ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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誰も突っ込んでくれなかったからあえて書くけど、前回のアイズの心の中で仮面巨人が踊っていたのは「Take on Me」に合わせて踊る動画のやつです。知らない人は検索検索ゥ!

あ、言い忘れてたけど外伝三巻は漫画版に準拠しています。
Q.なんで?
A.漫画版オリジナルの【ヘルメス・ファミリア】が好きになったんだよ!

今回四万字超えたので時間ある時に読んでどうぞ。


錆び果つ黄銅、死を裂く銀

「なぁ、怖い想像していいか? もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達いま化物の胃袋(ハラ)の中を進んでるって事だよな?」

 

 顔を引き攣らせながら、ルルネはそんな事を言った。

 犬人(シアンスロープ)の余計な一言は「おいっ!」「なんでそんな事言うのぉ!?」「止めて下さいっ!!」「こ、怖いですぅ……」「シャレにならないなぁ」と大反響だ。思わずアスフィの瞳孔が開き切った視線が騒ぐ団員を薙ぐほどである。

 事前情報があるとはいえ、ここは冒険者が体験した事のない未知の領域だ。そんな場所でここまで緊張感を緩めるとは大したものだと――原因を作った己を棚に上げて、皮肉や嫌味ではなく“灰”は純粋にそう思った。

 

 生きた緑の肉壁。食料庫(パントリー)への道を完全に塞ぐそれを焼き払った一行は、肉壁の大きさに比べ針の穴のような侵入路から突入した。

 内部はやはり緑の肉壁で覆われている。そこかしこから漂う腐った甘い死臭、明滅する血のような光。ダンジョンに被せるように緑壁は広がっているが、一部はダンジョンを貫通し独自の迷宮を作り上げていた。

 

「ここからは既存の地図は役に立ちませんね。ルルネ、地図を作りなさい」

了解(りょーかい)

 

 ギルドの地図情報(マップ・データ)にアスフィは早々に見切りをつけ、指示を受けたルルネが羊皮紙に地図を書き込んでいく。

 「私が覚えている道順と同じだな」と、周囲の観察と警戒をしながらルルネの手腕を“灰”が評価していると、アイズもまた素直な尊敬の目で犬人(シアンスロープ)の少女を見ていた。

 どうやら今の冒険者には馴染みのない地図作成(マッピング)技術に感嘆しているらしい。「すごい、ね」とアイズが褒め、ルルネが照れくさそうに笑いながらゆるく尻尾を振る。

 不死の旅とは縁遠い彼らの姿をみて、“灰”はふと懐古を零した。

 

「しかし、地図(マップ)か。私には馴染みの薄い代物だ」

「そうなのか? あんたも冒険者なんだからダンジョンで使うだろ?」

「いや、使った事はない。事前に多少頭に入れるくらいだな」

「へぇ〜。じゃあ普段はどうしてるんだ?」

「地図を持たずに探索している。己の知らぬ既知を扱うのは、私にはどうにも慣れん事だ」

 

 ルルネは地図を書きながら適当に相槌を打つが、キラリと光る目は盗賊(シーフ)のそれだった。“灰”の言葉は【泥犬(マドル)】の嗅覚をいたく刺激したらしい。

 もはや性だな、と“灰”は看破しながら指摘しなかった。ルルネ・ルーイは『協力者』だ。多少の妥協は『協力』の内である。

 三つの仮面を頭に据え置く4(メドル)の巨人は、自らの足跡を振り返りながら“不死の旅”を語り出した。

 

「ずっと昔から、私の旅路はとうに滅んだ跡地だった。人もなく、積み上げられた跡もない。壊された営みと人の手の届かぬ領域だけが、私の歩んだ足跡だ。

 そういった土地に地図はない。あったとして、役に立たない。人が去り、長い年月を経た場所ばかりで、過去の残滓(ざんしょう)が何の役に立とうものか。せいぜい名残を見つけた者が、かつてを偲ぶ程度だろう。

 そして私の使命の先は、往々にしてそればかりだ。だから地図など全く用いず、ただ暗記を繰り返した」

「ふ、ふーん……なんていうか、随分寂しい旅だったんだな。私もよく主神(ヘルメス)様の付き添いで都市外の怪しい遺跡にもぐったりするけど、流石にそこまで陰気じゃないな〜。

 でもやっぱり、そんな場所ばっかなら余計地図を作らないか? あった方が便利だろ? あっ、バカにしてるとかじゃなくて、単純な疑問」

「私に地図作成(マッピング)の知識がなく、また器用でなかったというのもあるが……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 使命の続く限り何度でも訪れるのだから、地図を作るより覚える方が楽だった、というのが事の真相だな」

「……あー、そういう事か! つまり“灰”は地図のない遺跡の常連みたいなもんで、その内覚えるから地図作るの面倒だったんだな! 行きつけの酒場で「いつもの」しか言わない客みたいな!」

「その例えはどうかと思うが、概ねその通りだ」

「はー、なるほどなー」

 

 地図を書き、水晶の破片を落として道標としつつ、“灰”の話を心のメモに書き留める。生業からくる器用さを存分に発揮する犬人(シアンスロープ)を、“灰”もまた観察していた。

 

「後はやはり、知らぬ既知の扱いづらさか。未到達階層で地図を頼りにすると、行き止まりと分かる場所には近付かんだろう?

 それは知らぬ既知、そこが行き止まりと知っているだけの未知を残す。それを私は好まない。全ての未知は、己の既知に変えるべきだ」

「あぁ、うん。言いたい事は分かるよ。とんでもなく非効率だと思うけど」

「効率など、全てを知ってから考えるべきものさ。それに、地図に頼らぬ探索は、思わぬ発見をもたらす事もある。

 現に私は中層で未開拓領域を発見している。極東で言う『温泉』が湧き出る場所だ」

「えっ、マジかよ!?」

「ああ。『温泉』に目が眩み、油断した冒険者を狙うモンスターがいるのが難点だが……そこに目を瞑れば、極東の最高峰の湯に劣らぬ世界有数の行楽地(リゾート)だそうだ」

「へえー! 極東の最高峰のリゾートか〜。なんか良いな、異国情緒って感じでさ!

 なあ、それ何処にあるんだ? 教えてくれよ!」

「悪いが、無償(タダ)では教えられん。これは対価に値する情報だ。貴公も冒険者ならば、冒険者(われら)の流儀に従うべきだろう?」

「あー……そりゃそうだよな。じゃ、いくらで教えてくれるんだ?」

「そうだな……1000万ヴァリスでどうだ?」

「高えよっっ!?」

 

 地図情報(マップ・データ)一つにはあまりに高すぎる金額にルルネの仰天と突っ込みが入った。他の冒険者たちからも「そりゃねえよ」と異口同音に抗議が上がる。

 4(メドル)の巨人のある意味見た目通りの奇妙なおかしさに笑い声を上げるパーティ。ルルネと“灰”のそばにいたアイズは気楽な空気に包まれながら、けれど憂いを帯びた切ない表情をしていた。

 

 全てが終わるまで、繰り返す。その言葉を正しく理解していたのは、少女ただ一人だけだったから。

 心の中で膝を抱えてしくしくとうなだれる仮面巨人を、小さな幼女(アイズ)が懸命に手を伸ばして「よしよし」と慰めていた。

 

「無駄話はそれくらいにしなさい」

 

 話の途切れないパーティにアスフィの鋭い注意が飛ぶ。それだけで隙のない緊張感を取り戻した一行は、進行方向の先、開けた通路に散乱した灰を発見した。

 モンスターの死骸――灰の中に埋まる『ドロップアイテム』を視認した“灰”は、キークスとファルガーを伴って確認しに行こうとするアスフィを制止する。

 そして『器』から短い祈りを特徴とする《聖木の鈴草》を取り出し、聖鈴を鳴らして【敵意の感知】を発動した。

 途端、大きな瞳を模した赤い光が現れ、天井へ浮き上がっていく。

 

「魔法ですか?」

「ああ。【敵意の感知】という。赤い瞳が敵意を辿り、発動者から最も近い『敵対者』を炙り出す」

「――総員、戦闘準備」

「炙り出すのは最も近い『敵対者』だけだ。不意打ちに注意しろ」

「皆、聞きましたね? 敵はおそらく『新種のモンスター』。打撃は無効、剣で戦いなさい。弱点(ませき)は口腔、上顎の奥。一体につき三人以上で対処するように」

『了解!』

「――来る」

 

 戦闘準備を完全に終えた一同が気迫の声を上げ、【剣姫】が《デスペレート》を抜く。

 “灰”もまた《流刑人の大刀》と《妖木の杖》を構え――天井から大量の食人花(モンスター)が、破鐘(われがね)の咆哮と共に襲来した。

 

 

 

 

 どんな敵か分かっている。対処法も知っている。事前準備は完了し、戦力は十分保持している。

 食人花のモンスターが襲いかかったのはそういった完璧に待ち構えた冒険者の集団であり、“灰”の経験から言えば敗北する方が難しい状況だった。

 だから既に食人花は事切れ、死骸の山となっている。情報は周知していたが初見の敵であったため、無傷とはいかなかったが――形を残す食人花から極彩色の魔石を引き抜く“灰”は、最後の一体を打倒した小人族(パルゥム)の戦士を横目で見た。

 

「くそっ、全員来んなよ、カッコワリィな……」

 

 姉のポットに支えられて立ち上がる、琥珀色の髪と瑠璃色の瞳の小人族(パルゥム)、ポック・パック。短剣を握る少年は、肉体の小さきで知られる小人族(パルゥム)の特性を生かし、食人花の口腔に飛び込んで喉奥の魔石を直接破壊する荒業で敵を倒した。

 それが必要かどうか、ではない。出来ると信じ、実行する。それは“灰”がずっと長く為し続けたやり方だ。

 ポックの行いは、“灰”に等しい。だからやはり、良い『協力者』だ。そう“灰”は心中で評し、全ての魔石を回収して一行の輪に戻る。

 その時ポックは怒りながら短剣を振り回し仲間を散らしていた。頬が赤いのは羞恥のためだろうか。会話を聞き流していた“灰”は、かろうじて「フィン」「サイン」という単語を思い出して納得する。

 

(ポック・パックを感化した高みはフィン・ディムナだったか。確かに私の見立てでは、フィン・ディムナは何らかの旗印になろうとしている。おそらくはきっと、落ちぶれた同胞、今は希望なき小人族(パルゥム)のためだろう。

 正直、私には興味がないが。憧れからサインを貰うのはある意味での儀式に等しい。私もアイズに頼んでサインを……いや、駄目だ。ベルは憧憬から三度も逃げ出した惰弱者。三度も同じ失敗をしたベルを、甘やかすなどあってはならない。

 ……そうだな。サインを受け取る機会はあったが、辞退した。欲しければ自分で言えと説教をするか)

 

 やたらと義を重んじる【勇者(ブレイバー)】の笑顔を思い出して、数秒もせず思考の海に流した“灰”は、食人花との戦闘を踏まえ改めて情報を整理する一同に加わる。

 食人花の強さ、堅さ、攻撃の種類や注意すべき事項。特に『生まれながらの強化種』という点は個々の能力に大幅な差異を生じており、三人以上で対処する方法は変えるべきではないと一致する。

 例外は“灰”とアイズの二人だけだ。第一級とそれに並ぶ異分子は、『番人』が出た場合必ず矢面に立つ。“灰”はいつも通りに、アイズは表情を鋭くして再戦(リベンジ)に燃えていた。

 行動指針を決定したパーティは食料庫(パントリー)への行軍を再開する。緑壁の道を進み、岐路に差し掛かった一行の前に、食人花は長躯を這いずりながら現れた。

 

 右と左の分かれ道。そして背後の三方向から現れる食人花。天井と地面に蛇のような蔦が絡み合い、醜悪な花が歯茎を見せつける。退路を断ち、挟撃を仕掛けてきたモンスターの群れに、アスフィは即時に要請する。

 

「……“灰”、【剣姫】。通路を片方ずつ受け持ってもらえますか?」

「ああ」

「分かりました」

 

 右へ“灰”が、左へアイズが、背後へ【ヘルメス・ファミリア】が飛び出した。左右の通路を一人ずつで押さえ、その間に数で勝る【ヘルメス・ファミリア】が敵を順次殲滅する。

 一瞬で作戦を共有した彼らの内、誰よりも早く“灰”とアイズが食人花を攻撃した――その時。

 

 左の天井から巨大な柱が次々に落下し、アイズとパーティを分断した。

 

「【剣姫】!?」

 

 いち早く反応したルルネが叫び、左の通路へ走った。モンスターの怒号が飛び交う中、ルルネは何度も呼びかけ柱を叩くが、反応はない。

 武器で道を開けようとしても堅すぎる。それでも諦められず、アイズの安否に気を取られるルルネに一際巨大な食人花が強襲し。

 

 無防備な犬人(シアンスロープ)を喰らわんとした醜悪な口腔ごと、蒼い光の極大剣に斬り裂かれた。

 

「なぁっ!?」

 

 直前で食人花に気付いたルルネは度肝を抜かれる。緑色の長躯を真っ二つにした青白い極大剣、それは十数(メドル)にも及ぶ長さで()()()()()()()()()。いや、違う。生えているのではなく、空中に剣の主がいる。

 

 異様な仮面、黄銅の全身鎧。既に右の通路の殲滅を終えた“灰”が。

 

「――――」

 

 “灰”は言葉なく《妖木の杖》を振る。青白い光、ソウルより生じる【ソウルの大剣】。本来は一瞬の内に掻き消える重さのない刃を強引に維持し、それなりの集中力(フォーカス)を消費する常態を遥かに超える十数(メドル)の極大剣。

 もはや別個の魔術ではないかと思わせるそれを、筋力に任せ一回転。通路の中心で円を描くように、【ソウルの大剣】は壁を削りながら軌道上の食人花をまとめて斬り伏せた。

 残った幾匹かは【強いファランの短矢】で狙撃する。空中の全身鎧が落下しつつ放つ連続したソウルの短矢が食人花の動きを止め、【ヘルメス・ファミリア】がとどめを刺した。

 

「退け。ルルネ・ルーイ」

 

 着地した“灰”は幾匹かが仕留められる僅かな間に左の柱壁に移動する。慌てて退避するルルネをよそに、零秒で入れ替えた《叡智の杖》で壁を突き。

 残った集中力(フォーカス)を全て注いだ【収束するソウル】を発動した。

 瞬間、4(メドル)の“灰”を超える球体のソウルが生まれる。青白い暴力の輝きが、球体の中で集束、撹拌、発散を繰り返し、緑色の柱壁を秒も待たず削り切った。

 だが、壁は柱だ。下を削っても更に上から落下する。それを前に出て、掲げた《巨像の大盾》で()()()()()“灰”は――突如現れた4(メドル)の全身鎧に瞠目する赤髪の女の正面、僅かにも揺れぬ美貌で敵に向き合う【剣姫】に問う。

 

「アイズ。加勢は必要か」

「必要ない」

「分かった。先に行く」

 

 短い言葉。それは互いの力に対する信頼だ。すべき協力を終えた“灰”は後ろへ引き、支えられていた柱が斬首刑(ギロチン)の如く落ちる。

 再びアイズと分断された一行は、自然と“灰”に視線を集めた。

 

「アイズは赤髪の女と戦っていた。おそらく番人、例の調教師(テイマー)だ」

「一人で戦わせるのですか?」

「加勢はいらぬとアイズが言った。ならば信じる他あるまい。それに、番人はわざわざ我々を分断してアイズの前に現れた。加勢したところで分断の繰り返しになる可能性も高い。

 我々は依頼を続行すべきだ。私はそう提案する」

「……進みましょう。我々にも猶予はありません。【剣姫】の力を信じましょう」

 

 敵の増援を知らせる仲間の声に、アスフィは即座に決断した。ルルネは後ろ髪を引かれていたが、一人でやると言ったのはアイズだ。それを聞いていた犬人(シアンスロープ)の少女は無事を祈り、先に進む。

 

「ここから一気に食料庫(パントリー)まで走り抜けます! ルルネ、貴方は戦闘を避け道順を覚えなさい! 先頭はファルガーと私が!

