大海原の祖なる龍   作:残骸の獣

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スマホの死から蘇った男、スパイダーマッ!


36 帝征龍、人の世界で生きる

「ねえ、何か音がしない?」

 

「音?聞こえないな。それより折角奴隷から開放されたんだ、今日は村をあげてパーティを開こう!」

 

「そうよコアラ。貴女が無事で本当によかった……」

 

「お父さん…お母さん…」

 

1人人生のどん底へ突き落とされていた少女は無事、家族の待つ家へと帰還した。この世界で一度攫われた奴隷が元いた島まで辿り着くなどもはや天文学的確率、コアラの家族も街を上げて歓迎している。

 

そんな微笑ましい光景を眺める海兵が2人、街の片隅でコアラ達を眺めていた。

 

「要人は無事送り届けられたようだな、後はアン様か…」

 

「ああ、ここから離れた荒野で戦闘が始まっている。ゾルダン大佐の予想通り、先に処置しておいて正解だったな。」

 

そうボヤきながらロシナンテは机の水を口に含み飲み干した。

 

今、コアラの故郷であるこの村から数キロ先では魚人と龍が地獄のような戦闘を繰り広げている。しかし村には爆音も、喧騒も、振動すら伝わっていない。故に、村人達は無邪気にコアラと笑いあっていた。

周囲の音と振動の遮断、ロシナンテの持つ『ナギナギの実』の能力によるものだ。彼は効果範囲を村全体に広げ、外部から音も振動も凪ぐ隔離空間を作り出していた。

 

「あんなに幼い少女が奴隷だったのか、胸糞悪くなる話だ…」

 

「真実はもっと残酷だよ、元々我々とストロベリー少将の一行はあの少女を聖地に連れ戻す為に此処へ派遣される筈だった。

タイヨウの海賊団が身元不明の人間の子供を連れているという情報を得てから政府はその情報網を駆使し、コアラという少女の身辺を徹底捜査した。そして彼女がタイヨウの海賊団と共にログを辿り、フールシャウト島へやって来ると突き止めたんだ。

…『鴨が葱を背負って来る』という諺がワノ国にあるらしい。あの日、聖地マリージョアから逃げ出した数多の奴隷達、その1人を捕捉したのに加え、厄介だった海賊団がノコノコとやって来る…願ってもない状況だ。」

 

「だがそれでは情報を提供してくれたフールシャウトの村人達を裏切る事になるんじゃ?」

 

「必要なら口封じも考えていただろう、(天竜人)の為に大を捨てるのは政府の十八番だからな。」

 

「……酷い話だ。」

 

「まァ、その辺りをミラ中将のご命令で私が裏で少し動いた訳だが…そんな事はどうでもいい。

ともかく、上の方々の健闘あって奴隷の少女は無事、真の意味で自由を手に入れることが出来たわけだ。今くらい喜びに浸っていても罰は当たらない。だろう?」

 

「そうだな、そうさせてやろう。

後はアンさんが島を焼き尽くさないのを祈るしかないか…」

 

「こればかりはなあ。随分とハッスルなされているようだが…」

 

ナギナギの効果範囲外に出てみれば、時折谺響する爆音と轟音が耳に突き刺さる。目を凝らせば赤黒い焔が地を舐めるのが確認できた。

今自分に出来ることは少しの間でも村人達の心を安らかに保つ事、安眠において右に出る者は無いと自負するロシナンテはいっそう集中し、能力を張り続けるのだった。

 

 

 

 

◆荒ぶる狂王◆

 

 

 

フールシャウト島、村外れの荒野は普段の様相とはうって変わって、まさに地獄と呼ぶに相応しい死地と化していた。

熱風吹き荒れ黒く焦げた大地には最早生物の影はなく、地面より噴き出す漆黒の瘴気で肺が焼ける。常人ならば五分と持たず火達磨になっているだろう。

そんな中、美しい金色の長髪を靡かせ、赤黒く淀んだ瞳で呵う美女。このような死地とは余程似合わぬこの場にその姿を見せる彼女は異質で、それでいて男を魅了する妖しい魅力を放っていた。

その向かいに立つのは3人の魚人達、タイガー、ジンベエ、アーロン。

一人一人が一騎当千の強者である彼らは今、逃れらない脅威を目の当たりにしている。

 

「うっふふふふふふふふ……ふふふあははははははははッ//」

 

「なんだあの女…急に笑い出しやがった。気味が悪ィぜ…」

 

「じゃが見るからにマズイのは分かる。お頭、隙を見て離脱を…」

 

ヒュボッ

 

「……は?」

 

ついアーロンは気の抜けた声を発してしまった。

 

ジンベエが消えた

 

あまりに唐突過ぎて頭が追い付かない、タイガーの方を見ようと顔を上げた先には…

 

「こんがりフカヒレの出来上がりぃ〜♪」

 

燃え盛り赤黒く光る右手を振り上げるアンの姿が映った。

 

「(ぁ、俺死…)」

 

「アーロンッ!!」

 

一瞬早く覚醒したタイガーがアンを背後から羽交い締めにして動きを封じ叫ぶ。

 

「アーロン今だ!やれェッッッ!!」

 

「うっ…ウオオオオオッッッッ!!」

 

アーロンは背負っていた愛刀、〝キリバチ〟を掴み取り容赦なく羽交い締めにされたアンの首筋を狙う。

キリバチはノコギリのように刃の尖った大剣だ。それを振るうだけでも充分な脅威だがアーロンは魚人である。魚人の力で振り回すこの大剣がどれ程の破壊力を生むか、彼は良く知っていた。たかが人間の小娘一人、如何に強く、悪魔の実の能力者であっても首を断たれて生きていられるはずが無い。

 

ガッキイイィィンッ!!

