東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第9話 守屋神社に参拝 その1

 

 夏の太陽が照り付ける中、額に汗を浮かべて石段を昇り切ると――懐かしい風景が広がっていた。

 

 石段、鳥居、参道、手水舎、拝殿。

 

 幼き日の思い出の中の情景と眼前の風景が重なり合う。

 

 守矢神社。

 

 幼き日の遊び場であり、思い出の地。

 

 構造物から境内の周囲に植えられている針葉樹林に至るまで、まるで時間の移ろいから取り残されたかのように――何1つ変わっていない。

 

「どう? 久しぶりに守矢神社を訪れた感想は」

 

「どうって……懐かしいとしか言いようがないな」

 

「そうだろうね。……やっぱり、この神社の雰囲気は何度味わっても飽きないね。居心地が良いよ。守矢神社に限らず、神社が持つ独特の雰囲気は好きなんだけどね」

 

 優は両眼を閉じて深呼吸をした。

 

 優に(なら)い、両眼を閉じて、守矢神社に漂う独特の霊気を深く感じる。

 

 肌に触れる霊気を帯びた空気の感触。

 

 土と草木が生み出す、心安らぐ自然の香り。

 

 樹木の静謐(せいひつ)な葉音。

 

 守矢神社で過ごした幼少の頃の記憶が鮮明に思い描かれた。

 

 ……双眸を開く。

 

「さて、参拝といこうじゃないか」

 

「そうだね。……そう言えば、颯は参拝の礼法って知ってたっけ?」

 

「参拝の礼法? いや、知らないが……礼法なんてあるのか?」

 

「うん、あるよ。神様に失礼があったら、祟られるかもよ?」

 

 優が意味深長な笑みを浮かべる。

 

「祟り、ねぇ。実際にいるもんなのかね、神様とやらは」

 

「少なくとも、オレはいかにも神様めいた神々しい風貌の存在を目にした事はないけれど……」

 

 優は鳥居の前まで歩いて行くと、こちらを振り返って、愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「案外ね、神様は実在して、そして身近にいるのかもしれない。ただ、人々がそれを神と知らないだけで――それを神と崇めないだけで」

 

「……それは八百万の神の話か?」

 

「八百万の神様? そう解釈したか。うん、まあ……そう思っていても構わないかな。どんな物であっても、それを神と見なして崇めれば神様になるからね。たとえそれが天使であろうが悪魔であろうが、妖怪であろうが人間であろうが、その辺りに落ちている小石であろうとも。まあ、古事記における神の定義では、人間や小石は神にはならないのだけれど」

 

「ふうん……神様ね」

 

 神学に興味の無い俺にとって、縁遠い話だ。

 

 鳥居の前まで歩く。

 

「神と見なせば何物も何者も神となるねぇ……。神様関連の話は、俺にはよく分からないな。なんで古事記における神の定義では、人間や小石は神にならないんだ?」

 

「簡単に言うと、超人的な存在全てを神と呼んでいるからだよ」

 

 優は、恐らく古事記の書き下し文であろう言葉をそらんじる。

 

「『尋常ならず優れたる徳のありて、可畏き物を神という。優れたるとは、尊きこと善きこと、雄々しきことなどの、優れたるのみを言うにあらず、悪きもの奇しきものなども、世に優れて可畏きを神というなり」』

 

「……さっぱり分からないな」

 

「要は、姿形などは関係なし。人智を超えた力の持ち主を古事記では神と定義しているんだよ。超能力者って言えば、分かりやすいかな」

 

「超人的な存在全てが神ね……。だから、人間や小石は、神にならないってわけか。人外の存在――優の天使や悪魔、妖怪と呼ばれる存在は、神と呼べるわけか」

 

「そうそう。人外の存在と言ってもね、人よりも力の弱い存在なんて、いくらでもいるけれど。妖怪を例にあげるなら、小豆洗いや天井舐めとかかな。面白いよね、天井舐め。天井を舐めているだけの妖怪なんだもん。彼こそ妖怪界を代表するペロリストだね」

