オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ


アインズ「えっ、今日カレー食って良いのか」
ドクトル「ああ……1杯食え……」
ドクトル「おかわりはないぞ!」
アインズ「うめ、うめ」



現在のナザリック生産物


・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・バケツ数杯の硫酸
・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・やや少ない量の過燐酸石灰
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント
・無料かつ莫大なエタノール
・プロトタイプの農業機械
・MPが続く限りの塩酸


ナザリックは売りました

セメント → 王国
食用油  → 王国
果物   → 王国
鉄材   → 王国
???  → 法国


ナザリックは買いました

法国   → 生ゴム


ハムスターも稼ぎたい

 陽が遮られた薄暗い森の中で1人の少年に導かれた戦士は、地に落ちた腐った枝葉を踏みしめながら歩いていた。

 

 闇を凝縮したかのような重鎧(フルプレート)に、生き血で染めたが如き真紅の外套(マント)がたなびき。 丸太を彷彿とさせる両肢には、巨大な両手剣(グレートソード)が一対、無造作に握られていた。 冷たい輝きを宿す(やいば)は鋭利に磨き抜かれており、獲物の喉笛を喰い千切る時を今か今かと待ち望んでいるかのよう。

 

「では、今日の採取はこの辺りでします。 よろしいでしょうか」

 

 天を衝く様な長躯の彼は、アインズ……又の名を  

 

「モモンさん」

 

 モモン。 冒険者モモンと言った。

 

 金の髪で目元が隠れた少年  ンフィーレアの問い掛けに、アインズは鷹揚に頷く。 そして、まるで自分1人居れば全てカタが付くとばかりに、ブ厚く大き過ぎる両手剣を軽く振るい、鋭い風切り音と旋風(つむじかぜ)を巻き起こした。

 

「う、お、お! マジかよ、両手剣を小枝みたいに!」

「なんという……只者ではなかろうと考えていたであるが、やはりモモン氏は……!

 

 異形種の筋力を用い、大振りの武器を、適当に振るっただけでこの反応。 皮肉を言われている気分になるが、彼等の表情を見れば違う事が丸分かりだ。 つまりは、全て本心から出た言葉。

 

(なんか……幼稚園児の前で、大人って凄いだろーってやってるみたいで……これはこれで恥ずかしいな)

 

 だが、ベッドの上で悶えたくなるような思いをしたおかげで、1つ分かった事がある。 やはり、この世界の平均レベルは低い。 いや、ガゼフ程度の技量で王国最強だなんだのと言っている時点で色々と察していたのだが、もしかしたら『軍の中で』の(くく)りなのかも知れないし、優秀な(つまりLVが高い)人材が偏った組織にだけ集まっているのかも知れなかったからだ。

 

(これなら、予定通り『森の賢王』とか言うモンスターを目の前で殺してみせれば名が売れるな)

 

 クサダから貰った剣技の歴史本を読み、ヤケに興奮したコキュートスに稽古を付けて貰った。 本職のように……とはいかないが、もし賢王とやらが予想外に強かったら「守りながら戦うのは難しい」と、ユリとナーベラルにンフィーレア達を連れ出させればいい。 後は戦士化を解除して〈心臓掌握〉(グラスプ・ハート)を……いや、只の〈死〉(デス)で十分か。

 

 その様な事を考えながら、黙々と採取を進めるンフィーレアを観察しつつ、アインズは昨日の事を思い出す。 彼が、アインズ(ひき)いる冒険者チームに加入したいと言い出した時の事を。

 

(村を守る力が欲しい、か。 全く、本当に守りたいのは別の者だろうに)

 

 ンフィーレア・バレアレ。 彼には、何のペナルティー無く全てのマジックアイテムを使用出来る能力がある。

 

 そう、ソレは例えHP5%以下でないと使用出来ない火事場アイテムだろうと、習得していない魔法が込められた巻物(スクロール)だろうと、前提条件を全て無視し問答無用で起動させられる。 もしかしたら、ギルド武器ですら装備できる可能性すらあるのだ。

 