 

焦りと恐怖で手元が若干狂ったが、アーロンの振り抜いたキリバチは少なくともアンの首から上に直撃し、そんな音が響いた。

 

「ばっ…馬鹿な…ッ!?」

 

ふぁ〜んふぇ〜ん(ざーんねーん)…」

 

キリバチは確かにアンの顔面に直撃した。

 

 

ノコギリ状の刃はあろう事かキリバチに噛み付いたアンの歯にがっちりと掴まれている。

 

「このッ…動かねえ…なっ!?」

 

アンが噛み付いた部分から徐々にキリバチへヒビが広がり、バキバキと音を立てた後完全に砕き割れた。

アーロンの得物はアンによっていとも簡単に噛み砕かれたのだ。

 

「ばっ…化物めッ!!」

 

「ばけものぉ…?なら(ばけもの)と闘うお前はなんだ。人間か?それとも餌か…?」

 

「巫山戯んなよ…オレは誇り高きぎょグギッッッッ!?」

 

言い終わらぬうちに獄炎を纏った左脚がアーロンの首筋に吸い込まれるように叩き付けられた。短い悲鳴を上げながらスリーバウンドする程の勢いで吹き飛んでいく。

 

「アーロンッ!…クソッ!!」

 

そっと、羽交い締めにしていたタイガーの腹にアンが手を乗せ

 

「しまっ…」

 

2人の間で黒い焔が妖しく光り、再び大爆発が荒野を揺らす。

 

やがて爆炎が晴れ巨大なクレーターの真ん中にはアンだけが立っていた。少しして爆風に巻かれたタイガーが落下し少し離れた地面に激突したのが確認できる。

 

「お…オオォ…」

 

時間にすればたった数分の出来事だ。タイヨウの海賊団主力メンバーは帝征龍を前に、完全敗北した。

 

 

 

……………

 

 

「あ〜楽し、さっさと起きな魚人共。まだまだこんなモンじゃあないだろ?

下等な人間とは違うんだもんな?」

 

魚人達が皆動かなくなったのを見て、アンは呟いた。

 

「いつまで寝てんだ、早く起きろ。

人間よりも速くて、強くて、頑丈で、水の中でも息ができる。魚人(お前達)は出来損ないの人間とは違う高等種族なんだろ?」

 

応える者は誰もいない

 

「なぁ…いい加減寝てないで起きろよ。

おい………ハァ…なぁんだ…」

 

 

結局同じじゃないか

 

 

呆れたようにアンは嘆息する。

違った。この者達も自分を破壊しうる可能性は秘めていなかった。

如何に頑強で怪力持ちの魚人といえど所詮は人の延長線、龍を討ち滅ぼすには遠く及ばない。遠き昔に挑んできた彼等とは全くの別物だった。

 

「チッ、なんだよ…我の思い違いだった。

世界が変わったからと、たかが見た目が違うだけの雑魚じゃねえか。

変わらない癖にコイツ等は差別だのなんだの言ってるのか?馬鹿馬鹿しい。」

 

「ふざ……けるな…」

 

アンの言葉を聞いたのか、息も絶え絶えタイガーが顔を上げる。既に身体は焼け焦げボロボロで、腹は爛れ真っ黒だ。

 

「俺達は…違う…

あんな浅ましい連中とは……人を人とも思わないクズ共とは…違うッ!!」

 

喉が張り裂けんばかりに吠えるタイガーを、アンは冷めた目で見つめていた。

 

「何が違うんだ元奴隷。お前達はまた、我に勝てなかった。あの連中とも違って殆ど抵抗もできず、一方的に。

そりゃもう我に言わせりゃ人じゃねえ。

…人を人とも思わない?

そりゃ魚人(お前等)人間(あいつ等)の価値観が同じだと思っているからそう思えるんだろ。

その時点でお前等は同じだ。

 

同じに見えるから比べ合う。

 

同じ者同士比べ合って『自分の方が優位に立っている』と優越感に浸りたいのさ。獣同士のナワバリ争いの様に本能のまま行う事も無く、力も無い雑魚同士がただ優越感に浸りたいが為にな。これを滑稽と言わずしてなんと言うよ?

