オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

アインズ「将を討ちたいならまず馬を、だ。 ここは慎重に情報収集を……」
ドクトル「あ゛あ!? 将を撃ちてーんなら撃ちゃあ良いじゃねーか!
     オラ上司呼んで来いニグンオラ!」
モヒカン「あっ(察し やめてください(毛根が)しんでしまいます」
ドクトル「チッ。 気付かれたか」
アインズ「ニグングッジョブ!」



現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


ガゼフだろうと稼ぎたい

 アインズへの報告を終えたクサダは、ニグンのいる取調室に戻りがてら食堂に寄り、受け取ったマグを口へ運びつつ廊下を歩く。 側には3人の悪魔。 デミウルゴスと、その部下であるプルチネッラとトーチャーだ。

 

 口々にアインズの智謀を褒め称え、感動に身を震わせる部下の熱気を背に感じ、デミウルゴスは思考する。

 

(一体、いつの時点で御計画なされていたのでしょうか)

 

 人間の中で、最大かつ最多の軍事力を持つであろう法国。 アインズが最初に立てた計画は、その、最も厄介で影響力の強い国を()()()()()()()、国家スケールでの斬首作戦。 軍事に身を置く者にとって、最も誉れとする最高の作戦。

 

 ナザリック随一の知力と自負するデミウルゴスをして、なお足元にも及べぬ主人の智謀。 1歩も2歩も先を見た、未来視に達する策謀の片鱗。 流石は『頂点(アインス)』を名に戴く至高の存在である……と、彼は微笑む。

 

 アインズが打ったのは1手。 カルネ村を救うという、たった1手を投じただけである。 それだけ……あの寂れた村1つ救うだけで国が滅ぶとは、一体誰が気付けるだろうか。 あのアルベドですら「人間しかいない無価値な村」としか考えなかったのに……だ。 

 

 しかし、アインズは違った。 あの寒村で得た僅かな情報で法国を追い詰め、陽光聖典を生け捕る事で尻尾を掴み、クサダをナザリックに引き入れる事で王手を掛けたのだ。

 

 アインズの執務室で  クサダからのヒントがあったにせよ  気付いたその時、足の爪先から頭の頂まで、甘い痺れのような歓喜の波が登っていったのを感じた。 絶頂に至るような、蠱惑的な痺れを。

 

 デミウルゴスは思う。 もっと主人の叡智に触れたいと。

 

(しかし……本当に惜しいですね。 ギリギリで気付かれてしまうとは)

 

 1つミスがあったのは、クサダに着けた部下が恐怖に慄き、それをニグンに悟られてしまった事だ。 聴取記録の筆跡が僅かに震えているのを見つけ、恐怖心から慄いた事に気付いたデミウルゴスは、自らの部下の大きな失態に強く叱責しようかと考えたが……左右に軽く頭を振って、いいえと却下した。

 

 あの状況では、誰を貸し出そうと恐怖に震えただろう。 デミウルゴス本人ですら、ああ言われてしまえば恐怖心を隠し通せたか解らないのだ。

 

(フフ……だとしても、追い詰められている事に変わりはありませんが……ね)

 

 そう、変わらないのだ。 すぐ滅ぶか、時間が経ってから滅ぶか。 詰みの状態で負けるか、キング以外のコマを剥ぎ取られてから負けるかの違いでしかない。 精々足掻いて貰いましょう。 と、デミウルゴスは悪魔的な笑みを浮かべる。

 

 だが、1つ気掛かりな事があった。 不安と言ってもいい。

 

「……何故、アインズ様は何も(おっしゃ)らずご自身で計画為され行動されたのでしょうか。 一言仰って頂ければ……まさか、私どもの能力にご不満が?」

 

 心に重くのし掛かる不安は、口を()って言葉に変わる。

 

 此処にいるのがアルベドであれば「デミウルゴス。 アインズ様のお考えは私達の及ぶものではないわ」と、慰めにも似た答えが返ってくるだろう……しかし。

 

「恐らくは、だがよぉ〜〜……間者を警戒しての事なんだろうな」

「間者……ですか? まさか、我々の中にスパイがいるのですか!?」

 

 血相を変えて叫ばれた不穏な単語に、プルチネッラ達の表情が凍った。

 

 だが、クサダは手の平を向け「待て待て、早とちりするんじゃあない」と(たしな)める。

 

「将来的な話だろうよ。 アインズさんがNPC達の教育を重要視する事から鑑みて……『間者には理解できないが、守護者には理解できる』方法で意思を伝えたいんだろ」

「つまり……私にアインズ様のお考えを代弁する機会を頂けるのも……」

「そうだ」

「間違った指示では無いか考えよ……と仰られるのも……」

「その通りだ」

「なるほど……それでアインズ様は自分で考えるようにと。 スパイが虚偽の情報を流した場合を想定していたのですね」

「そうだな。 命令書とかも、署名が偽造されちまったら嘘の命令で誘き寄せたりされちまう。 報 、連、相を重視するのも、情報強度を上げる為だろうぜ」

 