 殿(しんがり)は――“灰”、貴方にお任せします!」

「心得た」

 

 指示を聞きながら灰エストを呷っていた“灰”は頷く。灰瓶の残量は既に9本、あまり余裕はないなと思いながら――アイズを除いた16名は、一丸となって食料庫(パントリー)を目指す。

 左手に《呪術の火》を装備した“灰”は右手に《ゴーレムアクス》を持つ。数多の英雄を屠ったアイアンゴーレムの大鉄斧は、集中力(フォーカス)を使う事で真空の刃を放つ事ができる。

 殿を担うこの状況なら片手の遠近両用武器が良い。《呪術の火》からゆらゆらと空中に浮く小さな火、【漂う火球】を断続的に置いて追撃する食人花を爆撃し、撃ち漏らしは真空の刃で斬り刻む。

 先頭で多少の危機(アクシデント)があったものの、《ゴーレムアクス》の特性で最後尾から先頭にまで支援を飛ばす“灰”の協力によって、パーティは無事に食料庫(パントリー)の入り口らしき場所まで辿りつけた。

 

「全員、止まりなさい。今の内に態勢を整えます」

 

 急に止んだ敵の襲撃を好機と見てアスフィが短い休息(レスト)を取った。団員(メンバー)の体力回復と道具(アイテム)を振り分け、“灰”にもいくつか分配する。

 

「“灰”、貴方もどうぞ」

「私はいい。他に回せ」

「遠慮はいりません。現状、貴方が最も頼りになる戦力です。魔法も――なにやら三つ以上使っていた気がしますが――非常に強力ですし、こちらとしては支援を惜しむ気は毛頭ありません」

「そうではない。私には回復薬(ポーション)の類が効かん。

 原因は不明だが、おそらく体質だろうな。全く無意味とは言わんが、高等回復薬(ハイ・ポーション)であってもほとんど効果がない。貴公らの数十倍以上の容量を飲んでようやく効果が同等だ。

 だから私には必要ない。他を優先しろ」

「……貴方がそういうのであれば、分かりました」

「それでいい。それと、キークス・カドゲウスを叱っておけ。あの男、未だ貴公の渡した回復薬(ポーション)を飲んでいないぞ」

「――キークス! なぜ飲まないのですか! 早く使いなさいっ!」

「こ、これは一生の宝にするって決めたんです! アスフィさんお手製の高等回復薬(ハイ・ポーション)なんて、今後手に入らないかもしれないくらい希少(レア)なんですよ!?」

「使われない道具(アイテム)に価値などありません! 今飲まないのであれば、冒険者依頼(クエスト)が終わった後に没収しますからね!」

「そんな殺生なっ!?」

 

 溶液の詰まった試験管を宝物のように扱うキークスにアスフィの雷が落ちた。単なる団長と団員には納まらない感情を寄せるキークスに、堅物のアスフィは気付かない。その辺りに詳しい数人は処置なしと首を振り、報われない人間(ヒューマン)の男に多くの団員(メンバー)が涙した。

 

 理解できない光景だ。何一つ分からぬ未知と出会う時、“灰”は必ず見に回る。その身に染みつき、錆び果て、剥がれ落ち、何者でもない火の無い灰になろうとも、貫き続けた“灰”の姿勢。

 この先に待つ過酷な戦いの前に笑い合う彼らを観察して――休息(レスト)の終了通知に“灰”は立ち上がり、赤い光を漏らす食料庫(パントリー)の入り口へ『協力者』たちと共に歩んだ。

 

 初見ではない。だが未だ全ては見えていない。“灰”は二度目の戦場に脚を踏み入れ――大主柱に絡まる三体の巨大花に、大量の食人花。

 そして前回はいなかった白装束の集団と、白骨(ドロップアイテム)から造られた鎧兜を被る、くすんだ白髪の全身白ずくめの男を。

 “灰”は光無き鎧の中から、暗い瞳でずっと見ていた。

 

 

 

 

 闇派閥(イヴィルス)

 曰く、秩序を嫌う者達。混沌を望む邪神達(かみがみ)に率いられた過激派集団。

 15年前に起こった『三大冒険者依頼(クエスト)』の失敗から彼らの歴史は始まった。

 千年に渡る【神代】で最盛期を誇った迷宮都市二大派閥の敗北は、当時の人々を絶望へ駆り立てるに十分な衝撃だった。世界に走る激震の影に闇派閥(イヴィルス)はつけ込み、急速に勢力を伸ばしオラリオを混沌に陥れようとした。

 ギルドが絶対の根絶を掲げ、今はもう壊滅した筈の連中だ。だが、緑の肉壁が滴る汚泥のように氾濫する食料庫(パントリー)に、奴らは確かに存在した。

 命を奪い、混沌を望む。人々の平和を打ち砕かんとする闇の勢力として。

 

「ルルネ、離れろ!!」

「この命、イリスのもとにぃ――――!!」

 

 セイン・イールがルルネを突き飛ばした瞬間、白装束の男は自爆した。

 白装束の一人を捕らえ、『解錠薬(ステイタス・シーフ)』で何者なのか改めようとした矢先の事だ。咄嗟の行動でルルネは範囲外に出たが、セインは爆炎と衝撃を直に浴びる。

 『火炎石』。深層域のモンスターの『ドロップアイテム』を大量に体に巻きつけた、闇派閥(イヴィルス)の命を捨てた死の拡散。敵でも味方でも死体が積み上がれば良いという彼らの端的な性質が現れた所業にルルネは震え、狩人のエルフの名を叫んだ。

 

「セイン……セイン!! 無事か!?」

 

 巻き込まれれば自分(Lv.3)でもただでは済まない。それ程の火力の熱に肌を(ねぶ)られた犬人(シアンスロープ)の少女が焦燥を抱えて駆け寄った。

 果たして、自爆が直撃したエルフの男は。

 

「……あ、ああ、無事だ」

 

 服に焦げ目一つない姿で、呆然とルルネの声に答えた。

 

「セインっ!? じ、自爆に巻き込まれたんじゃ……!?」

「そのはず、なんだけど……黒い(もや)みたいのがオレの周りに出てきて……」

「【反動】だ。ほんの一刻、全てのダメージを無効化する」

 

 不可解な現象に驚く二人の前に、がしゃりと、4(メドル)の巨人が降りた。歪に捻くれた《妖木の杖》と鈴の花を六輪揺らす《聖木の鈴草》を持つ“灰”は、《父の仮面》の内側から闇派閥(イヴィルス)と対面する。

 

「奴らは死兵だ。もう分かった。ここは私が受け持とう」

 

 言うや否や聖鈴を鳴らす“灰”は【放つフォース】を連続して投擲する。弧を描いて空中を飛ぶ風巻く光が、死を覚悟して特攻する白装束達に着弾し、衝撃波となって侵攻を強引に押し戻す。

 

「警戒しろ、アスフィ・アル・アンドロメダ。白骨を被る向こう側の男は、おそらく赤髪と同じ番人だ」

「――調教師(テイマー)! ならば『新種のモンスター』が……!」

「ああ。間もなく襲いかかってくるだろう。

 そちらは貴公らが引き受けろ。あの下らん死兵どもは、私一人で相手をする」

「……大丈夫なのですか? 多対一は苦手だと、貴方はそうおっしゃっていたはず」

「勿論だ。私は多対一が最も苦手だ。だが奴らは、死を恐れぬ生者どもである。

 ならばいい。構わない。生者が冒涜の真似事をするというのなら――不死なりの外法を、使うまでだ」

 

 ごぼりと、“灰”から黒いものが溢れた気がした。底知れぬ何かを再び幻視するアスフィは、続く言葉に硬直する。

 

「何より貴公ら、人の相手は慣れんだろう? ()()()()()()()。だからこれが、最適だ」

「……分かりました。お任せします」

 

 平坦に吐かれた言葉の異質な重みを感じ取ったアスフィは、知らず額に汗を浮かべて“灰”の提案を受け入れた。指揮を取るアスフィの励声(れいせい)と同時に、白ずくめの男が片手を上げ、指し示した先に食人花が殺到する。

 前衛の構える盾を削る長駆。雨のように降り注ぐ触手。醜悪な口腔を裂かせる食人花(モンスター)に、【万能者(ペルセウス)】率いる【ヘルメス・ファミリア】が全力で応戦した。

 

 皆が力を尽くしていた。能力の低い食人花は早々に狩れても、潜在能力(ポテンシャル)が高い個体はLv.(レベル)3上位に位置するファルガーを含めた数人でもきつい。

 前衛の虎人(ワータイガー)が雄叫びを上げ、中衛の無口な女エルフが技の限りを尽くす。猫人(キャットピープル)の美女が巧みな鞭捌きで牽制し、後衛で詠唱する小人族(パルゥム)の魔道士が巨大な火球でまとめて焼却する。

 皆が皆、必死だった。誰もが強く戦況に集中していた。

 

 だから。突如食人花の群れに放られた、白装束を皆が見た。

 既に事切れた人体。力なく慣性に従う人だったものを、複数の食人花が喰らおうとし。

 

 ――ぼこぼこと醜く膨れ上がりながら、人の死体が爆弾となってモンスターを爆殺する瞬間を、見てしまった。

 

「…………は?」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の思考が停止する。呆然と目を見開く犬人(シアンスロープ)の少女を筆頭に、全ての冒険者の意識が衝撃に撃ち抜かれる。

 それはモンスターを前にして、致命的な隙だった。最も早く立ち直ったアスフィですら、遅すぎる程の致死の空白。動きを止めた冒険者たちに、食人花が突進し。

 

 放り投げられた複数の白装束だったものが、それを阻み。ルルネ達の前で醜く膨張しながら、爆弾と化してモンスターを粉微塵にする。

 

「…………――――“灰”ッッ!?」

 

 アスフィの次に立ち直ったのはルルネだった。ヘルメスお抱えの盗賊(シーフ)であり、金の誘惑に負けやすいところを除けば、犬人(シアンスロープ)の少女は十分有能なLv.(レベル)3だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 死兵と戦っている“灰”を。人を相手に立ち回っている筈の4(メドル)の巨人を。異様な三仮面の異質な異分子で、けれど決して悪ではない――そう思い込んでいた、不死の戦場を。

 

 ――そこには、言葉を奪われた人々が逃げ惑う、一方的な地獄があった。

 

「……なに、やってんだよ……」

 

 あまりの光景に戦闘を止めて、震える声でルルネは呟く。

 地獄だった。白装束の死兵達はもはや死兵の体を成していなかった。覚悟していた筈の死の恐怖に呑み込まれ、顔から体液を流しながら狂乱していた。

 そこに“灰”が、【闇術】を落とす。リンデルトの聖職者が用いた《偶像の聖鈴》が【深い沈黙】の闇を広げ、黒い枝が螺旋状に絡む《魔女の黒杖》が、振るわれる度に炎を散らす。

 【炎の槌】あるいは【罪の炎】。離れた一点に火を集中させ、巨大な炎で焼き払う。その熱量は触れずとも『火炎石』に引火し、闇派閥(イヴィルス)は次々と自爆()()()()()

 焼け焦げ、バラバラに飛び散る人体。手足や胴体が肉の焼ける臭いを発し地面に広がる。

 “灰”はそれを()()()()()()。きちんと集め、形ごとに並べ、片手で一纏めに抱え、闇派閥(イヴィルス)の逃げ場を閉ざすように放り投げる。

 ドチャドチャと湿っぽい肉の音が連続した。何度も見せ付けられた恐怖の象徴に闇派閥(イヴィルス)の顔だけが絶叫に変わり、なりふり構わず死兵どもは死体の破片から離れようとする。

 ()()()()()()()()死体から逃げ、追い立てられるように()()へ。

 敵対者を誘導した“灰”は、集めた枯れ木を投げて積むように腕を何本か中心に投げ――満を持して放たれる祝福の闇が、死兵どもの最期の記憶となった。

 

「【死者の活性】」

 

 地を突いた杖の先から、地を這う闇が高速で広がる。それに触れた人の死体は、問答無用に爆弾となる。

 ぼこぼこと沸き立つ人体だったもの。内部で虫の卵が這いずり回るような、おぞましい変形を加速させる死体の破片が、ついに形を保てなくなった時、祝福は爆弾となり周囲をことごとく重い闇に晒す。

 それは『火炎石』の比ではなかった。ひたすらに重い闇の暴発。それを至近で何方向からも浴びて、『神の恩恵(ファルナ)』を受けた死兵であっても誰が耐え切れるものだろうか。

 闇の爆弾に押しつぶされ、白装束たちは一瞬で()()()()()。人の形がいとも容易く失われ、白装束は赤黒い肉塊を包む血斑(ちまだら)の包装のように表面に張り付く。

 4(メドル)の巨人の先に、血の海と、()()()が出来上がった。

 

「うっ……うげぇっ――!?」

 

 込み上がる吐き気にルルネは(うずくま)る。自分が何を見ているのか分からない。凄まじい悪寒が全身を駆け巡り、総毛立つ肌の上を大量の汗が滑っていく。行き場のない感情が内蔵ごと口から吐き出そうになる。

 喉をせり上がる暖かな感触を必死にルルネが抑える間も、“灰”の行いは続いていた。肉団子に近付き、瞬時に持ち替えた《肉断ち包丁》で料理をするように切り分ける。

 闇派閥(イヴィルス)は逃げられない。彼らの退路には既に死体が転がっており、超えれば即座に【死者の活性】が発動され吹き飛ぶ。道は“灰”への直線しかない。そこへ進めば今のように肉団子になってしまう。

 

 闇派閥(イヴィルス)は死を恐れない。死の先でこそ彼らの願いは成就する。故に死を振りまく事も忌避しない。それが彼らの神の神意であるから。

 だが、そんな邪神の眷族にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()。淡々と作業のように、人を殺せる闇派閥(イヴィルス)など。

