ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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原作七巻分
移りゆく(かが)りし夜道花降れば


 雨が降っている。

 黒い夜空より落ちる雨。曇天は分厚く、暗く、月の光すら通さない。

 破壊された空中庭園。とある『儀式』が行われた祭壇に、少年は(うずくま)っていた。

 

 泣いている。嗚咽を零し、精一杯に抱きしめ、己の無力を噛み締めながら。

 少年の腕の中にいるのは、(かそけ)しのように微笑む狐人(ルナール)。胸に血染めの剣が突き刺さる少女は力なく、二度と動くことはない。

 

 それが物語であったのなら、幸福な結末を迎えたのかも知れない。少女と少年の運命は、変わったのかも知れない。

 だが、狂った歯車は回り続けるだけだ。時は無情に前へ進み、振り返ることを許さない。

 

 幼女は眺めている。失意に墜ちた少年を。最期に夢を見れた少女の終わりを。

 見覚えのある、ありふれた、残酷な物語の結末だ。世界はこんなくだらない事で満ちており、幼女は呆れる程に、それを眺めてきた。

 

「ベル」

 

 少年に呼びかける。返事はない。彼は今、絶望と世界の重みに押し潰されようとしている。

 それでも良いのだろう。それが、少年の生き様の結果ならば。幼女に、“灰”に思うところは何もない。

 ここで倒れて、二度と立ち上がらなくても。最期まで共にいると、既に誓っているのだから。

 

 雨が降っている。天より落ちる、恵みにして悲哀。

 雲はまだ、払われない。空中庭園の二人と一つを、雨は無情に叩き続けていた。

 

 

 

 

 ガラガラと市中を馬車が行く。車列を組む豪奢な車両は、所有者の財力を表している。

 その先頭、所有者である“灰”。車中に腰掛ける幼女は白け切った顔で、ずっと虚空を眺めていた。

 

「ああ、本当につれないなぁ。けれどそんなところも可愛らしい!

 君は野に咲く葉薊(はあざみ)のように美しく、けれど決して触れられない……ああ、私の『美しい棘(アカンサス)』! どうか心の雲を払い、太陽にも負けぬ可憐な笑顔を見せてくれないだろうか!」

「……………………」

 

 無言。無言である。“灰”は一切の対応、反応を拒絶していた。

 当然だろう。何故ならば座席の反対でこちらに手を伸ばし、キラリと笑みを光らせているのは――先の戦争遊戯(ウォーゲーム)の発端者、太陽神アポロンであるのだから。

 

「くうっ! なんと冷たい仮面なのだろう! その冷気だけで身も心も凍りついてしまいそうだ!

 けれど、だからこそ、私は君の仮面を溶かしてしまいたい! 私の愛によって君を包み、触れ合うことでしか得られない温もりを知ってほしい!

 ああ――我が麗しき花『美しい棘(アカンサス)』よ! どうか私の手を取ってくれ! 一度だけ、本当に一度だけでいい! 何なら先っちょだけでもいいから!」

「……………………」

 

 ビシィッ! とポーズをキメるアポロンに、“灰”は視線すらくれてやらなかった。ただ身じろぎ、ひどく面倒そうに顔を動かし、アポロンの隣に固定する。

 何とかしろ。そこに座るヒュアキントスに、“灰”は視線だけで訴えかける。しかし憮然として腕を組む青年は、不満を全面に表した顔で首を横に振るのみだった。

 

 全く……どうしてこうなったのだか。次々とポーズを変えて訳の分からないセリフを(さえず)るアポロンを前に、“灰”は記憶を想起することで現実から逃避した。

 

 都市を賑わせ、戦慄させた戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ヘスティア・ファミリア】の勝利で終わった。しかしヘスティアは、アポロンに最大の罰則(ペナルティ)を科さなかった。

 要因は色々とあるが、決定打だったのは【アポロン・ファミリア】構成員のあまりの怯え様だ。彼らは一様に“灰”を恐れ、半数近くは即座に【アポロン・ファミリア】を抜けて冒険者すら辞めてしまったのだ。

 逃げるように都市を後にした彼らをヘスティアは哀れみ、アポロンへの信仰心のみで残った構成員達に涙した。あんな目にあって尚も立ち上がろうとする彼らに、これ以上の責苦を与えられるだろうかと。

 

 流石は慈愛の女神だ、“灰”とはまるで観点が違う。元より戦争遊戯(ウォーゲーム)は神々の代理戦争であるため、主神であるヘスティアがお咎めなしとすれば“灰”に否はなかった。

 

 けれど、それでなぜ、こんな事になっているのかと言えば……まあ、“灰”にも利益のある状況だからである。

 忌々しいことにアポロンは神だ。ならば男神の囀る愛は、【奇跡】に転用できる可能性がある。

 出来るかどうかは分からない。けれど可能性があるならば、試さずにはいられない。“灰”にとって自身の快不快は判断材料の外であり、故にアポロンを送るついでに愛を囁かれるというこの状況も……非常に、全く、嫌々であるが、許容できる範囲内であった。

 

 それから数十分、“灰”はアポロンの好き好き大好き愛してる攻勢を耐えた。うっかり手を出しそうになったのも一度や二度ではない。しかしその度にヒュアキントスが殺気を放ち、目的を思い出す“灰”は渋々やめる、という繰り返しだった。

 

「……ついたぞ。さっさと降りろ」

 

 やがて馬車が止まると、“灰”は真っ先に飛び降りる。後ろで別離を嘆くアポロンの事など気にも掛けず、目的地の全容を見渡した。

 土地を四角く区切る背の高い鉄柵から見えるのは、古めかしくも繊細に整えられた庭。入り口の門からは石畳が並び、土地の中央には篝火が燃える円形の広場があり、邸宅へと続いている。

 それは木造の館だった。一見すると(よわい)千年を超える巨大樹のようで、荘厳な精気を感じさせる古風建築(アンティーク)。高く、無秩序に上へ積み上げたような外観だが、よく見れば驚くほど精巧に造られていることが分かるだろう。

 九階建て、部屋総数一〇〇を超える館は、まさに豪邸と呼ぶに申し分ない。それが【ヘスティア・ファミリア】の新たな本拠(ホーム)――『竈火(かまど)の館』であった。

 

「――ふおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? こ、ここがボクたちの新しい本拠(ホーム)かい!?」

「そうだ。ここが我らの新たな本拠(ホーム)――貴公の命名通り、『竈火(かまど)の館』と名付いている」

 

 後続の馬車から降りてきたヘスティアを筆頭に、ベル、ヴェルフ、(ミコト)は感嘆の息を漏らしている。その中でリリルカだけはささっとアスカに近寄り、耳打ちした。

 

「……大丈夫なのですか? このような豪邸を借りてしまって……」

「借りたのではない。ここは元々私の所有物だ。私はオラリオの各所にこういった物件を有している。『ダイダロス通り』の小部屋のようにな」

「成程、それでは資金源は……いえ、聞くまでもありませんでしたね」

「貴公に預けたのは半分だからな。それに、現金(ヴァリス)以外にも資産はある」

 

 そこで内緒話を打ち切ったアスカは、言い争いをしているアポロンとヘスティアを眺める。

 

「ああ、頼むヘスティア! 天界で愛を囁き合い、共に同じ子に心を射止められた仲じゃないか! どうか私の『美しい棘(アカンサス)』をこの手に委ねてくれないだろうか!」

「だ~か~ら~っ! 愛なんて囁き合ってないだろッ!? いい加減嘘をつくのをやめないか!

 それに何度も言ったけど、ボクは絶対(ぜぇ~ったい)にアスカ君の手を放すつもりなんてないからなっ! 約束したんだ、ボクは決して裏切ったりしない!」

「そんな殺生な!? ベルきゅんのみならず『美しい棘(アカンサス)』まで独り占めするとは、どれだけ強欲なんだヘスティア! 大神(ゼウス)も草葉の陰で泣いているぞ!」

「そんなこと知るかァッ! とにかく、君の要望には応えられない! 分かったらとっとと帰れ、帰るんだ!」

「そこをなんとか……!」

「…………もういい、止めろ。時間の無駄だ」

 

 堂々巡りする話にこめかみを蠢かせる“灰”は、本当に嫌そうな顔をしながら割って入る。そして「おお、私の『美しい棘(アカンサス)』!」と両手を広げ口付けの体勢に入るアポロンをゴミクズを見るような眼で見上げ、決定的な言葉を口にする。

 

「貴公、アポロン。何故私がここまで同行させたか、理由を覚えているか」

「勿論だとも! 『どうかアポロン様の神話をお聞かせ願えないでしょうか……』と、『美しい棘(アカンサス)』がいじらしくも可愛らしく私に縋りついて来たからではないか!」

「ああ、貴公の認識に興味はない。端的に言おう――時間だ、アポロン」

 

 “灰”が心底どうでもよさそうに呟いた瞬間、アポロンの両肩を誰かが掴む。瞬間、硬直した太陽神がギギギと振り返ると――そこにはイイ笑顔の神と血管が浮き出るほど怒り笑う屈強な男がいた。

 

「やっはろー☆ アポロンちゃ~ん☆ 初日から遅刻とはいい度胸だねえぇぇ?」

「そうですぜ、神様よぉ……テメェの眷族はもうとっくに仕事に入ってんだ、さっさと働けこのウスノロがああああああああッ!!!」

「ヒィイイイイイイイイッ!? た、助けてヒュアキントス!」

「ええ、はい。今日の支払いは滞りなく……はい、夕刻までには払いますので、はい。それでは、返済までの仔細を詰めさせて頂きたく……」

「ヒュアキントスゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?」

「…………私以外に構うアポロン様など知りません」

 