 もっともらしい理由に得心がいったのか、ブルリと身を震わせたデミウルゴスは「流石はアインズ様…」と、熱っぽい吐息を吐き出した。

 

 そんなNPC達の姿を横目で伺いつつ、クサダは(基本的な事なんだがなぁ)と心の中で頭を傾げる。

 

 違和感の正体には薄々気付いている。 最初から強者であれと創造された彼らNPCは、創られた存在(NPC)であるか故に経験が足らないのだ。 失敗した経験が。

 

 敗北を知らない者は、攻勢に出ている時は強いが…一旦、守勢に回ると脆い。 自分の弱点に気付かなかったり、背後に迫る敗者の烙印に、未経験が故に人一倍恐れてしまうからだ。 だから認められない。 負ける事が恐ろしいから。 まだ終わって無い、まだ負けたワケじゃ無い、まだ取り返しが付く……そしてズルズルと深みに嵌って行く。

 

 一般的に埋没費用(サンクコスト)と呼ばれるこの心理は、金銭的・時間的・精神的に支払ったコストが高ければ高い程強く現れる。 多額の投資を行った事案に対し、それが損失であることが判明したにも関わらず、それまでの投資を惜しみ、さらに投資を続け損失を拡大してしまう事をこう呼ぶのだが……コンコルド症候群(Concorde syndrome)と言った方が解り易いだろうか?

 

(やって見せ、言って聞かせて、させて見せ。 褒めてやらねば……だったかなぁ。 『子供』とはよく言ったもんだぜアインズさんよ。 確かにまるで、子供のようだ)

 

 それならば  教えてやればいい。

 

 幸い、彼らは聞く耳は持っている。 モチベーションもたっぷりだ。 ちゃんと理由を説明すれば、嫌な顔1つせずに  恐らくはだが  学びの門を潜ってくれるだろう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 最後の1枚の報告書を読み終えたアインズは、既読の印として朱色の判を押す。 これから先、報告書だけでなく企画書や始末書なども増えて行くとなると、気が滅入りそうになる。

 

(やっと読み終わった……プレゼンする側だった俺が、まさかされる側になるなんてなぁ)

 

 一仕事終えたアインズは、肩を回したり目元を摘んだりして  意味はないが  コリをほぐす。 しかし、疲労は肉体的にではなく精神的に感じているので、疲れが取れた気が全然しない。

 

(明日からお前社長なーなんて、急に組織のトップに据えられて苦労してるのは、どうせこの世界じゃ俺だけなんだろうなぁ)

 

 かなり精神的に参っている様子のアインズ。 ヘッ…ってな感じで、やさぐれた彼は慣れない毒を吐く。

 

 息抜きにナザリック内を見て回ろうか、なんて事を考えていた時だった。 ふと、ニグンと情報交換しているクサダの様子が気になる。 あれ? そう言えば、ナザリックに取調室なんてあったっけ? と。

 

 アインズが席を立った瞬間、瞬時に立ち上がるフィース。

 

(早っ。 ヤル気が凄いのは嬉しいんだけど、なんか監視されてるみたいで生きた心地がしないんだよなぁ。 俺、オーバーロードだけど)

 

 後を付いて来ようとする彼女に、氷結牢獄へ行くだけだからと言って押しとどめる。 仕事を中断される形になるからか渋るフィースに、代わりに机の上の書類を片付けておく様に頼み、アインズはリングを起動して移動した。

 

 

 

 眼前の景色がスライドを交換する様に入れ替わり、寒風が吹き荒ぶゴウゴウと唸るような音が耳元から聴こえて来る。 普段であれば、冷気ダメージを持続的に与える仕掛けが施された第5階層だが、現在省エネ運転中であり……今はただ寒いだけだ。

 

「うっわー…雰囲気出てるなぁ」

 

 取調室は目立たない場所に建てられていたが、すぐに見つかった。

 

 打ちっ放しのコンクリートで固められた無機質な壁に、これまた装飾が一切無い普通の扉が2つ。 それが4セットあり、同時に4人から聴取が出来るようになっていた。

 

「うっわ懐かしい。 ウチのアパートとほぼ一緒だよこのドア」

 

 手慣れた動作でドアノブを回す。

 

 そこは、アインズがまだ鈴木悟だった頃の自室より一回り狭いくらいの部屋だった。 冷たい灰色の壁、冷え切った椅子、無機質な机。 ギルド随一の策士、ぷにっと萌えがこの室内を見たら「なんともまぁエグい方法を考えつくものですね」と、呆れた声を上げるだろう室内だった。

 

(ひえーっ。 こんな部屋で『お前がやったんだろ!』って凄まれたら、何にもやってなくても『よくわからないけど私がやりました』って言っちゃうよこれ!)

