大海原の祖なる龍   作:残骸の獣

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(・ω・* 三 *・ω・)

(*・ω・)……

|ω' ) スッノ 37話


37 凍皇龍、お仕事する

新世界、スコール島

 

 

「……脈拍、正常。

心拍数及び呼吸にも乱れ無し…

もう貴女は健康体、気分はどう?身体に異常は感じられる?」

 

「いえ、特には何も…」

 

「ならいい。最後の分を渡しておくから、無くなるまで毎朝1錠ずつ飲んで。

無くなる頃には後遺症も完治する。

モネ、バッグを。」

 

「はい、先生。」

 

ワタシが言うと、部下が慣れた手つきで鞄を開く。中を探り、予め見繕ってきた薬と錠剤の入った瓶を取り出して机に置いた。

 

「おねーちゃん、今日もありがとう!」

 

ワタシの隣で笑顔を見せる少女の名前はリンという。今回の治療対象であるこの女性の子だ。相手をするうち、妙に懐かれるようになってしまった。

 

 

………スコール島、帝征龍(アン)のせいで故郷を失ったクモミ島の住民達が移住した場所だと主は言っていた。

異常気象が恒常化している〝新世界〟においては珍しく安定した気候。少し湿気が肌につくが、それ以外は比較的ヒトの生息に適した島だ。

ワタシはもっと涼しい方が好みだが…

 

数ヶ月前、主の導きでワタシとアンは〝ごろうせい〟と呼ばれる老人達と出会い、そこで主と共に大将となる旨を伝えられた。

そしてワタシに課せられた指令が、「スコール島住民の保護」である。

高慢な龍(アン)には任せられないと主が判断されワタシに一任された。我ながら鼻が高い。

滞在期間は長くはないものの、来る度にこうして島の住人達へメディカルチェックを続けている。

 

「次の診察は?」

 

「はい、先ほどのアオイ様で最後です。大将としてのお仕事も本日で最後ですし、少し羽を伸ばされては?」

 

手元の書類をパラパラと捲りながらモネが微笑む、丸眼鏡がきらりと輝いた。

彼女は優秀な助手だ。女性の身でありながら進んで海兵に志願した変わり者、と他部署からは揶揄されるが、勉強熱心で努力家である。と主が評価している。そして悪魔の実の能力者、〝ユキユキの実〟を食した雪女らしい。

クザンといい、どうもワタシは氷雪系の能力者とかかわり合いになる事が多いようだ。

 

「おねーちゃんお仕事終わったの?

一緒に遊びに行こう!」

 

「おいリン!レムさんも仕事終わったばっかなんだから我が儘言うなよ!」

 

兄であるカイトはいつもこうして妹のリンをたしなめる。

兄妹というものはこうして互いを支え合い、助け合うものだと理解した。

そして彼らの言う『家族』とは、同じ血の繋りを持った共同体、リン曰く「一緒に居ると安心する人のこと」らしい。かなり抽象的だ。これからもこの家族の経過観察が望まれる。

 

「ふふふ…リンちゃん。先生と遊ぶのもいいけれど、今日はカイト君と一緒にお母様と居てあげてね。」

 

「同調。万一アオイの容態が悪化しないように、2人で監視して。」

 

「う〜…はい…」

 

頬を膨らませながら寝ているアオイの手を握るリン。アオイもはにかむような笑顔でリンの頭を撫でている。

こういった光景を『仲睦まじい』と言うのだろう……多分。

 

 

正直な所、ワタシには『家族』というものが理解出来ない。否、どういう行動をとれば家族のカテゴリに当てはまるのか分からない。

龍種、主やワタシやアンは一個体で完全に完結した生命だ。ヒトのように生殖行動によって子孫を残すことはできない。故に血の繋がる存在など何処にもいない。ヒトの形をとったのはあくまで見た目だけで、生命循環の輪から完全に隔離された上位存在だ。

ワタシ自身、医学本で見た人間のそれとは構造が掛け離れているのを自覚している。彼等には紅雷を降らせる能力も、絶対零度の氷を象る機構も存在しない。

それが彼等にとっての『普通』であり、ワタシ達が『異常』なのだ。

 

主の命により、彼等と共存する事を選択したワタシはこの隙間をどう埋めたものか、推し悩んでいた。

 

死生観、生活の常識、マナー、etc…

 

挙げればキリがない。

 

だが、その悩みこそヒトに寄り添う第一歩だ。と主は笑った。

ならこの疑問に間違いはないだろう。

そこでふと、別の疑問が頭をよぎる。

 

何故龍である筈の主は…真なる祖ミラルーツは、これ程までにヒトに寄り添った考えに到れるのだろうか?

 

 

「先生…?先生!」

 

「ん、モネ。どうした?」

 

「アオイさんの家の前でずっと突っ立ってどうしたんですか?考え事もいいですが、今は駐屯所に戻りましょう。報告書を書くまでがお仕事です。」

 

モネに話しかけられて思考を中断してしまった。まあいいか、この疑問はまた別の機会に熟考するとして、今は報告書を片付けるとしよう。

 

「…それにしても、海軍は何故一々文書で記録を残したがる?かさばるし、効率も悪い。口頭で言えばいいのに…」

 

「確かに、報告書やら許可証やらで無駄な時間を掛けている気は否めませんが…これもお仕事ですから。羽を伸ばすのはその後に。」

 

「…そう。便利なコトバね、『これもお仕事ですから。』」

 

「もしかして馬鹿にしてます?」

 

「…?」

 

ワタシは大真面目なのだが。解せぬ…

 

 

 

スコール島、港町。その中心街からは少し離れた場所に、小洒落たレンガ造りの建物が建っている。

決して大きくないが、建築者のこだわりが伺える立派な煙突からは白煙がモクモクと空へ立ち上り、建物の傍へ近寄ればこんがり焼けたトーストの様な香ばしい匂いが鼻腔を擽る。そして店の玄関口には腰の高さほどの看板に『営業中』のゴシック文字が書きなぐられるようにチョークで描かれ、店の看板にはこう記されていた。

 

『アーネンエルベ』

 

 

 

 

 

 

「マスター、もう一杯だ。」

 

「はい、只今。」

 

シックな雰囲気のある店内に、客は一人、店主が一人。

彼らはゆったりと流れるクラシックのレコードを聞きながら、互いに短い言葉を交わしていた。

スコール島上空にはほぼ一年中雲がかかっているため、島全体は太陽が出ていても薄暗い。しかしそれでも昼夜の区別はつくものだが、客の方はそれにもかかわらず、真昼から酒を煽っていた。

 

カウンター席に座るその後ろ姿からでも分かる常人の2倍はあろう巨漢、決して若くはないがその引き締まった筋肉からは全く老いを感じさせない、まるで巌のような大男。鼻元から左右に伸びた白いヒゲが特徴的だ。

