だが……これからもずっとそうだとは限らないからな」

 

 クサダは片方の眉を吊り上げ、何を言っているのか理解出来ないと疑問を表情に浮かべた。

 

「オイオイオイオイ……ソコにいるヤツが敵なのかも、居るかどうかすら解らないのに攻めに行こうって誘ってるのかぁ~~?」

 

 人差し指をアインズに突きつける。

 

「それって『侵略』って事だろう!?」

「暴力的な手段は私達がやる。 ……ドクトルはその費用を稼くアイデアを教えてくれれば、それで良い」

「なぁなぁなぁなぁ!」

 

 クサダは映画に出てくる外国人のように、かなりのオーバーリアクションで肩を竦め、天を仰ぎ、首を振った。

 

「カネを稼ぐだけって……ゲームが現実になったみたいって、アインズさんもさっき言ってたろ!? 俺はユグドラシルでもPVPなんてしたこと無かったし……しかも! 平和に暮らしてたカルネ村の少女達を救ったあんたが、今度は襲う側に回るってことだろう!? 侵略する側に回ったと、そう知った姉妹の落胆は想像に難くない!!」

 

 身振り手振りで、まるで鼻につきそうなほど臭い演技で訴える。 自分の意図している事は何か。 何を自分は求めているのか。 容易にそう気付くように。

 

 

 

 ……だったのだが。

 

「その手を離しんし、おちび! わたしはもう、悔しくって悔しくって!」

「あ゛ーもう、あんたねぇ。 今いい所なんだからアインズ様の邪魔をしちゃだめでしょーが」

 

 アウラに首根っこを掴まれ、椅子から立ち上がれずにいたシャルティアが、ジタバタと両手を振り回していた。

 

「はぁ? いい所……でありんすか?」

「だからぁ、アインズ様にあんな口利いて、デミウルゴスとアルベドが何も言わないって変でしょ?」

「あー……確かにそうでありんすねぇ。 言われてみれば、アルベドなら真っ先に暴れだしそうだと思いんしが……」

 

 ようやく、と言った感じで落ち着きを取り戻したシャルティアが視線を移動させると、これから何が起きるのか全て知っている……といった様子で2人は笑顔を湛えていた。

 

 クサダはそんな2人を見てニヤリと悪い笑みを浮かべた。 まさしく何か企んでますよという感じで。

 

(へぇ。 俺の演技に気付いたNPCはこの2人で……後のメンバーは、その2人をそこまで信頼して黙ってたんだね。 NPC同士も信頼しあってて良い部下……そう、部下を持てて羨ましいぜ、アインズさん)

 

 とにもかくにも、意図してなかったとは言え、この2人のヒントで何が聞きたいのかアインズも気付いたろう。

 

 意味深な微笑みを浮かべなからアインズを見つめていると、彼は少しの間考え……真っ暗な眼孔の奥にある炎を燃え上がらせ、ちょっと便所に行ってくるくらいの気軽さでこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『世界征服』をします」

「だから気に入った」

 

 

 

「必ず、そう答えてくれると思っていたよ……ドクトル」

「別に。 ……俺はただ、スポンサーが欲しかっただけさ。 だが、そう簡単に行くワケが無いって解ってるのかい?」

 

 聞きたかった答え   彼が何をしたがっているのか   を聞き、予想以上に面白そうな答えが返ってきたクサダは、肩を小刻みに揺らしながら背凭れに体重を預ける。 目的も言わず、ただ対価を支払うから手を貸せ……では、それでは仲間ではなく労働者だ。 金を稼ぐのが趣味である以上、クサダとしてもそんなものは認められないのだ。

 

「ああ……十二分に理解しているとも。 ……アインズ・ウール・ゴウンは敵も多かったからな。 だから、敵より先んじて情報を集める為に、こうしてドクトル……貴方をナザリックに招いたのだよ」

 

 アインズの言葉を聞き「案ずるより生むが安しだぜ!」と突っ走るタイプじゃない性格に安堵したクサダ。

 

「うーん……」

 

 腕を組んで天井を仰ぐ。 暫くして視線をアインズに戻したクサダは、唇を突き出すようにしてこう言った。

 

「この世界の情報……って言われてもね。 質問の範囲が広すぎて答えようが無いんだけど」

「では……そうだな。 ……この世界に私達以外にプレイヤーが居ると思うかね?」

 

 NPC達の注目がクサダに集まる。 無遠慮に注がれる視線は、値踏みと未知なる敵への警戒心から来るものだろうか。

 

 アインズの行き成り核心に迫る質問に、クサダは「ああ、それね」と軽く相槌を打つと。

 

「ユグドラシルプレイヤーかどうかは判断付きかねるけど、現地の者じゃない存在の不自然な介入の跡がそこら中に見て取れたよ。 あの村ではね」

  なッ!」

 

 絶句したNPC達の反応は、三者三様といった様子であった。

 

