東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第26話 戯言談義 その3

「……あら、どうされたのかしら? ぼんやりと立ち尽くしていないで、どうぞ、その椅子にお座りになられては?」

 

 女性は品の良い安楽椅子に腰掛け、対面の安楽椅子に座るよう勧めてくる。彼女は空間の裂け目に腕を挿し入れて、ティーサーバと思わしき容器や茶漉し、洒落たティーカップや受け皿など、茶会の道具を取り出していた。

 

「あ……はい。では、失礼して……」

 

 俺は戸惑いながらも、まるで空飛ぶ絨毯――のように見える黄白色の絨毯の上に足を踏み入れた。その絨毯もまた、女性が空間の隙間から取り出した物だ。

 

 シックな長テーブルを挟み、自分のために置かれた安楽椅子に腰を掛けた。体を包むように布張りの安楽椅子の布地が沈みこむ。なかなかの座り心地だ。猫脚も付いているし、高級品なのかもしれない。

 

 どうやら、この女性は空間の裂け目を自由に作り出せるらしい。手品か……それとも超能力の類か。いったい、その裂け目は、どこに繋がっているのだろうか。

 

 ……いや、それについては、今はどうでもいい。俺が配慮するべき問題は――この謎の空間からの脱出。その為に、眼前の女性と友好的に会話することだ。

 

「さてと……。これから茶を淹れようと思っているのですけれど、あなた、ハーブティーなどは大丈夫かしら? 香草を用いた茶は、香りが独特で嫌いな者も居いるのですけれど」

 

 女性が指先を空間に走らせると、小さな空間に裂け目が入る。その中から、洋字のラベルが貼られた袋が数個、彼女の手のひらに落ちた。直後、裂け目が綺麗に閉じる。

 

「ハーブティー、ですか。飲んだ経験は無いですが、恐らく大丈夫かと。ミント系の匂いは好きですから」

 

「あら、そうですか。それは僥倖です」

 

 女性は茶袋を長テーブルに置き、また別の裂け目を作る。裂け目からティーケトルと思わしき容器を取り出し、それを傾けてティーサーバに熱湯を注いだ。何故、すでにティーケトルに熱湯が入っている状態なのか……それを疑問に思うこと自体が野暮に思えてくる。

 

 まだティーサーバに茶葉を入れていないので、熱湯で容器を温めているのだろう。

 

「ハーブティーに関して疎いとのことですので、香草はこちらで選ばせて頂きましたわ。……ああ、そうそう。あなた、何か好みの茶菓子はあるかしら。可能であれば、用意しますけれど」

 

「好きな菓子は……、いや、全てそちらの裁量にお任せしても良いですか? この手のことに詳しくないので」

 

「承知しました。では、こちらで自由に決めさせて頂ましょう」

 

 女性は頷くと、長テーブルに置いてある茶袋の1つを手にする。選ばれた鳴った茶袋の全ては、長テーブルの中に沈み込んて消えた。どうやら空間の裂け目に落としたらしい。

 

「あの……1つ訊いても良いですか?」

 

「事前に許可を求めるような人聞きの悪いことなのかしら?」

 

 女性は微笑みを浮かべる。

 

 どうやら、この人――からかって翻弄するのが好きらしい。

 

 ますます、優に似た性格だと思った。

 

「いえ、そういうわけでは……。ただ、その……空間の裂け目みたいなものなんですけど、なんですか? ワープホールみたいなものですか?」

 

「ああ、これかしら」

 

 女性はそう言うと、軽く指を振って、小さな空間の裂け目を作り出す。

 

「そう、それです。……なんなんですか、それ」

 

「何かと問われましても、説明に困りますね。言葉で説明するだけなら、とても簡単です。しかし、それを今のあなたに納得させることは難しい」

 

「今の俺に……と言いますと、それは理解力に関することですか? こう……超最新科学によって生み出された知恵の結晶とか」

 

「いえ、全く違います。納得と言いましても、それはロジカルに対する完全な理解に基づくものではありません。言うなれば、受容に基づく納得と言いましょうか。たとえるなら、なぜ物理法則は存在するのか。それは、そのような法則が存在するから存在するのだ――と言えば良いでしょうか」