 

「分かった分かった。神様談義だか妖怪談義だか知らないが、その話はそれくらいにしておこうぜ。話が横道にそれそうだからな。参拝の礼法の話に戻してくれ」

 

「ああ、そうだったね。じゃあ、参拝の礼法について教えようか」

 

 優は鳥居を指さした。

 

「じゃあ、まずは神社の入口にある鳥居について教えていこうか。鳥居がどういう構造物であるか知ってる?」

 

「いや、全く。何か鳥の止まり木みたいな形をしているから、霊鳥を呼ぶためにあるのかと思っていたな。言っておくが、全くと言って良いほど神社に対する知識は無いぞ」

 

「じゃあ、こちらから一方的に説明していくよ。鳥居はね、神社の内側と外側――すなわち神域と俗界を区画する結界なんだ。界標とも言えるね。鳥居は、神域へと通じる門なんだ」

 

「神域への門か……。そう言われると、鳥居の形は、門に見えなくもないな」

 

「鳥居をくぐれば、その先は神域。だから、鳥居を潜る前に、まずは一礼するんだよ。お邪魔しまーすって感じにね」

 

「鳥居に入る前に一礼するなんて、初めて知ったな。……ああ、だからお前は初詣の時に鳥居の前でお辞儀をしていたのか」

 

「あれ、その時に一礼する理由を教えてなかったっけ」

 

「……いや、全く記憶にない」

 

「まあ、いいや。あとね、参道を歩く側によって、鳥居を潜る時に出す足が決まっているのだけれど……これは割愛しておこうか」

 

「分かった。とりあえず、一礼してから鳥居を潜れば良いんだな」

 

 俺は腰を折り、深々と頭を下げて一礼した。

 

 横に目をやると、優も同じように一礼していた。

 

「さて、鳥居を潜ろうか。参道の歩き方なのだけれど、参道の真ん中を歩かず、端の方を歩くのが礼儀。参道は神様の通り道だからね。真ん中は、神様の通り道」

 

 優は鳥居を潜り、参道の左側に沿って、先に進んで行った。

 

 俺も参道の左側を通り、優の後ろを付いて歩く。

 

 優はの方を指さした。

 

「さて、次は手水舎(ちょうずや)で清めだ」

 

 優は右手で備え付けられていた柄杓を手に取ると、石器に満たされている水を汲んだ。

 

「こうして右手で柄杓で水を汲んだらね、まずはその水で左手を洗い流すんだ」

 

 俺も柄杓を右手で持ち、汲んだ水で左手を洗い流した。

 

「そうそう、そんな感じ。左手を洗い流したら、今度は柄杓を左手に持ち替えて、今度は右手を洗い流す。それが終わったら、また柄杓を右手に持ち替えて、汲んだ水を左手の手の平で受けて、左手の中に溜まった水で口をすすいで口の中も清めるんだ」

 

「まずは手を清めて、最後に口も清めるってわけか」

 

 優に言われた通りに右手も水に流し、新たに汲んだ水で口をすすぐ。最後に、足元の流し場のような場所へ水を吐き出した。

 

「それが終わったら、最後に柄杓の中に残っている――残っていなかったら新たに汲んでも良いよ。柄杓を立てて、自分が握った柄杓の柄の部分を洗い流して終わり」

 

 言われた通り、柄杓の柄を水で洗い流した。

 

「神社の参拝って、色々と面倒な手順を踏まなくちゃいけないんだな。今まで、手水舎(ちょうずや)の存在意義が分かんなかったな。手洗い場っぽいな、と思っていたけど」

 

「オレは一時期、この柄杓は打ち水に使う道具と勘違いしていたけどね」

 

「打ち水をやるにしては、こじんまり柄杓だな」

 

「違いない。さあ、拝殿に向かおうか」

 

「ああ」

 

 柄杓を元あった位置に戻し、優と共に拝殿へ向かった。

 

 


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