オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

謎ゾンビ「来いよ運営ィ……服なんて捨てて、掛かって来い!」


サバイバルで稼ぎたい

 現在位置は湖の畔。 上空で機嫌よく高笑いしていた時にふと気付いたんだが、けっこう近くに、昔絶滅した『瓢箪』と言う果実に似た形をした湖か池か沼のどれかがあった。 ちょっと遠くて俺のステータス&スキルじゃどれなのか解りませんね。

 

 そこからの距離は15kmって所か? リアルの大気とは大違いの透明度に、ちょっと感動しつつ<飛行(フライ)>の効果が切れる前に向かうことにしたんだ。 移動中のポーズはもちろん、腕を組んでの仁王立ちだ。 堂々たる姿でカッコ付けたかったワケではない。 ただ単に、昔の動画で見たような、両手を伸ばして弾丸のように飛ぶのは首の角度的に前が見辛いし、自分より上は全く見えないし、それに何より姿勢の維持がキツかったんだよ。

 

「さて。 まず何をするか、だが……目標がねーんだよなぁ」

 

 太陽の光を鏡のようにキラキラと反射している、尋常ではないほど透明な真水   リアルではクソ貴重品かつ高額だった   の前で、俺は途方に暮れていた。

 

 先程威勢のいい事を言ってみたは良いものの、なんというか……その……なんだ。 一言で言うならば『始まる前に終わっていた』って感じだった。

 

 俺の種族はゾンビでアンデッド。 死体は2度も死なないから不死だっつー何だか納得できるような出来ないような理由の不死者だ。 じゃあ機械のオートマトンも不死なんじゃねーのか。 ……まあいいや。

 

 アンデッドは眠らない。 死体は生きていないので、眠る必要が無いからだ。 寝ようと思っても寝られないのは先程試した。 別に手持ち無沙汰だから不貞寝したわけではないぞ。

 

 アンデッドは疲れない。 死体は生命活動をしていないので、疲労物質が発生しないからだ。 これも先程、20分くらい全力疾走する機会に恵まれたお陰で、証明済みだ。

 

 アンデッドは食べない。 死体はあたり前だが死んでいるので、カロリーを消費しない。 新陳代謝も止まっているので汗もかかず、総じて喉も渇かない。 ソンビなのに飲食不要なのは……ちょっと変だが、そーゆー仕様なのだからしょうがないだろ。 腹が減らない、つまり空腹を感じないだけで食えないわけではないんだが。 まぁ、料理系バフが得られないのは、ユグドラシルの時と一緒だろうと思う。

 

 ふと思ったのだが、今の俺の動力は何なのだろう? カロリーを消費しないって事はつまり、今の俺は永久機関って事か? 超エコじゃん俺。 無意識かつあたり前の様に無からエネルギーを生み出す俺、スゴイ。

 

 ……話が逸れたが、今の俺の状況を纏めると。

 

 餓死しないように食料を集める必要が無く、凍えないようにする居住地も必要無く、疲れを取るために休む場所すら必要としないという事だ。

 

 うん。 これサバイバルゲーだったら積んでるわ。 遊ぶ気すら起きないって意味の積みゲーだぞ! チートはゲームの寿命を縮めるんだよ……

 

 くっそー。 だが、こればっかりはしょうがないと割り切るしかない。 考えれば考えるほどアンデッドっつーのは、ブラック企業専用・最終社畜兵器にピッタリすぎてビビるぜ。

 

 うむ……こうなったら発想の転換が必要だな。 逆に考えるんだ。 目的の為には手段を選ばないつもりだったが、手段の為には目的も選ばない事にしよう。

 

 ではそうと決まれば……せっかく自然があるんだ。 『サバイバル生活』ってのを満喫してやろうじゃねえか。

 

 設定はそうだな。 船が沈没して無人島に漂着……あのキッタネー海に浸かったら即死だな。 無し無し。 えーっとじゃあ飛行機事故でってことに……ダメだ、残骸とかで道具を作りたくなる。 ……よし、マッドサイエンティストがタイムスリップ装置を作ったら、事故って俺がクソ昔に飛ばされたことにしよう。

 