 捨てるには惜しく、喪うには尊い。

 

 アインズとて、助けを求められれば手を差し伸べるのはやぶさかでは無い。 ンフィーレアの様に貴重な能力を所持していれば、なおの事である。 しかし、彼は救いではなく教えを乞うた。 只々誰かに救いを求めるでも無く、自分の力で事を成そうとする姿勢は、アインズにも好印象であった。

 

 学校教育のシステムが存在しなかった大昔は家庭教師を雇うのが一般的であったが、資金が用意出来ず無学の内に大人になる事は珍しく無かったと、アインズは歴史に詳しい仲間から聞いた事があった。 知識や技術とは財産であり、文書を読み、記録を書き、計算が出来れば、それだけで公務員にすらなれる程である、と。

 

(しかし、教えを請いたいが金が無い。 だから、下働きでも何でもする……だったか)

 

 中世に限らず、労働力を対価に教育を受けるシステムは珍しく無い。 丁稚(でっち)、又は弟子と呼ばれるシステムの事だ。 弟子になる場合は働きながら一人前を目指すのだが、別の方法もある。 最初は下働きなどをさせずに教育のみを施して短期で自立させ、その後一生上納金を収めさせる……と言う方法だ。

 

 非情と思うことなかれ。 それ程までに()()()()()()なモノなのだ。

 

 正直言って、ンフィーレアの能力は喉から手が出る程貴重だが、だからと言って彼をナザリックに加入させる事は出来ない。 一定の社会的地位がある彼に、不意な拍子に異形である事がバレる可能性があるからだ。 少なくとも、そこらのアンデッドとアインズは違う……と自発的に考える様になるまで、アインズの正体は知られてはならないのだ。

 

 アインズはふと、顎から落ちる汗すら拭わず作業を進めるンフィーレアの表情を伺う。 想像した通り、前髪の隙間から覗く彼の目は真剣そのものであった。 元から真面目だったのもあるだろうが、昨日クサダに諭されたのが効いているのだろう。

 

 そう、あれはプレアデスの2人に番を任せ、一旦ナザリックに帰還しようとしていた夜の事だ。 突然、ンフィーレアは「自分を鍛えて欲しい、知恵を授けて欲しい」と頭を下げてきた。 だが、クサダは困った表情を見せ断ったのだ。

 

「少年、キミは勘違いしているよ。 科学は万能じゃあ無いし、そんな素晴らしいモノでも無い。 むしろ、忌まわしき歴史から発達した技術なんだ」

「そんな事は…… ですが、実際に村は貴方の教えのおかげで豊かになっています。 突然の不幸で沢山の方が亡くなって、村の存続すら(あや)ぶまれていたのに……今は……!」

「うん、そうだね。 ……だけど、ソレは科学技術のとある一面にしか過ぎない。 ……なあ、少年。 護りたいと言っていたが、つまり君が欲しいのは殺しの技術だろう?」

 

 口籠るンフィーレアに、クサダは淡々と……そして抑揚の無い声で続けた。

 

「科学ってのは、少年が考えている程()()()()モノじゃあ無いんだよ。 むしろ、守るハズだったモノの亡骸を積み上げた(いしずえ)にのみ成り立つ殺戮の証だ。 ……千の人を守るため、万の犠牲を支払って、億の死体を積み上げたソレが科学なのさ。 ほんの少し土を(さら)えば、すぐに死体と汚泥が暴露する、過去に生きた人類(ひと)(ごう)なんだよ。 名を変え、学問として定義されては……いるけどね」

 

 守るべき者の為、相当に食い下がってみせたンフィーレアだったが、こうして諭す様に言うと不詳不詳と言った様子で了承した。 もちろん、修行の旅にでも出られて野垂れ死んでもらっても困るので、出世払いだと貸しを作り、常識の範囲内での技術や知識を教える事で手打ちとして。

 

(まぁ、ドクトルは最初からカルネ(あの)村に技術指導するつもりだった様だが、な。 何を企んでいるのか知らないが、彼に恩を売れただけ良しとしよう……む?)