 敵意もなく、害意もない。殺意すらなく、虚ろな動きで。何の感情もなく人を()()できる者など、誰一人としていなかった。

 白装束たちはとうに戦意を失い、涙に震え祈っていた。自らの失った大切な者たちへ、闇に言葉を縛られたまま。

 それすらも、どうでもいいと言うように。解体した肉団子を一つ抱えて、闇派閥(イヴィルス)に放り投げようと“灰”は持ち上げ。

 

「“灰”っ!! なにやってんだよっ、あんたっっ!?」

 

 その言葉を肝胆から絞り出したルルネの声に、動きを止めた。

 

「敵を殺している」

「そんなの見りゃ分かるっ!! でもなんでっそんなっ……ひどすぎるっ……!! そいつらだって人間だろっ!? そんなむごいっ、殺し方っ……!!」

(むご)い? …………ああ、そうか。確かにそうだ。こんなやり方は、そう、惨いやり方は、人の世界で好まれはしないか」

「なんなんだよその言い方っ!? あんたおかしいぞっ!? 人をそんなっ物みたいにっ……!!」

「…………」

 

 自分でもままならない感情を叫ぶ犬人(シアンスロープ)の少女に、“灰”は暫し沈黙する。片手に腑分けた肉を抱え、少しばかり顎を動かした“灰”は。

 突如振り返り、抱えた肉をルルネ達に放り投げた。

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

 声なき絶叫を誰かが上げる。空中を赤黒く汚す人の肉片は、未だ押し寄せる食人花の群れへ雨のように降り注ぎ――地を這い追ってきた【死者の活性】によって爆弾となり、破鐘(われがね)の悲鳴を闇の破裂で塗り潰す。

 呆然とそれを眺めるルルネに、“灰”は静かな、ひどくくぐもった声を投げた。

 

「ルルネ・ルーイ。貴公の心は正しい。例え敵でも人ならば、せめて弔いの尊厳は保つ。人の世界ではきっと、そうする事が正しいのだろう。

 だが私には、どうでもいい。善悪で動いた事など私にはなく、戦場(ここ)に立ち、『協力者』を背に戦う時。私が定めている事は一つだ。

 

「協力者は生かす」「敵対者は殺す」

 

 それ以外の何物でもない。それ以外を私は必要としない。あの死兵どもは『敵対者』だ。

 だから殺す。それだけだ」

「それでも人だろっ! あんたには慈悲ってもんがないのかよっ!?」

「ない。私が生かすべきは貴公ら『協力者』だ。『敵対者』ではない。

 たとえそれを、貴公らが望まずとも。『協力者』の死を許容してまで、『敵対者』にくれてやる慈悲など――ただの一つも、私にはない」

「そんなっ……」

 

 無慈悲な言葉にへたり込むルルネを他所に、“灰”は闇派閥(イヴィルス)の殲滅を再開した。【深い沈黙】で声を殺し、【炎の槌】あるいは【罪の炎】で自爆させ、死体を【死者の活性】で冒涜的爆弾に変える。

 眼前で繰り広げられる人を人とも思わぬ惨劇。戦いとはとうてい呼べない、呼びたくない戦禍の情景にルルネは打ちひしがれる。

 そんな犬人(シアンスロープ)の少女は、食人花にとって格好の餌食だった。長駆がうねり、人の歯を備える口腔がルルネを食い千切ろうとする。

 

「――――立てぇっ!! ルルネッッ!!」

 

 それを虎人(ワータイガー)の青年が両断しながら、絶叫した。

 

「ファ、ファルガー……!?」

「ボサッとするな、戦線に戻れっ! お前が動かない分だけ仲間に負担がかかるっ!」

「で、でも、“灰”が……」

「ああ、気に入らんっ! 俺だって気に入らんっ! あんな真似をする奴とは二度とパーティを組みたくないっ!

 だが! “灰”(あいつ)があんな真似をしているのは! 他でもない俺達を守るためだ!!」

「――――ッ!!」

「俺達が“灰”(あいつ)を止められないのは! 敵に気遣いも出来ないくらい、俺達が弱いからだっ……!!

 文句なら後にしろ!! 今はこの戦場を斬り抜ける事だけ考えて戦え!!」

「…………くそぉっ!?」

 

 半ば自棄になりつつ、ルルネが立ち上がって中衛に戻る。団長に次いで能力の高い虎人(ワータイガー)の強い発破に他の団員も一層激しくモンスターと交戦する。

 

(……マズいですね……)

 

 それを頭の冷静な部分でアスフィは分析していた。無論アスフィとて人の子だ。“灰”の所業には大いに思うところがある。

 だが同時にアスフィは人の上に立つ者だ。状況に押され非情を強いられる彼女には、“灰”に理解も示している。

 よろしくないのは、割り切れない者たち。ルルネの他にも団員(メンバー)の半数が“灰”の行動を割り切れないでいる。現にモンスターへの連携もいつもより精彩を欠いていた。

 それを解消、ないし軽減するためには――答えを出したアスフィは唇を噛み、虎人(ワータイガー)の青年に叫ぶ。

 

「ファルガー! 指揮を任せます! 私が戻るまで持ち堪えて下さい!」

 

 指示と同時に身を屈め、脚に装着した(サンダル)を指で撫でる。

 

「『タラリア』」

 

 瞬間、()()()()水色(アクアブルー)の髪の乙女。(サンダル)から生える二翼一対の白翼を羽撃(はばた)かせ、【万能者(ペルセウス)】は宙を飛ぶ。

 飛翔靴(タラリア)。装備者に飛行能力を与える天外の魔道具(マジックアイテム)。“灰”の頭上を超え、闇派閥(イヴィルス)の真上に躍り出たアスフィは、(ホルスター)に手を伸ばし――眼を閉じて僅かなあいだ躊躇し、次の瞬間、(まなじり)を決して大量の小瓶をばら撒いた。

 

「――――」

 

 愛する者の名を想い祈っていた白装束たちに、小瓶が次々と直撃する。一瞬の間を置き、大爆発。“灰”が追い詰めた闇派閥(イヴィルス)の者は全滅した。

 『爆炸薬(バースト・オイル)』。都市外の素材を用いた【万能者(ペルセウス)】謹製の手投げ弾。小瓶一つで中層のモンスターを絶命させる威力の爆薬は、『火炎石』を巻きつけた白装束たちを爆殺するのに十分だった。

 

「っ――……“灰”。戦闘配置(ポジション)を変更しましょう。あの白装束たちは私が、他の団員(メンバー)は『新種のモンスター』。

 貴方はあの――調教師(テイマー)と思しき白ずくめの男をお願いします」

「……それは構わんが。だが貴公、傷を残すぞ?」

「構いません。……覚悟の、上です」

「……分かった。では、任せる」

 

 “灰”は両手の触媒をしまい、巨体に見合わぬ速力で白ずくめの男に向かう。それを見送って、アスフィは一度深呼吸をし。残っている闇派閥(イヴィルス)を目掛け飛翔靴(タラリア)で飛んだ。

 アスフィ・アル・アンドロメダは示さねばならない。これは“灰”と【ヘルメス・ファミリア】、二つに別れた戦いではないのだと。

 “灰”も含め、栄光も咎も――平等に背負う、私達の戦いなのだと。

 ルルネは正しい。だが間違っている。モンスターと戦うのが冒険者の華でも、ダンジョンでは何が起こるか分からない。場合によっては人と戦い……殺し合いも、しなければならない。

 それを忌避すると“灰”は知っていたからこそ、一身に業を背負ったのだ。人殺しという業を――殺人という業から、冒険者である【ヘルメス・ファミリア】が、他人事でいられるように。

 

 だからアスフィは白装束たちを()()()。業を背負わない事がプラスに働けばそれでいいが、結果はマイナスだ。ならば業を背負う事で、無関係ではないと知らしめねばならない。

 殺人という行為に、己の心が傷つくと知りながら。

 それでも、せめて仲間には直接の業を背負わせぬよう。

 アスフィ・アル・アンドロメダが、たった一人で。

 

「……ヘルメス様」

 

 主神(かみ)の名を呼んだのは、人間性を守ろうとする彼女の無意識だった。

 殺すだけならば使う必要のない飛翔靴(タラリア)爆炸薬(バースト・オイル)。冒険者として、【万能者(ペルセウス)】として、人として作った己の発明をあえて使う事で、人間性を欠如させる殺人という行為から己を守ろうとしていた。

 どんな業を背負おうとも、本当に大切なものは手放さない。その瞬間、闇派閥(イヴィルス)と同じ心境であったアスフィは――やはり普通の、『人』なのだろう。

 

 

 

 

 立ちはだかる食人花を斬りながら“灰”は進む。

 目指すは白ずくめの男、食人花を操る調教師(テイマー)と思しき番人。頭蓋の内側から覗く無機質な瞳を遠い距離でも明確に見据えながら、“灰”は極東の刀に似た製法の二刀、《鬼切と姥断》をもって食人花の道を斬り開いた。

 

食人花(ヴィオラス)に大人しく喰われていればいいものを……」

 

 闇派閥(イヴィルス)が捨て身の特攻を行う横で余裕を湛えていた白ずくめは、面倒そうに組んだ両手をゆっくりと降ろす。大したことのない()()()()()()異質な速さで近付く“灰”を迎撃する素振りだ。

 緑の長駆を解体してある程度の距離と空間を確保した“灰”は、膝の鎧を曲げ勢い良く跳ぶ。

 戦技【鬼切】。前方にふわりと飛び、二刀で傷を開くように斬り捨てる“黒い手のカムイ”が好んだ剣技。

 空中で体を小さくたたみ、腕を交差させて二刀を構える4(メドル)の巨人。頭部の仮面が発する異様さが白ずくめの男を捉え。

 

「フン……やれ」

 

 巨大な全身鎧を鼻で嘲った白ずくめは、地面から大量の触手を呼び、“灰”に襲いかからせた。

 敵は空中、避けうる余地なし。迂闊に跳んだデカいだけの間抜けなど、白ずくめの男はもう敵としてすら見ていなかった。

 もはや見ずとも決着だ。4(メドル)のバカな鎧は、空中で針山のようになって死ぬ。予想される結末に皮肉な笑みを浮かべ、白ずくめの男は視線を外した。

 

 だが――“灰”は一度、地下水路にて。その攻撃を受けている。

 

「ああ。それはもう知っている」

 

 そのくぐもった声は妙に耳に残った。闇派閥(イヴィルス)の残党と神々に操られた冒険者どもの下らない争いを観戦しようとしていた白ずくめは、ふと視線を元に戻す。

 そこには。握っていたはずの二振りの刀が、()()()()()()()()()()()()()()()()鎧がいた。

 白ずくめ以上の無機質な仮面を被る、“灰”の姿があった。

 

「な――」

 

 白ずくめの男は驚くが、そんな暇はもうない。既に“灰”の戦技は【鬼切】から【残り火】に移行している。

 黒い岩のような青竜刀に似た二つの大剣を振るう瞬間、“灰”は刃を擦り合わせた。

 呼び覚まされる火の封の痕。往時の姿、火に焼かれる古い人の武器の力を取り戻した大剣は、その莫大な炎を“灰”の周囲に解き放つ。

 

「ぐうっ!?」

 

 一瞬で食人花の触手を焼き尽くした火は、当然白ずくめの男を焼いた。肌を焼く炎の猛りに反射的に飛び下がる。直後、その場所に巨人が降り立ち、炎が一層荒々しく燃え上がる。

 

「……そんなに死に急ぎたいのか、冒険者め」

 

 咄嗟に顔を防御した白ずくめは、腕の隙間から悪態を吐いた。苛立ちが交じる無機質な瞳が白骨の奥から“灰”を睨む。

 

「…………」

 

 対し、火の海に佇む4(メドル)の巨人は、無言のまま《輪の騎士の双大剣》をソウルに戻した。源が消え、必然的に炎も尽きる。ボウッ、と断末魔のような音が鳴り、火の消えた跡地で、“灰”はごく普通の《ロングソード》と《騎士の盾》を装備していた。

 

「――――」

「ぬっ!」

 

 言葉無く、“灰”が動く。斬りかかる4(メドル)の巨人に白ずくめの男が応戦する。

 単調な“灰”の剣を白ずくめは苦も無く躱す。同時に死角に入り、口角を歪め急所を狙う。

 それは寸前で向きを調整した“灰”の盾に防がれた。また繰り出される単調な剣。起伏のない攻めを嗤いながら白ずくめは回避と攻撃を繰り返す。

 十合、二十合、三十合――“灰”の仕掛けた戦いは“灰”が終始不利だった。剣は避けられ、防ぐ盾は間一髪。基本にあまりに忠実過ぎて読みやすい“灰”の動きは、白ずくめの男からすれば生餌も同然だ。

 少し崩せば、簡単に殺せる。白ずくめは口角を歪め、“灰”を翻弄しながら同胞を呼ぶ。

 

食人花(ヴィオラス)!」

 

 男の声に呼応し、天井の緑壁から垂れ下がる管から数匹の食人花が飛び出る。白ずくめの背後に陣取り、無数の触手を飛ばす援護によって、“灰”の動きが一気に悪くなった。

 それを見逃す白ずくめではない。獰猛に嗤いながら崩れた“灰”に空気を砕いて唸りを上げる拳を振り抜き。

 横殴りの盾が男の拳を、完璧に打ち払った。

 

「なにっ」

 

 がむしゃらに振るわれた盾にたまたま受け流された。そう感じた白ずくめの男は“灰”の《ロングソード》が先の大剣に似た黒い直剣に変わっているのを悟り、すぐに距離を取る。

 すぐさま黒い直剣から火が吹き上がり、10(メドル)近い刀身となった。それは一薙ぎで白ずくめの頭上を超え、呼び出した食人花を二つに焼き断つ。

 追撃はない。食人花のみを始末した巨人は、再び黒い直剣、《輪の騎士の直剣》を《ロングソード》に戻す。不可解な行動の真意を測りかねるも、白ずくめの男は嗤った。

 

先刻(さっき)から妙な魔法を使うな……貴様、本当に冒険者か?」

「…………」

「無視か……だが、まあいい。もう底は読めた。次は今のように、偶然では防げんぞ?」

「……貴公、妙な男だ」

 

 そこで“灰”はようやく口を開いた。しかし会話というより、呟きに近い。

 

「その身体能力、並の手段では得られまい。明らかに常人の域を超えている。『神の恩恵(ファルナ)』をもってしても、どれほどの経験値(エクセリア)を積めばその領域に到れるのか……私では皆目、見当もつかん」

「『神の恩恵(ファルナ)』だと? ハッ、貴様も神に踊らされる人形と同じだな。神の『恩恵』に縋るのみの冒険者(きさまら)には理解できまい。

 『彼女』に祝福された私のこの身の素晴らしさはな!」

「……成程。『神の恩恵(ファルナ)』ではない、という事か」

 

 白ずくめの男は自らの胸を撫ぜ、一瞬の恍惚を込めて嗤う。期待はしていなかったが、べらべらと喋る白ずくめに――“灰”はゆっくりと構えを解いた。

 

「ならば貴公、【魔法】もないのだな。何らかの作用を起こす《スキル》も持たない」

「そうだ、もはや私には必要ない! そんなものがなくとも、この身さえあれば――」

「ああ、もういい。()()()()()()。貴公の言葉は、もう十分だ」

「……ナニ?」

 

 そこで白ずくめの男は、ようやく“灰”の変質に気付く。《ロングソード》と《騎士の盾》も消して、棒立ちになる全身鎧。戦闘を放棄したような格好は、だが何かおぞましいものの前触れだ。

 

「特殊な【魔法】もなく、特別な《スキル》もない。ただ堅く、ただ強く、ただ速い。

 ただそれだけの徒手空拳。有り触れた人型の――『敵対者』。

 それだけ分かれば十分だ。だから貴公、侮ってくれ」

 

 再び、“灰”が武器を握る。

 その左手には古くくすんだ白の直剣。疾病の神ガリブを信奉し、不死廟にあったレディアの徒。やがて傲り、死を弄び、冒涜者として滅ぼされた彼らの特殊な武器――《ブルーフレイム》。

 

()()()()()()()()()()()()――そうしてくれると、()()()()()

 

 そして右手には、異様な大剣が握られていた。

 白骨か病人の肌を連想させる不吉な白。刀身も持ち手も歪み切った、蟲に()まれた葉の残骸のような、闇に蝕まれた大剣。

 かつて偉大な指導者であり、のちにダークレイスの始祖となった――《小王の大剣》を、“灰”は白ずくめの男に向けた。

 

 

 

 

(何だ、これはッ!?)