 助けを求める主神を放置して債権者と交渉するヒュアキントスは、“灰”ばかりにかまけるアポロンにそれはもう嫉妬していた。絶望するアポロンは「私は絶対に諦めないぞおおおおおおおおっ! アイルビーバーック!!!」と叫びながら連行されていく。

 すぐさま追いかけるヒュアキントスは、一度“灰”とベルに視線をやって盛大に舌打ちし、去っていく。嵐を眺めるかのような一同の中で、“灰”はふと思い出した。

 

「『男の嫉妬ほど見苦しいものはない』……ふむ、ベルの祖父の言葉だったか。どうだろう、ヘスティア。あれは嫉妬の部類に入るのか?」

「えっ!? うーん、ボクにそれを聞かれても……た、たぶん入るんじゃないかな……? ボク処女神だからそういう話はちょっと分かんないけど……」

「そうか。ならば、それで良い」

 

 そこで話を切ったアスカは、自分の家族を見渡した。

 

「それでは、中に入るとしよう。やるべき事は山積みだ」

「そうですね。まずは引っ越しの準備、それから改装の手配でしょうか。先立つ物がない都合上、アスカ様が資金を出してくれるそうですから、要望があるなら今の内ですよ」

戦争遊戯(ウォーゲーム)には勝ったけど、ほとんど何も貰えなかったもんね……」

「姉御が相手の本拠(ホーム)ごと吹っ飛ばしちまったんだ、言ってもしょうがねえ。それより姉御、俺は作業用の炉が欲しいんだが」

「構わん。それなりに蓄えはある。(ミコト)、貴公も遠慮する必要はないぞ」

「で、でしたらお風呂を導入して頂きたく……!」

「ボクはね、パァーッと皆でお祝いしたいな~!」

「貴公は駄目だ。ヘスティア」

「なんで!?」

「金遣いが信用ならない」

「ゔっ!?」

「神様?」

「「「ヘスティア様?」」」

「な、なんでもないよ! なんでも! さ、さぁ、入るぞぉ君たち! まずは新居の探検だー!」

 

 誤魔化すように館へ走るヘスティアに、皆、何か隠してるなと察しつつ後に続く。最後に門を潜ったアスカは、庭の木陰に呟いた。

 

「今日からここに住む。管理を怠るなよ」

 

 木陰に佇む人物は、“灰”の言葉にゆっくりと頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 都合三十を超える怪物達の、狂乱の悲鳴が連鎖する。

 薄暗い岩窟の通路で、振るわれる大曲剣。柄に包帯を巻いただけの巨大でありながら軽量な武器、《カーサスの大曲刀》が空を裂く。

 黒犬(ヘルハウンド)は跳び下がりながら吐く火炎ごと両断される。一角兎(アルミラージ)は数体まとめて首を断ち切られる。

 歩数八、回転七、経過時間一秒弱。それだけで瞬く間に『怪物進呈(パス・パレード)』を葬った“灰”は、固まる冒険者達に眼を向けた。

 揺れる灰髪の間で仄暗く輝く、凍てついた太陽のような瞳。それが次の獲物はお前だと言わんばかりに凝視する恐怖に、冒険者達は瞬時に叫ぶ。

 

『す、すいませんでしたああああああああっ!?』

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す冒険者達。彼らがもつれ合って岩窟の奥に消えていくのを眺めていたアスカは、ややあってポツリと零した。

 

「分かった。許す」

「アスカ様、もういません」

 

 生真面目に返答するアスカに呆れ顔で突っ込むリリルカ。いそいそと怪物の死体へ近づく少女は、魔石を回収しつつアスカに尋ねた。

 

「それで、リリ達を放っぽってどこに行ってたんですか? 流石にサポーター業まで投げ出されたらたまったもんじゃないんですけど」

冒険者依頼(クエスト)の品を集めていた。もはや貴公らに、私の助けは必要ないだろうからな」

 

 幼女はリリルカに持っていた袋を手渡す。一同が覗いてみると、そこには彼らが集めた倍以上の戦利品が詰まっている。

 『おー』と感嘆の声が上がる中、リリルカだけはこれ見よがしに溜息を吐いた。

 

「だとしても、まずはそうすると報告してください。せめて事前に一言入れてくれないとリリ達も困ってしまいます」

「考えておこう」

「ちゃんと確約してください! アスカ様がそう言う時は大体はぐらかして結局やらないパターンですっ!」

「努力する」

「……はあ~……ベル様、お願いします」

「ええと……アスカ、一人で何かしたい時はちゃんと言おうね?」

「分かった。報告の義務を請け負おう」

 

 ベルが相手だと素直に頷くアスカにやれやれとリリルカは首を振り、ヴェルフと(ミコト)は苦笑する。そのまま周囲を警戒する一行は、魔石と怪物の宝(ドロップアイテム)を回収した後、地上に帰還するのだった。

 

 

 

 

 木漏れ日の差す『竈火(かまど)の館』を作業衣姿の職人達が歩き回っている。

 それぞれが連携し、淀みない動きで館の改修作業を進めるのは【ゴブニュ・ファミリア】だ。鍛冶と建築を司るゴブニュは依頼があればこういった作業も引き受ける。率いられる眷族も双方に精通した職人であった。

 

「それにしても、すげぇ館だな……」

「ああ、本当に生きている大樹みたいだ。屋根に生い茂ってる枝葉も本物だし、こうして触れるだけでも命の脈動が伝わってくるみたいだ……」

「誰の作品だ? これほどの芸当、あの『奇人ダイダロス』でもなければ無理じゃないか?」

「さあな。俺としちゃ、これだけの建築物がなぜ話題にも上がらなかったのか、不思議でならないよ」

 

 口を動かしながらも作業を止めない眷族達を、ゴブニュは険しい顔で見守っている。それは不機嫌を示すのではなく、どんな仕事にも手を抜かない職人らしい気質の表れであった。

 

「神ゴブニュ。折り入って頼みがある」

「……『不死の酒(イドロメル)』か」

 

 ゴブニュは腕を組んだまま視線を下げる。そこには暗い銀色の瞳を湛える小人族(パルゥム)、“灰”が佇んでいた。

 

「以前、ティオナの得物、《大双刃(ウルガ)》を見た。あれは貴公の【ファミリア】の作品らしいな」

「ああ」

「私はアレを欲している。ついては、貴公に作製を依頼したい」

「使えるのか?」

 

 老巧の匠神は端的に問う。それは『扱えもしない武器をくれてやるつもりはない』という鍛冶師としての誇りが垣間見える質問だった。

 “灰”はそれに、《大双刃(ウルガ)》と同質量の金属塊をソウルより具現化することで回答する。片手で握り、振り回し、完全に制御する。

 ドンッ! と地面に金属塊を突き立てる“灰”に、ゴブニュはただ頷いた。そして条件を口にする。

 

「価格は一億二〇〇〇万ヴァリス、所要日数は七日だ。ただ、材料である深層の超硬金属(アダマンタイト)が不足している。価格から差し引く形で冒険者依頼(クエスト)を発注したい」

「心得た。私が採掘に向かおう」

 

 ゴブニュの言葉にコクリと頷いて、“灰”は歩き出す。その小さな背中を暫し眺め、ゴブニュは重く目を閉じると職人達を見守る立ち位置に戻るのだった。

 

 

 

 

「あークソ、ついてねえな……絶対(ぜってぇ)売れると思ったんだが……」

 

 モルド・ラトローは『リヴィラの街』で悪態をついていた。

 常日頃から大賭博場(カジノ)で散財するモルドはいつも通り金欠に陥り、一発稼ぐために大量の怪物の宝(ドロップアイテム)をリヴィラに持ち込んでいた。

 だがすべて買い叩かれ、相場を大きく下回る額しか得られなかった。

 間が悪かった、が全てだろう。モルドの計算では高く売れるはずだった怪物の宝(ドロップアイテム)は、だが他の冒険者達に先を越され、既に値崩れを起こしていたのだ。

 

「ケッ!」とモルドは小石を蹴飛ばす。今日は組んでいる二人もおらず、一人でできることは高が知れていた。これ以上『リヴィラの街』にいたところで、どうしようもないだろう。

 

「あ゛~……どっかに良い儲け話が転がってねえかなぁ……できりゃあ楽でたんまり金が手に入るヤツがいいんだが……」

「ほう、奇遇だな。私も丁度、冒険者の流儀とやらを教えてくれる冒険者を探している。

 ついては貴公、私に雇われるつもりはないか?」

「ああ? 誰だか知らねえが、『リヴィラ』に居やがる癖にモグリか? 別に教えてやってもいいが、俺は高え、ぞ……――ッッッ!?」

 

 背後から擦り鳴らされる、古鐘の声。虫の居所が悪かったモルドは、盛大に吹っ掛けるつもりで振り返る。

 冒険者として舐められまいと、凶悪な人相を浮かべるモルドは――振り返った瞬間、真っ青になるほど血の気が引いた。

 

「すっ、すっ――【焼尽者(スコーチャー)】ぁああああああああああああああああっ!?」

 

 モルドの絶叫と周囲の冒険者達が一目散に逃げ出すのは、同時であった。

 

 

 

 

 この日ほど、モルドは自分の不運を呪った事はない。

 

「成程、冒険者の流儀に則った交渉とは肉体言語か。とかく、相手を叩き潰せばいいのだな?」

「違ぇよ!? ただ殴り合うんじゃなくて手心っつーか、超えちゃいけねえラインがあんだよ! おいやめろ、そのバカでけえハンマーを振り上げんな!?」

「ふむ、リヴィラに在るのならば、それはみな冒険者。食い物にされるだけの弱者はなく、故に私が最も弱かろうと、牙は見せねばならんわけだ」

「弱いって何言ってんだアンタ……っておい!? その武器をジャラジャラ鳴らすのやめろ!? 周りを威嚇するんじゃねえ! ちょっとぶつかったぐれーでガン飛ばすな!? 相手命乞いしてんじゃねーか!」

