ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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灰の交わり、火と陰り

 パチパチと、暖炉に燃える薪が爆ぜる。

 昇る火の熱、揺らめく灰。積み上げられた薪は静かに焼けて、時折崩れ、灰を零す。

 放出される、火の温もり。その暖かさを一身に受け、広がる光に影を揺らめかせるのは、一人の幼女。

 暖炉の側で、椅子に座り、アスカは小さな手に自らの灰髪を乗せていた。

 

「……」

 

 炎の色が反射する、凍てついた太陽のような銀の瞳。それが見つめる灰髪に、アスカはひっそりと折れた刃を差し込む。

 冷たい鉄の腹に乗せ、灰髪を持ち上げ、刃を縦に。ぷつりと、一房の髪を斬り取った幼女は、折れた刃を置いて髪を編む。

 束ね、寄り分け、丁寧に。黙々と手を動かす幼女の姿には、どこか現実感がない。

 火に照らされ、影を揺らし、灰髪を編む。幼い記憶の揺籠の如く、それは柔らかに微笑む老婆のようだ。懐郷とも、神秘とも取れる情景が重なって見える幼女は、やがて編み終わった髪を机に置いた。

 

 《灰髪のタリスマン》。かつてはそう呼ばれていた、自らの髪で編んだお守りの出来映えを、アスカは確認する。

 

「……うむ。仕上がりはこれで十分だな。人数分揃った事であるし、始めるとしよう。

 準備は良いな。ポット。ポック。ルアン」

「「「…………」」」

「? どうした、貴公ら。黙っていては分からんぞ」

「……あーいや、なんつーか……」

「オイラ達、見惚れてたっていうか、惹き込まれてたっていうか……」

「アスカ様、とっても素敵なお姿でした……! 眼福です! ありがとうございます!」

 

 半ば呆けたようなポック、ルアンの横でキラキラと目を輝かせるのがポットだ。【ヘスティア・ファミリア】に加入したばかりの小人族(パルゥム)三名は、たかが編み物ですら隔絶した空気を発するアスカに共通した信仰(おもい)を抱いていた。

 そんな彼らの熱い眼差しを「そうか」の一言でアスカは流す。慣れ切っているが故の自然な態度で立ち上がった幼女は、それぞれに《灰髪のタリスマン》を与えた。

 

「それでは、改めて聞こう。準備は良いな」

「まあ、準備はもう終わってるっつーか、そもそも準備する事なんもねーっていうか……」

「……本当に、やるんですか? アスカ様……」

「当然だ。私の家族となったからには、助力を惜しむ理由がない」

「……でも、オイラ達には才能なんか……」

「才能は問わん。努力も、今は必要ない。私が問うのは、貴公らの意志だ」

 

 アスカはソウルの光を集め、古く汚れ切った《灰髪のタリスマン》を取り出す。

 ほつれ歪んだ、小さなお守り。かつてそれを編んだ時、願った祈りをアスカは口にした。

 

「それが果たされるかは分からない。目指したところで、何も無いのかも知れない。

 それでも『前』に進むのだと、私は祈り、このタリスマンを編んだ。

 足を踏み出し、『前』を見て、無力に(うずく)まるままには帰らぬと。

 ポット。ポック。ルアン。貴公らは、あの時の私と同じだ。無力のままではいられないから、足を踏み出し、『前』に進む。私の力になりたいと望む。

 ならば先達として、不肖の身であろうとも、私は応えよう。

 ――踏み出す事こそ、我らの『勇気』。我が家族よ、一歩を踏み出す『勇気』はあるか」

「「「――――はい!」」」

「よろしい。ならば立ち上がれ。これより試験――『火の時代』の【魔法】に対する、適性検査を開始する」

 

 

 

 

 数十分後。

 ポット、ポック、ルアンの三名は、がっくりと項垂れていた。

 

「……やっぱり駄目じゃねーか……」

「【魔術】【呪術】【奇跡】……初歩魔法も発動できなかったね……」

「うぅ……やっぱりオイラに、才能なんか……」

 

 深く落ち込んでいる小人族(パルゥム)達に、アスカは平然と告げる。

 

「まあ、予測通りではあるな。『神の恩恵(ファルナ)』によって魔法を得ていない者は、『火の時代』の【魔法】であっても習得は難しいという訳だ」

「分かってて試させたのかよ!?」

「ああ。だが、実際にやってみなければ、結果は分からんだろう?」

「それはそうですけど……アスカ様って平然と酷な事しますよね……」

「性分だ。変える事は出来ない。さて、それでは次だ。今度は【奇跡】を試して貰おう」

「え? で、でも、今だって発動なんか出来なかったのに……」

「そうだな。だが、これは別だ。何故ならば、次に試すのは『フィアナ』の【奇跡】だからである」

「「「!」」」

 

 目を瞠る三人の前で、アスカは《灰髪のタリスマン》を握り、【奇跡】を行使した。

 幼女の左手に光が収束し、10(メドル)を超える輝ける槍が顕現する。それに目を奪われる小人族(パルゥム)達に、『フィアナの再来』と呼ばれし不死は滔々と説明する。

 

「この【奇跡】は、小人族(パルゥム)の『フィアナ』信仰を元に編纂したもの。本来存在する筈のない、架空の【奇跡】ではあるが、事実として発動は可能だ。

 ならばこれは、真に祈りを捧げた小人族(パルゥム)達の、願いの結晶とも言える。私を『フィアナ』と呼び、崇拝する貴公らには、使える可能性がある【奇跡】だ」

「……でも、それはアスカ様だから発動可能ではないでしょうか? アスカ様はソウルレベルという“ソウルの業”で、限界まで力を高めていると仰っていましたし……」

「確かに、私の『信仰』は極まっている。この【奇跡】、【勇者の突撃】がその極まった『信仰』を要求するのも事実だ」

「……なら、俺らに使える訳が――」

「――オイラ、やってみる」

「「ルアン!?」」

 

 突然の宣言に驚く姉弟の前で、可愛らしい小姓(ペイジ)のような風貌のルアンは、両手で確りと《灰髪のタリスマン》を握った。

 

「オ、オイラだって、出来るとは思わない。でも、オイラはアスカ様に――フィアナ様に憧れて、この【ファミリア】に入ったんだ。

 その想いだけは……だ、誰にも、負けるつもりなんか、ない。だから、オイラ――やってみるよ」

 

 まるで自信のなさそうなルアンは、けれどその瞳の奥に強い決意を湛えて、祈りを捧げる。

 アスカを前に、全てを捧げる騎士のように。今この瞬間、祈祷に全霊を尽くすルアンの献身は――果たして、《灰髪のタリスマン》より芽生える光の穂先となって、彼らの前に発現した。

 

「ル、ルアン……!?」

「すごい、本当に……!?」

「――流石だな。やはり貴公が、最も信心深い」

 

 自身の手のひらに確かに存在する輝ける槍に、ポットもポックも、ルアンですら信じられないという表情をしている。アスカだけは当然という風に頷いて、ルアンの【勇者の突撃】を観察し始めた。

 

「ふむ……全長1(メドル)18(セルチ)、必要集中力(フォーカス)は【雷の槍】と同程度、威力帯は第三等級武装上位、といった所だな。

 私の【勇者の突撃(それ)】より短いのは、純粋な『信仰』の差だろう。SL(ソウルレベル)を引き上げれば、私を超える事も容易いだろうな。

 用途としては、使い捨ての副武装と見れば扱いやすい。道を切り開く、敵への投擲、あるいは仲間を守る場合、一歩前に出て『加護』を乗せれば、攻防一体の強力な【奇跡】となるだろう。

 だがこればかりは、実際に試してみなければ分からんな。それは後で行うとして……私もまた、語り手として、為すべき事を為すとしよう。

 

 ――よくやった、ルアン」

「……! はい、アスカ様!」

 

 アスカに褒められて、ルアンは喜色満面の笑顔を浮かべる。舞い上がって跳び跳ねそうな程喜ぶ同胞に、ポットとポックも火をつけられた。

 

「くっそー……やってやる! 気持ちだけなら、俺だって……!」

「私も、アスカ様への想いは誰にも負けないわ! 見ていてください、アスカ様……!」

「ああ。期待しているぞ。ポット。ポック」

 

 崇拝する幼女の前で、姉弟もまた祈りに全霊を捧げる。彼らの手に輝ける槍が握られるのは、そう遠い話ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰髪のタリスマン

丁寧に編み込まれた灰色の髪のタリスマン

 

この髪の主はあらゆる苦痛に晒され続けた

だからか、全ての魔法の触媒となるが

理力、信仰、いずれの補正もない

 

記念品の類であろう

 

戦技は「不帰の祈り」

左右どちらに装備していても有効な戦技

ごく短い間、使用する魔法の威力を強化する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼。昼食を取った【ヘスティア・ファミリア】一同は、アスカに呼び出されて暖炉の間に集っていた。

 

「全員、揃ったな」

「うん。でもアスカ、用事ってなに? 今日は引っ越し作業を終わらせないといけないけど……」

「それは既に手配している。心配する必要はない。

 さて、ヘスティア。構わないな?」

「うん。いいよ、アスカ君」

 

 はっきりと視線を投げかけるアスカに、ヘスティアはこくりと頷いた。二人だけに通じる会話に一同が訝しんでいると、アスカはそっと前に出た。

 

「ヘスティアの許可も取れた事だ。これより貴公らには、『火の時代』の力を【スキル】として発現して貰う」

『……え?』

 

 アスカの突飛な発言に、皆が皆目が点になった。驚く、というよりも困惑する空気が広がるのを他所に、アスカは説明を開始する。

 