 

 白ずくめの男、オリヴァス・アクトは目の前の現実を信じられずにいた。

 敵はデカいだけの雑兵だった筈だ。妙な【魔法】を使うだけの三流だった筈だ。

 『彼女』に愛された――人も怪物(モンスター)も超越した己になら、その気になれば腕の一振りで雑草のように千切り取れた存在の筈だ!

 

 その筈なのに――その筈なのに!

 

(何故私が、こうまで追い詰められているッッ!?)

 

 ギリギリで反応するのがやっとの一撃を薄皮一枚で回避したオリヴァスは、頭上に高々と振り上げられた虫喰いの大剣を知覚し、両手を交差させて間一髪に防ぐ。

 

「ぐっ、ぐおおおおおおおおおっっ!?」

 

 だが、完全ではない。人の域を完全に捨て去った肉体が、深層のモンスターと同等以上の『耐久力』を誇る皮膚と筋繊維が、4(メドル)の巨人が押し付ける純粋な『筋力』によって徐々に断たれ始めていく。

 皮膚の弾ける感触。ブチブチと腕から響く嫌な断絶音。噴き出す血が千切れた血管の数だけ増え、既に骨にすら達しようとしている。

 

食人花(ヴィオラス)ゥッ!?」

 

 腕を断たれる苦悶と信じ難い現実に限界まで顔を歪めるオリヴァスは、すさまじい戦慄声(わななきごえ)で同胞に助けを求めた。『彼女』と起源を同じくする食人花が緑壁の管から射出され、十に近い数が一気に“灰”に襲いかかる。

 だが、オリヴァスも食人花(ヴィオラス)も、“灰”にとって分かり切った『敵対者』だった。

 

「【ソウルの結晶槍】」

 

 “灰”は《ブルーフレイム》で食人花の一体を()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 戦技【高速詠唱】。攻撃と同時に魔法を発動する、『理力』と『技量』に優れた高位の魔術師のみが使う事を許される戦技。

 両断された緑の長駆の間から、鋭く尖った大結晶が直進する。それは食人花を易々と貫き、勢いは衰える事なく射線上のモンスターの花を次々と穿っていく。

 “灰”の周りにとぐろを巻く食人花を、ではなく。

 遠く戦いを続ける【ヘルメス・ファミリア】が相手取る食人花を、だ。

 

(在り得ない! 何故だ!? 何故ここまで力に開きがあるッ!?)

 

 内心の震えを無理やり千切りながらオリヴァスは突貫する。食人花の処理を優先する“灰”の隙を突いた完璧な奇襲。

 その筈なのに、4(メドル)の巨人はその巨体に見合わぬ速度で掻き消え。

 かろうじて目で追えたオリヴァスが捉えたのは、数匹の食人花(ヴィオラス)を斬り払った後、こちらに虫喰いの大剣を叩きつける“灰”の姿だった。

 

「ぐ――ぎいぃぃいいいああああああッッ!?」

 

 軸をずらして受けた筈なのに、虫喰いの大剣は正確に同じ傷に刃を合わせる。半ば断たれていた筋繊維は完全に千切られ、骨を削られる大激痛がオリヴァスの喉を限界まで酷使した。

 ベキリ、と骨の砕ける音が鳴り、斬られた勢いのままオリヴァスが十数(メドル)転がる。周囲に積み上がった食人花の死骸を巻き込み砕きながら吹き飛ぶオリヴァスは、軌道上にあった大岩に直撃してようやく止まる。

 態勢を整えなければ、巨人の追撃に備えなければ! 半ば感覚の無くなった両腕を、激痛を押し殺しながら無理やり使い、立ち上がったオリヴァスが見たものは。

 

 最後の食人花を直剣と青白い大結晶で処理した後、オリヴァスを気にも留めず灰色の瓶を呷る、巨人の姿。

 一口、二口、三口。目玉がこぼれそうな表情で凍りつくオリヴァスの前で、“灰”は悠々と灰エストを補給し、集中力(フォーカス)を回復する。

 

(くそっ! くそっ、くそっ、くそっ!! くそぉぉおおおおおお〜〜〜〜ッッ!?)

 

 かつてない屈辱に焼かれながら、だがオリヴァスは動けないでいた。いや、体が破裂しそうな程(ほとばし)る激情に身を委ねようとした瞬間、“灰”の方が一瞬早く攻撃を再開していた。

 

「いぎゃあっっ!?」

 

 冷静さを失っていた所に見舞われた《小王の大剣》の一撃は、戦技によって放たれた【闇の追撃】。

 小さく重い闇の破片が、信じられない程の速さでいくつも迫り、オリヴァスの手足、特に血を流す傷を抉るように直撃する。

 意識が吹き飛びそうな苦痛に体勢を崩した所に、本命の【闇の追撃】、4(メドル)の巨人と同等以上の巨大な闇の刃が大地を削りながら肉薄する。

 

「う、うごぉぉおおああああああああっっ!?」

 

 もはや『彼女』に選ばれた矜持(プライド)もかなぐり捨て、全霊を賭してオリヴァスは避けた。体勢の崩れた体を地面に投げ出し、薄皮を削ぎながら通り過ぎる闇の刃のなまあたたかさに恐怖する。

 だが、まだ終わらない。闇の業にふさわしく、意志を見出された闇の刃は、その最後が小さな悲劇でしかありえないとしても、目標を執拗に追い続ける。

 独りでに進路を変え、円形に曲がり再度戻ってきた闇の刃をオリヴァスは悲鳴を上げながら避けた。両腕の動かない体を土に投げ出し、無様に転げ回り、虫のように這いずって自分を狙う絶命の一撃を避け続ける。

 

 敵は技に拙い三流だった筈だ。少し本気を出せば呆気無く殺せる存在だった筈だ。

 だが今、その敵とはどちらを指す言葉なのだろう。少し本気を出せば呆気無く敵を殺せるのは、果たしてどちらなのだろう。

 自分は一体、何と戦っている? 必死に命を繋ごうとする思考の一瞬、姿の見えない闇に拳を振るう錯覚を覚えたオリヴァスは。

 既に一歩の距離まで詰めていた、“灰”の《小王の大剣》によって両脚を完全に破壊され。

 首を掴まれ掲げられた男の体に、闇の刃が直撃した。

 

 

 

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 検証をしていた“灰”の耳に、その魔法の名と魔力の余波は優に届いた。

 広大な食料庫(パントリー)の大空洞、その五割に及ぶ範囲に火炎の豪雨が降り注ぐ。“灰”の立つ場所を避けながら落下する魔法の着弾に、視界が赤い輝きで埋まり、大地を揺さぶる衝撃波が大空洞全体に広がる。

 風を巻いて土を削るその衝撃波を棒立ちで眺めた“灰”は、足元に転がる瀕死の男を見下ろした。

 

「う……あ……」

 

 小さな呻き声を零す男は数本の剣で地面に縫い止められていた。

 既に手足は切り取られ、男の周囲に散らばっている。魔法を使えない事は事前に確認済みなので、尋問の可能性を考慮し喉は潰していない。

 腹部に突き刺した剣はそれぞれ毒、血、祝福の変質強化を施した《ショートソード》だ。どうもこの男は再生力も高く、生半可な拘束は意味を為さなかったため、毒による状態異常と絶えぬ出血で弱体化させ、祝福で損傷と再生が吊り合うよう調整している。

 文字通りの、生かさず殺さず。生と死の中間で放置される男に“灰”は【死者の活性】を放つ。

 範囲は極小、他の死体を巻き込まないように地を這う闇は、散乱する男の手足(はへん)に触れ――何も起こらなかった。

 

「成程。やはり、人ではない」

 

 耐久力、再生力、体構造、痛覚、魔法耐性、異常耐性……初見の敵であるが故に、どの手段がどの程度どうすれば殺せるかを“灰”は検証していた。

 己を知り、敵をよく知る。何ら才能のない“灰”にとって、それは半ば脅迫的な観念だ。例え目に見えた結末であり、誰もが予想できる未来であっても――()()()()()()()()()()()()()

 幾億の数え切れぬ己の屍を築き上げ、全ての敵を討ち果たしてきた“灰”は。

 だからこそ、それが『協力者』たちに受け入れられぬ狂気の沙汰と知りながら、彼らが“灰”の元に至るまで検証し続けた。

 

「……何を、やっているのですか、“灰”……」

「来たか。どうやらそちらも片付いたようだな。何やら顔触れが増えているようだが……まあいい。私のすべき事は変わらない」

 

 一団を引き連れ、青い顔で問いかけるアスフィに“灰”は筋違いの返答を投げる。ゆっくりと彼らを見渡すと、何人かがビクリと震え体を強張らせた。“灰”の所業を己も同罪と割り切ってはいるが、受け入れていない。

 視点を変えればそこにいるのは、バラバラになった男をなおも弄ぶ異様な仮面の異分子だ。4(メドル)の巨人は大きな黄銅の手で転がっている男の脚を掴み、見せつけるように掲げる。

 

「これを見たまえ。通常の人の足ではない。断面と表皮を見るに、『新種のモンスター』と似たような構造をしている。

 この構造はこの男の腹から下を構成していた。おそらくだが下半身を失い、何らかの形でモンスターの肉体を手に入れたのではないだろうか。

 私はそう考えるが、貴公はどう思う?」

「そんな話をしているのではありませんっ! いくら敵とは言え、そんな残酷な真似をして良い道理がありますか!?」

「? 分からないな。戦場で説く人の道理などあるまい。それに、()()()()()()()。過程がそこまで重要か?」

 

 “灰”の心底不思議そうな問い掛けにアスフィは絶句する。一人の狼人(ウェアウルフ)を除き、他の面々も愕然としていた。

 彼らの様子にこれ以上の検証は不可能だと判断した“灰”は脚を放り捨て、立ち上がる。

 

「アスフィ・アル・アンドロメダ。ここは貴公に任せる。貴公ならば自白剤の類も持っていよう。その男の素性と目的を確かめてくれ。

 私は、あの『宝玉』を確保する。何かは分からんが、きっとこの一件の核心だろう」

 

 言い終えて、反応を待たずに“灰”は歩いた。巨大なモンスターが三体絡みつく、赤く発光する石英(クォーツ)大主柱(はしら)。4(メドル)の巨人が見上げる先に『緑の宝玉』が取り憑いている。

 (おんな)の胎児を内包した緑色の球体。赤子の体に対し肥大した二つの眼球が、自分を見上げる“灰”を睨めつける。

 歪なソウルだ。“灰”はそう感じ取った。“穢れ”や“煤”に類するものではない。これは白竜シースの狂気の産物、存在し得ぬ造られた生命に似ている。

 ソウルではなく、肉体の変質。何か別の物と結びつき、融合し、外れてしまった肉体の形にソウルが歪んでいる。

 この『宝玉』はそれの、分け身に近いものなのだろう。パチパチとまぶたを叩き、不思議な何かを見つめるように“灰”を見る(おんな)の胎児に、不死は《呪術の火》を灯して、燃え上がる炎を己の体に押し付けた。

 

「【湖の霧】」

 

 体内を循環し、生命の根源から古い時代の力を呼び覚ます炎は、その性質を変えながら“灰”の喉を通り、水上の霧となって吐き出される。

 大量の水は、眠りを守る断絶である。それは古竜のみが知る、混沌の炎より始まった呪術の系譜の、その前にあった生命の悟りだ。

 それは神秘であり、故に【湖の霧】はそれを吸う者を眠りに誘う。生きた『宝玉』も例外ではなく、(おんな)の胎児は霧に覆われ、やがてゆっくりと肥大した瞳を閉じた。

 それを確認してから片手で掴み石英(クォーツ)から引き抜いた“灰”は、空いた手で首に指を差し込みながら『宝玉』を『器』から取り出した袋に入れて腰に下げる。

 すべき事を終えたので“灰”はさっさと『協力者』たちの元へ戻った。するとそこでは、赤緋(せきひ)の瞳を露わにする黒髪のエルフをレフィーヤが必死に押し留めていた。

 

「……何をしている?」

「っ! “灰”ですか……『宝玉』は?」

「この通り、回収してきた」

 

 最も話が通りやすいであろうアスフィに話しかけた“灰”は、びくりと反応したアスフィに腰の袋を見せつける。袋の口からは『緑の宝玉』が覗いていた。それを見てアスフィは頷きを返す。

 袋の口を締める“灰”は、視線を黒髪のエルフに戻した。

 

「それで、アレらは何をしている?」

「……貴方が倒した男の名はオリヴァス・アクト。死んだと思われていた『27階層の悪夢』の首謀者でした。そして彼女――フィルヴィス・シャリアは数少ない生き残りの一人。積年の恨みを晴らそうとしているのです」

「成程。そういう事か」

 

 事情を聞いた“灰”は頷き、黒髪のエルフ、フィルヴィスに近寄る。端麗な相貌を怒りと憎しみで歪めるエルフの少女に、“灰”は声を掛けた。

 

「フィルヴィス・シャリア。貴公、復讐を目的とするのか?」

「何だ貴様は!? 私は仲間の、同胞の仇を取らねばならない!! 邪魔立てはするな!!」

「ああ、邪魔はしない。だが貴公、命を奪うだけでは気が済まんだろう?」

「なんだと……っ!?」

 

 レフィーヤに抑えられながらも暴走する感情に支配された手足は止まらない。その報復に走る心のままフィルヴィスが唐突な部外者を睨むと――赤緋の瞳が見開かれ、完全に硬直する。

 

