東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
程なくして、古拙な外観の拝殿の前に到着した。
建物を支える故々しい梁や柱の傷み具合、年代物の賽銭箱や鈴を眺めると、得も言われぬ幽趣を感じた。
感慨深げに眺めていると、優が辺りをキョロキョロと見回していた。
「……何か探し物か?」
「ん、いや……ちょっとね。まあ、探し物と言えば探し物」
「落とし物か何かなら、探すぞ」
「いや、どちらかと言えば、人探しかな」
「人探し?」
「そう、人探し。時間帯が悪かったかな。まあ、構わないけどね。とにかく、参拝の続きでもしようか」
「ふうん……。それじゃあ、参拝の続きと行こうか。で、どうするんだ?」
「よろしい。ならば、教えてしんぜよう」
優は大仰な態度で偉ぶると、ズボンのポケットの中から財布を取り出した。
どうやら、賽銭箱に入れる小銭を取り出すつもりらしい。
「神社と言えば賽銭、賽銭と言えば神社だよね」
優は数枚の硬貨をつまみあげた。
「確かに、神社と言えば賽銭ってイメージがあるよな。賽銭箱が神社しか置いていないからだろうな」
「寺院にも賽銭箱は設置されているけどね。さて、とりあえず、まずは背筋を伸ばそうか。これから神様に会うわけだからね」
「神様ね。神前で粗相があったらいけないよな」
「賽銭箱の中に賽銭を入れるわけだけど、それが終わったら、綱を引っ張って上の鈴を鳴らす。また姿勢を正して、二拝二拍手一拝をやって終了。お辞儀を2回、拍手を2回、最後にお辞儀を1回ね」
「オッケー。まずは賽銭だな」
俺は自分の財布に手を伸ばして小銭を探り――ふと疑問に思った。
いくらが適当な金額なのだろうか。
「賽銭の金額にも決まりってあるのか?」
「厳密には無いよ。たいてい、語呂合わせで決める場合が多いね。『御縁』に掛けて五円硬貨1枚だったり、『始終御縁』に掛けて十円硬貨を4枚と五円硬貨1枚だったり」
「ああ、語呂合わせで験担ぎか。洒落がきいてて面白いな。
財布の中を探り、十円玉硬貨4枚と五円玉硬貨1枚を取り出した。
始終御縁。
俺は硬貨を賽銭箱の中に入れた。それに続き、優も手に握っている硬貨を賽銭箱の中に入れる。
「さて、鈴を鳴らそうか。鈴を鳴らす意味は、心身の穢れを清めり、その音色で自分の存在を神様に知らせたり……。理由は諸説あるね。ほら、颯が鳴らしちゃって良いよ」
「ん、オッケー」
手を伸ばして綱を揺らすと、ガランガランという鈍い鈴の音が鳴った。
こんな濁った音では、心身に付着している穢れは祓えないではなかろうか。
「次は二拝二拍手一拝だ――と言いたいところなのだけれどね、その前に1度お辞儀をするらしいんだよね。これからお参りさせて頂きますという意味で」
「なるほどね」
俺と優は、ひとまず一礼した。
「……で、この後に二拝二拍手一拝だったか」
「そう、二拝二拍手一拝。二拝で神に対する敬意を示し、二拍手で神を招き、最後の一拝で神を送り返す。二拍手の時に右手を少し下にずらして手を叩くんだよ」
「右手をずらすのか?」
「まあね。右手を『身体』、左手を『心』と考え、神様に対して身体を一歩下げる意味で畏敬の念を示すんだそうだよ」
「分かった。願いごとは……何が良いかな」
「温泉旅行の交通安全でも願えば? オレは、そのつもり」
「旅路の交通安全か。良いな、それ。俺も真似しよっと」
「じゃあ、原作料を頂こうかな」
「ほう。民事裁判を起こしてもらっても一向に構わないぜ?」
どうでもいい冗談を言い合う。
俺は優と共に拝殿に向き直ると、2度――深いお辞儀を行った。
両手を胸の前に掲げ、右手を少しだけ下にずらし、手を叩き合わせる。
パンッ、パンッ――小気味よい音が境内に響いた。
今回の旅行が無事に過ごせますように――
そう思って旅中の無事を願った――瞬間。
一陣の風が吹き荒れ、一斉に音を立て始めた葉音が境内の静寂を打ち破った。