 

 採取を始めて半刻が過ぎた所で、ルクルットが地に耳を当て気配を探っているのが見えた。

 

「何か……来るぞ。 かなり大きくて、すばしっこい奴が」

 

 それは、緊張と覚悟が織り交ぜられた硬い声だった。

 

 来たか、予定通りだな。 と、アインズは心の中で満足そうに頷くと、地面に突き立てておいた2振りの両手剣(トゥーハンデット)を引き抜きく。 そして、血振りの要領で刀身に付着した土を払う。

 

「お客様のご登場か。 ユリ、ナーベ、歓迎するぞ」

「はい、モモンさん」

「仰せのままに」

 

 一歩踏み出す。 さぁ、待ちに待った見せ場が来た。 アインズは興奮と高揚を感じ、気を引き締める。 今度こそ邪魔は入らない。 当然、クサダは村に居る。

 

 やがてハッキリと耳に届く足音。 近く、そして大きい。 剣先を重ね、Aの字に構えて防御の姿勢を取った。 左前方から風切り音。

 

  !」

 

 緑色の何かが急接近する。 刹那、衝撃が腕に伝わった。 ガツンという爆音と、ガリガリと金属同士が擦れる音が合わさった、なんとも耳障りな騒音が森に木霊(こだま)する。 ソレ、を(つか)近くまで滑らせ、弾き返しながら見る。 ソレは太い、しなる丸太の様な……鱗を持つ何かであった。

 

 アインズは舌打ちを1つ。 ユグドラシルでの双剣は手数が増える代わりに威力ペナルティがあり、LVが上がる  つまりスキルを取る  とペナルティが軽減される大器晩成型だったが、現実の世界ではカウンターがメインの闘い方だ。 あのような長い鞭で遠距離攻撃(アウトレンジ)されては防戦一方。 面倒極まる。

 

 一方、アインズに受け流された暫定・鞭は、驚いたかの様に1回波打つと、スルスルと下がって行き木々の間に消える。 同時、臓腑を揺さぶる様な重々しい声が発せられた。

 

「ほう。 (それがし)の初撃を、受けるのでは無く完全にいなすとは……敵ながら天晴れでござる」

 

 それがし? ござる? 何を言ってるんだコイツは。

 

 挑発されているのでは、と思ったアインズだったが、この世界では言葉が自動で翻訳される事をふと思い出し……苦笑い。

 

「我が名は森の賢王、この場一帯を支配する魔獣にござる。 さて、侵入者よ。 今すぐ背を見せ逃走するのであれば、先の見事な防御に免じ追わぬでござるが?」

「まさか。 たかが獣に恐れを成しては名が廃る」

「……言うではござらんか侵入者よ! では某の威風。 その目に焼き付け恐れ慄くがよい、でござる!」

 

 ガサガサと茂みが揺れ、ゆっくりと姿を表したのは  

 

「ば、かな……まさか……」

「ふふふ。 流石の貴殿も、某の威容には言葉もござらんか」

 

 銀と濃灰の毛皮を持つ、巨大な  

 

 

 

「ハムスター……だと……?」

 

 そう。 茂みの奥から現れたのは、くりくりとした瞳が愛くるしい巨大ジャンガリアンハムスターだった! ハムスター、だった……

 

(は、外れだ。 それも大外れだ。 くそう、ここまでアテが外れたのはガチャイベントにボーナス全部突っ込んだ時以来だ)

 

 楽しそうに近接戦闘をしていた嘗ての仲間を思い出し、ならば自分もと考えていたアインズは、大きく肩透かしを受けた気分であった。 せめてもの救いは、クサダがこの場に居ない事か。 居たら居たで笑い転げて役に立たないか、又は()()()()()かの2択なのだから。

 

「ユリ、ナーベ。 予定通り私が殿(しんがり)を引き受ける。 全員連れて、一度村へ戻れ」

 

 声に現れる苛立ちを隠そうともせず、アインズは指示を飛ばす。

 

