ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

7 / 22
読者の皆様に謝罪する事があります。

私はダクソ信者を自認していました。ダクソの用語ならまず間違わないと自惚れていました。
ふと3話を読み返すと、地下水路から帰る時【帰路】という帰還の奇跡を使っていました。

……………………。

はい。正しくは【家路】ですね。ダクソ信者失格です。
こんなクソザコ知識でダクソ信者名乗って本当に申し訳ありませんでした。




ほんとうはだれもきづいてないんじゃないかとおもいました。まる。


外伝三巻分
(けだ)し仮面は徒し世の仇


 始まりは、ウラノスから与えられた使命だった。

 24階層にて突如発生した大量のモンスター。通常を遥かに超える怪物の行進に、階層適正レベルのパーティが次々に襲われ、大きな被害が出た。

 そうなれば当然ギルドの耳にも届く。ほんの数日で十に届く冒険者依頼(クエスト)が被害に遭った冒険者から叩きつけられ、職員も本腰を上げて上層部(うえ)に知らせるべきかと動き出した。

 その報連相の隙間を縫うようにフェルズは依頼の羊皮紙を回収し、数週間前の『30階層の事例』との類似性を確認。速やかにこれを鎮圧すべく、“灰”に使命が与えられた。

 使命の内容は以下の通りである。

 

 24階層のモンスターの大量発生の原因調査、および鎮圧。

 そして可能ならば、敵の正体を暴く鍵になる情報の回収。

 

 “灰”は正直乗り気ではなかったが、使命を欲したのは己だ。大人しく従い、迅速に解決するために即日で動く事にする。

 それはリリルカ・アーデを巡る悪意を排除した、翌日の事であった。

 

 

 

 

 ダンジョン18階層は『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれている。

 モンスターの産まれない安全階層(セーフティポイント)。大自然と清水、天井を満たす水晶の輝きが擬似的な青空を形作る。階層の中心には青い湖が広がっており、島と見紛(みまご)うほど大きな岩が鎮座していた。

 大きな岩――島に(そび)える巨大樹が見事な自然の緑を湛える。ダンジョンでありながら世界有数の景観を誇るこの場所は、冒険者たちの数少ない休息の地だ。

 そしてまた、冒険者である彼らにのみ許された、まさしく迷宮の楽園でもあった。

 

 そんなダンジョン18階層に一人の少女が降りてくる。

 清涼な風の中を滑らかに流れる金髪、主神の趣味が如実に現れた銀の装甲と蒼色の軽装。腰に佩いた《デスペレート》が少女の正体を表している。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。迷宮都市オラリオで第一級冒険者に数えられる人間(ヒューマン)の少女は――やたら嬉しそうな空気をふりまいて『リヴィラの街』に向かっていた。

 

(……ベルとのお話、楽しみだな……)

 

 本人はキリッと表情を整えているつもりだが、緩んだ目元や綻んだ唇が発する空気は誤魔化せない。アイズはほんの少し前、ダンジョンで交わした『約束』を思い返し、心の中の小さな幼女(アイズ)が足元で何度もバンザイをしていた。

 それは念願の(ペット)をようやく捕まえる事の出来た、無垢な少女の喜びだった。

 

(……っと、いけない。これから冒険者依頼(クエスト)だから、しっかり気を引き締めないと)

 

 ふるふると首を振ってアイズは目的地に急ぐ。冒険者たちが運営する『リヴィラの街』、その入り組んだ街中で目立たない場所にある『黄金(こがね)穴蔵亭(あなぐらてい)』を、やや迷いながらも少女は無事に探し当てる。

 長年この街を利用しているアイズだが、こんな酒場があるとは知らなかった。ダンジョンの構造を利用した酒場の内装に感心しつつ、少女は足を踏み入れる。

 そこで見知った犬人(シアンスロープ)の少女に出会い――『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』の合言葉で、彼女を含めた店内の冒険者全てが、今回の冒険者依頼(クエスト)の『協力者』だと知ったのだった。

 

 アイズが受けた依頼は『24階層のモンスター大量発生の調査』だ。

 目的地は食料庫(パントリー)。『協力者』である【ヘルメス・ファミリア】団長、アスフィ・アル・アンドロメダと依頼内容を照らし合わせたアイズは、臨時パーティを組む上での最低限の情報交換を行った。

 その後『リヴィラの街』で必要な物資を補給すべく一行が動こうとした所で、犬人(シアンスロープ)の少女――ルルネ・ルーイが待ったをかける。

 

「ちょっと待った。【剣姫】、あんたは二人連れじゃないのか?」

「……? いえ、一人で来ましたけど……」

「おっかしいなぁ〜……黒ローブのやつは援軍は()()って言ってたんだけど……」

「二人? それは確かなのですか、ルルネ」

「間違いないよ。援軍は二人って確かに言ってたんだ」

 

 ルルネの断言にアスフィは銀製の眼鏡の奥で黙考する。水色(アクアブルー)に近い碧眼が僅かに動き、すぐに答えを弾き出した。

 

冒険者依頼(クエスト)の内容を鑑みれば、あまり悠長に時間を使っていられません。一度補給(かいだし)に向かい、終わった後またここに戻りましょう。それでもいなければ我々だけで出発します」

「いいのか? アスフィ」

「正直【剣姫】がいるだけで援軍としては十分心強いです。もう一人の方には悪いですが、【剣姫】以上の戦力が来るとは思えません。

 店主に書き置きを預けて渡して貰えば、十分な実力を持つ冒険者であれば先行する我々に追いつける筈です。むしろそのくらいでなければ、居たところで大した戦力にはならないでしょう」

「うっわ〜、シビアだなぁ……でもまあ、私はアスフィに賛成。【剣姫】はどう?」

「えっと、私は……」

 

 自分以外の援軍について聞いたばかりのアイズはそっと周囲を見渡す。臨時パーティである【ヘルメス・ファミリア】の面々も団長(アスフィ)の意向に同意のようだ。

 ならば自分が強く反対する理由もないと、アイズが肯定の返事をしようとした――その時。

 

 がしゃり、と。店の入口から、金属の軋む音が響いた。

 

 瞬間、【ヘルメス・ファミリア】は一斉に酒宴を楽しむ冒険者の演技をする。来た時とそっくりそのまま同じ光景にアイズが面食らっていると、ルルネが「【剣姫】はこっち!」とカウンター席へ引っ張ってくれた。

 がしゃり、がしゃり。『黄金の穴蔵亭』へ降りる階段から金属の軋む音が断続する。演技をしつつ店内の視線が入り口に集中し――アイズの大根役者っぷりにルルネが慌てつつも――()()()()()()()()()()()、金属音の正体が現れる。

 

 それは、並の冒険者より段違いに巨大な――異様な仮面を被った全身鎧だった。

 

 まず目につくのはそのデカさだ。3M(メドル)、いや4M(メドル)はあろうかという巨体。一般に大男と呼ばれる域を完全に逸脱した異常な身長は、その巨躯に相応しい重厚な鎧で覆われている。

 見るからに分厚い古い黄銅の鎧。隙間なく全身を固め、胸部と背部には白色の布が掛けられている。装飾はなく、重厚な防御力だけを追求した全身鎧は、大抵の武器では凹みすらつけられないのではと思わせる威容を誇っている。

 そして何より不気味なのが頭部の異様な仮面だ。誰が作ったかも分からない異質な仮面、それが()()ではなく()()も頭に張り付いている。

 正面の仮面は雄々しい父を模したものだろうか。髭やもみあげ、巻き上がった髪が歪んだ形で彫られている。どこか笑っているような相貌がおどろおどろしい雰囲気を醸している。

 左側頭部の仮面は優しい母なのだろうか。装飾冠(ティアラ)のような白い冠と女性を歪に描いた彫刻。先の仮面よりはまだマシだが、薄気味悪さは変わりない。

 右側頭部の仮面は初々しい子を表しているのだろうか。正面の仮面に似た髪がそれ以上に強調されている。目と口と思しき三つの穴はひび割れ、ぽっかりと空いた黒色が不可解な感情を逆立てた。

 

 4M(メドル)の巨躯、全身鎧、極めつけは三つの仮面。およそまともではない出で立ちに店内の空気が凍りつく。

 それを踏み砕くように全身鎧は歩を進めた。がしゃり、がしゃり。(いかめ)しい金属がぶつかり合い、重低音が木霊(こだま)する。

 静まり返った店内。凝集する視線。誰もが(それ)を冒険者でなく異物として扱っている。

 だが止まらぬ4(メドル)の巨人は、がしゃり――と。店の中心に全身鎧は直立し、周囲を見渡す。警戒態勢を取る店中の視線を一身に受け――【さあ、どうした!】と言わんばかりに、両手を広げ前に出た。

 

「「……………………」」

 

 完璧な静寂が、店内を包んだ。

 

((…………な、何だこいつ(何この人)っ……!?))

 

 【ヘルメス・ファミリア】と【剣姫】の心中が一致した瞬間である。皆が皆唖然とした表情で謎の全身鎧を凝視していた。

 それが見えている筈なのに一言も発せず、両手を広げた全身鎧は数秒で元の立ち位置に戻る。そして【天を仰ぐ】大げさな動きで額を押さえ、何の反応(リアクション)も示さない彼らに【呆れる】ように両手を横に胸を張った。ご丁寧に小さく首を振り、ため息が聞こえてきそうな迫真振りだ。

 

((こいつぶっ殺してえ……!?))