 

 アインズの戦闘スタイルは、ぷにっと萌えからの教えに大きく影響を受けており、まるで詰将棋のようだと揶揄される。 アインズが正々堂々と  奇襲も騙し討ちも、基本的にゲームのルールに則っていると言う意味で  PKにはPKKで応じるように、ぷにっと萌えも奇策を使いつつも清いPVPを(たしな)んでいた。 ならば、クサダもそうか……と言うと、アインズ達とは毛色が違う。

 

 クサダのやり口は、所謂(いわゆる)ちゃぶ台返しだ。

 

 強敵には正面から挑まず、敵対する理由そのものを潰す。 邪魔な者が居れば、騙して誘って自滅させる。 バグの利用が規約違反に書かれていなかったら、嬉々として利用しただろう。 例えるならば、いかに最高効率を叩き出すかに価値を見る、ハイスコアゲーマーと言うやつか。

 

(それにしても……面倒くさいからって、自分で立てた手柄を俺のせいにして押し付けて来るのやめて欲しい……)

 

 大量の知識を持つクサダに難点があるとしたら、性格が愉快犯そのものである事だ。 過程を愉しむ事にしか興味が無く、得られた利益を持て余した結果、全部アインズへ投げて来る。

 

 例えば、とある少女がトリック オア トリートと言ったとしよう。 「うるせえイタズラさせろ!」となるのがバードマンで、一緒になってトリック オア トリートと()()()()()のが堕天使だとしたら、困り顔見たさに山吹色のお菓子(ゲンナマ)の束を差し出して来るのがコイツ。

 

(さあ盛り上がってまいりました脳内が!)

 

 そんな想像……いや、妄想の景色が頭の中で展開され、自身の疲労を再確認したアインズ。 軽く頭を振って現実に戻って来ると、踵を返して無人の部屋を後にする。

 

(一体、何を考えてるんだろうかドクトルは。 まさか、ノリで言っちゃった世界征服の冗談を間に受けて、世界を滅ぼす算段とか付けてないよな……ないよな?)

 

 少し前に、何故クサダはユグドラシルで金を稼ぐロールプレイを続けていたのか気になったアインズは、それとなく  ポロっととも言う  聞いて見た事があった。 金を稼ぐだなんて、そんな仕事みたいな事を……と。

 

 その時クサダは、何故そんな質問をするのか解らないという、ポカンとした表情で「だって楽しいだろう?」と言った。

 

「遊ぶ理由なんて、そりゃあ楽しいからに決まってるだろー。 ユグドラシルはゲームなんだぜ?」

 

 何を当たり前の事を、と笑うクサダ。 後頭部をガツンと殴られたような気がした。

 

 ユグドラシル最終日、自分は何を思ったか。 楽し()()()と過去形で考えていなかったか。 遊ぶためのゲームだったのに。 そんな考えがグルグルと巡った。 アインズ・ウール・ゴウン全盛期の頃は、会社での飲み会を断ってでも早く帰宅し、1秒でも長く遊ぶぞと胸を踊らせていたが……後の方は、拠点の維持費を稼ぐだけの惰性でしか無かった。

 

 いつからだろうか。

 

 ゲームを作業と感じるようになったのは。 ゲームが楽しいだなんて当たり前の事を忘れてしまったのは。

 

(まさか…ドクトルはそんな俺を見抜いて、あえて明るく振舞っている……?)

 

 そんな馬鹿な……と、思う。 自分に都合の良過ぎる考えだと。

 

 だが、偶に「人の心を読めるのでは……」と、ドキッとする事もあるのも事実。

 

(もし…もし俺がただのサラリーマンで、そんなに大した奴じゃ無いってバレているとしたら……)

 

 クサダの()()()()()は、一体何なのだろうか。

 

 アインズの背筋に、冷たいものが流れる。 そしてそのまま、不安に背を押されるように隣室のドアノブを捻り  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前があの辺で色々やっていたのはわかっている! いい加減認めたらどうなんだ!」

 

 バンと大きな音が響く。 前を見ると、マジックミラー越しに、金属机に平手を振り下ろしているクサダの姿が見えた。 やや薄暗い室内の中で、お椀を逆さにしたような形の安っぽい卓上照明が光を机上に落としており、机を叩いた衝撃でカタカタと小刻みに揺れていた。

 

 

 

「何これ!?」

 

 

 

 クサダは卓上ライトを引っ掴むと、黙秘する容疑者(ニグン)の顔にライトを当ててすごむ。 眩ゆい光を間近に浴びて、ニグンは迷惑そうに表情を歪めた。

 

「あ、ドクトルこれ自分が遊びてぇだけだわ」

 

 今まで不安に考えていた問題の答えが、ストンと降りてきた。 重く受け止めていたのが馬鹿らしく思えて来る。

 

「バカバカしい……面白い推理ですね刑事さん」

「刑事さん!?」

「お前があのおっさんを誘き寄せるために、あの辺をやったんだろう!」

「あの辺をやったって何だ。 おっさんってガゼフの事か」

「ああそうだよ……あんたの言う通り、あのおっさんをアレするためにやったんだよ!」

 