いつもの船長服とは違う、まるで変装でもしているかのような質素な服を着て、彼は自分の掌ほどに も満たない大きさのグラスをちまちまと傾ける。

 

「………ますますテメエもあの頑固爺に似てきやがった。顔も注ぎ方もソックリだぜ。」

 

「お陰様で。アンタはちょっと老けたんじゃないのか?相変わらず岩石みたいな身体だけど。体調でも崩しているのかい?」

 

「グララララッ…

ハナッタレ坊主に心配されるまでもねェ。こんなモン屁でもねェさ。俺ァ『白髭』だぜ?」

 

「はいはい。」

 

豪快に笑う男の名はエドワード・ニューゲート。またの名を『白ひげ』。

嘗ての海賊王ゴールド・ロジャーと何度も戦い、勝利はせずとも決して劣らない不落の豪傑。そしてロジャー亡き今、実質彼が新世界の覇者と仰ぐ者も多い大海賊である。

 

「それでまた、どういう風の吹き回しだい?海の帝王がこんな小さな田舎島に。略奪できる程大層な物はありもしないのに。」

 

「あん?特に理由なんかねェよ。

強いて言うなら…テメエの親父が作った酒が、俺の舌に合うからさ。

まさかポックリおっ死んでるとは思わなかったがなァ…」

 

「…親父は最期まで、喧嘩別れしたアンタの事をずっと気にかけてたよ。

後で墓へ参ってやってくれ、きっと喜ぶ。」

 

「……ああ、そうさせてもらう。」

 

静かに返事をする白ひげの声が僅かに沈む。

海賊ならば幾度も繰り返す出会いと別れ。この島で出会った彼もその縁の一つ。

 

「…ハナッタレの作る酒にしては、いい味出してやがる。」

 

今は亡き友人との永遠の別れ。そして彼との最後が余りにも不本意だった事に僅かながらの後悔を抱え飲む酒は、作り手のせいなのか、将又別の要因か、いつもより少しだけ塩気が強かった。

 

 

………………

 

 

「そういえば、知ってるかい?

この島、政府が買い取ったんだ。」

 

「ほォ…政府がか。」

 

「ああ、なんでも他所の島から来た避難民を受け入れて、政府が生活を保障してやってるらしい。街では海兵なんかもちらほら見かけるよ。」

 

「珍しい、世界政府(あのロクデナシ共)が人助けとはなァ…グララララ…」

 

「それに噂じゃ、時々この島へは『大将』がやって来るらしい。」

 

「大将ォ?センゴクの野郎がこの島に?」

 

「いや、もっとヤバい。

此処へ派遣されているのは『白蛇』だそうだよ。」

 

「白蛇ィ…?」

 

 

 

 

 

 

海軍支部基地にて。

一通りの診察を終えたモネとレムは執務室へと帰還し、部下達とブリーフィングを終えた頃合を見計らい。いそいそとレムはコートをラックに掛け、テリジアに仕立てて貰った私服に着替え始めた。

 

「先生、また散策ですか?」

 

「肯定。今日は島の奥まで脚を伸ばすつもり、まだそこまで把握していない。フィールドワークは大事。」

 

「診療カバンの中に小型電伝虫、ちゃんと持っていってくださいね。」

 

「ちゃんと持った。」

 

本人はキリッとしながら(ほぼ無表情)手元の子電伝虫を見せる、まるで遊びに出かける子供のようである。

 

変装と称し伊達眼鏡を掛け、私服に着替え終わったレムは意気揚々と執務室を抜け出した。

 

 

 

 

「……行ったかしら。」

 

窓の外を見る。

私服姿の白蛇が正門から出ていくのが見えた。眼鏡と帽子で誤魔化した程度が変装とは思えないが、あえて深くは追及すまい。

 

書いていたノートを閉じ、白蛇のデスクへ向かう。

 

…私ことモネは、有り体に言えばスパイである。

若様の御命令により海軍に潜入し、謎の大将『白蛇』の情報と、その身辺を探れとの事だ。なんでも前任していた幹部は海軍に裏切りが露呈して殺されたらしい、死と隣り合わせの危険な仕事。

若様には、とある方面に顔が利くらしく、私の海軍入隊もスムーズに行われた。

持ち前の勤勉さを買われ、更に能力者だということもあり、トントン拍子で昇進し、当初の目的通り『白蛇』直属の部隊へと割り当てられた。

 

出自不明、本名不明、何もかもが謎に包まれ、数年前から噂になりだした『無貌の大将』。報じられた海賊の討伐数は数しれず。悪魔の実の能力者なのか、それとも本当に『海の死神と契約した』海兵なのか…根も葉もない話ばかりだけど、今後に控える若様の大きな計画の為、不安要素は潰しておく必要がある。

既に計画は進行している、あの王国へは私の代わりにベビー5が行くことになったんだっけ。必死にジョーラから使用人の作法を教わるあの子は少し面白かった。あれで他人に依存しすぎなければね…いつか治るのかしら?

 

おっといけない、無駄なことを考えている暇はなかった。

幸いにも、女同士の縁なのか信頼されているのか、私のデスクは白蛇と同室だ。支部の海兵達には執務室へ入る時は必ずノックをしろと伝えてある。

つまり諜報し放題なのだ。

 

しかし残念な事に、白蛇と行動を共にしてから現在まで、目立った情報は何一つ得られていない。唯一分かったのは、白蛇は私と同じ氷雪系能力者で、圧倒的に〝強い〟という事だけ。

着任直後に私へセクハラをしようとしたクザン中将をデコピン一発で窓の外まで吹き飛ばした時は目を丸くした。まして彼女は若様でさえ恐れるあの四皇と互角に戦ったらしい、強さは疑うべくもないだろう。

それから…なんとなくだけれど、普通の人とは常軌を逸してるというか、独特の雰囲気を出している。常識も少し欠けているようで、前に『人体の不思議』と書かれた分厚い本を片手に私と別部隊に所属するロシナンテ大佐を呼び出して、「今すぐ此処で2人にヒトの〝交尾〟をして欲しい。興味がある。」と言われた時は心臓が止まるかと思った。

モチロン即行で断ったわよ?

そんな…出会って即とか…//せめてお互いをもっと知ってからに…//ハッ…!?