 

 妙に神経を逆撫でる一連の行動(ジェスチャー)に幾人かが殺意を抱いた。致し方ない話だろう。既に得物に手をかけている者もいる。

 それを見てか、行動(ジェスチャー)を終えた全身鎧は居住まいを正してゆっくりと再び首を回す。今度は店内の全ての人物を一人一人観察するように顔を動かして――ひどくくぐもった、低音の声が、鎧の隙間から零れ落ちた。

 

「『我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う。

      知らぬ者よ――――かねて血を恐れたまえ』」

「ううぇえっ!?」

 

 朗々と(うた)うようだがボケた低音。それに著しく反応したのはルルネ・ルーイだった。アイズが合言葉を言った時と同じように椅子から転げ落ち、あわあわと塞がらない口から悲鳴のような答えを叫ぶ。

 

「あ、ああ、あんたがもう一人の援軍かよぉっ!?」

「その通りだ。それで、貴公らが今回の冒険者依頼(クエスト)の『協力者』か?」

「……ええ、どうやらそのようです」

 

 頭が痛い、そんな表情でアスフィは椅子から立ち上がる。正直こんな得体の知れない人物を援軍として送られても……と、疲れ切った心情が滲む顔で、彼女はパーティの代表として挨拶を交わす。

 

「……私はアスフィ・アル・アンドロメダです。あちらの【剣姫】を除いた14名が私と同じ【ヘルメス・ファミリア】となっています。

 それぞれの情報共有は後ほどするとして、まずは貴方の名前と所属を伺ってもよろしいですか?」

 

 まずは素性を確かめるのが先決だ。色々と言いたい事を飲み込んでアスフィは全身鎧を注視した。装備から戦闘スタイルを推測するためだが……どこを見ても装甲ばかりで武器が一つも見当たらない。道具(アイテム)を収納するバックパックや(ホルスター)さえもだ。

 本当に大丈夫なんだろうか。というかこれは何なんだろうか。特大の不安を抱くアスフィを他所に、全身鎧はこれといった逡巡をせずあっさり答えた。

 

 この世界にたどり着いてから、今日まで繰り返した。変わらぬ言葉を、古鐘の声で。

 

「名前はない。ただ“灰”と呼ばれている」

 

 その瞬間、最も強い反応を示したアイズを鎧の内側で眺めながら。

 “灰”は『協力者』達を、暗い瞳で見続けていた。

 

 

 

 

 熊を象った獣のモンスター、『バグベアー』が必死に逃げる。

 背後には炎、迫り来る火勢。共に冒険者を襲ったモンスター達は火の舌に舐められ焼かれていく。

 もはや趨勢は決していた。モンスター側に勝利はない。それを本能で悟った熊獣は巨体に見合わぬ俊敏さで逃亡する。

 しかし、それは叶わない。バグベアーには既に対峙した冒険者達の仕掛けにかかっている。全身の体毛を浸す液体。それが僅かに炎に触れ――バグベアーは炎上し、間もなく動かなくなった。

 

 信頼と結束から生まれる素早い連携。編成(パーティ)の役割を全うする個々の実力。そして素早く的確な指示を出す指揮官(ブレイン)

 

「素晴らしい。やはり協力とは良いものだ。『協力者』は優秀であるほどありがたい」

 

 全身鎧を纏う4M(メドル)の巨人――“灰”は手放しの賞賛を【ヘルメス・ファミリア】に贈った。ひどくくぐもった音声は平時の彼女よりずっと低く、正体を知らなければ男のそれと勘違うほどの低音だ。

 

「うん……強い」

 

 記憶にある“灰”の姿と落差が激し過ぎる隣の全身鎧に戸惑いつつ、アイズも同じような感想を述べる。あまり口が上手くない少女は頭の中で評価を並べ、主力を除いた【ロキ・ファミリア】の中堅と同等かそれ以上と結論付けた。

 特に気になったアスフィについてアイズはこっそりルルネに尋ねる。「Lv.(レベル)は?」と聞いて「Lv.(レベル)4だよ」とあっさり返していたのを“灰”は当然耳にしていた。

 魔石とドロップアイテムを回収した一行は道中の小空間(ルーム)休息(レスト)を取る。【ヘルメス・ファミリア】の面々が軽い食事をしながら談笑する横で、アイズ、ルルネ、“灰”の三名は微妙な雰囲気で円を作っていた。

 

「……うー、なんで私は“灰”(こいつ)なんかと一緒に飯食ってんだ……」

 

 気まずい空気の中もそもそと携行食を食べるルルネは耳を垂らして愚痴る。「【剣姫】が“灰”と一緒にいるからだけどさぁ……」と呟く犬人(シアンスロープ)の少女は、さっきから気になっていた事を思い切って言葉にした。

 

「ていうか“灰”さぁ、あんたは飯食べないのか? さっきから無言で座ってばっかりで全然食べてないじゃないか」

「私に食事は不要だ。食う事はできるが、あえて物資を浪費する意味はない」

「はぁ? なんだよそりゃ。何言ってるか分かんないけど、冒険者依頼(クエスト)中に倒れられたら困るのはこっちなんだぜ? あんたの事知ってる奴がここには居ないんだ。悪気があって言うわけじゃないけど、ちょっと信用できないんだよ……」

「……あ。私、アスカの事……知ってる、よ?」

「へー、【剣姫】は知ってんのかー……って、ええ!? マジでっ!? なんで早く言わないんだよ!」

 

 いつもよりまずく感じる食事を進めていたルルネはアイズの何気ない一言に仰天する。思わず携行食を放り出す勢いで問い詰める犬人(シアンスロープ)にアイズは少しそわそわしながら謝った。

 

「ごめんなさい……私の知ってるアスカと、見た目が全然違ったから……」

「見た目が違う? それってどういう――」

「私から説明しよう」

「うわあぁぁあっ!?」

 

 音もなく接近した“灰”にルルネは大層ビビり散らす。何せ相手は4M(メドル)、平均的な少女の身長しかないルルネからすれば二倍以上デカい相手だ。それが鼻先に顔を近づけて見下ろしてくるのだから堪らない。

 

「ビ、ビビらすなよっ!? 心臓止まるかと思っただろっ!」

「済まない。だが、私のこの姿には理由がある。アイズに話させる訳にはいかなくてな」

「理由……? アスカ、それって……?」

「端的に言えば、変装だ。中層以降での活動が露見するのは困る。だからこのように変装している」

「そうなんだ……じゃあ、アスカの見た目、言わない方がいい?」

「ああ。そうしてくれると助かる」

「……なんだかよく分からないけど、変装ってのは一応分かった。でもそんな目立っていいのか? 私なら一度見たら絶対忘れないぞ?」

「この姿が目立つ分には構わん。これと普段の私を結び付けられる者など、よほど頭の切れる者しかいないだろう」

 

 元の位置に戻って片膝で座る“灰”にアイズはこっくりと頷く。「ほんとかよ……」と納得いかない表情を浮かべるルルネだったが、不意に現れたアスフィから送られる「静かにしなさい!」という視線に気付き、慌てて縮こまった。

 「全く……」と小さく息をつくアスフィは、アイズの側まで近寄って話を切り出す。

 

 今回の依頼、『24階層のモンスター大量発生の調査』。その危険性はどれほどと予想されるか、率直な意見をアスフィは求めた。

 間を置いて、アイズは危険だと肯定する。第一級冒険者の【剣姫】の判断にアスフィは空を仰いだ。足元でこの依頼を呼び寄せてしまったルルネはやりきれない思いを顔に刻む。それをパーティとは長所も短所も、失敗も成功も分かち合うものだとアスフィはフォローした。

 「先程の戦闘はいい動きでしたよ」と、何てことのないように言うアスフィにルルネは照れくさそうに髪を掻く。そんな彼らの事など関係ないとでもいうように、“灰”は前触れなく、くぐもった低音を鎧から落とした。

 

「私は今回の依頼が二度目になる。以前にも酷似した冒険者依頼(クエスト)を経験した」

「……“灰”、それは本当ですか?」

 

 周囲が軽く目を瞠る中、アスフィはすぐさま鋭い目に切り替えて尋ねた。

 総勢17人のパーティを預かる身として情報は可能な限り集めておきたい。同時にこの得体の知れない人物について見極めるつもりで彼女は一挙一動を観察する。

 それに気付きながらも“灰”は相手にせず、起伏のない結果報告を伝達した。

 

「三週間前、30階層でモンスターが大量発生する異常事態(イレギュラー)が起こった」

「……初耳ですね」

「『下層』の話だ。噂になるほど多くの冒険者が辿り着ける領域ではなく、また私を含めた『協力者』が数日の内に鎮圧した。おそらくはそのためだろう。

 当時我々は正規ルートを席巻していたモンスターの大軍を駆除した。だが異常事態(イレギュラー)は治まらず、手当たり次第にモンスターを駆逐した結果、異変の原因が食料庫(パントリー)である事を突き止めた。

 これはあの黒衣にも伝えてある」

「……続きを」

食料庫(パントリー)に続く(ルート)は正体不明の緑色の生きた肉の壁によって塞がれていた。これによりモンスターは食料庫(パントリー)に立ち入る事が出来ず、別の食料庫(パントリー)に向かわざるを得なかった。