 大真面目に茶番を続ける2人のやり取りを見て、膨らんでいた風船が萎んで行くように全身の力が抜けていく気がする。

 

「……話がフワッとしてんだよなぁ」

 

 無いはずの脳が痛んだ気がして、アインズは側頭部を押さえた。

 

 情報収集  正しくは情報交換だが  という大事なことを、クサダは大真面目に茶番を演じながら楽しそうに進める。 それに付き合わされているニグンに同情的な視線を向けつつ、アインズは2人を眺めた。

 

 

 

 急に神妙な顔付きになったクサダが、ニグンの肩に手を置き、諭すような口調で語りかける。

 

「田舎の母さんにどう顔向けするつもりだ」

「母親とか言っても、そんな簡単に行くワケが無いだろうが。 そもそも田舎って何処だよ」

 

 安っぽい刑事ドラマなら、ここで犯人(ホシ)の情に訴えかけた説得で真犯人(ホンボシ)の名が割れたり、犯人が改心したりする所だが……

 

「うっ、うう…グスッ……」

「嘘だろオイ!?」

 

 なんと! ニグンは涙を流さずに泣き始めたではないか!

 

「罪をつぐなって、またやり直すんだ。 お前なら、まだやり直せる……!」

 

 物凄い棒読みで再起を促したクサダは、壁に向かって歩き出すと人差し指でクイッとやった。

 

「ねーよ地下にブラインドカーテンは!」

 

 改心した犯人らしいニグンは、刑事っぽいクサダとガッチリと握手を交わす。

 

「おいニグンお前それで本当にいいのか!?」

 

 一人、納得の行かないアインズを置き去りにして……

 

 

 

 ◆

 

 

 

 日が高く上り、そろそろ昼食に何を食べるか考え出す時間帯。 王国首都リ・エスティーゼの町並みの中で、肩を怒らせながら歩く一人の男がいた。 人類最強の名を冠する王国の切り札……ガゼフ・ストロノーフだ。

 

「クソッ! 批判する事しか能の無い、無能共め! そもそも、お前ら貴族が装備の持ち出しを禁じたせいで苦労したのではないか!」

 

 適当に立ち寄った屋台で購入した鶏肉のグリルと、日持ちするように硬く絞まったパンが入ったカゴを片手に、不満を口々に噴き出させつつ歩く。

 

「裏に法国が一枚噛んでいると言っても、信じない所か真っ向から否定し、あろう事か任務の失敗を隠すための方便とまで言うとは!」

 

 流石に失敗隠しの言い訳とまで言わせるのは、ガゼフを雇っている国王への侮辱とも捉えられるので撤回させたが、今回の襲撃に法国が裏で暗躍している事は最後まで認めさせられなかった。 証拠として帝国騎士に扮していた工作員の鎧を提出しても、帝国の鎧なのだから帝国の騎士だ……の一点張りで認めようとしない。

 

 あまりにも強固に認めようとしないのは、国王の名声を貶める作為のためだろうと、ガゼフは睨む。

 

 自国民の命が失われていると言うのに、そこまでしてなお王の存在が邪魔なのか……と、貴族に対して怒りを通り越して殺意すら覚えた。 しかし、国王であるランポッサⅢ世を差し置いて、ただの暴力装置である自分が反論するのもまた出来ない。

 

「今は、派閥が違うからとくだらない理由で争っている場合ではないと言うのに……貴族の者達は楽観的ときた! 来る日も来る日も、王の力を削ごうと無意味な政争を繰り返す!」

 

 陽光聖典の一人でも捕らえられたらグウの音も上げさせずに認めさせる事も出来ただろう。 しかし、ガゼフはアインズに助けられた身であり、逃げられてしまったと言った  本当は捕えたのではと疑っている  陽光聖典を引き渡して欲しいなど言えるはずも無い。

 

 結果、やった・やってないの押し問答となり。 結局は、法国の関与は疑わしいものの確たる証拠が無いため保留と、グレーの判断をランポッサ王は下した。

 

 そして、紛糾(ふんきゅう)するだけして、何も得られずに報告を終えたガゼフは、昼食と昼休憩のため一旦自宅へと足を運んだと言うわけだ。

 

「……ん?」

 

 が、普段見慣れた我が家に見慣れないものが1つある。

 

「馬車? しまった、来客があったのか」

 

 (しつら)えの良い馬車が1台停まっていたのだ。

 

 来客の予定をあらかじめ知らされておらず、何らかの連絡手段も持たないガゼフが、来客を待たせた事を申し訳なく思う必要は無いが……こればかりは性分だとしかいいようが無い。

 

 少しでも…と、小走りで近付くと、馬車の陰から1人の老紳士が姿を現した。

 

「連絡もせず、突然の来訪申し訳御座いません。 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ様でしょうか?」

