東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
まさか――本当に神様が来たのか!?
俺は、咄嗟に周囲を見回した。
……しかし、辺りに不審な光景は微塵も無かった。
「……何? どうかした?」
俺の視線に気付いたのか、優がこちらに振り向いた。
「あ、いや……もしかしたらもしかするのかなと思ってさ」
「もしかしたら? ……ああ、そう言うことね」
優は境内の様子を注意深く観察する。しばらくすると、つまらなそうに肩を竦めた。
「ただの突風みたいだね――境内の様子が騒がしくないみたいだし」
境内の様子が騒がしくない。
その意味は分かりかねるが、神様のような存在が登場しなかったようだ。
「そうか、単なる突風か。なんつうか、ずいぶんと間の良い突風だったな。思わず、もしかしたら……って思っちゃったぜ」
「異常の到来を報せるかのような強風――演出としては良いね」
「だよな。……まあ、そんな漫画や小説のような展開にはならないか」
改めて、寂に包まれた境内の様子を見渡してみる。
やはり、特に変わったところは見受けられない。
思い出の中の情景と変わらない、幽寂で神秘的な境内の様子があるだけだ。
「……っと、まだ参拝の途中だったな。確か二拍手で終わっていたんだっけか」
「だね。神様を呼んだまま、ほったらかしにしてるねぇ……」
「神様をほったらかしにしているとか、かなり罰当たりじゃねえか。早く最後の……一拝だったか? それをやって神様を送り返さなきゃな」
「まるで神様を厄介者扱いしているようにも受け取れそうだね」
「いや、単なる言葉の綾だ。神様はきっと懐が広いからな、その辺の事情をきちんと察してくれるさ」
何はともあれ。
深くお辞儀して神様を送り返し、参拝の一通りの工程を終えた。
「……さて、これからどうする? しばらく境内でも散策するか? 俺は、もう帰ってお前の原稿の手伝いに戻っても構わないけど」
「お守りは? 交通安全とかもらう?」
「あ、お守りがあったか。お守りって社務所で買えるか?」
「社務所で買えるよ。ほら、あの建物が社務所」
優が指差す方向を見ると、受付窓の付いた建物があった。
しかし……。
「……あれ、誰もいないっぽいな。受付窓は開いているみたいだけど」
「変だね。受付窓は開いているのに、誰もいないなんて。たいてい、1人くらい誰かがいるもんなんだけど。……もしかして、奥の座敷間で休憩しているのかもね」
「ああ、なるほどね。休憩中って可能性もあるか」
携帯電話で時刻を確認すると、昼の1時前を表示していた。
今が昼休憩の可能性は高そうだ。
今が休憩時間となると、わざわざ呼び出して働いてもらうのは忍びない気がする。
「優。とりあえず、社務所まで行ってみるか」
「そうだね。声を掛けて、人が出て来なければ……まあ仕方ないね。留守なのか昼寝中か分からないけど、ひとまず帰ろっか」
「だな。出てこないなら仕方ないもんな。……いや、出てこないなら出てこないで、人がいるか確認した方が良くないか? いちおう、お守りとか売っているわけだし。盗まれたらマズイだろう」
商品を取り扱う場所だから、きっと両替用の小銭なども保管されているだろう。
「あー、確かにそうだね。ちゃんと人がいるかどうか確認した方が良いね。留守だったら、社務所の受付窓が開きっぱなしってこと、守屋家の人に伝えておかないとね」
その必要はありませんよ。
ふと、その声は――拝殿の陰の方から掛けられた。
聞き馴染みのある、鈴を転がすような少女の声音。
俺は声の聞こえて来た方へ振り向いた。
向けた視線の先。
そこにいた者は――