「リヴィラはダンジョン、運搬の関係上、商いで足元を見られるのは当然か。仕方あるまい、正規の手段で支払おう」

「お、おう……そこはちゃんと分かるんだな。良かったぜ、アンタマジで常識ねぇのかと……なんでそんな大量のヴァリス金貨持ち歩いてんだよ!? 店主が金で埋もれちまったじゃねーか! アンタやっぱり足元見られてキレてんだろ!?」

「樽、木箱、それにあからさまな宝箱。ここは探索のし甲斐があるな。未知を前に今も猶、踊る心を持ち合わせるとは、不死の性は変えられんという訳か」

「何言ってんのか分かんねーけど所構わず体当たり(ローリング)すんのやめろ!? なんだってアンタはそんな奇行にばっか走るんだ! 見ろよ、涙目で文句も言えねーアイツらをよ! もうちょっと自分(テメー)の厄介さを噛み締めやがれ!?」

 

 幼女を相手に怒鳴り続けるモルドは、全てを放って逃げ出したくて堪らなかった。

 

 モルドの先を進む小人族(パルゥム)、“灰”。それは現在の迷宮都市(オラリオ)において最大最悪の爆弾である。

 時代に語り継がれるであろうあの光景――惨憺たる戦争遊戯(ウォーゲーム)を目撃した迷宮都市(オラリオ)の人々は、“灰”と呼ばれる存在に恐怖していた。

 当然だろう。あの闇派閥(イヴィルス)をも彷彿とさせる大凶行、ともすればそれ以上の蹂躙、虐殺に近い所業を敢行した灰髪の小人族(パルゥム)は、今や触れてはならぬ厄災と認識されている。

 特に冒険者は、その力に畏怖していた。Lv.(レベル)差を物ともせず、死してなお蘇り、全てを焼き尽くす“暴力”。その化身たる“灰”は、冒険者達の“力”に対するある種の畏れを呼び起こし、同時に決して近寄ってはならないヤベー奴だと思われているのだ。

 

 モルドは不運だ。それは間違いない。何故ならその厄災そのものである“灰”に声を掛けられ、あろう事か依頼までされたのだから。

 勿論逃げた。全力で逃げた。何なら無様に泣き喚いて命乞いまでした。けれど何処までも追跡する“灰”を撒く事はできず、モルドは泣く泣く依頼を引き受けるしかなかった。

 

「畜生……なんだって俺様がこんなこと……」

「モルド・ラトロー。次は酒場に寄りたいのだが、何処にある?」

「ああ、それならそこの角を曲がった先に――ってオイオイ!? 何担いでやがる!? カチコミに行くんじゃねーんだぞ!? 酒場を潰す気かテメェは!?」

「? 酒と喧嘩は冒険者の華、なのであろう?」

「喧嘩な! ケ・ン・カ!! 殺し合いじゃねえんだよ!?」

 

 こてん、とその恐ろしさに見合わぬ可愛らしさで首を傾げる“灰”に、モルドは怒鳴り、ゼーゼーと息を切らす。

 もう嫌だ。何もかも投げ出したい。これで依頼料が少なかったらとっくに逃げ出してる所だ。逃げられるわけがないのであるが。

 

「モルド・ラトロー」

「ああもう、今度は何だよ!?」

「貴公、思ったよりも良く働くな。報酬を二倍にしてやろう」

「よし分かった! 何でも聞きな、【焼尽者(スコーチャー)】の(あね)さん!」

 

 事も無げに“灰”が言うと、モルドは途端に元気になる。

 ……現金なのは、何処の冒険者も同じだ。例に漏れず、金に目が眩んだモルドは、嬉々として地獄に足を突っ込むのだった。

 

 

 

 

 そんなやり取りが、一週間前にあった。

 モルドに数千万ヴァリスの報酬を支払った“灰”は、毎日のように『リヴィラの街』に出入りしていた。

 目的は特にない。『深層』の超硬金属(アダマンタイト)を採掘するついでに立ち寄っているだけだ。

 モルドから教わった冒険者の流儀。それを実践し、物になれば良い。思惑と呼べるのはそれくらいだった。

 これにたまったものではないのが『リヴィラの街』の冒険者だ。“灰”の薄い思惑とは裏腹に、十八階層(アンダー・リゾート)は上へ下への大恐慌に陥っている。

 

 ――曰く、「最後の薪の王」。

 「神の如き化身」「燃え盛る憎華(ぞうか)」「フィアナの再来」――「焼き尽くす者」。

 

 神々が囃し立てる、“灰”への様々な呼び名。それに加え、太陽すらも燃え尽きたあの光景を目撃した冒険者達には、一つの渾名が浸透するに至った。

 

 【焼尽者(スコーチャー)】。全てを焼き尽くし、世界を灰の地平に変える、圧倒的暴力に捧げられし二つ名。

 

 その名は畏怖の象徴である。その名に決して近寄ってはならない。その血肉、骨までも、灰にされたくないのなら。

 

 冒険者がその思いを共有し、触らぬ神に祟りなしと避けているにも関わらず――【焼尽者(当の本人)】はそれを無視して、突然現れては騒動を引き起こす当たり屋と化していた。

 

――一週間前の初日。

 

「ああ? またてめえかモルド、何度来ようが相場以上はビタ一文――げえっ!? 【焼尽者(スコーチャー)】!?」

「おいモルド、この前貸した金、そろそろ返さねえと痛い目に――【焼尽者(スコーチャー)】ああああああああっ!?」

「今日は店仕舞いだ、さっさと帰――ぎゃああああ【焼尽者(スコーチャー)】ああああっ!?」

 

 モルド・ラトローに案内される“灰”は、それだけで『リヴィラ』を震撼させた。

 その陰で、モルドはちゃっかり自分の良いように立ち回っていた。

 

 二日目。

 

「す、【焼尽者(スコーチャー)】!? じょ、『上層』のドロップアイテムを買えだぁ!? そんな端金にもならねえモン買えとかふざけッ、いやすいません何でもありません言い値で買いますので早く立ち去ってぐべぇっ!?」

「けっ! 小人族(パルゥム)風情がノロノロ歩いてんじゃねえよって【焼尽者(スコーチャー)】ああああっ!? いや違うんです今のは調子に乗ってスイマセンッシタァッお願いだから助けひぎゃああああああああっ!?」

「ひいっ!? 【焼尽者(スコーチャー)】!? きょ、今日は店仕舞いなんでさぁ、来てもらって悪いんですが他を当たってくだせぇ、へ、へへへっ……って、なんでそんなバカでけぇ武器振りかぶっておいよせやめグワーッ!!!」

 

 モルドから教わった冒険者の流儀を()()過激にしたらどうなるだろうと、“灰”は各所で暴れ回った。

 『リヴィラ』のそこかしこで悲鳴が上がり、“灰”の出没情報が高く売れたという。

 

 三日目。

 

「ク、クソッ……なんだって俺様がこんな真似……畜生、縮こまってても始まらねえ! や、やるぞ、やってやる!」

「おいおい、どうしてくれんだ【焼尽者(スコーチャー)】!? アンタのせいで『リヴィラ』の人流はメチャクチャだっ!? いくら腕っ節があってもなぁ、こんな真似されちゃ商売上がったりなんだよ!」

「ひいっ!? ぼ、暴力はやめろ暴力は!? こっちがわざわざ頭下げて交渉に来てやってんだぞ!? 少しは慈悲って奴をだなあ! ……え? 分かった? リヴィラ流に従おう?」

「お……おお! やーっと分かってくれたか! なんだよ、案外物分かりがいいじゃねえか【焼尽者(スコーチャー)】! じゃあ早速今までの損害を賠償……お、おい、今頷いただろ!? なんで鐘鳴らしてやがんだ、それ魔法の触媒だろっ!? 一体何をするつもり――」

 

 大頭として『リヴィラ』を纏めるボールス・エルダーは、被害に遭った冒険者達から突き上げを食らって、泣く泣く“灰”と交渉。失敗し、星となった。

 三三四代目『リヴィラ』は吹っ飛び、短い歴史を終える。ボールスの交渉が成功するか失敗するか賭けていた冒険者達は一騒ぎした後、『リヴィラ』跡地に戻ることはなかった。

 

 四日目。

 

「お、おい……本当にやんのか?」

「いやアンタの、いやいや姐さんの言葉を疑うわけじゃねえけどよ!? こんな馬鹿げた方法で『リヴィラ』を再建するなんて聞いたことねえ!」

「今からでも遅くはねえ、俺様も協力してやるから、冒険者どもに頭下げようぜ!? このままじゃ、ギルドにだって目ぇつけられて――」

「…………う、嘘だろ……こんな事、マジでありえるのか!? し、信じらんねえ……」

 

 ボールスと何やら言い合っていた“灰”は、『リヴィラ』跡地にて"ソウルの業”を使用。

 ソウルの青白い光が溢れたと思えば、それが消えた頃には()()()()()()()()()()()()

 『リヴィラ』の代わりをどうするか話し合っていた冒険者達も、これには唖然としたという。

 

 五日目。

 

「ホラホラどうした!? 先着順だぜ!? 『リヴィラ』は生まれ変わった! 見ろよこの立派な城構えを! こいつは【焼尽者(スコーチャー)】の姐さんが用意した城だ! 俺たち冒険者への()()でもある!」