「はい、モモン様は如何なさいますか」

「ナーベ。『様』ではない」

「しっ、失礼致しましたモモンさ  ん」

 

 全く。 何時になったら、テンパると様と呼んでしまう癖が治るのだろうか。 そういえば、エ・ランテルの冒険者組合でも様付けで呼んでいた。 ルクルットにカン付かれた原因の一端はナーベラルにもあるかもな、とアインズは嘆息を1つ。

 

「……はぁ。 とりあえず、私はこのハム……魔獣を倒してから戻る」

「はい、お気をつけて」

「な! 無茶だモモンさん!」

「ペテルさん。 何かあった時、殿は私が担当すると、事前に決めたハズです」

「で、ですが! これは……あまりにも……!」

 

 アインズは、ゆっくりと剣を構え、再び防御の姿勢を取る。 拳は腰の高さに、剣は目線の高さに、刃先は敵に向ける、Aの字の構え。

 

「ほう、一騎打ちでござるか。 全員で掛かって来ても良いのでござるよ?」

「馬鹿言え。 巨大ハムスターと戦う姿など他人(ひと)に見せられるか」

 

 奇襲するでもなく、じっくりと此方の様子を伺っていた巨大ハムスターに、アインズは疲れたように言った。 成る程、確かに(さか)しくはあるようだ。 片言の言葉で襲って来たゴブリンやオーガよりは、だが。

 

「モ、モモンさん!」

「……何ですか、バレアレさん」

「で、出来れば殺さずに追い払って頂く事は出来ませんか」

「理由を聞いても?」

「む、村にモンスターがやって来なかったのは、森の賢王の縄張りがあったからで……もし、その魔獣が居なくなると……村が……」

 

 ふむ。 と一瞬考えて、アインズは巨大ハムスターに問いかける。

 

「だ、そうだが。 お前が村を守っていたのか?」

「預かり知らぬ事にござる。 某の縄張りに入った者は残らず狩り殺していたでござるから、結果的にそうなったのでござろう」

「成る程、そう言う事なら  」 鷹揚に頷いて、アインズは宣言する。「そうしよう」

 

 挑発と受け取ったのか、巨大ハム……魔獣の銀毛が逆立ち巨大化する。 アインズの目には、丸く膨れた様にしか見えなかったが。

 

 気圧されたかのように息を飲んだペテル達がユリに連れられ離脱する気配を背中で感じながら、ギャラリーの退場にアインズはホッと胸を撫で下ろす。 ()()()()()と闘っている姿を褒められても、逆に冷やかされている気がするに決まっている。 具体的には語尾に(笑)が付いている感じだ。

 

「さあ、行くでござる……よ!」

 

 ググッと身を屈めた魔獣は、一気に跳躍しアインズに迫る。 爆発さながらの急加速と、大きな体躯から繰り出されるタックルだ。 見た目通りの体重であろうソレをマトモに受け止めては、全身を満遍なく打ち付けて吹き飛ばされるだろう。

 

 しかし、アインズは動じない。 グッと地を踏みしめ、剣を構え待ち受け  

 

 再び、トゥーハンデットは金属音を響かせながらソレの突撃を逸らして弾く。 その体捌きはまるで、平泳ぎをするかの様に滑らかに。

 

(なんだ、フワフワの毛皮じゃあないのか。 金属音……いや、そう言えば確か、爪と髪の材質は密度が違うだけで同じだと聞いたな。 ならば、爪が武器になる魔獣の毛が柔らかく無いのも、まぁ別に変じゃあない……か)

 

 目の前の戦いに、何となく集中出来ないアインズは、その様な事をぼーっと考えながら魔獣の突進や爪を捌く。 右から来た鋭い爪を右の剣で軌道を逸らし、魔獣の側面に回り込みながら身体を捻り、作った隙へ向けて左の剣を右から突き出す。 トリッキーな動きだが、これこそ双剣の基本戦術だ。

 

 突き出したトゥーハンデットが魔獣の脇腹を掠める。 パッ  と、輝く銀毛が風に舞った。

 