いいか?お前達はな。

価値を比べ合おうとしてる時点でどちらも平等に浅ましい。」

 

「何故だ…?その考えならお前だって…」

 

「あ''ぁ…?」

 

一瞬、凄まじい殺気がタイガーを襲う。どす黒い瞳に睨まれて思わず身がすくんだ。蛇に睨まれた蛙、いや、龍に睨まれた魚人だが。

 

「口を慎めよ。中身まで同じようなお前達ならともかく、この我を容姿(みてくれ)で判断するな、不愉快だ。」

 

中身に人の記憶を持つミラや、回廊に籠りっきりだったレムとは違い、アンは嘗て数多のエギュラスを従え、ハンター達をして「龍の王」とまで言わしめた帝征龍。龍による縦社会の頂点に常に君臨し続けていたアンには(強者)としてのプライドがある。

アンは龍、如何に人の世界に迎合していたとしても人と龍では考え方に差が有り過ぎた。故にタイガーの勘違いはアンを苛立たせた。

 

「いや……ああそうか、姉御が言ってたのはコレか。ったく、『共存』なんて言い出さなきゃなあ…」

 

「……?」

 

「まあ瞬きの間でも我を愉しませた事に免じてさっきの失言は赦す、我は寛大だからな。

とゆー訳で、飽きた。帰る。」

 

「……は?」

 

さっさと身を翻し、倒れたままのタイガーから離れていくアンを見て彼は気の抜けた声を発してしまった。

 

「だって元々この島に来たのは飯を食うためだし、お前等はついでだし。

運が良かったな、先の肉巻きで腹は膨れてるから魚まで要らん。」

 

ポケットからまた棒付きキャンディの包みを開け、口に放り込んだアンはひらひらと手を振りながら去っていく。

 

その背中を見送れば自分達は助かる、ジンベエもアーロンも、傷を負ってはいるがしぶといアイツらなら命に別状はは無いだろう。

だが…

 

「………待て」

 

「あ?」

 

タイガーはアンを呼び止めた。

 

力を振り絞って立ち上がる。全身火傷に血塗れで、今にも死にそうな程弱っている体に鞭打って力を込めていた。

そうまでして彼が立ち上がる理由、それは

 

認めるわけにはいかないから

 

 

 

 

 

 

……タイガーは自由奔放な男だった。

気前よく、アニキ肌で、当時国王も手を焼いていたスラム区画『魚人街』を喧嘩によってまとめあげる程腕っぷしも強く、リーダーシップを持っている。

そんな彼は冒険家となり、魚人というアドバンテージを活かして世界中の海を渡り歩いた。

冒険の中にはいい思い出も、悪い思い出もある。

ある国では歓迎されたが、ある国では嫌われもした。〝見た目が違う〟という大きな特徴が、彼の偏見に拍車をかけてしまっていたのだ。

しかし様々な島を渡り歩き、様々な人と出会った彼はその程度の事に動じない。故郷で今も人間との共存を謳う王妃のようにいつかきっと分かり合える日が来ると、心のどこかで信じていたから。

 

奴隷になる前までは

 

連れ去られた先の聖地マリージョア、タイガーがそこで見たものは人間の〝闇〟。この世の暗闇を凝縮し、吐いて捨てたくなるような負の感情の吹き溜まりを目の当たりにして、本人も知らぬ間に純粋だった彼の心は知らず知らずのうちに人への憎悪で染まっていった。

そして聖地から脱走した後もその憎悪はふつふつと心の奥底で煮えたぎる。奴隷解放の英雄としての体面や、自分を信じ慕う部下達のアニキ分としてのプライドで蓋をして。

 

そして今、アンは人も魚人も同じだと言っている。それはオトヒメ王妃からすれば喜ばしい事なのだろう。理由はどうあれ、彼女は賛同してくれる者を拒みはしない。だが…

 

「一緒じゃない…俺達は…」

 

人間とは、違う

 

何度もオトヒメ王妃のように人間達と手を取り合って、平和を目指したいと思った。誰もが平和な方がいいに決まってる。

だが…彼の心の中に巣食う〝鬼〟が。これまで人間達に蔑まれ、虐げられ、奴隷になったことにより積もり積もった負の感情は、どう足掻いても拭い去ることができなかったのだ。

 

「俺達は…誇り高い一族だ…!

『知らない』という理由だけで、見た目が違うという理由だけで…排除しようとする奴らと同じにするな…ッ!!」

 

タイヨウの海賊団のシンボルは『自由』と『解放』、奴隷達を解放し不殺の掟を立てた事で1番苦しんでいたのはタイガー自身だった。どんなに自分に言い聞かせても、どんなにコアラと穏やかな日々を過ごしても、彼の怒りは完全に静まることはなかった。

人間に対する怒りが、彼の心に深く刻み込まれていたから。

 

(いつもそうだ…どれだけ綺麗事叫んでも、オレの中の鬼が邪魔しやがる。俺はもう、人間を愛せないんだ…すまねぇコアラ…)

 

「俺は…人間に屈しない……ッッッ!!」

 

こんな事を龍であるアンに言ったところで何がどうなる訳でもない。だがタイガーの瞳は真っ直ぐに彼女を見据え、自らの主張は正しいのだと必死に訴えていた。

 

アンは立ち止まり、冷ややかな目でタイガーを見つめ返す。

 

「口だけは達者だな、せっかく見逃してやると言ってんのに。

…気が変わった、望み通り…お前を殺す。その後タイヨウの海賊団ごと全員燃やし尽くしてやろう。口だけの誇りが如何に無駄で浅ましいか直々に我が教えてやる。」

 

再び獄炎がアンの周りから噴き上がり、熱波が荒野を再度焼き尽くす。

 

 

 

「ぐっ…お頭…」

 

最初に吹き飛ばされたジンベエがいつの間にか起き上がり、二人の間に割って入る。

ジンベエもアンから受けた一撃によって既に満身創痍の状態だった。

 

