東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第32話 夜半の再訪者 その2

「私もまた、その幻想郷の住人の1人です。いずれ、あなたが高校を卒業する頃合いになりましたら、こちらから接触するつもりでした。……しかし、例の出来事もあり、その予定を早めた。卒業まで待たねばならぬ特段の理由もありませんから。私としても、人の世界に置いているより、あなたのことを見守りやすくなります。あなたが望むのであれば、幻想郷へ招く用意も出来ています」

 

「……」

 

 つまり、紫さんが俺に接触してきた最大の理由は――俺を幻想郷へ招き入れるためか。

 

 幻想郷のことは、それはそれで気になるが……。

 

「幻想郷についての詳しい話は、ひとまず大丈夫です。それよりも、父の話です。父さんが母さんと恋に落ち、俺が生まれ、ここで20年近く暮らしていたことまでは分かりました。そして……いなくなった」

 

「……」

 

 紫さんは瞑目すると、大きく一呼吸した。

 

「ええ、あなたの言う通りです。あなたの父親は、数年前に消息を絶った――母親と共に」

 

「はい。今もなお、警察からの発見報告はありません」

 

「ええ、そうでしょう。日本の警察は優秀と聞き及んでいますが、これについては、警察の領分を逸脱していますから」

 

「……と言いますと?」

 

「……妖怪退治屋ですよ。さまざまな派閥がありますが、その中でも過激派――妖怪であれば善悪を問わず滅そうとする輩に襲撃されたのです。あなたの両親が旅行へ出かけた場所は出雲でしたね? 同日、出雲で大量の妖怪退治屋が死んだことが確認されています。激しい戦闘があったのでしょう」

 

 ぞっと、自分の体から血の気が引いたのが分かった。

 

「殺されたのですか、俺の両親は……? その、過激派の妖怪退治屋に」

 

「いえ、遺体は見つけられませんでした。しかし、妖怪退治屋の亡骸が転がっていた山奥で、あなたの父親の愛刀を見つけました。戦闘時に使用していた刀です。襲撃されたこと自体は、疑いようのない事実でしょう。そして、今もなお、あなたの許へ帰って来ないということは……」

 

 紫さんは言葉を濁す。

 

「……でしょうね。帰って来ないと言うことは、帰って来られないということですから」

 

「ええ……。だからこそ、あなたを妖怪退治屋が蔓延る外の世界へ、いつまでも置いておきたくないのです。数年の月日が流れましたが、半妖であることを嗅ぎつけ、あなたの命を狙う輩が出ないとも言い切れません。また、今は妖怪としての力を封じていますが、いつ何を切っ掛けにして妖力が溢れ出すとも分かりません」

 

 紫さんの言う通り、そのような過激派の妖怪退治屋がどこにいるかも分からない環境で生きることは、俺にとって非常に危険なことだ。

 

 紫さんが俺を見守っていた――その理由は、これなのだろう。

 

「……なるほど、大体の事情は分かりました」

 

「そうですか。両親についての話は、あなたに強い衝撃を与えてしまうと危惧していましたが……。その様子を見るに、杞憂だったようですね」

 

「え? ああ……。そうですね。でも、なんて言うか……落胆よりも納得したと言うか。あ、そうなんだ……って感情の方が強いですね」

 

 辛いと言えば、確かに辛い。遠まわしであるが、両親の死亡宣告を受けたに等しいことなのだから。

 

 しかし……なんとなく予想はついていたことだ。可能なら生きていて欲しかったことに違いないが、しかし、ここ数年の胸中の雲霧が晴れたことも事実だ。答えが分からずに惑い続けるよりは、はるかに心が軽くなった。

 

「……あなたは強い子に育ちましたね」

 

「……そうですか?」

 

「ええ、強い子です。いえ、強い男です。まだ齢は17でしたか。その齢で、これだけの憂き目を受け入れられるとは、強者の証ですわ」

 

「なんだか照れますね……。まあ、俺の場合は特別ですよ。身近に似たような境遇の奴がいるから、孤独感は無いですし」

 

「ああ、あなたの友人ですね」

 

「はい。それに、縁さんって人のお陰で、生活は保障されていますから」

 

「縁……。ふふふっ、そうですね。あなたの支援者ですからね」

 

「ん? 縁さんを知っているんですか?」

 

 そう尋ねると、紫さんはくすくすと笑いを忍ばせた。

 

 何が面白いのだろうか。

 

「ええ、知っていますとも。夕紅縁は、私が作った即席の式神ですから」

 

「……え? あの人、紫さんの式神だったんですか!?」

 

「ええ、そうですよ。あなたを見守るためだけに、私が作り上げた式神ですわ」

 

 にわかに信じがたかったが、紫さんの式神だとすれば、見ず知らずの俺のことを支援してくれた理由も納得がいく。

 

「あ、じゃあ……改めて、ありがとうございました! 縁さん……じゃなくて、紫さんのお陰で、この家に戻って来ることも出来ましたし、まともな生活も送れました」

 

 俺は深く一礼した。

 

「なに、礼に及びません。私がやりたくてやったことですから。あなたが無事に成長できたことが、私にとっての喜びですわ」

 

「えっと……でも、何か恩返しがしたいです。世話になりっぱなしでは、俺の気が済みません。俺に出来ることであれば、何か紫さんへ恩返ししたいです」

 

「恩返し……恩返しですか。そうですね……」

 

 紫さんは瞑目して数秒だけ思案すると、薄く目を開ける。

 

 口元には、微笑みも浮かぶ。

 

「では――あなたにお願いしたいことがあります」

 

 

 

 我が故郷――幻想郷へ遊びに来ていただけませんか?

 

 

 

 


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