「むう、でござる! 某の体毛を切り飛ばすとは、其方(そなた)の剣、中々の業物にござるな!」

 

 危機を察知したのか、魔獣は4足全てを使って跳躍。 全身のバネを使ったバックステップは、アインズとの距離を一気に開かせた。 こうしてまた、間合いが開く。 魔獣の尾が、ゆらりと波打つ。 打ち据えられる尾。 逸らす。

 

「1つ気付いたでござるが、其方。 某の尾を逸らす時は、足を止めねばいけないようでござるな」

「……チッ、面倒な」

「少しズルいでござるが、命の奪い合いに禁じ手は存在しないでござろう? 其方の剣、少し厄介にござるからして。 このまま一方的に攻めさせてもらう、でござるよ!」

 

 四方八方から攻め立てる伸縮自在の尾は、翡翠色の軌跡を描いてアインズに殺到する。 上から、下から、左右から、まるで防御の甘い部分は何処かなと探りを入れるかの様に。

 

 アインズは、どうしたものかと考える。 二式炎雷ならこの程度の手数、楽々と回避して間合いを詰めるだろう。 武人武甕雷ならさほど苦もなく、迫り来る尾を斬り飛ばすだろう。 たっち・みーなら無理に避けず、正面から受け止め叩き伏せるだろう。 ならば、アインズはどうか。

 

(………ええい、糞が。 ごちゃごちゃ考えるのも面倒だ。 そもそも、なんで巨大ハムスターなんかと大真面目に戦わなければならないんだ馬鹿らしい)

 

 ある程度拮抗していた力量。 お互いに決め手を欠いた泥仕合。 特に、相手の見た目が巨大ハムスターと言う点が、アインズの精神をゴリゴリと疲弊させていたのだ。

 

 何もかも面倒になったアインズは、さっさと終わらせるべく双剣の基本の構えを解き、魔獣に側面  つまり左肩  を晒す。 剣を目線の高さに持ち上げ、(きっさき)を威嚇する様に魔獣へ向ける。 これは、防御を鎧に任せ攻撃に集中する、日本の鎌倉武士が好んだ戦術だ。

 

 過去、鎌倉武士は『大袖』(おおそで)と言う、強化された肩部の装甲で攻撃を受け止める事で、弓を含む両手武器を効率良く運用した。 魔力によって作成した全身鎧に身を包むアインズも、ソレに倣うつもりなのだ。 これぞ、肉を  無いが  斬らせて骨を断つ、攻撃的な構えである。

 

 一方、突然構えを変化させたアインズに魔獣は警戒したのか、攻撃を一瞬躊躇してしまう。 好機と見たアインズは突撃する。 魔獣は迎撃に尾を叩きつける。 2つの大質量が空中で衝突し  

 

「なんと!」

 

 自慢の尾が鎧に弾かれ、魔獣は驚嘆の声をあげた。

 

 硬質な尾が叩きつけられた爆音も、ビリビリと装甲板を震わせる衝撃も意に介さず、アインズは無人の野を征くが如く猛進する。 まるで、重戦車を思わせる程の装甲であった。 魔獣が後ろ足で立ち上がり、両前足を同時に振るう。 バックステップで避けられるが、左右に迫り来る鋭爪をあえて剣で受け止める。 必然的にガラ空きとなった魔獣の腹へ、装甲靴の爪先を叩き込んだ。

 

 どむん。 くぐもった音と、薄い金属板を貼ったゴムタイヤの様な感触。 生前の生身であれば足を痛めたであろう一撃も、不死の身体になった今では造作も無い。 それどころか、厚い毛皮と筋肉に守られた腹部へ、容易く爪先がメリ込んだ。

 

 体をくの字に折り曲げ、慌てて後退する魔獣。

 

「ふむぅ、何という武威にござるか。 ここまで侵入者に手を焼いたのは、某も初めてでござるよ。 いやあ、それにしても素晴らしい鎧にござるなぁ。 某の尾をまともに受けて、傷すら付かぬとは」