 先立つものが必要って事で、先ず最初に石器……石斧作りだな。 作り方は簡単だ。 本で読んだからな。 石と石を衝突させて鋭利になるように割るだけで刃先で作れるから、その石を先を割った棒で挟んで結べば良いだけだ。

 

「こんなもん楽勝にきまってんだろーがよぉ~~ その辺の石をこう……ホイッと」

 

 片手に1つずつ持った石を、車両の正面衝突のようにパコーンとぶつけた。

 

 結果は砕けた。 パコーンと砕け散った。 粉々だ。 何度やっても結果は同じ。

 

「フ  ック! 何で上手くいかねーんだ!」

 

 怒りに任せ、粉々になった石を地面に叩き付ける様に投げ捨てた。 アンデットのステータスの数値が高いから力が入りすぎているのか、それとも石の材質が悪いのか、この方法はダメだと見切りを付ける。

 

 次に選んだ加工法は、石と石を擦り付ける方法だ。 これは上手くいった。 時間は掛かったが、斧っぽい形にする事が出来た。 後は柄を付ければ完成だ。

 

 親指と中指をくっ付けたくらいの太さの若木を、力任せに圧し折って引き千切る。 指で片方の端を縦に引き裂いて、石の刀身を挟む。 その辺に生えてたツタの皮を剥ぎ、ネジって作ったヒモでキツく縛れば……

 

「ッシャオラァ! ストーン・アックスの完成じゃオラァ!」

 

 軽く素振りしてみる。 ブンブンと、空気を掻き分ける風切音を響かせながら、石斧は俺の作り出した遠心力に耐えた。

 

「少しグラついてるが、まぁ、及第点だな」

 

 本当はズレないように、この継ぎ目に接着剤として『粗タール』を塗るようだ。 原始人はすげえなぁ、こんなクソみたいな道具で生きてたんだからなぁ。

 

 このタールを作るにはまず材料として、マツ、トウヒ、モミとかの樹脂の多い針葉樹の木片を密封できる容器に入れて、焚き火に突っ込んで炙る。 そうすると木片の表面に、黒いニチャニチャしたタールが染み出てくるので、ソレを掬い取って使う。

 

 だがこの接着剤を作るのは面倒臭かったのでやめた。 近くに針葉樹なんて無いし、容器も無いし陶器で作るっつっても粘土が無い。 よしんばあったとしても、ツボつくるのに何日かかるんだ?

 

 ってことでこれで石斧は完成なのだ。

 

「さーて、それじゃあ試し切りといきますかァ  ッ?」

 

 コンソールをポチポチ弄って作ったアイテムとは違い、俺が自らの手で作った道具だ。 嬉しさもひとしおと言うもの。 口の端がニヤニヤと吊り上るのもあたり前の事だ。

 

 俺は適当に選んだ木の幹に向かって、石斧の刃を水平に振りぬいた。 ダコンと、ユグドラシルの時と同じ音を立て、斧は木に食い込んで……バラバラに砕け散った。

 

「…………」

 

 元・石斧だった棒っ切れを、振りぬいた姿勢のまま固まる。 必死こいて作った石器は、戦闘スキルがほぼ皆無であっても、異形種の優遇されたステータス値に耐えられなかったようだ。

 

 無言で棒を捨て、インベントリの中に手を突っ込む。 そして、今ある製作用素材の内で最低レベル材料である『アイアン・インゴット』を2個取り出す。 ただの余り物の素材だが、石よりはいくらかマシだろう。

 

「<普通武具製造(フォージ・コモン・アイテム)>」

 

 有り難い事に、ゲーム中使用できたスキルや魔法はこの世界でも問題なく使えるようだ。 剣鉈……つまりマチェーテを作るつもりで手に持っていた地金は、ひとりでにグニャリと姿を歪ませると、頭の中で思い描いていた形に落ち着いた。 持ち手の部分に余り紐を硬く巻きつけ、鋭さ+1のデータクリスタルをブチ込む。 こうすることで、例え低レベルの装備だとしてもアイテム破壊のスキルか魔法を受けない限り破壊されないし劣化しない。

 

 道具作りに飽きた俺は、次に食料の調達に挑んでみることにした。

 