「此処はワシが時間を稼ぎます、お頭はアーロン連れて早く合流を…」

 

「……ああ、そうだな。

…ジンベエよォ…」

 

「何じゃ、お頭ァ…」

 

「お前はアーロンを連れて、逃げろッッッ!!」

 

「なっ!?何を…」

 

タイガーは力を振り絞り、ジンベエの襟首を掴んで思い切り後ろへ放り投げた。

 

「アン…俺と〝決闘〟しろォォォッッッ!!」

 

焼けきった地獄の荒野に、タイガーの雄叫びが響き渡る。

 

 

 

◆意志◆

 

 

〝決闘〟とは、己の誇りを賭けた闘いである。ことワンピースの世界において決闘は男と男の真剣勝負、場合によっては己の海賊旗やクルーの命を背負って行う大博打だ。その場で怖気付いたり卑怯な手を使おうものならその後一生後ろ指を指されて生きる覚悟を持たねばならないだろう。

一か八か、自分の我が儘で危険に晒してしまったクルー達の命を未来へ繋ぐためにタイガーはアンへ決闘を申し込んだ。

 

「決闘……はぁ?我とか?」

 

「そうだ…オレはお前に決闘を申し込むッ!

サシの勝負だ、まさか逃げるなんて言わねぇな…?」

 

「…………………」

 

「お頭ァ!一体何を考えとるんじゃ!?」

 

「アーロンと先に行けと言ったろジンベエ!

オレはこの女と決着を着ける…着けなきゃならねぇッ!」

 

「何故じゃ!そいつはさっきワシらを見逃すと言うた筈、何故そこまで固執するんじゃ!」

 

「コイツはオレの意地の問題だ…

コアラと共に過ごした日々は宝だ、だが俺は…もう人間を愛せねぇ。

とっくの昔に濁っちまったオレの心は、もう誤魔化せねぇ…

オレは此処で、自分(テメェ)(こころ)にケジメを着ける!」

 

「お頭…?一体何の話を…」

 

「…これ以上は無粋だ、弁えろ。」

 

アンがパチンッと指を一つ鳴らす。途端に炎が踊りだし、ジンベエとタイガーの行く手を阻む様に炎の壁を作り出した。

 

「お…お頭…」

 

「船長命令だ、行けェジンベエッッ!!」

 

最後にそう大きく叫び、アンへと向き直る。

 

「待たせたな…」

 

「待たせ過ぎだ馬鹿。

が、その目…良い。それだ、アイツらの瞳と同じだ。

諦めを知らず、恐れを知らず、例え天を衝く砦の上から突き落としても平気で挑みかかって来る奴等と同じ目だ。」

 

奴等、とは言うまでもなく、今までアンが…グァンゾルムが屠ってきたハンター達だ。

タイガーはこの時、アンから初めて完全に敵と認められた。

 

ゆらり、ゆらりと陽炎のようにアンの背に影が生まれる。タイガーはアンの背に炎で象られた巨龍を見た気がした。

厳しい翼に王冠の様に伸びた角、その巨躯は例え陽炎であっても彼の背筋を冷たくさせる。

 

「ハッ…そうかい。どうやらオレはとんでもねえ相手に喧嘩を売っちまってたようだ…」

 

「漸く格の違いが分かったか?遅いわマヌケ。で、どうする。今無様に土下座でもすれば見逃してやろうか。」

 

「まさか、テメェが何処の誰だろうがやる事は変わらねえよ…」

 

タイガーは身構える

 

「あっはははは…そうだな、土下座したらそのまま灰に変えてやるところだ。ホラ、決闘だ。我の下まで辿り着いてみせな、奴隷解放の英雄さんよ。」

 

「言われなくとも…テメェに一発入れなきゃ気が収まらねェよ…オオッ!!」

 

弾丸のような速度でタイガーは飛び出した。アンまでの距離は約30メートルほど、魚人の脚力なら一瞬だ。だがアンを前にするととてつもなく遠い距離に感じる。

 

「ッ…!?」

 

既にトップスピードに達していたタイガーは不意な熱気を感じて身を大きく躱した。その刹那、先程まで彼の腹があった位置を黒い熱線が猛烈な熱気を纏って駆け抜ける。

顔を上げればアンの頭上にはポツポツと人の頭程のほの暗く光る無数の火の玉が浮かび、ゆらゆらと揺れていた。

 

「炎戈砲・虚空…」

 

火の玉の一つが弾け、そこから爆風と共にタイガーに向けて黒い線が走る。再び地面に力を込め、大きく飛んだ。スグに爆音と共に地面の一部が吹き飛び地を抉る。

 

「姉御に言われてなァ、色々研究してるんだ。無様に死ぬなよ?」

 

「…ッ上等ォッッッ!!」

 

タイガーの目は死んではいなかった、その目を海に詳しいものならば「怒った海王類と同じ目だ」と指摘するだろう。それは魚人が怒り、本来の凶暴性を顕にした証。

タイガーは集中力を切らさない。

冷静に 怒る

己の身体を限界まで酷使して攻撃に備えた。

 

アンの背後で浮いていた塊が次々と破裂し、そこから生じる無数の熱線がタイガー目掛けてひた走る。タイガーはそれを己の感覚を全て使い、避ける、避ける、避ける。業を煮やしたアンは炎の竜巻を発生させ、タイガーを押し潰した。