「いかにも。 して、何用かな?」

「申し遅れました。 わたくしアインズ・ウール・ゴウン様の執事を申し付かっております、セバス・チャンと申します。 以後、お見知りおきを」

 

 一本の柱のように背筋がピンと伸びたセバスは、ピシッとした姿勢で頭を下げる。 王室で様々な執事・メイドを眼にする機会があったが、どれよりも素晴らしいと思える所作だった。

 

 セバスが馬車に「アインズ様。 ストロノーフ様が参られました」と言い、扉を開ける。 中から姿を現したのは、漆黒のローブと前回会ったときとは違う意匠の仮面を被った魔法詠唱者……アインズ・ウール・ゴウンだった。

 

「おお、ゴウン殿!」

 

 アポ無しの訪問を詫びるアインズに、何時でも訪問してくれと言ったのは私の方だから、頭を下げる必要は無い。 と、ガゼフはにこやかに笑みを見せる。

 

 そして、馬車から降り立つ影がもう一人姿を現す。 ラフな服装の上に真っ白な上着を羽織った1人の男。

 

「おっすおっす、俺は腐田っつーんだ。 よろしこ」

 

 ピッと片手をチョップの形にして挨拶するクサダ。 懐から取り出された1枚のカードを受け取ったガゼフは、アインズ達とは雰囲気がまるで違うその男に眼を白黒させる。

 

 ガゼフは文字が印刷された名刺に目を落とす。 受け取ったカードには、しなやかな硬さがあり真っ白だ。 柔らかく、クリーム色をしている羊皮紙ではない未知の素材が使われていた。 字を書く為に使われているインクもまた見た事の無いくらい深い黒(カーボン・ブラック)で、普段使っている没食子(もっしょくし)インク  鉄と虫こぶ(タンニン)を混ぜた強酸のインク。 ベートーベンもこれで楽譜を書いた  の濃い紫色よりも綺麗に印字されていた。

 

「こ……れは、異国の文字ですかな? 失礼。 不勉強ゆえ読めず、なんとも言えないのだが……」

 

 渋い表情で頭を捻るガゼフ。

 

 ここで、アインズの脳裏に豆電球的なものが発光するイメージがピコーンと浮かんだ。

 

「その通りです戦士長殿。 実は、私達はかなり遠方の場所から来た者でして」

「ははぁ。 確かゴウン殿は旅の途中と……それで魔法に長けた貴方の名を聞いた事が無かったという訳ですな。 いやいや、それにしても良くぞ参られた。 立ち話も何でしょう、狭苦しい場所ではありますがどうぞ中へ」

 

 よっしゃ! と、アインズは袖の中で小さくガッツポーズを作る。 これで多少、常識知らずだったり、当たり前の話を知らなかったりのミスがあっても「まぁ外国人だから」の理由で、勝手に納得してもらえる。

 

 上座を勧めてくるガゼフの気遣いを、やんわりと断ったアインズは、ガゼフの対面の下座に座ると姿勢を正す。 これは最早、癖というか鈴木悟の性質と言ってもいい行動であり、客の立場で上座に座るのは非常に居心地の悪い思いをしてしまうのだ。

 

「ところで、ゴウン殿は昼食は取られましたかな?」

 

 頑丈な木の机の上に、香り立つカゴをドサリと置いたガゼフが問いかけた。

 

「いえ、まだですが」

「それは丁度良いタイミングでしたな。 どうだろう、一緒に昼食でもと思うのだが」

「それは  

 

 ガゼフは知らないが、アインズはアンデッド。 それも、肉も皮も無い骸骨だ。 噛み付いて食い千切ることは出来ても、頬も舌も無いため、飲み込む事はおろか咀嚼する事すら出来ない。

 

 しかし。

 

「お気遣いありがとうございます。 折角ですし、お呼ばれしましょうか」

 

 アインズは朗らかに了承した。

 

「それは良かった。 いや、ゴウン殿が参られる事を知っていたら、そこらで買った安物でなくもっと良い物を用意したのだが」

「いえいえ。 急に訪ねたのは此方ですし、そこまでしていただかなくても。 ……それに、頂くばかりでは申し訳ないですし、此方からも幾つか提供させて貰いましょう」

 

 アインズは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を取り出すと、中からナザリックで生産したオリーブオイルや、各種果物を取り出していく。 ちなみに、オリーブオイルの蓋はネジ式だと怪しまれるので、コルク式だ。

 

「ほほう。 これはなんとも珍しい……果物? ですな」

「ええ、実は戦士長殿のお宅へ訪問したのもこれらと関係した事でして」

 

 アインズは仮面を取り、目深に被っていたフードを下ろす。 現れたのはガゼフと同じ、黒い髪に黒い虹彩の痩せ気味の男。

 

  !」

 

 仮面の下から出てきた予想外の姿に、ガゼフは驚きに眼を見開いた。

 

