どんな人生でも好きなことして生きられれば最高さ 作:はないちもんめ
次は未定ですが。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは真剣な面持ちで立っていた。それは目の前にいるティアナ・ランスターも一緒だった。
「では、先輩として教えることは全て終了しました。これからは、一人で執務官として頑張ってください」
「はい!ありがとうございました」
スッと頭を下げるティアナ。その様子を見て真剣だったフェイトの顔も少し綻ぶ。
「うん、ティアナ、お疲れ様!ようやく自分の夢が叶ったね」
その言葉に、ティアナは嬉しそうな顔をするが、すぐに引き締め直して答える。
「いえ、まだまだですよ。確かに執務官にはなれましたけど、なって何をするのかが大事なんですから。これからが大切ですよ」
ティアナの言葉にフェイトは少し嬉しくなる。目の前の優秀な妹分であり、仲間は自分が言わなくても本当に大切なことは何であるかが分かっているようだ。不真面目な弟分とは大違いである。
「ふふ。これからが大変だよって言うつもりだったけど…ティアナにその必要はないみたいだね。頼もしいよ…少しで良いから、アレに分けてあげたいくらいに」
「アレって何ですか?」
「気にしないで。ティアナは生涯知らなくて良い存在だから」
「は、はあ、そうですか」
疑問符を浮かべながら首を傾げるティアナに苦笑いを返す。普通に考えたら、そうそう会うことはないだろうし、会ってはいけない存在だ。ティアナの性格を考えたら、相性が悪いことは明白だし。
そう考えたフェイトは、話を変えるために笑顔になり、別の話題を切り出す。
「それじゃあ、私はこれからオフだけど、ティアナは別の仕事があるよね?どんな、仕事だっけ?」
「あ、はい。これから違法の破壊兵器を売買している組織を摘発しに行くことになってます」
最初から、ハードな仕事内容にフェイトの顔から笑みが消える。
「いきなり大変な仕事だね。良い?ティアナ。一つだけ約束して。執務官とはいえ、絶対に無理はしないこと。ティアナが傷ついたら皆、悲しむんだからね?」
ガシッと肩を掴まれて真剣な顔で告げるファイトにティアナは苦笑する。
この人の元で教えられてから2年ほど経っているのだが、どうやらまだ心配される対象であるらしい。
そして困ったことに心の何処かでまだこの人に心配される対象であることを喜んでしまっているティアナがいた。
(執務官になったんだし、良い加減自立しないと)
「分かってます。大丈夫ですよ、フェイトさん。もう子供じゃないんですから」
「地図によると…ここで間違いなさそうね」
フェイトと別れたティアナは、自身の初任務にむけて出発した。
戦闘部隊を引き連れて警戒しながら歩いていたので、多少の時間はかかったが無事に目的地に到着した。
行く前から写真を見ていたので知ってはいたのだが、まあ見るからに悪党がたむろしてそうな工場跡だ。分かりやすくて助かるのだが、ある程度規模が大きい。下手に突撃すれば、別の入り口から逃げられてしまうかもしれない。
「ティアナ執務官。私たちはどのように?」
戦闘部隊の隊長と思われる人物がティアナに話しかける。
言われる前からティアナも配置については考えていた。
この広さだと完全に包囲するのは難しいので、ある程度の妥協は必要になるだろう。
「一班は表。ニ班は裏。三班はいざという時の遊撃隊として控えてて。四班は私と来なさい」
「了解しました」
ティアナの命令が下ると同時に、それぞれの班の班長の指示の元黙って動き出すメンバー。
まだ多少ぎこちないが、私の初めての指揮なのである程度は仕方ないだろう。
「執務官。四班準備完了です」
「よし。行くわよ」
突撃部隊の準備が整ったのを確認してからティアナも自身のデバイスを抜く。完全に臨戦態勢だ。
ここから先は何があるか分からない。
全員が警戒心を最大にしながら、ゆっくりと。しかし確実に前へと進んでいく。だが
(…静か過ぎる)
幾ら進んでも全く何も起こらない。居ないのかもしれないと考えたが、その可能性は低い。先行部隊がこの工場に怪しげな集団が入っていくのを目撃しているからだ。