 

ハッと我に返る。忘れろ私、彼との間には何も無いんだ。無いったら無い。

 

煩悩を振り払い、あらためて白蛇のデスクを見回してみる。

彼女の机に広がるのは整理整頓の施された書類とボロボロの医学本、それからペンなど、秘密を探れるようなものは何一つ置いてない。もうずっとこんな具合だ。

 

結局この日も、彼女の弱点を探れるようなものは何も置いていなかった。

 

 

 

 

天候は珍しく曇り、かかる雲も薄いようで、顔を上げれば少しだけ太陽の光が輝いて見える。

 

先程、売店で小腹を満たそうと思ったら店主にすごく驚いた表情をされて量をサービスして貰った。変装は完璧である。

その後、新しい知識を得る為書店へ寄ったらまたもや店主が凄く驚いた表情になり、どうぞ持っていってくださいと手にしていた本を無料で渡されてしまった。変装は完璧である。

道を聞いたらまたもや凄く驚いた表情を……変装は完璧である。

 

変装は 完璧 なのである(強調)

 

なんやかんやで目的の森へと到着。案内人の話では、この森を抜けると島の裏側に出るらしい。

獣道が出来ているようなので通り抜けようとしたところ、ふわっと香ばしい香りがした。匂いを辿るとそこには小さいながらも凝った作りの建物が佇んでいる。看板には『アーネンエルベ』と記されていた。

 

 

喫茶店だろうか…?初めて見る店だし、入ってみることにしよう。

 

 

 

 

 

 

◆白と白、相見える◆

 

カランカラン…

 

扉に付いたベルが鳴り、アーネンエルベに来客を知らせた。

店主である青年、カレッジは拭いていたグラスを置き、前を向く。

お客は大層な美人さんだ、小洒落た格好に大きめのバッグを肩にかけ、丸眼鏡がきらりと光る色白美人。

…少し考えて、カレッジは気付いた。彼女は…

 

「ああいらっしゃい、海兵のお姉さん。」

 

いつも父親の患っていた病気の事を気にかけ、診察してくれていた女性だ。

 

「カウンターの方へどうぞ。

…生きてた頃は親父がお世話になりました。」

 

「?」

 

「覚えてません?

いつも親父が言ってましたよ、美人な海兵が俺の病気を見てくれるって。」

 

カレッジの言葉に女性は無表情のまま少しだけ首を傾げ、数秒後ポンと手を叩き、言葉を返す。

 

「…ああ、思い出した。

いつも診察中にワタシの胸部を触ってきたあの老人…貴方はその息子?」

 

「親父ィ…」

 

「そちらの方が安心すると言うから、そうさせていた。

診察の際は患者の精神状態も加味した上で行わなければいけないし。」

 

「くっくっくっ…」

 

無表情で話すレム、エドワードは必死に吹き出すのを堪えているようだ。

毎回1人で街まで診察に行くと言って聞かなかったのはこれが目的だったのか…なに海兵さんにセクハラかましておっ死んでんだよあのエロ親父…

カレッジが内心呆れていると、レムはいそいそとカウンター席へと近寄ってくる。

そのままエドワードの二つ隣の席へちょこんと座り、メニューを開いた。

 

「……ミルクコーヒーと…ピザを1つずつ。コーヒーはアイスで。」

 

「はいよ、ピザはちょっと時間かかるけどいいかい?」

 

「構わない、待っている。」

 

「かしこまりました。」

 

カレッジは先に手早くミルクコーヒーだけを作りレムに手渡した後、カウンターの奥へと入っていった。そこで1つ気づいてしまう。

 

「(………まてよ?あの海兵のお姉さんの横に海賊いるじゃん!四皇じゃん!

やべぇよやべぇよ…下手したら店内で捕物が起きるよ!なんで何も考えずにカウンターに案内しちまったんだ俺ェ!?)」

 

後悔しても後の祭り。カレッジはピザ生地をこねながら、戻った時店が無事な事をただ祈るしかなかった。

 

 

………………

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

無言でちびちびとアイスコーヒーを飲むレム、それを見ていたエドワードは唐突に口を開いた。

 

「こんな町外れの古小屋に来る奴なぞ珍しい。何しに来た?」

 

「…何も。この辺りを散策していたらたまたまこの店を見付けただけ。

貴方こそ、街の人間ではない様だけど。船乗りなの?

貴方からは潮の香りがする。」

 

「……まぁ、そんなモンだ。」

 

「そう。」

 

どうやらレムはエドワードが『海賊』だとは気付いていないようだ。

…白ひげは海兵なら誰もが口にする大海賊である、当然顔も知れ渡っている。あるいは知らないふりをしているのか…?

まあ、たかが女の海兵一人に捕まる彼ではないが、向こうが手を出してこないのならこちらもそうしよう。

それに…

 

「(アイツの店で騒ぎを起こすワケにはいかねぇからなァ…)」

 

亡き旧友との思い出の場所を荒らす事は、彼の誇りが許さなかった。

 

「…………リュカード氏は亡くなったの?」

 

「あァ、そうらしい。

俺も久々にこの島へ来たんでな、今の今まで知らなかった。」

 

「ワタシも。彼は診察を受けるために町外れからわざわざ足を運んでいるという情報は得ていたけど、既に亡くなっていたとは思わなかった。

……彼の為に調合した分が無駄になってしまった。来たら効果を試してもらう予定だったのに。」

 

「何だ、薬の事か?」

 

「毒。」

 

「毒ゥ!?」

 

エドワードはつい声を荒らげてしまう。

 

「…訂正。勘違いしないでほしい。

ワタシが作ったのは病気を殺す毒、結果それが薬として出回っているだけ。」

 

「お前さん、毒を調合できるのか?」

 

コクリ、と頷くレム。

 

「肯定………貴方…」

 

すると彼女はグラスを傾けるエドワードをまじまじと見やる。

 

「…?どうした嬢ちゃん。(こりゃ俺が白ひげだとバレたか…?)」

 

どんどん距離を詰め、間近でエドワードの顔を眺めるレム。

じっと見つめるレムの瞳は深い瑠璃色でとても美しい、気を抜くと見蕩れてしまいそうだ。だがそこは天下の大海賊エドワード・ニューゲート、この程度のことでは全く動じない。

 

「……心臓に小型の腫瘍がある…」

 

ぼそりとレムが呟いた

 

「……〝シュヨウ〟だァ?なんだそりゃぁ?」

 

「…原発生。…粘液種…いや違う、恐らく横紋筋種…」

 

「おい、急にどうした嬢ちゃん。」

 

「服を脱いで」

 

「何ィ?」

 

「服を脱いで」

 

「何故…」

 

「触診した方が早い、早く。」

 

「いや待て、何故ボタンに手を掛ける。」

 

いそいそとエドワードの服のボタンを外しにかかるレム。その目は心配しているというよりは、興味津々と言った感じだった。

カウンター席で座るエドワードに馬乗りになりぺたぺたと彼の腹部を触るレムは、傍から見れば、『女性が男性を押し倒してナニかおっ始めようとしているよう』にしか見えないが、彼女はそんな事はお構い無しだ。

 

 

そんな時

 

 

「お客さーん、ご注文のピザが…」

 

カランカラン…

「オヤジィ、迎えに来たよ……い…」

 

「ゼハ…」

 

「ワーォ…」

 

最悪のタイミングで、4人がエドワード達とはちあってしまった。

 

 

 

 

海軍本部、ミラの執務室

 

アン

「なァ姐御、〝コービ〟ってなんだ?」

 

ミラ

「真っ昼間からなーにを言っとるかお前は。」

 

アン

「だってよ、レムの奴に聞かれたんだ。

この前、いつもの仏頂面で『アンはヒトの交尾について何か知っている?』てよ。我も知らなかったからさ、聞いとこうと思って。」

 

ミラ

「いや…簡単に言えば生き物が数を増やす為の交配行動なんだが…。」

 

アン

「コーハイ?なんだそりゃ。」

 

テリジア

「それはもう!