「疑うヤツはまず足を踏み入れな! 今までのクズみてーな『リヴィラ』とは訳が違うって分かるだろうぜ! こいつはスゲー城だ! 【焼尽者(スコーチャー)】の『特別』だ! なんせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「いいかテメーら!? この新しい『リヴィラ』の自治権は俺様、ボールスが承った! しかも【焼尽者(スコーチャー)】の姐さんは太ぇ蜜月(パイプ)を約束してくれた! これはチャンスだぜ!? こいつを見逃すなら冒険者じゃねぇ!」

「さあ、入った入った! 一等地を手に入れるのはどいつだ!? 遅れるほど損をするのは当たり前だ! 一番手を引き受ける『勇気』あるやつだけが、栄光を手に入れるってもんだぜ!」

 

 新生した三三五代目『リヴィラ』の前で声を張り上げるのはボールスだった。集まって来た冒険者達の前で熱弁を振るうボールスは、『下層』から戻ってきた“灰”を指差す。

 『下層』への道、大樹の根元から這い上がってきた“灰”と、無数のモンスターの集団。怪物を引き連れた“灰”はそのまま『リヴィラ』へ『怪物進呈(パス・パレード)』を行い――城塞と化した『リヴィラ』は、無傷で乗り切ったのだった。

 

 六日目。

 

「おい、聞いたか? 『リヴィラ』の噂」

「ああ、【焼尽者(スコーチャー)】の野郎が吹っ飛ばして、城を建てちまったって噂だろ? そんな馬鹿げた話、信じてんのか」

「いや、俺も嘘だろうと思って『リヴィラ』に行ったんだが……マジだった」

「は?」

「マジだったんだよ! 『リヴィラ』はすげー城塞になってるし、中身は金と冒険者で溢れ返ってやがる! あそこは今、ダンジョンで一番熱い場所だぜ!? ホラ、俺もこんだけ稼いで――」

「おいおいマジかよ……俺も行ってみっかな……」

 

 “灰”が再建した『リヴィラ』の噂は瞬く間に冒険者の間で広まった。それに釣られて『リヴィラ』にやって来た冒険者が見たのは、かつてないほどの熱狂に包まれる『リヴィラ』の姿。

 『深層』に潜る“灰”がもたらす怪物の宝(ドロップアイテム)、魔石、そして(ヴァリス)。それは『リヴィラ』に空前絶後の好景気を呼び寄せていた。

 

 ――そして、一週間後には。

 

「ウッス! 【焼尽者(スコーチャー)】の姐さん! 『リヴィラ』にようこそ!」

「「「「「ウッス姐さん! 今日もよろしくお願いします!!!」」」」」

 

 “灰”は、三三五代目『リヴィラ』の『王』として、冒険者に頭を下げられる立場になっていた。

 

 

 

 

 つまりは、適応である。

 冒険者とは即ち、強く、生き汚い生き物。ダンジョンという過酷に適応し、怪物と相対する彼らは、【焼尽者(スコーチャー)】と呼ばれる“灰”に見事適応して見せたのだ。

 “灰”は強い。話は通じるが、気紛れである。金銭への興味は薄い。物欲が強く、蒐集癖がある。

 『協力』するならそれなりに交渉できる。『敵対』ならば容赦はしない。三度目は、決して無い。

 そういった表面上の情報を集め、分析し、また“灰”が暴れ回った事例から冒険者達が導き出したのは――「“灰”とは、自分ルールで動く身勝手な()()()」である事。

 

 ならず者、社会の爪弾き、真っ当に生きられなかった存在。

 大半がそうである冒険者と、“灰”は同類である。冒険者達はそう認めたのだ。

 

 それからは早かった。幸いにもモルドから冒険者の流儀を教わっていた“灰”は、一週間という期間で冒険者の流儀に慣れていた。冒険者達も“灰”の散々な暴れようを見て、とても勝てない『格上』と認識した。

 そういった諸々が噛み合わさった結果、“灰”の生態と冒険者達の対応は奇跡的に適合し、共生する関係となったのである。

 

「よぉ、【焼尽者(スコーチャー)】の姐さん! 今日は姐さんのために仕入れた品がたんまりあるぜぇ! さあさ、見てってくんな!」

「見せて貰おう。……ふむ、ほとんどは贋作だが、それなりに使い道はありそうだな。よろしい、全て言い値で買おう」

「マジかよ!? いやー流石だぜ姐さん! 俺にはとても真似できねえ!」

 

 『リヴィラ』に“灰”が立ち寄れば、そこかしこから声がかかる。そのほとんどは“灰”の金銭目的だが、“灰”にとっても利益になるので問題はない。

 

「す、【焼尽者(スコーチャー)】の姐さん! へっ、へへっ、悪いんだがよ、借りた金を返すの、もうちょっと待ってもらいてーんだわ」

「構わんが、貴公、二度目だな。三度目はない。心しておけ」

「へっ、へへへっ、分かってるさぁ。んじゃ、そーいうことで」

 

 “灰”は『リヴィラ』で金貸しの真似事もしていた。それはボールスの助言によるものである。金銭で冒険者との利害を結べるのなら、それは容易い手段になると。

 

「おお、来たか【焼尽者(スコーチャー)】! 調子はどうでぇ、今日もたんまり稼いで来たかぁ!?」

「ああ。ボールス、換金を頼む」

「承ったぜ! 金はいつも通り、『リヴィラ』の運営費に回していーんだな?」

「構わん。必要なら適宜使え」

「おうともよ! 全くアンタは最高だぜ、【焼尽者(スコーチャー)】! アンタさえいてくれりゃ、この街も安泰ってもんよ! ガハハハハハハハハッ!」

 

 “灰”は『深層』の魔石とドロップアイテムをおおよそボールスに売り払っている。金にしか換えられない素材など、持っていても邪魔だからだ。

 必要な物資は溜め込んでいるので問題はない。ボールス以外にも伝手はあるが、それでも売り払う手段は、多いに越した事はない。

 

「さて、それでは、私は行く。暫くは夜間に限りダンジョンに潜ってやるが、その後は私の都合を優先させて貰おう。

 構わないな? ボールス・エルダー」

「おうよ! 姐さんの貯めた財貨は十分だ! これだけありゃ、向こう十年は街を運営できるだろうぜ!」

「そうか。ならば、一割は貴公の好きにしていいぞ。随分と働いているようだからな」

「マジかよ!? いやー、本当に姐さんは話が分かるお方だぜ!」

「その代わり、私の家族が訪れた時には、頼んだぞ。貴公の便宜次第では、首を挿げ替えても構わんからな」

「へ、へへ……怖ぇこと言うじゃねえか……まあ安心しな! このボールス様、肝心な時にヘマはしねぇぜ!」

「期待しておこう」

 

 適当に脅しつけた後、“灰”は『リヴィラ』を発つ。道中擦れ違う冒険者達に頭を下げられ、適当に返事する幼女は、地上へと戻るのだった。

 

 

 

 

「あ~、今日も疲れたなぁ……なんか日に日に仕事(バイト)がキツくなってる気がするよ~……まさかとは思うけど、ヘファイストスの策略じゃないだろうね……」

 

 夕刻。暮れる日の光が差し込むオラリオの雑踏を、トボトボとヘスティアは歩いていた。

 うにょうにょと垂れ下がるツインテールを力なく動かす幼女神は、ふと人集りを見つける。

 

「ん? なんだろう、こんな時間に珍しいなー。何か催し物でもやってるのかな?」

 

 興味が惹かれたヘスティアは、本拠(ホーム)へ向かう足先を変更する。「ベル君達へのいいお土産話になるかもねー」なんて思いながら人集りを掻き分けると、そこには――

 

「ああ、そこぉ! もっと、もっと力強く踏んで、『甘露の水盤(アムリタ)』ちゃん!」

「睨んでください、見下してください、罵ってください! ああ、愛しの『月の人魚(ローレライ)』! もっと私めにご褒美を!」

「おーいお前らー、さっさと代われよー。『草食みの蛇(ムシュフシュ)』はお前らだけのもんじゃないぞー」

 

 ――見るに堪えない醜態を晒す男神達と。

 

「なっ、なななななななな――何やってるんだっ、アスカくーんっ!?」

 

 男神を踏み、ひどく冷めた眼で見下ろす灰髪の幼女がいた。

 

「む。ヘスティアか。仕事帰りか?」

「そうだよってそうじゃないよ!? ホント何やってるんだい君は!?」

「ああ……突然現れて私の道を阻んだこの男神(ゴミクズ)どもを踏み躙っているだけだ。貴公は気にせず、先に帰るがいい」

「気にしないわけないだろぉ!? ホラ、帰るよアスカ君! こんな男神(バカ)達に構っちゃいけない! 絶対付け上がるから!」

 

 慌てて駆け寄ったヘスティアは男神の上で不動を保つアスカを引っ張る。されるがままの幼女は、慟哭と抗議の声を上げる男神達に何ら関心を持っていなかった。

 

「そりゃないぜヘスティアー! 俺まだ順番回ってないのにー!」

「独り占めなんてずるいぞ! 俺達にも愛でる権利はある!」

「「「そーだそーだ! 横暴だぞ、ヘスティア!」」」

「うるさーい! ボクの眷族に勝手な真似は許さないぞー!」

 

 次々に手を伸ばす男神達を振り切って、ヘスティアは無理やりアスカを連れ出す。街路を走る女神と不死を見て、人々は避けるように道を開けた。

 その瞳に浮かぶのは、恐れ、怯え、拒絶の色。何の力も持たないオラリオの民にとって、“灰”は恐怖の象徴であった。

 

「――」

 

 ああ、構わない。如何に生者に忌み嫌われようと、アスカには何の痛痒もない。

 己を手を引く、温かさ。それがある限り、アスカは微笑んでいられるのだから。

 

 

 

 

