東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第3話「手伝わない? だったら殴るわよ」

 霊夢と別れてから、30分くらい経過しただろうか。

 

 俺と優は、まだ平屋の居間にいた。優と幻想郷について、あれこれ話し合っている。

 

 今の話題は、幻想郷の暮らしついてだ。幻想郷に関する手持ちの情報は少ないが、どんなことを霊夢に確認しておくべきなのか、今のうちに考えておいた方がいいからだ。

 

「幻想郷で暮らすとなったら、やっぱり金回りと食糧事情は把握しておきたいな」

 

「だねー。まずは、お金が普及しているかどうかだね。幻想郷に貨幣文化が浸透していなかったら、基本的に物々交換になろうだろうし」

 

「物々交換か……まるで未開の地の現地民みたいな話だな。……ん? でも、神社に賽銭箱はあったよな? 貨幣めいた貨幣は使われているんじゃないか?」

 

「かもね。賽銭を入れた時の霊夢の食いつきよう。あれを見るに、貨幣という概念を知っている風だったよね」

 

「ああ。……そう言えば、紫さんが言ってたな。幻想郷の文化水準って、江戸後期から明治初期あたりだって。だったら、まず間違いなく貨幣は使われているな」

 

 うーん……。江戸後期から明治初期って、いったいどんな貨幣が使われていたっけ。金貨とか銀貨とか、その辺りだよな。じゃあ、文銭も使われているかもな。

 

「どんな貨幣が使われているか、あとで霊夢に確認するとして……。あとは、食糧事情か」

 

「まあ、間違いなく稲作と畑作だろうね。ここらで貿易できると思わないし。と言うか、そもそも交通手段が無いんじゃない?」

 

「だろうな。基本、自給自足か。実際に人里に行ってみないと、なんとも言えないが」

 

 人里がどの程度の規模なのか分からないが、生野菜の露店販売くらいはやっているだろう。明治初期の文化水準なら、1次産業品以外にも、多くの工芸品や娯楽品が作られていると考える方が自然だ。

 

 完全に自給自足となると、始めの頃の食糧事情は、霊夢に依存するしかなくなる。その前に紫さんと接触できればいいのだが……。

 

 紫さん、今頃は何をやっているのだろうか。霊夢の言うように、例のスキマを使って、どこからか様子をのぞき見しているのだろうか。

 

 ――――スタッ!

 

 ふと、庭の方から足音がした。歩くというよりは、跳んだ後の着地のような足音だ。

 

 霊夢が戻って来たのだろうか。俺はそう思い、庭の方へ顔を向ける。

 

 視線の先にいた人物は、霊夢ではなかった。見知らぬ少女だ。

 

「よぉー! 遊びに……きた……ぜ?」

 

 先方からしても想定外の状況だったのか、呼び掛けの声が尻すぼみになった。

 

「あれ、霊夢は? あんたら、霊夢の客人か?」

 

 そう言いながら、少女は俺達の方へ歩いてくる。

 

「ああ、まあ……客人と言えば客人だな」

 

 俺が答えると、少女は縁側にドサッと腰を下ろした。どことなく男勝りな動きだ。

 

「ふーん、そっか。あんたら、見慣れない顔だな。人里……んん? いや、違うな。服装が人里の連中っぽくないし」

 

 少女は上半身を捩じって振り向き、俺と優の姿を代わる代わる観察してくる。

 

 その間、俺も少女の姿を見つめた。

 

 少女の姿は――たとえるなら魔女だ。頭に大きな黒の帽子を被っている。服装は、黒と白が基調のエプロンドレスだ。髪は金髪だが……地毛だろうか。外見からして、年齢は霊夢と同じくらい……15歳前後と言ったところだろう。

 

 霊夢が和風の巫女なのに対して、目の前の少女は西洋風の魔女。なんとも印象の差が激しい。

 

 コスプレ――というわけではないだろう。幻想郷は妖怪……すなわち人外の楽園。恐らく、目の前の少女は、魔女の類だ。

 

 うーん……魔女って人外の部類なのだろうか。個人的には、魔法が使える人間って感じなのだけれど。

 

 俺が考え込んでいると、少女は「ま、いっか」と言って、靴を脱ぎ捨てて居間へ上がって来る。

 