「……傷が付かないのが珍しいか?」

「そうでござるなぁ。 某もそこそこ長く生きてござったが、そなた程武威に溢るる戦士と合間見えたのは初めてでござる。 某も久しぶりに(たぎ)るでござるよ。 血湧き肉躍る、と言うヤツでござるな」

「初めて……戦士……」

 

 元から少なかったアインズの戦意が、魔獣と会話した事によって急激に萎んでいく。

 

「はぁ……失敗だ。 そもそも、巨大ハムスターの時点でもう無理だ」

「むむっ、敵前で構えを解くとは……どうしたでござる! さあ、命の奪い合いをするでござるよ!」

「もういい、飽きた。 見た目に惑わされている可能性もあると考えていたが……それも無さそうだしな」

 

 アインズは疲れた様にかぶりを振ると、剣を魔獣に突き付けスキルを発動させたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 カルネ村に戻って来たアインズは、事の顛末を知らせる為クサダ達と合流した。 そして、アインズがざっくり経緯を説明すると、クサダは呆れ顔で言った。

 

「ふむ。 昔の人は言いました。 人、鳥の血に哀しめど魚の血に哀しまず。 声ある者は幸いなり」

「……何が言いたい」

「可愛いは正義」

「身も蓋も無いな」

「実際、猿とかキメラとかだったら斬り飛ばしてたっしょ?」

「まぁ、そうなんだが……」

 

 アインズは歯切れの悪い返事で言葉を濁す。 クサダとしても巨大ハムスターが出てくるとは思いもよらなかった為、気持ちはよくわかる。

 

「で、これが『森の賢王』っての? ブチのめして連れて来たと?」

「正確には支配下に置いたんだが……まぁ、そうなるかなぁ」

「いや…どっからどー見ても、ケツからアスパラガス生えた巨大ハムスターじゃんか……」

「うーん、言ってしまえばそうなんだが……」

 

 想定外過ぎて、これからどうするか頭を悩ませる2人。 一方、ユリとナーベラルに連れられ離脱していた面々は、唖然とした表情でハムスターの前で立ち尽くしていた。 愛くるしいハムスターとは言え、白熊サイズともなれば圧倒されるだろう。 絶句したとしても、さもありなん。

 

 だが、巨大ハムスターを目にした面々の印象は、想定の斜め上……予想外のモノだった。

 

「はじめましてにござる! 我が名はハムスケ、元の名は森の賢王にござる。 殿より頂いた立派な名に恥じぬようこのハムスケ、より一層邁進する所存。 これからも宜しくお願いするでござる!」

「凄い、なんて立派な魔獣なんだ!」

「流石はモモン氏であるな!」

「スゲェ! これ程の魔獣を、たった1人で従わせるとは!」

「僕達だけの力では、一方的に殺されるだけでしたね」

 

 相変わらず口調と見た目がミスマッチしている巨大愛玩動物が、短い手足を振り振り挨拶する。 何処からどう見ても「可愛いらしい」以外の感想など出て来そうも無いのだが、在ろう事かペテル達は目を零れ落ちんばかりに見開いて、口々に肯定的な感想を口にした。

 

 これでは、その辺で拾って来た仔犬のように「あった所に捨てて来なさい」とは行かないだろう。 殿とか言ってしまっているし、何が何でもついて来ようとするだろう。

 

 2人はナーベラル達に聞こえぬよう、ヒソヒソと声を潜めて相談する。

 

「どーすんのコレェ! ネズミは1日に自分の体重の30%近く食うから、1日で200kg以上食ってもおかしくないぞ!」

「えっ……うう、む。 …………どうしよう」

「どーしよー、っじゃなくってさぁ!」

「カ、カルネ村で飼ってもらうとか」

「作物全部食い付くされるって!」

「うっ……じゃ、じゃあ……連れて行くしか無い、か……?」

 

 嵩む食費に押し潰される未来を幻視し、2人は深ぁ〜く溜息を吐く。 ここでクサダは、これ以上考えても無駄と話題を変えた。

 

「それにしても、現地人のペテルやンフィーレア少年、ユリまで賢そうだって言っている所を見ると、俺達には感じられない何か別の視点で……例えば『勘』のようなもので判断しているのかぁ?」

