東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第6話 俺、紫さんの腰ぎんちゃくになるわ

 

 幻想郷のことついて、魔理沙と話しながら路地を歩いていると、川辺の道に出た。

 

「ほら、右手側だ。あそこに橋が見えるだろう? あの辺りが商店通りだ」

 

 魔理沙が指を指す方向を見ると、150メートルほど先に、両岸を繋げる大きな橋が掛かっている。周囲には、商店らしき建物が軒を連ねていて、数多くの住人が行きかっている。人里の中心地といった感じだ。

 

「かなり賑わっているみたいだな」

 

「そりゃ、人里の商品が集まる場所だからな。たいていの生活用品は、商店通りを歩いていれば、買いそろうぜ」

 

 俺と魔理沙は、商店通りの橋の方へ向かって、再び歩き始める。

 

 商店通り。その名称自体は珍しくないけれど、通りに面して商店が並んでいる光景は、今ではなかなか見られないものだ。コンビニやスーパーマーケット、郊外の大型ショッピングモールが点在している外の世界では、個人経営の店は潰れてしまうからだ。

 

「そう言えば、いくらかお金は持っているのか? さすがに無一文で幻想郷に来たわけではないんだろう?」

 

「いや、それなんだがな……」

 

「まさか、本当に無一文なのか?」

 

 魔理沙が呆れと心配の入り混じった顔を向けてくる。

 

「もともと、紫さんに招かれる形で幻想郷にやって来たし……。紫さんは、お金とか食料品とか、こちらで用意する……みたいなことを言っていたしな」

 

 まだ渡されていないというだけで、あとで渡すつもりなのかもしれない。さっき会った時は、住む場所について、ちゃんと考えてくれている口振りだったし。

 

 教えない方が都合がいいとは、どういう意味なのか。俺や優にとって、最適な場所……らしいけれど、事前に知っていては、到着できない場所なのだろうか。まあ、数日すれば、判明することだな。

 

「なんと言うか、大変だな……。あいつ、何を考えてるか、よく分からないからな。何度か会っているが、どうも苦手でな……」

 

 魔理沙は苦々しく呟いた。

 

 紫さんが何を考えているか分からない――それは俺も共感できる。話は通じるけれど、やたらと口達者で、迂曲な言い回しを使ってくるからな。

 

 しかし、俺自身は、紫さんに対して苦手意識めいたものは感じない。紫さん並みに会話が厄介な優と、長年に渡って話し続けてきたことが理由だろう。要するに、慣れだ。

 

 いつもの調子で優が魔理沙と会話したら、魔理沙は機能停止するだろうな。まず間違いなく、ツッコミが追いつかなくなる。

 

「まあ、お金が必要になったら、こーりんを頼ればいいさ。博麗神社の裏山や三途の川付近、あとは無縁塚にでも行けば、こーりんに売れるような道具は拾えるだろうからさ」

 

「最悪の場合は、そうさせてもらうよ。……ところで、無縁塚って?」

 

「そうだな……共同墓地って言えば、正しいかな。無縁仏っているだろう? ああいう仏さんを埋葬する墓地なんだが……墓地と言うか、石積み場と言うか……」

 

 魔理沙は、腕を組んで考え込み始めた。

 

 墓地と石積み場では、かなりの違いがあるのだが。

 

「実際に行ってみれば話は早いんだがな、ずさんな墓地なんだよ。大きな石が置いてあるだけで、どこに誰が埋まっているかも分からない。雰囲気も重苦しくてな……。特別な用が無ければ、誰も近づかない場所なんだ」

 

 無縁仏が無秩序に埋葬された共同墓地、か。

 

 遺体の処理や埋葬方法によって、色々と危険度は変わってくるな。病原菌の温床となる危険も有り得る。

 

「そんな危なっかしい場所に、よく外の世界の道具が流れ着くのか?」

 

「あの辺りは、生きた者と死んだ者の世界が混じり合っている場所だからな。境界が曖昧と言うか、結界が緩みやすいんだよ。だから、外の世界の道具が流れ着きやすい」

 