「まずは、既に【スキル】を発現している者について説明しよう。

 ベル、貴公は【不転心誓(ダークサイン)】という【スキル】を持っているな。それは意志を貫く、ある意味で不死たる私に最も近しい【スキル】だ」

「う、うん」

「リリルカ、貴公の【魂業小箱(ソウル・ヴェソル)】は物質のソウル化とその逆様(さかしま)だ。『火の時代』に由来する、普遍的な技術(スキル)でもある」

「は、はい。そう聞いています」

「ヴェルフ、【残火双楔(エンバーリット)】は特異な力だ。それは鍛冶の業でありながら、私の、延いてはかつての鍛冶師のそれを超えている。二重変質強化とは、それ程に強力で、また異端であるのだ」

「おうよ。ベル達の役に立てるなら、何でも構わないけどな」

「うむ。このように三人は、既に【スキル】を発現している。それは『火の時代』に関係する――私との関わりによって芽生えた【スキル】だ。

 私自身が意図した事ではないが、三度、同じ事が起こった。ならばもう、私の『既知』だ。私は『火の時代』に由来する力を、【スキル】として他者に与える事が出来る」

 

 内容を察したベル達と違い、(ミコト)を筆頭とした【ヘスティア・ファミリア】新参の団員は驚愕の渦中にいる。

 【スキル】を、与える。発現させる。そんな事が可能な眷族など、『神時代』の歴史上一人として存在しない。『神の恩恵(ファルナ)』はあくまで人類の可能性を開花させるきっかけであり、それを他者にまで拡張する権能など持ち合わせていないのだから。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? 【スキル】を発現させるというのも頭が追いつきませんが、『火の時代』とは一体……?」

「ああ。そういえば、ベルとリリルカ、ヘスティア以外は私の歴史を知らないか。丁度良い、私という存在の説明も、ここで終わらせておくとしよう」

 

 そう言ってアスカは、この時代に降り立ってから幾度となく繰り返した説明を始める。

 『火の時代』『不死』『薪の王』――“(アスカ)”を構成する様々な情報を、受け手の許容に構わず流し込む。

 それに音を上げたのが小人族(パルゥム)組だった。『フィアナ』の神話とはあまりに違う歴史を聞いて、とりあえずの休憩を要望する。その陰では(ミコト)も、ついでにヴェルフもほっと一息ついていた。

 

「――そりゃまあ、本物の『フィアナ』様とは思っちゃいなかったけどよ……本物とは別の意味で神様してねぇか? アスカ様……」

「『薪の王』……ただの囚われた罪人から、数々の怪物を、英雄を、神すらも手にかけて、世界を繋ぐ生贄になる……明らかに悲劇の物語ですけど、だからこそ、とでも言うのでしょうか……どこか、惹かれるものがありますね……」

「『不死』って、呪い、だったんだな……オイラにゃあとてもそう思えなかったけど、死にたくても死ねねぇって、そりゃ嫌だよなぁ……化け物みたいになっちまうなら、尚更さ……」

「自分は、アスカ殿が戦った英雄達に心惹かれました……! 特に、「騎士アーロン」の物語……! その剣技、是非とも拝見したかったです!」

「俺はやっぱり鍛冶師の話だな。姉御の視点じゃ大概は敵だったみてーだけどよ、その頑固さっつーか、矜持の持ち方っつーのが……何処の世界も鍛冶師は変わらねぇなって、つい笑っちまいそうになる」

「うんうん、分かる分かる! 僕も昔聞いた時はすっごい怖かったけど、改めて聞くと、新しい発見が一杯あるっていうか! 皆とこうして話せて、すっごく嬉しいっていうか!」

「ベル様……『英雄譚』の感想大会じゃないんですから、そんなにはしゃがなくても……」

 

 アスカの歴史(はなし)を理解するための休憩は、いつの間にかワイワイと騒がしさを増していった。

 そんな家族の光景に、アスカは瞬き、ヘスティアを見て。笑い合う眷族達を微笑ましそうに見守る女神は、幼女にうんと頷いて。

 「仕方ないな」と、アスカも微笑み。一柱と一人は、その光景を温かく見守るのだった。

 

 

 

 

「さて、それでは改めて、貴公らに【スキル】を発現させる。ここで重要になるのが、どのような【スキル】を欲するか、明確に定める事だ」

 

 時間を置いて、皆が落ち着くのを待ったアスカは、【スキル】発現に関する注意事項を説明する。

 

「ベル、リリルカ、ヴェルフは意図せぬ【スキル】の発現であった。結果、それぞれが最も必要とするであろう【スキル】の形に収まった。

 それは発現者の想いが深く関わっていると私は見ている。その者が何を大切にしているかで、【スキル】の傾向は変わるのだろう。

 故に貴公らには、まず目指す【スキル】の形を決めて貰う。その上で私が見定め、明確な形にして【スキル】を発現させる。

 おそらくは、それが最も効果的な方法だ。ここまでで質問がある者は、口にするが良い」

 

 アスカが言葉を切ると、(ミコト)が綺麗に手を挙げる。頷く幼女に、(ミコト)は質問した。

 

「【スキル】の方向性を具体的にするための方法は分かりました。しかし自分は、どのような【スキル】にするべきか悩んでいます。

 『火の時代』――アスカ殿が辿られた時代の技術は、一朝一夕で理解できるものではありません。その中から自分に合った【スキル】を選ぶのは、非常に難しいです」

「尤もだな。ならば(ミコト)、貴公の【スキル】を私が見繕うのも一つの手だ」

「アスカ殿が、ですか?」

「ああ。『火の時代』に精通している、などという戯言を吐けるのは、どうも私しかいないらしい。ならばその私が、貴公に最適な【スキル】を見繕うのは、可能であると推定する」

「成程! それではよろしくお願いします、アスカ殿!」

「うむ。任された」

 

 こくりと可愛らしく顎を引いたアスカは、とてとてと(ミコト)に近寄って、じっと見つめる。右から左から、前から後ろから、じぃ~っと眼を近づけるアスカに、(ミコト)が若干の居心地の悪さを感じたところで、幼女は身を引いた。

 

「成程な。(ミコト)、貴公には二つの道がある」

「二つ、ですか?」

「ああ。一つは斥候、刺客、暗部への道だ。

 それは隠密に長けた、暗がりを駆ける黒い手の御業。

 正々堂々たる決闘ではなく、不意を突く闇討ちこそを得意とする、暗殺者の暗き道。

 貴公には、それが見えている筈だ。自身の向き不向きくらいは、とうに察しているだろう?」

「それは……確かにそうでありますが、正直に申し上げればあまり好みではありません。極東の忍と呼ばれる方達には、確かにそのような側面がありますし、自分に向いているとは思いますが……」

「ふむ。ならば、もう一つだな。かつての英雄の半身、その武器が宿す記憶を模倣する、【戦技】の道を選ぶが良い」

「【戦技】……?」

 

 首を傾ける(ミコト)の前で、アスカは暗闇より武器を取り出す。

 己の半身たる、《折れた刃の一振り》。その【戦技】、【人間性の刃】をその場で発動した。

 見窄らしい、半ばより折れた刃の先に、蠢く闇が纏わりつく。

 

「これは【人間性の刃】という。我が半身である刃より滴る闇を介し、自らのソウルを刃と成す【戦技】。

 これが【戦技】、模倣と呼ばれる理由は、この刃を持つ者であれば、誰であれ【人間性の刃】を使用可能であるからだ」

「!? それは、一体……!?」

「タケミカヅチの眷族であった貴公ならば、語るまでもない事だが、一応説明しておこう。

 技とは、一息に扱えるものではない。月日を重ね、肉体に馴染ませ、集中し放てるようになって初めて『使える』ようになる。

 そこから熟達し、極めるとまでなれば、途方もない時間が必要だ。技の鍛錬に終わりはなく、磨くほどに鋭く、強く、美しくなる。それは身に沁みて理解していよう」

「はい。自分はタケミカヅチ様に、そう教わりました」

「だが、【戦技】は違う。これは武器の記憶を読み取り、かつての英雄の一撃を模倣する“ソウルの業”だ。

 この刃を握る者が、誰であれ【人間性の刃】を使う事が出来るように。【戦技】と呼ばれる概念を体得する者は、どのような武器からも洗練された一撃を放つ事が出来る。

 そうだな……仮に私が(ミコト)の刀――銘は《残雪》か――を用いれば、貴公の最も得意とする技を、【戦技】として使用できる。

 ベルの《ヘスティア・ナイフ》ならば、あるいは炎の刃を使用出来るだろう。相応の集中力(フォーカス)――精神力(マインド)を必要とするだろうが、その者の【魔法】を乗せた一撃すら模倣し得る、それが【戦技】だ」

「何と……デタラメと言うべきか、凄まじいと言うべきか、判断に迷いますね……」

 

 驚きつつも、(ミコト)は微妙な顔をしていた。当然だろう、【戦技】とは、その武器の持ち主が積み重ねた努力を掠め取る業とも言える。実直な性格の(ミコト)が無意識に忌避感を抱くのも仕方のない話だ。

 それを理解しているアスカは、それでも【戦技】が(ミコト)に向いている理由を話す。

 

「そう忌避するな。私が【戦技】という選択肢を提示したのは、何時までも模倣し続ける理由がないからだ」

「それは、どういう……?」

(ミコト)。貴公はタケミカヅチに武術を学ぶ。それはタケミカヅチの武に対する努力を奪う事か?」

「それは違います! いくら技を真似ようとも、最後に努力するのは自分自身です! 決してタケミカヅチ様を侮辱するような行為では――あ」

「そうだ。【戦技】も、また同じだ。

 確かに、最初は模倣であろう。かつての英雄、その技を、ただ使うだけの業だろう。

 しかし、何時までもそこに甘んじる理由はない。真似は学び、模倣から始まるのなら、それを己の物とするべく努力すれば良いのだ。

 ――そう。かつての英雄達が振るいし武術。それを学ぶのに、【戦技】とはいかにもぴったりではないか?」

「――!」

「知りたくはないか? 英雄と呼ばれた者達が扱った技を。

 試してみたくはないか? 今の貴公が、何処までその高みに手を伸ばせるかを。

 【戦技】とは、それを可能とする“ソウルの業”である。ならば貴公、ヤマト・(ミコト)。この道こそ、貴公の選ぶべき道である。

 私はそう、考える。あとは貴公の、選択次第だ」

 

 アスカはそこで、口を閉ざした。(ミコト)の選択を待つように。

 (ミコト)はじっと、アスカを見ていた。正確にはその右手にある、【人間性の刃】を発動する、折れた刃を。

 周囲の仲間達の武器も渡し見て、最後に自分の刀を見つめ、ぶるりと武者震いする(ミコト)は――力強く咲く花のように、美しく口角を上げ、笑った。

 

「まったく……アスカ殿は人を乗せるのが上手ですね」

「そうか? むしろ貴公が、分かりやすい部類だと思うが」

「アハハ! 率直に言って頂けるのは有り難いです!