「成る程…仮面を取りたがらない訳だ。 その出で立ち……南方の血を引くのだな。 さぞご苦労なさった事だろう」

「ええ、まぁそれなりに。 この辺りの人達とは肌や髪の色が違うので、色々と厄介事に巻き込まれやすいのですよ」

「魔法に長けたゴウン殿が異邦人と知られれば、無用なやっかみを受けかねないからな。 ……私も昔は、この見た目で苦労したものだ」

「戦士長殿が? はは、にわかには信じられませんね」

 

 昔を懐かしむように喋るガゼフに、アインズは冗談っぽく茶化す。

 

「いやいや、本当に。 王に戦士長として登用して頂け無かったならば、私は今も傭兵団の中で腐っていだろう。 ……お! これは美味いな」

 

 雇われている老夫婦が切り分けてくれたバゲットにオリーブオイルを塗り、塩胡椒を振りかけて焼いたトーストを囓ったガゼフが驚きに目を見開く。

 

「それは良かった。 では、私も1つ頂きましょう」

 

 アインズもバゲットを1口頬張る。 カリカリに焼けた香ばしいパンが、心地よい音と共にサクリと弾けると同時、オリーブオイルの爽やかな香りが鼻腔を抜ける。 みっちりと詰まったパンをひとたび噛み締めれば、染み込んだオリーブオイルのスッキリとした渋みと、塩胡椒のピリッとした刺激が舌の上で踊った。

 

「こ…れは……ふう。 戦士長殿の言う通り、とても美味しいですね」

「ははは、ゴウン殿から頂いた油が良いのだろう。 普段のパンは、もっとパサパサしていて味気なかった」

「いえ、自分で持って来ておいて、こう言うのは何ですが……味見をしたのは今が初めてでして」

 

 意味が解らないと首を傾げるガゼフ。

 

「このオリーブオイルを作ったのは、私の守護……部下です。 実の所、我々は少々路銀に困っている状況で……いえ、今すぐどうこうと言う訳では無いのですが、収入源が限られてしまっているんですよ」

「ほう……この油や果物はゴウン殿の地方の特産品なのだな」

 

 2人は食事を進めながら会話を交わす。

 

(よっしゃ、けっこう打ち解けてきたな。 このまま行けば大丈夫そうだ)

 

 話の内容はともかく雰囲気は悪く無い…と、アインズはサラリーマン時代の経験から感じ、イヤッホォォウ! と飛び上がる。 無論、心の中でだが。

 

「はい。 と言っても、これを商品にしようと言い出したのは私では無いのですが」

「中々に鋭い着眼点を持つ部下がいるようだ。 ……本当に、優秀な部下がいるのは羨ましいな」

「ええ。 それが先程挨拶させて頂いた、ドクトル・クサダと言う男です。 あの白衣を着た彼が  

 

 クサダに商品の説明をさせようと思い、姿を探すが……いない。

 

「え、どこ行ったあいつ。 一緒に玄関潜っただろ……」

 

 あ〜そう言えば妙に静かだったなー。 と、額から汗を流しつつ、アインズはガゼフに聞こえないように小さく溜息を吐く。

 

 状況を察してくれたガゼフが一緒に辺りを見回して探してくれる。 そして、ふと2人の視線が窓の外  中庭に向く。

 

 そして、2人は目にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんと、そこにはガゼフの飼い犬と戯れるクサダの姿が! 端を結んだロープの引っ張り合いっこをして遊んでいるではないか!

 

 肩の力が、ガクゥーッと抜けて行くのをアインズは感じた。

 

「うん、まぁ、たまに凄いんだ……たまに……」

「た、たまに…か。 はは、何と言うか……個性的だな」

 

 ガゼフに気の使われた言い回しをされ、通信簿の所見欄みたいな事を言われているクサダ。

 

「それにしても…ゴウン殿。 大分雰囲気が変わりましたな」

「えっ、そ、そうですか?」

(まずい、何か勘付かれたか?)

 

 アインズの表情が引きつり、ガゼフは「いやいや、深い意味は無いのだが」と豪快に笑う。

 

「何と言うか…そう、余裕を感じると言うのかな。 最初に会った時は、もっとこう……張り詰めているような印象があった」

「あ……すみません、気が抜けていたようで」

「いや、咎めているのでは無い。 むしろ、私は今のゴウン殿の方が親しみやすくて良いと、そう思う」

「は、はぁ……」

 

 自分よりも年上に手放しで褒められると、何だか恥ずかしいような照れるような。 あまり褒められる経験を積んで来なかったアインズは、何と返して良いか解らず、曖昧な返事をしてごまかす。

 

「ん゛ん! そ、それで本題なのですが、戦士長殿に折り入って頼みたいことがありまして」

 

 アインズは勤めて真剣な表情を作り、口を開く。

 

「リ・エスティーゼ国王、ランポッサⅢ世に御目通り願いたい」

「…………」

 

 ガゼフは答えに窮する。 国王に面会したい理由……それは、今テーブルに上げられたアインズの故郷で採れるらしい特産品を、国に直接買い上げて欲しいのだろう。

 

