東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
幻想郷のことついて、魔理沙と話しながら路地を歩いていると、川辺の道に出た。
「ほら、右手側だ。あそこに橋が見えるだろう? あの辺りが商店通りだ」
魔理沙が指を指す方向を見ると、150メートルほど先に、両岸を繋げる大きな橋が掛かっている。周囲には、商店らしき建物が軒を連ねていて、数多くの住人が行きかっている。人里の中心地といった感じだ。
「かなり賑わっているみたいだな」
「そりゃ、人里の商品が集まる場所だからな。たいていの生活用品は、商店通りを歩いていれば、買いそろうぜ」
俺と魔理沙は、商店通りの橋の方へ向かって、再び歩き始める。
商店通り。その名称自体は珍しくないけれど、通りに面して商店が並んでいる光景は、今ではなかなか見られないものだ。コンビニやスーパーマーケット、郊外の大型ショッピングモールが点在している外の世界では、個人経営の店は潰れてしまうからだ。
「そう言えば、いくらかお金は持っているのか? さすがに無一文で幻想郷に来たわけではないんだろう?」
「いや、それなんだがな……」
「まさか、本当に無一文なのか?」
魔理沙が呆れと心配の入り混じった顔を向けてくる。
「もともと、紫さんに招かれる形で幻想郷にやって来たし……。紫さんは、お金とか食料品とか、こちらで用意する……みたいなことを言っていたしな」
まだ渡されていないというだけで、あとで渡すつもりなのかもしれない。さっき会った時は、住む場所について、ちゃんと考えてくれている口振りだったし。
教えない方が都合がいいとは、どういう意味なのか。俺や優にとって、最適な場所……らしいけれど、事前に知っていては、到着できない場所なのだろうか。まあ、数日すれば、判明することだな。
「なんと言うか、大変だな……。あいつ、何を考えてるか、よく分からないからな。何度か会っているが、どうも苦手でな……」
魔理沙は苦々しく呟いた。
紫さんが何を考えているか分からない――それは俺も共感できる。話は通じるけれど、やたらと口達者で、迂曲な言い回しを使ってくるからな。
しかし、俺自身は、紫さんに対して苦手意識めいたものは感じない。紫さん並みに会話が厄介な優と、長年に渡って話し続けてきたことが理由だろう。要するに、慣れだ。
いつもの調子で優が魔理沙と会話したら、魔理沙は機能停止するだろうな。まず間違いなく、ツッコミが追いつかなくなる。
「まあ、お金が必要になったら、こーりんを頼ればいいさ。博麗神社の裏山や三途の川付近、あとは無縁塚にでも行けば、こーりんに売れるような道具は拾えるだろうからさ」
「最悪の場合は、そうさせてもらうよ。……ところで、無縁塚って?」
「そうだな……共同墓地って言えば、正しいかな。無縁仏っているだろう? ああいう仏さんを埋葬する墓地なんだが……墓地と言うか、石積み場と言うか……」
魔理沙は、腕を組んで考え込み始めた。
墓地と石積み場では、かなりの違いがあるのだが。
「実際に行ってみれば話は早いんだがな、ずさんな墓地なんだよ。大きな石が置いてあるだけで、どこに誰が埋まっているかも分からない。雰囲気も重苦しくてな……。特別な用が無ければ、誰も近づかない場所なんだ」
無縁仏が無秩序に埋葬された共同墓地、か。
遺体の処理や埋葬方法によって、色々と危険度は変わってくるな。病原菌の温床となる危険も有り得る。
「そんな危なっかしい場所に、よく外の世界の道具が流れ着くのか?」
「あの辺りは、生きた者と死んだ者の世界が混じり合っている場所だからな。境界が曖昧と言うか、結界が緩みやすいんだよ。だから、外の世界の道具が流れ着きやすい」
そういうことか。逢魔が時――昼と夜の世界の変わり目は、妖怪や魔物の遭遇しやすいと言われているが、両界の境が曖昧になるからなのか。
「無縁塚の場所は、魔法の森と三途の川の間だ。もしも行くんだったら、霊夢か紫と一緒に行けよ。こーりんが道具拾いに行くこともあるけど、一般人がひとりで行くような場所じゃないからな」
続けて、魔理沙は「まあ、私が連れて行ってやらんこともないが……」と小さく呟いた。
俺は、そんな魔理沙の様子を黙って見つめた。
「……おい、なんでちょっと笑ってんだよ」
俺の沈黙が気になったのか、顔を上げた魔理沙が不機嫌そうに言った。
魔理沙の言う通り、俺は口元に少し笑みを浮かべていた。
「いや、なんというか……やっぱりなんでもない」
「なんだそりゃ。おい、ハッキリと言えよ。気になるだろ」
魔理沙は抗議の声を上げ続けるが、相手にしないことにした。
霊夢や紫さんを頼れと言いつつも、控えめに自分の名も挙げる。わざわざ用事を買って出たくないという気持ちもあるのだろうが、それ以上に親切心が勝った証拠だ。
霧雨魔理沙――根は良い子なのだろう。
「……ったく、なんかスッキリしないぜ。あ~、やだやだ。何か甘い物でも奢ってもらわないと、このムシャクシャは解消できそうにないな~。神社までの帰りの人運び、やりたくなくなっちゃうぜ~」
「すまんな、無一文だ」
「ぐっ……」
魔理沙は意趣返しに甘味をねだろうと思ったのだろうが、あいにく、こちらは金無しだ。
「……あー、もう!」
魔理沙は苛立ちの遣り場を失ったせいか、八つ当たり気味になる。
「なんで一文無しの癖に、商店通りに行こうとしてんだよ」
「いや、買い物が目的じゃないし」
「金を持ってないなら、まずは働けよ」
「働き口を探すために、人里へ来たんだが」
「食うに困らない程度の貯金は持ってろよ」
「そもそも、持ってこようが無いんだが」
「なんで路銀も無しに遠出しようと思ったんだよ」
「紫さんを頼ってきたからな」
「甲斐性無し」
「将来性に期待してくれ」
「無職」
「もともと学生だしな」
「ヒモ男」
「いや、彼女いないし」
「…………すまん、私が悪かった」
「おい、そこで引き下がるな」
悲しくなるじゃないか。
すぐに返事せずに間を置いたあたりに、切なる申し訳なさを感じちゃうじゃないか。
泣いちゃうぞ? 颯さん、心はピュアッピュアなんだぞ?