そうなると、これから先に相当な罠が待ち構えている可能性が高い。
自覚なしにティアナは背中に冷や汗をかく。恐らく他の仲間も同じ気持ちだろう。
何人かは引き返すことを提案したが、ティアナはその案を却下した。
幾ら何でも危険かもしれないというだけで、引き返す訳にはいかないからだ。
そうこうしている間に大きな扉の前に辿り着いた。中からはこれまで感じなかった人の気配が僅かに漏れていた。
自然とティアナはデバイスを構えた。
「全員伏せて!」
同時にティアナは魔法弾を発射する。流石の威力で前の扉に大きな穴が空いた。
巻き上がった煙の中をティアナも含めた全員が突撃する。それぞれが背中に仲間を庇いながら武器を構えるが、中の様子にティアナ以外の全員が絶句していた。何故なら
「ぜ…全滅している…?」
明らかに堅気ではない連中があちこちに倒れていたからだ。少なくとも30人は居るだろう。
「落ち着きなさい!まずは倒れている連中の顔を確認よ!」
ティアナの声に金縛りが解けたかのように全員が一斉に動き始める。
他のメンバーが顔の照合をしている最中でも、ティアナは警戒を怠らずに周りを見ていた。
(何が起きたのか分からないけど…まだ血が乾いていないのを見るとそんなに時間は経っていない。つまり、こんなことをしでかした犯人は間違いなく遠くには行っていないはず)
だが、少なくとも自分たちが中に入ってから誰かが外に出たことはないはずだ。そうだとすれば私たちに連絡が来ないわけがない。つまりは…
「犯人はまだこの辺にいるってことになるわね」
「そうなりますね。しかし、一体どうして誰がこんな真似を…?」
「さあ?それは私にも分からないわ。だから」
報告に来た部下と現状の確認をしていたティアナは不意に後ろを向くと、用意していた魔法弾を躊躇なく発射した。
「そこにいる人に聞いてみようかしらね!」
部下が驚く中でティアナの攻撃は放たれたが、隠れていた黒マントによって打ち消された。
その何は攻撃を打ち消した後、その場から跳躍しティアナの射程距離から逃れた。
今の一連の身のこなしを見ただけで只者ではないことが伝わったティアナの警戒心は自然と強まる。
そんなティアナの警戒心が伝わったのか呆気にとられていた部下たちも臨戦態勢を取り始めた。
そんな中で、黒マントは余裕ぶった態度を崩さずに平然と話し始めた。
「おいおい、どーなってんだよ?魔力を完全に隠すって言うから高いのに買ったってのによぉ、このマント。普通にバレてんじゃねぇか。こりゃ、リコールの対象だろ、おい」
顔は良く分からないが、声からすると若い男のようだ。同年代だろうか?
ティアナは警戒を解かないまま、情報を得るために会話をすることにした。
「そんなことないわよ?魔力は完全に隠れてたから。魔力を感じなくても、あれだけ至近距離にいれば気付くわよ」
「あっそ。やれやれ、上手くいかないもんだなぁ」
ボリボリと頭をかく男は見るからに隙だらけなのだが、ティアナの第六感は油断はするなと訴えていた。
「人生なんてそんなものよ?ところで、話を聞きたいからこっちに来て貰える?」
「そりゃ、無理な注文だ。近付いたら捕まえるつもりだろ?執務官殿」
男の言葉に、部下の全員が身構えるがティアナが手を上げて動きを止めた。自分が執務官であることなど、ここに隠れて会話を聞いていたあの男なら分かって当然だろう。
「そっちが逮捕されるようなやましいことをしていなければそんなことないわよ。安心して」
「茶番だな。分かってんだろ?パンピーがこんな所にいるわけがねぇってよ」
男はデバイスと思われる刀を構える。それを見たティアナ達も全員戦闘を覚悟した。
「…そうね。じゃあ、これだけは聞かせて貰える?貴方は、この周りの人たちの仲間なのかしら?」
「教えてやる義理もねぇが、無関係だよ。俺は俺の用事のためにこいつらを潰す必要があっただけだ。ま、俺がここにいることは知らなかったようだし、アンタの目的はこいつらだろ?全員死んでねぇし、こいつらはアンタに渡すから俺のことは逃してくれないか?」