 ――決めました。自分は、【戦技】を【スキル】にします。始めは模倣でしかなくとも、いつか必ず、自分の技にして見せます!

 タケミカヅチ様の名に恥じぬよう――努力を怠るつもりは毛頭ありませんから!」

「よろしい。これで(ミコト)の方向性は確定だな。次は、ポット、貴公の番だと言いたいが――」

(((じぃ~~~~っ)))

「――どうやら既に、肚は決まっているようだ。さて、ポット。ポック。ルアン。

 貴公らは、『火の時代』のどのような力を望む?」

 

 アスカが問うと、小人族(パルゥム)組は一斉に声を上げる。

 

「「「アスカ様みたいになりてぇ(なりたいです)(な、なりたい)!!!」」」

「そうか。まあ、そうだろうな。だが一つ、注意事項がある」

 

 (ミコト)の前から移動するアスカは、キラキラと目を輝かせる三人に告げる。

 

「まず、私のようになるとは、即ち不死となる事だ。だが貴公らでは、不死に近づくか……あるいは半端な、死ににくいだけという結果になりかねん。

 何故ならば、貴公らには『ダークソウル』が足りない。この時代の人が宿す闇の魂は、私のそれとは比べ物にならない程、小さく儚い。

 それを【スキル】にしたところで、小さな効果しか得られないだろう。それでも貴公らは、私のようになりたいと望むか?」

「「「はい! なりたいです!!!」」」

「……そうか。愚問であったな。ならば貴公らに、私は与えよう。

 ――歓迎する。新たなる同胞よ。その身が亡者にならずとも、貴公らは、私と同じ不死だ」

 

 アスカは静かに眼を瞑り、その手に暗い魂を発露する。

 火守女の献身、狂王の暗い業。自らのソウルを剥き出しにする不死に、目を奪われる四名は――一人ずつその暗い魂(ダークソウル)に触れ、『火の時代』の力を【スキル】として会得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマト・(ミコト)

 Lv.2

 力:H121 耐久:H103 器用:H165 敏捷:H149 魔力:I80

 対異常:I

 

《魔法》

【フツノミタマ】

・重圧魔法。

・一定領域内における重力結界。

 

《スキル》

八咫黒烏(ヤタノクロガラス)

・効果範囲内における敵影探知。隠蔽無効。

・モンスター専用。遭遇経験のある同種のみ効果を発揮。

任意発動(アクティブトリガー)

 

八咫白烏(ヤタノシロガラス)

・効果範囲内における眷族探知。隠蔽無効。

・同恩恵を持つ者のみ効果を発揮。

任意発動(アクティブトリガー)

 

八咫戰鏡(ヤタノイクサカガミ)

精神力(マインド)消費による【戦技】再現可能。

・極限集中時、特殊武器の効果再現。

任意発動(アクティブトリガー)

 

 

 

 

 ポット・パック

 Lv.2

 力:G256 耐久:G271 器用:E482 敏捷:F379 魔力:I0

 対異常:I

 

《魔法》

 

《スキル》

半輪小人(ハーフリング)

・損傷、睡眠、食事、情欲に対する微耐性。

・ソウルに対する親和性の上昇。

・『篝火』使用可能。

 

 

 

 

 

 ポック・パック

 Lv.2

 力:G267 耐久:G259 器用:E481 敏捷:F380 魔力:I0

 対異常:I

 

《魔法》

 

《スキル》

半輪小人(ハーフリング)

・損傷、睡眠、食事、情欲に対する微耐性。

・ソウルに対する親和性の上昇。

・『篝火』使用可能。

 

 

 

 

 

 ルアン・エスペル

 Lv.1

 力:F357 耐久:F342 器用:E492 敏捷:F312 魔力:I0

 

《魔法》

 

《スキル》

半輪小人(ハーフリング)

・損傷、睡眠、食事、情欲に対する微耐性。

・ソウルに対する親和性の上昇。

・『篝火』使用可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝の事。

 朝帰りを果たしたベルに、ヘスティアとリリルカは激怒していた。

 事の発端は昨夜、早々に就寝すると言ってこっそり館を抜け出した(ミコト)をベル、リリルカ、ヴェルフの三名が追いかけた事だ。

 それをアスカは追った。そのアスカを三人の小人族(パルゥム)達が追うという、尾行の多重連鎖が起こっていた。

 しかし歓楽街に差し掛かったところで、小人族(パルゥム)組が三人掛かりでアスカを捕縛。「やべーって! ここはやべーって!」「アスカ様は足を踏み入れてはいけません!」「オ、オイラも駄目だと思う!」と制止される。

 彼らもまた、アスカの家族だ。ベルの事は気になったが、家族の言葉を無下には出来ない。アスカは渋々説得を受け入れ、ホッと胸を撫で下ろす小人族(パルゥム)達と館に帰った。

 その後ヘスティアが仕事(バイト)から帰り、ヴェルフ達も戻って来たが、ベルだけが帰ってこなかった。結局少年は日が昇るまで、帰還する事はなかったのである。

 

 そんな服がほつれている、滂沱の涙を流すベルに、ヘスティアとリリルカは雷を落とす。

 ヴェルフと(ミコト)は何やら訳知り顔で額を抑えている。事情をよく知らないポックとルアンは娼館帰りかよと軽蔑半分、やりやがったと男の尊敬半分で、女性のポットはずっと冷たい笑顔を浮かべていた。

 ふむ、とアスカは顎を指に乗せる。しばらく思考していた幼女は、やがて結論を出すのを諦めたのか、素直に尋ねる事にした。

 

「ヘスティア。少し良いか」

「ちょっと待ってくれ、アスカ君! ベル君にまだお説教しなきゃいけないんだ!」

「それだ。ベルが一体何をしたから問題なのだ?」

「え?」

 

 唐突なアスカの質問に、ヘスティアは思わず振り返る。首を傾げる灰髪の幼女は、疑問点を口にする。

 

「その、歓楽街? という場所の、娼館? とやらに行く事の何が問題なのだ? そこでベルが何かを(おこな)ったとして、何が問題か私には分からない。

 ついてはヘスティア、教えてくれないか。ベルの行動の一体何処が、貴公の逆鱗に触れたのか」

「えっ!? いやーそれは……えーっと……」

 

 先程までの勢いをなくして、ヘスティアはごにょごにょと口ごもる。そうだろう、ヘスティアは処女神だ。知識はちゃんと持っていても、説明なんて恥ずかしくて出来ない。

 それが自分の眷族(こども)相手なら尚更に、どう説明すればいいか分からなかった。これが答えにくい質問をされた主神(おや)の気持ちかッ……! などと妙な感慨が湧き上がるまである。

 

 他方、「まさか……!?」という感情を共有するのはヴェルフ達だ。まさかアスカには、性的な(そーいう)知識がない……? 一説には神よりも長生きだという不死の予想外の事実を、彼らは信じられないでいる。

 

「? どうした、ヘスティア。説明してくれないのか?

 私が聞きたいのは、歓楽街、娼館、ベルに疑われる行動の詳細だ。生憎と、不死には無縁に過ぎる事項でな。私にはよく分からんのだ」

 

 しかし再度繰り返されるアスカの質問に、「こいつマジだっ!?」とヴェルフ達は確信した。同時にどう対応すべきか判断に迷った。教えるのか? 幼女(アスカ)に、俺(オイラ)が? 男性陣の切実な心中である。

 そんな、一様に動けないでいる彼らを後目に、ため息をついたのがリリルカだった。長いため息をこれ見よがしに吐いたリリルカは、アスカに近寄ってその灰髪に軽く手刀を叩き込む。

 

「む。どうした、リリルカ」

「どうしたもこうしたもありませんよ。いいですか、アスカ様。性的な(こういった)知識はアスカ様にはまだ早いです」

「早い? 情報の鮮度を考えれば、早く知るに越した事はないと思うのだが」

「鮮度とかそんな話じゃないんです! 少なくとも白昼堂々と【ファミリア】の前でやっていいような話じゃないんです! 後でリリが教えてあげますから、とりあえず今は黙っててください!」

「ふむ……そういう物か。であればここは、黙っているとしよう」

「そうしてください! まったくもう……ヘスティア様、ポット様、後で付き合ってくださいね」

「ええ!? ボクもかい!?」

「私もですか!?」

「当然です! リリだって耳年増なだけなんですから、正確に教えられる自信なんてありませんよ!」

「そんなのボクだって同じだよ! 処女神だぞボクは!」

「わ、私だって処女……ハッ!?」

 