愛し合う者同士が互いに夜な夜なズッコンバッこンぎひいいいいいいっ!?雷のお仕置きは久しぶりいいいっ!!!!」バリバリバリッ

 

ミラ

「変態は黙っとれ。

……まさかとは思うがお前、私以外にその話題振ってないだろうな?」

 

アン

「イルの奴にも聞いたぞ?アイツも首を傾げていたが…」

 

ミラ

「………ふんっ(無言のアームロック)」

 

アン

「いや我知らね…ぬお''お''お''お''お''お''お''お''うっでっのっ関節がッッ!?」ギリギリギリ

 

ミラ

「イルミーナの教育に悪いだろうがどうしてくれる!」

 

アン

「我悪くないもん!濡れ衣!濡れ衣ゥゥゥゥゥワ''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ッ!?!?」

 

テリジア

「お姉様それ以上いけない!」

 

 

…………

 

サカズキ邸

 

 

サカズキ

「…王手じゃ。」

 

イルミーナ

「う〜、参りました…」

 

サカズキ

「まだまだ甘いのォ、歩兵は使い捨てる位の心意気で挑まんと儂にゃあ勝てんぞ。」

 

イルミーナ

「む〜……次は負けない。

ねえ、さかずきおじちゃん」

 

サカズキ

「アァ?何じゃいイルミーナ。」

 

イルミーナ

「『こうび』ってなに?」

 

サカズキ

「ブフゥッ…(飲んでいたお茶を吹き出す)」

 

イルミーナ

「おじちゃん?」

 

サカズキ

「……誰から聞いた?クザンか?クザンじゃな?

あンの男ォ…イルミーナに要らん事吹き込みよってェ…」

 

イルミーナ

「右腕燃えてるよ?おうち火事になっちゃう…」

 

サカズキ

「…スグ戻る、菓子でも食うてまっちょれい。あの男生かしちゃァおかんッッ!!!」

 

イルミーナ

「行っちゃった……お菓子おいしい」パリパリ

 

 

この後クザンが滅茶苦茶襲撃された

 

 

 

 

 

 

◆病殺す毒◆

 

「あの〜お客さん、ウチはそういう店じゃないんで店内でそういう事は…」

 

気まずそうにカレッジが呟いた。

 

「そういう事、とはどういう事?」

 

エドワードのシャツのボタンに手を掛けたまま、無表情でレムが返す。

 

白ひげ海賊団の面々も、目を点にしながら2人を眺めていた。

 

「オ…オヤジィ…」

 

「ゼハハ…英雄色を好むってか?」

 

「…待て息子達よ、これァ誤解だ。」

 

「いや、いいんだオヤジ。

オレ達ァアンタを信じてる、義兄弟が産まれたら俺達も子育て手伝うからよい…」

 

「だから誤解だと言ってんだろうがマルコ。これは……診療だ。」

 

そう、これは『診療』。

例え逞しい男の膝に跨るように座った女が男のボタンを外し迫っている光景に見えても、本人達は至って真面目にやっている。

 

「オヤジまさかそういうプレイが好み…」

 

「サッチ!それ以上言うなァ!」

 

「……続きを。」

 

「いやお前はちょっと待て、息子達と話をさせろ。」

 

なおもエドワードの下腹部を触診するレムの肩をガシリと掴み、そのまま持ち上げて隣の席へ座らせた。

 

 

 

〜〜白ひげ説明中〜〜

 

 

 

「な…成程、本当にそこのお嬢さんがオヤジの病気を診察しようとしてただけなのか。」

 

一通りの流れを理解したサッチがほっとため息を吐く。

親同然の恩師の情事を目撃してしまったのかと内心ハラハラしていたのは内緒だ。

 

「オイ待てよ、そもそもオヤジは病気だったのか!?今までそんな素振りも見せなかったじゃねぇか!」

 

驚きの混じったティーチの叫びの裏には何故か僅かな期待も込められていたが、それに気付いたものは幸いにもいなかった。

 

「………まァ、言ってなかったからな。

息子達に隠し事をしてた。悪かった。」

 

「謝る必要は無ぇよいオヤジ。

そんで?そこのお嬢ちゃんがオヤジを診てくれるのか?」

 

「肯定。」

 

レムはコクリと頷いた。

 

「触ってみて分かった。彼の内蔵に潜伏しているのはいずれ突発性の心臓発作を引き起こす悪性腫瘍、このまま放置すれば別の箇所へ転移する。そうなった場合、もって半年。」

 

「は…半年ィ!?」

 

「これは衛生環境の整って、かつ最新の医療機器が揃っていた場合の期間。

外から見る限り、まだ腫瘍は活性化していないようだから自覚症状は無い。でも、放っておくと必ず貴方は死ぬ。

因みに、リュカード氏の死因は恐らくこれ。最後に彼を診察した際、同じような症状だったのを記憶している。」

 

「あの野郎と…同じか…」

 

エドワードは低くそう答え、俯いた。

 

今まで、戦闘中に感じていた違和感の正体はこの腫瘍による痛みだったらしい。自分は海賊だ、船の上ではもとより衛生面など蚊帳の外、仕方が無いと諦める他なかった。

だが、今は亡き友と同じ病に侵されていた事には少しばかり心に残るものがある。

そして何故だか、心の内の自分が『このまま病を放っておいたら、いつか大事な場面で取り返しの付かない事になる』と警鐘を鳴らしていた。ぼんやりとだが、この胸のざわめきは決して気のせいではない。

 

突然の宣告を受け、唖然とするサッチ、マルコ、ティーチ。漸くサッチが言葉を絞り出した。

 

「な、治す方法は無ェのかよ!?

