ロキ・ファミリアに父親がいるのは間違っているだろうか 作:ユキシア
高い市壁に囲まれるオラリオにも朝の日差しは届き始めていた。
清涼な空気に都市全体が包まれる。
「今日も元気ないなぁ、アイズたん……」
胸壁に寄りかかりながら、ロキはぽつりと言った。
ホームの空中回路。塔と塔を繋ぐ石造りの渡り廊下から眼下にある中庭を見晴らせる。
ロキの視線の先、数本の庭木と僅かな芝生がある空間の中で、金髪の少女が一人長椅子に座っていた。
「昨日一日もずーっとあんな感じやったし……」
「珍しい通り越して不可思議だな、アイズが時間を無為に過ごすのは」
「そうやなぁ……」
言葉の途中で自分と同じくアイズを見守っているリヴェリア。
その隣に暢気に欠伸をしている秋夜に二人は視線を向ける。
「……で、何を知ってるんや?秋夜」
「んんー、いや、特に何も」
「嘘を吐くな。あの日、お前は何かしらの理由があってあの場を離れたのは知っている。それも一晩中だ。それはあの子に関わることではないのか?」
説明を促せようと咎めるように告げるリヴェリアの言葉に秋夜は微笑を浮かべたまま。
「そう怒るな、リヴェ。昨夜激しくしたのは素直に謝るから。でもな、遠征の間の二週間も我慢した俺も立派だとは思わねえか?」
「誰がその話をしろと言った!!」
「ちょっ、秋夜!それ、後でうちにも詳しゅう教えてえな!!」
「ロキ!!」
「そうだな、リヴェは可愛かったとだけ言っておこう」
「………お前達、そんなに私を怒らせたいのか?」
「「すみませんでした!!」」
冷え冷えとした声音に、炯々と眼光を放つリヴェリアに二人は土下座を繰り出した。
からかうのもこれ以上は本気でやばいと戦慄を覚える二人は床に額を擦りつけて本気の土下座を行う。
これをすれば、何をしたって許されて何を頼んでも頷いてもらえる極東最終奥義。
床に額を擦りつけてまで謝ってくる二人にリヴェリアは嘆息して怒りを抑える。
「頭を上げろ。それで説明はあるのだろうな?」
怒りを抑えることに成功した二人は心の中で拳を握ると秋夜は立ち上がってもう一度アイズを見下ろしながら口を開いた。
「あの酒場にベートがそしった少年がいた」
「ああ、マジでか……そりゃ悪いことしたな……」
申し訳なさそうにするロキに静かに片目を瞑って話に耳を傾けるリヴェリア。
「俺が少年を見知ったのはあのミノタウロスの時に偶然遭遇した。駆け出しだから取りあえず頑張れと応援したぐらいだったな」
あの時の真っ赤な姿はそう簡単には忘れない程衝撃的だった。
「運が悪いことに少年はあの日、あの時間に酒場にいてベートの言葉を聞いて店から飛び出した。俺はちょっとあの少年が気になって後を追いかけたんだ。そしたらどこにいたと思う?」
意地悪そうに笑みを浮かべて二人に問いかけるが二人は首を傾げたまま答えを出さないのを見て秋夜は答えた。
「ダンジョンだったよ。武器はナイフ一本、防具なんて着けていない駆け出しの冒険者が6階層でモンスターと戦ってんたんだ。一晩中な」
「なっ……!まさか見ていたのか!?一晩中ずっと!」
「ああ」
「他派閥とはいえ駆け出しが防具を身に着けず6階層に訪れるなど自殺と変わらん!無理矢理にでも止めるべきだ!!」
「出来るわけねえだろ。少年は冒険をしていたんだぞ?もし、少年を止めていたら俺は少年に恨まれてしまう」
「それでも――」
「リヴェ。俺達は冒険者だ。冒険することに意味はあるのは俺達が一番よく知っている、いや、知っていたはずだ。俺はあの日少年にそれを思い出させて貰った」
その言葉にリヴェリアは何も言えなかった。
知っているからだ。
自分も冒険者だということを。
「……それで?その少年とアイズたんがどう関係あるんねん?」
「さぁ、そこまでは俺もさっぱりだ。ただ、もしかしたらだけどアイズにいい影響を与えてくれるかもしれないと俺はそう思う」
見下ろしているアイズの周りにティオナ達がいつの間にか集まってアイズを連れてどこかに去って行った。
その光景を微笑ましく見ていた。
「……もうアイズ達には俺達がいなくても大丈夫なのかもな」
ぽつりとそう呟いた。
アイズ自身はまだ何も気づいてはいないが、アイズの周りには掛け外のない仲間がいる。
後はアイズがもう少し周囲に甘えることが出来たら。
そう考えると微笑ましい気持ちでいっぱいになる。
「子が親元を離れるってこんな気持ちなのかな……?」
「何言うてんねん。それやったら自分はちった子離れしいや」
「何を言っているんだ、ロキ。俺はもう立派に子離れしているぞ。ただ愛娘に近づいてくる害虫を追い払っているだけだ。それにルフェルを嫁にしたければまずは俺より強い奴でないと認めん」
「それが出来ていないというのだ、馬鹿者」
額に手を当てて嘆息するリヴェリア。
当然のように親バカを発動する秋夜は腰に携えている刀に手を置く。
「……それぐらいしてくれないと娘は幸せになれない。俺のせいで……」
暗くなる表情にロキとリヴェリアは呆れるように息を吐いた。
「もう気にすることあらへんやろう?