 思わず叫んだポットは、バッと自分の口を塞ぐ。顔を真っ赤にして、恐る恐る周囲を見れば、ヴェルフとポックは気まずそうに明後日を向いて、ルアンは耳まで赤くして下を向いていた。

 知られた。聞かれた。とんでもない事を! かぁ~~~~っ!! と全身が熱くなるポットは、わなわなと体を震わせ、涙目になり。

 

「――い、いやぁああああああああ~~~~~~~~っ!?」

「ちょ、姉ちゃんなんで俺んとこに走ってぐべぇっ!?」

 

 居ても立ってもいられなくなったポットは、丁度そこに突っ立っていた(ポック)に八つ当たりするのだった。

 

 

 

 

 ヘスティアに罰として奉仕活動を命じられたベルが出発した後。

 ヘスティアは「夕方に全員集合!」と宣言した後、仕事(バイト)へと旅立った。

 リリルカは買い出しに、ヴェルフは鍛冶に、残る四名は新たに手に入れた【スキル】の確認と鍛錬のため、中庭でアスカと向き合っていた。

 

「さて、まずは(ミコト)からだな。

 【八咫戰鏡(ヤタノイクサカガミ)】――【スキル】の内容だけを見るのなら、私の扱う【戦技】よりも高次に位置する能力と思われる」

「そう、なのですか?」

「ああ。貴公の【スキル】は【戦技】を扱うのではなく、【戦技】の再現可能だ。それはつまり、該当する武器を持っていなくとも、【戦技】を発動出来る可能性がある。

 実際に試してみよう。(ミコト)、《残雪》を抜け」

 

 アスカの言葉に従い、(ミコト)は《残雪》を抜刀する。愛刀《東雲》を黒いゴライアス戦で失った関係上、間に合わせとして装備している刀だ。

 それでも(ミコト)の、第三級冒険者の使用に耐えうる性能をしている。同じように《打刀》を装備したアスカは、【居合】の構えを取った。

 

「今から見せるのは【居合】と呼ばれる【戦技】だ。極東の出である貴公には馴染み深いだろうが、刀を収めた姿勢から一気に抜き放ち、斬撃か受け流し(パリィ)かの二択を迫る、有用な【戦技】である」

 

 言いつつ、アスカは【居合】を発動する。柄を握り、腰を落とした姿勢から瞬間抜刀、一文字を描く斬撃と、次いで敵の攻撃を弾く受け流し(パリィ)を実演。

 滑らかな幼女の動きを確りと見つめる(ミコト)に頷いて、アスカは《打刀》を納刀する。

 

「これが【居合】だ。(ミコト)、貴公から見てどう思った?」

「――非常に美しい技でした。無駄の一切ない、洗練された抜刀術。派生にも一切のブレがなく、今の自分では二択を見極められないでしょう。

 しかし、その、何というか……()()()()()()()()()()()()()と、そのようにも感じました。自分の気のせいかも知れませんが……」

「ほう。やはり、タケミカヅチの眷族だな。

 正解だ、(ミコト)。【戦技】は、本来扱えない技を精神力(マインド)によって実現する“ソウルの業”。

 それは体に馴染みなく、故に素人でも発動できる利点(メリット)はあるが、発動直後に硬直が発生する欠点(デメリット)もある」

 

 そこで言葉を切って、アスカはもう一度【戦技】を実演した。素人目からは全く分からない、同じ技の繰り返し。しかし目を輝かせる(ミコト)には、明確な違いが見て取れたようだ。

 

「すごいです……! 今の技には、まったく違和感がありませんでした! いえ、むしろより高められた技の極限にまで迫りつつあるような、そんな気迫さえ感じました!」

「うむ。私はひ弱で、才能など持たないが、千年以上時間をかければこれくらいの事は出来る。

 (ミコト)、今のは【戦技】を使用していない、純粋な技だ。私のつまらない鍛錬の成果でもある。私程度ではここまでにしかならないが、きっと貴公なら更に先へ進める筈だ。

 始まりは、かつての英雄の【戦技】を借り受ける。扱う内に努力を重ね、鍛え上げ、最後にはそれを我が物とする。かつての英雄が振るいし力を、貴公こそが継承するのだ。

 どうだ? 何とも心躍る話だと思わないか?」

「はい! これを見せつけられて、滾らなければ武人ではありません! フフフッ……やる気が漲って参りました!!」

「よろしい。それではまず、貴公は【居合】の使用からだな。【戦技】は模倣、扱う者の実力を反映しない代わりに、()()()()()姿()()()()()()()()()利点もある。

 そういった利点欠点(メリット・デメリット)を知る事が、技を担う第一歩だ。とりあえずはその辺りで、練習するが良い」

「了解しました、アスカ殿!」

 

 《残雪》を握り、(ミコト)は拳を振り上げて己を鼓舞する。そのまま【居合】の練習に向かった(ミコト)を見送って、アスカは小人族(パルゥム)組へ眼を向けた。

 

「次は貴公らだな。ポット。ポック。ルアン。

 貴公らの【スキル】は一様だ。【半輪小人(ハーフリング)】――説明文を鵜呑みにするなら、私の能力を控えめにした性能をしている」

「劣化、じゃねーの? そりゃ、ちょっとは期待してたけどよ……アンタみたいになれる強力な【スキル】とは思わね―」

「違うな、ポック。純粋な低劣ならば、不死である事の欠点も受け継いでいる筈だ。

 しかし貴公らの【スキル】には、それが見当たらない。不死らしく、人間性を少しばかり喪失する効果を持ちながら、ソウルにより馴染みやすくなり、何より『篝火』を使用出来る。

 それでいて不死の致命的な欠点がないのは、私に似通いながらも芽吹いた、新たな『可能性』と言うべきだ」

「新しい、『可能性』……」

「所感ではあるが、【半輪小人(ハーフリング)】には成長の余地がある。『ソウルに対する親和性の上昇』――それはおそらく、時間をかければ、私の扱う“ソウルの業”、引いては私自身に大なり小なり近づけるという事だろう」

「つまり、この【スキル】を使い続ければ――」

「いずれは私のような、肉体に縛られぬ、ソウルを主体とする存在になれる可能性が高い。

 それを良しとするか悪しとするかは、貴公ら次第だがな。これは謂わば、貴公らに与えられた『ソウルの火種』。

 今は小さく、か弱い火であろうとも、いずれは闇をも照らし、焼き払う大火となる。そのために()()()()()()という点においても、私に似通った【スキル】だろう」

「「「……」」」

 

 三人は同じように、自分の手のひらを見つめる。そこに宿る【スキル】――ソウルの力を見ているのか、やがて三人とも、拳を握りしめた。

 

「【スキル】については分かった。そんで、俺達は何をすりゃいーんだ?」

「まずは【スキル】の項目にあった微耐性の確認だな。主に損傷に対し、どれ程の耐性を持っているか調べれば、自ずと他の項目にも適応できる。

 つまりは、鍛錬だ。これより貴公らには、私と戦って貰う」

「ア、アスカ様とですか!?」

「ああ。無論、加減はする。一方的に嬲っては鍛錬にならんからな。

 だが、私は本気で行く。幸いにも貴公らは、『篝火』が使用可能だ。どのような怪我も、傷も、考慮する必要はない」

「『篝火』……そういえば【スキル】にも書いてあったけど、それってどんな効果なんだ?」

「そうだな……色々あるが、こと鍛錬に限って言えば、側で休むだけであらゆる消耗を回復する。

 疲労回復を待つまでもない、鍛錬にうってつけの効果だ」

 

 そこで言葉を切ったアスカは、何故か悪寒に襲われる三名を無視して(ミコト)に声を掛ける。

 

(ミコト)。これより私は鍛錬を始める。貴公も参加する気はあるか?」

「それは、是非とも、お願いします! 不肖のこの身には、まだまだ努力が、足りないので!」

 

 【居合】を繰り返しながら返ってきた言葉に頷いて、アスカは右手に闇を滴らせる。

 現れる見窄らしい刃、《折れた刃の一振り》を握ったアスカは――その冷たい、凍てついた太陽のような瞳を細めた。

 

 

 

 

 結論から言おう。ポット達は気づくべきだった。

 「休むだけであらゆる消耗を回復する」――そのアスカの言葉は、言い換えれば()()()()()()()()()()言葉であった事に。

 

 【スキル】の確認から数時間。日が天に昇るまで鍛錬が続いた結果、アスカの前には死屍累々の状況が出来上がっていた。

 

「ふむ。もうこんな時間か。午後は所用があるので、鍛錬はここまでとする」

『…………』

 

 返事はない。中庭の中央に設置された『篝火』の周囲に倒れる四名は、息をするのがやっとなまでに消耗し切っている。

 『篝火』による回復すら追いつかない、埒外の鍛錬。途中、初見の小人族(パルゥム)組は逃げ出そうとしたが、アスカから逃げられる訳がなかった。

 泣き喚きながら戦わされるという一種の極限状況まで追い込んだ当の本人(アスカ)は、どこか満足げな雰囲気を出している。それに恨み言の一つも吐けない四名は、心中で「もっと強くなってやる……!!」と、ヤケクソ気味の決意をするのだった。

 

 そんな彼らの心中を知ってか知らずか、アスカは《折れた刃の一振り》を闇に隠し、居住まいを正して倒れている(ミコト)に『エスト瓶』の中身を振り掛ける。

 (ミコト)は『篝火』の効果を受け取れないので当然の処置だ。傍から見れば追い打ちにも見える所業をこなした後、アスカは『竈火(かまど)の館』から出立した。

 

 

 

 

「やあ。戦争遊戯(ウォーゲーム)以来だね、“灰”。歓迎するよ」

 