なァお嬢ちゃん、医者なんだろ?」

 

「そうだよい!何か手は…」

 

「……………ある。」

 

頷いた後、バッグの中をゴソゴソと漁り、レムは液体の入った小さな小瓶を取り出した。

液体の色はドロっとした紫色で、向こう側も見えないほど濁っている。

 

「こ…これは…」

 

「毒」

 

「「「毒ゥッ!?」」」

 

三人の声が店内に響いた。

 

「それがお前さんの言ってた『病気を殺す毒』って奴か。」

 

「正解。この場合は、体内に巣食う悪性腫瘍のみを殺す猛毒。

本当はリュカード氏に被検体になってもらう筈だった。

彼は貴方より病が侵攻していて、助かる見込みが薄く、本人の要望でワタシの作ったこれを試したいと言った。」

 

勿論、市販の医薬品ではない。

毒を生み出すレムだからこそ。インペルダウンの友人(マゼラン)と相談し、生成に至った特殊な猛毒。

 

「この毒は特別製。全身を駆け巡って悪性細胞を見つけ出し、確実に殺す。

何度かマウスで実験もした。

……ただし」

 

レムの怪訝そうな表情(本人はそうしているつもりだが相変わらずの無表情)にマルコ達はゴクリと唾を飲む。

 

「この毒を服用する者の、普段の衛生環境や体内の雑菌量によって効果が変わる。

つまり、不衛生な者がこの毒を飲めば、体内の必要な菌まで悪性と判断したワタシの毒素が内側から体内を壊し尽くし、死に至らせる。」

 

人間の体内には様々な雑菌が巣食っている、それは本来身体に必要なもので、悪影響を与えないが、使用者の衛生環境が極端に不安定な場合、レムの毒はそれすら感知し、殺す。雑菌の中には体調の維持に必要なものもあるため、これを失ってしまっては身体を維持出来なくなってしまうのだ。

 

「マウスは2匹、比較的衛生的な環境下においたものとその辺りの側溝から捕まえてきたドブネズミ。

同じ病原体を打ち込んで、それを処方した。前者は健康体になり、後者は全身から噴血、最後は体組織を維持出来なくなった。」

 

「死に方がエグい!?」

 

「そりゃもう博打じゃねえか!?」

 

「船乗りの貴方には些か条件が厳しいかも知れない。

望むなら、これをあげる。」

 

レムはそんな激薬の入った小瓶をコトリと机に置く。

その時、彼女のバッグからぷるぷると声が聞こえてきた。

 

「…?もしもし、モネ?」

 

『先生、湾岸警備中の海兵がこの島へ近づく不審船を発見しました。

()()()()としてのお仕事です、早くお戻りください。』

 

「分かった、すぐに帰投する。」

 

電話越しの2人の会話を聞いたマルコ達は戦慄した、有り得ない単語が会話の中にあったからだ。

 

大将白蛇

 

目の前のこの女性が?

 

「呼ばれてしまったのでワタシは帰る。

お代と薬はここに置いておくから、希望するなら使ってみるといい。

……消える命か紡ぐ命か、選択するのは貴方次第。」

 

「………………」

 

「あ、有難う御座いましたー…」

 

カランカラン…

 

少し急ぎ気味に扉を開けレムはさっさと行ってしまった。店内にはカレッジ、エドワードとその他3人が残される。

 

 

 

「…で、コイツをどうしろと…?」

 

 

 

 

 

◆白ひげの選択◆

 

「オヤジィ…本当に飲むのか?」

 

「せっかくあの嬢ちゃんが用意してくれたんだ、厚意を捨てちゃあ男が廃る。」

 

「でもよお…あの女海兵って言ってたぜ、罠って可能性も…」

 

サッチが心配そうな視線を送ってくる、隣のマルコも、店主のカレッジも同様だ。ティーチのヤツだけは豪快に笑っていたが。

 

「ゼハハハハッ!イイじゃねえかオヤジ、ゴクッといっとけよ!

人生何が起こるか分からねえ、あのお嬢ちゃんと出会ったのも何かの〝運命〟ってヤツだ。ならコイツにも意味がある筈さ!」

 

「ティーチ!オヤジを煽るんじゃねェよい!」

 

「いや…ティーチの言う通りだ。

コイツを飲んでオレが死んだら、ソイツがオレの運命って奴さ。

…いくぜ。」

 

マルコ達に話す余裕を与えずに、瓶の蓋を開け中身を喉へ流し込む。

どろりとゼリーの様な粘り気のある液体が喉を伝って胃まで落ちていくのを感じた。

 

その直後

 

「グッ…!?オオオオオ…」

 

「お、オヤジィ!?」

 

鋭い痛みが全身を駆け巡った、たしかあの女曰く「悪性細胞を全て殺す毒」だっけか?まるで毛穴の1本1本に針を刺され続けているようだ。

腹の下から何かが登ってくる、続く嘔吐感に流されるままオレは血をテーブルに吐き出した。

 

「ごほァッ!?がふッッ…」

 

衛生面はぶっちゃけ諦めてたが、普段の生活がなってねェからかな…

 

「わああああ言わんこっちゃねえ!

マスター!水と拭くものを!早くしろォ!」

 

「わ…分かりました!」

 

マルコ達が何やら喚いているが、そんな事も気にならないほど意識が酩酊していた。きっと例の毒が身体中の悪性細胞を殺して回っているんだろ。

そして、一際酷い痛みを下腹部に感じ、思わず蹲る。また登ってきやがった…

 

「オオオオオオオオ……」

 

ヴッッヴッッ…

 

「……オエッ……」

 

一回喉に突っかかりそうになった込み上げるモノをなんとか吐き出したあと、痛みは引いてなくなっていった。意識もだんだんと鮮明になってくる。

 

「オ…オヤジ?大丈夫か?」

 

「ハァッ…ハァッ……

息子達、オレぁまだ生きてるか?」

 

「勿論生きてるよオヤジィ!

やった!助かった!」

 

「マジかよ…毒を克服しちまった…」

 

サッチが涙目になりながら喜んでいた。ティーチは驚き、マルコも手を叩いて叫んでいる。

 

肝心の身体の具合は…好調だ。

腹の違和感もなくなっている、それどころかいつもより身体が軽い。まるでロジャー達と鎬を削っていたあの頃の様だ。

 

「心配かけて悪かったな息子達、オレぁこの通りピンピンしてるから安心してくれ。」

 

「良かったよォオヤジ!

でも一応、早く船に戻って船医に見てもらおう、このままじゃオレ達納得いかないよい!」

 

「仕方ねぇな。

スマン坊主、店を汚しちまった。掃除するよ。」

 

「いいえ!後で綺麗にしときますんで大丈夫です!

それよりも…エドワードさんの体は…」

 

「あァ、ピンピンしてるぜ」

 

オレがそう言って力こぶを作ってやると、カレッジは一安心したようにため息を吐いて笑った。

 

「良かったぁ…

…オヤジの分までしっかり生きて下さいね、途中で死んだら許しませんよ。」

 

「おう、任せな。あのクソジジイの分までせいぜい生き延びて見せらぁ。」

 

この毒は本当ならリュカード(アイツ)に飲ませるはずだったもの、オレはそれを貰って奴と同じ病を殺した。

……繋いでもらった命だ。あの野郎の分まで、オレは生きなければいけない。それがオレに家族をくれた息子達への恩返しであり、リュカードの意思なのかもしれないのだから。

 

 

 

 

「息子達、家族の下へ帰るとしよう。」

 

「「「応っ!!!」」」

 

 

 

………これからは衛生面にも気を使っておくか

 

 

 

 

 

◆動き出す海の死神◆

 

 

「ご報告致します!