「……そうだ、紫だ! なにもかも、あのスキマ妖怪が悪い!」
魔理沙は黙考した後、苛立ちの矛先を紫さんに変えた。
あながち、紫さんが元凶という発言は間違っていない。
「颯が無一文なのは、紫のせいだ!」
そうですね。
「私が甘味を食べられないのも、紫のせいだ!」
そうですかね。
「私が人運びをやらされているのも、紫のせいだ!」
それは違うんじゃないかなー。
「とにかく、みんな紫のせいだ!」
「私のせいなのですか?」
突如、俺と魔理沙の間に、紫さんが姿を現した。
「のわああぁぁ――って、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔理沙は驚きのあまりに後ずさると、土手の段差に空足を踏み、そのまま斜面を転がっていった。
まるでギャグ漫画のような、見事な転がりっぷりだ。思わず、感嘆の声が漏れてしまう。
「あらあら、元気ね」
紫さんは魔理沙の憂き目を眺めると、口元に手を添えて笑った。
この人、こうなると分かった上で、俺と魔理沙の間に姿を現したな……。
まあ、因果応報ではある。慈悲は無い。
「いたんですか、紫さん」
「何やら、私の名を呼ぶ声が聞こえたので」
恐ろしい地獄耳だ。俺の周りに、スキマを仕込んでいたのだろうか。
「ところで、駄賃が必要なのですか?」
「え? ああ……別に今すぐ必要ってわけではないんですが」
魔理沙がごねていただけだしな。
「いいですよ。丁度いい機会ですから、渡しておきましょう。いくら必要ですか?」
「えーと、そうですね……」
面と向かって言われると、どれだけの額を提示すればいいのか悩むな。
多くもらえる分にはありがたいが、もらい過ぎるのも図々しい。
そもそも、幻想郷の物価が全く分からない現状では、適正な範囲が掴めない。
そうこうしているうちに、魔理沙が土手から上がってきた。
「おい、紫! 出るなら出るって、先に言え!」
「そんなことを言われましてもね」
紫さんが同意を求めるように視線を投げてくる。
「魔理沙、紫さんには紫さんの都合があるんだ。無茶言うな」
「颯は紫の味方をするのか!?」
魔理沙が驚きと怒りの入り混じった声を上げた。
仕方ないじゃないですか。颯さん、財布の紐を紫さんに握られているようなもんだもん。
いやー、ヒモ男はマジで辛いなー。
「長い物には巻かれろ、と言いますからね。致し方ありません。それが自然の摂理というものです。諦めなさい」
紫さんが物憂げに言った。指先で涙を拭う振りまでしている。
俺のことをフォローしつつ、自分は悪くないと言わんばかりだ。
やっぱり、紫さんは口達者だな。世渡りが上手そうだ。
「なっ、なっ……! 颯、見損なったぞ!」
「すでに無一文かつ甲斐性無し、おまけに無職、しかも紫さんのヒモ男なのに彼女なし。これ以上、そんな俺のどこを見損なえるって言うんだ? え?」
「……お前、自分で言っていて、なんだ、その……悲しくならないのか?」
「…………」
あれ、おかしいな。
空は晴れているのに、急に強い雨が降ってきやがった。
視界が濡れて、前が見えやしねえ。
「――大丈夫ですよ、颯。私は、あなたを価値ある1人の存在として愛しています。たとえヒモ男であっても、女の愛情を受けとめる器があるなら、そばにいるだけで――女にとって価値ある男なのです。何も持たざるとも、恥じる必要はありません。男の器量とは、心の器の方量のことです。心配せずとも、あなたは立派な器を持っていますよ」
紫さんが慰めの言葉を掛けてくれた。
紫さん……紫さん…………紫さぁぁぁん!
分かったよ! 俺……紫さんの
すでに、ヒモと器を兼ね備えた男だし!
「紫さん、俺……あなたに付いていきます」
「あらあら、思いがけずに若いツバメを手に入れてしまいましたわ」
紫さんは自分の頬に手を添えると、さも恥ずかしそうに身をよじった。
魔理沙は、げんなりした様子で言う。
「颯……お前、紫にいいように動かされているだけだぞ……? 正気に戻れよ」
「やっかましい! 他人の自己重要感を損なうような奴の言うことなんぞ、俺は耳を貸さん」
まずは、デール・カーネギー先生に弟子入りしてこい。
話は、それから聞いてやろう。