 湛えた微笑をより深くする者。 丸眼鏡の奥に隠された、金剛石の瞳を曝け出す者。 興奮して机を叩き、顎をカチカチと打ち鳴らす者。 楽しそうに攻撃的な笑みを浮かべる者。 それを見て呆れる者と怯える者。

 

「一体その跡とは何なのですか!? クッ、私とした事が……こんな近くにまで接近を許してしまうとは…!   っ、早急にナザリックの防備を固めなくてはいけません!」

「フシュー……至高ノ御方々ノ聖地、ナザリック地下大墳墓ヲ穢ス害獣メ。 一刀ノ元ニ切リ捨テテクレル!」

「腕を捥いだらどんな声で鳴くんだろう……足を裂いたらどんな血の味がするんだろう。 待ち遠しいでありんす……」

 

 一気に殺気立ったNPC達の熱気で、食堂は異様な雰囲気に包まれた。

 

「……ふぅ。 落ち着くのだ、皆の者。 急かさずとも彼は話すのを辞めたりしない」

「そーそー、アインズさんのゆーとーりだぜ。 っていうか、みんな勘違いしてるけど……プレイヤーがこの世界のどっかに居たっつー証拠があっただけで、近くに居るってワケじゃないよ?」

 

 今すぐどうこうするワケではない。 守護者達はそれを聞き、明らかに落胆した様子を見せた。 アインズと比べ、なかなかの戦争狂(ウォーモンガー)っぷりに苦笑いを浮かべたクサダ。

 

「あーそうだ。 そうやアインズさんはよぉー」

「ん? なんだ?」

「世界征服してどうしたいんだい? 征服するつったって、そいつぁー手段で目的じゃぁねーからさ、ちっと引っかかってよ」

「……一応、先に述べた通りの理由だ。 ナザリックを脅かす敵に対処する為に、力が欲しい。 ユグドラシル金貨を定期的に手に入れられれば、傭兵モンスターや罠の作動コスト……それからギルド拠点維持のコスト等に使えるからな」

「ん~? つまり……生存権を侵害されないように、軍拡したいのかな? オーケーオーケー、理解したぜ」

 

 一人で勝手に納得したクサダは、コクコクと頭を振るジェスチャーをした。

 

「ほいじゃぁさ、目下の勝利条件を『文化勝利』に設定しないかい?」

「文化……って、シヴィとかの?」

 

 とある文明発展系ゲームが例えに出てきて、アインズは思わず聞き返した。 過去のメンバーが好んでいたゲームだったので、遊びこそしなかったが聞きかじった程度の知識はあるのだ。

 

「そーそー。 この拠点とNPC達、そして大切な財産が護れればいいのなら、何も()()()()()()()()()()()()()()()は無いやん? 戦う理由、敵対する理由、得られるメリットを潰せば勝手に自滅すんだろー」

「喧嘩するよりも仲良くしたほうが得と思わせ……タカ派とハト派の内部分裂を誘い、戦力を分断する訳か。 成程、そんな手が……」

「そそ、ナザリックの威光を世に知らしめるのじゃーつってさ。 徒党を組まれるから厄介なのであって、個人個人が単騎で来るなら対処も余裕っしょ? カネも軍備も安全も得られて1石3鳥じゃん。 ……つまりアインズさんは、社長ちゅう事やね」

「ふーむ。 ナザリック地下大墳墓……いや、アインズ・ウール・ゴウン…株式ではないな。 ……合資会社か?」

 

 アインズは顎先を摘まんで考え出す。

 

 悪い考えではない。 元々カネが必要なのだし、失敗しそうになったら何時でも力尽くで捻じ伏せる、制覇勝利にも方向を変えられる手なのだから。 カネのパワーで自らを強化し、味方を増やし、敵対者に二の足を踏ませ、不和を誘うのだ。 1度に全て相手をしたのならナザリックの剛の者とてタダでは済まないだろうが、各個撃破できるのなら勝率はグンと上がる。

 

「どーせリアルの時は、カネをしこたま払わねーと大したもん食えなかったんだし……うまい物とかクセになる物とか作って、そのメーカーがアインズ・ウール・ゴウンって知れば食えなくなるのを恐れて攻めてなんてこねーって。 異形種狩りとかココと敵対してた奴は人間種だったんだろ?」

「その通りだ」

「だったらなおさら、焼き鳥をウシウシ食いながらキンッキンに冷えてやがるビールを飲みたがるハズさ。 まぁ、中には力こそ正義、なーんて脳筋もいるだろうから、ソイツは力尽くでねじ伏せるか……滅ぼすかだなぁ。 まぁこれはしょうがない。 協調性が元からねーんだもん」

「……ちょっと何言ってるか分からん部分があるが、まぁ、説得力は……あるな」

 

 うーん、まぁ少し不安だが、その方向で行こう。 そう、アインズが言おうと口を開きかけた   その時だった。

 

  私は反対だわ」

 

 アルベドの冷たい声が響いたのは。 肯定しようとした所に、否定的な意見が出たため、アインズの存在しない心臓がドキリと跳ねた。 人間嫌いの彼女は、こんな回りくどい手を打つのが嫌なのだろう。

 