 そういうことか。逢魔が時――昼と夜の世界の変わり目は、妖怪や魔物の遭遇しやすいと言われているが、両界の境が曖昧になるからなのか。

 

「無縁塚の場所は、魔法の森と三途の川の間だ。もしも行くんだったら、霊夢か紫と一緒に行けよ。こーりんが道具拾いに行くこともあるけど、一般人がひとりで行くような場所じゃないからな」

 

 続けて、魔理沙は「まあ、私が連れて行ってやらんこともないが……」と小さく呟いた。

 

 俺は、そんな魔理沙の様子を黙って見つめた。

 

「……おい、なんでちょっと笑ってんだよ」

 

 俺の沈黙が気になったのか、顔を上げた魔理沙が不機嫌そうに言った。

 

 魔理沙の言う通り、俺は口元に少し笑みを浮かべていた。

 

「いや、なんというか……やっぱりなんでもない」

 

「なんだそりゃ。おい、ハッキリと言えよ。気になるだろ」

 

 魔理沙は抗議の声を上げ続けるが、相手にしないことにした。

 

 霊夢や紫さんを頼れと言いつつも、控えめに自分の名も挙げる。わざわざ用事を買って出たくないという気持ちもあるのだろうが、それ以上に親切心が勝った証拠だ。

 

 霧雨魔理沙――根は良い子なのだろう。

 

「……ったく、なんかスッキリしないぜ。あ~、やだやだ。何か甘い物でも奢ってもらわないと、このムシャクシャは解消できそうにないな~。神社までの帰りの人運び、やりたくなくなっちゃうぜ~」

 

「すまんな、無一文だ」

 

「ぐっ……」

 

 魔理沙は意趣返しに甘味をねだろうと思ったのだろうが、あいにく、こちらは金無しだ。

 

「……あー、もう!」

 

 魔理沙は苛立ちの遣り場を失ったせいか、八つ当たり気味になる。

 

「なんで一文無しの癖に、商店通りに行こうとしてんだよ」

 

「いや、買い物が目的じゃないし」

 

「金を持ってないなら、まずは働けよ」

 

「働き口を探すために、人里へ来たんだが」

 

「食うに困らない程度の貯金は持ってろよ」

 

「そもそも、持ってこようが無いんだが」

 

「なんで路銀も無しに遠出しようと思ったんだよ」

 

「紫さんを頼ってきたからな」

 

「甲斐性無し」

 

「将来性に期待してくれ」

 

「無職」

 

「もともと学生だしな」

 

「ヒモ男」

 

「いや、彼女いないし」

 

「…………すまん、私が悪かった」

 

「おい、そこで引き下がるな」

 

 悲しくなるじゃないか。

 

 すぐに返事せずに間を置いたあたりに、切なる申し訳なさを感じちゃうじゃないか。

 

 泣いちゃうぞ? 颯さん、心はピュアッピュアなんだぞ?

 

「……そうだ、紫だ! なにもかも、あのスキマ妖怪が悪い!」

 

 魔理沙は黙考した後、苛立ちの矛先を紫さんに変えた。

 

 あながち、紫さんが元凶という発言は間違っていない。

 

「颯が無一文なのは、紫のせいだ!」

 

 そうですね。

 

「私が甘味を食べられないのも、紫のせいだ!」

 

 そうですかね。

 

「私が人運びをやらされているのも、紫のせいだ!」

 

 それは違うんじゃないかなー。

 

「とにかく、みんな紫のせいだ!」

 

「私のせいなのですか?」

 

 突如、俺と魔理沙の間に、紫さんが姿を現した。

 

「のわああぁぁ――って、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 魔理沙は驚きのあまりに後ずさると、土手の段差に空足を踏み、そのまま斜面を転がっていった。

 

 まるでギャグ漫画のような、見事な転がりっぷりだ。思わず、感嘆の声が漏れてしまう。

 