 つまりこの一件はモンスターの大量発生ではなく、大移動。食料庫(パントリー)を目指す一群がいくつかの正規ルートに進出したと考えられる」

 

 いつの間にか“灰”の声以外、立ち上ぼる音はない。アスフィ達のみならず、周囲で休息(レスト)を取っていた【ヘルメス・ファミリア】の面々も真剣に聞き耳を立てている。

 

「我々は肉壁を破り、食料庫(パントリー)への(ルート)に侵入した。内部は通路を覆うように緑色の肉壁が蔓延(はびこ)り、血に似た発光を繰り返し、腐乱した甘い死臭がそこかしこから漂っていた。

 そして注目すべきは、そこで『新種のモンスター』が大量に襲いかかってきた事だ」

「新種のモンスター……? それってもしかして『リヴィラの街』を襲った蛇みたいな奴か!?」

「知っているのか、ルルネ・ルーイ。ならば話は早い。そうだ、怪物祭(モンスターフィリア)にも現れた食人花のモンスターだ。戦闘を通して得た情報はここで話しておこう」

 

 “灰”は確信した情報を一つ一つ述べる。

 食人花のモンスターは打撃に強く、斬撃に弱い。

 性質としては植物に近く、炎属性が有効である。

 魔力に釣られる習性があり、率先して詠唱中の魔道士を狙う。

 他のモンスターを襲い、魔石を食う場面も確認された。おそらく全てが生まれついての『強化種』である。

 最後の情報は特にパーティの面々を驚かせた。周囲からどよめきが聞こえてくる。それをアスフィが片手で制し、“灰”は報告を続行する。

 

「絶え間なく襲いかかるモンスターを倒しながら食料庫(パントリー)に辿り着いた我々が見たものは、モンスターの液体(しょくりょう)を生む赤水晶の大主柱(はしら)に絡みつく――全長三十(メドル)に及ぶ巨大な食人花のモンスターだった」

「三十(メドル)!? おいそれってっ!?」

「大きさだけで言えば『階層主』(クラス)だな。最も、実際の強さはそこまでではない。ただ巨体であるだけで、十分厄介ではあるのだが。

 その巨大な食人花(モンスター)は三体いたのだが、我々の侵入と同時に三体全てと大量の新種のモンスターが襲いかかってきた。我々は分担して対処し、三体のうち二体を撃破したのだが……残る一体が何を思ってか大主柱に突撃してな。

 大主柱を失い、食料庫(パントリー)は崩壊。我々は辛くも逃げ延び、それで依頼は終わったわけだ」

 

 “灰”が話し終えると、暫しの沈黙が場を支配した。【ヘルメス・ファミリア】はこれから赴くであろう修羅場を想像し、一様に顔を固くする。

 アイズもまた凛とした真剣な表情で考えられる危険を想定していたが――ふと『リヴィラの街』の事件を思い出し、それをそのまま“灰”に尋ねる。

 

「アスカ……ハシャーナさんって、知ってる?」

「ハシャーナ? いや、知らないが……聞いた事はあるな。確か、【ガネーシャ・ファミリア】のLv.(レベル)4。【剛拳闘士】ハシャーナ・ドルリア。第二級冒険者と記憶している。それがどうかしたのか?」

「その人、30階層で……その、『緑の宝玉』を回収する依頼を受けてた、みたいなんだけど……ひょっとして、アスカも同じ依頼を受けてたの?」

 

 期せずして落とされた質問に、特にアスフィが耳をそばだてた。事件に巻き込まれたルルネも目を見開いて“灰”を見る。

 だが“灰”は、即座にそれを否定した。

 

「いや、ハシャーナ・ドルリアは『協力者』ではない。前回の『協力者』は訳あって明かせないが、ハシャーナ・ドルリアは参加していなかった。それはおそらく別件だろう」

「……貴方にとってはそうだとしても、黒ローブなる人物にとってそれらの依頼は繋がっている筈です。

 ――貴方の語った事が、全て真実だった場合の話ですが」

 

 水色(アクアブルー)に一房の白が混じった髪を艷やかに踊らせる美女、アスフィ・アル・アンドロメダは眼鏡の奥に半眼を形作る。その瞳は酷薄に全身鎧を捉えていた。

 

「“灰”、率直に言って私は貴方が信用できません。Lv.(レベル)1などと嘯き、武器は何でも扱うと豪語、【ヘスティア・ファミリア】なる聞いた事のない新興【ファミリア】に所属している事も貴方への不信に拍車を掛けます。

 客観的に言って貴方は怪しすぎる。黒ローブなる人物の仲間ではないかと私は疑っています。【剣姫】とは知己のようですが、それだけではとても信用には足りません」

「お、おい、アスフィ。何もそこまで言わなくても……」

「私はパーティを預かる身です。不確定要素を安易に受け入れて、みすみす犠牲を出すような事はあってはなりません。皆を守るために――必要があれば、私は貴方を『排除』します」

 

 おずおずと止めるルルネの声に被せるようにアスフィは断言した。それは【ヘルメス・ファミリア】を預かる団長として、臨時パーティの命の責任を負うリーダーとしての覚悟の現れだ。それが見て取れたから、ルルネは何も言えなくなる。

 そして“灰”は、平然と。アスフィの言葉を肯定する。

 

「ああ、それで構わない。『協力者』として私を無用と判断すれば、『送還』もまた一つの手だ。それは貴公の権利であり、義務である。

 ――要は、私に実力を示せと言いたいのだろう? 最低限の信用を、勝ち得るだけの力を」

「……ええ、その通りです。私達を信用させてみせて下さい、“灰”」

 

 アスフィの視線が《父の仮面》とぶつかり合う。第二級冒険者の風格を見せつける【万能者(ペルセウス)】と、不気味な仮面を三つも頭部に貼りつけた全身鎧。

 二人の対峙は嫌に長く感じる数秒間続き――マントを翻したアスフィの休息(レスト)終了の指示によって打ち切られる。

 “灰”は何事もなかったかのように立ち上がり、【ヘルメス・ファミリア】一行に続く。遠ざかる4(メドル)の全身鎧をアイズは見つめ――アスカの力を見極めるために、意志の宿った瞳で後を追った。

 

 

 

 

 《デスペレート》の剣閃が『ソード・スタッグ』を斬断する。

 止まらぬ流麗な刃の閃き。Lv.(レベル)6に達したアイズは昇華した肉体と精神のズレを埋めるため、場数(たたかい)を求め怪物を斬り払う。

 正規ルートを埋め尽くすモンスターの大軍が掃討されたのはあっという間だった。上から見ていた【ヘルメス・ファミリア】の面々が「オレたちいらなくね?」と意識を共有するくらい、アイズの力は圧倒的だ。

 第一級冒険者は伊達ではない――実物を目にしてその力を確かめたアスフィは、アイズが倒したモンスターの魔石をドロップアイテムを総出で回収後、目的地を北に定める。

 24階層に三ヶ所ある食料庫(パントリー)。そのうちどこかが封鎖されモンスターが移動しているなら、逆にそれを辿ればいい。異変の元凶は北の食料庫(パントリー)であると断定したアスフィは、ちらりと“灰”を流し見る。

 

「――それでは、ここから食料庫(パントリー)までの道中は“灰”に任せます。よろしいですね?」

「ああ。今度は私の力を示す番だろう。貴公らの実力は見せてもらった。素晴らしい『協力者』だ。足手まといにはならない程度は、私も証明しなければなるまい」

「ええ、ですが期待はしていません。貴方の申告通りLv.(レベル)1であるのなら、この階層のモンスターと戦える道理はありませんので。

 もし力不足であるのなら――貴方をここに置いていきます」

「それで構わん。私も冒険者ではある。死は元より覚悟の上だ」

「では先頭にどうぞ。お手並を拝見させていただきます」

「分かった」

 

 アスフィに促されるまま“灰”は一行の一番前に移動した。4(メドル)の巨大な全身鎧は最後尾から見ても異様な存在感を発揮している。

 虎人(ワータイガー)を初めとした前衛の冒険者は正面の馬鹿でかい鎧が若干目障りだったものの、一応は視界を無闇に塞がないよう配慮する動きを少し評価した。

 中衛からそれを見定めるアスフィは、隣に立ったルルネから小さく耳打ちされる。

 

「なあ、アスフィ。本当に“灰”(あいつ)一人でやらせるのか?」

「ええ。ここで実力を見ておかなければ後々の行動に支障が出ますから」

「それは分かるけどさ、Lv.(レベル)1って言ってたろ? そんな奴置いてったらこの階層じゃ絶対やられるって。そうでなくても一人で戦えるかどうかも分かんないじゃないか」

「それを確かめるための措置です。万が一の時はファルガー達に助太刀に入るよう伝えていますし、少し痛いですが『ハデス・ヘッド』を渡せば地上に戻るくらいは出来るでしょう。

 ……一応『リヴィラの街』には居たのですから、相応の実力があると思いたい所ですが……さて、どうなる事か」

「うー……なあ、【剣姫】はあいつがどれくらい強いのか知らないのか? 知り合いなんだろ?」

「えっと……正確には、分からない。アスカが戦ってるところ、ほとんど見た事ないから」

 