「ところで、霊夢はどこだ? 外出中か?」

 

 少女は、居間をキョロキョロと見回す。

 

「霊夢なら……その辺にいるんじゃないか? なんか午前中に用事を済ませたいって言ってたから」

 

 

「用事? はーん……用事ね。霊夢にしては、珍しいこともあるもんだ」

 

 少女はそう言うと、居間の押し入れを開いて、慣れた動作で座布団を引っ張り出す。こっちに近づいて来ると、俺と卓袱台を挟むようにして座布団を敷き、その上に座って胡坐をかいた。

 

 眼前で少女が胡坐をかいたことに、俺はちょっと驚いた。年頃の少女が男性の前で胡坐をかく姿を初めて目にしたからだ。言動を見るに、どうやら男勝りな性格のようだ。

 

「で、あんたら、名前は?」

 

 少女は帽子を脱いで畳の上に置くと、卓袱台に肘をつきながら尋ねてきた。どうやら、霊夢が来るまで雑談で暇を潰すつもりのようだ。

 

「俺は及川颯だ」

 

「オレは優ね。苗字は神坂」

 

「ふーん……。颯と優ね」

 

 俺と優が名乗ると、少女は確かめるように名前を呟く。

 

 俺は下の名前を呼ばれたことが意外だった。普通――つまり幻想郷の外の世界であるが、よほど親しくならないと下の名前で呼んだりしないものだ。

 

「ちなみに、私は霧雨魔理沙だ。普通の魔法使いだぜ」

 

 ……普通の魔法使い? 魔法使いにも、普通か変かの区分があるのだろうか。

 

 と言うか、やっぱり魔法使いなんだな。見た目通りに。どうもコスプレの感が拭い去れないけれど。

 

 

「えっと……霧雨は魔法使いってことは、実際に魔法が使えるのか?」

 

 俺がそう尋ねると、霧雨は不思議そうに眉をしかめた。

 

 何かマズイことでも尋ねてしまったのだろうか。

 

「あ、ああ……」

 

「何か、変なことを質問しちゃったか?」

 

「いや、変な質問と言うか……かなり久しぶりに苗字で呼ばれたなって思って」

 

「苗字で……? 普通は、名前で呼び合うもんなのか?」

 

「そうじゃないのか?」

 

 俺が尋ねると、霧雨が尋ね返してきた。

 

 どうやら、幻想郷では、下の名前で呼び合うのが常識らしい。そう言えば、霊夢も俺達のことを最初から名前で呼んでいたっけか。

 

「いや、俺は幻想郷の風習が分からない。ただ、今までは苗字で呼ぶことの方が普通だったからな」

 

「ああ、なんだ。やっぱり外来人か。そうじゃないかとは思ってたんだ」

 

 霧雨……いや、魔理沙は合点がいったと言わんばかりに頷く。

 

「外の世界だと、苗字で呼び合うことの方が普通なんだな。なんでなんだ?」

 

「いや、なんでって尋ねられてもな」

 

 それが当たり前だったからとしか言えない。いきなり名前で呼ぶと、馴れ馴れしい印象を与えるから……だろうか。

 

「颯。たぶんね、幻想郷は離島と同じ感覚なんだと思うよ」

 

 横合いから、優が会話に加わってきた。

 

「離島と同じ感覚? どういう意味だ?」

 

「えっとね、日本でたとえるなら、沖縄……いや、西表島とか宮古島とかみたいな、小さな離島の方がいいか。外部との交通が遮断されている離島ってね、島民同士で結婚するから、同じ苗字の親戚が多くなるんだよ。たとえば、周りの人の苗字が佐藤さんとか鈴木さんばっかりになっちゃう感じかな」

 

「へー。離島って、同じ苗字の人が多いんだな」

 

 言われてみれば、同じ苗字の人が増えて当然だ。結婚相手が限られているのだから、自然と一部の苗字だけ使われやすくなる。

 

 学校の学級名簿とか、どんな風になっているんだろう。同じ苗字の子供がズラッと固まっているのだろうか。ちょっと見てみたいな。

 

「そう、同じ苗字の人が多い。だから、基本的に名前で呼び合う風習があるらしいよ。苗字だと区別が付きにくいから」

 