 確かに、商人ギルドを通すやり方は色々と弊害が多い。 そもそも、商人ギルド・工廠ギルドなどの組織は、外部の者が新規参入する事で過当競争が起き、結果的に争った両者が共倒れする事を防ぐために作られた。 自国の者ですら参入が難しいと言うのに、人種的にも外部の、しかも王国商人に何のパイプを持たないアインズが簡単に加入出来るはずがない。

 

 心情的には、ガゼフもアインズの手助けがしたい。 アインズは命の恩人であり、友人なのだ。 自分の代わりにカルネ村の村人を守って貰った恩もある。 だが  

 

「……難しい。 それは難しい頼みだゴウン殿。 私は戦士長の位を与えられてはいるが、平民出身なのだ。 陛下に陳情するまでは出来る…いや、必ずしてみせるが、お会いになられるかどうか……」

 

 立場上、王から直接命令を受けられたり話したりする機会があると言うだけで、頼みや相談が出来る訳では無いのだ。

 

「私はそれで構いませんよ、戦士長殿。 ……それに『彼』の事を知れば、()()()会って下さると思います」

「……彼?」

 

 訝しげに眉を潜めるガゼフの前で、アインズは仮面とフードを被り直す。

 

 ギギィーと間延びした扉の開く音に、ガゼフは視線を移し   眼を零れ落ちぬ程に見開き、絶句した。

 

  なッ!」

 

 ガゼフはその男を知っていた。 つい数日前に会った事のある男だったからだ。

 

 ガゼフはその男を探していた。 つい先刻前まで話題に登っていた男だからだ。

 

 ガゼフはその男に殺意がある。 その男に自国の民を無差別に殺されたからだ。

 

 ガゼフの前に姿を現したのは……罪無き民間人を無慈悲に殺し、数多の亜人種の命を奪った、頬に傷のある黒衣の男。 法国特殊部隊・陽光聖典隊長。 ニグン・グリッド・ルーインだった。

 

 

「貴様! どうやって首都(ここ)まで進入した!」

 

 

 無防備に棒立ちでいるニグン。 ガゼフは、魔法詠唱者のニグンに魔法を使わせる隙を与えんと、瞬時に抜刀し首を刎ねる   前に。

 

 いつの間にか背後に迫っていたクサダに右手首を掴まれ、鞘から剣を抜けないでいた。

 

「まほーだよ、まほー。 ホント、魔法ってヤツは理不尽だぜ……なぁ? そう思うだろ?」

 

 クサダに掴まれた右腕が全く動かせず、ガゼフは瞠目する。 こんな細く見える腕に、何故この様な膂力があるのか。

 

「あーコイツな。 ニグンっつーんだが、ガゼフのおっさんが知らんとこで…まぁ色々あってよ。 運良く逮捕出来たんで連れてきたんだわ」

 

 カラカラと笑いながら、偶然だぜ偶然。 と、クサダは(うそぶ)く。

 

「おっさんさぁ~~カルネ村での件で法国が関わってんの貴族連中に認めさせたかったんだろ? 渡りに舟じゃあねーか」

「な、何故それを!」

「んな事どうでもいいだろ? 重要なのはよぉー……全ての黒幕を知る人物が此処にいて、ソイツの身柄を俺達が自由に出来るっつー事だ。 ……あとはお前さん次第だな?」

「……話が見えないな。 一体何が言いたいのだ」

 

 ガゼフの興奮が収まってきた事を確認したクサダは、掴んでいた手を離す。 万力にでも締められたような跡が、手首に痛々しく色付いていた。

 

「なぁ……貴族の連中がよ。 あの状況証拠タップリ、証言からも法国のニオイプンプンの状態で、それでも頑なに認めようとしなかったか……何でだろうなって疑問に思わなかったのか?」

「それは……」

 

 チラリとガゼフはニグンの様子を見る。 だが、王国の国王派閥と貴族派閥の確執(かくしつ)は最早知れ渡っている事だ。

 

「……貴族共は王の権力を削ごうと、少しでも不利になるように  

「はいバーカ、おまえバーカ!」

「なっ!」

「そんな上っ面ばっか見てるから追い詰められんだよ! 性根が腐ってるとは言え貴族っつー名前した組織のトップだぞ? そんだけ材料揃ってて気付かねぇワケね  だろうが!」

「何だと!? では、法国の関与に気付いていて、なお否定していたのか!」

 

 売国奴め……! と、ガゼフは唇を噛む。

 

「いいか常識人! テメーにありがたーい格言を教えてやるぜ……『弱い犬ほど、良く吼える』だ」

 

 何が面白いのか、何が楽しいのか、クサダは笑みを絶やさず喋り続ける。 得意げに人差し指を立て、出来の悪い生徒に言い聞かせるように、ゆっくりと。

 