 午後。【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、『黄昏の館』を訪れていた“灰”は、早速フィンに出迎えられていた。

 「ん」と素っ気ない返事をして、フィンに応接間まで案内される。そこに揃っていた幹部達と主神(ロキ)の前で、“灰”は訪問の目的を口にした。

 

「少しばかり時間は経ったが、報酬を支払いに来た。

 『火の時代』のあらゆる要素を取引する“ソウル売買”――その契約を、貴公らと結ぶ」

 

 “灰”は契約のために用意した羊皮紙をフィンに手渡す。周囲から覗き込まれながら内容を確認するフィンは、とある項目に目を留めた。

 

「“灰”、この【スキル】の発現というのは一体何かな? 前回リリルカ・アーデから聞いた取引の内容には、こんな項目はなかった筈だ」

「ああ。それは最近出来るようになった“ソウルの業”だ。『火の時代』に由来する力を、【スキル】として発現させる。内容は選択できるし、欠点(デメリット)も排除出来る、中々に画期的な業だと思うぞ」

「……設定金額は一人につき五万()()()……“ソウル売買”の相場は知らないけれど、少なすぎやしないかい?」

「そうか? 五万ソウルは、『偉大な英雄のソウル』を砕いた時に手に入るソウル量だ。

 『火の時代』においては、『特別な異形のソウル』を除いては、最もソウル量に優れた物。『偉大な英雄のソウル』と引き換えに得る力としては、妥当だと思うがな」

「…………実はラウル、あの『死闘』に加わった仲間にも、突然【スキル】が発現したんだ。内容も、おそらくは君に関係している。

 それがこの【スキル】であると、見ていいのかな?」

「ん? ああ……そうじゃないか? 元より【スキル】の発現など出来るとは考えていなかったし、私と関わっている内に勝手に生える事もあるだろう。

 私と交流がある貴公らにも、いずれ芽生えるやもしれん。ならば敢えて取引する事ではないとも言えるな」

「そういう事じゃないんだけど……まあいいや。君の無関心(それ)は、今に始まった事じゃないからね」

 

 的外れの回答をする“灰”に苦笑するフィンは、ロキやリヴェリアに契約内容を確認させて署名する。さらさらと共通語(コイネー)で書かれたサインを確認して、“灰”はソウルによってそれを二枚に増やし、一枚を懐に入れた。

 

「さて、これで契約は成立だ。早速だが、欲しい物品はあるか?」

 

 “灰”がそう問うと、途端に幹部の若手勢――ティオネを除く――が身を乗り出し、口々に要望を叫ぶ。

 

「はいはーい! あたし武器ほしー! 重くてでっかくて強いやつ!」

「あの双剣……《月光の双剣》っつったか……? 寄越しやがれ……!」

「【スキル】……! 【スキル】、欲しい……! 頂戴、アスカ……!」

「……チッ!!」

 

 ワイワイと騒ぐアイズ達に隠れるように、ティオネは全力で舌打ちする。最初からずっと“灰”を睨み続けるアマゾネスを何処吹く風と、“灰”は取引の対応をしようとした。

 それを中断させたのが、【ロキ・ファミリア】の三首領だ。

 

「待て待て、そんなに詰め寄るなお主ら。話はまだ終わってないじゃろうが」

「そうだぞ。少しは慎め、お前達。『未知』を前に気が逸るのは分かるが、事前の準備はしっかりしなくてはな」

「その通りだ。取引自体はするつもりだけど、幾つか規則(ルール)を決めなくちゃならない。際限なくやってしまうと、“灰”にも迷惑がかかってしまうからね」

「そやでーみんなー。焦るのはしゃーない! うちかてめっちゃ期待しとる! でもアスカたんは逃げも隠れもせえへんから、まずは息を整えよーなー?」

 

 ロキの茶化しも入り、アイズ達は渋々引き下がった。やれやれと首を振って、フィンは改めて“灰”と向き合う。

 

「さて、それじゃあ規則(ルール)を決めようか。君はぼったくりとかそういうのはしないと思うけど、危険を承知で伝えない事があるかもしれないからね。

 商品の詳細な説明、危険性の明示、他の手段の提供――その辺りを詰めようじゃないか」

「心得た」

 

 こっくりと頷いた“灰”は、フィンと規則(ルール)の仔細について話し合うのだった。

 

 

 

 

「ねーフィン~、なんで指輪と武器だけなの~? あたし、もっと色々欲しかったのに~」

「仕方ないんだ、ティオナ。最初の取引だからね、慎重に事を運ぶに越した事はない」

「でもでも~」

「しつけぇぞバカゾネス。“灰”野郎に頼ろうって事自体がそもそも間違ってるっつーの」

「ぶ~! ベートだってあの綺麗な双剣買ってたくせに~!」

「それ以外に興味なんざねぇっての……おいアイズ、何時までも落ち込んでんじゃねぇ!」

「【スキル】……私の、新しい【スキル】……欲しかった……」

「アイズ。気持ちは分かるが、今回は諦めろ。【スキル】の発現なんて代物は、早々に活用するには不明な点が多すぎる」

「ラウルの様子を見る分には、問題なさそうじゃがのう。本人は人間性というやつがよく分からんようじゃが」

「一応聞いてはみたけど、どうも意味が多岐に渡る言葉らしい。“灰”曰く、「拾って貯蓄出来る」らしいけど……ラウルに解明して貰うしかないかな、これは」

「……【スキル】……」

「アイズ、いい加減にしなさい! あんな奴に頼ったってしょうがないでしょ! それより団長、そろそろ……」

「ああ、うん。そうだね、ティオネ。それじゃあ皆、続きを始めようか。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()。推測だけれど、それを話しておこう」

 

 フィンが手を鳴らすと、幹部勢は静かになる。皆が皆、真剣な表情で臨んでいるのを見渡して、フィンは言葉を切り出した。

 

「まずは前回までを振り返ろうか。あの戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せつけられた“灰”の実力、それについての意見は出尽くしているね?」

「……アスカ、強い……すごく、すごく強かった……」

「あァ、とんでもねー『力』の持ち主だった。クソッ、あの“灰”野郎……あれだけ(つえ)ーくせに、ナメた真似しやがってッ……」

「ベートの感想はもういいよー! すごかったよね、アスカ! あんなに武器も魔法も使ってさ!」

「……癪だけれど、私より格上って思わされたわ……あんなに強いなんて、思わなかった……」

「敵に対する冷酷さは特筆に値するだろう。アスカはあまりにも、無慈悲に過ぎる」

「儂はあの眼が印象的じゃったな。山のような覚悟をした、強者(つわもの)の眼じゃった。ありゃあ梃子でも動かせんぞ」

 

 幹部達は口々に印象を語る。あの戦争遊戯(ウォーゲーム)で視認した、アスカの強さ。その特徴、力、何より強さを見せつけられた彼らは――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そこまでにしておこう。これ以上は前回の焼き直しだ。

 僕も彼女の、“灰”の強さは認めている。特にあの光景――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――皆、思うところがある筈だ」

『…………』

「けれどそれは、一旦隅に置いておこう。確かに、“灰”は強かった。僕らの想定を遥かに超えて。

 けど同時に、こうも思った筈だ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フィンの断言に、一同は目を逸らさない。思い思いに抱いていたその印象を、フィンは解説する。

 

「“灰”を無力化する手段は、戦争遊戯(ウォーゲーム)でも答えは出ていた。

 殺せないなら、縛ればいい。自決をも封じる()()()()、それこそが“灰”に対する答えだ。

 彼女は、何度でも蘇る。本人の口振りではデメリットがあるようだったけれど、おそらくそれを無視できる段階に入っている。

 殺す事は出来るだろう。けれどそれには意味がない。だったら拘束し、時間稼ぎをして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……フィン」

「ああ、心配しないでくれ、アイズ。勿論そんな手段を取る気はないさ。僕らにその理由はないし――使命(もくてき)を失った、何をするかも分からない“灰”を相手にするなんて、そんなのは御免被るからね」

 

 眉を下げるアイズにおどけるようにフィンは言って、表情を再び引き締める。

 

「これは他の【ファミリア】も辿り着いている結論だろう。“灰”は、『最強』ではあるのだろうけれど、決して『無敵』じゃない。

 弱点はあるし、手段もある。出来るかどうかは別として、僕らには確かに、その選択肢が存在するんだ。

 

 けれど、もし――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――話は変わってくるだろうね」

『……!?』

 

 何気ない、けれど確信の籠もった呟き。それを耳にした一同は驚愕し、真っ先にリヴェリアが声を上げる。

 

「待て、フィン。戦争遊戯(ウォーゲーム)のあの所業は、アスカの示威行動だったと結論が出たのではなかったか?」

「最初はそうだったよ。けれど違和感があった。そして今日、改めて“灰”と話して、疑問が湧いたんだ。

 “灰”は強い、それは分かり切っているのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、ハッと目を見開く一同。陰で親指を強く握りしめ、フィンは続ける。

 

「彼女の脅威は、その得体の知れなさだ。探ろうとしても、分からない。見た目からは判断がつかない。霧のような佇まいと、向こう側から覗いてくる眼。それだけが僕らに分かる全てだった。

 そこに表出した、“灰”の強さ。“灰”が見せた、()()()()()姿()。それが全てだなんて、どうして言い切れる?