 でも、とアイズが言葉を続けようとしたその時。前衛の虎人(ワータイガー)が敵襲を知らせ、“灰”一人が前に出た。

 三仮面の全身鎧。古い黄銅で造られた手甲は両手とも何も握っていない。徒手空拳で歩む“灰”の行く末には20を超えるモンスターの群れが迫っている。

 前衛は既に救出に入る準備をしていた。後衛は固唾を飲んで、中衛のルルネは落ち着かない様子で、アスフィは冷静に推移を見守る。

 そしてアイズは、刮目する。底知れぬ力の片鱗を感じさせる、“灰”の強さを知るために。

 16名全員の視線が集中する先で、猛進する怪物の群れと闊歩する“灰”が衝突し。

 

 透けるように交差した直後、全てのモンスターが()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 驚愕に彩られる冒険者たちに呆気に取られた声が広がった。

 『バグベアー』『バトルボア』『ソード・スタッグ』『ダーク・ファンガス』『ホブゴブリン』――個々の形を保っていた『大樹の迷宮』の怪物は数瞬の内に解体された。モンスターの血と肉が出来の悪い挽肉のように転がり散る。

 混合し、一部を残して灰となる死骸の先で、“灰”は無言で凝立していた。後頭部についた二つの仮面が不気味に左右を眺めている。ついさっきまで素手だった全身鎧の両手には、二振りの得物が握られていた。

 片や右に垂れ下がるのは切先が湾曲した《生贄刀》。邪教の儀式に用いられる禍々しい大曲剣は、怪物の血に塗れた刀身を禍々しい力によって浄化し持ち主の生命力に変える。

 片や左で持ち上げられるのは巨大な両刃斧《ゲルムの大斧》。無骨ながら高い技術力によって造られた精巧な大斧は、その重量をもって大型の怪物を一刀の元に両断する。

 4(メドル)に及ぶ体躯に見合った重量武器。それらを振るい、モンスターの群れを倒したの()()()と――数瞬を見切れなかった【ヘルメス・ファミリア】はそう推測するしかなかった。

 

 アスフィはかろうじて“灰”の残像を追えただけだ。猛進する怪物と衝突した瞬間、“灰”の姿が多重に()()、網のように重なった刃の軌跡をモンスターが切り刻まれた後に視認するのが限界だった。

 何が起こったのかを見切れたのは、アイズ・ヴァレンシュタインただ一人だけだ。第一級冒険者、迷宮都市オラリオでも数えるほどしかいないLv.(レベル)6の麗しき【剣姫】は、“灰”が何をしたのか正確に捉えていた。

 “灰”は、厳密にはモンスターと衝突していない。零秒でソウルを有形に変え、群れの隙間に武器を差し込み、強引に活路を開いていた。その開けた空間に全身鎧をねじ込みながら、両手の武器を素早く振るう。

 力任せに振るわれる巨大な大斧と大曲剣は、だが卓越した技量によって正確に急所を斬断していた。勿論猛進の隙間に入ったとはいえ、角や爪は“灰”を襲う。しかし重厚なる全身鎧と強靭によって押し通し、鎧袖一触の如く斬り払ったのである。

 

「……マジかよ……あいつ、Lv.(レベル)1って言ってたよな……?」

 

 呆然と呟くルルネの言葉が彼らの思いを代弁した。冒険者の常識からはあまりにも――あまりにも逸脱した“灰”の所業は、新たに襲いかかるモンスターによってなお続く。

 空中を飛行する蜻蛉型のモンスター、『ガン・リベルラ』は《ファリスの弓》で(ことごと)く討ち取られた。戦技【ファリスの三射】による一射三矢の連撃が、尾から弾丸を放つ狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)の特性を発揮させる事も許さない。

 『上級殺し(ハイ・キラービー)』の異名を取る『デッドリー・ホーネット』は《ハルバード》で全滅する。巨大蜂(デッドリー・ホーネット)が誇る人類を裁断する大鋏の顎と大杭(パイル)のような『毒針』も、槍の刺突と斧の薙ぎ払いを併せ持つ斧槍の広い攻撃範囲(リーチ)に敵わない。

 大昆虫『マッドビートル』は《岩の大斧》で叩き潰された。数(メドル)の外殻も鋭い鎌のような前脚も意味がない。数に任せて群がろうと、“灰”はそれ以上の力任せにすり潰し、大地にめり込んだ大斧を引き抜き敵を()ち上げる。

 『リザードマン』は迷宮の戦士(ウォーリアー)だ。天然武器(ネイチャーウェポン)である鋼の大花と花片の剣を扱う蜥蜴人(リザードマン)は時に『技と駆け引き』すら行う。だが“灰”はそれ以上に卓越した“不死”だった。《ミルの曲剣》と《傀儡の曲剣》を踊るように空に滑らせる“灰”は4(メドル)の巨躯でバク転すら軽やかに(こな)し、小振りな刃が執拗に急所を狙い『リザードマン』の亡骸を積み上げる。

 

 それはアイズのような天才的な剣技ではなかった。常人には後塵すら拝めぬ第一級の力と技。24階層の正規ルートを埋め尽くす怪物の一群を殲滅した【剣姫】の実力は、頂点に足る未完の『器』と憧憬に値する英雄の輝きを示していた。

 翻って、“灰”はどうだろう。確かに驚異的な戦いだ。単独(ソロ)ではLv.(レベル)3でも厳しいであろう『大樹の迷宮』をたった一人で戦い抜いている。

 だが、その戦いに華はない。駆け引き、体捌き、技術と戦術。それらはどこまでも凡庸で、教科書的な戦闘だ。

 逸脱はしているが、常人の域。常識を超えているものの、革新はない。平凡に動きを読み、汎用の剣技を用い、凡百と同じ駆け引きを行い、尋常の剣で――怪物を殺す。

 “灰”の戦いは、特別ではない。殻を打ち破る者が辿り着くたった一人の到達点(オリジナル)、他に類を見ないその者の代名詞とも言える流儀(スタイル)が、“灰”の戦いには見えてこない。

 

 定型、陳腐、常套、普通。有り触れた凡人の戦い方でありながら。

 ――それは、全てを呑み込む底知れぬ闇のように。一切の過失(ミス)なく、怪物の命を奪い去った。

 

「……さて。この程度で十分か?」

 

 連続した怪物の強襲を打ち崩し、最後のモンスターの魔石を砕いた“灰”は《モーニングスター》をソウルに溶かして振り返る。

 アスフィ達と“灰”の間には冷たい灰ばかりが積もっていた。魔石は一つも存在しない。徹頭徹尾、敵の確実な殺害を遂行した“灰”はやたらと多い『ドロップアイテム』を『器』にしまいながらパーティに戻る。

 血塗れになった4(メドル)の巨人。黄銅を汚す怪物の(あか)がゆっくりと消えていくのを目撃して、アスフィは冷や汗と共に苦笑を刻んだ。

 

「……成程。素性はどうあれ、援軍として送られるだけの実力はあった、という事ですか……

 先程の言葉と今までの態度を撤回します。申し訳ありませんでした、“灰”。少なくとも戦闘能力という一点において、貴方は信用の置ける御仁のようです」

 

 不敵な笑みを取り繕ってアスフィは“灰”に手を差し出す。数秒それを眺めて意図を理解した“灰”は大きく屈んで握手した。

 

「それでは改めまして、今回の冒険者依頼(クエスト)に同行するアスフィ・アル・アンドロメダです」

「名前はない。ただ“灰”と呼ばれている」

「貴方の言葉通りなら、この依頼は過酷なものとなるでしょう。ですから無事に完遂できるよう、貴方の力に期待します」

「こちらこそ頼りにしている。貴公らは優秀な『協力者』だ」

 

 団長であるアスフィが認める。その通過儀礼を経て、【ヘルメス・ファミリア】の面々が“灰”に向けていた警戒や棘がようやく取れた。冒険者が信奉する力を示した“灰”に対し、ぎこちないながらもコミュニケーションを取る。

 ある程度の人数と挨拶を交わした“灰”は、ふと思い出したようにアスフィに話しかけた。

 

「ああ、そうだ。アスフィ・アル・アンドロメダ。二つほど言っておく事がある」

「何でしょう?」

「まず私の弱点だが、私は多対一が最も苦手だ。ある程度の数は相手取れるが、許容を超えればあっさり死ぬ。

 私を運用する場合、それを念頭に置いて指示を出してくれ」

「……分かりました。覚えておきましょう」

「それと先の報告では信用を考慮し、伝えなかった事がある。今ならばそれも一定の材料になるだろう。

 黒衣が言っていた。30階層の件もあり、この事態を引き起こしている何者かは警戒している。故に今回は番人が居る可能性が高いそうだ」

「番人、ですか?」

「ああ。私も詳しくは聞いていないが……何でも、新種のモンスターを操る調教師(テイマー)らしい」

「……!」

 

 調教師(テイマー)の単語に目を瞠って反応したのはアイズだった。“灰”の戦闘を思い返していた少女は二人の会話に参加する。

 

「新種のモンスターの調教師(テイマー)……私、知ってる」

「! それは本当ですか、【剣姫】」

「うん。『リヴィラの街』で戦った、赤髪の調教師(テイマー)。その時、私はLv.(レベル)5だったけど……勝てなかった」

「なっ!? だ、第一級である貴方がですかっ!?」

「ほう。それは初耳だな」

 