 空は晴れやかに、雲がなく、燦々と太陽が輝いている。

 目も当てられぬような眩しい朝焼け。都市の目覚めに呼応するかのように、大樹の如き『竈火(かまど)の館』には精気が溢れ返っていた。

 所詮は大樹を模した建築物でしかない筈だが、太陽に照らされるその威容からは精霊の宿った老木のような神秘的な生を感じさせる。その不可思議さは、あるいは一種の力であり、『竈火(かまど)の館』はどこか世界から隔絶した空気を醸し出していた。

 

「――」

 

 その空間の中央、石畳が並べられた円形の広場で、一人の幼女が太陽を見上げている。

 両足を揃え、つま先立ちになり、天高く両手を広げた姿勢。いわゆるYの字、【太陽賛美】を行う幼女は――目も眩むほど輝かしく、物理的に光っていた。

 

 【みなぎる体】。それはとある不死に愛を捧げたという太陽神の物語より芽生えた【奇跡】だ。

 その効果は、一定時間における()()()()()()()()()。太陽の如く輝く体は、尽きる事のない持久力で満たされている。

 それは不死にとって垂涎の、いや不死以外であっても望外の代物だろう。何故ならばこの世に無限など存在せず、全ての存在には必ず限界があるからだ。

 無限に飛行する鳥はいない。竜すらも時に羽を休める。動き続けるという事はエネルギーの消費であり、終わりなき不死とて体力の底がある。それは時間経過でしか回復せず、故に不死の隙であり、数多い弱点の一つだ。

 

 それを帳消しどころか、一定時間『無限』にまで持ち上げるのが、【みなぎる体】。その身が太陽の光で輝く限り、どれほど限界を超えた動作を繰り返しても持久力(スタミナ)は尽きず、不死は動き続ける。

 それはおそらく、太陽の光に見合わぬ、悍ましい、死してなお蠢く虫のような姿だろう。【太陽賛美】を続け、効果時間を確認していた幼女――アスカは、その小さな体から光が消失した時点でジェスチャーをやめる。

 

「素の効果時間は六〇秒といったところか。まあ、強化魔法(バフ)は絶えず掛けるものであるし、他の【奇跡】との併用を考えれば、むしろ管理しやすい部類だな。

 何より効果は破格である。あの忌々しい……意味の分からない(さえず)りに見合うだけの力だ。決して、そう決して、好ましくはないが。

 ……さて、愚痴もここまでにしておこう。貴公ら、休息は十分か? そろそろ鍛錬を再開するが、まさか動けないとは言うまいな」

『……………………』

 

 振り返ったアスカに返る言葉はない。石畳の上、篝火の回りには――息も絶え絶え、ボロボロの【ヘスティア・ファミリア】がぐったりと地に落ち、伏せっている。

 

「…………なんだこれ、冗談じゃねえぞ……おいベル、お前本当に毎日こんな事やってんのか……?」

「……一応、アスカに鍛えてもらってからは毎日……」

「マジかよ、ふざけろ……こんなん死んじまうぞ……」

「……実の所、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)で行われた死闘(アレ)に比べればマシというか、大分優しいのですが……正直、キツイです……」

「これ以上があんのかよ……!?」

「……なんでリリまで、こんなこと……」

 

 ゼーゼー言いながら声を投げ合っているのはベル、リリルカ、ヴェルフ、(ミコト)の四人だ。

 ベルが日課の鍛錬をするからと、物の試しに付き合ってみるかと提案したのはヴェルフ。賛同したのは(ミコト)、無理やり付き合わされているのがリリルカなのだが……戦闘が本職でないヴェルフとリリルカは早速後悔し始めている。

 何せ、鍛錬が始まってからまだ一〇分。最長一時間はかかるというそれの、まだ六分の一しか終わっていない。

 それをアスカが告げると、ヴェルフはげんなりと項垂れた。リリルカに至っては正確な体内時計があるため既に悟り顔である。

 そんな状況で、アスカが強引に鍛錬を再開する。なんとか立ち上がる一同は――【みなぎる体】によって持久力の概念を捨てた不死の猛威に晒された。

 

「ベル。貴公の精神は常に未熟だ。先行し続ける肉体(うつわ)の速度に、貴公の認識は追いついていない。

 常に前を向け、鍛え続けろ。生涯未完であるならば、それは際限なき成長となる」

 

 ベルの二刀を掻い潜り、アスカはがら空きの胴を蹴り飛ばす。吹き飛ぶ少年の横を走って斬りかかるヴェルフの大刀は、翳される盾によって防がれる。

 

「ヴェルフ。貴公は真っ直ぐに過ぎる。意志は強固だが、また頑迷だ。無意識に絡め手を忌避している。構わんが、対処法は知っておけ。

 能力に関しては、『筋力』は良い。鍛冶師なのだから当然だな。故に『技量』を磨け。その鍛錬は、鍛冶にも繋がる、貴公の目指す『至高』への道だ」

 

 そのまま大刀を受け流(パリィ)して、直剣の腹でヴェルフに一撃を叩き込む。ベルに次いで吹き飛んだ青年を眺める幼女は、背後から強襲する(ミコト)の刀を弾いた。

 

(ミコト)。貴公に私は何も教えられない。

 既に基礎を鍛えている貴公に、これ以上の指針は無用だ。(いたずら)に私から学び取る必要はない、己の根幹を大事にしろ。

 だが、『技』は盗んでいけ。これは私のものではなく、かつて私が対峙した強者達の模倣。模倣の模倣など笑い話だが、貴公ならばいずれ、本物をすら凌駕できるやも知れん」

 

 刀を凌ぎ、宙を飛び、直剣の柄で(ミコト)を吹き飛ばす。加減はしている、十分に。だが傷を負わせる事に躊躇はない。

 肉体も、精神も、傷つかねば強くならない。それは不死としての持論ではなく、生物ならば当然の摂理。過酷であるからこそ、より大きく、より強く、生命は変化していくのだ。

 それを身に染みて理解しているのは――佇むアスカにアイテムで奇襲する、リリルカ・アーデくらいだろう。

 

「リリルカ。貴公は私に学べ。

 卑小、弱さ。いずれも私より下の者などいない。貴公もまた例外ではなく、私より優れた知性がある。

 ならばそれを活用しろ。もっと悪辣に嵌めてやれ。心配はない、やり方は、私が教えてやる」

 

 投擲されるアイテムの数々を避け、一つだけ蹴り返す。『油壷』が頭に当たり、油まみれになったリリルカは「やっぱり戦闘はリリの専門外です……」と露骨にやる気が下がっていた。

 

 それからベル達はみっちり一時間、アスカに扱きに扱かれた。心身ともに疲れ果てた四人は、朝っぱらだと言うのによろよろと館へ帰っていく。

 それをどこか微笑ましそうに見送ったアスカは――“灰”の眼となって、本拠(ホーム)の外周に並ぶ鉄柵を見る。すると、こちらを窺う複数の視線が慌てるように掻き消えた。

 その視線が消えるのも束の間だけだ。しばらくすれば、やがて視線は増えていき、じっと“灰”を見つめてくる。

 鬱陶しい。それが“灰”の率直な感想であった。用件があるなら正面から堂々と来れば良いのに、まるで“灰”から出向くのを待っているような状況。

 そういった受けの姿勢を“灰”は好まない。初見の敵にそれをされると千日手となるし、大抵の場合不利な状況に追い込まれる。

 つまりは、“灰”の戦法と同じだ。だから好まないし、面倒である。受け身の姿勢は後ろ手に、猛毒のナイフを握っているものだろう。

 

「おいおい、アスカ君! なんだいあのボロボロのベル君達は! ひょっとして君、また無茶苦茶な訓練をしてないだろうね!」

「――ヘスティアか」

 

 館から飛び出してきた主神の登場により、“灰”はアスカとなってまとわりつく視線を一旦隅に置く。

 

「通常通りの朝の鍛錬だ。ベルに頼まれてからは毎日行っている」

「やり過ぎじゃないのかい!?」

「そうでもない。命の危険もなく、加減した私と戦うだけだ。所詮は、たかが鍛錬でしかないからな。

 それでも成長を望むなら、あれくらいでなければ意味が無い」

「むむむ……アスカ君がそう言うなら、信じるけど……」

「ああ、信じてくれ。それよりヘスティア。そろそろ、時間だ」

「あっ! そうだった!」

「私はここで待つ。――楽しみだな、ヘスティア」

「――うん! そうだね、アスカ君!」

 

 満面の笑みを咲かせるヘスティアに、アスカもフッと微笑む。笑顔を交わし、女神と別れたアスカは――“灰”の眼で、これからの未来を見定める事にした。

 

 

 

 

 【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)竈火(かまど)の館』には、少なくない数の冒険者が集まっていた。

 その多くは、小人族(パルゥム)である。アマゾネス、ドワーフ、エルフ、獣人などの亜人(デミ・ヒューマン)も見受けられるが、小人族(パルゥム)、そして人間(ヒューマン)が大半を占めているのは間違いなかった。

 その視線が向かうのは、手を取り合って喜ぶ団長(ベル)主神(ヘスティア)の側に佇む、灰髪の幼女である。

 

「予想はしていましたが、やっぱり多いですね、小人族(パルゥム)

「ええ、多いです。やはり、アスカ殿の影響なのでしょうか」

「それ以外に理由があるか? 姉御自身は何も感じ入っちゃいねえみたいだけどな」

 

 窓から身を乗り出して見物するリリルカ、ヴェルフ、(ミコト)はアスカを横目に会話する。眼を閉じ、灰色の静謐を保つ幼女は、【ファミリア】の規模が大きくなる負の側面をベルに諭すヴェルフの言や、恣意的に団員を選別しようとするヘスティアに呆れるリリルカの声を聞いていた。