 これがオッタルだったら、こうは思わないだろう。僕らは彼の強さを知っているけれど、だからこそ、簡単に倒せるなんて思わない。

 なのに“灰”に対しては、強いと分かっているのに倒せると考えている。それは、あまりにもおかしな話じゃないか」

「……つまり、アスカの脅威は、あの強さだけではないという事か?」

「違うよリヴェリア。この際、戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せた強さなんかどうでもいいんだ。

 重要なのは、彼女の、“灰”の本質は、あの強さ()()()()()という事なんだよ」

 

 強い意志を湛えたフィンの言葉に、一同は難しい顔をする。強さ以外にこそ、“灰”の本質がある? まるで煙に巻かれたような問答だ。

 けれど、あるいは、それこそが――顎を掴まえていたガレスは、髭を撫で下ろし、唸った。

 

「確かに、考えてみれば変な話じゃ。儂らはずっと、“灰”の底知れなさを警戒していた。()()()()()()()()()()()()――まるで迷宮(ダンジョン)のようじゃとな。

 にも関わらず、分かりやすい強さを見せつけられて、それが“灰”の底だと勝手に思っておった。あの眼に宿るものが、その程度ではないと分かっておった筈なのに」

「そうだ、ガレス。彼女はその力を開示したようで、その実何も見せちゃいない。不死性に身を任せ、力のままに暴れ回る、怪物のような姿を晒しただけだ。

 それでどうして、“灰”を知ったと言える? 『技』も『駆け引き』もない、力を振るいながら殺されるだけの光景で、“灰”の何を知ったと言える?

 ――そうだとも。“灰”は、強さを見せつけたんじゃない。()()()()()

 “灰”の本質を、霧の向こう側に佇む者の正体を、彼女の抱える、あらゆる未知数の『手段』を。

 “灰”は強さという一枚の手段(カード)を見せ札にする事で、僕達を()()()

 人類と神々の見つめる、戦争遊戯(ウォーゲーム)という大舞台で、堂々とね」

 

 フィンの結論に、全員が絶句する。同時にそこには、ある種の納得もあった。

 “灰”が、()()()()()()()()()()()。強さという輝きに隠れていた感情を、彼らは思い出したのである。

 

「――アスカたんは、かわいそうな子や」

 

 そんな中、ぽつりとロキが呟いた。

 

「あの子は神々(うちら)が、愛せなかった子。神々(うちら)が傷つけて、(なん)もかも奪ってしまった子。

 神々(うちら)はあの子の事を、なーんも知らんかった。目の前に現れても気付かへんで、馬鹿やって試して、灰色の髪を引っ剥がしてあの子の抱えてるもんを見定めようとした。好奇心と、快楽を満たすためにな。

 本当に、阿呆な話や……あの子の本当の姿は、神々(うちら)の罪そのものやった。神に傷つけられて、利用されて、捨てられた……一人の小さな子供の、成れの果てしか、そこにはおらんかった。

 嫌んなるよなぁ……全知全能、超越存在(デウスデア)を気取っておきながら、たった一人の小さな子供さえ、神々(うちら)の誰も愛せなかったんやから。

 ……その存在さえ、知らなかったんやから……

 せやからもう、神々(うちら)には何も出来へん。せいぜい自分の司るやり方で、あの子を愛したいと願うだけや。

 あの子が望むのなら、命だって差し出す。それくらいでしか、償えへん。神々(うちら)は……うちは、少なくともそう思っとる。他の神も、きっとそうやろうな」

 

 ロキは、薄く笑っていた。それは常日頃の、道化の女神らしからぬ、消え入りそうな自嘲の笑みだった。

 子は、神々の言葉の真偽を見抜けない。けれどそこには、確かな後悔と――愛情があるのだと、眷族は直感的に理解した。

 

「…………まっ、そーいう訳や! アスカたんに関しては、うちに期待するのはやめた方がえーで! 下手に関わると、天界に送還されるどころか普通に殺されてまうやろしな!」

「不吉だぞッ、ロキ! ……冗談でも、そんな事を言うのはよせ……」

「なはは……ごめんなぁ、リヴェリア。ごめんなぁ、みんな」

『ッ……』

「そこまでにしておこう。これ以上は不毛な話だ。“灰”もきっと、こんな話は望まないだろう。

 

 さて、戦争遊戯(ウォーゲーム)に関する“灰”の真意、もとい推測については、全て話した。ここからは、僕らが“灰”とどう接していくべきか議論しよう」

 

 感傷的な空気を、フィンは打ち払う。そして【ロキ・ファミリア】の今後を決める建設的な話を、幹部達と重ねていくのだった。

 

 

 

 

 同時刻。【ロキ・ファミリア】との取引を終えた“灰”は、帰り道である人物と対面していた。

 

「お久しぶりです、アスカ様。少し、時間を頂けないでしょうか」

「……構わんが、用件は手短に済ませるがいい――アミッド・テアサナーレ」

 

 暗い銀色の眼を細める“灰”の前に立つ、迷宮都市(オラリオ)屈指の『治療師(ヒーラー)』。【戦場の聖女(デア・セイント)】と呼ばれる少女は、“灰”を連れて雑踏を進んでいった。

 

「それで、用件は何だ」

 

 アミッドと“灰”は路地裏に立っていた。

 「人目につかない場所で話しましょう」と言ったアミッドに「ならば当てがある」と“灰”が先導した結果である。

 周囲に人の気配はなし、念の為“霧”も張っている以上、話が漏れる可能性はなかった。

 

「……用件は、これを渡す事です」

 

 緊張した面持ちのアミッドは、一度大きく深呼吸をして、懐からアイテムを取り出す。それを受け取った“灰”は検分し、まぶたを僅かに見開いた。

 

「貴公、これは……」

「――『女神の祝福』。そう呼ばれる回復薬を参考に生成した品です。【ロキ・ファミリア】の【剣姫(けんき)】から預かった物ですが、元を辿れば貴方の物と聞きましたので。

 ……代わりにはならないでしょうが、差し上げます。どうか、受け取ってください」

 

 そう言って頭を下げるアミッドは、悔恨を眉間に刻みながら、言葉を続ける。

 

「……私では、『深淵の呪い』を殺す事は出来ませんでした。為し得たのは、この体に取り込んだ呪いを、どうにか減少させただけ。

 大本を断つ事は、出来なかった……そうしてしまえば、人は死んでしまうと、悟ったからです」

 

 目を強く閉じて、アミッドは沈黙する。それも次の瞬間には見開かれ、胸に手を当てて“灰”に宣言した。

 

「けれど! けれどいつか、人は呪いを克服できる! 病に、呪いに、傷に苦しむ人々の全てを、救う事が出来る!

 ――私はそう、信じています。だからそれを、受け取ってください。『深淵の呪い』を殺せずとも、この手が届く限りがあっても――私は決して、諦めるつもりはありませんから」

「……」

「用件は、それだけです。最後まで聞いて頂き、ありがとうございました。アスカ様」

 

 沈黙を保つ“灰”に今一度瞳を閉じて、アミッドは背を向ける。それは決別ではなく、宣誓。

 いつか必ず、人に巣食う呪いをも解呪してみせると誓った聖女に――「待て」と“灰”は声をかけた。

 

「何でしょう、アスカ様」

「……まさかな……貴公がこれ程の物を作るとは、予想すらしていなかった。

 やはり私には、見る目がない。貴公は本当に――素晴らしい聖女だ」

「……? あ、ありがとうございます……?」

「ああ、済まない。要領を得ない言葉だったな。

 貴公の実力は見せて貰った。ならば私も、応えねばなるまい。

 貴公、【戦場の聖女(デア・セイント)】、アミッド・テアサナーレ。

 ――私の下で、【奇跡】を学ぶ気はないか?」

 

 その“灰”の言葉を、アミッドは測りかねていたが。

 真意を聞いた時、聖女の瞳は見開かれ――力強い頷きと共に、彼女達は路地の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖女の祝福

聖女テアサナーレが祝福した聖水

HPを全回復し、異常を癒す

また呪いの蓄積を減らし、亡者状態を解除する

 

迷宮都市の聖女と名高いテアサナーレは

生涯をかけ、不死の呪いに挑んだ

これはその努力の一端であり

ついに為しえなかった名残という

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻。ヘスティアの宣言に従い、『竈火(かまど)の館』に帰還した“灰”は、【ヘスティア・ファミリア】総出である場所に向かっていた。

 あまり人気のない、みすぼらしい店――ヘスティアの知己である老人が運営する書店である。

 ヘスティアの頼みで奉仕活動の一環として書店の整理を始めた一行の中で、アスカは黙々と作業を行っていた。

 

「――君がアスカちゃんかい?」

「そうだが、何用か」

 

 そうしていると、老人の店主が声をかけてくる。作業の手を止めず応対するアスカに、けれど老人は柔らかく笑っていた。

 

「いや、用ってほどのもんじゃないけどね。ヘスティアちゃんから、君の話はよく聞かされていたもんだから、話してみたくなったんだよ」

「そうか。まあ、好きにすると良い」

「そうさせてもらうよ」

 

 「よっこいせ」と椅子に座る老人に、アスカは興味を示さない。手早い動きで淡々と整理する幼女は、老人の話を聞き流していた。

 

「――フフフ、やっぱり君は、ヘスティアちゃんの眷族(こども)だねぇ」

 

 しかし、その言葉だけは聞き逃がせなかった。思わず手を止めるアスカは、老人に冷たい銀の半眼を向ける。

 

「どういう事だ?」

「いいや……こんな年になるまで本を扱って来たからね、その分だけたくさんの人を見てきたんだ。

 だからかな、その人が本をどんな風に見ているかで、少しはその人の事が分かるんだよ。

 君はいい子だ。どんなに古い本でも大切に扱ってくれる。きっと君を育ててくれた人は、何かを大切にする事を、教えてくれたんだねぇ」

「……どうかな。私は何時だって、それを踏み躙る事が出来る」

「けど、やらない。そうだろう? 少なくとも無意味には、そんな事はしないはずだよ」

「……意味があれば、するのだろうさ。私はそうやって生きてきた」

「うん、うん……君の手は、きれいなようでボロボロだ。たくさん、たくさん……苦労して来たんだね。

 だけどね、アスカちゃん。これからも、そうである事はないんだよ」

「…………それでも私は、為すべき事のためにそれをする。それこそが、私の決めた道だからだ」

「うん、うん……アスカちゃん、またおいで。今度はおすすめの本を、教えてあげるよ」

「……ああ。また、来る」

 