 

「オオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

うねり燃え盛る炎の中から飛び出したタイガーはアンに向かって再び猛進する。

追い討ちを掛けるように空から降り注ぐ火炎、さらに無数の熱線に四肢を貫かれ、獄炎で全身を舐められようとも彼は止まらない。

 

前へ

 

熱線が頬の左を掠め、片腕は切断された

 

前へ

 

津波のように襲い掛かる炎の激流に全身が燃え尽きる程の激痛が走る

 

それでも前へ

 

「前へ……前へ…前へ前へ前へ前へ前へエエエエエエエエエエッッッ!!」

 

熱線を躱し、炎の壁を突き破ったタイガーはアンの目の前まで迫っていた。

 

腕一本残っていれば充分、後はこの拳を突き付けるだけ。

 

残りの力を振り絞る。大きく振りかぶり、タイガーを見て微動だにしないアンへ向け拳を振りぬこうとしたその時

 

「………惜しかったな」

 

「ガ…グフッ……」

 

上から落ちた熱線が3本、タイガーの身体を貫いた。

身を焼かれる激痛に動きを止める、そのまま命を終えるとアンは過信していた。

 

 

「ウッ……ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ッッッッッ!!」

 

「何っ!?」

 

再び動き出したタイガーの右腕の拳がアンの顔を捉え

 

直撃する手前で、指先が崩れ落ちる。

それだけで終わらない、指の次は手首が、二の腕が、手の先端からボロボロと灰になり始めた。

とっくの昔に彼の身体は限界を超えていたのだ。それを己の意志と怒りの力で無理やり動かしてきた、それに終わりが訪れてしまっただけのこと。

 

勢いを完全に失ったタイガーらガクリと膝をつき、地面に倒れ付す

 

彼の拳は最後まで龍に届かなかった。

 

「畜……生ォ…やっぱり届かねえか…」

 

覇気もない声で呟くタイガー、彼の命はもうすぐ燃え尽きようとしていた。

 

「…それがお前の〝鬼〟かタイガー。

人への怒りがお前をここまで突き動かしたんだな。」

 

「ああそうさ…オレは生涯人間を許さねえ。ああ…ちくしょう…」

 

届かなかった

 

最早脚は目も当てられない程ズタボロで、唯一残っていた右腕は肩近くまでぼろくずのように崩れ落ちている。感覚が無くなってしまったのか痛みも感じなかった。

 

「ふっ…はは…そうか、そういう事か…」

 

力なくタイガーは笑う

 

「何がおかしい?」

 

「オレは人間が嫌いだ、憎くて憎くて、恨み続けてきた。…だけどそうしている内に…どうして奴隷達(アイツら)を解放したのか、その理由も変わっちまったらしい…。」

 

彼が奴隷達を解放した理由、それは彼等が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魚人と違い肌の色も、もっと言ってしまえばDNAすら同じ人間同士で何故あそこまでに惨い事ができるのか。人の持つ底知れぬ闇をタイガーは恐怖した。

そんな彼等を放っておけなかったからこその〝解放〟、そこには差別も種族間の違いも無い同じ奴隷という身勝手なカテゴリに当て嵌められただけの者達を救う為に起こした事件。そしてタイガーはそんな彼等を1人でも守る為、タイヨウの海賊団を結成した。そのはずだった。

 

「あの時はああするのが最善だと思ってたが…ああ、違うんだ。

俺は1人でいるのが耐えられなかった。

オレだけ脱出できて、オレだけ生き残る、それがすこぶる惨めで耐えられなかったんだ。馬鹿みてぇだろ?」

 

「…ああ、馬鹿だな。」

 

「だがアンタと闘りあってスッキリしたよ…俺の心の鬼は、どっかへ消えちまったらしい。

なァ、お互いケンカした仲だろ。一つ、頼まれてくれるか?」

 

既に息絶えようとしているタイガーの言葉にアンは耳を傾ける

 

「……………」

 

「………………」

 

「………………………。……。」

 

「…仕方ねえ、1度でも我に迫った褒美だ。叶えてやるよ。」

 

「恩に着る、俺はもう…疲れた……」

 

「ああ、眠れ。フィッシャー・タイガー。

そして誇るがいい、気高き魚人族(ハンター)よ」

 

アンに看取られながら、奴隷解放の大犯罪者(大英雄)フィッシャー・タイガーは人知れずその生涯の幕を閉じた。

彼が息を引き取ったのを確認すると遺体をそっと岩陰まで移動させ、アンはフールシャウトの街へと歩き出す。

 

彼との約束を果たす為に

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「お疲れ様ですアン様、タイガーの始末の程は…」

 

「タイガーは死んだ、アイツの届けたコアラって餓鬼は何処だ。」

 

「彼女なら奥の酒場に、今頃街の者達と祝宴を楽しんでいるかと。」

 

「……お前等は外せ。先にストロベリー(長頭)の船へ戻っていてもいい。あと、向こうの岩場にタイガーの死体があるが触るんじゃねえぞ。」

 

「仰せのままに」

 

「了解。……アンさんはどうされるので?」

 

