東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第22話 轢過事故

 

『間も無く、2番線に電車が参ります。危険ですので、所定の安全線の内側でお待ち下さい。間も無く、2番線に――――』

 

 線路の遠方を見遣ると、2番線ホームに近づいて来る電車の姿が見えた。

 

「お、電車が来たな――」

 

 俺の胸は少しばかり高鳴った。

 

 見慣れない土地へ行く不安感と高揚感の旅情。

 

 車窓から眺める旅程の風景の目新しさ。

 

 この小旅行は――どのような青春の一コマを見せてくれるのだろうか。

 

 楽しみで楽しみで仕方が無い……!

 

 

 

 ――突然、世界が傾いて見えた。

 

 

 

 俺は『視界の変化』の理由を咄嗟に理解できなかった。

 

 視界は傾きは、その傾斜を加速させていく。

 

 ようやく『自分の身体が軌条に向けて前のめりに傾き続けている』ということに気付けた。

 

 このままでは、線路に落ちて大怪我を負いかねない。

 

「―――ぐっ!!」

 

 落差にして、約2メートル。

 

 俺は無防備な体勢で線路内に落ちた。

 

 路床の角々しい石、枕木――そして軌条に体を強かに打ち付けてしまう。

 

 まずは息も止まる衝撃。ついで、全身に激しい鈍痛が広がる。

 

 幸いにして頭部を強打しなかったので、視界は健全に保たれていた。

 

 一体……何が起きたのだろうか。

 

 体を捩じり、ホームを見上げる。

 

 ホームの上で、早苗が口をポカンと開けて呆けている。その隣には、同様に呆けた表情の優が立っている。

 

 ふと、線路越しに強い振動が伝わってくる。その瞬間、もうすぐ電車が到着すること――自分が轢過事故に遭う危機的状況にあると理解した。

 

「やっば……!」

 

 すぐさまホームへ這い上がろうと思い、下半身に強い重みが掛かっていることに気付いた。自分の動きを封じるように、中年の男がうつ伏せで伸し掛かっているのだ。

 

 その中年男性には見覚えがあった……酔っぱらってホームの椅子で寝ていた男だ。

 

 明確には分からないが、状況から推測するに――

 

 恐らく、俺が線路に落ちる前に、中年男性が背中にぶつかったのだ。構内アナウンスで起きて、電車に乗ろうと歩いてきたのだ。しかし、酔いで足元がおぼつかず、行き先に立っていた俺に衝突し、一緒に線路に落ちたのだろう。

 

 どうにか中年男性から下半身を抜こうとするも、上手くいかない。全身強打の直後で体が動きづらいこともあるが、中年男性が肥満体系で重すぎる。

 

 中年男性に意識は無いようだから、どいてくれることは全く期待できない。

 

 まざまざと『死』という不吉な文字が脳裏によぎる。

 

 遠方から甲高いブレーキ音が聞こえる。電車の車掌が非常事態に気付き、急ブレーキを掛けたせいだろう。

 

 ひょっとすると、直前で完全停止してくれるか……?

 

「……んなわけ……ねぇ……だろうが……!」

 

 自身の楽天的な希望に悪態をついた。ほのかな期待に縋って轢殺されたら、たまったもんじゃない。

 

 手近なレールをつかみ、思いっきり引っ張る。同時に、下半身に力を込めて、懸命に這い出そうと試みる。

 

 火事場の馬鹿力なのだろうか。ずずっ……ずずっ……と、中年男性の伸し掛かりから下半身が少しずつ抜け出ていく感触がある。

 

 このまま奮闘すれば、いずれは足が完全に引き抜けるだろう。

 

 しかし――時間が足りない。その前に、電車に轢殺されるだろう。

 

「――颯!」

 

 ふと、自分のそばに誰かが着地した衝撃が伝わって来た。

 

 声で分かったー―優が助けに線路へ降りて来たのだ。

 

 その命知らずの行動に「バカ野郎!」と叫びたくなったが、今はその怒声を放つ時間すら惜しい。

 

 優は中年男性のズボンのベルトに掴みかかると、力の限りに引っ張った。

 

 優の細身では、この中年男性をどかすほどの腕力は無かった。しかし、明らかに下半身に掛かる重みは軽くなった。

 

 早く……抜け出さなければ。

 

 さもなくば、俺と優は――諸共に死ぬ!

 

「ふん……がぁあああああ!」

 

 俺は決死の思いでレールを手繰り寄せ、下半身に力を込める。

 

 ズズッ、ズズッ、ズズッ――

 

 太ももまで中年男性の体の下から抜けた。

 

 ここまで抜ければ、あとは膝の力も使って一気に引き抜ける!

 

 

 

 しかし、

 

 横目に見えた電車の姿は

 

 これ以上の足掻きが無駄と悟れるほど――すぐ近くにあった。

 

 

 

 明確に死を直感したからだろうか。

 

 世界が止まって見える。

 

 電車までの距離は、およそ3メートルほど。あと数秒ほどで俺たちを轢き殺すだろう。

 

 相変わらず、優は必死に中年男性をどかそうとしていた。自分の身の危険を他所に、ただ俺を生かすことだけに専念している。恐らく、今の電車の近さを把握していないだろう。

 

 優の努力には申し訳ないが――これはもう助からない。

 

 それこそ、神の奇跡でも起こらない限り、生還は不可能だ。

 

 だから……もう無理だ。

 

 

 

 再び、世界の時間が進み始める。

 

 次の瞬間に――あらゆる感覚が体から消失した。

 

 


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