 野草や木の実を探すってのもオツなもんだが、せっかく湖畔(たぶん)に居るのだから、魚を獲ってみようと思う。 釣竿を作ろうと考えた俺は、そこらに生えてる若木の中から粘り強くしなる木を選び、ナタをナナメに振り下ろして切断する。 水平に切らないのは、こうすることで楽に繊維を断ち切ることが出来るからだ。 切り口が竹槍のように鋭利になるので、自分や他の誰かが怪我をしないように、硬い靴底で切り株を踏み付け潰しておく事。 これは最低限のマナーだ。 

 

 もし手元にナタのような重く大きい刃物が無く、果物ナイフやハンティングナイフのような刃渡りの短い刃物しかない場合は、ナイフの背を薪のような木の棒で叩いて刃を食い込ませる。 体重で容易にしなるような細い木であれば、しならせた外側をナイフの刃で叩けばいい。 切断された繊維がささくれ立って、切り口は汚くなるが……楽に切り倒せる。

 

 次に小枝を切り払う作業をする。 刃物を使う際は、刃が自分に向かないように手前から奥へ動かす。 そうしないと、手や刃が滑って失敗した時に、自分で自分の身体を切ってしまうからだ。 木の枝は、→∠ こんな感じで、広い方向から刃を入れる。 ノコギリなら問題ないのだが、ナタの場合こうしないと枝の一部が残ったまま剥がれ、バナナの皮のようにベローンとなって失敗してしまう。

 

 とまぁこんな感じで生木製釣竿を作り、透明なナイロン糸なんて無いから太糸で道糸を作る。 古代の人類は、レの字に削った木の枝や、動物の骨を加工した物を釣り針として使っていたらしい。 当然、材料の入手も加工も面倒(つまらないとも言う)なので、俺の釣り針は鉄製だ。 木片を浮きに使い、餌はミミズにした。

 

 準備完了。 レッツ! フィッシーング!

 

 

 

 

 

 そして2時間が過ぎた。 傾きかけてきた太陽を一瞥すると、今まで読んでいた本を閉じ、深い溜息と共に竿を上げる。 釣れないのは場所が悪いのか、エサの質か、それともバレバレの糸のせいか。 まさか魚自体がいないってワケじゃないよな……?

 

 水を吸ってブヨブヨになったミミズを捨て、さっき捕まえたクモを針に付け、水面(みなも)に投げる。 味は見ていない。 ポチャンと音を立て、小さい水飛沫を上げた手作りの仕掛けは、ミミズの時と違いエサであるクモが軽い為か、水面に浮いていた。 暫くの間、溺れまいと必死でもがくクモが小さな波紋を立てているさまを眺めていたが、すぐに興味を失って読書に戻った。

 

 1時間が過ぎた。 とうの昔にクモは動かなくなっている。 波紋が魚の興味を引くかと思ったが、それは浅はかな考えであったようだ。

 

「クッソ釣れねえし飽きたぜ  ッ!」

 

 軽く背伸びをして読書を中断した俺は、大切な本が濡れないよう、念のためインベントリに仕舞う。 地面に突き立てておいた釣り竿を引き抜き、糸を引きちぎる。

 

 湖の水面近くに、そこそこのサイズの魚影を見つけた俺は、竿の細い方を持ち太い部分を背に回す。 イメージとしては担ぐ感じだ。 魚影にこっそりと近付き、竿を振り被りムチのようにしならせ、元竿の根元を魚影に叩き付けた。

 

 バシャーンと大きな音がして、尋常でない水飛沫が顔に掛かる。 うげっ水が鼻に入って痛い。

 

 上手く魚を殴れたら、プカ~~っと気絶した魚が湖面に浮いてくるハズなんだが……うむ、失敗したようだ。 あークソ。 どうすりゃ魚が獲れるんだ?