「随分キャンキャンと煩く吼えてくれたよなぁ……何でそこまで()()()吼えたんだろうなぁ……?」

 

 諦めきった表情をしているニグンが口を開く。

 

「弱い犬が吼えるのは、それだけ恐怖を感じているからだ。 こちらに来るなと威嚇している」

「そう、その通り」

 

 パチリとクサダは指を鳴らす。

 

「では何故……恐怖を感じる? 法国が1枚噛んでると認めた先に、何があって恐怖している? ……そういえば、随分都合の良いタイミングで装備の持ち出しが禁じられたなぁ?」

「ま…さか……! ……確かに私は貴族達に恨まれている。 私を消せば国王派は大きく力を削がれるだろう……しかし  

 

 1つの答えに行き着いたガゼフは、その吐き気を催す程の邪悪に戦慄(わなな)いた。

 

「だからと言って他国の武装集団を招き入れ、あろう事か自国の国民を殺させるとは! いくらなんでもあり得ないだろうが!」

 

 貴族は法国に操られていたのではなく、()()()()()()()からニグンに協力したのだ。 自分の利益の為ならば、例え隣人だろうと敵国に売り渡す……最もドス黒い邪悪。

 

 その答えに行き着いたガゼフは、行き場の無い怒りを拳に込めて両手を机に叩きつける。 太い骨組み、厚い板で作られた机は、ガゼフの(いきどお)りを受け止めてヒビ割れ軋む。 震える程に握り締められた拳は白く変色していた。

 

「まぁ、洗い浚い喋るのと引き換えに、お咎め無しの交換条件にしねぇとニグンも協力しねぇだろうがな。 よーするに司法取引ってヤツだぜ」

「なんだと! 何の償いもさせぬまま解き放てと言うのか!」

「はん? じゃあどうするかね? 怪しい貴族を拉致して拷問して吐かせるかね? ……それじゃあヤクザじゃん」

「うっ……ぐ……!」

 

 何も言い返せずにいるガゼフを、クサダは冷たく見下ろす。

 

 ガゼフは視界の端で、顔面を蒼白にしたニグンが少しでもクサダから距離を取ろうと後ずさるのが見えた。

 

「ふん……お前も人を殺すのは悪い事だと言うクチか? 命を奪う事は罪な事だと?」

「……当たり前だろう。 直接手に掛けていないだけで、この者の行いで多くの民が傷付いた」

 

 (かぶり)を振って、搾り出すように答える。 そんな彼を見て不機嫌そうに鼻を鳴らしたクサダは、残り物の鶏肉を1切れ摘まんで眺める。

 

「命なら、この鶏肉にも宿っていたぞ。 お前の飼っている犬も、その老夫婦も生きている。 この鶏肉の命と、その犬の命と、そこの老夫婦の命……全て平等にひとつの命だ」

 

 指先で弾くように放り投げられた肉は、吸い込まれるように中庭へ飛んでゆき、犬が空中でキャッチする。 鳥の死肉を、ガゼフの狗はその獰猛な牙で噛み砕き、磨り潰し、嚥下した。

 

「ストロノーフ。 お前も罪無き鳥の命を奪い、空腹を満たす為だけにその肉を貪ったろう。 王の命令で、戦争や治安維持などの理由で『敵』を殺したろう」

「鳥と人間では比べものにならん! それに、敵は殺さねばならん理由がある!」

「では、それらの命の何が違う?」

 

 ガゼフが口を開くよりも前に、クサダは遮るように言葉を発した。

 

「それは価値だ。 価値が違うのだ。 生物・無生物分け隔て無く、全ての存在は平等に不平等だ。 皆同じく等しいものなど、この世に存在しない」

「何が言いたい。 ……言っておくが、罪無き無辜の民を傷付ける事は邪悪の他ならないだろう!」

「違うな」

「……なに?」

「殺しは悪ではない。 そう言ったんだよ、ストロノーフ。 ……いや、正しくは()()()()()が悪なのだ。 自分の損になることを悪、得になることを善と決めただけだ。 正義など、それ以上でもそれ以下でも無いのさ」

 

 戦争で敵を殺しても罪にはならんが、仲間を殺すと罪だろう? と、クサダは背を向けたまま言った。

 

「1人殺せば人殺し…10人殺せば殺人鬼……100人殺せば英雄か。 皮肉なもんだな」

「お前は…一体……」

「選べ、ストロノーフ」

「……な、何?」

「お前は持たざる者だ。 自分の我を通す武力も、窮地を脱する知恵もない。 迫り来る運命に抗う(すべ)を持たないお前には、両方を取る資格はない。 お前は弱いから」

 

 だから選択しなければならない。 何を生かすべきなのかを。

 

 だから切り捨てなければならない。 何を殺すべきなのかを。

 

「さあ、選べストロノーフ。 誰を救うのか……犠牲にするのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  生贄を選べ  

 




アインズ様の食事トリックは、2つのアイテムを使いました。
口唇虫じゃないよ。

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