観測班によれば、現在約6キロの沖に五隻からなる船団が、この島へ向けて航行しております!

海賊旗から察するに懸賞金4億ベリー、『赤耳』ロロ・ゴーギャルかと!」

 

執務室へ帰るなりそう報告されたレムは黙って頷き、モネから渡された大将のコートを羽織った。

 

「至急、住民達へ避難を呼びかけて街の中心へ集めるように。港からは出来るだけ離れて欲しい。

武装した海兵は全員呼び掛けに回ってもらっても構わない。」

 

「ハッ!………全員ですか!?」

 

「?」

 

「いやっ…港へ兵を配備は…」

 

「不要。ワタシとモネで処理する。

人を救うのが海兵の仕事。貴方達は職務を全うして。」

 

「りょ…了解致しました!」

 

慌ただしく敬礼をし、おそらく少佐であろう若い将校は走っていった。

 

 

 

 

港に到着したレムとモネ。見渡す水平線の先にはガレオン船五隻からなる大規模な艦隊が近づいてきているのが分かる。

 

「あの大きさのガレオン船なら…一隻あたり180人ほどでしょうか。それが五隻なら、駐屯している海兵よりも数で勝っています。」

 

「…船長のゴーギャルというのは?」

 

「新世界を中心に活動している自称〝開拓冒険家〟。

ゴーギャルは元は政府に雇われていた冒険家です。ですが新天地を求め、未踏の島から略奪と殺戮を繰り返した結果、雇い主から見放されお尋ね者となりました。」

 

「…そう、彼は『悪』なの?」

 

「略奪と無益な殺生は充分に悪でしょう。

ですが本人は『新地開拓の為の犠牲』だと考えているようです。

私から見ても…彼等は充分に『悪』かと。」

 

「そう、なら殺す。

……モネはなんでも知っているのね、勤勉なのはとてもいい事。」

 

「私は知っている事しか話せませんよ。」

 

「そうだった。

…と言う事は交尾は〝まだ〟?」

 

「ん''ッん''ン''ッッ!?(盛大にむせた)

…だから急に彼と会わされて急にその…しろと言われましても…心の準備とか色々……せめてもう少し時間を下さい…」ゴニョゴニョ

 

顔を赤らめ俯くモネはいつもの落ち着いて大人びた表情とは裏腹に、年相応の初心な女の子の姿を見せていた。

 

「なら待っている、交尾をする時は教えて。」

 

「教えませんよ!?いやするかどうかもまだ…彼ともろくに話していないのに……

て!何を言わせてるんですか!?仕事しますよ仕事!」

 

「…解せぬ。」

 

レムはしょぼんと肩を落とし、呟いた。

生命の循環に興味の尽きないレムは、是非とも人間の交尾を見てみたいらしい。完全に知的好奇心を満たす為であり、レムにやましい想いなど欠片もない訳だが、モネは自分の情事を他人に見せる訳もなく、『人』の常識から外れたレムの言動に手を焼いていた。

 

………ただしロシナンテと付き合わされる事に関してモネは『満更でもない』と言った感じなのだが…

 

「(…でも大佐はカッコイイし…優しいし…頼りになる…たまに出るドジがアレだけど…私的にはぜんぜんアリっていうか…寧ろ私が相手では不足なのではっていうか………というか何考えてるの!?意識し過ぎよ!彼とは何も無い!何も無いのよ!ナニモナイナニモナイナニモナイナニモナイナニモナイ…)」

 

だんだんモネの頭から煙が出始めた。

この娘、これでかなりの未通女である。急にえっちな話とか無理なのだ、海賊の癖に。

 

「……もうワタシの射程内に入った。

主命に従い、降伏勧告へ行ってくる。」

 

「……ハッ!?

無駄足だとは思いますが…お気を付けて」

 

レムの真面目発言で我に返ったモネは顔を赤らめたまま返事した。

海賊にとってはこれが運命の分かれ道だ。勧告に従い投降すれば監獄行き、抗っても大将による凄惨な死が待っている。どちらを選んでも地獄だが、彼等はそうなる運命を選んでしまったのだ。なら罰を受けるのは当然の帰結。

それよりモネは、()()()()()()()()()()()()()()()()改めて気を引き締めた。

 

「(そうよ、だって私は…)」

 

 

 

 

スコール島沖6キロ、五隻のガレオン艦隊でも一際大きなメインシップの甲板には、鳥の羽根をあしらったハットに、上半身裸の上から大きな黒いコートを羽織った大男が腕を組んで島を睨みつけていた。

 

「ロロ船長ォ!

あと10分程で接舷します!」

 

「オウヨ!野郎共、武器は磨いたか?弾は込めたか?略奪の準備は万端か!?」

 

「「「「ウオオオオオオオオッッッ!!!」」」」

 

甲板に響き渡る大声に、他の船からも雄叫びが上がる。

 

「レイの方はどうだ、問題はァ!?」

 

『おう、島の反対側には小舟が一隻だけだ。問題なく上陸できるぜロロの兄貴。』

 

電伝虫越しにロロとよく似た声が聞こえてきた。

ロロ・ゴーギャルは狡猾な冒険家であった。正面から五隻の艦隊で襲撃し、予め島の裏側へ弟が操る別働隊をもう一隻潜ませ、略奪を迅速に完遂させる手助けをさせる。故に今までの襲撃では海軍の応援が駆け付けた時には既に島は荒らされ放題、ロロの名も残った僅かな痕跡から彼の仕業と分かり、賞金が掛けられたのだった。

 

「良い!良い!良いゼェ!!!

野郎共、今日もお待ちかね、略奪の時間だァ!

酒に食い物女に奴隷、捕まえた奴が好きに使え!だが忘れるな。女を持って帰る時ァ、俺に一声かけろよなァ!」

 

ぎゃははははは!

 

男達の下品な笑い声が響く

 

ガレオン船五隻、乗組員は総勢700人を超える。更に皆のコンディションもバッチリ。迅速に丁寧に、徹底的に奪い尽くすがモットーのロロは今回の略奪を三十分で終わらせる段取りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

急に冷たい風が彼の頬を撫でる。

ここらの海は温かい、如何に偉大なる航路でも島を目前にして突然気候が変わるなど有り得るのだろうか?

ロロが疑問を感じたその時、不意に甲板へ声が通った。

 

「……警告。」

 

 

 

 

side乗組員

 

 

「警告、当艦隊は海軍本部庇護下の海域を航行中。

即時反転の後、離脱を推奨する。」

 

突然聞き慣れない声が聞こえ、皆が声のする方を凝視した。

船首付近の甲板に人影が一つ。

白い髪にまっさらな肌をした、この船に乗ってる奴らに聞いたら全員が美人と答えるような綺麗な女だった。

しかし、その瞳は冷たくオレ達を見下していて、昂ってきた所に冷水をぶっかけられた気分になった。

 

 

「な…なんだァテメエ!どっから現れた!?」

 

「…復唱、当艦隊は海軍本部庇護下の海域を航行中。即時反転した後、離脱を命じる。

承諾しない場合、当艦隊を殲滅する。」

 

その女は無表情に同じセリフを繰り返す。

見たところあの女は海兵だ。だが、わざわざ1人でやってくる意味が分からない。オレ達の船長の事くらい知っている筈だ、4億の首をたった1人で奪いに来るか普通?