「茶番ね。分かってるんでしょ?執務官がそんなことをするわけがないってことを」
ティアナの言葉で男は態勢を比較した。ティアナも魔力を練り始めた。
「そりゃあ、まあ…そうだな!」
言うと同時に男はティアナ達と逆方向に走り出すし、積んであった箱を粉々にした。何をしたいのかは知らないが、臭いからすると中身は酒のようだ。
その直後にティアナと部下の全員が遠距離魔法を男に放つが、曲芸のように身体を捻り全ての魔法を回避した。
驚いたのはティアナだ。誘導弾ではないとはいえ、あれだけの数の攻撃が全て躱されるなも夢にも思わなかったのだ。
「イキナリ容赦ねぇな、おい!まあ、分かってたけどよ」
そんなことをティアナが思っていることを知ってか知らずか、そんな芸当をやってのけながら先程と同じような飄々とした態度を崩さない。だが、流石にそんなことをした結果、顔を隠していたマントが剥がれて顔が見えた。
予想通り、顔は知らなかったがティアナと同年代の黒髪の男だった。これほどの若さであの動きを身に付けたとは恐れ入る。まあ、こんなことにそれを費やしていては意味などないが。
「ラ、ランスター執務官!この男賞金首です!」
しかし、ティアナの仲間の何人かはこの男の顔を知っていたのか血相を変えて報告してくるがティアナからすれば驚くには値しない情報だ。これだけのことをする奴が無名などということはないだろう。
「名前は?」
「レインです!最近目立ってるルーキーです」
言われてみてティアナも記憶の奥底で、こんな賞金首がいたことをふと思い出す。確か、基本的には頼まれたら何でもやる何でも屋だったはず。だとすれば、この組織を潰したのにも納得がいく。恐らく、対抗組織にでも頼まれたのだろう。
「尚更逃すわけにはいかなくなったわね。そっちの裏にいる組織の情報…何が何でも教えてもらうわよ」
「…その前に待て。確認したいことがあるんだが」
是が非でも捕まえると気合を入れ直したティアナを他所に、レインは手を顔に当てて俯いている。何やらショックを受けているようだが何かあったのだろうか。
「確認?」
「まさかお前…ティアナ・ランスターか?」
「そうよ。知らなかったの?」
JS事件で急激に有名になったせいで、今更誰に知られていた所で驚くには値しないのだが、何かレインという男の態度は何やらおかしかった。
先程の余裕ぶった態度が全くなくなり、ブツブツと呟きながら不貞腐れているようにしか見えない。
レインの急変にティアナが戸惑っていると、顔を上げたレインは頭をかきながら大声で宣言した。
「止めだ、止め!帰る!」
「「「は?」」」
「は?じゃねぇよ。帰る。こんな不毛な戦いやってられっか」
「突然何を言い出したのかと思えば…舐めてるの?逃すわけないでしょ」
「舐めてるのはお前の方だよ。知らないのかもしれないが俺は悪党なんだぜ?」
「全員知ってるわよ、そんなこと」
「いいや、分かってない。つまりだ…俺はお前らと違って法に囚われる必要がないんだよ。だから」
ニヤッと笑ったレインは、懐からライターを取り出した。一服するつもりかと思ったティアナだが、その数秒後に自分の認識が甘過ぎることを悟った。
「逃げるなら何でもしてやるさ。こんなこともな」
そう言ってから、レインがひょいとライターを放り投げると瞬く間に信じられないスピードで火の手が広がっていた。通常ではあり得ないスピードだ。
「あ、アンタ一体何を!!」
「ここにあった酒はとびきりアルコール度数が高い酒でな。分かるよな?そんな酒の近くで火の手が上がればどうなるかなんてことくらい」
「くっ!」
やられたとティアナは悟った。あの時、箱の酒を破壊したのはこのための布石だったのだ。
この程度の火でやられるようなヤワな鍛え方はしていないが、傷ついてるこの組織のメンバーは違う。悪党とはいえ、流石に見殺しにはできない。
そんなことをティアナが考えている隙にレインはティアナの視界から消えていた。
逃すわけにはいかない。
それだけを考えたティアナは部下を置いて、一人で追撃を始める。
レインとティアナ。これが二人の長い付き合いのきっかけになることを知る者はまだ誰もいない。
次話は気長に待っててください