「何故わざわざそこまで人間のためにしなければならないのかしら。 つべこべ言うのなら、全て狩り殺してしまえばいいのよ」

「ふーん、人間嫌いなんかアルベド? まぁ恐怖政治は楽っちゃー楽だがなぁ……」

「当然です。 害虫のように地を這い回る下等生物を、残らず踏み潰せたらどれほど気が晴れるか」

 

 アルベドは眉間にシワを寄せて毒を吐いた。

 

「害虫て……」 クサダは失笑した 「だが、脅威として見らちまったら数で攻めてくるぞー? それこそ暗くてジメジメしたところに居るカテゴリーGみてーに、ワラワラとよーウジャウジャとよー」

 

 両手をワサワサ、ワキワキ動かして想像力を煽るクサダ。 踏んだらパキグチャだなーとか言っている。

 

 クサダのたとえ話で想像してしまったのか、あの黒い甲虫がワラワラと向かってくるシーンを考え、踏ん付けた感触まで錯覚してしまった彼女は、小さく悲鳴を上げブルリと身を一度震わせた。

 

(よし、いまだ!)

 

 クサダはその隙を見逃さなかった。 アルベドの鳥肌の浮いた手首を掴み「まぁまぁ、いいからちっと聞けや」と部屋のスミへ連れて行き、耳打ちする。

 

 最初は混乱していた様子だったが、彼女は話を聞くうちにコクコクと感心したように頷いたり「なるほど…そんなメリットが……」と小声で相槌を打ったりして  

 

「先程の発言は取り消します」

 

 席に戻ってきての第一声が、ソレであった。

 

「ええー!? ど、どうしちゃったのさアルベド! らしくないじゃない!」

「そ、そうでありんす! あんなに人間嫌いでありんしたのに!」

 

 表情に余裕を湛えたアルベドは、フフッと涼しげに笑った。

 

「別に。 大した事じゃ無いわ……でもね……」

(大した事じゃない? うーむ、ドクトルはどうやってあの人間嫌いのアルベドを改心させたんだ……!)

 

 もったいぶって話す彼女に、アインズの好奇心がツンツン刺激され、ついつい彼はアルベドの言葉をに注目してしまう。 ……が、その答えは予想外のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルティアに社長秘書の座は渡さないわ!」

 

 

 

「オイィ  !? 落ちてるゥ―! 語るに落ちてるぞアルベドォ  ッ!」

 

 あまりの衝撃展開に、アインズは思わず突っ込んでしまう。

 

「なぁっ! 抜け駆けするなんてズルイでありんす! わたしも『おふぃす・らぶ』したいっ!」

「はぁ!? ちょ、シャルティアおまッ、何処でそんな言葉を覚えてきた!」

「え? あの、ペロロンチーノ様から教わりんしたが……」

 

「ペロロンチーノォ  !」

 

 そして、別方向からの衝撃的な暴露に、罪深き親友の名を叫び、頭を抱え机に突っ伏す。

 

「デミウルゴスはさー」 そしてクサダはマイペースに男性NPC達と談笑している 「火が得意なんだって? MP消費しねーで物暖められるんならさ、光熱費ゼロじゃんね?」

「ええ、部下の中には、存在するだけで熱を発する者もおりますし……私の守護階層には、溶岩の流れる活火山もありますよ」

「へぇーっ、プライベート火山持ってんだ。 スゲーじゃん」

 

「プライベート火山!?」

 

 アインズは伏せた顔を跳ね上げるようにして叫んだ。

 

「なにもーアインズさんさっきから大きい声出してぇー」

「い、いや、その……ちょっとカルチャーショックがだな……」

「ところでドクトル様。 先程プレイヤーの痕跡とおっしゃいましたが、それは一体どのような……?」

「ああ、それね。 そういや言い忘れちまってたなぁ」

「自由だなお前ら!?」

 

 クサダはカルネ村にあった高度な家具類に反して、貧弱な科学力である矛盾を指摘した。 さらに、自身のインベントリから1冊の本を取り出すと、アインズへ向けて机の上を滑らした。

 

「なんだ、この本」 アインズはパラパラと本を捲った 「……小説か? タイトルは……

『ライ麦畑で捕まえて』?」

Catcher in the Rye(キャッチ・イン・ザ・ライ)。 昔の民家にはプライバシーなんぞ、あったもんじゃぁ無かったからな。 2メートルあった麦穂の影が、唯一プライバシーの守られる環境だったのサ! 夜中に男がそんな場所で女捕まえて、何する気なんでしょうかねー」

「しらんがな。 で、それがどうかしたか?」

「つまりだな、あの村には短い麦しかなかったぜっつーこと。 つまり、品種改良の余裕が無い、概念があるかも怪しいあの村にだな。 あんな性能のいい作物の種があるのがおかしいのさ。 あれはぜってー俺達より前にこの世界に来たプレイヤーがバラ撒いたに違いないぜ」

「ふーん。 まぁ、言ってる事は凄い参考に……その人差し指と中指の間に親指突っ込むジェスチャーをしてなければ、なるんだが……って、あーもーほらルプスレギナが真似してるから早く止めろってホラ!」