「勘、か。 ううむ……第10位階に〈第六感〉(フォアサイト)と言う魔法があるが」

「それは無いだろ。 召喚されたゴブリンはアルベドとのLV差に何となく気付いてたみたいだし」

「スキルや魔法以外の、何らかの能力か法則で察知している……か」

「そう言やぁーここの生物は『殺気』とかの、謎オーラを察知出来るらしーが  ああ、そうか……」

 

 ここでふと、ある可能性に気付き……クサダは思わず舌打ちを1つ。 

 

「なあ、モモン」

「何だ急に改まって」

アイツ(ハムスケ)ってよぉ、ひょっとしてNPCなんじゃあねーのか?」

「……ふむ。 成る程」

 

 何故そうなる? と、前提をスッ飛ばして紡がれた突飛な説にまるで付いていけなかったが、とりあえずアインズは同意しておく。

 

「哺乳類で多産のネズミが、兄弟どころか親の顔すら見た事がねぇなんて流石にありえねぇ。 いくらネズミでもそれくらい覚えるし、寿命が長過ぎるぜ。 そもそも喋るってのが変だ」

  ああ。 出所不明……寿命も不明。 確かに、NPCなら寿命なんてあって無いようなモノだからな。 プレアデス  いや、プレイアデスが末妹も人間種だが……」

「生まれつき不老、と」

「うむ」

 

 短く相槌を打ったアインズの声は、多分に緊張を孕んだものだった。

 

「そういやぁ、森の隣にカッツェ平野とか言う地域があったが   ドイツ語で猫平野、ねぇ。 偶然にしちゃー出来過ぎなのか、それともタダの考え過ぎか」

「ドク……ソレはつまり、NPCは拠点を失うと記憶まで喪ってしまうと……?」

「さあ、どうだかね…… そもそも記憶ってーのは、脳ミソが正常に動いてりゃースタンドアロンで機能する構造(モノ)なんだから、ギルド拠点との繋がりを失うと記憶が消えるってのはなぁ。 クラウドコンピューティングじゃあないんだから変じゃねぇかな」

「ううむ。 例えると……圏外になると携帯電話のデータがそっくり消える、みたいなモノか」

「だね。 まぁアレがNPCかどうかなんざ、こじつけも良いとこなんだが……臭えな。 キナ臭さが鼻について仕方ねーぜ」

 

 渋面を作ったクサダは、そう吐き捨てた。

 

 クサダは気に入らなかった。 全くもって気に入らないのだ。 魔法の存在もさる事ながら、ルール説明すらしない癖に『ヘマしたら全て失う』だなんて、糞ゲーもいい所だ。 何処(どこ)ぞの没入型オンラインゲーム並に糞だ。 しかも、糞の癖に詰まらなくは無い所が、更に癪に障る。

 

 確かに、何の説明もなく世界(フィールド)に放り出されるのはリアルでも同じ事だった。 ああそうだろう。 この世に創造神とやらが存在するのなら、何処かの糞製作の様に、性根が絶望的なまでに腐りきっているに違いない。 どうせ高みの見物をキメ込んで、我々プレイヤーが右往左往するさまを嗤って見ているのだろう。

 

 ならば、とクサダは不敵に笑う。

 

 悲鳴を、涙を望むのならば「嫌なこった」と嗤ってやる。 騙し、殺し、争う芝居を観たいのならば、徹底的に()()()()()してやる。 文句を言われる筋合いなどない。 ただ見ているだけの神など登場人物ですら無く、よく言ってタダの観客でしか無いのだから。

 

 クサダは天邪鬼なのだ。 そう簡単に、思い通りに動いてやるものか。

 

「まあ、いいさ。 よーするに、1度通った道をなぞるだけなんだからよぉ。 精々、暗闇を手探りで暴き出し、未知を既知にするような冒険をしてやるさ。 精々、面白可笑しく2周目の命を楽しませて貰うとしよう! まっ、俺ゾンビだけどな」