「少し用ができた、終わったら戻る。」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッと酒場の扉を勢いよく蹴り開けてアンは村人達の騒ぐ酒場へ入った。案の定と言うべきか、突然の大きな音に反応し、現れたアンに唖然とする村人達。その中で彼女は人の輪の中心に座る少女に目を付ける。

 

「お前がコアラか」

 

「…はい、私がコアラです。」

 

「ツラ貸せ。…ンな睨むなよ、直ぐに返してやるから。」

 

半ば強引にコアラを連れていこうとするアンに彼女の両親達は反抗的な視線を向けるが、アンはへらへらと笑いながら手を振った。

 

「わかりました。おとうさん、おかあさん。ちょっと行ってくるね。」

 

「え…ええ…」

 

海賊達と暮らしたことで芯が太くなったのか、アンに臆することなくコアラはついて行った。

 

 

…………

 

 

「……それでね!その島には山くらい大きな人が二人いて、ずっと戦い合ってたの!ジンベエ親分が話を聞いたら、もう何十年も決闘をしているんだって!」

 

「へえ、良くやってられるな。偉大なる航路ってのは我のいた場所とは随分違うのか…」

 

「それからそれから…砂の王国とか、雪の国とか…」

 

楽しそうに喋る少女の口は止まらない。アンはその一言一言をたいそう興味深そうに聞いていた。

そしてコアラを心配するあまり、その様子を遠くの物陰に隠れながら眺める村人達(多数)の姿はさながらストーカーの様であった…

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

こっち(姉御はワンピジクウとか呼んでいた)に来てから少し、我は姉御…祖龍ミラルーツの下で新しい身体を得て、ヒトとして暮らしている。

 

最初のうちは嫌だった…いや今も納得してない。

視界は狭いし、翼は無えから飛べもしない、小せえ身体で地面を這っているみたいだった。

 

我は龍だ、人間(餌)と一緒に暮らすなんてとんでもない。根暗龍(レム)の野郎は何とも思っていないようだが、常識とか、力とか、何もかもが圧倒的に違う環境で共存なんて出来るはずがない。

 

そう、出来るわけねえんだ。エギュラスと我がそうだったみたいに

 

奴等は産まれた時から我に服従しているし、気まぐれに殺されるのも許容してる。獲ってきた餌を我に捧げたり、我に近づこうとする侵入者を撃退したり。多分本能が理解してるんだろう、「自分ではコイツに勝てないから、せめて殺されないように従っておこう。」って。

 

でもハンターは違った。我がどんなに業火で焼いても、エギュラスが塔から突き落としても、何事も無かったかのようにケロッとまた挑んできやがる。何度も何度も、色んな格好、色んな手段で、我に挑みかかって来た。

我はそれが堪らなく楽しかった。退屈な毎日に刺激を与えてくれる存在、普通を壊してくれる異常、普段味わえない興奮に胸が踊った。

 

ああ、これが〝人間〟なんだ。

圧倒的な力の差を持つ存在を目にしても尚、抵抗を止めない。持てる知恵を全て絞って最善を尽くす狩人達。

そうじゃない奴は食われるだけの餌だ餌。区別なんてそんなもんだろ?

 

「……!………。……。」

 

目の前で夢中になって話を進めるコアラって餓鬼を眺めながら考える。

残念な事に、ワンピジクウには元の世界に居た狩人達と同じ奴等は居ないらしい。そして姉御に言われたのは支配でも蹂躙でもなく、穏便な〝共存〟だ。

 

『私やお前達が人を模した姿になったのも何かの〝運命〟だ。

郷に入れば郷に従え、破壊と暴力だけが龍の全てじゃ無い事を示せよ。』

 

そう言って全ての龍、その〝真なる祖〟は笑ってた。

 

確かにこの見た目になってから細かい動きが可能になって、イルの奴と一緒に「リョウリ」を作るのはやぶさかじゃない、寧ろ楽しい。生肉だけじゃなく、切り方、焼き方、作り方、多様性のある「チョウミリョウ」を使った無限にも近い組み合わせの探求にはかなり興味をそそられた。

 

が、だ。幾ら誤魔化しても日常で感じる妙な違和感は如何ともし難いもんがある訳で。

特に力加減とかもどかしい事は多いが…姉御の命令だからな…ウン。

 

さっきからこのちっこいガキは夢中になって話している、これがあの男が唯一見出した〝光〟とは…人間ってのはよう分からん。

 

「ああ、もう満足した。

戻っていいぞ、時間を割かせたな。」

 

「ウン、分かった。じゃあね、お姉ちゃん!」

 

手を振ってガキは大人達の下へ去っていく。

 

人と共に暮らすってのはまだ納得してないが、もう少し様子を見た方がいいのかもしれない。

 

……さて、こっちの用事は終わったし。後はタイガーの死体を届けに行くか。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ジンベエ、アーロン、その傷は…!?