 そして、会話が一段落した頃。ヘスティアが入団式の刻限を告げようとした、その時。

 

「さて。入団式の前に、貴公らに明かすべき事がある」

 

 入り口に整列する【ヘスティア・ファミリア】から一歩前に出て、不死の幼女が声を上げた。

 「あ、アスカ君?」とヘスティアが困惑するも、幼女はそれを片手で制する。

 入団希望者を見つめる、凍てついた太陽のような銀の半眼。その眼光に思わず竦む冒険者達に眼を細め、アスカは――何て事のないように、恐るべき事実を口にした。

 

「我が主神、ヘスティアには、二億ヴァリスの借金がある」

「ヴェッ!?」

「……………………え?」

「「「はあっ!?」」」

 

 その発言に、ヘスティアは女神らしからぬ声を上げ。

 ベルは、長い空白の後にかろうじて呆けた声を絞り出し。

 他の三人は一様に、目を皿のようにして驚愕した。

 それに構わず、灰色の幼女は、眼を逸らさずに言葉を続ける。

 

「途方もない借金だ。今のままでは、返済に百年以上かかる程の。それでも良いと、覚悟があるなら、【ファミリア】の門戸を叩くが良い」

 

 軽い言葉だった。だがその銀の瞳は、ひたすらに重い意志を宿していた。

 たかが【ファミリア】、たかが組織。そんな生易しい考えでは、敷居を跨がせない。

 【ヘスティア・ファミリア】に入るのなら、骨の髄まで家族になってもらう。そういった覚悟を問う瞳だった。

 

 瞬間、中庭に集まっていた冒険者達は脱兎の如く消えていく。最後まで名残惜しそうに幾人かの小人族(パルゥム)が残っていたが、やがて現実と折り合いをつけたのか、肩を落として去っていく。

 

 新たな門出の賑わいから一転して、閑古鳥が鳴く『竈火(かまど)の館』。その光景に満足してか、「うむ」、と頷くアスカは。

 

「どうやら入団希望者はいないようだ。残念だが、これまで通り、零細家族(小さなファミリア)でやっていこう」

「……………………なっ、なあっ――なにやってんだっ、アスカくぅうううんっ!?」

 

 再起動したヘスティアの絶叫に、甘んじて身を晒すのだった。

 

 

 

 

「で、どういうことなんですか。説明してください」

 

 仁王立ちするリリルカの、据わった目が正面を睨む。

 頬杖をつく(ミコト)、ヴェルフ、後ろのソファで魘されるベル。

 その正面、暖炉の前で正座するのは、ヘスティアとアスカの二人だった。

 

「まずはヘスティア様です。二億ヴァリスの借金って何なんですか」

「いやぁ……それは……かくかくしかじか……」

 

 眷族による針の筵に観念したヘスティアは事情を省略(せつめい)。『ヘスティア・ナイフ』について説明されたリリルカは「やっぱり」とため息をつき、「実際、二億はヤバいだろ」とヴェルフが呻き、(ミコト)が追従する。

 眷族の反応にちくちくと刺されるヘスティア。その横でどこ吹く風と正座するアスカを、リリルカはジロリと睨めつけた。

 

「次にアスカ様です。どうしてあのタイミングで借金を明らかにしたんですか?」

「それが最善と判断したからだ」

 

 一切悪びれない幼女は、自身の思惑を滔々と語る。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝利、新たな本拠(ホーム)、新規団員。いずれも貴公らの心を躍らせるものであり、水を差すべきではないと感じた。

 だが、ヘスティアの借金に当たっては、必ず明かさねばならない事項だ。これを放置する事は、貴公らに対しても、入団希望者に対しても不義理となる。

 ならばタイミングは、入団式の直前しかあるまい。僅かでも長く、温かな喜びを。そして冷たい現実を。その天秤にかけた結果、あの時機(タイミング)だったというだけだ」

「…………まあ、一応考えてはいるんですね。受け入れられるかどうかは別の話ですが」

 

 「せめてリリ達には事前に説明して欲しかったです……」とリリルカは肩を落とす。ヴェルフと(ミコト)も、納得のラインを跨いでいる状態だった。

 そんな時、ベルが起きて、真っ直ぐな瞳でヘスティアと向き合う。手伝わせてくださいと、一緒に返していきたいですと、女神の手を取って少年は純真に笑った。

 ベルが言うなら、仕方ない。空気がそのように弛緩する。これからどうするか話し合う一同の中で、リリルカだけは微妙に気まずそうな顔をしていた。

 ちらり、ちらりとアスカを見て、何かを口にしようとしている。それに気付いているアスカは、けれど反応する前に為すべき事を実行した。

 

「さて、貴公ら。話し合いは一時中断だ」

『え?』

「来客だ。私が応対する」

 

 そう言って幼女が立ち上がるのと同時に、カランカランと来客を告げる鐘が鳴る。とてとてと玄関へ向かったアスカは、扉を開けて――その銀の瞳を、少しばかり細くするのだった。

 

 

 

 

「えーっと、それで……君達は入団希望者、って事でいいのかい?」

「そうだ」

「そうね」

 

 ぎこちない笑みを浮かべるヘスティアに、つっけんどんな声が返る。

 場所は先と同じ、『竈火(かまど)の館』の応接間である暖炉の一室。ヘスティアが座り、眷族一同が後ろに控える対面には、二人の人物が座っていた。

 琥珀色の髪、瑠璃色の瞳。誂えたようにそっくりな二人の容貌は、それが男女という点で分かたれている。

 剣呑な空気を纏おうと、背伸びにしか見えない小さな体。武器も、装備も、体格に合わせ、相応に小さい物となっている。

 彼らは今や落ちぶれ、蔑まれる一族。冒険者で大成した者はほとんどなく、名が轟くのも頂点の一人と四兄弟のみ。

 そんな、はっきりとヘスティアとその眷族を品定めする二人は――

 

「茶だ。菓子も持ってきた。良ければ口にするといい。ポット・パック。ポック・パック」

「!? あ、アンタ直々にかよ!? いや、ですか!?」

「そうだが、何か不満でもあるか?」

「な、ないわ! いいえないです! い、いただきます!」

 

 盆を持ったアスカが現れた瞬間、誰が見ても分かるくらいはっきりと態度を変えた。

 

「あー、これは……アレですねぇ」

「ああ、アレだな」

「私にも分かるくらい、アレです」

「うーん、そうだねー。明らかにアスカ君目当てだねー」

「あ、あはは……と、ところでアスカ。その二人と知り合い?」

 

 苦笑するベルが尋ねると、アスカにもてなされる小人族(パルゥム)の二人、ポットとポックはギンッ! とベルを睨みつける。

 「なんだその口の利き方はえぇ兎風情が全身の毛ぇ毟ってやろうかオラァアアアン!?」と今にも口にしそうな姉弟にビクッ!? とベルが身を強張らせると、アスカが嘆息してそれを止める。

 

「貴公ら。私の家族を怖がらせるのは止めたまえ」

「あっ……す、すいません」

「ご、ごめんなさい……」

 

 幼女の一言でシュンと火が消えたように小さくなる二人。それを見ていたヘスティアは苦笑を浮かべつつ、神として場を仕切り直した。

 

「さて! それじゃあ面接を始めようか! えーっと、ポット君にポック君でいいんだよね? まずは自己紹介をして貰ってもいいかな?」

「それじゃあ、私から。元【ヘルメス・ファミリア】所属、ポット・パックと言います。Lv.(レベル)2の第三級冒険者、得物はハンマー、魔法・スキルは特に無いので前衛です」

「……同じく、元【ヘルメス・ファミリア】所属、ポック・パック。姉貴と同じLv.(レベル)2で前衛、魔法もスキルもねぇよ。文句あっか?」

「い、いやいや、文句なんてないよ! それにしても、ヘルメスの【ファミリア】にいたんだね。元ってことはもう抜けていて、『改宗(コンバージョン)』ってことでいいのかな?」

 

 ヘスティアが尋ねると姉弟は無言で頷く。どこか刺々しいその態度にたじたじになりながらも、ヘスティアは面接を続行した。

 

「えーっとそれで……次は動機を聞かせてくれないかい? どうして、そのー……」

「「借金二億の爆弾【ファミリア】を選んだか(ですか)?」」

「そ、そう……借金二億の、爆弾【ファミリア】……それでも入団希望を出してくれる理由を教えてください……」

 

 チクリ。言葉の棘に刺されたヘスティアはしおしおと小さくなりながらも動機を尋ねる。

 

「そうですねー……理由は表と裏の二つあるんですけど、どちらから聞きたいですか?」

「ふ、二つ? 表と裏?」

「何だよ神様、アンタ俺らがそんな純真に見えるのかよ? こんな【ファミリア】に入りたいって言ってんだ、裏の理由くらいあって当然だろうが」

「で、ですよねー……」

 

 ポックの言動の荒々しさに押されるヘスティアを見かねたのか、アスカは無言で片手を上げる。それに過剰に反応したポットとポックは、居住まいを正して動機を語り始めた。

 

「まず裏の理由からですが、私達はヘルメス様から派遣されたスパイです」

「す、スパイ?」

「はい。ヘルメス様ったら、そちらにいらっしゃる【未完の少年(リトル・ルーキー)】をいたく気に入ったみたいでして。私達が『改宗(コンバージョン)』したいと申し出たら、『じゃあ時々でいいから情報流してね。よろしく☆』と許可してくれました」

「えぇ……ヘルメスの奴、一体何考えているんだい……?」

「俺らも世話になった元主神からの頼みだ、無下にはできねぇ。【ヘルメス・ファミリア(あっち)】には仲の良い連中もいるし、たまに会って話くらいはする。そん時に多少は情報が漏れる事は覚悟してもらいてーな」