「ああ、なるほどね。それと幻想郷も似たような感じってことか」

 

 幻想郷は、山間の秘境だ。離島ほどではないにせよ、外部と遮断されている。

 

「うーん、まあ……よく分からないが、そういうことだな」

 

 魔理沙は、適当な調子で相槌を打つ。

 

 細かいことは気にしない大雑把な性格でもあるようだ。この短時間で、魔理沙の性格を掴めた気がする。

 

「なんだ、いつの間にか魔理沙も来ていたのね」

 

 声のする方向へ振り向くと、霊夢が縁側に立っていた。ちょうど今、どこからか戻ってきたらしい。

 

「おう、霊夢。邪魔してるぜ」

 

「手間が省けたわ。魔理沙、ちょっと手伝いなさい」

 

「手伝い? 面倒ごとは、お断りだぜ」

 

「そこの外来人2人ーー颯と優なんだけれど、人里に連れていくつもりなの。あんた、どうせ暇なんでしょ。こんな時間から神社に来るくらいだし。箒に乗せて、人里まで運んであげてよ」

 

「人里まで? なんだ、飛べないのか?」

 

 魔理沙は、俺と優の方を横目で見ながら言った。

 

「飛ぶ……飛ぶ?」

 

 俺は小首を傾げて、優を見た。優は手のひらを上に向けてみせる。分からない、という身振りだ。

 

「魔理沙。颯と優は、ただの外来人よ。空は飛べないわ。……飛べないわよね?」

 

 霊夢は補足するものの、確認するように俺に言ってきた。

 

「えっと……その飛ぶってのは、なんだ……ジャンプする方の跳ぶか?」

 

 魔理沙は「いや、違う違う。空を飛ぶの方だ」と訂正する。

 

 空を飛ぶ……人間が? どうやって?

 

「あー……これは実際に見せた方が早いぜ、霊夢」

 

「そうね」

 

 霊夢は答えると、無造作に宙に浮いてみせた。縁側の床から、足が50センチほど離れている。重力に引かれて、床に着地する――ということはなく、そのまま浮遊している。

 

 俺はその光景に呆気にとられた。手品の類には見えない。

 

「まあ、こういうことよ。あなた達、それを飛んで移動なんて、出来ないでしょう?」

 

「あ、ああ……」

 

 霊夢の質問に、俺は曖昧に肯定した。先ほどの人体浮遊のことが頭から離れないからだ。

 

「へー、すごいね。何それ、神通力?」

 

 優が霊夢に尋ねた。意外そうにしているが、驚いてはいないようだ。

 

「違う。そんな大層なものじゃない。私の場合は、能力……うん、能力よ」

 

 霊夢は、奥歯に物が挟まったように言った。

 

 能力と言うと――超能力? いや、でもそれって、神通力と大差なさそうだが。

 

「あー……。外来人に分かるように説明するなら、なんて言えばいいかな……」

 

 魔理沙はあごに手を添えて、どう説明したものかと悩み出す。

 

「その、なんだ。私たちはな、普通に空を飛べるんだよ。私の場合は、魔法で。霊夢の場合は、空を飛ぶ程度の能力で」

 

 

「魔法と能力……。もしかして、幻想郷の人って、みんな空を飛べるのか?」

 

 俺が尋ねると、今度は霊夢が答える。

 

「いえ、みながみな……というわけではないわ。人里の人は、飛べない方が自然だし……。妖怪も、程度の低い奴は飛べないわね」

 

 人里の人は、飛べない方が自然。ということは、人里の住人は、俺や優と同じように、平凡な一般人ということだろう。

 

 程度の低い妖怪は飛べないというのは……なんだろう、妖力めいたものが足りないということだろうか。長く生きたりして実力が付くと、妖怪としての格が上がって、神通力のような何かに目覚める……という感じだろうか。

 

 にわかに理解しがたいが、なんとなく分かってきた気がする。

 

 魔理沙の場合は、魔法で飛ぶと言っていたが――

 

「ちなみに、魔理沙はどんな感じで飛ぶんだ? 霊夢みたいに浮かぶのか」

 

「私か? 私の場合は、箒だな。魔女っぽいだろ?

