東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
駅の駐輪場に自転車を預け、駅舎前にある小さな広場の方に向かった。そこが、優と早苗と合流する集合地点だ。
集合時刻の約15分前に到着だ。これなら1番乗りであろう。
そう思っていたのだけれど。
視界の先――広場に設置された石造りの長椅子に座り、優と早苗が楽し気に会話していた。
そこそこ早めに来たのに、まさか自分が最後の1人になるとは……。
何やら敗北感のようなものを感じつつ、優と早苗の許へ向かう。
「おーい、颯。おはよう。到着が早いね」
「あ、颯君、おはようございます」
俺の接近に気付き、優と早苗が声を掛けて来た。
「おはよう――つーか、お前らどれだけ到着が早いんだよ。まだ集合時刻の15分前だぞ? いつからここに到着していたんだよ」
「オレは大体20分くらい前だったかな? ちょっと到着する時間が早いかなと思ったんだけど、特にやることが無かったから、早めに出て来たんだ。オレが到着する前に、もう早苗はいたけどね」
「私は優君が来る少し前に到着しました。お恥ずかしい話ですが、家で待機する時間がもどかしくて……早めに家を出てきちゃいました」
なんだかんだ、みんな遠足気分で浮き足だったわけだ。
「なるほどね。2人の到着が早すぎて、集合時刻を間違えたのかと思ったぞ。……で、何か楽しそうに話していたけれど、何を喋っていたんだ?」
「いや、ちょっと早苗の恋愛相談的なものを少々……」
「恋愛話? 早苗の?」
「ちょっ、優君!?」
早苗が素っ頓狂な声を上げた。
「オレは気が進まなかったのだけれど、早苗がこう……ぐいぐい強引に話題を持って行ったからね。止むに止まれぬと言うか、引くに引けなくなったと言うかさ。強制的に相談相手もどきの話し相手を」
「や、止めてくださいよ、からかうのは! 私、そんなことを話してなかったじゃないですか! 温泉のことで話していただけです」
ああ、温泉のことで雑談していたのか。
……何だろう。つい最近、似たようなことを話した気がするのだけれど。
まあ、それはさておき。
ここは場の流れを読み、優の冗談に乗っかるとしますか。
「へえ、それはまた意外だな。早苗、そんな押しが強い性格ではないと思っていたが……そんな一面もあったのか。……あれか、恋は人を変えるって感じ?」
「かもね。女の子は恋をすると激変するもんなんだねぇ……。会話中の早苗、なかなかに積極的だったよ。どんな仕草に男は惹かれるのか、どんな風にアプローチすれば男はその気になるのだとか。色々と質問攻めにあったよ。あれは猛禽類の目つきだったね」
「なるほどな。早苗は隠れ肉食系女子だったってことか」
「いいね、隠れ肉食系女子。普段は恋愛に対して奥手っぽくて、でも智略的な策で捕食してきそう。見えない罠を張り巡らすタイプだね。まるで糸の巣を作りあげる蜘蛛のようだ」
「蜘蛛か。つまりは……女郎蜘蛛というわけか」
「お、上手いことを言うね。若い女性だから女郎と言うわけか。すると、捕食対象は草食系男子ではなく、昆虫系男子?」
「昆虫系男子か。なんとも捕まえやすそうだな」
「だねー。虫取り網があれば捕まえられそうだし。草食系男子が恋愛奥手男子なら、昆虫系男子はどんな男子なんだろうね」
「そりゃあ、あれだろ。捕まえやすい男子なんだから、軽く言い寄れば勝手に誤解して落ちてくれるような、女性に免疫の無い男子だろ」
「ああ、なるほど。オタク的な男士かな? ネット好き的な意味でも」
「蜘蛛の巣だけにネットときたか、洒落が利いてて良いな。中々に言い得て妙じゃないか」
「でしょう? ……あっ! 早苗が狙っている相手は、昆虫系男子――つまりはオタクっぽい人か!」
閃いたと言わんばかりに、優は膝を打った。
「ねえ、聞いてますか!? 聞こえているんでしょう!? わざと聞こえない振りをしているんでしょう!? 意地悪しないで下さいよ! あれは単に温泉話をしていたと言っているでは――」
早苗が横合いから抗議の声を上げ続けているが、適当に無視しておく。その方が面白そうだ。早苗は真面目に反応してくれるから、からかい甲斐がある。
「優よ、そこに気付くとは……やはり天才か。……ん? おい、ちょっと待て。と言うことは、早苗の捕食対象は、お前って可能性もあるんじゃないか? お前もオタク文化にはどっぷり浸かっている身じゃないか。……もしや!」
「……まさか!」
俺と優が瞠目して早苗に視線を向ける。
早苗は驚きと心外のあまり、目を大きく見張った。