 

 網で捕まえる……いや、飢えで苦しいわけでも無いしそれはヤメよう。 労力の割りに合わない。

 

 モリで突くってのも考えたが、製作極振りのステータスではマトモに当たらないだろう。

 

 昔の中国じゃあ、毒を川の上流に流し、死んだ魚を拾って売っていたらしい。 砒素毒くらいなら鉱山に行けば水溜りから採取できるが、うーむ。 ……毒殺した魚を食料として売るって、ロールとは言え商人としてどうよ? ダメに決まってるだろ。 あ、ちなみに原因が毒殺だとしても、食い物で死んだら死因は食中毒なんだぜ。

 

「あ゛ーもー面倒臭えー!」

 

 直径50cmくらいの大きさで、85kg程の重さの岩を見つけた俺は、岩を地面から引っこ抜くと湖から顔を覗かせる岩に向かって投げる。 岩と岩がぶつかり、バコンだかガコンだか重そうな音を立てて、砕けた岩は湖面に沈んでいった。

 

 この漁法はガチンコ漁って言うんだが、元居た日本では違法だ。 しかし! ここは日本じゃないのでセーフ!

 

 注意深く水面を観察していると、失神した魚が数匹浮いてきた! よっしゃ、魚ゲットだぜ!

 

 

 

 ◆

 

 

 

 よーやく魚が捕れたので、食材が生臭くならないように血抜きをする……前に、魚が暴れて体温が上がり、鮮度が急降下する『身が焼ける』状態にならないよう、即死させないといけない。 魚の急所は頭の付け根にある延髄だ。 ここにナイフを突き刺せば神経が切断されるので、暴れられる心配がなくなる。

 

 血抜きは、エラの内部の脊椎に近い部分の太い血管と、尾びれの2箇所を切るだけでいい。 頭を下にして吊りさげ、5分~10分待てば血が抜ける。 心臓が止まると抜けるのに時間が掛かるので、できれば動いている状態で血抜きを行ないたい。

 

 ……ってーのをやって、内蔵とエラ   魚のエラは微生物や汚れがたまり易く汚いので取る   を捨てて、さーて早速味見を……と、言いたい所だが淡水の寄生虫は海水のと比べてヤバイらしい。 肝吸虫とかは肝硬変を引き起こすし、顎口虫は脳に達し食い破るそうだ。 ゾンビとは言え、さすがに寄生虫持ちにはなりたくないぜ。

 

 と、言う事で調理をしなければいかんのだが……

 

「火がねえわ」

 

 うん。 無いんだ。 ライターもマッチも火打石も無いの。 炎系の魔法を込めた、売れ残りのワンドならあるが……迂闊に使ったらケシ炭になるんだろどうせ。 まずいぜ~~ッ! 楽観的に考えたせいで、無計画過ぎたか!? とりあえず燃料は小枝とかがあるからいいとして、火種がねーよ!

 

 ……あ! そうだ閃いた。 電球的なアレが頭上でピカッたぞ。 そうだよ叩けばいいんだよ叩けばよぉ~~っ。 

 

「えーっと……金床(アンヴィル)と金槌で、火種は……鉄の端材でいいか」

 

 俺の考えはこうだ。 鉄を金床の上でガンガン叩く。 叩かれた鉄は、形を変えるときに圧力やら何やらを熱に変える。 木や紙が燃える温度は300度以下だから、600度以上に達して赤熱して見えなくても温度は十分だ。

 

 何度も何度も、鉄の小片に向けてハンマーを振り下ろす。 少々槌の音が耳障りだが、幸いな事に近所迷惑にはならない。 だって近所に住む人居ないんだもん。

 

 温度が上がってくるにつれて、小片に付着していた揮発性の不純物が蒸発し、僅かに白い煙が上がった。 後は火口(ほくち)に移してやれば着火するハズだ。

 

 火口(ほくち)はナイフがあれば容易に作ることが出来る。 作り方は、剃刀でヒゲを剃る感覚で、乾燥した小枝をナイフで擦るとフカフカの繊維状になるのでソレを使うといい。 更にもっと火が着き易い火口(ほくち)が欲しい場合は、新聞などの再生紙   最初から繊維がガサガサだから都合がいい   や脱脂綿を空き缶に入れ、やや隙間を空けて密封し、粗タールの時のように火で炙り炭化させる。 まあとにかく乾いてて空気に触れる面積が多けりゃ良いのさ。

 