「復讐というのだ。単に命を奪うだけでは慰めにも値しまい。心に淀んだ積年の分だけ、出来るだけ惨たらしく、長い間苦しんだ末に死ねと思うのが人だろう。

 だから良ければ、道具を貸そう。私の武具は殺す物ばかりだが、一部には絶え間ない苦痛を与える物もある」

 

 暗がりから這い出るような声と同時に青白い光が集まり、“灰”の手からボトボトと武器が落ちる。

 《トゲの直剣》《強化クラブ》《血狂い》《人斬り》《肉断ち包丁》《グルーの腐れ曲刀》《焼きごて》《傀儡の鉤爪》《イバラムチ》――次々と大地に転がる、禍々しく人の暗い側面を表す武器群。

 その一つ、《イバラムチ》を拾って差し出し、片方の手には聖鈴を握り【蝕み】を発動させる。

 

「私は回復の魔法も修めている。あまり長くは付き合えないが、貴公が望むなら何度でも傷を治そう。何度でも痛苦を味合わせるために。

 あるいはこのように、蟲を呼ぶ魔法もある。この蟲は小さな顎に牙を持ち、瞬く間に皮膚を裂き、肉に潜り込む。それは激しい出血と、生きたまま貪られる恐怖と絶望を与えるだろう。

 『27階層の悪夢』は知っている。貴公の仲間は望まず怪物の餌食となった。ならばこの男を、蟲の餌にしてやるのも――また一興だと思わないか?」

 

 聖鈴の表面に(ぬめ)る深みから小さな蟲が蠢き現れる。ギチギチと鳴き、巨人の手を這い回る大量の蟲に悲鳴が漏れた。誰もが“灰”の提案を理解できず、おぞましい者を見る目で4(メドル)の巨人を突き刺す。

 無音が、その場を支配した。誰もが声を上げられない。異様な仮面、全身鎧。目の前に立つ人の形をした何かを、真っ当な人である彼らは決定的に()()()()だと認識する。

 懐かしい眼だ。“灰”が不死狩りに囚われ、人の世界に引き摺り出された時も、真っ当に生きる生者どもは皆このような眼で“灰”を見た。

 懐かしい事だ。もはや“灰”は小さな感慨しか抱けない。呪われ人と蔑まれ、痩せさらばえた暗い心は――全ては遠き、あの神の時代に置いてきたのだから。

 そうやって冒険者が不死の性質に触れ、“灰”が場違いな追憶を抱く底で。

 突如として、食料庫(パントリー)を震わせる大哄笑が鳴り響いた。

 

「ふははははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!! ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!」

 

 彼らの足元で(つんざ)く狂笑。あらん限りの力で喉を震わせ、もがれた手足の断面から血を吹き出させるオリヴァスは、4(メドル)の巨人を見上げ狂気と恐怖を混在させた呪詛を吐く。

 

「貴様ら冒険者は一体何を連れてきた!? 貴様の、貴様のような蛇蝎(だかつ)の如き痴れ者は、私がかつて神の操り人形だった頃の闇派閥(イヴィルス)にもいなかった!!

 人を人とは思わぬ者がいた! 正視に耐えぬ所業を嗤う神がいた! 闇派閥(イヴィルス)ほど人に外れ、壊れた者たちなどいないと今の今まで確信していた!!

 

 ――貴様はそのどれとも違う!! 人も怪物も何もかもを、ひとしく平等に塵か蟲だと思っているな!? ここまでされたのだ、私には分かるっ!!

 貴様は生まれるべきではなかった――呪われた化け物だっ!!」

 

 苦悶の限界を超え、防衛機能により常軌を逸した興奮を見せつけるオリヴァスが“灰”に叫ぶ。それは単なるオリヴァスの妄想に過ぎなかったが、奇しくも火の時代の生者たちの言葉と全く同じものだった。

 あるいは全ての人と“灰”に共通する、“暗い魂”がそれを囁いたのかもしれない。

 

 火の時代の全ての闇を呑み干した、“小人の狂王”の暗い業を。

 

 そして“灰”は、幾度となくぶつけられた正しい悪意にいまさら怯まない。むしろ当然といった体で首肯した。

 

「ああ、そうだ。それで貴公、言いたい事はそれだけか?

 もう聞くべき事もなかろう。拷問をしないのであれば、手早く処理をしたいのだが」

「ッッ!! …………貴様は危険だ。貴様だけは決して生かしてはおけん。全ては『彼女』のために――――ここで死んで礎となれ、冒険者ァッッ!!

 

 

巨大花(ヴィスクム)ッッッ!!」

 

 “灰”が地面に落とした全ての武器を消し《小王の大剣》を振り被った瞬間、オリヴァスは極限の殺意を込めて咆哮する。

 同胞のただならぬ激情を受け取った巨大花は、ぶるりとその30(メドル)に及ぶ巨躯を震わせ、ゆっくりと大主柱(はしら)から剥離し、巨大花からすれば小さな小人(かれら)の元へ落ちてくる。

 オリヴァスもろとも冒険者を全て殺戮しようとする狂気。落下する大質量に狼人(ウェアウルフ)が怒号を上げようとした、その時。

 

「ああ。それはもう知っている」

 

 嫌に耳に透るくぐもった声が、全身鎧から零れ。

 次の瞬間、“灰”は大地を蹴り巨大花めがけて飛び上がった。

 驚愕の声を置き去りに、“灰”は《呪術の火》に一際大きな炎を蓄え、己の内に封じ込める。落下する巨大花と4(メドル)の巨人が秒もかからず接近し、()()

 巨大花の裏側に立った“灰”は再び蹴り上げ、反転しながら――体内に満ちる混沌の炎を解き放った。

 

「【噴火】」

 

 刹那、“灰”の肉体が燃え上がり、強い炎の衝撃波を発生させる。混沌の魔女クラーグが異形の半身より全方向へ噴射する混沌の模倣。触れるものを焼きながら吹き飛ばす【噴火】は、30(メドル)の巨大花ですら反対方向へ押し飛ばす。

 互いにぶつかって弾かれるように巨大花と全身鎧は反転した。元の位置に着地した“灰”は大主柱(はしら)の向こう側へ倒れていく巨大花へ杖を向ける。

 《日暮れの杖》と呼ばれる、闇術に最も適した杖の一つを。

 

「あまり時間はかけたくない。早々に方を付けさせてもらおう」

 

 “灰”がそう呟き、杖の先に全集中力(フォーカス)を集中した闇の力が収斂(しゅうれん)する。

 それは光だった。目も眩む程光り輝く、陰を生まない闇の光。“灰”がいつしかに見せた暗い魂の光と似た、だが違う異質な闇の輝きは、膨大な力を秘めながら一点に収束する。

 そして目映いばかりの陰無き光が、最高潮に達した瞬間。

 

「【輝く闇の奔流】」

 

 闇術の祖が見出した力の名が示され、闇喰らいの息が光線となって発射された。

 

『――――――――――――――――ッッ!?』

 

 仮に巨大花(ヴィスクム)が悲鳴を上げるのだとすれば、一際大きく震えるそれが断末魔に等しかった。

 巨大花の頭部に直撃する【輝く闇の奔流】。それは神に育てられ、死なぬが故に永遠に闇を喰らう使命を与えられた古い竜の末裔の息吹だ。

 輝く闇とは深淵にして、人間性。神がとうに滅びてなおも使命を忘れず、闇を喰らい続け、闇に侵された古竜の力が息吹に宿ったもの。

 人間性のブレスは重く、それは古竜の息でありながら物理的な極大威力を有する。巨大花に直撃した陰を生まない光線は、30(メドル)の巨体に相応しい巨大花の頭部を()()。その先の緑壁にまで被害を及ぼす。

 それだけでは終わらない。【輝く闇の奔流】の真価はそれが人間性である事だ。光線跡に残された莫大な量の人間性は、暗く蠢き、行き場を求め、周囲を食い荒らしながら爆裂する。

 内側に膨れ上がった大質量が外へ拡散する大爆発。闇の残滓を残して人間性が消えた後、残ったのは頭部のない巨大花だけであった。

 念のため杖を動かし、頭部を失った巨大花を撃ち続ける光線で適当に裁断した“灰”は、人間性の爆発で消滅した巨大花の死を見届けた。一つ頷き、灰エストを飲み、『協力者』たちに向き直る。

 

大主柱(はしら)に寄生している二体も殺しておきたいが、あの巨体だ。私の魔法では大主柱(はしら)を巻き込まない自信がない。

 この食料庫(パントリー)の状況を考慮すれば、一度崩壊させるのが手っ取り早い『異常事態(イレギュラー)』の終息になるだろう。だから私は撤収時に破壊する事を提案するが、どうだ?」

「…………それでよろしいかと。貴方の魔法なら簡単でしょうしね……」

 

 やる事なす事が突飛すぎて驚いていいやら嫌悪していいやら分からなくなったアスフィは、何ともいえない顔でずさんに肯定し、馴染んでしまった頭痛を堪えた。周りも似たようなもので、闇派閥(イヴィルス)のような外法から英雄じみた魔法まで使う“灰”をどう評価していいか分からなくなっている顔をしていた。

 例外は神妙な顔で“灰”を(すが)める狼人(ウェアウルフ)と、デタラメな魔力の無詠唱魔法行使を正確に察知していた魔道士組か。特に小人族(パルゥム)の魔道士、メリルは全集中力(フォーカス)を注ぎ込んだ“灰”の魔法がバカ魔力過ぎて、ずっと涙目で怯えていた。

 そんなこんなで一行の緊張の糸が僅かに緩む。山場を超えたと“灰”は判断し、ここからどう動くかアスフィに尋ねようとした――その瞬間。

 

 大空洞の壁面一角が爆発し。

 吹き飛んで来る赤髪の女と、大穴の開いた壁面に立つ金の少女に、“灰”は鎧の中で暗い銀の光を細めた。

 

 

 

 

 失敗した。

 やはり、(ロク)に敵を知らぬ状況で判断を下すものではないと、“灰”は改めて不死の教訓を噛み締める。

 赤髪の女――ソウルから読み取れる名は“穢れた怪人、レヴィス”――は地面を削りながら矢のように進み、一行からほど近い場所で止まった。

 全身に裂傷を負い満身創痍の赤髪の女は、こちらを見るなり状況を即座に把握したのか、舌打ちをして強襲してきた。

 強靭に物を言わせ、真っ先に動いた第一級冒険者(ベート・ローガ)の蹴撃を何度も食らいながら、レヴィスはオリヴァスの回収を最優先でする。

 そして静観していた“灰”の前でオリヴァスから極彩色の魔石を奪い――喰らう事で、諸能力を大幅に引き上げた。

 そこまでは良かった。結果的に敵の強化を見過ごした形でも、魔石によって力を得る『強化種』であると確信できた。だからそこまでは良い。

 問題はその先だ。魔石を喰らったレヴィスは大地を手で貫き、天然武器(ネイチャーウェポン)を引き抜く。そして壁面の大穴から地面に降り立ったアイズへ突貫した。

 

「――――!?」

「チッ……邪魔が入った」

 

 見に回っていた“灰”が【ソウルの結晶槍】を撃っていなければ、腕の一本を取られていたであろう一撃だった。その場にいたほとんどの動体視力を振り切ったレヴィスに驚愕が走る中、『(エアリエル)』を発動させるアイズを眺める4(メドル)の巨人の首に複数の短剣が刺さる。

 

「む……」

「返シテ貰ウゾ」

 

 よろめく全身鎧の腰に下がる袋を奪いながら、突如現れた紫の外套(フーデッド・ローブ)の襲撃者は、凄まじい『(アビリティ)』で“灰”を殴り飛ばした。

 だがそれを予想していた“灰”は自ら飛んで襲撃者の銀のメタルグローブの拳を躱し、同時に【蝕み】で反撃する。深みの蟲にたかられる仮面の襲撃者に追撃しようとした――その時。

 

巨大花(ヴィスクム)! ()()()()()!! 枯れ果てるまで、力を絞り尽くせ!」

 

 赤髪の女がそう叫び、大空洞が鳴動。次の瞬間には、大量の食人花が緑壁の管から次々と生産された。

 通常を遥かに超える、千以上の食人花が集う怪物の宴(モンスター・パーティ)である。

 

「ああ……これは、知らなかったな」

 

 巨大花の未知の力に、“灰”は手を止めて見に回る。逃げていく仮面の襲撃者など気にせず――巨大花の始末を後回しにした自分の判断の失敗を考えていた。

 

(まあ、仕方あるまい。たかが呪われ人が、無数の選択肢から正しい一つを選び取れというのが土台無理な話だ。元より私に出来る事など、正解以外の選択肢を己の死体で埋める程度でしかないのだから。

 反省しよう。そして三度は繰り返さない。全ての未知を潰さねば、死ぬのは常に私の方だ)

 

 光を失う大主柱(はしら)共々枯れ朽ちる巨大花の最期を見届けた“灰”は、首に刺さったナイフをソウルにして回収しつつ、視界を埋め尽くす食人花の猛攻を出来る限り排除する。

 固まってどうにか食人花を凌ぐ『協力者』たちの前に出て、“灰”は二本の特大剣を装備した。

 《白王の特大剣》。全てが淀みあらゆる物が忘れ去られた火の時代の特異点、そこに勃興した『凍てついたエス・ロイエス』の王の剣だ。戦神の国フォローザの最高位の騎士であったと謳われる《白王の特大剣》は、放出する冷たいソウルによって刀身を伸ばす特別な力を帯びた武器である。

 それを二本、両手持ちにした“灰”は、最大まで強化した『筋力』と『技量』を存分に発揮し、冷たいソウルの刀身による暴刃圏を形成する。

 冷気を纏った特大剣の剣閃は斬り裂かれた食人花に凍傷を残し、動きを鈍らせる。確実な止めよりも多く巻き込む事を優先すれば、僅かだが余裕を作る事も出来る。

 

「“灰”っ! 貴方の魔法でどうにか出来ませんかっ!?」

 

 その猶予の中でアスフィの切羽詰まった疾呼が飛んだ。『持久力』の許す限り攻撃を続ける“灰”は、だが変化のない口調で否定する。

 

「無理だな。私の魔法は威力に特化している。元々殲滅には向かん。範囲を広げようにも精神力(マインド)の変換効率が著しく悪い。この数だと……殲滅の遥か手前で私の精神力(マインド)が尽きる」

「そんな……! 何かっ、他に何か手はありませんかッ!?」

「少なくとも二つはあるが……勧奨(かんしょう)はしない。どちらも悪い意味で強力過ぎる。それを使い、この窮地を脱したとして――()()()()()()()()()()()()可能性が高い。

 それでも、ここで全滅するよりはマシな可能性だが。賭けてみるか? アスフィ・アル・アンドロメダ」

「〜〜〜〜ッ!?」

 

 アスフィの声にならない悲鳴が上がった。筆舌に尽くし難い葛藤に苛まれる【万能者(ペルセウス)】は、徐々に押される戦況に決断を迫られる。

 その時、一条の雷が迸り。杖を握るエルフの少女の声が響いた。

 

「――私を守って下さい!!」

 