 

 そう、()()()ではダメだった。 ならば、()()()で上手くやればいい。 余計な物(まほう)の存在が目障りだが、飽きさせない為のテコ入れだと思う事にしよう。

 

「2周目、か。 まぁ、確かにそう思っておけば……気が楽、か」

「なあに、なぁーんも難しいこたーねぇさ。 人類はゼロから科学を発展させて来たんだからよ。 今はワケ不明な魔法も調べてみりゃー結構単純かもしんねーし、コッチはズルして2周目モードなんだから。 楽勝、楽勝ゥー」

 

 カラカラと笑うクサダに、アインズは溜息を1つ。

 

 全く、どこからそんな自信が湧いてくるのだろうかこの男は。 どこまでも楽観的な考えに、アインズは「だといいがな」と言った。 (こぼ)れるように発せられたアインズの呟きは、見上げた空へ溶けるように消える。 燦々と照り付ける太陽が我が物顔で居座る空は、どこまでも高く、そして抜けるように青かった。

 

 

 

 そして、こうして青空を見上げていると。

 

「……かもしれないな」

 

 訳もなく、アインズにもそう思えたのだった。




・白兵戦術、について。

イタリア剣技において、白兵  人種ではなく、白刃と言う意味  戦には、『時』『距離』『構え』『流れ』の4つの要素があるとされています。
この要素をしっかり把握している者こそが『達人』と呼ばれます。

『時』とはタイミングの事です。 タイミングは、攻撃出来る>カウンターを狙える>受ける>避ける>反撃する。 と、このように推移します。 
この判断を誤ると、敵からの攻撃が自信に命中する確率が高まり、逆にこちらの攻撃が失敗する確率が高まります。

『距離』とは間合いの事です。 遠くても近くても攻撃し辛くなるので、自分が持つ武器の特性や得意な距離をしっかり把握する事が重要です。
適度な距離とは『移動せずに命中する』距離から『1歩踏み出す』までの距離で、1歩でも下がらなければいけない場合、近過ぎです。

『構え』とは姿勢の事です。 状況に合わせた正しい構えを取ることで、敵の攻撃を安全に防いだり、スムーズに攻撃へ移す事が出来るようになります。
基本的に、武器を用いた構えは受けによる防御を重視し、攻撃はカウンターを重視します。

『流れ』とは、移動や行動の自由度の事です。 上手い構えで上手い行動が出来れば、相手より有利に行動できます。
有利な流れを構築できれば、タイミングも距離もこちらが自由に出来るので、勝率がグンと高くなるでしょう。



装甲・鎧・具足、について。

刃物を持った相手に、素手かつ非装甲でどう対処するか  という戦術の議論がありますが、素手かつ鎧もなしでは、相手が他所見でもしていない限り対処不能です。 そもそも、素手で刃物に対抗出来るのならば鎧は発達しません。

世界初の金属鎧は、紀元前6世紀・古代ギリシャの青銅製の物です。 青銅はそこそこ柔軟だった為、鉄器が発達した後も鎧の素材として好まれました。
その後時代は進み、ローマ帝国時代には板金鎧のロリカ・セグメンタタと、鎖帷子であるロリカ・ハマタの組み合わせが用いられました。 しかし、鉄製のこれらは錆に非常に弱く「毎日の手入れが大変だった」と記録がある程です。
一方日本では、茶葉に含まれる『タンニン』が防錆に使える事が知られており、コレによって武士が来ていた鎧が黒っぽいのは防錆を狙った為でもあります。

人間が身に着けられる装備の重さは30kgが限界だとされており、それ以上の重さになると行軍出来なくなってしまいます。
戦闘民族と名高い鎌倉武士は総重量25~30kg(兜や武器を含めると35kg以上)もある『大袖』又は『大鎧』を着ていました。 フルプレートが20kg程度で、米軍が採用したIOTV防弾ベストですら15kg未満である所から、その重さの凄まじさが分かります。

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このように、左肩の袖を盾のようにして身を隠して構えます。 刺突が主な攻撃方法でした。

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