それに、駄目だ。

船長は、自分が盛り上がってる時に横から水を差されるのを何より嫌うんだ。女子供でも容赦ない。

 

ドンッドンッ

 

乾いた銃声が2発、甲板に響き渡る。

ああ、やっぱりこうなっちまった。

 

「これが返答だァクソ海兵。

これからお楽しみが待ってるってェのに邪魔するンじゃねえよオ!!!」

 

撃った弾は女海兵の腹に命中して…

 

あれ?

 

「そう…警告はした。」

 

痛むような仕草もなく、女は氷のように溶けて消えてしまった。

まるで初めから期待もしてないって感じで。

 

「き、消えちまった…」

 

「船長ォ、何者何ですか今の女ァ?」

 

「サァな、分からねえ。

だが邪魔者は消えた!

考えてもみろ、この距離で島から砲が飛んでくるはずねえだろォ?ウチの大砲は最新式、大砲の射程距離内に入ったら一斉射撃でまず港から制圧だ!」

 

意気揚々と叫ぶロロ船長、他の奴らの士気も高い。

 

ふと、双眼鏡でこれから襲う島を眺めてみた。

 

 

 

「……なんだ…アレ…?柱?」

 

 

港からにょきにょきと紫色の柱が伸びてきてる。それが何なのかは分からなった。

 

 

 

 

 

スコール島港

 

 

 

……ず~〜ん…

 

「あの…先生?いつもの事ですし元気出してください…」

 

「……悲しみ」

 

断られてしまった。これで通算17回目の失敗だ。

主の命令とはいえ、毎度毎度こうして降伏勧告をしに海賊船まで赴くのはかなりの手間を用する。なので今回は氷の分身をつくり、送り込んでみたが成果は著しくない。

 

このままでは主からダメな子だと思われてしまう…うぅ…

 

「落ち込んでいる暇はありませんよ。降伏勧告が無視された以上、彼等を排除しなければ。」

 

「うぅ…そうだった。

これより海賊を殲滅する…」

 

めそめそしていても始まらないので、ワタシは島を壊さぬよう加減する為に、主から教わった〝必殺技〟で彼等を駆逐する事に決めた。

 

……………

 

 

そも、どうやれば人間を効率的に殺せるのか。

 

ワタシは無駄が嫌いだ。医学書を何冊も読み漁り、ヒト種の構造を理解しようと学んだ。

鳩尾、動脈、過度な高熱に冷気、電撃、人間はあまりに脆い。

それらを狙えば効率良く殺せる、だがその殆どは、相手を精神的、または肉体的に苦しめてしまう。

医者という肩書きを持つ故、仮令殺害対象だとしても、死ぬまでに苦しみを与えてしまうのはワタシとしても些か心苦しいものだ。

 

そんなワタシがヒトの身体を理解する上で、様々な知識を取り入れた結果、辿り着いた答えが『銃』だ。

ヒトが創り出した、ヒトを最も効率的に殺害する為の道具、それが銃。

少し練習すればすぐ頭部に当たるようになるし、取り回しがいい。

なにより、ワタシのチカラとの相性がすこぶる良かったのも高得点だ。資料や主のアドバイスを経て内部構造を把握したから氷で造形できるようになった。

応用を加え、主と色々試した時も、「お前はマップ兵器だな!」と褒められた。

〝まっぷへいき〟とはよくわからないが、褒められたのだろう。我ながら鼻が高い。

 

「砲塔は4、眼前の敵の殲滅までの間、能力種…限定解除開始…」

 

意識を集中させると、足下から広がる氷結の波紋が港を覆う。モネはワタシと同じような能力を持っているので、加減している限りは彼女に悪影響は無いはずだ。

 

港が完全に凍り付き、動きを止めた地面からイメージしたとおりの巨大な砲塔を4門創り出した。

 

 

 

 

凍り付いた港は白銀で彩られ、蛇口から滴る水滴すら空中で動きを止める。レムの創り出す永久凍土の空間は、さながら生きとし生けるもの全てを止めてしまう美しい牢獄だ。

何もかもを凍り付かせ、結晶へと変貌させるその様は、某アルテミットな1を思い浮かばせるが、そんな事は今は掘り下げるべきではないだろう。

最早温度を計る事すら馬鹿馬鹿しくなるこの零下の世界で彼女と、同じ属性を持つ助手は眼前の艦隊を見つめる。

 

「……(カール)(グスタフ)(ドーラ)(シュトゥルム)全門解放。」

 

レムの呟きと共に、凍てついた氷面が盛り上がり、そこから巨大な砲塔がまるで氷を繋ぎ合わせるように次々と生製されていく。

口径80cm、全長はゆうに40メートルを超え、その膨大な重量を氷で創られたレールに支えられる〝それ〟は、場所が違えば『列車砲』とも呼称されていただろう。

彼女の拘りにより、紫毒の細工がそれぞれ施された砲達は、一見すると兵器としての荒々しさの中にも美しさが垣間見える芸術品の様だった。

 

「…砲塔指向」

 

彼女の指揮に従い、兵器達はギシギシとその巨体を蠢かし、まるで天を衝くかように砲門を上へと向ける。

 

「痛みも無く、慈悲も無く……『絶対零度の星屑(ティアードロップ・アブソルート)』ッ!」

 

…ッッッッッッ!!!

 

振り下ろした手とともに四門の砲塔から同時に砲弾が発射され、反動で凄まじい衝撃波が氷の波止場を揺らす。あまりの爆音に、街の方から悲鳴が聞こえたがレムはそんな事は気にもとめない。

 

別世界の話であり、余談であるが、通常の列車砲は次弾装填までに数十分を要する。巨大過ぎ、かつ大人数を動員しなければならない列車砲は連射性能が絶望的なのだ。

だが、レムが創り出した紫氷の列車砲は勝手が違う。全てが全自動、そして何より創造者であるレムの意思で自由に操作が可能になる。その結果…

 

止まらない爆音と、砲塔からマシンガンの様に弾が飛び出す異常機構が完成し、四門の大口径砲から絶え間無く氷の砲弾が撃ち出され天へと伸びていく。

 

その光景を遠目から見た者は、まるで流星が天に還って行くようだったと後に語る。

 