 その声に、アスフィを含めた全員がエルフの少女、レフィーヤを見る。彼女は少し怯み、だが堪え、魔道士である自分ならば守ってくれる貴方達を救えると宣言した。

 瞬間、アスフィは“灰”を見遣り。頷きを返した4(メドル)の巨人に苦笑を浮かべ、指示を飛ばす。

 

「全員、千の妖精(サウザント)の元に!! 彼女に全てを委ねます!!」

 

 その言葉に覚悟を決めた冒険者達は、エルフの魔道士を旗印に密集する。

 

「方円陣形!! 五分、いえ三分持たせて下さい!」

 

 そして都市最強の魔道士を連想させるレフィーヤの声に円陣を組み――命懸けの三分間が始まった。

 

 

 

 

 さて、どうするべきか。目の前に溢れる食人花を片っ端から斬りながら、“灰”は考える。

 三分間の防衛戦。レフィーヤ・ウィリディスの魔法が完成すればこちらの勝ち。陣形が突破され食人花の牙がレフィーヤに届けば負け。言葉にすれば単純な話である。

 “灰”にはそれにもう一つ勝利条件が加わるが、そちらは自己満足のようなもの。この状況では達成できない確率が濃厚である。

 それでも『協力者』たちがいる限り、決して手を抜かない“灰”は、最も食人花の多い地点を受け持っている。“灰”の所有する武器軍の中でも特に攻撃範囲(リーチ)に優れた《白王の特大剣》ならば、多対一における“灰”の許容量を上げられる。多対多なら尚更だ。

 だがそれで、レフィーヤの詠唱完了まで持ち堪えられると“灰”は考えていなかった。出来るかどうかを考慮の外に置きがちな“灰”ではあるが――希望が見えた時に限って、絶望とはやってくるものであると、名も無き不死は知っている。

 それが数多の冒険者を死に至らしめてきた――迷宮(ダンジョン)の奥底であれば、尚更に。

 

 そして、防衛開始から20秒。

 ホセ・ハイエルが食人花に引きずり上げられた。

 

「!! ホセを救出(きゅうしゅ)――」

 

 咄嗟に出たアスフィの言葉は途中で止まった。片腕を咬まれ連れて行かれるホセが、アスフィに首を振ったからだ。

 狸人(ラクーン)である彼は既に本能で悟っていた。ここで仲間を助けるために動けば、崩壊する。救うための犠牲が連鎖し、全員が死ぬ事になる。

 だから助けられてはいけない。自分はここで見捨てられなければならない。遠のく団長(アスフィ)が断腸の思いで命令する姿を見届け、ホセは笑った。

 彼も冒険者だ。覚悟はしている。心残りがあるとすれば、せっかく閃いた詩歌(うた)を作れなかった事か――と。ホセが末期を予期した瞬間。

 

「全く、手間のかかる事だ」

 

 ひどくくぐもった声が耳に届き、気付けばホセは仲間の元に押し返されていた。

 

「“灰”!?」

 

 そう、“灰”だ。アスフィが目を剥く先で、4(メドル)の巨人はホセを捕らえていた食人花を斬り、ホセを蹴りつけて元居た場所へ返したのだ。

 だがそのために飛び出した全身鎧は止まらない。瞠目するホセと対象的に“灰”は食人花の軍勢へ消えていく。空中で己に群がる醜悪な花達を見据えた“灰”は、左手の特大剣を《薄暮のタリスマン》に持ち替え、食人花の中へ消えていく。

 

 そして数秒後。“灰”の消えた場所から紫の衝撃波が爆発し、範囲内の食人花を全て粉々に消し飛ばした。

 【因果応報】。発動者は紫炎のオーラを纏い、短時間に大ダメージを受ける事で発動する強力な奇跡。罪と罰は黒髪の魔女ベルカの領分であり、罪を定めるベルカの罰は、因果を必要とする代わりに他と一線を画す応報を下す。

 砕け散った緑の肉片が降り、大量の食人花がぽっかりと空いた軍勢の穴目掛けて殺到した。断続的に紫の衝撃波が発生し、その度に多くの食人花が爆散する。

 ホセの治療を指示しながらそれを見ていたアスフィは、唇を噛んで目の前の食人花を斬った。多対一は苦手だと申告していたにも関わらず、“灰”は強力な魔法を使い食人花を自らに集中させている。

 それが「多対一が苦手」という言葉が嘘だったから、などと楽観するほど、アスフィの眼は曇っていない。

 

「信じますよ、“灰”……!」

 

 味方を助けるためにあえて苦境に飛び込んだ4(メドル)の巨人に届かぬ激励を送り、アスフィは死力を尽くして防衛に臨んだ。

 

 魔法発動まで、残り2分20秒。

 

 その時、ポット・パックとポック・パックは陣形から外れた場所で倒れていた。

 元々前衛、中衛の中で彼らだけがLv.(レベル)2であり、また多くの点で他の人類より劣る小人族(パルゥム)である二人は、食人花の猛攻に耐え切れなかった。

 

「生きてるか、ポット……」

「……えぇ、なんとか」

「……くそっ、早く……戻らねえと……」

 

 息も絶え絶えに意識を繋げるポックが腕に力を込める。だが立ち上がれずバランスを崩した。咄嗟に自分の腕を見れば、手首から先が、消えていた。

 

「――くそったれっ……!」

 

 ふざけた現実に口端を曲げ、ポックは自分がもう戦えない事を知る。ふらふらと立ち上がる姉のポットにそれを伝えようとして、固まった。

 

「ポック……どこにいるの……!? 私達、穴に落ちたの? 暗くて何も見えない……」

 

 兜が取れ、琥珀色の髪を揺らすポットの顔。そこにあるはずの自分と同じ瑠璃色の瞳は、血で真っ赤に染まっていた。血の赤色しか、そこにはなかった。

 

「……! そう……そういうこと……ね」

 

 姉の無残な姿にポックは胸が張り裂けそうな思いで顔を落とし、自分の顔に掌を伸ばすポットは何が起こったのか悟る。

 その間にも戦況は悪化していた。絶え間ない怒号と悲鳴が聞こえる。顔を上げたポックの目に写るのは、耐久の限界を超えた武器をなおも振るい、その身を盾に変えて魔道士(レフィーヤ)を守る仲間の姿。

 どうする。どうすればいい。もう戦えなくなった自分たちに何が出来る。乾いた熱風のような焦燥に追われるポックは――奇跡的に原型を残した、自爆していない闇派閥(イヴィルス)の遺体に気付いた。

 

 魔法発動まで、残り2分。

 

 都合八回の紫の衝撃波を確認したアスフィは、何かが飛んでくるのを察知し、避けた。バキリと、地面にぶつかり砕けながら転がったのは、()()()()()()()()

 片目しか残っていない《子の仮面》の黒い目と視線がぶつかり、アスフィは息を止める。

 ――多対一は最も苦手だ。ある程度は相手取れるが、許容を超えるとあっさり死ぬ――

 その言葉が脳裏に再生され、アスフィは苦渋で双眸を歪めた。

 

「“灰”……!」

 

 信じ難い物証に心を乱されながらも、アスフィは戦いを止めない。ここで自分が潰れれば皆が死ぬ。その責務とこれ以上の犠牲を容認できない心が【万能者(ペルセウス)】を動かしていた。

 他方、魔道士のメリルは、サポーターであるドドンの動かす大岩に隠れながら、魔法を懸命に撃っていた。精神力(マインド)の残量など気にしている余裕はない。少しでも食人花を減らせるよう、次の詠唱に取り掛かる。

 

「メリル!」

「え……きゃ!?」

 

 自分の名を呼ぶ声がしたのはその時だった。振り向いた瞬間、飛来する何かが見えてメリルは思わず掴み取る。

 それはポックの、小人族(パルゥム)の【勇者】の短剣を模して造られたレプリカだった。

 

「……お前が持ってろ」

「何で!? 二人とも何してるの!?」

 

 離れた巨大な大岩の陰に座り込む二人の同胞にメリルは叫ぶ。それに憎たらしい笑みだけ返して、ポックは手のない自分の代わりに投げてくれた姉に礼を言った。

 そしてポットが引きずり、ポックが目となってここまで運んだ闇派閥(イヴィルス)の死体の――自爆装置に手をかける。

 

「ここならきっと上手く敵を減らせる。悪いな、姉貴……」

「いーわよ。みんなのためだもの」

 

 何かと口が悪い姉弟の、本心からの素直な会話。それを終えて、目の見えないポットは自爆装置を作動させた。

 遠くで泣き叫ぶメリルの制止が聞こえる。けれどポックは笑っていた。心はもう、あの短剣と共に同胞へ託したのだから。

 ふと、ポックの頭に走馬灯が駆け巡る。

 自分の生まれた日の事。初めて見た姉の事。

 世間から蔑まれ、落ちぶれて生きる自分の種族に(くさ)していた頃。

 ――そして、小人族(パルゥム)の【勇者】を、知った日の記憶。

 

 あれがあったから、ポックは冒険者になった。

 同じように感化された姉も一緒についてきてくれた。

 自分の無力を承知の上でがむしゃらに戦った。

 見下す冒険者には悪口を返し、屈辱は力を得るための燃料にした。

 初めて昇格(ランクアップ)をした時は、鍛冶師に【勇者】の短剣を造らせる程嬉しかった。

 それからも走り続け、ある時期から【ステイタス】の上がらない停滞期に陥り、後から冒険者になった同胞(メリル)にはLv.(レベル)で追いつかれた。

 

 小人族(パルゥム)は他と比べるな。()()()()()()()()()

 

 そういう持論をいつも抱えていた。何か壁にぶつかる時、思い浮かべるのはいつもそれだった。

 そんな時、小人族(パルゥム)の【勇者】は、ポックの心を照らすのだ。

 小人族(パルゥム)でありながら頂点まで登り詰めた【勇者】。落ちぶれた同胞に光を与える一族の英雄。

 若く見えても、年齢は自分の倍以上で、自分よりずっと長く冒険者として努力を続けている。

 そういった一つ一つを知る度に、ポックは胸が熱くなって仕方がなくなる。

 止まった足を、下を向く顔を、また前に上げて走り出したくなる。

 

 ……結局最期は、こんな様でしかなかったが。

 それでもポックは、後悔はしていない。

 

 自分もあの【勇者】のように。『勇気』を持ってこの世界を走ったのだから。

 

『……えっと……今度、フィンを紹介しようか?』

『……いや!! 今は……まだ……やればできるってとこ、見せらんねえし……』

 

『で……でも――サイン、とかなら……受け取ってやっても……いいぜ』

 

 数時間も経っていない新しい記憶を思い出して、ポックは笑う。

 

「あーぁ……サイン、欲しかったな」

 

 座り込む二人の小人族(パルゥム)の前で、闇派閥(イヴィルス)の死体が爆発した。

 

 ……それは、力なき者のみっともない足掻きだったのかもしれない。

 己の分を弁えなかった小人族(パルゥム)の、当然の最期だったのかもしれない。

 だがもし、小人族(パルゥム)の【勇者】が彼らを知る事があるのなら。

 決して笑わず、己の心に、誇りある同胞として永遠に名を刻むだろう。

 

 たとえ自らの命を失おうとも、仲間を守ろうとした彼らは。

 【勇者】が求めた、今は失われた一族の『光』――小人族(パルゥム)の『勇気』を示したのだから。

 

 爆発を起点に、巨大な大岩が均衡を崩し、崩れ落ちる。大量の食人花を巻き込んだ大岩の跡は、レフィーヤを守る冒険者たちの文字通り巨大な盾となった。

 瞠目するアスフィに、メリルは告げようとした。自分が見届けた同胞の最期を。

 泣きじゃくる小人族(パルゥム)の少女が口を開こうとした――その時。

 

 メリルの目の前に、灰色の影が降り立った。

 

 

 ――そう。ポット・パックとポック・パックが示したのは、紛れもない小人族(パルゥム)の『勇気』だ。

 【勇者】の求めた、今は落ちぶれた全ての同胞を照らす、一族の『光』だ。

 

 ()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()

 「()()()()()()()」「()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「え――」

 

 メリルの涙が衝撃で飛ぶ。

 目を(みは)小人族(パルゥム)の前で、生まれより伸びる髪が戦場の風に強く羽撃(はばた)く。

 並の小人族(パルゥム)より更に小さな体。

 その身を覆う闇に浸したような黒い長衣。

 大地に落ちる、灰色の髪。

 そして髪の間に暗く輝く、凍てついた太陽のような銀の瞳。

 それをまぶたと長い睫毛(まつげ)で半分隠す“灰”は――両手に抱えた二人の小人族(パルゥム)を乱雑に地面へ投げ捨てた。

 

「ポ、ポット!? ポック!?」

「……その声、メリル……? 私たち、生きて……?」

「……一体、何が起きやがった……?」

 

 驚き、一瞬止まった涙を更に浮かべるメリルに、ポットとポックは困惑する。

 なぜ生きているのか分からない。そんな二人に、古鐘のような掠れた声は。どこか不機嫌そうに鳴り響いた。

 

「――全く。どいつもこいつも、自ら進んで死にたがる」

 

 その声に引かれたポックが見上げる中、灰髪の小人族(パルゥム)は聖鈴を取り出した。

 輪の都に贈られた眠りの末娘の加護――《フィリアノールの聖鈴》を。

 

「面倒な事だ。『協力者』が減って最も負担が掛かるのは、誰でもないこの私だというのに」

 

 場違いに自分本位な呟きを落として、幼女は聖鈴を高く掲げる。

 『協力者』たちがことごとく死にかけている、この状況を打開するために。

 

「【太陽の光の癒し】」

 

 掲げられた聖鈴が鳴る。

 刹那、“灰”の足元から魔法陣が広がり、全ての『協力者』を効果範囲に収める。

 そして《フィリアノールの聖鈴》によって限界まで広がった魔法陣から、奇跡の光が溢れた。

 全てに愛された太陽の王女。広く与えられた恩恵を再現する、太陽のように暖かな光が。

 

「何だ!? 魔法か!?」

「何これ……とても暖かい光――」

「き、傷が、治った……?」

 

 光を浴びた冒険者達は、自分の体についた傷が全て癒やされた事に驚いた。オラリオで最も高名な治療師(ヒーラー)、【戦場の聖女(デア・セイント)】を思わせる規格外の回復魔法。

 さっきまで満身創痍だった仲間たちが全員傷一つ無くなったのを周りを見渡すポックが驚いていると――「ポック!」と、姉が自分の名を呼んだ。

 振り向けば、そこには。()()()()()()()()()()、呆然としたポットの顔があった。

 

「見える……ポック! 私、目が……!」

「――!?」

 

 驚愕し、無意識に下を見下ろしたポックは、自分の両手がきちんと揃っている事にやっと気付いた。そして頭が真っ白になるほどの衝撃を受ける。

 

 ――潰れた目や、失った手すら治す。そんな魔法、オラリオで聞いた事がない!