タイのお頭はどうした!?」

 

「後で話す、アーロンを見てやってくれ!今はこの窮地を切り抜ける方が先じゃ!」

 

怒鳴るジンベエからは焦りと、久しぶりに感じた恐怖が未だ心に焼き付いていた。

自らの船を失ったタイヨウの海賊団は持ち前の海中戦闘を活かして早々に海軍の軍艦から船を一隻奪い、どうにか逃げ出そうと必死の抵抗を試みている。

幸いにも霧が再び立ち込め始め、敵の視界を遮ってくれてそうだ。

所々で響く砲撃音と爆発音が耳を突く中、ジンベエは苦々しげに呟いた。

 

「お頭ァ…何故ワシらだけ先に…」

 

 

………

 

 

「おい!ありゃ何だァ!?」

 

海軍と砲撃戦を繰り広げていた所、ある時を境に砲撃が止み、辺りが妙な静けさを取り戻していたところ、クルーの1人が叫んだ。

ジンベエ達が確認しようと目を向ける暇もなく、それは火花を散らしながら正面の甲板へと舞い降りる。

 

ジンベエはよく見知った顔だ。

否、忘れたくても忘れられるものか。

この女はさっきまで自分を殺しかけた化け物だ。

 

「ふぅ〜〜…全く、思ったより沖まで出てたんだなお前ら。面倒を掛けさせやがって。」

 

輝く金髪とは対象的な暗い暗い赤黒の瞳を宿す者、他のクルーが呆気に取られる中、唯一彼女の恐ろしさを身をもって味わったジンベエは戦慄していた。

 

「何故…お前が此処に?

その背中に背負っているのは…」

 

「ん?ああ、お前達の船長の死体。」

 

聞いた瞬間、彼女を敵と判断した魚人達が一斉に襲い掛かる。しかしアンは指一本動かすこと無く、全てその身で受け止めた。

剣が、槍が、幾つもの刃物がアンに突き立てられた。が、それらは一つとしてアンの身体を傷つけること叶わない。

 

「満足したか?」

 

「止めんかお前等ァ!

……ワシが話す、2人きりにさせてくれ…」

 

砕けていく得物に驚愕の表情を浮かべるクルー達を見兼ねたジンベエは彼等を下がらせ、一人アンの前に立つ。

 

「ジンベエ…これは…」

 

「…頼む、船内で待っておってくれ。

あの女とここで戦うのは自殺行為じゃ。丁度ワシも話したいことがあった。」

 

「分かった、お前を信じようジンベエ。だが…無茶はするなよ。あの女は…異常だ…」

 

怪訝そうな顔をするアラディンに、ジンベエは強がりの笑顔を浮かべることしかできなかった。

 

「あ〜、別にいいぞ。

我も頼まれてコイツを連れてきただけだからな、もう帰る。」

 

「…お頭は、死んだのか……?」

 

「ああ、我が殺した。」

 

「ッッ!?」

 

やはりか。彼が決闘を申し込んだ時点である程度想像はしていたが、やはりタイのお頭は…

 

「だが奴は勇敢だった。少しばかり蛮勇寄りかもだが、この我に迫った。

故に、遺体を荒らすような真似はしない。奴の死はこの帝征龍が保証してやる。故郷の墓に連れて行ってやれ。」

 

海賊をして暮らす以上、死は何処にでも現れる。故郷の土を踏めぬまま一生を終えるなんて事は日常茶飯事だった。アンがただ破壊を振りまくだけの存在では無かったことに、ジンベエは内心安堵した。

 

アンは背負っていたタイガーの遺体をそっと降ろし、その場を後にしようとしたが、ジンベエがそれを引き止めた。

 

「待ってくれ!タイのお頭は……」

 

「………『過去は俺ごと置いていけ。未来を生きるお前達ならきっと、あの人と共にホンモノの太陽の下へたどり着ける。』

確かに伝えたぞ。じゃあな、我は帰る。」

 

ぶっきらぼうにそれだけ伝えて、アンは月歩を使い飛び去って行った。

アンが見えなくなってから、一斉にクルー達がタイガーの遺体へ駆け寄っていく。

 

「お頭…お頭ァ!」

 

「嘘だろ…目を覚ましてくれよ…」

 

ボロボロと泣き崩れる者、殺した張本人であるアンを恨む者、色々な声が上がる中、ジンベエは遺体を抱き抱え、告げた。

 

「魚人島へ戻るぞ。お頭に、せめて故郷の土で眠ってもらおう…」

 

沈黙を以てそれを肯定したクルー達はそれぞれの持ち場へ戻っていく。

 

「アラディン、ワシらはたどり着けるんじゃろうか…

オトヒメ王妃の望む太陽の下へ…」

 

「…………」

 

悲痛に歪むジンベエの振り絞るような声に、アラディンは何も語らず頷いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「どうしてですか少将!もう海賊達は目と鼻の先、今総攻撃を掛ければ確実に仕留められます!なのに何故…」

 

年若い大佐がストロベリーに向かって吠える。己が正義の為、ここで海賊達を取り逃がすのはあってはならない。と言わんばかりの激しい口調でまくしたたていた。

 

「…何度も言わせるな、追撃は中止だ。フィッシャー・タイガーは死んだ、目的は達成されたのなら欲を掻く必要もない。」

 

「欲を掻いているのではありません!