「うーん、本当ならその時点で入団させたくないんだけど……まあいいや。それで、表の理由は?」

 

 挑発的な笑みを浮かべるポックに困り顔のヘスティアは、さらっと流してもう一つの動機を尋ねる。

 すると、途端に沈黙する二人。顔を伏せて、口を固く閉じた姉弟は、けれど両方とも腕を組んで待機するアスカの様子を伺っていた。

 

「あー……アスカ君。ちょっと頼まれ事を……」

「断る。妙な気を使うのは無しだ、ヘスティア。

 ポット・パックとポック・パックは、自分の意志でここへ来た。ならばその意志を我らに示すのは至極道理だ。

 たとえそれが、私への憧憬であったとしても。私がそれを聞かない理由にはならないな」

「「……くっ!」」

 

 事もなげにアスカがそう言うと、ポットとポックは一気に赤くなった。ぎゅっと拳を握り、羞恥心で体を縮こませる姉弟に、どうでも良さそうにアスカは続ける。

 

「何より――これは彼らの『勇気』を問う話だ。

 憧憬を前に、自らの意志を宣言する。それは誰もが、最初に刻む『勇気』である。

 ならば憧憬たる私が聞き届けるのは、当たり前の事だと思うが?」

「「!」」

 

 アスカは姉弟を見つめる。その銀の半眼には、『協力者』か『敵対者』かの二分した世界しか映っていないのだろう。

 だが、そうであるからこそ、その超越的な輝きは焦がれる者を眩ませる。神の如くと、そう呼ぶに相応しい存在に憧れた二人は、意を決して言葉を紡いだ。

 

「――分かってるとは思うけどよ。俺らがこの【ファミリア】を選んだ理由はアンタだ、“灰”。

 あの戦争遊戯(ウォーゲーム)を見た。アンタの魔法を見た。アンタの、力を見た。

 その時からもう、体が熱くなってしょうがねえ。震えて、駆け出したくて、たまらなくなる。

 一族の『勇者』を初めて知った、あの時みたいに――俺は、アンタについて行きたいって、そう思ったんだ」

「私も、同じ気持ちです。“灰”――いえ、()()()()()

 貴方こそ、私達の『光』。小人族(パルゥム)を照らす、鮮烈なる『太陽』。

 一度そう思ったらもう、この想いの丈は止まりませんでした。私達は、貴方の道を共に行きたい。貴方の下で、戦いたい。

 たとえ入団を断られても、貴方自身が拒否しても、この意志は変わりません。

 私達は――貴方に『槍』を、捧げたいのです」

 

 二人の瑠璃色の瞳が、真っ直ぐに幼女を見返す。そこに宿るのは、強い『覚悟』。小人族(パルゥム)の最も優れた、『勇気』の力。

 

「私に名前はない。ただ“灰”と呼ばれている」

 

 その意志を受け止めて、アスカは何も変わらない。“灰”であろうと、同じ事だ。

 

「今更、覚悟の程を試すつもりはない。どのような困難が待ち受けていようとも、貴公らは私の側に在る事を望んだ。

 ならば問うべきは一つだけだ。貴公らは、私の家族となるつもりがあるか?」

「「家族……」」

「そうだ。私はこの【ヘスティア・ファミリア】を、実の家族のように思っている。神も人も、関係はない。血の繋がりはなくとも、我らには確かな絆があり、それを私は尊んでいる。

 貴公らも、そうなれるか。私の家族で在り続けられるか。何が起ころうとも、決して裏切らぬ、貴い意志を貫けるか。

 それが出来るのなら――私から言うべき事は何もない。後はヘスティア、貴公次第だ」

「えぇっ!? ボクぅっ!?」

「貴公の【ファミリア】なのだから当然だろう。私は貴公を蔑ろにするつもりはない。

 ――私は、貴公を信じている。だから、任せる。それで良いだろう? ヘスティア」

「――まったく、かなわないなぁ、アスカ君には。うん、分かったよ。君の信頼に、応えて見せる」

 

 驚いて、アスカの気持ちを聞いて、ほにゃりと笑うヘスティアは。深く頷いて、改めて姉弟と対面する。

 

「動機は分かった。君達の覚悟も。その上で、ボクの判断をここに告げよう」

「「……」」

「――合格だ、二人とも! ようこそ、【ヘスティア・ファミリア】へ!」

 

 ぱぁっと花咲くような笑顔でヘスティアが宣言すると、ポットとポックはホッとしたように緊張した面持ちを解いた。それもアスカが見ている事に気付いた途端、顔を赤くして石のように固くなったのだが。

 そんな姉弟に一同は笑って、弛緩した空気を醸して会話する。

 

「やれやれ……良かったんですか、ヘスティア様。こいつら結構良い性格してると思いますが」

「うんうん、良いんだヴェルフ君! 口は悪いけど、この子達は良い子だぜ! ボクが保証するとも!」

「ヘスティア様が太鼓判を押すなら、異は有りません。改めまして、ヤマト・(ミコト)と申します。よろしくお願いします、ポット殿、ポック殿」

「お、おう。よろしくな、極東のねーちゃん」

「あらあら、ポックったら緊張してるの? 分かるわ、(ミコト)さんって美人さんだものね」

「ちげーよ姉貴!? と、とにかく、足は引っ張らねぇ! むしろ俺達の足引っ張んじゃねーぞ!?」

「フフフ、勿論です! 日々精進あるのみですから!」

 

 一番手を(ミコト)が務め、姉弟と握手を交わす。続いたのはヴェルフだ。

 

「ヴェルフだ、よろしくな。【ファミリア】じゃ鍛冶師をやってる。何か欲しい装備があったら言ってくれ、力になるぜ」

「……アンタ、クロッゾらしいな」

「! ああ、そうだが」

「呪われた魔剣鍛冶師だか何だか知らねーけどよ、ちゃんと良い武具(モン)作ってくれよな! 俺達が欲しいのは魔剣なんかじゃねー、命を預けられる相棒なんだからよ!」

「……! おう、任せろ! チビ助二号!」

「誰がチビ助二号だッ、ポックだっつの!」

「フフフ、もう仲良しさんね、ポック。ポットです、よろしくね鍛冶師さん。あ、それと――チビ助三号なんて呼んだら許しませんからね?」

「あ、ああ!? も、勿論だ!」

 

 茶化すヴェルフにポックはウガーッ! と吠え、ポックは空恐ろしい笑みを浮かべる。そんな彼らにため息をついて、リリルカは一歩前に出た。

 

「チビ助一号もとい、リリ助ことリリルカ・アーデです。ったく、何だってこんな自己紹介しなきゃいけないんですか、ヴェルフ様のせいですよまったく。

 話を戻して、サポーターをやってます。戦闘はからっきしなので期待しないでくださいね」

「ああ、よろしくな、同胞」

「よろしくお願いします、リリルカさん」

「……蔑まないんですか? リリはたかがサポーターですよ?」

「そんなん【ヘルメス・ファミリア】にもいたっての。ドドンっつー、図体スゲーでけぇのにサポーターしかできねえやつ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。臆病で、優しくて……気配りが得意なとっても頼りになるサポーターでした。貴方もそうである事を、期待していますよ?」

「…………分かりました。ご期待に添えるかは分かりませんが、精一杯務めさせて頂きます」

 

 姉弟と握手し、リリルカはペコリと頭を下げる。まだ完全に心を許していないのは、この【ファミリア】で一番しっかりしないといけないのは自分だという意志の表れだ。

 それを分かって、ポットとポックも握手を交わした。信用は積み重ねていけばいい、信頼は育めばいい。何よりリリルカは、同じ小人族(パルゥム)なのだから。

 困ったように笑うリリルカが離れて、次に歩み出るのは本当に嬉しそうな少年。

 

「ベ、ベル・クラネルと言います! あの、【ファミリア】に入ってくれて、その、とっても、とっても嬉しいです! よろしくお願いします、ポットさん! ポックさん!」

「「…………」」

「あ、あの……?」

「明らかに業物のナイフ……【ヘファイストス】のロゴ……分かった、二億の借金はそいつのせいだな?」

「!? な、なんで分かってっ!?」

「少し情報を整理すればすぐ分かりますよ。これでも元【ヘルメス・ファミリア】ですからね。ヘルメス様の癖がちょっと移ってるんです」

「アンタが団長って聞いてるし、主神の寵愛を一身に受けてるってところか……おまけに“灰”の、フィアナ様の寵愛も……」

「いやあのこれはそのっ、否定するつもりはないですけど、語弊があるっていうかっ!?」

「――ま、いいけどな」

「えっ?」

「フィアナ様が選んだ事に文句を言うつもりはねーし、アンタを殊更可愛がる主神に不満もねー。ただよ、【未完の少年(リトル・ルーキー)】。俺達を納得させるくらいの事は、してみせろよ?」

「ええ、納得させて見せてください。貴方にその価値があるのか、私達は見定めます。もし、そうでないと判断したら……」

「は、判断したら……?」

「「…………」」

「にっこり笑ってないでなんか答えてぇっ!?」

 

 ニヤニヤと笑う姉弟に、ベルは存分に(からか)われる。その後冗談だと、まったく冗談に見えない真顔で口にした姉弟に、ベルは恐れながらも、なんとか握手を交わしたのだった。

 そして――最後。

 