 耳を疑うアイズの話に戦慄するアスフィの横で、“灰”は少しだけ興味が出たように耳を傾ける。

 

「フィンとリヴェリアが相手をしたけど、逃げられた。――赤髪の調教師(あの人)は、強い」

「……それが、この先に待ち受けていると?」

「30階層の一件は食料庫(パントリー)が新種のモンスターの巣窟になっていた。今回も同様であれば、まあいるだろうな。

 同じ轍を踏まぬよう警戒しているのなら、尚更だ」

「くっ……なんて頭の痛い情報……! 聞けば聞くほど危険度が増すなんて、ヘルメス様以上に厄介ですね……!」

 

 疼痛を堪えるように頭をおさえるアスフィは、やがて頭を振って目の前の二人を凝視する。Lv.(レベル)6の冒険者と、自称Lv.(レベル)1の異分子。げんなりとした顔で瞳だけをギラつかせる【万能者(ペルセウス)】は二人を見ながらがっしりとアイズの肩を掴んだ。

 

「――その番人が現れた場合、貴方がたにお任せします。相手は第一級冒険者すら相手取れる凄腕の調教師(テイマー)。我々が挑んでも時間稼ぎが関の山でしょう」

「それはやらねば分からんだろうが、心得た。番人は我々が相手をする」

「うん、任せて――次は、負けない」

 

 頷く“灰”と決意を秘めるアイズに「お願いします」とアスフィは念を押す。そして予想される脅威とその対処法を考えながら、願わくば何事もなくこの依頼が終わるよう祈った。

 

 

 

 

 総勢17名のパーティは【ヘルメス・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【ヘスティア・ファミリア】で構成されている。

 

 前衛は以下の5名。

 前衛リーダー、ファルガー・バトロス。剣闘士、虎人(ワータイガー)の男。武器:大剣。

 エリリー・ビーズ。盾士、ドワーフの女。武器:双盾。

 ゴルメス・レメシス。重戦士、人間(ヒューマン)の男。武器:大包丁。

 ポット・パック。戦士、小人族(パルゥム)の女。武器:ハンマー。

 ポック・パック。戦士、小人族(パルゥム)の男。武器:メイス。

 

 中衛は以下の7名。

 中衛リーダー及び全体の指揮、アスフィ・アル・アンドロメダ。【万能者(ペルセウス)】、人間(ヒューマン)の女。武器:短剣と道具(アイテム)

 ルルネ・ルーイ。盗賊(シーフ)犬人(シアンスロープ)の女。武器:ナイフ。

 タバサ・シルヴィエ。鞭師、猫人(キャットピープル)の女。武器:鞭。

 セイン・イール。狩人、エルフの男。武器:手斧と短弓。

 ホセ・ハイエル。剣士、狸人(ラクーン)の男。武器:双曲剣。

 スィーシア・リーン。剣士、エルフの女。武器:双長剣。

 キークス・カドゲウス。軽業師、人間(ヒューマン)の男。武器:投石。

 

 後衛は以下の3名。

 後衛リーダー、ネリー・ウィルズ。サポーター、人間(ヒューマン)の女。武器:魔剣。

 メリル・ティアー。魔道士、小人族(パルゥム)の女。武器:杖。

 ドドン・ドルドン。サポーター、種族・性別不明。武器:角。

 

 以上15名の【ヘルメス・ファミリア】に援軍である【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインと“灰”が遊撃として加わるのが今回の編成となる。

 

 “灰”は『協力者』達を一人一人観察していた。装備と性格、戦闘時の行動規範から自分のすべき協力支援を頭の中で組み上げる。

 “灰”は多対一が最も苦手だ。アスフィにあらかじめ伝えたように、ある程度は相手取れるが許容を超えるとあっさり死ぬ。それは全ての不死人に課せられたある種の限界、克服できない弱点である。

 不死というのはおかしなものだ。どれほどソウルを強化しようと肉体の脆さを克服できない。火の時代の戦いは(ソウル)の削り合いであるが故に、完全耐性は存在しない。それも一つの要因ではあるが、呪われ人というものは根本的に脆弱な生き物だ。

 それは彼らの死に様によく表れている。踏み潰され、高所から転落し、正面からあっけなく、あるいは奇襲や罠で命を落とす時。篝火での復活を選んだ不死は必ず灰に還魂(かんこん)する。

 灰に還り、灰より蘇る。血肉が灰で出来ているような復活は、それが不死と引き換えであるかのようだ。不死人は本質的な脆さを抱えており、神の如き『薪の王』へ至ろうとも、それはずっと変わらない。

 

 だから囲まれれば殺し尽くす前に殺し切られる。無傷のまま敵を屠れる範囲なら無類の強さを誇ろうとも、相討ちを覚悟で挑む時、不死の脆さが不死を殺す。

 肉を斬らせては骨まで断たれるのだ。対処し切れぬ数の暴力はそれこそ灰を散らすように簡単に不死を死に至らしめる。神を殺せても下水のネズミに貪られるように、不死とはそういう者なのである。

 ……あるいはまた、容易く形を失う不死こそが人の本質、『ダークソウル』の姿なのかもしれない。北へ向かう巡礼者が、闇の苗床とならぬよう大きな蓋を被るように。人とは本来、無限に形を変え続ける何がしかであるのだろうか。

 

 まあ、そんな事は“灰”にはどうでもいい事だ。重要なのは多対一の状況を多対多に持ち込める素晴らしき『協力者』の存在である。

 『協力者』が一人でもいれば、不死の戦いは劇的に変わる。役割を分担し各々が適切に立ち回る時、一つの強みに特化しがちな不死の寄せ集めは、たちまち強大な一軍に変貌する。

 故に“灰”は『協力者』を見極め、自らの立ち位置を決定する。ただでさえ熟達した『協力者』達が、より強くより安全に立ち回れるように。言葉無き霊体との試行錯誤に満ちた『協力』の記憶が、“灰”にそれを体得させていた。

 そんな“灰”の卓越した支援を如実に感じているのが、他ならぬ【剣姫】――アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

(すごい……! 初めて一緒に戦うのに、フィン達が側にいるみたい……!)

 

 迫るモンスターを斬り払いながら、アイズは感嘆で瞳を彩る。背中を任せる4(メドル)の巨人が何年も戦場を共にした仲間(ファミリア)のように頼もしい。

 複数の敵が迫れば同時に攻撃されないように時機(タイミング)をずらして牽制する。死角には常に“灰”の姿があり、決して意識の外から攻撃させない。適切な武器を適切に用い、欲しいと思った時には最適の援護が飛んでくる。

 アイズは鋭く《デスペレート》を振るいながら戦いやすさを実感していた。思い通りに敵が動く、常に全力を出させてくれる。金の少女にとって『大樹の迷宮』のモンスターは相手にならなくても、これほど快適な戦いはそうそう感じた事がない。

 最後のモンスターを倒し、魔石とドロップアイテムを回収する“灰”をアイズは尊敬の目で見ていた。自分にはできない初めて戦う味方との連携を完璧にこなす“灰”への、天然少女の純粋な称賛である。

 それは端から見ていた【ヘルメス・ファミリア】にも同じ事が言えた。

 

「うへ〜……ほんっとにすげぇな〜……モンスターに何もさせないで殲滅してるよ……」

「流石に少し可哀想になるくらいだな。モンスター相手にこんな事を言うのもなんだが」

「つーか【剣姫】についていけてるだけですげーだろ。俺だったらとっくに振り落とされてるぜ」

「そりゃキークス、貴殿が投石専門だからだろ。ま、(それがし)も同意見ではある」

「ていうかさ、オレたち本当にいらなくない? あの二人に任せておけば、もう依頼を達成したも同然でしょ」

「それはちょっとどうかと思うわ。でも、こんなの見せられちゃったらねぇ」

「……貴方達、もう少し静かにしなさい」

 

 雑談に興じる団員に団長(アスフィ)の精彩のない注意が飛ぶ。「「へーい」」と異口同音に返事をする彼らも似たようなものだ。文字通りレベルが違い過ぎてやる気が底抜けである。

 アイズと“灰”がモンスターと戦っているのは食料庫(パントリー)までの道のりでの乱戦と精神力(マインド)の浪費を嫌ったアスフィの指示だ。“灰”の申告を考慮してアイズと組ませている。結果は上々だが、味方の士気と引き換えというのは……と、アスフィは頭を痛めた。

 流石に致命的な不注意までは犯さないだろうと団員を信頼しているが……パーティの空気が緩んでしまうのはやはり避けたい所である。

 緊張を率先して破る犬人(シアンスロープ)が約一名いるため、叶わぬ話ではあったが。

 

「なあなあ“灰”、ホントのホントはLv.(レベル)いくつなんだよ? Lv.(レベル)5? Lv.(レベル)6? 流石にLv.(レベル)7って事はないだろうけどさ、私だけでいいんだ、ちょーっとだけ教えてくれよ! ちょーっとだけ!」

Lv.(レベル)1だと言っただろう。ルルネ・ルーイ」

「もうその嘘は通じねーって。あんだけ派手に立ち回ってLv.(レベル)1ってこたぁねーだろ。ルルネ(こいつ)が駄目ならオレはどーよ? こう見えて口は固いんだぜ?」

「いって!? おいキークス、頭押さえんなよ!」

 