 ほぐした火口(ほくち)を椀状に窪ませ、その窪みに鉄片を落とす。 火種をフンワリ包んだら、焦って一気に吹くと火が消えるので、そーっと息を吹きかける。 だんだん白煙が出てくるが、まだ途中なので酸素を送るのを止めてはいけない。 やがて、息継ぎの為に吹くのを止めた際に、ガス爆発のように白煙にボッと火が着くが、火は上に行くから火口(ほくち)の下を持ってれば熱くないし焦らなくて大丈夫だ。

 

 よくある焚き火のシーンで、焚き木を円錐状に組むが、アレは空気の通り道を確保する為だ。 ミッチリ並べると酸素が遮断されて、最悪火が消えてしまうのさ。 あの組み方は灯りを得たいなら全然問題ないんだが、調理をするとなると……ちと熱効率が悪い。 熱が行って欲しくない方向を何かで断熱すれば、薪を節約できて、薪拾いや薪割りの時間も節約できる。

 

 っつー事で地面を少し掘り、そこに焚き木をブチ込んでおいた。 穴の側面の一部を崩し、なだらかなスロープにすれば空気の通り道が出来るし、これで風除けにもなる。

 

 おっと、忘れる所だった。 ココで注意をしなければいけないのは、毒のある木を燃料や食器にしてはいけない、だ。

 

 アメリカ大陸には毒サボテンが自生しているらしく、枯れた毒サボテンを燃料に肉を焼いた家族が、食中毒で亡くなる事故が起きた。 そして、日本にも夾竹桃っていう、幹・葉・根・実の全部に毒のある木も自生しており、夾竹桃で作った串でフランス人も死んだらしい。 この木は、葉を食っただけで牛が死ぬくらい毒性が強いようだ。

 

 で、自衛の方法なんだが、確実なのは知らない木は使わない事。 そんなん言ってられない状況なら、生木を刃物で切って樹液を観察するべし。 白い樹液が出てこなければワンチャンあるぞ。 毒サボテンも、食用になるウチワサボテンの透明な樹液と違って、白い樹液だったそうだ。

 

 塩を尾に沢山つけるのは、燃えてみすぼらしくなるのを防ぐためで、魚に串を通す時にS字に曲げるのは、串から魚がズリ落ちないように……だ。

 

 煙が食材にかからないように注意して焼いていく。 作りたいのは焼き魚で、燻製ではないのでね。 暫く加熱していると、身から出てきた油が皮を焦がし、メイラード反応によって茶色く変色し芳ばしい香りを振り撒く。 ヤバイ超うまそう。

 

 焼きすぎると硬くなるらしいので、魚からポタポタと滴る余分な水分が止まったのを確認して、火から外した。 うおお……! すげー! 天然物の川魚だぜ……ッ! リアルだとコレ1尾でいくらするんだ!? いやもうそんな事どうでもいい我慢出来んいただきまーす!

 

 がぶっ。 噛み付くとパリパリの皮が弾けて、口いっぱいに豊かな香りが広がった。 ピリリとした塩気に負けないくらい強い旨みと、その奥から湧き出てくる脂の甘み。

 

「うんまぁ~~い!」

 

 うっひょおおおお! 涙が出てくるくらいウメーぜ!

 

「ご馳走様でしたッ!」

 

 一瞬で骨も残さず食い切って、マトモな食事にあり付けた事と、犠牲になった魚の命に感謝の礼を言う。

 

 小魚は逃がしたが、腹を開いて10%の塩水に漬けた、干物進行中の魚が5匹ある。 正直食ってしまいたいが、物々交換のチャンスが訪れた時の為に我慢だ。 

 

 ……いや、まてよ? 干物よりも燻製の方が保存できる期間が延びるな。 第一村人発見まで何日……下手したら何週間かかるかわからないし、手間はかかるが此処は燻製しよう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 魚を塩水に漬けて2時間が経った。 濃い目で漬けたので、もう十分中まで塩が回っただろう。 後は真水で30分塩抜きすれば、表面の強すぎる塩が抜ける。 塩分は燻製の質を大きく左右するので、ここは慎重に作業した。

 