「ロキの言う通りだ。秋夜、自分を責めるのはお前の悪い癖だ」
「………悪いな、ロキ、リヴェ」
空を見上げながら二人に謝罪の言葉を述べる秋夜はかつての昔を思い出した。
一方その頃。
「ハッ!」
「温いわ!」
朝の日差しが届き始める前からルフェルはガレスと訓練していた。
片手に持つ小太刀を逆手に持って斬りかかるルフェルは前衛劣らずの剣技を繰り出す。
本来魔導士であるルフェルは魔法の訓練をするのが当然だろうが、母親であるリヴェリアから魔導士といえど近接戦は不可避と肝に銘じろと日頃から言い聞かせてられている。
だからこうして時折に近接戦を行い、接近されても動じない大木の心に磨きをかけている。
主に父親である秋夜に相手をして貰ってはいるが一人の相手に慣れ過ぎるのはよくないと言われて力特化のガレスに訓練の相手をして貰っていた。
「ふぅ、ここまでにするぞ。儂もこの後予定があるのでな」
「ありがとうございまいた」
訓練に付き合ってくれたガレスに礼を告げて小太刀を鞘に納めるルフェルにガレスは地面に腰を下ろす。
「しっかし、お主も父親負け劣らずの剣技じゃわい」
「そうなのですか?」
「ああ、もちろんあやつの方が数段も上じゃがお主も磨けば光るものは持っておる」
褒められて嬉しい気持ちが胸にいっぱいになるルフェルにガレスはしみじみと昔を思い出しながら言葉を漏らす。
「出会った当初からあやつの剣の腕は凄まじいの一言じゃった。あれほど研ぎ澄まされた剣技は儂は見たことがない」
「そ、そんなにお父様の剣技は凄かったのですか?」
「うむ。だが、あやつはちっとも自身の剣技を自慢しようとはせんかった変わり種よ」
ガレスの言葉にルフェルは首を傾げる。
自派閥の首領陣であるガレスがここまで褒めるほどの剣技を持っているのにどうして父親である秋夜はそれを自慢しようとはしなかったのかわからない。
多少なりは自慢してもいいのではとルフェル自身も思ってしまう。
「あの、昔のお父様とお母様ってどのような感じだったのですか?やっぱり仲が良かったんですか?」
夫婦にまでなっている上に秋夜はいつも自分と母親に愛情を与えてくれる。
きっと互いに一目惚れしたのだろうと推測をガレスに話したらガレスは一笑して首を横に振った。
「むしろ逆じゃな。あやつ等は仲が悪かったわい。まぁ、リヴェリアが一方的に秋夜を嫌っておっただけじゃが」
「え、お母様が……まさかお父様、ロキと同じ」
ルフェルの頭の中でぐへへ、と笑いながら
何を思っているのかガレスは呆れるように髭を擦る。
「何を想像しておるかは知らんが、昔のリヴェリアは頑固でな。いつも笑っている秋夜に嫌気をさしておったんじゃ」
「………?」
いつも笑っているのは今と大して変わらないのではと怪訝するルフェルにガレスは空を見上げて昔を思い出す。
「そうじゃな、あれはまだ【ロキ・ファミリア】が誕生して間がない頃じゃったか……」
懐かし気にルフェルに昔の事を語り始める。