それはあっという間に音速を超え、一直線に空を突き進む。やがて重力に負け、死の流星となって眼下の船団へと降り注いだ。

限界まで圧縮され創り出された氷弾は、マストと船底をまとめて貫いて、その衝撃で内側から炸裂し、榴弾の如く絶対零度の烈風を広範囲に撒き散らす。当然、ヒトの身体がそんなものに耐え切れるはずもなく、氷結の爆風に巻かれてロロ含む海賊達はレムの思惑通り、「痛みも恐怖も感じる間もなく」即死したのだった。

 

他の海賊達が自分の死を悟ったのは、1発目の砲弾がロロの乗る一際大きな海賊船に着弾し、派手な飛沫と共に船体ごと爆散した後、氷の柱へと姿を変えた後だった。

 

 

 

 

 

紫色の流星が海賊達へ向けて殺到し、跡形もなく吹き飛んでいく海賊船を見ながら、私は途方もない恐怖に駆られていた。

もう彼女の作った砲塔からは弾は出ていない。だが一拍遅れて次々に着弾していくあの光景から分かるように、明らかにオーバーキルだ。

恐る恐る双眼鏡で確認してみると、大将白蛇の攻撃に晒されたロロの船団は、哀れにも木っ端微塵に吹き飛んで、氷のオブジェと化している。

だがそれよりもっと恐ろしいのは、彼女は大砲の射程距離外から遠距離射撃ができるという事実。大砲の射程よりも遠い距離から迎撃できるなら、一方的に攻撃ができる。すなわち、レム大将に近づくにはこの死の雨を掻い潜らないといけない。そんなの不可能だ。

レム大将が1人いれば、どんな島でも要塞と化すだろう。いや、下手をすると噂に聞く古代兵器などよりよっぽど恐ろしい存在だ。若様はこんなバケモノに…

 

「…状況終了、残敵無し。

モネ?顔色が悪い、大丈夫?」

 

レム大将の言葉で我に返り、無理矢理表情を作って返事した。

 

「いえ…大丈夫です。

任務完了ですね、先生。」

 

「ん…帰投する。」

 

あれだけの大虐殺をやってのけたにも関わらず、いつもの無表情でくるりと踵を返し歩き出すレム大将の背中を追う。

 

「……あ」

 

「!?…先生?」

 

「失念、港を戻すのを忘れていた。」

 

そう呟き何の気なしに指を鳴らすと、まるで鏡が割れるように凍っていた港が弾け、いつもの色を取り戻す。

まるで手品のように一瞬で解凍された港を見ながら私は今回の潜入任務に一抹の危機感を覚えていた。

 

こんな化け物の弱点なんてどうやって探ればいいのよ…

 

 

 

 

 

 

「レイ副船長!ロロの兄貴との連絡が途絶えました!」

 

「なぁ〜にィ~!?

もう略奪を始めちまってんのかァ?

遅れるな野郎共!兄貴に続けェー!」

 

「アイアイサーッ!……副船長!あれ!」

 

ここは赤耳海賊団副船長、レイ・ゴーギャルフの操る裏取り担当艦。急に連絡の途絶えてしまった兄に一抹の不安を覚えつつも、船を停められる浜まであと数十メートルという所で、見張りがジャングルから出てくる集団に気付いた。気づくや否や顔を青くしながらまくし立てる。

 

「あっあれは…『不死鳥のマルコ』!?

副船長!ヤバイです!白ひげ海賊団のクルーがいますゥ!」

 

「なにィ!?だがたかが能力者1人だァ!

オレ達全員でかかれば…」

 

「まだ居ます!他にも2人、明らかに白ひげのクルーです!それにその後ろからもう1人…

あっ…ああああああッ!?」

 

驚愕のあまり目を剥いて今にも倒れそうな見張りから双眼鏡を奪い取り、浜を見た。そして、彼もまた驚きに目を白黒させている。

 

「なななななんでこの島に『白ひげ』が居るんだアアアアアアアッッッッッッ!?」

 

そう、その視線の先には現時点で最強の称号を持つにふさわしい大海賊、『白ひげ』エドワード・ニューゲートの姿があったのだ。

双眼鏡越しに見る彼の姿はレイ達を怯えさせるのに充分過ぎる迫力を醸し出している。

 

「あっ…白ひげがこっち見た…」

 

腕を引き拳を引き絞る白ひげ、ポンプアップするように筋肉が隆起し、そのまま彼が拳を突き出すと、大気にヒビが入り、大きな揺れが船体を襲った。そして少しして、見えない大きな衝撃波が海を掻き分けこちらに向かって進んできている!

それはあっという間に船体に衝突し、衝撃に耐えかねた船はバラバラに砕け散った。勿論、乗っている赤耳海賊団もろともに。

 

「「「「ぎゃああああああああああああッ!?!?」」」」

 

衝撃の余波で生まれた津波が彼等を飲み込み、やがて見えなくなっていった。

 

こうして、赤耳海賊団の最期の冒険の幕はあっけなく閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ゼハハハハ…アイツら全滅したみてぇだぜ。」

 

「海賊旗見る限り『赤耳』だったな。

たしか名前が似てるってシャンクスの野郎が無駄に対抗心燃やしてた奴らだ。」

 

「まっ、この島に手ぇ出そうとしたのが運の尽きだよい。

オヤジの見てる前なら尚更な。」

 

「……義理は返したぜ、『白蛇』ィ。」

 

この島は世界政府が買い取った、ならば自分達が保護するより余程安心できる。ならば賊らしくさっさと退散するだけだ。

人知れず背後から忍び寄る島への危機を救い、エドワード達はスコール島を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

海賊白ひげ、またの名をエドワード・ニューゲート。

彼の運命は此処で大きな転換点を迎えた。

 

一つはクモミ島にアンが現れ、その避難民がこの島へ移り住んでいたこと。

 

一つは彼が旧友との再会のためにふらりとこの島へ立ち寄ったこと。

 

そして最後の一つは、避難民を保護する為に派遣された大将白蛇、レムに出逢い、病に打ち勝ってしまったこと。

 

この顛末を経て、彼の運命は本筋とは違う道筋を辿り、後に控える大きな戦いに多大な影響を与えてしまう事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

運命を創る龍。彼女が現れた事で、物語は少しずつ変わり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆オマケ◆

 

海軍本部

 

「……ミラ。何故、クザンは本部の床に頭から突き刺さっている?」

 

「さあ?」

 

今回ばかりは何の罪もないクザン中将に、合掌。

 





モネは未通女、間違いない(集中線)
すぐ死んじゃったからね、フィギュアが出ないのも仕方ないね。

はい、復活しました獣です。
前回はとんでもない醜態を晒してしまい隠居仕掛けましたがなんとか持ち直し、連休使って投稿できました。
他の方のワンピSSは原作始まってんのにウチはまだ過去続いてるとか…震えてきやがった…
まあこっちこっちのペースで進むのでお付き合い頂ければ幸いです。

次回未定、七武海揃うかな?

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