「名前はない。ただ“灰”と呼ばれている」

「「……」」

「貴公らの呼び方に興味はない。好きに呼ぶといい。ただ、そうだな――アスカと呼んでくれると、嬉しい。それは私の、家族が呼ぶ名前だからだ」

「「……!」」

「――はい、分かりました、フィアナ様! じゃなかった、アスカ様!」

「よろしくお願い致します、アスカ様。貴方と轡を並べられる事、光栄の極みに存じます」

「……なあ、露骨に態度ちがくねぇか?」

「しょうがないですよ。だってあのアスカ様に憧れて来たんですよ?」

「憧憬に出会えば自然と居住まいも正されるものです。私も最初にタケミカヅチ様と会った時は――」

「でも、良かった。仲良くやっていけそうで。本当に――良かった」

「うんうん! 仲良き事は良い事、だよね!」

 

 アスカと姉弟の握手を終えて、一同は笑い合う。

 【ヘスティア・ファミリア】の新たな門出はここに相成った。行く先にはきっと、明るい未来が待っているのだろう。

 

 

 

 

「それでは早速ですが、借金返済に向けた計画を立てましょうか」

 

 数分後。テーブルを囲う一同は、目の前に聳える暗い未来について語り合っていた。

 

「真面目な話、どう返す?」

「ダンジョン探索しかねーだろ。一応ここ、探索系【ファミリア】なんだろ?」

「そう、ですね。他に稼ぐ方法があるわけでもありませんし……」

「無理をしても破綻するだけですから、地道にやっていくしかないと思いますよ?」

「うん。それが一番の近道、だよね?」

 

 リリルカを中心に、団員達が口々に言い合う。その光景はヘスティアにとって嬉しいものであるし、借金なんて作って申し訳ないと胸が一杯になる。

 それでも、新しい仲間(かぞく)が出来て、幸せだ。きっとベルも、同じ思いだろう。

 万感の思いで自分の借金精算に向けて話す眷族達を見ていると――ふとヴェルフが疑問点を口にした。

 

「そういやリリ助、お前思ったほど慌ててないな」

「藪から棒になんですか、急に」

「いや、借金二億ヴァリスだぞ? 守銭奴のお前が一番ヘスティア様に怒ると思ってたんだが」

「守銭奴なんて失敬な! リリは健全な派閥(ファミリア)運営を目指してるだけです!

 借金については、その……アスカ様、言ってもいいですか?」

 

 口ごもったリリルカは、ちらりとアスカに視線を向ける。首を傾げる一同を前に、アスカはただコクリと頷いた。

 

「リリルカ。あの件に関しては、全て貴公に任せてある。必要だと思うなら、口にするが良い」

「……分かりました。それでは、言います。皆さん、これは本当に最後の手段なんですが――実は二億ヴァリスの借金なんてどうとでもなるんです」

『…………はぁ?』

 

 リリルカの発言に、皆が皆理解できないという顔をした。それを踏まえてリリルカは、努めて平静に事実を述べる。

 

「ここだけの話にしてほしいのですが、実はリリはアスカ様の資産を預かっています。それを使えば、借金は全額返せます」

「えっ!? そうなのかいっ!? しかも全額って……アスカ君って二億ヴァリスも持ってたのかい!?」

「いえ、その……………………三〇億ヴァリスです」

『は?』

「――ですからっ、三〇億ヴァリスですっ!! ざっと現金三〇億ヴァリス、リリは現ナマで預かってるんです!!」

『…………え、えぇ――――――――っ!?』

 

 静かな風が吹き抜ける『竈火(かまど)の館』に、絶叫が鳴り渡った。

 

「さっ、さっ、三〇億ヴァリスっ!? 嘘だろオイ、第一級冒険者だってそんな金持ってねえぞ!?」

「三〇億……三〇億……? 三〇億とは一体…………?」

「ああ!? 巨額過ぎて(ミコト)君の意識が宇宙に飛んでる!?」

「いやいやいや待て待て待て、三〇億って何だよ!? 俺ら結構覚悟してこの【ファミリア】に入ったんだぞ!? 前提引っくり返すんじゃね―よ!」

「……驚きました。でも、アスカ様の資産なら納得です。ああ、貴方はやはり、凄まじいお方……」

「ポットさんが敬虔な信者みたいになってる……!?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ【ヘスティア・ファミリア】。怒号すら飛び交っているような状態が続くかと思われたその時、スッとアスカは手を上げる。

 

「騒ぐな。喧しい」

 

 小さな、けれど響く古鐘の声。その音に込められた圧力に、一同は強制停止(リストレイト)させられた。

 一気に静まり返る応接間。その沈黙の中で一人、アスカは滔々と言葉を連ねる。

 

「順を追って説明しよう。

 まず、私の資産だが、総額で一〇〇億ヴァリスくらいはある筈だ」

『……っ!?』

「正確な額は知らん。金銭になど興味はないからな。

 リリルカには、その内の現金で所有していた六〇億ヴァリスの半分を渡している。三〇億ヴァリスとは、つまりそういう事だ。

 次に、私が資産を持つ理由だが、単純にダンジョン探索の結果だな。ベル、私が年に一度、旅に出ていたのは知っているだろう」

「え……う、うん、一ヶ月くらい、だよね?」

「そうだ。私は旅の最中にオラリオにも訪れ、ダンジョンに潜っていた」

「……アスカ様の冒険者登録って最近の話では?」

「無断での不法侵入だが、どうかしたのか?」

「相変わらず自由ですね……!」

「話を戻すぞ。私は年に一度、おおよそ十日ほどをダンジョン探索に当てていた。

 短いと思うだろうが、事実としてダンジョンになど興味はないからな。使命のついでに探索していた程度だ。

 それでも、私は不死である。不眠不休で『深層』に潜る程度の事は、このひ弱な肉体にも為し得た」

「……姉御は確か、"ソウルの業”ってのを使えたよな。どんな物でもソウル化して持ち運べるとかなんとか……」

「……つまり、アスカ殿が地上に持ち帰れる戦利品は事実上無限大……成る程、一財産出来るのも道理ですね……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? 一体どうやってそれを売っ払ったんだい!? 絶対ギルドにバレるだろ!?」

「悪いが教えられん。ただ伝手がある。そう認識しておけば良い。

 まあ、つまりは、そういう事だ。年に一度のダンジョン探索を十年以上続けていたら、いつの間にか金が増えていた。

 私にとっては無用な金だ。故に家族(ファミリア)に役立てるよう、リリルカに預けた。

 説明は以上だ。何か質問はあるか?」

 

 アスカが一同を見遣ると、ややあってリリルカが手を挙げた。

 

「ずっと気になってたんですけど、アスカ様はヘスティア様の借金を返済しようとしなかったのですか?」

「やろうとはした。だがヘファイストスに断られた」

「そーなの!?」

「曰く、「ヘスティアに厳しくする事が己の役目」だそうだ。故に借金の返済は叶わず、これはヘスティア個神(こじん)の物となっている」

「ぐぬぬ、ヘファイストスのやつ~……とは言えないかぁ……ボクの借金だし……」

「神様、一緒に返していきましょう」

「……うん! そうだね、ベル君!」

「あの、俺からもいいですか?」

「何だ。ポック」

「ひょっとして、この豪邸もアスカ様の……」

「そうだな。私の資産の一つだ。他にも幾つかある。機会があれば、紹介する事になるだろう」

「すげぇ……俺もいつか、アスカ様みたいに……」

 

 ぎゅっと拳を握って決意を新たにするポック。それを微笑ましそうにポットが見つめ、姉の視線に気付いたポックはかあっと顔を赤くした。

 そのまま一方的なじゃれ合いをする姉弟を背景に、ヴェルフはフーッと息を吐く。

 

「まあ、とりあえずは一安心ってとこか。姉御の金だ、そう簡単に頼りたくはねえが、最後の砦があるってのはありがてぇ」

「ええ、気持ちが軽くなります。一丸となって立ち向かう事に変わりありませんが、とても心強いです」

「本当にそう思います。ええ、リリは特に。

 さて、それでは改めて、返済計画を立てましょうか」

「そうだな。だがその前に、今一度時間を取る必要がありそうだ」

 

 そう言ってアスカは立ち上がる。何事かと視線を集める幼女は、とてとてと玄関へ向かい、扉を開けて――そこに佇む、震える人影に眼を細めた。

 

「ほう。まさか、貴公が来るとはな。

 さて、我が家族、【ヘスティア・ファミリア】に何用かな? ――ルアン・エスペル」

 

 『竈火(かまど)の館』に夜が来る。不死は客人を招き入れ、パタリと扉を閉じ――また一人、【ヘスティア・ファミリア】の団員は増えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルガ

超硬金属が用いられた両刃剣

両刃剣の中で最重量のもの

 

二つの特大剣が太い柄で連結された超大型武器

信じられぬほどの重さと、攻撃力を備えているが

人の扱いうる限界を超えている

 

「武器とはとうてい呼べない珍品」と

鍛冶たちの笑い話の種にしかならないが

古い絵本には、これを振るう少女が描かれている

 

戦技は「大双刃」

柄を軸に回転させ、重さのままに薙ぎ払う

それは堅牢な鉄塊をも大斬するだろう

 

 

 

 

みなぎる体

太陽の神アポロンのさえずる愛の奇跡

体に光を蓄え、スタミナ消費を無効にする

 

「悲愛」と称されたアポロンの傾慕

行き過ぎた愛の物語を、時に受け入れる者もいる

太陽のごとく輝く体は、まさに喜劇という他ない




はい。というわけで【ヘスティア・ファミリア】に新たな仲間が加わりました。
この展開は外伝三巻分を書いてた頃からずっと考えていたので書けて嬉しいです。作者、好きなんですよねー……【ヘルメス・ファミリア】の小人族(パルゥム)姉弟。あの最期には正直泣きました。

次回も大体説明回になるかな? と思いつつ、筆を進めていこうと思います。早めにお届けできるよう頑張る所存です。

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