海賊は潰せる時に潰しておかないと、これから先どんな被害が…」

 

「ただいま〜、あ〜疲れた…」

 

ピリピリした雰囲気をぶち壊すように、アンが甲板へとたどり着いた。すかさずゾルダンが何処からともなく現れてアンに飲み物を渡す。

 

「お、気が利くな。…ぷはぁ」

 

あまりにもその場の雰囲気とは掛け離れたアンの行動に一同は唖然としたが、ストロベリーへ苦言申し立てていたその若い大佐だけは、青筋を立ててアンを睨みつけている。

 

「ふわぁ〜…久しぶりに身体を動かしたから眠くなってきたぜ…

ゾルダン、部屋。」

 

「は、既に御用意してございます。」

 

「アンさん、気づいてあげてくれ。流石に無視は酷いと思うんだ。」

 

「無視ぃ?何を?」

 

気まずそうにロシナンテが指さすその先で、初めて大佐とアンの目が合った。

 

「誰だコイツ」

 

「君こそ誰だ!?何で海軍の制服を身に付けていない一般人が軍艦に乗船している!!

とにかく!私の軍艦だけでもタイヨウの海賊団を追撃します!このままみすみす逃がしては…」

 

「駄目だ、許さん」

 

「何?」

 

「二度も同じ事を言わせる気か?

おい長頭、お前ん所の教育どうなってんだ。姉御に報告すんぞ?」

 

おかしい、何故か話が噛み合わない。

作戦開始時から乗船しているこの女性は海軍とはなんの関係もない一般人ではなかったのか?

違和感を感じ始めた大佐はアンとストロベリーを交互に見つめていた。

 

「申し訳ない、大将〝白蛇〟」

 

……は?

 

ストロベリーの一言で時間が止まったかのように甲板が静まり返る。

 

大将白蛇、それは海賊ならば誰もが恐れる海の処刑人。実力はかのカイドウを上回り、艦隊の大船団すら一瞬で灰燼に帰す力を持った出自不明、詳細不明の謎の大将。

それが、彼女?

 

「オイ、一応お忍びなんだから黙ってろ」

 

「ですがこれ以上大佐程度に舐められるのも如何なものかと…」

 

「そういうもんなのか?じゃあ…」

 

つかつかとアンは大佐の下へ歩み寄る、そして不意に彼の首を片手で鷲掴みにして持ち上げた。

大の男が片手で軽々と持ち上がる様は少しだけシュールだが、持ち上げられる当の本人は溜まったものではないだろう。何せ体重が首に全て集中して息すらままならないのだから。

 

「がっ……は…離し…て…」

 

「海軍大将白蛇として命じる、これ以上タイヨウの海賊団への追撃は不要だ。さっき長頭に伝達させたのも含めて三回も同じ事を言わされたぞ?下らん問答でこれ以上我の昼寝の時間を邪魔する気か?

分かったか?分かったよな?」

 

「は…は…」

 

「こ〜え〜が〜ち〜ぃ〜さあああああああいいいいい!」

 

ギリギリと大佐を掴む手の力が強くなる。アンはまるで悪戯をする子供のようにニタニタ笑いながらやっているが、赤黒に濁った瞳は笑っていなかった、それに伴ってどんどん周囲の気温が上昇していく。

 

「は…はいっ!わがりまじだァ…ッ

もうじわけありまぜッン…」

 

帝征龍の双眸に睨まれて脚が竦むどころではない恐怖を味わった大佐は反狂乱でもがきながら必死に言葉を絞り出した。

 

「…ったく、余計な時間を食わせるなよ…。

長頭、準備が出来たらさっさと出航しろ。我は寝る、仕事はしたんだ。要らん些事で起こすなよ。」

 

「了解した。

……そろそろ彼を離してやってくれ、同胞が死ぬのをみすみす見逃す訳にはいかないので。」

 

「…ふん」

 

大佐を捨てるように放り投げ、船室へと入っていくアンを見送った後、ストロベリーに促され海兵たちは再び動き出した。

 

「彼を医務室へ連れて行って介抱してやれ。あと、海軍船に一般人は乗船しない。相手をよく見て話をしろと忠告しておいてやれ。」

 

ストロベリーの皮肉に苦々しい愛想笑いを浮かべる海兵たちであった

 

 

フールシャウト島にて、フィッシャー・タイガー死亡。

その裏に影の大将が暗躍していた事は世に語られることはなく、海軍の活躍として処理されることになる。

 

その後、タイガーの死を悼んだアーロンによるフールシャウト島襲撃が行われたが、その場に居合わせたボルサリーノ中将が鎮圧、逮捕に至った。

新たな船長はジンベエが務めるようになり、タイヨウの海賊団は船長を新たに更に躍進を続ける様になる。

 

 

 

んで、勝手に暴れ回ったアンはというと……

 

 

 

 

「あがががががががっっ!?ギブギブ!!

姉御!死ぬ!死ぬから!いだだだだだだた!?」

 

「裁量は任せると言ったが…加減を覚えろと言っただろうがアン貴様ァァァァッ!」

 

「くっそゾルダンテメェ覚えてろ!

あっ姉御その関節はそっちは曲がらな…ヴェア"ア"ア"ア"ア"ッッ!?」

 

パシャパシャの実を持つゾルダンにことの顛末を記録されており、中将総督の執務室で関節技を食らっておりましたとさ。





お久です獣です(早口)
失踪なんてするか!(戒め)

前回とあわせアン回でした、如何でしたでしょうか。
もはや擬人化の皮を被ったオリキャラのような龍達ですが今後もこんな感じで進みます。
ミラの出番はね、次もないの。
次回はレムのおはなし、ここで原作のある流れををちょろっと変える予定です。次はいつ投稿になるか不明ですが

ワールド楽しいんだよォ!

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