 

 魔理沙は得意気に言ってみせると、縁側の方を指差した。その先には、縁側のフチに立てかけられた竹箒があった。

 

 そう言えば、魔理沙がここに来た時に、手に竹箒を持っていた気がする。もしや、竹箒に乗って、神社まで飛んで来たのだろうか。それなら、庭に着地したような足音も、納得がいく。

 

「まあ、そういうことよ。……というわけで、魔理沙。人里までの移送、手伝ってくれるわよね?」

 

 霊夢は言った。微笑みという凄みを利かせながら。

 

「どういうわけだよ。単なる雑用じゃないか」

 

「いいじゃない。暇なんでしょ? 日課のキノコ採集をしていないんだから」

 

「あー、いや……」

 

 魔理沙は、ばつが悪そうに視線を逸らす。図星なのだろう。俺と優のことを横目で見ると、観念したように溜息をついた。

 

「まあ、いいぜ。間が悪かったってことにしておいてやる。ただし、仕事の報酬は頂くぜ?」

 

「報酬? 何よ、報酬って。……賽銭は分けてあげないわよ」

 

「あってないような賽銭なんて、はなから期待してないぜ」

 

「あ゛? もういっぺん言ってみなさい」

 

 魔理沙の発言が癇に障ったようで、霊夢はドスの利いた声を漏らした。

 

 なんとも堂に入った脅しだ。歴戦の勇士を思わせる凄みを感じる。その辺のチンピラより、はるかに怖い。霊夢の機嫌を損ねない方がよさそうだ。

 

 魔理沙は慌てて前言を訂正する。

 

「いや、そのなんだ。報酬ってのはな、私が今朝に作った魔法薬の実験に付き合ってくれって話だ」

 

 そう言うと、魔理沙はエプロンドレスのポケットから試験管を取り出した。試験管の中には、黄緑色の液体が入っている。

 

「魔法薬の実験? なんの薬よ、それ」

 

「よくぞ訊いてくれたぜ。これはな、空気に触れると気化して、幻覚性の煙幕を作り出す薬なんだ」

 

「はあ? なんでそんな薬を作ったのよ」

 

「いやな、話の通じない妖怪と遭遇した時なんかに便利だと思ってな。魔法キノコの幻覚成分を抽出する実験をやってて、ようやく上手くいったんだ。んで、空気と反応して気化する成分も混ぜたってわけだ」

 

「ふうん……それで、実験って?」

 

「簡単な話だ。この魔法薬の煙を吸って、ちゃんと幻覚効果があるか試してみて欲しい」

 

 なにやら、違法ドラッグの開発業者が治験アルバイトを募集しているように思えた。

 

 空を飛ぶといい、幻想郷、常識も ぶっ飛んでんなー。

 

 日本語は通じるけれど、幻想郷って、本当に日本にあるんだよな?

 

「あんたの体で実験しなさいよ。なんで私を巻き込むわけ」

 

「いやいや、もう自分で実験したんだよ。だがな、私は魔法の森の瘴気に慣れちゃってるからさ、どうやら幻覚成分が効かないみたいなんだ。私じゃ実験にならない」

 

「……で、私に試してみたくて、ここに来たわけ?」

 

「ああ。頼む、ほんの少量だけでいいんだ。酒だと思って、ちょっと試してみてくれよ」

 

「なるほど。それが颯と優を人里まで運ぶ報酬ってわけね」

 

「そうだ。割に合う話だろう?」

 

「どうやら死にたいらしいわね」

 

 ゴキリ、ゴキリ。

 

 霊夢は、威勢よく拳の間接を鳴らした。

 

「な、なんでそうなるんだ!?」

 

 ずざざざ、と魔理沙は畳の上を滑って後退した。

 

「当たり前じゃない。人様の体を使って、訳の分からない薬を試そうとするんだもの」

 

「だから、人運びの報酬だって言ってるだろ! 薬屋の治験みたいなもんだぜ」

 

「馬鹿を言うんじゃないわよ。私は、あんたに暇を潰す機会をあげる。あんたは、私から暇を潰せる機会をもらえる。これで対等じゃない」

 

「無茶苦茶だぜ! なんだその都合のいい理論は!」

 

「不満なわけ?」

 