 横からしゃしゃり出た大きい耳に鷲鼻が特徴的な人間(ヒューマン)犬人(シアンスロープ)の少女が文句の声を上げる。それを皮切りに次々と質問が“灰”めがけて飛び交った。

 

「色々武器を使っていたが一番の得物はどれなんだ?」

「特にはない。使える物は何でも使う」

「アナタってとっても大きいけど何の種族? ひょっとしてハーフドワーフとかかしら?」

「答えられない。これは変装だ」

「【ヘスティア・ファミリア】って聞いたことないんだけど」

「新興の【ファミリア】だ。結成して一月程度しか経っていない」

「某は詩人なんだが、貴殿と【剣姫】殿の詩歌(うた)、作っていい?」

「駄目だ。ここでの活動は露見したくない」

「好きな女の子はどんなタイプなのか教えてほしいなあ」

「? 何故それを私に聞くのだ?」

 

 素性を問うものから全く関係のない個人的な質問まで種々雑多な喧騒が広がる。仲間に押されて“灰”を囲む輪から飛び出たルルネはぶーたれた顔でアイズに愚痴った。

 

「あーもうめちゃくちゃだよ。あいつら好き勝手しやがって。せっかく私が情報を聞き出そうとしてたってのにさ」

「……あの、あんまりアスカの事、聞かないほうが……」

「そうだ! 【剣姫】って“灰”と知り合いだったよな!? いつ、どこで、どんな風に知り合ったんだ!?」

「え? えっと、その……」

「頼むよ〜、教えてくれよ〜! もう【剣姫】だけが頼りなんだ、私を助けると思ってさ〜!」

 

 おずおずと止めようとしたアイズにルルネは堂々と縋りついた。犬耳と尻尾をへたり込ませ、涙目にまでなる役者っぷりである。神々に【泥犬(マドル)】の二つ名を贈られた盗賊(シーフ)の姿がそこにはあった。

 うるうると捨てられた子犬のような目で見つめる犬人(シアンスロープ)の少女。最近気になっている兎のような少年と重なって、アイズは逡巡した後、つい口を滑らせてしまった。

 

「……あまり、詳しくは言えないんだけど……」

「うんうん! それでいいからさ!」

「アスカと最初に会ったのは、ダンジョン51階層で……」

「…………へ?」

「その時、アスカは一人で……単独(ソロ)で、51階層にいた」

「……………………はああああああああっ!? “灰”が51階層に単独(ソロ)でいたぁあああああああああっ!?」

 

 アイズの過去を思い返す発言にルルネは硬直し、ひっくり返る程の強い衝撃を受けた。あまりの驚愕に犬人(シアンスロープ)の少女は思わず大声で叫ぶ。その声量と内容に“灰”を除いた一同がぎょっとして、必然的にほとんどの視線がアイズに突き刺さった。

 それに少しびっくりしつつも、思い出を辿るアイズの唇は自然と続きを零していく。

 

「遠征中だった私は、みんなと一緒にモンスターの群れから逃げてて……その群れを、アスカが倒して」

「なんだよそれっ!? 遠征中でみんなと一緒って、【ロキ・ファミリア】が逃げるくらいのモンスターを“灰”が倒したのかっ!?」

「うん……蒼い光の柱みたいな魔法、ぶわーって撃って」

「魔法ぉおおおおっ!?」

「一発で、モンスターをみんな倒して……レフィーヤの魔法と、同じくらい強くて、すごかった、よ?」

「【千の妖精(サウザント・エルフ)】と同じぃいいいいっ!?」

「……アイズ。変装をしていると言っただろう。私の事を話すのは止めてくれ」

「あ……ご、ごめんなさい」

 

 散々ルルネが叫んだ後、ようやく“灰”の制止が入る。それでやっと自分の不注意に気づいたアイズは申し訳無さそうに頭を下げた。足元で小さな幼女(アイズ)が「すいませんでしたー!」と何度もペコペコ謝る姿が幻視される。

 見えているのはアイズと“灰”のみで、ルルネは叫びに固まった顔のまま、ぎこちない動きで“灰”を見た。犬人(シアンスロープ)の少女の瞳が訴えている事を正確に読み取った“灰”は、ため息を一つ吐いて肯定する。

 

「アイズの言葉は事実だ。私は魔法をいくつか使える。興味があるか?」

「マ、マジなのかよっ!? 【剣姫】と張り合うくらいゴリゴリの前衛職だろあんたっ!? それで【千の妖精(サウザント・エルフ)】ッ、純粋な魔道士と同じ威力の魔法まで使えるってっ!?」

「ああ、そうだが」

「信じられるわけないだろそんなのっ!?」

「そうか。ならば見せてやっても構わんが――それよりもいいのか? ルルネ・ルーイ」

「な、なにがだよっ」

「私の後ろにいるアレを放置していていいのかと、私は聞いている」

 

 焦っている時に見ると腹の立つ顔をした《父の仮面》を被る“灰”は、何となしに親指で後ろを指差した。それにルルネと、【ヘルメス・ファミリア】の面々がつられて見ると。

 

 ――そこには、噴火寸前の超巨大活火山のような。ぶるぶると大きく振動する、アスフィ・アル・アンドロメダの姿があった。

 

「やっば……!?」

「…………あ・な・た・た・ち…………――――いい加減にッしなさああああいッッ!!」

「うわぁ〜〜〜〜っ!? ごっ、ごめんよっ、アスフィ〜〜〜〜っ!?」

 

 ついに爆発した最高権力者(だんちょう)の憤怒は、調子に乗っていた彼らを一気に焼き尽くす。ガミガミと落ちまくる雷をポカーンと眺めていたアイズは、状況を全く理解できないまま、大声に釣られてやってきたモンスターを“灰”と一緒に殲滅するのだった。

 

 

 

 

「――“灰”の話と同じですね。微かな死臭を漂わせる、生きた緑色の肉壁。ならこの先は、新種のモンスターの巣窟……そう考えて行動するべきでしょう」

 

 北の食料庫(パントリー)に到着し、開口一番にアスフィは言い切る。周辺の調査を団員に命じながら警戒の呼びかけも忘れない。

 前衛・中衛混成の調査組は二手に別れて探索に向かった。皆が精悍な顔つきできびきびと動いているのは流石……と言いたいところだが、実際はアスフィの超説教を忘れられないだけである。若干名が震えていたのをアイズは見逃さなかった。

 

 調査組が戻ってくるまでアイズと“灰”は休憩である。道中モンスターの相手を請け負った二人へのささやかな労いだ。サポーターの少女、ネリーから回復薬(ポーション)を一つ受け取って口にするアイズは、隣で座談する“灰”とルルネにこっそり耳を澄ませた。

 

「にしても、改めて見ると“灰”はほんとデカいよなー。私の二倍以上の背丈あるし、腕の太さも倍以上か? この中にはどんな筋肉が詰まってんだよって感じだ」

 

 片膝を立てて座る“灰”の太もも辺りをルルネはコンコン叩く。分厚い黄銅の装甲はしっかりと中身のある音を返していた。それを聞いたアイズが不思議そうに尋ねてくる。

 

「……ねえ、アスカ。その鎧って、どうやって動かしてるの……?」

「ん? どういう事だ? 【剣姫】」

 

 アイズの問い掛けに目敏くルルネが食いついた。ついさっきしこたまアスフィに絞られたばかりだというのに学習しない犬人(シアンスロープ)である。“灰”は内心で嘆息して、簡素な解答を放り投げた。

 

「自身の肉体より巨大な鎧を操る技術がある。それを私は扱い、この変装を行っている」

「そうなのか? じゃあ“灰”って……」

「体躯に関しては、この外見と差異がある。だから、これ以上は聞いてくれるな。変装をしている意味がない。アスフィ・アル・アンドロメダも見ているぞ、ルルネ・ルーイ」

「ひっ!? わ、分かってるよ! 私だって言われた事をすぐ忘れるようなバカじゃあないさっ!」

 

 無言で監視する銀眼鏡の光に盗賊(シーフ)の少女は慌てて居住まいを正した。遠回しに自分も責められていると感じたのか、アイズもそっと反省の色を見せる。それらを見渡して、“灰”は自分の腕を眺めた。

 

 本来の“灰”を大きく超える4(メドル)の巨体。叩いても空洞音の鳴らない全身鎧には大量のソウルが詰まっている。

 ソウルの補強。それは肉体の分を超えた武装を使う時、長さや太さをソウルで補強する術だ。肉体面での不利を抱える“灰”がよく扱う手法の一つである。

 それは火の時代では決して珍しい事ではない。今の“灰”のように変装の手段として使われるのは珍奇だが、中身のない空っぽの鎧が動くというのはそうおかしい事ではない。俗に言うゴーレムはソウルの補強の代表的な例だ。

 

 アノール・ロンドへ至らんとする不死人達への試練、センの古城の守護者であるアイアンゴーレムは、古竜の骨をソウルの核とし鉄塊の(からだ)を動かした。中身のない肉体そのものを補強する、単純にして強力な例である。

 不吉なもの、呪われたもの、全て遠く忘れ去られるよう、追放の流刑地であった忘却の牢には虚ろの衛兵と呼ばれるゴーレムがあった。名ばかりとなった暗い伝承をモチーフとした「アレサンドラ」「ルカ」「レギム」の名を持つ被造物は、やはり実体のない空っぽの鎧だ。