 

 一体、何が起こっている? 混乱するポックは、灰髪の小人族(パルゥム)を見上げた。この奇跡のような魔法の出処が目の前の小人族(パルゥム)である事だけは分かっていた。

 やがて光が途切れ、魔法陣が消える。一度周囲を確認した“灰”は、聖鈴を《ルーラーソード》に変え、集団の中心、レフィーヤの近くに投げる。

 急に使われた規格外の魔法に面食らっていたエルフの魔道士は詠唱だけは止めていなかった。その近くに垂直に刺さるのは、華美な装飾を施された大剣。

 かつてドラングレイグの王が用いた剣であるが、今はそう関係ない。“灰”はただ足場を求め、ドラングレイグの王が振るった大きさと同じ、5(メドル)相当の剣を呼び出しただけだ。

 “灰”は跳び、垂直に突き刺さる《ルーラーソード》の柄に降り立つ。そして《呪術の火》を自らに押し付け――炎を際限なく己に注いだ。

 “灰”の吐息が熱を帯びる。巨大な剣に立つ幼女の口内から、溶岩のような灼熱の輝きが溢れ出る。

 

「伏せろ」

 

 そして。小さくも、全員の耳に届いた古鐘の声が響いた瞬間。

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――アァアッッッ!!」

 

 身を裂くような叫びと共に、“灰”の口から巨大な熱線が放射された。

 

「は、はああああああああっ!?」

 

 おそらく犬人(シアンスロープ)の少女であろう驚愕の叫びが、空気を焼き切る熱線の音に掻き消される。

 放たれた熱線は方円陣形を描く冒険者の頭上を超え、食人花の群れに激突する。瞬刻、熱線が直撃した食人花は()()()()()()()()。周囲の食人花もことごとくが炎上する。

 熱線はまだ終わらない。【叫ぶ混沌】――デーモンの王子が最後に灯した炎の片割れ。混沌の炎を収束した灼熱の熱線は、首を動かす“灰”によって横へ一直線に薙ぎ払われる。

 

「そ、総員、退避ぃっ!?」

 

 アスフィの咄嗟の号令で、幼女が熱線(ビーム)を吐く光景に唖然としていた一同は慌てて頭を抱え突っ伏した。その上を熱線が通り過ぎ、薙ぎ払われた食人花の群れを焼き尽くされ、溶岩溜まりを残していく。

 “灰”はまだ止まらない。首だけでなく体も動かし、冒険者達の方円の更に外に円を描くように【叫ぶ混沌】を吐き続ける。盾になった大岩はその上を熱線で焼き払い、最初に直撃させた地点まで横薙ぎに熱線を吐き続けた“灰”は、天井へ熱線の残滓を放ち終え、上を向いた状態で静止した。

 

 幼女の口から大量の熱が排出され、蒸気となって噴き上がる。

 

「――アスフィ・アル・アンドロメダ」

「はいっ!?」

「私は“灰”だ」

「“灰”ぃぃいいっ!?」

「あまり時間はない。態勢を立て直せ。あの溶岩溜まりは一時的だ、30秒もすれば消える」

 

 《ルーラーソード》から降りた“灰”は、アスフィの異常な反応を無視してソウルを有形に変換し、周囲の冒険者に投げ渡す。

 

 虎人(ワータイガー)の青年、ファルガー・バトロスには《クレイモア》を。

 ドワーフの女性、エリリー・ビーズには《レーヴの大盾》と《オーマの大盾》を。

 人間(ヒューマン)の男、ゴルメス・レメシスには《巨人の石斧》を。

 犬人(シアンスロープ)の少女、ルルネ・ルーイには《影の短剣》を。

 猫人(キャットピープル)の女、タバサ・シルヴィエには《古びたムチ》を。

 エルフの青年、セイン・イールには《ハンドアクス》と《ショートボウ》を。

 狸人(ラクーン)の男性、ホセ・ハイエルには《傭兵の双刀》を。

 エルフの女性、スィーシア・リーンには《ゴットヒルトの双剣》を。

 人間(ヒューマン)の男性、キークス・カドゲウスには『火炎壷』『黒い火炎壷』『雷壷』などを。

 人間(ヒューマン)の女性、ネリー・ウィルズにはいくつかの魔剣を。

 エルフの少女、フィルヴィス・シャリアには――戦闘型(バトルスタイル)が不明なので割愛。

 

 それぞれに合った武器を投げた“灰”は、アスフィ・アル・アンドロメダに地上で買った【万能者(ペルセウス)】印の道具袋(アイテム・セット)を投げた。

 受け取ったアスフィは、自分が作って売った品が奇妙な出戻り方をした感覚に微妙な顔をするが、すぐに必要な物を取り出して装備し、“灰”と向き合う。

 

「…………本当に“灰”、なんですね?」

「私は“灰”だ。問答の時間はない。三度は言わせるなよ」

「……分かりました、信じます。その姿については――追求しないでおきましょうか」

「ああ。そうしてくれ」

 

 苦笑し、空元気の軽口を叩いて、アスフィはまだ困惑している仲間に指示を出す。それを背に、メリル達のところへ戻った“灰”は。

 

「態勢が整うまでそこにいろ」

 

 《メイス》と《ウォーピック》を、ポックとポットの前に置き。

 

「準備が出来たら、共に来い」

 

 凍てついた太陽のような瞳で小人族(かれら)を見て、倒れた大岩を背に半円を描く冒険者達の一角へ向かった。

 引き摺る灰髪を補強したソウルで一気に拾い、纏め上げる。地面につかぬよう足元で一度、後頭部で二度折り畳んだ髪はそれでも長く、先端が足先に優に届く。

 そのまとめた髪を、王冠を半分に切ったような髪飾りで留める。後頭部を覆う髪飾りには白銀の石が嵌め込まれ、灰色の髪に静かに映えていた。

 そして“灰”は、虚空に両手を沈ませる。『特別なソウルの領域』に封じられた『武器』。その内の二振りを、“灰”は下界に顕現させた。

 

 片方は十字槍の原型、戦神の武器。名を抹消された無名の王の《竜狩りの剣槍》。

 片方は十字槍、神代の武器。四騎士の長、オーンスタインの名で知られる《竜狩りの槍》。

 

 その二槍を“暗い魂”より引き出した“灰”は――背中で柄が交差するように左右へ構える。

 

 魔法発動まで、残り1分。

 

 食人花を阻んでいた溶岩溜まりが消え、防衛戦の大詰めが始まった。

 

 

 

 

 雷を纏う槍を振るう。

 火の時代の黎明期。古竜を討ち滅ぼすために振るわれた太陽の光の王グウィンの大槍。それは太陽の光、すなわち雷であり、以降の竜狩りの武器は必ず雷の系譜にある。

 故に打撃の通らない堅い外殻を持つ食人花に対し、“灰”の操る二槍は極めて相性が良く、空を斬る槍の残光すら食人花を両断するに十分な威力があった。

 更に戦技【雷の追撃】と【落雷】。離れた敵にも有効な二つの戦技は『協力者』達への支援にこの上なく最適だ。

 目に見える範囲ならば、《竜狩りの槍》から【雷の追撃】を放てばいい。十字槍の軌道の延長線上に奔る雷撃は何体もの食人花を貫きながら直進する。

 目に見えぬ範囲ならば、《竜狩りの剣槍》を掲げればいい。【落雷】は敵の頭上に激しい雷撃を落とす戦技である故に、見なくともある程度の狙いをつければ十分だ。

 そして負傷者が出れば槍を大地に突き刺し、聖鈴に持ち替え【放つ回復】を投げ、また槍を取ればいい。

 それは冒険者達の戦いをかなりの精度で支えていた。この場で屋台骨になっているのは、間違いなく“灰”だった。

 

「うっそだろー……なんだよあれ」

 

 戦いながらルルネが一言くらいなら無駄口を叩けるほどだ。半円陣形の一角で暴れ回る幼女を誰もが一度は見て驚愕を刻む。

 だが、この場で最も楽をしているのは、他でもない“灰”である。何故ならば幼女は既に、己の許容限界(リソース)を最大まで発揮しているからだ。

 能力を最大限使っているのに楽をしている、のではなく、“灰”は能力を最大限に使ってもこの程度しかできない。一人では決して千を超える食人花の相手など出来ず、数十数百の己を屍に変えて撤退するのがせいぜいだろう。

 だから楽をしているのは“灰”だ。『協力者』がいてこそ幼女は自分の欠点を気にせず戦える。たった一人の旅路に比べれば、この状況のなんと楽な事か。目の前の食人花を削りながら“灰”は魔法発動を待った。

 

 その時、レフィーヤの眼前の地面が裂け、無数の触手が飛び出した。魔力を溜めすぎたレフィーヤは動けない。だから“灰”は《竜狩りの槍》を捨て、《溶鉄剣》を投擲する。

 集中力(フォーカス)を流し込まれた火を吹く《溶鉄剣》は触手より遥かに速く飛来し、地面に刺さると同時に炎を噴き上げ触手を焼き尽くす。

 それを流し目で確認した“灰”は、正面に向き直り、迫る食人花の顎門(あぎと)を見た。

 “灰”は限界までリソースを使っていた。だから一手遅れると、次に対応出来なくなる。レフィーヤを助けた一手は想定外だった。だから“灰”は己を喰らおうとする食人花に対応出来ない。

 だが――そんな事は、何の問題もないのだ。何故なら“灰”は、信頼している。

 『協力者』たちを、“灰”は何よりも信頼している。だから問題はない。

 背中を任せた彼らなら――十分にこの危機から“灰”を救ってくれる。

 

 「させっかよぉ!!」

 「させないわ!!」

 

 躍り出た二つの影、振るわれる二槌が“灰”を喰らわんとした食人花を吹き飛ばした。それを見逃す“灰”ではない。埋まった一手で食人花を斬り裂き、投げ捨てた槍を回収する。

 

「助かった。礼を言う」

「べっ、別に礼なんかいらねぇよ! あんたみたいな何でも出来るヤツからなんてな!」

「そうか」

 

 顔を赤らめて悪態をつくポックに、ポットがクスクスと笑った。“灰”はレフィーヤを確認し、改めて二槍を構える。

 

「もう少しだ、踏ん張るぞ。ポット・パック、ポック・パック。

 背中は任せる。――頼めるか?」

「「――応!」」

 

 平坦な“灰”の言葉に、二人の小人族(パルゥム)は強く応えた。半円を描く冒険者の輪に、三人の小人族(パルゥム)が並び。

 そして数十秒後。レフィーヤの詠唱は完了し、召喚された都市最強の魔道士(リヴェリア・リヨス・アールヴ)の魔法が全ての食人花を焼き尽くした。

 

「……終わりか」

 

 火炎の極柱が立ち昇り、食人花が業火に消えていく。防衛戦を超え、へたり込む冒険者達の中で“灰”だけは変わらず立っていた。視線の先はアイズと赤髪の女(レヴィス)がいる。どうやらアイズの勝利で終わったようだと観察していると――レヴィスはいつかの巨大花と同じように、食料庫(パントリー)大主柱(はしら)を叩き壊した。

 途端、大空洞が悲鳴のような痛哭を上げ、次々と岩が落下してくる。

 

「…………帰るまでが『協力』、だったか? はて、誰の言葉だったかな」

 

 最後の最後にまだ逃走しなければならない事実に、“灰”はふと、そんな言葉を思い出した。

 

 

 

 

「だから情けねえ犬人(いぬ)の手なんざいらねえっつってんだろ! 離しやがれッ」

「あーもーだれか助けてくれーっ! 狼人(ウェアウルフ)の相手はもう嫌だーっ!」

 

 崩れ落ちる食料庫(パントリー)から這う這うの体で脱出した一行は、へとへとになりながらも地上を目指そうとして、早速頓挫していた。

 片足の砕けたベート・ローガが他人(ルルネ)の手を借りる事を拒否したのである。仕方なくアイズが肩を貸そうとした横で、“灰”はベートに『女神の祝福』を投げつけた。

 

「それを飲め、ベート・ローガ」

「アァッ!? しゃしゃり出てくんじゃねえぞ“灰”野郎ッ!」

「もう一度言う。それを飲め。それは致命傷だろうが生きていれば即時に全回復させる、私の持つ物で最も強力な回復薬だ。飲んでさっさと脚を治せ」

「なんで俺がてめえの言う事なんざ聞かなきゃいけねえんだっ!?」

「……私は三度も同じ事は言わん。それを貴公は拒否すると言うのだな」

「そういってんだろーがッ!」

「そうか。よく分かった。仕方あるまい」

 

 面倒そうに息を吐き出す“灰”は、片足が砕けているのに意地で立つベートに接近する。顔を苛立ちで歪める狼人(ウェアウルフ)の足元に来た“灰”は、ベートが反応出来ない速度で襟首を掴み引き寄せた。

 両者の額がぶつかり合い、瞠目するベートの灰色の眼と、暗い銀の半眼が互いを貫く。

 

「私の眼を見ろ、ベート・ローガ。

 私は『協力』をしている。そして『協力者』達は今、何よりも帰還を欲している。傷は私が治したが、気力と体力までが戻るわけではない。だから我々は一刻も早く地上に戻らねばならん。

 だから今の、片脚が砕けた貴公のような、この場で最も遅い足手纏い、喧しいばかりの役立たずにかかずらっている暇などない。

 私の言っている意味が分かるか? ベート・ローガ」

「――あァ、よォく分かったぜ。喧嘩売ってんだなてめえッ……!!」

 

 “灰”の真っ向からの罵倒に青筋を浮かべ、だがベートは獰猛に嗤った。そこにあるのは憤怒であり、また歓喜だ。「今の“灰”」と戦えるのが嬉しくて仕方がないというように毛を逆立て、全身に力を漲らせるベートに――“灰”は密かに発動させた【湖の霧】を吹き掛ける。

 

「なァッ!? てめ、“灰”野郎(やろ)ッ……!?」

 

 ほぼ零距離で濃厚な眠りの霧を浴びせられたベートは、数秒も経たない内に意識を剥ぎ取られ、眠ってしまった。ガクリと脱力して倒れる狼人(ウェアウルフ)を支え、『女神の祝福』を回収した“灰”はぼそりと呟く。

 

「全く、手間のかかる……貴公ほどの異常耐性を抜くのにどれほどの集中力(フォーカス)が必要な事か……」

「何を、したの……?」

「面倒だったので眠らせた。『協力』の自覚が無い者はこれだから困る」

 

 “灰”にしては珍しく感情的になっている光景に――それでも大分薄いので「ぷんすこ」レベルの怒りや苛立ちであるが――アイズが驚いていると、“灰”はベートをお姫様だっこして『女神の祝福』をアイズに投げた。

 

「アイズ、使え。貴公も無傷ではあるまい」

「あ……うん、ありがとう……あの、アスカ」

「何だ?」

「【魔術】、以外にも……魔法、使えたんだね」

「ああ、そうだが」

「気になるな……」

「そうか」

「気になる、な……」

「そうか」

「――教、えて?」

「駄目だ」

 

 素っ気ない拒否にガーン!!! とアイズは大変ショックを受ける。なぜなら少女は昔ロキに教えられた『誰が相手でも絶対胸キュンして何でも話しちゃうポーズ』を実践していたのだ。