 

 パタンと本を閉じ「まったくもう……」と呟くと、同じように机の上を滑らせてクサダに返した……その時だった。 ガタタンと椅子を蹴って、勢い良く立ち上がる影が2つ。

 

「はぁ……大体予想は付くが、聞こう。 アルベド、シャルティア……何処に行くつもりだ?」

「カルネ村の麦畑へ行こうかと。 お待ちしておりますわ、アインズ様」

「わたしも麦畑に重要な用事がありんす。 捕まえに来ておくんなんし、アインズ様」

 

 アインズへ向けて、アンデッドで無ければ1発で恋に落ちるような爽やかな微笑みを向ける両名。 だが、その見た目とは裏腹に、その心はドッロドロの欲望にまみれていた。

 

「麦畑で待ち合わせして……その後は……クフフ  !」

「ああ…我が君は逃げるわたしの唇を力尽くで……」

 

 とか言いながら2人は妄想の世界へ旅立ち、海中を揺れるコンブのように自らの肩を抱きグネグネ揺れている。

 

「捕まえても私は何もしないし、捕まえに行こうとも思わないし、そもそも村に迷惑がかかるから止めろ……」

 

 しかし、疲れたように言ったアインズの言葉に、2人は落胆した様子で席に戻ったのだった。

 

 まぁ、カルネ村の麦の高さは70cmくらいしか無いから、ヤったとしてもたぶん丸見えだ。 プライバシーなんて、あったもんじゃないだろう。

 

「んん゛っ! さて、ドクトルの示したこれからの方針は『文化勝利』を目指すとの事だ。 世界の隅々までナザリックの威を示し、名を轟かせ、畏敬させる。 気付いた頃には、誰もアインズ・ウール・ゴウンに逆らえぬ仕組みになっている……この方針に異論のある者は?」

 

 アインズは視線を巡らせる。 

 

「居ないのか?」 杖の石突きが床に打ちつけられ、涼やかな音が響き渡った 「では世界征服の手段は『文化による侵略』に決定する!」

 

 割れ響くような拍手が巻き起こり「アインズ・ウール・ゴウン万歳」と喝采が何度も繰り返される。 守護者達が、戦闘メイド達が、一般メイド達が、男性使用人達が一様に。

 

「さーて、これからどんっどん忙しくなるぜ? アインズさん」

 

 まだ拍手は鳴り止まない。

 

「頼れる仲間達が残した、守護者達も手伝ってくれる。 そして、ドクトル。 貴方も手伝ってくれるのだろう? なら、必ず成功するさ」

「期待されてるねぇ……こりゃぁ負けらんねぇな。 使い切れねぇくれー稼いでやるぜ!」

「ほう……望む所だよ。 楽しみにしているよ、ドクトル」

 

 攻撃的な笑顔を   片方は骨だが   突き合わせる2人……だったのだが。 急にクサダの表情が、何時ものふざけた感じに崩れる。

 

「それじゃぁ社長には社長らしー格好してもらわねぇとな。 ずっとその一張羅ってワケにもいくまいて」

「えっ。 いや、まあ、確かにこの装備はフルゴッズの一点物だが……アンデッドは老廃物を出さないし、埃くらいなら叩けば落ちるが?」

「いやいやいや、今の装備って戦闘用だろ? ブチのめしに行くんならサイコーの衣装だが、そうじゃないんなら他の服に変えるべきだぜ」

 

 やれやれだぜ……と言った様子で、肩を竦め両手を挙げる。 奇襲敵襲に備えるなら、アインズの今の装備は最適解である。 しかし、いかにも『魔王』な見た目なので、交渉事や商談には不向きであった。

 

 TPOに合わせた服を着るべき。 そう述べたクサダの意見に乗っかる形で、目をキラキラさせた一般メイドから「ドクトル様のおっしゃる通りでございます!」と言われてしまう。 ただし、41人のメイド中全員がだ。 アインズに似合う色はコレだ  とか、組み合わせはこうだ  とか、興奮した様子で意見を言いまくっている。

 

 アインズの与り知らぬ所だが、この状態になった女性は手がつけられない。 たとえばブティックに入って興奮した女性には、連れの男は絶対に敵わないのだ。 大人しく諦めて「ハイ。 ハイ。 大変似合ってゴザイマス」と言うべき他無いのだ……間違っても早く帰ろうとか、どれも同じだと言うと、ヘソを曲げて当分口を利いてくれなくなってしまう。

 

 そして、一般メイドの熱気に当てられた戦闘メイドと、守護者達までが参加し、コキュートスが勧めた甲冑の案が即却下されうな垂れた所で。

 

「ドクトル様は、アインズ様のお召し物は何が一番お似合いになると思いますか!?」

 

 と、一般メイドの1人、フィースに鼻息荒く尋ねられてしまった。

 

「え゛っ!? あ、今はもうお客様じゃないから様はいらんよ……で、ええと服、服ね、うーん」

 