 それっきり、アスカと老人は喋らなかった。静かな店内に、幼女の作業する音だけが聞こえる。

 けれど、それを見つめるヘスティアは。確かにそこに、温かなものがあると気付いていたのだ。

 

 

 

 

 翌日。

 アスカはヴェルフと共に鍛冶を行っていた。

 ヴェルフのスキル、【残火双楔(エンバーリット)】を検証するためだ。

 

「……成程な。貴石の数だけ組み合わせは可能、同じ貴石を重ね強化する事も出来る。

 貴石の相性によっては効果が増減する事もある。確かめるには、さらなる検証と実践が必要だな」

「ああ……そりゃあいいんだがよ、姉御……少し休ませてくれ……流石に疲れちまった……」

 

 現存する貴石の数は十九。【残火双楔(エンバーリット)】による『二重変質強化』の派生には、単純な計算では三六一通りの組み合わせがある。

 それをたった数時間に凝縮され、ひたすらに鍛えさせられたヴェルフの体力はもう限界だ。既に槌を握る力もない青年は、鉄床(アンヴィル)の側にへたり込んでいた。

 

「そうだな。貴公はよく働いた。暫しの休息を設けるべきだろう」

 

 アスカはその手に炎を灯し、【ぬくもりの火】を発動させる。 

 狭い工房の中に、ふわりと暖かな火が浮かび上がる。それに照らされ、徐々に回復するヴェルフの視界に、ふとアスカの左手に灯る炎が(よぎ)る。

 

「……なあ、姉御。その『炎』……一体何なんだ?」

「ん?」

「姉御の左手に燃えてる『炎』の事だ。ただの『炎』、って訳じゃないんだろ? 確かに燃えているのに、姉御の肌を焼いていないんだからな」

「ああ、これか。《呪術の火》と呼ばれる魔法の触媒だ。『呪術師』における杖、とでも言えば分かりやすいか。

 ふむ。そういえば貴公には、まだ【呪術】を教えていなかったな。丁度良い機会だ、貴公に【呪術】を仕込んでおくとしよう」

 

 アスカがそう口にすると、ヴェルフは途端に嫌そうな顔をする。

 

「姉御……あんた俺に、『呪詛師(ヘクサー)』になれってのか?」

「『闇術師(ヘクサー)』? いいや、『呪術師(パイロマンサー)』だ。

 【闇術】は、この時代の人類には扱えん。人間性も、『ダークソウル』も、意志を見出すにはまるで足りない。

 学びたくても学べるものではない。だから、【呪術】で我慢する事だな」

「ああ、そうかよ……たまにズレるよな、姉御は……」

 

 思考を放棄して大の字に寝転がるヴェルフに、アスカは近付き、《呪術の火》を分け与える。

 《呪術の火》が肉体を焼かぬのは、それが体の一部であるから。『呪術師』は師の火を分け与えられ、初めて火の制御を学ぶ。

 『呪術』とは、憧憬にして火への畏れ。文明から離れ、原初を目指す求道の術は、きっとヴェルフの鍛冶に役立つだろう。

 そう聞かされ、いまいちピンとこないヴェルフは、けれど至極真剣にアスカから【呪術】を学んだ。

 鍛冶師と火は、相性が良い。特に「火の親方」と称されるヘファイストスの系譜であるヴェルフならば、そこに有用性を見出す筈だ。

 アスカがそう考え、【呪術】を教えていると、ふと思い出したようにヴェルフが言った。

 

「そういえば、ヘファイストス様が姉御に会いたいって仰ってたな。なんでも、武器を見せてほしいとか」

「――ヘファイストスが?」

「ああ。()っても急ぎじゃないし、姉御の都合に合わせるらしい。何時でもいいとも仰ってたな」

「……そうか」

 

 ヴェルフから言い渡された唐突な話に、アスカは内心首を傾げる。とはいえ、今は【呪術】の教えの真っ最中。師としての振る舞いを優先し、一先ず隅に置くのだった。

 

 

 

 

 その武器を、ヘファイストスは見つめていた。

 見窄らしい、半ばより折れた、一振りの直剣。闇に濡れ、零れ落ち、深淵を吹き出すその刃を、鍛冶の女神はじっと見つめる。

 数秒か、あるいは数分か。短い時間は、けれど確かに、女神が降臨した時間だった。無意識に神威(しんい)の片鱗を漂わせるヘファイストスは、ふう、と透明な息をつく。

 

「……ひどい武器だわ。刃はボロボロだし、柄もガタガタ。とても実用に耐えうるものではない。

 こんな武器を使っている人がいるなら、私だったら引っ叩くわ。いつまでもそんなガラクタに頼ってないで、ちゃんとした武器を使いなさいって。

 ……けれど、もしこの武器を作ったのが、私だったのなら。きっと鍛冶師冥利に尽きるでしょうね。

 

 だって、この武器は――ずっと主を支え続けた、唯一無二の半身ですもの――」

 

 隻眼に想いを秘めるヘファイストスは、重い瞬きをゆっくりと行い、そっと刃を机に置く。

 それを無造作に握ったのは、折れた刃の主人にして半身――“灰”であった。

 

「そうだな。仮に私のソウルを錬成する機会があるのなら、この刃を生み出せるだろう。

 『ダークソウル』に染まり、穢れ切った(つるぎ)だ。けれど、だからこそ、私はこれを生涯の友とした。

 ……運命、とでも言うのだろうか。神に裏切られ、喰らい、怨讐(えんしゅう)を誓ったあの時に。

 この折れた刃は、確かに私の前に現れたのだ。打ち捨てられた、残骸の中にな」

「…………」

 

 “灰”の言葉を、ヘファイストスは重く受け止める。眼前に立つ小人は、確かなる神々の罪。

 ヘファイストスとて、例外ではない。鍛冶の女神もまた、気付けなかった。

 

 アスカの裡に、今も燃え盛る。全てを分かち、焼き尽くす――『最初の火』の存在を。

 

「……ああもう、やめましょう。感傷なんて柄じゃないわ。

 何より、貴方はそれを望んでいない。『炎の写身(ヴァルカン)』……いいえ、アスカ。

 貴方は、貴方で在り続けなさい。必要なら手も貸すわ。もっとも、貴方は私の手なんて、借りたくないのでしょうけれど……」

「……」

 

 視線を下げるヘファイストスに、“灰”は沈黙をもって答えとする。一度瞳を閉じた幼女は、それを契機とするように別の話題を持ち出した。

 

「それで、ヘファイストス。こちらの『魔剣』の出来はどうだ。

 ヴェルフとの合作だ。私としては、相応に良い武器に仕上がったと思っている」

「……ヴェルフの打った『魔剣』を素体に、貴方の鍛冶技術を注ぎ込んで新たに打ち直した『魔剣』、ね」

 

 つう、とヘファイストスは机に置かれた『魔剣』に指を滑らせる。霧がかった灰色の刀身は曇っており、光を鈍く反射する。

 ヘファイストスの目は本気だ。鍛冶神として、「火の親方」として、一切の容赦なく『魔剣』を見定めている。

 手に取り、隅々まで目を走らせ、沈黙するヘファイストス。鍛冶師にとっては長い時間、されどただの武器打ちである“灰”には短い時間が流れ――ヘファイストスは口を開いた。

 

「……一歩及ばず、というところね。この『魔剣』は、貴方の色が強すぎる」

 

 真剣な表情の女神は、そっと刀身を撫でながら品評する。

 

「武器の出来は確かに良いわ。私でも片手間に打てるような代物じゃない、それだけの『執念』が込められている。

 けれどこの『魔剣』は、持ち手の事をまるで考えていない。誰に使われてもいいように調整されてるし――()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 貴方、この『魔剣』を打った時、失敗してもいいって思ってたでしょ。物は試し、どうせやってもやらなくても結果は変わらないから、実験台に使おうって。

 だから、一歩及んでいない。『至高』には届かなくても、『極致』に至るだけの素地はあった筈なのに……貴方はこの子を、見捨てたのね」

「ああ。私は武器打ちだからな。一定以上の仕上がりには興味がない」

「……鍛冶師でないと言うのなら、私から言うべき事は何もないわ。一歩及ばず……この『魔剣』の評価は、それだけよ」

「そうか」

 

 差し出される『魔剣』と評価を受け取った“灰”の言葉は、それだけであった。鍛冶師ならば一喜一憂する文字通りの『神の言葉』でも、武器打ちである“灰”にとってはさして価値のある言葉でもない。

 そんな“灰”の態度に、ヘファイストスは何も言わなかった。常日頃の彼女なら小言の一つでも零していただろうが……“灰”に対しては、その資格がない。一柱の神として、ヘファイストスはそう思っていた。

 用件を終えた“灰”は、『魔剣』をソウルに還そうとする。“灰”は、ヘファイストスに「貴方の武器を見せてほしい」と頼まれてこの場にいる。それを達成した以上、この場に留まる理由もなかった。

 

「ほう、これが件の『魔剣』か。どれ、手前にも一つ見せてくれ」

 

 けれど。ソウルに『魔剣』を還す前に、ひょい、と後ろから誰かが『魔剣』を取り上げる。ついで頭に乗せられる、重たい二つの感触。

 物置にされる“灰”は、ちらりと上を見上げて――双丘に阻まれて何も見えないが――古鐘の声を擦り鳴らした。

 