 ロスリック城中層、竜の練兵場と大書庫を結ぶ大橋には竜狩りの鎧が鎮座していた。巡礼の蝶に操られし溶鉄の鎧は、ずっと昔に主を失い、狩りの記憶に囚われていた。今では“灰”の所有する武装の一つであるそれも、力を帯びた異形のソウルが原動力になっている。

 

 ソウルの補強は特別な技術ではない。古くから利用されてきたものであり、また種族を選ばない。神も人も、不死人も、様々な場面で大なり小なりソウルの補強を扱っている。だから“灰”も当然のようにこれを扱い変装していた。

 ただ……やはり4(メドル)は大き過ぎたかと、“灰”は若干の反省をしていた。ソウルの補強はあくまで補強なので、“灰”の動きにソウルが連動する形となる。だから内部で手足が引っかからないよう、過剰に装備を巨大にしたのだ。

 手の開閉を繰り返しながら、3(メドル)でも問題なかったなと“灰”は思う。ついでに今の装備についてそっと追憶を奔らせた。

 

 この装備は同胞でありながらも殺し合う定めにある不死たちの、その多くを恐怖と絶望の内に殺害した伝説のダークレイスの似姿である。

 一説には複数人いたとされるこの三人羽織の仮面と巨人の鎧の組み合わせは、不死の奇妙な宿命かなんなのか数え切れぬ後継と亜流を生み出してしまった。

 

 《父の仮面》を被る“灰”の脳裏に古い記憶が思い起こされる。いくつかの時代を超え、何度目か分からぬアノール・ロンドの地を再び踏み締めた“灰”。時代が繰り返す度に強大になっていく、棄てられた神の都の守り手を掻い潜る“灰”の前に『ソレ』は現れた。

 始まりは、“灰”の世界に侵入してきた一体の闇霊だ。三人羽織の仮面の一つ、《母の仮面》と巨人の鎧を基調とした伝説のダークレイスの後継。おぼろげだが確か、伝説に倣い《雷のクレイモア》と《草紋の盾》を装備した闇霊だった気がする。

 それだけならばまだ良かった。非常に恐ろしい闇霊だが、所詮は後継。腕によっては立ち向かえない敵ではない。だがその闇霊を皮切りに、次々と闇霊が侵入してきたのだ。途切れる事なく、際限なく。十に増え、二十に増え、倍々に膨れ上がりやがてその数は数千を超えた。

 “灰”は全く記憶にない事だが――既に大半を忘れ去っている――幼女は非常に多くの様々な恨みを買っていた。そして輪の都を呑み干した出自ゆえか、数え切れぬ程の世界と混線していたのである。

 旅団規模の闇霊が現れれば次に何が来るか。そう、復讐霊の侵入である。これも記憶にない(忘れている)が、“灰”は紛れもない神の大敵だ。ならば神の敵を討つ復讐の刃、暗月の剣が侵入しない道理などない。

 青い殺意(オーラ)を揺らめかせる復讐霊もまた数千人規模でやって来た。何故だか“灰”の世界に侵入してきた闇霊を対象にした復讐霊もおり、たちまちダークレイスと暗月の剣の睨み合いが始まった。

 

 それだけでは終わらない。強烈な(まつり)の匂いを嗅ぎつけてか、墓王の眷属までがアノール・ロンドに集中していた。死の瞳を求める殺戮者たちは次々に墓王の厄災を振りまき、理解しがたい事だがその全てが“灰”の世界に集中してしまった。

 途端、膨れ上がるアノール・ロンドの守り手ども。その力と質は桁違いに上昇し、赤い殺意(オーラ)の化身のような厄災が物理的に増殖する。一つの世界に集中した厄災は通常の規模を大きく超え、もはやアノール・ロンドの地形をした全く別の異界のようだった。

 

 ……さて。もうお分かりだろうが、“灰”が伝説のダークレイスを元にこの記憶を想起したのは理由がある。もはや万に達しようとしてた侵入霊と復讐霊の数は驚異的だが、本題はそこではない。

 

 ――――そう、()()()()である。原理主義から自由主義、より洗練された亜流から魔改造極まった成れ果てなど、統一性など欠片もなかったが――“灰”の世界にやって来た霊体は、一人の例外もなく()()()()だったのである。

 “灰”は逃げの一手を打った。冗談ではない、当時は若く途上であった“灰”では逆立ちしても太刀打ちできない。万の()()()()など記憶にすら残したくなかった。だが悲しいかな、こうした追想が過ぎるのは、深海ですら容易に溶かせぬほど心折れかかった(トラウマめいた)記憶だからである。

 

 必死に逃避する“灰”をダークレイスは当然追った。神の大敵を滅ぼさんと暗月の剣も追走した。最初は“灰”を殺すため流れで休戦していた闇霊と復讐霊も、ふとした道の譲り合いや【ジェスチャー】の応酬で不満が募る。そうなれば自然と小競り合いが起き、誰か一人が糞団子を投げた瞬間、連鎖的かつ爆発的に不死の戦争が勃発した。

 もはや狂気である。幾多の仮面巨人が殺し合う光景は現世に再現された地獄であった。よせばいいのに魔法を習得した連中が忌み嫌われる類の外法を用い、それならばと自制していた者たちも暗黙の了解を打ち破る。混沌として終わりない、吐き気を催す不死の戦争がそこにはあった。

 

 ……その先は、もはや語る事はない。結果を言えば“灰”の世界、その時代のアノール・ロンドは誇張抜きに崩壊しかけた。それだけしか語るべきではない。暇を持て余した貪欲な血狂い共、黒い森のおぞましき狩猟者たちが参戦した後の事など――たとえ不死とて記憶の中にすら、思い浮かべるべきではないのだ。

 ちなみに“灰”の世界に侵入が集中している間、別の世界の不死たちは随分と平和だったようである。白教、太陽の戦士、王女の守りなどは和気藹々と協力を楽しみ、混沌の従者はいつも通り蜘蛛姫にせっせと人間性を捧げ、古竜への道を征く不死は意気揚々とサインを書き、いつまでも呼ばれないトカゲ頭を風が優しく撫でていた。

 

 なお。

 この一件で最も被害を受けたのは、たった一人で棄てられたアノール・ロンドを守る神であったが、“灰”はついぞ思い出す事はなかった。崩れかかったアノール・ロンドを呆然と眺める暗月の神の憂いはいかばかりであろうか。

 それはもう、誰も知らない。遠い記憶の彼方である。

 

「……あの……あのー、休息(レスト)は終わりましたよー? いつまでも座り込まれても邪魔なので、さっさと立ち上がってくれませんかー?」

「ん」

 

 追憶に浸っていた“灰”が意識を戻すと、片膝座りの巨人の半分ほどもない少女が呼びかけていた。周りを見れば小人族(パルゥム)の魔道士が緑壁に向けて詠唱しており、既に突入寸前だと理解する。

 

「済まない。知らせてくれて助かった」

「いえいえ、それだけ大きいと頭の周りも悪いでしょうから、ノロマになるのもしょうがないですよね」

「……まあ、そうだな」

 

 にっこりと毒を吐く少女――うなじで緩く束ねた琥珀色の髪に丸い兜を被る小人族(パルゥム)の戦士、ポット・パックに“灰”は曖昧な返事をする。すると「チッ」と露骨な舌打ちが聞こえてきて、音を辿れば隣の少女と似た容姿の小人族(パルゥム)の男が睨んでいた。

 

「まったくいいよなー、お強いお強い“灰”様は。周りの事なんか気にしねーでやりたい放題できんだからよ。羨ましいご身分だぜ」

「そうか」

「はっ、シケた反応しやがって。オレみてーな小人族(パルゥム)は眼中にもねえってか?」

「? 貴公は素晴らしい『協力者』だ。私は貴公を頼りにしている」

「ハア? 嫌味かよ。そんだけ身長(タッパ)に恵まれて【剣姫】と張り合える才能もあって、おまけに【魔法】は【千の妖精(サウザント)】級だあ? そんなLv.(レベル)1様が、たかだか小人族(パルゥム)のオレを頼るってか?