 数秒考えた所で面倒になった彼は、アニメに出ていたキャラクターを頭に浮かべ、適当に答えた。

 

「スケルトンメイジなんだから、本当は線が細いはずだろ? だから死ぬほどほっそい袖や裾のフォーマルウェア着てよ、んで黒いボルサリーノ帽被って、首に掛けたマフラー垂らせばいいんじゃない?」

 

 服飾に詳しいホワイトブリムが此処に居たら、まるでマフィアだなと笑い出しただろう。

 

 細く作られたフォーマルウェアは着る者を選ぶが、骨しかないアインズなら完璧に着こなすハズだ。 高い身長のアインズが、細く作られたデザインでさらに手足が長く見え、黒い服と白い骨のコントラストがメリハリを生む。

 

 メイド達は互いに目配せした。 ゆったりとしたローブもいいが、確かに体のラインを強調する服も悪くないと。 メイド達は互いに頷いた。 今すぐお召し物を変えるべきだと。

 

 アインズは担ぎ上げられる。 胴上げでもするのかなとクサダはそう考えたが、そのまま神輿のように退室していった。

 

「し、失礼します。 デザートをお持ちしました……のですが、先程の騒ぎは一体……?」

 

 入れ替わるように料理長が入室して来た。

 

「衣装変えしに行ったよ。 今頃はメイドさん達に着替えさせてもらってるんでない?」

「そ、そうですか……」

 

 料理長は複雑な表情を浮べながらクサダの横までやって来ると、洗練された手つきで料理を配膳した。 真っ白な皿の上には、甘く煮られ半透明に透き通った林檎が乗っており、色取り取りのソースが幾何学模様を描いている。

 

「インテリジェンス・アップルのコンポート。 で、御座います」

「ありがとう、料理長。 相変わらず美しい盛り付けだ」

「お褒めの言葉、感謝いたします。 では、ごゆっくりどうぞ。 食後のお飲み物はいかが致しますか?」

「ホットコーヒーをマグでお願いできるかな?」

「ミルクと砂糖はいかが致しましょうか」

「いや、ブラックで頼む。 久しぶりの合成品でないコーヒー……余計なもので味を鈍らせたくない」

 

 料理長は「畏まりました」と一礼すると、退室していった。

 

 クサダはわくわくしながらコンポートを一口食べ「あンマァ~~ィ!」と表情をほころばせ  

 

「さて、今ならアインズさんの前じゃ聞き辛い事も聞けるよ?」

 

 と、フォークを口に含んだままそう言った。

 

「気付かれておりましたか」デミウルゴスはそう答え、疑問を口にした。

 

「1つ、気になっている事が御座います」

「なんだい?」

「なぜ、アインズ様はドクトル様を  

「博士でいいよ」

「失礼。 博士をナザリックに招き、食事に誘ったのでしょうか? ただ単に気を良くさせて協力の約束を取り付ける……そんな浅はかな狙いでは無いはずです」

「あ-それね……」

 

 クサダは皮肉げに笑うと、フォークの先で皿を突きコツコツと音を立てた。

 

「この料理は   『脅迫』だよ」

「……詳しく聞かせて頂けますか?」

 

 クサダの予想外な答えに、NPC達から、ほうと呟きが漏れる。

 

 そして、1言も聞き漏らすまいと集中力を高め、自らのものにせんとする。 守護者達が常に抱く『至高の御方の深遠なる智謀』に一歩でも近付きたい……その欲求が故に。

 

「料理ってのはね。 外交の場において1つの武器たりうるんだ」

「……ただの料理が武器に?」

 

 クサダは、セバスの疑問に頷きで返す。

 

「例えば材料。 何処で取れる物かで手の広さが見え、どれ程貴重な物かで組織の財力が見えるのさ。 刺身か、塩漬けかでその国の流通まで分かる事だってある」

「たしか……アインズ様は、メインディッシュに『フロストドラゴンの霜降りステーキ』をお選びになられんした。 これにも深い意味がありんすね?」

「その通り。 この世界にドラゴンが居るのかどうかは……まだ明らかじゃあないが、一般的に《ドラゴン=強い》と認識されてるはずだ。 だから、そんな強い動物の肉を食材としてだす。 つまり……」

「我々ハ容易ク龍ヲ屠レル。 ソウ言ッテイルノト同ジ……ト言ウ事カ」

「そそ、財力や国交…技術。 そして武力が透けて見える……いや、()()()()()()事で相手に無言の圧力を掛けることが出来るんだ。 つまり、アインズさんは、俺に外交戦を仕掛けてきたのさ。 シビれるねぇ……不意打ちだったよ」

 

 次々と感嘆の声が吐息と共に呟かれる。 アインズの張り巡らした深謀遠慮の一片に触れた守護者達は、あまりの智謀の深さに身震いを起こした。

 

「あ、あの…どっどうしてアインズ様はそ、そんな回りくどい事をするんでしょうか?」

「言質を取られない為さ。 『私は彼に脅されて仕方なく』って言い訳させない為にね。 しかも、都合が悪くなったら『其方が勝手に勘違いしただけだ』と突っぱねる事だって出来るからね。 切れる手札が多くなるんだよ」