「何用だ。椿(ツバキ)・コルブランド」

「んー? いやなに、今日は久々に本拠(ホーム)で武器を打つかと思っておったら、たまたまお主を見かけてな。追いかけてきただけの事よ」

「つけていたのは知っている。私が問うているのは、なぜ『魔剣』を取り上げたかだ」

「なんじゃ、ケチケチするな、減るもんじゃあるまいし。主神様には見せたのじゃろ、ならば手前がついでに見ても問題なかろう」

「……」

「ほうほう、これが戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っておった『魔剣』か! うむ……やはり、手前の知らぬ技術が詰め込まれておるな……クックッ、久々に血が滾る!」

 

 “灰”の沈黙を納得と受け取ったのか、前屈みの椿(ツバキ)は幼女の頭から胸をどかし、本格的に『魔剣』を検分する。それに“灰”は無言のまま、ただ待つ事にした。

 それから暫く。心底楽しそうに『魔剣』を見つめていた椿(ツバキ)は、ふと表情を消して言葉を紡ぐ。

 

「なあ、“灰”」

「何だ?」

「手前にお主の鍛冶技術を教えてはくれまいか?」

「断る」

「そうか」

 

 短い言葉の応酬。即断で椿(ツバキ)の提案を拒否した“灰”は、再び沈黙する。

 椿(ツバキ)もまた、無言に戻った。表情を消したまま『魔剣』を眺めるハーフドワーフの鍛冶師は、言葉と共に『魔剣』を“灰”に返す。

 

「どうしても駄目か?」

「断る」

「手前の全てを差し出しても?」

「三度は言わん。私と貴公は、お互いに興味がない。

 貴公が私に武器など打ちたくないと思っているように、私は貴公の武器に何の価値も見出していない。

 これ以上は、時間の無駄だ。だから貴公、言葉を重ねてくれるなよ」

「……」

 

 声を交わしながら、“灰”は『魔剣』をソウルに還す。そして出ていこうとしたが――その直前、不意に椿(ツバキ)が笑い始めた。

 

「……フフ、ククク……アーッハッハッハッハッハッハッハッ!!

 ――知らぬ間に、自惚れておったか。手前もまだまだ精進が足らんな」

「……」

「手前の全てを差し出せばどうにかなると思っておった。積み上げた研鑽、至った高み……それがお主の眼に適うだろうとな。

 まったく、ひどい勘違いよ。ヴェル吉には教えているのだ、手前にも教えるだろうと賢しら顔で考えていた自分を殴ってやりたいわ!

 ……手前では、造れぬ。その『魔剣』に値する武器など、未熟なこの身に届く域ではない。

 

 それでも……――それでも、この『執念』だけは捨て切れんのだ。だから、頼む。

 手前に、お主の鍛冶技術を教えてくれ。

 お主が積み上げた、その全てを。どうか手前に譲っておくれ」

 

 笑声を上げ、口元を抑え、遣り切れないように言う椿(ツバキ)は、“灰”の前で膝を突き、渾身の土下座を披露した。

 “灰”には、何の感慨もない。価値なき者の嘆願など、それこそ何の価値もない。

 だが、椿(ツバキ)の単眼に燃え盛る『執念』を見ていた“灰”は。薄く、透明な息を吐いて、椿(ツバキ)に言葉を突きつけた。

 

椿(ツバキ)・コルブランド。先にも言ったが、私は貴公に興味がない。

 ヴェルフは、そもそも私の家族だ。そうなったからには、私が手間を惜しむ理由はない。

 だが貴公は、家族でもなければ、有能な鍛冶師でもない。見るが良い、この『魔剣』を」

 

 ソウルから再び『魔剣』を取り出した“灰”は、顔を上げる椿(ツバキ)の前にそれを掲げる。

 

「これは、私の時代にすらなかった『魔剣』だ。

 ヴェルフが『クロッゾ』だから生まれたのではない。ベルの助けになりたいと願うヴェルフの意志の結実が、この『魔剣』を作り上げた。

 貴公は、これを超えられるか。超えたとして、先へ進めるか。『火の時代』を極めながら、この時代の『至高』に手を伸ばせるか。

 聞かせてみろ。椿(ツバキ)・コルブランド。

 

 貴公の腕が――この『魔剣』《灰右衛門(どらえもん)》に値するのかを」

 

「必ず及ぶ。超えてみせる。手前はただ、そのために――……ん?

 お主、今何と言った?」

「聞かせてみろ。椿(ツバキ)・コルブランド。

 貴公の腕が――この『魔剣』《灰右衛門(どらえもん)》に値するのかを」

「……………………」

「…………ヴェルフ…………」

 

 思わず真顔になる椿(ツバキ)の横で、ヘファイストスは頭痛が痛そうに額を抑える。

 しばらく、無音の時間が流れた。対面したまま静止する二人と、元眷族のネーミングセンスを嘆く一柱。

 やがて。再起動した椿(ツバキ)は「はぁ~~~~っ……」と長い溜息をつき。土下座から立ち上がって、パンパンと埃を払う。

 

「ヴェル吉のせいで気が抜けたわ。何じゃ、あやつの壊滅的な感性(センス)は」

「そうね……こればかりは擁護出来ないわ……。

 ……アスカ、ヴェルフは多分、もう一つ名前をつけていたでしょう?」

「ああ。《灰輪(かいりん)》の事か?」

「今後はそう呼んであげてちょうだい。流石にその『魔剣()』が可哀想だから」

 

 疲れたように話すヘファイストスに「分かった」と“灰”は頷く。心なしか強く光を反射する《灰輪》を振ってソウルに還し、部屋から出ていこうとする椿(ツバキ)に声を掛けた。

 

椿(ツバキ)・コルブランド」

「ん、何じゃ? 気でも変わったか?」

「いや。だが、貴公の決意は変わるまい」

「まあな! 覚悟しておれよ、“灰”よ! 手前は一度こうと決めたらしつこいからな!」

「知っている。鍛冶師とは、頑固な生き物だ。

 だから、これを渡しておく。私からの『宿題』だ」

 

 “灰”は机に眼をやり、そこにソウルの光を収斂させる。何もなかった机に青白い光が輝き――幾つかの貴石と、『楔石の塊』が現れる。

 

「これは貴石と呼ばれる。《灰輪》に施した二重変質強化に必要なもの、そして『楔石の塊』が変化したものだ。

 貴公には、この『楔石の塊』を何らかの貴石に変えて貰おう」

「!」

「出来るとは思っていない。期待もしていない。これは『火の時代』にあってごく限られた場所でしか精製されなかった『秘法』、私も多くは知らぬ業だ。

 その製法以外では、貴石の内包する力に由来する場所でしか見出す事は出来ない。貴石とはそういった、希少な強化素材である。

 だが……私の眼は、節穴だ。つい最近も、そうである事を見せつけられた。

 だから、貴公、椿(ツバキ)・コルブランド。貴公に私は『宿題』を渡す。『楔石の塊』を、貴石へと変えてみせろ。

 貴公にそれが出来るのなら。『火の時代』の鍛冶を教えてやるのも、吝かではない」

「――フフッ、成程な。これは手前への挑戦状というわけか……!

 良かろう、受け取ろう“灰”よ! 手前が、手前こそが、お主の期待に応えてやる!!」

「ああ。まあ、頑張れよ。先にも言ったが、私は期待していない。

 せいぜい足掻いてくれ。貴公の意志が折れるまでな」

 

 そう言って、やる気に満ちる椿(ツバキ)を眺める“灰”の眼は、ぞっとするほど冷たいままだ。

 “灰”は本当に期待していない。出来るとは思わない。これは絶対に己を曲げぬ鍛冶師を誘導するための撒き餌でしかない。

 けれど。不死の眼は確かに節穴で、物事の本質を見抜く審美眼など持ち合わせていない。

 だから、あるいは、成し遂げるかもしれない。早速主神(ヘファイストス)と議論する椿(ツバキ)を後目に部屋を出ていく“灰”は、心からそう思う。

 

 迷宮都市(オラリオ)で生まれし、新たな貴石。

 『神秘の貴石』は、歴史に消えた『愚者』がもたらした。

 『不壊の貴石』は、最硬精製金属(オリハルコン)の内に見出された。

 

 叶うならそれに並ぶ、新たな貴石が生み出されん事を。己の物欲に従う不死は、ただそう思うのだった。

 

 

 

 

 ――こうして、彼らの日々は流れて行く。

 何もしていない訳ではなかった。ベルは歓楽街で『少女』に出会い、(ミコト)はその手を掴もうと足掻いていた。

 助けようとした。救おうとした。少年達の意志は確かに本物で、運命に抗おうとした。

 けれど。

 飄々と動いて己の目的を達しようとする伝令神(ヘルメス)は、【ヘスティア・ファミリア】と接触しようとはしなかった。

 淫蕩の宮殿、その最上階に君臨する美の女神(イシュタル)は、フレイヤのお気に入りであろう少年に手を出そうとはしなかった。

 

 全ては、“灰”が現れたが故。神々の罪、その証たる小人の出現が、神々の手を引かせたのだ。

 悔恨か、罪悪感か。あるいは、ただ――愛情なんて代物のために。

 

 狂った歯車は回り続ける。時は無情に前へ進み、立ち止まる事を許さない。

 少年の抵抗も、少女の献身も、全てを引き砕いて回り続ける。

 

 ――そして、運命の日。満ちた月が、廻る世界に訪れた。




次回、原作七巻分、了。

作者は感想中毒です。感想をたくさんあげると喜びます。
なので感想、くれ。考察とか大歓迎よ(設定厨)

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