 白々しいんだよ、誰も信じねーような嘘臭え法螺吹きやがって」

 

 最初は皮肉げな顔をしていた瑠璃色の目の戦士、ポック・パックは段々と苛立ち混じりの声を上げる。姉であるポットは弟の気持ちが分かるので、度が過ぎたら止める腹積もりで澄まし顔を保っていた。

 

「嘘ではない。私はLv.(レベル)1だ。そして『協力者』である貴公を頼りにしている。そこに偽りはない」

「そーかよ、で? じゃあどう協力してほしいんだ? 囮か? 使い捨ての駒か? 自称Lv.(レベル)1様にはオレには考えつかねーような名案があるんだろ?」

「ふむ。貴公、誇り高いのだな。嫉妬もあるがそれ以上に、己の種族に矜持を抱いている。若く、高い目標に感化された矜持だ。その若さ故に私の言葉を『嘗められている』と感じている。だから私に苛立つのだろう」

「……学者気取りかよ、くそが……」

 

 “灰”の言葉にポックの顔が怒りで歪む。的確に心中を踏み抜かれ、本気の憤怒が滲んでいた。それを若干ハラハラした顔で姉のポットはまだ見守る。

 近くに立つ“灰”の前に絡まれていた(正確には遠回しに他の仲間を守ってくれと言われた)アイズは、ちょっと汗を浮かべつつ不思議そうな目で見ている。

 金の少女の心の中では「なんでアスカを信じないんだろう……?」と小さな幼女(アイズ)がウンウン唸っていた。すぐ側では仮面巨人が腕を肩の高さに合わせ肘先をぶらぶらさせながらガニ股でステップを踏んでいる。ガシャガシャうるさい横の巨人を気にせず、小さな幼女(アイズ)は突然ポンと手を叩き「そっか! アスカの(ソウル)が見えないからだ!」と喉に引っかかった小骨が取れたような晴れやかな笑顔を咲かせた。そして隣の巨人を見上げ、満面の笑みで小さな幼女(アイズ)も不思議な踊りを踊り出す。カオスである。

 一見して凛々しい【剣姫】のそんな胸中など露知らず、“灰”とポックの険悪な空気はますます膨れ上がった。

 

「私は貴公に背中を任せたい。貴公ならば安心して私は背中を任せられる」

「……バカかよあんた、体格差を考えろ。オレの身長はあんたの膝にも届いてねーだろうが。そんなんで背中を守れるわけねーだろ」

「そうか? 私はそうは思わない。貴公は己の力をよく知っている。出来る事と出来ない事を秤にかけ、即座に動ける意志がある。

 だから私は貴公を信頼するのだ」

「……意志で何が変わるってんだ。意志がありゃLv.(レベル)差が覆るとでも思ってんのか? 前衛と中衛の中で小人族(オレら)だけがLv.(レベル)2って、あんたならとっくに分かってんだろ……!

 くそみてーなおべっか並べやがってっいい加減に――」

「やめなさい、ポック! 言いすぎよ! ……気持ちは私もおんなじだから、もうやめましょ」

「……ごめん、姉ちゃん」

 

 “灰”に殴りかかる寸前だったポックをポットが止める。抱き合う家族を見て、だが興味なさげに「ふむ」と仮面の顎を撫でる“灰”は、一度アイズを見てからあっけらかんと言い放った。

 

「そうだな。例えばの話だが、私がアイズか、貴公とその姉、ポット・パックとポック・パックの二人を相手に戦うとするのなら――手強いと感じるのは、貴公ら二人の方だろう」

 

 その言葉をポックが理解し、感情を荒げる前に。真っ先に反応したのは、視線で怪物を斬り刻めるような圧を放つアイズだった。

 《デスペレート》に手をかける【剣姫】が、ざわりと敵意を泡立たせる。熱された溶岩のような、それでいて何よりも鋭い金の双眸を、“灰”は「勘違いするな」と制止する。

 

「アイズ、貴公を侮っての言葉ではない。これは純粋な相性の話だ」

「…………相、性?」

「そうだ。順を追って説明しよう」

 

 人間(ヒューマン)の少女と小人族(パルゥム)の姉弟を見渡し、“灰”は語る。果て無き戦いを生き延び続けた、己の力の性質を。

 

「先も言ったが、私は多対一が最も苦手だ。ある程度の数は相手取れるが、許容を超えればあっさり死ぬ。貴公らが信じようと信じまいと、それは私の戦闘経験に蓄積した事実であり、ずっと変わる事はない。

 ()()()()()()()()()()()()()。他の存在が介する余地のない、一個と一個の戦いならば――――()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「「――――ッ!?」」」

 

 その瞬間、その場に在った全ての生命が戦慄した。アイズやポック、ポットのみならず、他の団員(メンバー)――そして()()()()までもが、“灰”より零れ落ちる暗い何かに震え上がる。

 

「多対一の戦いで、私は何度も完敗している。最期まで一矢も報いれず敗れた事は数限りない。時に敗北を悟れば難を逃れる努力に終始し、場合によっては降伏を申し出たのも一度や二度ではない。

 多対一は、最も苦手だ。私にとって二人以上を相手取る戦いは、何であれ最も勝算が低いと言わざるを得ない」

 

 ごぼごぼと、鎧の隙間から黒い液体が流れているようであった。どろりと粘つく重い黒は地面にへばり蒸気を噴き出す。仮面は三枚とも穴という穴から黒を吐き出し、死した人の最期を頭に焼き付けているようだった。

 

「私は、一対一を最も得意とする。勝ち負けではない。どれほど強大な相手であろうと、一対一の戦いで私が殺し切れなかった者などいない。

 全てだ。私が此処に至る旅路に隔たった、あらゆる英雄と怪物たち。それが何者であろうとも、私と敵の、ただ二人の戦いならば――――()()()()()()()()()()()

 

 私は、一対一が最も得意だ。それ故に、アイズ一人とポット・パック、ポック・パックの二人の間にどれほど隔絶した力の差があろうと、一対一ならば殺し切れ、多対一では勝率が最も低い。

 それが私の相性だ。私の持つ力とは、そういうものである」

 

 暗い闇に包まれていた“灰”は、そこでフッと元に戻った。いや、始めから“灰”はずっと三仮面と全身鎧のまま立っていただけだ。アイズ達が見ていたのは全て幻覚、白昼夢の類だった。

 だが、と。アスフィ・アル・アンドロメダは溜まったつばを飲み込む。たとえ幻でも、確信がある。今見たものは決して己の恐怖から芽生えた悪夢ではなく、全員が共有した、“灰”の暗く底知れぬ何かなのだ、と。

 皆が止まっていた。金縛りに遭ったように誰も動かず、神妙な表情で汗を流していた。その奥で塞がっていく緑壁の焼け落ちた穴を見て……“灰”は鎧の中で、面倒そうに嘆息した。

 

「ポック・パック。私は己の力をよく知る者を、他の何よりも信頼する。自らを知り、そして敵をよく知る。私はそうして旅を続けてきた。

 貴公と私は、同じだ。だからこそ、私は貴公を信頼する」

 

 がしゃり、と歩を進めながら、通りすがりに“灰”は言った。ひどくくぐもった低音の言葉に、ポックは目を見開くものの、口を動かせずに目で“灰”を追う。

 他の皆も同じだった。誰も声なく顔だけで4(メドル)の巨人を見続ける。間もなく、集団の先頭に立った“灰”はアスフィに謝罪の言葉を投げた。

 

「済まないな、アスフィ・アル・アンドロメダ。私が長く話したために、せっかくの侵入路が塞がってしまった。これでは精神力(マインド)を消費したメリル・ティアーも報われん。

 だから責任を取って私が侵入路を開けよう。それでこの失態に釣り合う償いとさせてくれ」

「……えっ」

 

 その時、アスフィは猛烈に嫌な予感を覚えた。第二級冒険者の勘か、はたまたヘルメスに振り回され鍛えられた全く嬉しくない危機察知能力か、慌てて行動を止めようとする前に――“灰”は右手に炎を灯し、そのまま緑壁に手を突っ込む。

 ずぶりと黄銅の手甲が沈んで、数秒。嫌な鳴動にアスフィ達がうろたえていると、“灰”の手を中心に炎のような赤い閃光がひび割れるように広がっていき――

 

「ちょっ、待っ――――!?」

 

 アスフィの静止もむなしく、大爆発。勘で耳を塞いだ冒険者たちに骨まで響く音の壁が叩きつけられ。

 目も眩む閃光が止んだ後、そこにあったのは。天井まで達していた緑壁を根こそぎ焼き払った、4(メドル)の巨人のみだった。

 

「……集中力(フォーカス)を全て注ぎ込んでしまったな。穢れを祓う【浄火】と言えど、この規模ではそうもなるか」

 

 唖然とする一同の前でぶつぶつと呟き、どこからか取り出した灰瓶の青く冷たいエストを(あお)り。

 

「では、行こうか」

 

 平然とそんな事を宣う“灰”に、冒険者たちの大ブーイングが飛ぶのは当然の帰結だった。

 

『まこと不死とは、人の世の機微を知らぬ生き物である』

 

 世界のどこかで、誰かが言った。

 幼女への教育で何度も死にかけた、疲れ切った老人(ゼウス)の声であった。




仮面巨人原理主義者VS仮面巨人新自由主義者の終わらない宗教戦争を見てみたい。
仮面巨人利権談合共産主義者は申し訳ないがNG。仮面巨人メンシス神秘主義者は地底に帰れ。

しかしふざけすぎてるかなあ。急に雰囲気が変わっている気が……いやでもこれからもっとポンポン出すわけだし……
悩んでてもしゃーねえのでとりあえず投稿やで。ほんとは一話で外伝三巻分は終わらすつもりやったけど作中時間の進み方見て「これ無理ゾ」と思ったやで。
だからとりあえず二話に分けて書き終わってから一気に投稿しようと思ったけど……まあほどほどに更新あったほうが読者の皆様は嬉しいだろうと投稿しました。

楽しんでいただければ万々歳。ちょっと前書き後書きついでに感想返しのノリを本編に突っ込んでるので「幼女ちゃんこんなキャラだっけ」と思うかもしれない。
どうか読者の皆様にとって面白い作品であってくれ……! 予防線貼りまくらないと作者の心が死ゾ(レ)

本格的♂大暴れは次回な……予告詐欺ほんとすまん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。