 

 アウラが、次は私が質問するんだと立ち上がる。

 

「でもさでもさー! 料理って相手を選ぶんじゃないの? 例えばシャルティアならトマトジュースって具合にさー」

「吸血鬼だからトマトジュースを飲んでるとか思われるのは、どうしてなんでありんしょう……偏見はやめておくんなんし……」

 

 クサダはニヤリと、悪戯好きの子供のような笑みを浮かべた。

 

「実はな……この方法は、コストがやや掛かる以外デメリットが余り無く、相手もほぼ選ばねーんだ! まぁ、物理的に食事が出来ないとかじゃなければ、だけど」

「ええー! ちょ、続き早く早く!」

「例えば……頭の良いヤツなら国力差を感じ取って戦う前に降参するし、カネに困っている国の王とか商人なら金借りたり投資を募ったり出来るかもしれないから仲良くしたいって思うし、外敵に悩まされているのなら庇護下に入れる属国にして欲しいって思うだろうね」

「財力を見せ付けるには、例えばどんな料理が適当なのですか?」

「おっ、良い質問だね、セバス。 んーと、カレーが費用対効果が高いと思うぜ?」

「カレー、ですか」

「この世界で高額な、香辛料をたっぷり使ってるからね。 金貨の山を直接食ってるようなもんさ。 わが国ではポピュラーな料理ですーって言えば、大商人も目の色変えるぜ絶対」

 

 真剣な表情をしたアルベドが、小さく手を挙げた。

 

「どしたー?」

「……そこまで頭が回らない人間ならどうなるのかしら?」

「人間に限った話じゃないけどね……まーそうだなーアインズ様スゲー! ……ってなって終わりじゃない?」

「最も資金の無駄になりそうな相手のようね……」

 

 アルベドは呆れたように溜息を吐いた。

 

 この辺りで、守護者からの質問は一通り終わる。 途中、料理長から食後のドリンクを受け取ったクサダは、芳ばしい褐色の液体がたっぷりと入ったマグをゆっくりと傾けていた。

 

  ん?)

 

 そこで、シャルティアの様子がおかしいことに気付く。

 

「どったの? シャルティア。 なんか震えてっけど?」

 

 俯き加減で肩を抱く彼女は、見た目では寒そうに震えているようにみえた。 しかし、彼女は冷気に完全耐性を持つアンデッドだ。 寒さを感じるのは不自然である。

 

 酸素不要のアンデッドだというのに、息を荒げるシャルティアに疑問符を幾つも浮べていると。

 

「………ビッチ」

「……はぁん?」

 

 アルベドから短い侮蔑を受けたシャルティアが、斜に構えてアルベドを睨み付けた。

 

「所構わず盛るなんて……発情した雌犬以下じゃない。 畜生ですら場所は選ぶわよ?」

「おやおやおやおや……今までの行いを全て忘れてしまうなんて、可哀想な子でありんすねぇ。 この鳥さんは胸ばかりに栄養が行って、頭には  

 

 親指と人差し指の腹をくっつける。 ゼロだと言いたいのだろうか。

 

  これっぽっちも行かんせんでありんすねえ」

「おめーは何処にも行ってねぇな」

 

 クサダの口調が移ったのか、それとも興奮すると素が出るのか。 アルベドの即座の返しはキレッキレであった。

 

 凍りつく程の重圧と、燃え上がる程の殺気がぶつかり合う。

 

「「………」」

 

 睨み合う2人。 処置無しと、早々に諦めて距離を取る男性NPC達の行動から、クサダは答えを察すると自身の皿を避難させつつ席を立つ。

 

 ……爆発したのは、その数瞬後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェやんのかよォオアアァァ  ッ!」

「ブチのめしてやんよォオアアァァ  ッ!」

 

 

 

「また始まりましたよ……」

「え、何、よくある事なのコレ」

「なにしてるんだ2人共!? 100LVとは言え、女のお前達がデスナイトみたいな声を出すんじゃないぞ!」

 

 後ろを振り向くと、完璧にイタリアンマフィアの格好になったアインズがいた。 アイドルを追っかける少女達のように目をキラキラと輝かせたメイドが、彼の姿を祈るように手を組んで幸せそうに眺めている。 この状態の彼の両隣をセバスとデミウルゴスが固めれば、まさに組織のボスに見えること間違いない。

 

 ビシッと隅々までアイロンがかけられ、歩いても型崩れしない礼服と対照的に、マフラーがゆらゆらと振り子のように揺れている。 葉巻がとてもよく似合いそうであった。

 

「おーおー、スゲー似合ってんよアインズさん。 しっかし、もてる男は辛いねぇ」

 

 クサダはそう言うとカラカラと笑い、アインズは恨めしげにソレを睨みつける。 そして「人事だと思って……」と抱き付こうとする夢魔と吸血鬼の顔面を手で突っ張りながら呟いた。 骨の手の向こうの2人は、まるでタコのように唇を突き出していることだろう。 アインズは透視能力を得たかのように、そんな彼女らの姿を幻視した。