 幸いにも気温が低いから、良い感じに乾燥が進むと思う。 塩抜きが終わった魚の肉を、少し食べてみて味の確認をしたら、タコ糸……は勿体無いのでツタの皮で作った紐を口に通す。 まず紐の端を口に入れ、エラから出し、後頭部をぐるっと回って再びエラの中に入れ、口から出す。 これで吊り下げる準備が出来た。 後は乾きやすいように腹につっかえ棒を挟んで半日待つだけだ。 水っぽいと、熱で出てきた水が魚を覆ってしまい、いつまで経っても燻製にならないぞ。

 

 金属製の装置なんて無いので、木の枝と葉っぱで隙間だらけの燻製機を作ることにする。 使い捨てだが……まぁ職業にするわけでもないしな。

 

 真っ直ぐで、やや太めの枝を縦に数本並べ、上部を紐で8の字のように結び、三角錐になるように広げると、テントの支柱みたいな骨組みが出来た。 その骨組みに交差するように細めの枝を縛りつけ土台にする。 葉っぱ付きの枝を根元で2つ以上結んだ物を用意し、布団を干すように骨組みに挟ませる。 葉っぱ製ミニテントを作る作業は、下から上に作っていかないと、煙が漏れるので注意して作った。

 

 煙を出させる燃料は、針葉樹を避け胡桃などの広葉樹を選ぶ。 ヤニの多い木は適さないらしいからな。

 

 吊り下げた魚に煙を浴びせている間、温度が60度以上になると焼けてしまうので、温度計なんて便利なものは無いので手を突っ込んだ。 空気の熱伝導率は水よりも悪いことを鑑みて……やや熱いくらいだと50~60度くらいだな。 隙間だらけの装置なので、指で少し弄るだけで温度が調節できた。

 

 とまぁこんな感じで、時々温度とかの様子を見ながら5~6時間煙で炙りつつ魚を温めると、マスっぽい魚の半生レアな燻製が出来上がったのだった。 1つ食ってもまだ4匹あるので、大失敗しない限り交渉材料になるだろうと思う。

 

 日はもう既にどっぷりと暮れている。 正直、超暗いので、暗視ゴーグル的なマジックアイテムで視界を確保する。 ……しかし不思議だ。 こいつは見た目が眼鏡のくせに、なんでこの装備は仮面扱いなのだろう?

 

 燻製を作っている間、遠くの方の空が明るく光ったと思ったら、急に暗くなった。 一体何が向こうにはあるのだろう? 燻製が途中だったから動けなかったが、あの地平線の先……というよりも森林の先にある何かが、俺の好奇心をツンツンと刺激してくる。 明日、太陽が昇り明るくなったら、フライのアイテムを使って確認してみよう。

 

 俺はフカフカの草むらにドッカリと腰を下ろし、背を木に預けると、インベントリから取り出した200年近く前の小説を読み始めるのであった。




ほくち、について。

 炭化した可燃物は、焼け木杭に火が着く…という慣用句にもあるように、簡単に火が着きます。 ただ、バーベキューがしたいのであれば、素直に着火材を使うほうが楽です。
 叩いた鉄片が火種になるのか? と疑問に思うかもしれませんが、これは車の設備のシガーソケットとほぼ同じ原理であり、違うのは電熱か圧縮の熱かの違いなだけです。


メイラード反応、について。

 食事において美味しさとは、香りが6~7割を占めるという研究結果があります。 熱によって食材が化学変化を起こし、茶色く色を変え、芳ばしい香りとスッキリとした苦味を生み出すこの反応は、特にパンのトーストで実感できます。
生臭いと感じるであろう肉や魚であっても、メイラード反応は生臭さを消し、逆に食欲をそそる香りを生み出します。 料理において、火加減は非常に重要なファクターですね。


燻製、について。

 燻製にむいている食材は、脂質と蛋白質が豊富であるものです。 スモークチーズやハム、ベーコンにソーセージ等、動物性の食材がよく好まれます。 煙は密閉できれば何でもよいので、段ボール箱等でも可能ですが火災の可能性があります。 ホームセンターで5000円ほどの、金属製の折り畳み燻製機が売っているので、アウトドア旅行での酒のつまみを作るなども楽しいかもしれません。

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