「当たり前だ。私の方が分が悪すぎるぜ」

 

「仕方ないわね……」

 

 霊夢は呆れたように言うと、左手を胸の前に上げて、拳を固く握りしめる。

 

「魔理沙、立場が分かっていないようね。いいわ、説明してあげる。あなたは、効果の危険性も分からない薬のために、私を実験台に使おうとした。もともと、それが目的で神社に来たのよね? 颯や優とは関係なく。つまり、本来だったら、私はあんたに教育的な指導をしているところよ。そんな薬を私で試そうとすんなってね!」

 

 霊夢は語尾を強めると、よりいっそうの力をこめて、拳を握りしめた。

 

 教育的な指導とは、すなわち鉄拳制裁を意味しているのだろう。拳骨ゴチーンだ。

 

 魔理沙は「ひっ」と悲鳴を漏らした。表情が恐怖に引きつっている。

 

「私はね、その指導を免除してあげているのよ。免除。分かるでしょ? あんたは暇を潰せる上に、私の指導も免除してもらっているの。これって、私の方が譲歩してあげてるってことなのよ」

 

 霊夢は自信満々に、さも当たり前と言わんばかりだ。

 

 ……なんだろう。霊夢の言っていることの方が正しい気がしてくる。おかしい、なんだこの論法は。

 

「いや、いやいや! なんだその理屈は! ずるいだろ! 教育的な指導って、絶対に後出しだろ!」

 

「あら、そう。じゃあ、別にいいわよ。颯と優は、私が人里まで歩いて連れて行くわ。その代わり――分かっているわよね?」

 

 ゴキャッ、と霊夢の拳が物騒な音を鳴らす。移送を手伝わければ、殴るぞーーそういう意味だ。

 

 すっげーな、この巫女。指の動きだけで拳の関節を鳴らしてやがる。

 

 魔理沙は「うぐぐぐ……」と不満げな呻き声を上げる。進退窮まったという感じだ。

 

「……だー! 分かったよ、手伝えばいいんだろ! ったく、今日は厄日だぜ」

 

 魔理沙は観念したらしく、いら立たしそうに頭をかきむしった。

 

 俺と優にとっては、ありがたい話の流れだが……なんだか魔理沙には申し訳ないなぁ。

 

 魔法薬ね……。ちゃんと安全な薬だったら、自分が治験に協力してもいいと思えてくる。魔理沙が不憫で仕方ないし。

 

「ふふっ、よろしい。さーて、魔理沙も確保できたことだし、早速 人里に向かおうじゃない」

 

 霊夢は、晴れやかに破顔した。いかにも満足気だ。

 

「ん? 午前中は用事があるんじゃなかったのか?」

 

 俺が尋ねると、霊夢は「ああ、そのこと――」と言って、言葉を継ぐ。

 

「午前中の用事っていうのは、一種の方便よ。もともと、人里までの移送を魔理沙に手伝ってもらうつもりだったの。魔理沙って、普段の午前中は、魔法の森でキノコ採集をやっているのよ。だから、午前中は都合が悪かったってわけ」

 

 なるほどね。だから、人里の案内は、午後からというわけか。

 

「まあ、魔理沙が来てくれたから、呼びに行く手間も省けてわ。涼しいうちに用事がすませられそうで良かったわね」

 

 霊夢は、俺と優に同意を求めるように言った。

 

 魔理沙がいる手前、苦笑いで答えるしかない。

 

「なんだよ、最初から私を頼るつもりだったのかよ。だったら――」

 

「だったら……何かしら?」

 

 霊夢は魔理沙の発言を遮り、また拳の関節を鳴らした。

 

 魔理沙は反撃の気勢を削がれ、すごすごと引き下がる。

 

 ……霊夢の交渉術って、ヤクザみたいだな。適当な理屈をつけて、武力で無理を押し通す。敵に回したくない、清々しいクズっぷりだ。親しみをこめて、霊夢姉御と呼ばせてもらおう。

 

 霊夢が巫女姿だったせいか、清純というか、世間ずれしていない種の人かと思っていたが……とんだ思い違いのようだ。早苗とは真逆の性格だな。

 

 

 

 かくして、俺と優は、人里までの足を手に入れたのであった。

 

 

 


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