 

「えっと、つまりは……?」

 

「言ったはずです、受容に基づく納得であると。もう1つ例を挙げましょう、どうして魔法を使えるのか、それは魔法が使える世界だからだ――でしょうか。私はこれを『スキマ』と命名していますが、私がそれを自由に扱える理由は、出来るから出来るのです。そういう固有能力なのです。固有能力の発現と発動の仕組みにロジカルな理屈はありません。……いえ、正確には理屈はあるのですけれど。教えても構いませんが――納得させることは難しい。私にとっては当然の理でありますが、あなたにとっては理外の理ですから」

 

 女性は腑に落ちないことを言っているが、ふざけているようには見えない。

 

 固有能力の発現と……発動?

 

 それはまるで、創作物に出てきそうな文言だ。

 

「えっと……つまり、あなたがスキマというワープホールを使える理由は、それがあなたにとって自然なことだから。自然の摂理だから。そう解釈すれば……良いのですか?」

 

「ええ、それで構いません。今のところ、その理解で十二分ですわ。いずれ、胸中の雲霧が晴れる日が訪れますよ。いずれ――確実に。それまでどうぞ、このスキマを不思議がっていて下さい。不思議を扱う者には、人々は魅力を覚えるものですから。どうぞ、私に魅了されていて下さいな」

 

「はあ……。あ、もう1つ質問なのですが、あなたは……異世界から来た人なのですか? それなら、不思議な力を使えることが、ひとまず納得できるのですが」

 

「異世界人? 私がですか? ……なるほど、異世界の者だからこそ、霊妙な力を扱えると思ったわけですか」

 

「ええ、まあ……」

 

「私は異世界から来たわけではありませんし、異世界人でもありません。あなたと同じ、この世界に生まれ、この世界で育った者です。ただ、その生い立ちが異なるだけですわ。……そもそも、私が異世界人だから霊妙な力――異世界の力が使えると考える論は筋違いです。よく考えてみて下さい。私が扱うスキマが異世界の能力なら、それは異世界の理に則った能力です。言い換えれば、異世界だからこそ扱える力なのですわ。では、この世界の理の中でも、異なる世界の理に沿った力は扱えるのでしょうか? 論理的に不可能ですよ。この世界の理に反するのですから」

 

「……言われてみれば、確かにそうですね」

 

 理外の力であっても、それは理外の理に従属したものなのだ。魔法使いが魔法を使える場所は、魔法の世界だけなのだ。

 

「腑に落ちましたか?」

 

「ええ……一応は。まだ納得出来ないことは多いですが」

 

「良いのですよ、今はそれで。それが正常というものです。……さて、あなたの疑問が多少腑に落ちたところで、ハーブティーと茶菓子を腑に落とす準備を始めましょうか」

 

 女性はティーサーバを手に取り、もう一方の手の指先を振ってスキマを開く。そして、スキマの中へ容器内のお湯を流し捨てた。

 

 ティーサーバを長テーブルに置き戻し、今度は茶袋を手に取って封を開く。木製の茶匙で茶葉を掬い出すと、2杯ほどティーサーバの中に落とした。

 

 最後に熱湯をティーサーバに注ぎ、香りが逃げないように蓋した。ついでに、ティーカップにも熱湯を注ぎ込む。事前にティーカップを温めておくためだろう。

 

「茶菓子ですが――茶葉にペパーミントを選びましたので、チョコレートケーキを出させて頂こうかと。ペパーミントには鎮静作用、チョコレートには活力を漲らせる効果があります。色々と気疲れをしているでしょうから、とても良い組み合わせになるでしょう」

 

「へえ、そうなんですか……お気遣いありがとうございます」

 

 女性はスキマを開き、腕を挿し入れる。すると、すでに8分の1程の大きさに切り分けれたチョコレートケーキが乗った小皿を取り出した。こちらと自分の分をテーブルに置くと、さらにフォークを2本つまみ出して、各小皿の上に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 さて――

 

 女性は場を仕切り直すように言うと、二の句を継ぐ。

 

 

 


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