 

「少し、よろしいでしょうか博士」

「はいはい、何の質問かなデミウルゴス?」

「先程お借りした、料理のカタログに載っている  この『刺身』に興味がありまして」

「ほほー。 だがスマン、この料理は実は食ったこと無いんだ。 相当昔に環境汚染のせいで廃れてしまってね……」

「いえ、知りたいのは味ではなく、先程おっしゃっていた『効果』の事でして……もし(ドラゴンの)刺身を(滅ぼされかかっていて)困っている立場の者に提供した場合、恫喝と懐柔を1手で出来ますでしょうか?」

「え? うーん(魚介の)刺身かぁ~っ……(食糧難に)困ってるって言っても、生食文化が定着して無いとゲテモノとして見られるかもしれないよ? まぁ、栄養的にはビタミンが熱で壊れなくて良い手だとはと思うけど……」

「つまり、出来るが難しいと?」

「まぁ、鮮度の良さは強調できるね。 でもよー無理に生で食わさなくても、ライブ感を演出できる『ア・ラ・ミニュット』って言うんだが()()()()調()()()()って手もあるよ?」

「ほう、それはとても興味深いですね……」

 

 やや否定的だった『刺身』を使う外交の1手。 デミウルゴスは少しがっかりした様子だったが、クサダの示した代替案を聞くと、とても良い笑顔を浮かべた。 悪魔だと言うのに、それはもう無邪気な子供のように純粋な笑みだった。

 

(確か、あの料理の名は……活き造り、でしたか。 とても…とても興味をそそられる料理ですねぇ……)

 

 そして、後に来るであろう『ショー』の場面を思い描き、彼は期待に胸を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「イイ加減ニシロ2人トモ! 至高ノ御方ニ対シテ不敬デアルゾ!」

 

 コキュートスの怒号が響き渡る。

 

「し、失礼致しましたアインズ様! 罰をお与えになるのならいかようにも!」

「我が君のあまりの美しさに我を失ってしまいんした。 申し訳ありんせん……」

 

 冷静さを取り戻したアルベドとシャルティアは小さくなってアインズに謝罪した。

 

「良い、良いのだ2人とも。 お前達の好意は私としても嬉しく思う。 だが、お前達は私の大切な仲間が残していった親戚の子供のようなものなのだ……分かってくれ」

 

 アインズはそう諭すと、2人の頭を撫でる。 濡れた様に輝く髪が骨の間をさらさらと流れていった。

 

「親戚の子供、かぁ  っ」

 

 アインズが視線を横に向けると、クサダが分厚い本を手に難しい顔をしていた。

 

「NPC達は世継ぎの心配をしているみてーだが……まぁ、確かに、源氏が最終的に北条氏に乗っ取られてしまったように、外からの血を取り入れるってのはある程度のリスクがある。 無駄に親族増やすと危険だぜ……」

「デハヤハリ、ナザリックノ一員カラ選バネバナランナ」

 

 最初からナザリック外の者が血縁として入るのは、それが妾の立場であったとしても気に入らなかったのか、コキュートスは満足そうに頷いた。

 

 しかし、クサダはそれに苦笑いを浮べる。

 

「まぁーしかし……ハプスブルク家ってドイツ系貴族が居るんだが、そいつは政略結婚を繰り返したせいで奇形児の生まれる確率が高なっちまったんだ。 ホレ、これが肖像画なんだけどね?」

 

 クサダは資料のページを開いたままでアインズに手渡す。

 

「へぇー…ってアゴなっが! え、奇形ってそう言う奇形なのか⁉︎」

「アインズさんも長くね?」

「いやこれは外装だから」

「アインズ様のアゴは、良い長いアゴでありんす!」

「鋭角に磨かれた磁器のようで、大変美しいアゴだとアルベドは思います!」

「良い長いアゴって言葉……何だ? それと、アゴ連呼しないでくれないか?」

 

 そこで、クサダがアインズに手招きをした。

 

「あ、ちょちょちょ、突然だけどアインズさん」

「突然何なんだドクトルさん」

「遠い遠い昔のひとだから、ロングロング顎ーなんつって」

「うーわ、おもんな」

「ひでぇ」

 

 軽い笑いが沸き起こる。 何処か漫才じみたやり取りで、緊張していた空気は適度に解れ、和やかなムードが流れていた……その時だった。 彼の口から爆弾が投下されたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁそれでも、エジプト文明はホモは普通で、何より近親相姦が高貴な人たちの粋な嗜みだったとか。 自分の娘を嫁にして子供まで産ませてたらしいぜ?」

 

 アインズは、存在しないハズの血液が引いて行くのを幻覚した。

 

「まっ  たお前はそうやって余計な事を!!」

 

 そして、アインズの悪い予感は的中する。

 