「あらあら、元気ね」

 

 紫さんは魔理沙の憂き目を眺めると、口元に手を添えて笑った。

 

 この人、こうなると分かった上で、俺と魔理沙の間に姿を現したな……。

 

 まあ、因果応報ではある。慈悲は無い。

 

「いたんですか、紫さん」

 

「何やら、私の名を呼ぶ声が聞こえたので」

 

 恐ろしい地獄耳だ。俺の周りに、スキマを仕込んでいたのだろうか。

 

「ところで、駄賃が必要なのですか?」

 

「え? ああ……別に今すぐ必要ってわけではないんですが」

 

 魔理沙がごねていただけだしな。

 

「いいですよ。丁度いい機会ですから、渡しておきましょう。いくら必要ですか?」

 

「えーと、そうですね……」

 

 面と向かって言われると、どれだけの額を提示すればいいのか悩むな。

 

 多くもらえる分にはありがたいが、もらい過ぎるのも図々しい。

 

 そもそも、幻想郷の物価が全く分からない現状では、適正な範囲が掴めない。

 

 そうこうしているうちに、魔理沙が土手から上がってきた。

 

「おい、紫! 出るなら出るって、先に言え!」

 

「そんなことを言われましてもね」

 

 紫さんが同意を求めるように視線を投げてくる。

 

「魔理沙、紫さんには紫さんの都合があるんだ。無茶言うな」

 

「颯は紫の味方をするのか!?」

 

 魔理沙が驚きと怒りの入り混じった声を上げた。

 

 仕方ないじゃないですか。颯さん、財布の紐を紫さんに握られているようなもんだもん。

 

 いやー、ヒモ男はマジで辛いなー。

 

「長い物には巻かれろ、と言いますからね。致し方ありません。それが自然の摂理というものです。諦めなさい」

 

 紫さんが物憂げに言った。指先で涙を拭う振りまでしている。

 

 俺のことをフォローしつつ、自分は悪くないと言わんばかりだ。

 

 やっぱり、紫さんは口達者だな。世渡りが上手そうだ。腰巾着(こしぎんちゃく)になりたくなる。

 

「なっ、なっ……! 颯、見損なったぞ!」

 

「すでに無一文かつ甲斐性無し、おまけに無職、しかも紫さんのヒモ男なのに彼女なし。これ以上、そんな俺のどこを見損なえるって言うんだ? え?」

 

「……お前、自分で言っていて、なんだ、その……悲しくならないのか?」

 

「…………」

 

 あれ、おかしいな。

 

 空は晴れているのに、急に強い雨が降ってきやがった。

 

 視界が濡れて、前が見えやしねえ。

 

「――大丈夫ですよ、颯。私は、あなたを価値ある1人の存在として愛しています。たとえヒモ男であっても、女の愛情を受けとめる器があるなら、そばにいるだけで――女にとって価値ある男なのです。何も持たざるとも、恥じる必要はありません。男の器量とは、心の器の方量のことです。心配せずとも、あなたは立派な器を持っていますよ」

 

 紫さんが慰めの言葉を掛けてくれた。

 

 紫さん……紫さん…………紫さぁぁぁん!

 

 分かったよ! 俺……紫さんの腰巾着(こしぎんちゃく)として付いていく! 

 

 すでに、ヒモと器を兼ね備えた男だし!

 

「紫さん、俺……あなたに付いていきます」

 

「あらあら、思いがけずに若いツバメを手に入れてしまいましたわ」

 

 紫さんは自分の頬に手を添えると、さも恥ずかしそうに身をよじった。

 

 魔理沙は、げんなりした様子で言う。

 

「颯……お前、紫にいいように動かされているだけだぞ……? 正気に戻れよ」

 

「やっかましい! 他人の自己重要感を損なうような奴の言うことなんぞ、俺は耳を貸さん」

 

 まずは、デール・カーネギー先生に弟子入りしてこい。

 

 話は、それから聞いてやろう。

 


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