 開いた両脚を内側に曲げ片手を膝に置き、お尻を後ろに突き出して前屈みになり、片目をつむりながら唇に指をつけて相手に向けて放すという――俗に言う『投げキッスのポーズ』であったのだが、無表情の上初の実践だったため、何をしているのか分からない奇怪なポーズになっていた。

 悲しい事にこれでもアイズはひどい羞恥に苛まれながら勇気を振り絞った結果であり、秒も待たず袖にされたため心の中で小さな幼女(アイズ)がさめざめと号泣していた。仮面巨人が周りをオロオロしながら何とか慰めようと、そっと匂い立つ何かを取り出そうとした瞬間、突然現れた謎のバケツ頭の太陽の戦士が仮面巨人を彼方までふっ飛ばした。なにこれ。

 順調にソウルが“灰”に毒されている金の少女を放置して、“灰”はアスフィと向き合う。

 

「うるさいのは片付けた。さっさと地上に戻るとしよう。貴公も、この場に長く留まるのは得策でないと考えているだろう? アスフィ・アル・アンドロメダ」

「え、ええ、それはそうなのですが……あの、“灰”?」

「何だ?」

「その、【凶狼(ヴァナルガンド)】をそのように抱えるのは、止めておいた方が……」

「ふむ……確かに、他派閥の私がこうするべきではないか。アイズ、済まないがベート・ローガを私と同じやり方で――」

「いやそのままで行きましょう! さあ皆、移動の準備はいいですね!? 急ぎ出発しますよ!」

 

 幼女にお姫様だっこされる【凶狼(ヴァナルガンド)】と【剣姫】にお姫様だっこされる【凶狼(ヴァナルガンド)】を想像して、アスフィはまだ前者の方が狼人(ウェアウルフ)の矜持を傷つけないと断定した。

 正直どちらもアウトだと思うが、もはや何も言うまい。親切心から“灰”に申し出たアスフィは、どうかこの凄まじくシュールな光景が【凶狼(ヴァナルガンド)】に知られませんように、と――主神が居たなら『あちゃー、すごいフラグ建てちゃったねー』と言いそうな事を願った。

 

「な、なあ、“灰”」

「何だ、ルルネ・ルーイ」

「あんた、本当に“灰”、何だよな?」

「そう言っているだろう」

「――いやいやいやいやおかしいだろっ!? あんた私の二倍はあったじゃんか! 身長(スケール)違いすぎだろっ!」

「私のような小人は、時に自らを大きく見せたがるものだ。そも、あれは変装だと言っただろう。疑問はそれで解決しないか?」

「いやだからっ、あのバカデカい仮面鎧とあんたが結びつかないんだってば! そりゃあんな自信満々に変装って言い切るワケだよ! もう訳分かんなくて頭がこんがらがってきたぞ!?

 はぁー……なんか今日は冒険者依頼(クエスト)以上に“灰”に振り回された気分だ……」

「おいおい、気持ちは分かるがそう言うもんじゃないぞ、ルルネ。何せ某は直接命を助けられたからな! 色々とわだかまりはあるが、感謝の念が一番強い。

 “灰”よ、貴殿のおかげでこうして生き延びられた。ありがとうよ。ところで、貴殿は美しいな……詩歌(ウタ)、作っていい?」

「礼は受け取ろう。詩歌(ウタ)は駄目だと言った筈だ」

「そりゃ残念」

「クスクス。ホセったら、美人を見かけたらいっつもそうなんだから。貴方のそういうとこ、酒場の給仕(ウエイトレス)さんに結構白い目で見られてるわよ?」

「マジで!?」

「あーあ、ポットがホセ以外知ってて言わなかった事言っちまいやがった」

「しょうがないでしょ。私だって“灰”に言いたい事あるんだから。

 ありがとうございます、“灰”。こうしてみんなと一緒にいられるのも、貴方が助けてくれたからです。本当に、本当にありがとう」

「…………」

「こら、ポック! 貴方もちゃんとお礼を言うの!」

「痛ててっ!? 耳ひっぱんなよ姉ちゃん!

 ……あー、その、なんだ……こっ、これは借りだからな! いつかぜってー返すから、逃げんじゃねーぞ!?」

「おいポック、礼になっていないぞ」

「いや、こいつはひょっとして……惚れたか? ポック!」

「え!? なになに、詳しく聞かせて頂戴な!」

「ばっっ!? ち、ちげーよ!? 変な勘違いすんじゃねーぞてめーらっ!?」

「隠さなくて良いでしょう!? どこ!? どこに惚れちゃったの!?」

(ちげ)えっつってんだろおおおおおおおおっっ!?」

「……礼は受け取るが……訳の分からない事で盛り上がるな、貴公らは」

「すみません、“灰”。皆無事に帰れて嬉しいようなので……どうかご容赦下さい」

 

 移動中、そんな一幕を挟みながら。

 激戦を潜り抜け疲れ切った彼らは、『大樹の迷宮』を抜け18階層に辿り着き、『リヴィラの街』に入る前に別れる事にした。

 

「貴公らの荷物を出来るだけ拾っておいた。返しておく」

「あの状況でそんな事までしてたのですか!? いえ、回収して頂けたのは感謝しますが……我々も武器を――」

「無手で地上に戻るつもりか? 元よりくれてやるつもりで渡した物だ。返す必要はない」

「……何から何までありがとうございます」

「気にするな。『協力者』は出来る限りの努力を払い生かすと私は決めている。それだけの事だ」

 

 『器』からソウルを呼び出し、積み上がった荷物に【ヘルメス・ファミリア】の面々はどよめいた。そして“灰”は抱えていたベートをアイズに押し付け――結局幼女と【剣姫】二人にお姫様抱っこされる【凶狼(ヴァナルガンド)】であった――高く飛び、またたく間に見慣れた4(メドル)の仮面巨人に変貌した事に面食らう。

 

「それでは、私はこれで失礼させて貰おう。貴公らは良い『協力者』だった。感謝する」

「それはこちらの台詞なのですが……野暮ですね。こちらこそ改めてお礼を言わせてください。今回は本当に助けられました。皆を代表して、貴方に精一杯の感謝を捧げます」

「受け取っておこう。ではな」

 

 “灰”は変化なくそう言って、がしゃりがしゃりと鎧を鳴らしながら去っていった。

 見送った【ヘルメス・ファミリア】は、アイズ達とも別れ『リヴィラの街』に入る。“灰”が回収した荷物からフードを取り出し、一行は『黄金の穴熊亭』を目指した。

 

「今回はマジでしんどかったなー」

「全くだ。ルルネ、これに懲りたら金につられて変な依頼受けるんじゃないぞ?」

「分かった、分かったよ! もー懲りた! こんなんじゃ命がいくつあっても足りないって!」

「んな事言って、どーせまた大金積まれたらコロッと転がりそーだぜ」

「本当にそうなりそうな事言うなよキークス!」

「みんな元気ね……私は早く地上に帰ってお風呂に入りたいわ」

「同感。こんなボロボロになっちゃったし……明日一日は優雅にお休みしなきゃ割に合わないわね」

「そうね。みーんな装備なくしちゃったもの。きっと明日は【ファミリア】の金庫が火の車ね」

「姉ちゃん、今そんな事言うの止めろよ。アスフィが頭抱えてんぞ。……つーか装備で思い出したんだけどよ、この武器、結構な業物じゃね?」

「ポックもそう思うか。俺の見立てだと第二等級武装、それも上位に位置する性能だぞ」

「マジかよ。そんな物ポンと渡すって……本当に何なんだろうな、“灰”は」

「お、恋煩いか? 惚れた女が気になるか?」

「違えっつってんだろっっ!!」

「まあまあ、そういう面倒な事は後で考えようじゃないか。せっかく皆で戻ってこれたんだ、まずはそれを祝おうぜ? 『黄金の穴熊亭』についた事だしさ」

「某も賛成だ。――店主! 取っといた酒、出してくれ! きっちり15人分だ!」

「メリル、全部飲まなくても大丈夫だからね?」

「わ、分かってるよ!」

「全員行き渡ったかー? さ、アスフィさんもどうぞ!」

「ありがとうございます、キークス。それでは、全員生きて帰れた事を祝して――乾杯!」

『乾杯!!』

 

 『黄金の穴熊亭』にガラスのぶつかる音が連鎖する。

 彼らが験を担いだ酒は残った半分が注がれ、空の瓶が黄水晶の輝きを反射していた。

 

 

 

 

「……“灰”、ご苦労だった」

「ああ。フェルズはどこだ?」

「ここにいる。成果はあったか?」

「これだ。受け取れ」

「『宝玉』……! 【泥犬(マドル)】の報告では、奪われたと聞いていたが」

「あれは贋物だ。『誘い頭蓋』に【擬態】をかけたものを分かりやすく袋に吊るしておいた。

 期待はしていなかったがな。どうやら贋物を掴まされた事か、蟲にたかられた苛立ちのせいか、気付いたその場で叩き壊してくれたらしい。

 おかげで敵の足取りを、ソウルの残り香で感知できた。

 少なくとも私が戦った敵は――18階層の()()に逃げていた」

「18階層の、外側……? ――まさか!?」

「ダンジョンのもう一つの『出入り口』……私の感覚が正しければ、これは相当に根が深いぞ」

「なんて事だ……想像すらも出来ない何かがあるというのか……?

 闇派閥(イヴィルス)の残党の事もある。対策を考えなくては……」

「ああ、それなんだがな。闇派閥(イヴィルス)の死兵、残党どもの主神は既に把握している。――タナトスだ」

「何だって!? いや、何故分かる!?」

「殺せば分かる。ソウルはそれに応じた多くの事を、私に教えてくれる」

「そ、それは……!?」

「――むう」

 

 四炬(よんきょ)の松明が燃える『祈祷の間』。

 老神の見下ろす愚者の前で、不死は己の手に、ソウルの光を揺らめかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーフレイム

ロンドール黒教会が追放者に贈る直剣

剣でありながら魔法の触媒となる

 

かつて死の冒涜者たちが用いた直剣であり

黒教会では皮肉と嘲笑の意味合いを持つ

 

不死こそを人とするロンドールを追われ

亡者に無縁の死にすら許されない

追放者に相応しい、呪われた象徴だ

 

戦技は「高速詠唱」

攻撃と同時に魔術を使用する

高い技量を求められる技であり

半可な魔術師では扱えもしないだろう

 

 

 

 

小王の大剣

深淵に堕落した四人の公王の剣

刀身は闇に蝕まれ、ひどく朽ち果て歪んでいる

 

かつて小ロンドの偉大な指導者であった公王たちは

出っ歯の蛇に唆され、人知れぬ深淵を覗き込んだ

自らの愚かさを悟った彼らは抗ったが

誘いに敗れ、ダークレイスの始祖となった

 

密やかに広がり続ける闇の中で

公王たちは、何に見えたのだろうか

 

戦技は「闇の追撃」

構えからの通常攻撃で、追尾する闇の破片を放ち

強攻撃で目標を執拗に追う闇の刃を撃つ

 

 

 

 

噴火

混沌の魔女クラーグの呪術

炎を蓄え、強い衝撃波として解き放つ

 

硬い外殻と棘の半身から放たれる炎は

彼女が失った炎の魔術を模している

 

それは混沌に消えたかつてへの懐郷か

あるいは怒りだったのか

それを知る者は、もういない

 

 

 

叫ぶ混沌

デーモンの王子が最後に灯した炎

咆哮をあげ、混沌の熱線を放つ呪術

 

混沌の炎は岩を溶かし

熱線跡には一時的溶岩溜りが生まれる

 

デーモンにとって、それは弔いの咆哮だった

 

 

 

 

湖の霧

故も知らぬ古い時代

混沌の炎の熾る、その前からあった呪術

深い眠りの霧を発生させる

 

古くより眠りとは断絶の湖であり

古竜のみが知る永遠の業であった

 

やがて火の時代が訪れ

古竜の生き残りの一つがこの呪術を扱い

一度を神に、二度を自らに振るったという

 

 

 

輝く闇の奔流

輪の都の放浪者、吹き溜まりのギリアの闇術

闇喰らいの息、人間性のブレスを放つ

 

闇術の祖とされるギリアは放浪の末

闇の魂の封じられた地、輪の都に辿り着いた

そして闇喰らいに見え、深淵の禁忌に触れたのだ

 

 

 

 

イヴィルスのソウル

闇派閥、イヴィルスの眷族のソウル

 

死の神タナトスの眷族である彼らは

死後の進路を約束された死兵である

愛する者との再会を願い、死の神に殉じ

だが魂は、天に還らなかった

 

これはもはや、ただの主なきソウルだ

神に託すこともできるが

使用すればソウルを得られるだろう




【悲報】仮面巨人、無事アイズの心の中に取り憑く【もう滅茶苦茶】
アイズの心の中とかいうギャグ空間なら何をしてもいいという風潮。やったね“灰”ちゃん、仮面巨人(かぞく)が増えるよ!
これでもうギャグシーンでアイズが出るだけでダクソ要素は補充できますね。

今回のお話書いててなーんか今までと毛色違うなーと思ったんですが、よくよく考えてみれば幼女がまともに戦ったのってこれが初めてだったよ……
主人公最強タグ、ダクソとダンまちのクロスでよくもまあ20万字も戦わない話を延々続けたなと思いました。なんか読者の皆様に申し訳なくなった。色々詐欺った気分がします。でもここまで見てくれてありがとう!
作者的にもフラストレーション溜まってたんでしょうね。今回めっちゃ暴れさせたので心置きなく戦わない話をこれからも書いていけそうです。

あとせっかくだからテキスト書いて色々使わせました。こんな心境で作ったんだよーと報告したいのですが、全部書くと後書きが大変になるので一部だけ。

ぶるーふれいむ君
ダクソ2屈指のイケメン武器。3でリストラされて多くのプレイヤーが涙したとかなんとか。闇朧がロンドールのユリアの手にあるのでその辺りでテキストの整合性つなげて登場させました。本音を言うと【高速詠唱】とかいうオリジナルのロマン戦技を使わせたかっただけ。斬ると同時に魔法使いたいんだよ! かっこいいだろ!

【叫ぶ混沌】
初期案は放つ混沌だったやつ。叫ぶの方がそれっぽかったので変更。
テキストの通りデーモンの王子のビームが元ネタですが、これ考えた時幼女が口からビーム吐く絵面想像して「これもうシュールギャグだよな」って思ったけど、そのシュールさが極めてダクソらしかったので採用。かっこいいのか面白いのか時々分からないのがダクソだと思ってます。

まあこんなもんかな。他に知りたければ感想で聞いてくれれば書く……書く……大丈夫だよな? 規約に引っかかったりしないよな? まあ皆さん作者の所感とか興味ないと思うのでなにかフロム脳の糧になってくれればありがたいです。どうしてもという人だけ聞いて下さい。

次回はナオキです。一月後くらいだと思います。作者的スーパーハイペースで書いてもう疲れたんや……ゆるして。

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