「アインズ様ァー! 子を、子を作りましょう! 今作りましょうスグ作りましょうもう作りましょう!!」

「ほんの少し、少しで良いのです! 情けを! お情けを、アインズ様ァ  !」

「ムゥゥン……武人ノ間デハ、衆道トシテ嗜マレテイタト言ウガ。 ……オオ、若。 御戯レヲ……オ止メ下サレ、爺ハモウ年デスゾ……」

「お、お姉ちゃん! ぼく、アインズ様の期待に、こ、答えられるようにがんばるよ!」

「その意気よマーレ! あたしも頑張るから、あんたも精一杯頑張んなさい!」

 

 左右から100LV近接職にガッチリホールドされ、身動きが取れなくなる。 止める者は冷静さを失っているので、助けは期待できない。 というか参加しそうな雰囲気があるので下手に触れない。

 

 突如訪れた狂乱の宴へ参加するチャンスに、全ての女性NPCは参加を表明し、順番を決めるとか言ってじゃんけんをしだしたりしている。

 

「あー! やっぱりこうなったぁ  ッ! お、落ち着くのだ皆の者! ここはエジプトではないぞ! ちょ、くっ付くな! 柔よ……じゃない止めよ! コ、コラまさぐるな!」

 

 もしかして、クサダはわざとNPC達をけしかけているのでは? と考えたが、その本人はというと……

 

(両手に花のくせに、拒否するとか裏山死刑だぜアインズさん。 ちったぁ苦労しろやケッケッケ……)

 

 やっぱりアインズの考えた通り、故意に煽っていた。

 

 そう、アインズは失念していた。 自身と同じように彼もまた、狂気を体現した仮面の所持者だと言うことを……そして、気付いていなかった。 今までは裏山死刑する側だった立場が逆転し、裏山死刑される側に回っていることに……!

 

 アインズへと、血に飢えたゾンビのように群がってくる美女集団の隙間から、クサダ、デミウルゴス、セバス達が見えた。

 

「おーあったあった。 これがクレオパトラとプトレマイオスの家系図なんだけどね」

「何故…家系図に斜線が引いてあるんですかね……」

「ジジイと孫娘的な組み合わせだからじゃね?」

「これは……流石にやりすぎとは思いますが」

 

「お前ら冷静すぎだろぉ  !」

 

 そしてそのまま、暖かなふわふわに包まれてしまう。 肉団子に爪楊枝を刺したかのように、黒山と化した彼女達の中心からアインズの片腕が出ていた。 これがゾンビ映画ならば死亡確定シーンである。

 

 

 

「うわああああ  ! どうしてこうなった、どうしてこうなった!」

 

 

 

 絶対絶倫の危機! 美女集団の魔の手から、果たしてアインズは無事脱出できるのか!?

 

「こんなんで本当に敵対プレイヤーと戦えんのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後……体中に付いた口紅や唾液や粘液を洗い落とす為に、アインズは疲労困憊(ひろうこんぱい)の身体を引き摺るようにして風呂へと向かったのであった。

 




ドクトル「ダシに使えばNPCの説得も楽勝。 骨なだけに」
アインズ「あんのやぁろぉう」ゴシゴシ


このゾンビ。混ぜるな危険、ナザリック。



石鹸の加水分解、について。

 石鹸は予防可能な病気が蔓延するのを防ぐ上で欠かせない物質です。 日本で重症急性呼吸器症候群、通称SARSがあまり流行しなかったのは、洗剤で身体や食器を洗う衛生観念が行き届いていたから、という研究結果もあるくらいなのです。
 石鹸は油脂、つまり脂肪「酸」にアルカリを混ぜ加水分解させる事であり、鹸化反応とも言います。
 酸とアルカリが出会うと互いを中和し、後には水と塩が出来ます。 つまり、石鹸は脂肪酸塩なのです。


ライ麦、について。

 英語名では、ただのライと呼ばれることが多いです。 高さが1.5mから3mにもなるイネ科の植物で、寒冷な気候や痩せた土壌などの劣悪な環境に耐性があるので、主にコムギの栽培に不適な寒冷地で栽培されます。 ……が、近年では肥料や農法の進化によって、味の落ちるライ麦は生産量が激減しており、現在で消費されるのは小麦の半分以下です。 しかし、ビタミンB群や食物繊維が豊富なため健康食材として認知されており、昔と違って蔑まれる事はなくなりました。
 作付けが激減した背景から、少しの不作が価格の暴騰を引き起こすので、小麦のパンよりも高値で取引される事も。 昔と立場が逆転してしまった作物がライ麦です。
 麦角菌が子房に寄生すると、麦角アルカロイドと呼ばれるマイコトキシンという毒が発生します。 アルカロイドとは大麻やアヘンの成分です。
 麦角菌に寄生されたライムギは黒い角状のものを実の間から生やし、体積がキノコのように数倍になります。 これが麦角の由来です。
 麦角アルカロイドの毒性は、流産、末梢血管の収縮による四肢の組織の壊死、幻覚などの中毒症状で、この麦角菌中毒は中世に大流行し多くの人の命を奪いました。
 『狼と香辛料』でも、麦の毒として扱われています。

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